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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観2中国清国属国の朝鮮日本統治以前と統治以後

中国清国属国の朝鮮日本統治以前と統治以後

李朝差別で、統治前統治直後の白装束は、皆朝鮮人である。

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誰がここまで悲惨にしたか
 
李氏朝鮮統治518年の愚民政策が、身分統治が、ここまで悲惨にした。李氏朝鮮統治下にあった518年間、朝鮮は両班(ヤンバン)という支配階級が、朝鮮の大多数を占める農民から搾取し続けたのだ。どんなに能力があっても階級の枠から出れないため、皆、やる気を喪失し、向上心をくじかれ怠惰になったのだ。未開で悲惨な奴隷社会だ。全ての元凶は李氏朝鮮統治、日本ではない。上記写真や、記述の内容は、1200年前の日本の奈良時代以前(710年)だ。朝鮮が誇りにする朝鮮王朝の愚民政治のために、1200年間文化は停止し、搾取する物など何も無い、最貧国になった。

英国人女性旅行家イザベラ L・バード(旧姓)Isabella L・Bird(イザベラ L・ビショップ夫人)(Isabella L・Bishop夫人) 1894年1月(62才)~1897年3月(65才)、4回に渡り朝鮮各地を旅した紀行文『Korea and Her Neighbors朝鮮紀行―英国婦人の見た李朝末期』時岡敬子訳『朝鮮紀行』講談社学術文庫注。1894年から1895年日清戦争。1897年大韓帝国独立。竹島編入は1905年2月22日。日露戦争勝利(1905年9月)。大韓帝国保護国(1905年10月)。日本統治は1910年から。日本と朝鮮、まさに激動の時代の第一級の真実の記録であり、紀行文だ。日朝の原点が記録されている。日朝必読の書だ。韓国や在日の反日は、これを読んで語れ

 ちなみに事実なら、1997年韓国延世(ヨンセイ)大学出版「英国人作家イザベラ・バードの朝鮮紀行」韓国版は、原本と内容が全く正反対の、著作者愚弄版。WGIP李承晩主義に洗脳され、愚民化した愚民が暴走し出版した本なので、論外。さらにご丁寧に、NYタイムズからもこの似非本「イザベラ・バードの朝鮮紀行」エセ紹介文が出て、「100年前のソウルは近代化されていて東洋一きれいな都市」と書かれている。?http://query.nytimes.com/mem/archive-free/pdf?_r=3&res=9C02E0DF1139E433A25750C0A9629C94699ED7CF&oref=slogin&oref=slogin&oref=slogin


第二章首都の第一印象
 (1894年1月)・・・城内ソウルを描写するのは勘弁していただきたいところである。北京を見るまでわたしはソウルこそこの世でいちばん不潔な町だと思っていたし、紹興へ行くまではソウルの悪臭こそこの世でいちばんひどいにおいだと考えていたのであるから!都会であり首都であるにしては、そのお粗末さは実に形容しがたい。礼節上2階建ての家は建てられず、したがって推定25万人の住民は主に迷路のような「地べた」で暮らしている。路地の多くは荷物を積んだ牛どうしがすれちがえず、荷牛と人間ならかろうじてすれちがえる程度の幅しかなく、おまけにその幅は家々から出た個体および液体の汚物を受ける穴か溝で狭められられている。悪臭紛々のその穴や溝(正確にはみぞ)の横に好んで集まるのが、土ぼこりにまみれた半裸の子供たち、疥癬もちでかすみ目の大きな犬で、犬は汚物の中で転げまわったり、ひなたでまばたきしたりしている。路地にはまた「小間物」とアニリン染料で染めたけばけばしい色の飴を売る行商人もいて、溝の上に板をさし渡し、おそらく1ドル程度の品物を並べている。とはいえソウルにも「大掃除」はあり、漢江の砂地や渡し船の上や麻浦からソウルにいたる路上で、みぞの中身を荷かごに積んで運ぶ牛を数えきれないほど見た。

 こういった溝に隣接する家屋は一般に軒の深い藁ぶきのあばら家で、通りからは泥壁にしか見えず、ときおり屋根のすぐ下に紙を張った小さな窓があって人間の住まいだと分かる。またみぞから二、三フィートの高さに黒ずんだ煙穴がきまってあり、これは家の床を暖めるという役目を果たした煙と熱風の吐き出し口である。終日粗朶を高々と積んだ牛が市内には入ってきて、六時にこの末の粗朶は住民の食事の支度と暖房に用いられ、ソウルの横町という横町をかんばしいにおいの煙で満たす。路地に煙のたれこめる規則正しさは感心するほどである。かわら屋根の反り返った上流階級の家庭でも、通りから見た体裁の悪さという点では何ら変わりがない

 ・・・ソウルの景色のひとつは小川というか下水というか水路である。蓋のない広い水路を黒くよどんだ水が、かつては砂利だった川床に堆積した排泄物や塵の間を悪臭を漂わせながらゆっくりと流れていく。水ならぬ混合物を手桶にくんだり、小川ならぬ水たまりで洗濯している女達の姿。 

 ・・・周囲の山々は松の木が点在しているものの、大部分は緑がなく、黒い不毛地のうねりとなってそびえている。

第四章 ソウルの種々
 
・・・ソウルには芸術品がまったくなく、古代の遺物はわずかしかないし、公園もなければ、コドゥンというまれな例外をのぞいて、見るべき催し物も劇場もない。他の都会ならある魅力がソウルにはことごとく欠けている。古い都ではあるものの、旧跡も図書館も文献もなく、宗教にはおよそ無関心だったため寺院もないし、いまだに迷信が影響力をふるっているため墓地もない!

 清国と同じように孔子廟とその教えを記した碑があるのはべつにして、ソウルには公認の寺院が一つもなく、また僧侶が城内にはいれば死刑に処せられかねなかったので、結果として清国や日本のどんなみすぼらしい町にでもある、堂々とした宗教建築物の与える迫力がここにはない。

第二十二章 過渡期/「正月十五日」1895年
 ・・・
1894年12月、ついに井上伯はそのうち五件の要求を即座に実行するという正式の誓約を手に入れた。(1)一八八四年、[甲申政変]、の陰謀者を全員赦免する。(2)大院君および閔妃(ミンビ)
は今後国務に干渉しない。(3)王家の親戚はいかなる官職にも就かない。(4)宦官と「側室」の数を最小限に減らす。(5)身分の区別ー貴族と平民ーを廃止する。

 [注・1894年6月に、日本の「内政改革・身分制度の廃止(奴婢解放)で貴族と平民にしていた。

 翌年の1895年日清戦争に日本が勝利し大韓帝国として清国から独立。(1897年)日本の援助により街を復興している様子が記述されている。その変身ぶりは大変なもので、独立前の1894年とは大違いだと書かれている。(講談社学術文庫、543、545~546ページ)これまでは清国の属国のため援助できなかった。統治(1910年)してからの朝鮮整備では無く、この時点からの整備のため、朝鮮人は街の変化を体感し、朝鮮と余りにも異なる日本の現実の姿を見せられたのだ。このことが後の日本統治の大きな要因となっている。

 (統治前なので、この変化をもたらしたのは日本人ではない)。とブログに書き込みがあったが、独立したばかりの国が、援助も指導者も無しに出来るものではない。]


第三十七章 最後に
 
改革(貴族を廃止し、皆平民にした)があったにもかかわらず、朝鮮には階級がふたつしかない、盗む側と盗まれる側である。両班から登用された官僚階級は公認の吸血鬼であり、人口の五分の四をゆうに占める下人(ハイン)は文字通り「下の人間」で吸血鬼に血を提供することをその存在理由とする。558頁

「朝鮮旅行記」
(1885~1896)ロシア人(役人1人商人1人軍人3人の紀行文)1958年ソ連モスクワで刊行編者ケ・デ・チャガイ平凡社

序文チャガイ女子。

「ロシア旅行家たちの驚嘆。王室の奢侈と浪費、貴族の寄生的生活、朝鮮慣習法の基礎は、収奪」とある。

軍人ロシア参謀本部カルネイェフ大佐。

閔妃殺害主犯は、朝鮮大院君」

現代韓国人が知らない日本統治以前の奴隷社会 金完燮  

 死亡当時、すべての朝鮮人にとって呪いの対象だった閔妃が、今になって自主独立の殉教者として華麗に復活した現象は、韓国人が直面しているアイデンティティーの混乱を端的に示すものだ。韓国人が朝鮮王朝を慕い、日本の統治を受けず朝鮮王朝が継続したならもっと今日良くなっていると考えるのは、当時の朝鮮の実態についてきちんと分かっていないためだ。特に子供と青少年は、きれいな道ときれいな家、整った身なり、上品な言葉遣いのテレビの歴史ドラマを観ながら、朝鮮もそれなりに立派な社会で、外勢の侵略がなかったならば静かで平和な国家を保てたろうと錯覚する。しかし日本が来る前の朝鮮は、あまりに未開で悲惨だったという事実を知らねばならない。朝鮮は典型的な奴婢社会であった。全人口の30パーセント以上が奴婢であり、首都漢城の場合は人口の70%以上にも及んだ。奴隷は物のように売買され、主人のために生涯奉仕しなければならなかった。

 ・・・ある学者はこのような朝鮮を、20%のヒルが残りの80%の血を吸う社会構造だと喩えた。朝鮮は当時、世界中で最も未開で残酷な社会であり、このような社会が自力で改革を行って近代化するということは到底考えられなかった。だから、日本が朝鮮に進出しなかったら、朝鮮は文明の恩恵を受けられないまま世界で一番遅れた地域として残ったことだろう。したがって、今日韓国がある程度、民主主義の実現と経済開発に成功し、他の開発途上国から羨望される水準に発展したことは、全面的に、朝鮮のために働いた日本人のお陰である。

 当時の朝鮮人はこのような事実を熟知していたために、独立以降も朝鮮王朝に対しては何の郷愁も恋しさも持たなかった。だから今日朝鮮の王室を再建することによって自分たちのアイデンティティーを獲得しようとする一部の韓国人の試みは、まったくもって間違ったことなのである。このような行動の背景には、韓国と日本を離間させることで利益を得ようとする集団の意図も存在しているのだろう。

 韓国は日本が生み育てた息子のようなものである。韓国人は日本との同質性を回復し、心のこもった友好関係を追及することに自らのアイデンティティーを求めなければならない。金完燮(キム・ワンソプ)という韓国人青年の書いた「親日派のための弁明」を読む

朝鮮と清国の従属関係について

 朝鮮は二千年来、人類史上、唯一、外族(異族)の支配を受けた事の無かった珍しい国であり、日本の植民地支配を三十六年も受けたのは、有史以来はじめてだったと教えているが、事実は?清国の朝鮮支配は、いかに家内奴隷として朝鮮半島を支配してきたか?一例を挙げれば、一端がうかがわれる。

○朝鮮国王は清の皇帝によって任命。

○朝鮮国内で起こった事件の委細については、すべて皇帝に報告。

○清の使節に対して、国王はソウル城門の外まで出迎え。

○朝鮮国王の地位は、清国廷臣の下である。

○朝鮮政府には、貨幣の鋳造権がない。

 細かく定められた貢品以外に、毎年、牛三千頭、馬三千頭、各地の美女三千人を選り抜き、清国に朝貢することが義務づけられていた。

 牛馬三千頭を手に入れることも、容易なことではないが、女性三千人を宗主国の清国に送るとなると、両班の娘だけでは間に合わない。米で農家の娘と物々交換するか、あるいは強制連行の手段しかない。

 ここに、今日、問題となっている「強制連行」「慰安婦」の原点がある。

 朝鮮の強制連行と慰安婦は、まさに朝鮮痛史であり、日韓併合を云々するならば、同時に、この朝鮮痛史にも立ち向かわなければならないだろう。黄文雄著、中国・韓国の歴史歪曲(光文社)

 1637年から1881年までの244年間に、清から朝鮮への勅使派遣は161回に及び、朝鮮から清への朝貢使は500回以上にも及んでいた。

 清の勅使を迎えるたびごとに、朝鮮国王は漢城郊外の迎恩門に至り、土下座して恭しく勅使を迎えた後、慕華館で勅使の接待をする事を余儀なくされていた。勝岡寛次著、韓国・中国「歴史教科書」を徹底批判する(小学館文庫)

李氏朝鮮身分制度君主・貴族・両班・中人・常民・賎民。

良民・両班(文官、武官の総称)。生活基盤土地有り。

良民中人・「医・訳(通訳)・算数・観象・写字・図画・技術」俸禄を貰い、小作料などの収租権を持、納税、労役、兵役などの義務。生活基盤土地有り。

以下生活基盤土地無し。

良民常民「農業・手工業・商業」貢ぎ物、労役、兵役の義務があり苛酷な租税をかけられ略奪されていた階級。職業の選択や、移住する自由が無い。商工人は一応、常民の中に含まれていたが、現実には物を売る時に嘘をつくから賤民の扱い。

賤民は、「才人(芸人)」、「官妓(クワンギ)役所に所属する酌婦」、「牽令(キュンエン)牛馬を引く者」、「砲手(ボス)(猟師)」、「水尺(スチョク)狩猟民」、「駅卒(ヨオクゾル)駅の使用人」、「巫女」、「仏教の僧侶」「奴婢(奴隷)」と「白丁(ペクチョン)・と畜・獣肉販売・皮細工・柳器作成」。「奴婢」は家畜と同じで、所有者は生殺与奪の権を有し、売買、贈与、相続の対象となった。「全人口の30%以上が奴婢であり、首都漢城の場合は人口の70%以上」。島や村ではなく、都市部に住んだ。生活基盤土地無し。

1894年6月に、日本の「内政改革・身分制度の廃止甲午改革(奴婢解放)で貴族と平民にした。

1894年12月身分の区別“貴族と平民”を廃止し、“平民”にした。

1895年大韓帝国独立

1897年『朝鮮紀行』イザベラL・バード第三十七章 最後に” ・・・改革(貴族を廃止し、皆平民にした)があったにもかかわらず、朝鮮には階級がふたつしかない、盗む側と盗まれる側である。両班から登用された官僚階級は公認の吸血鬼であり、人口の五分の四をゆうに占める下人(ハイン)は文字通り「下の人間」で吸血鬼に血を提供することをその存在理由とする・・・558頁

・・・朝鮮人の前途をまったく憂えてはいない、ただしそれには左に掲げた二つの条件が不可欠である。

Ⅰ朝鮮にはその内部から自らを改革する能力がないので、外部から改革されねばならない。

Ⅱ国王の権限は厳重かつ恒常的な憲法上の抑制をうけねばならない。563頁

 ・・・一年有余、失敗はままあったにもかかわらず日本は前進を続け、有益かつ重要な改正を何件かなしとげ、またその他の改革を始動させた。・・・565頁

金完燮(キム・ワンソプ)という韓国人青年の書いた「親日派のための弁明」を読む・・・ある学者はこのような朝鮮を、20%のヒルが残りの80%の血を吸う社会構造だと喩えた。朝鮮は当時、世界中で最も未開で残酷な社会であり、このような社会が自力で改革を行って近代化するということは到底考えられなかった・・・。

1906(明治39)年5.25.「最近朝鮮事情」荒川五郎(衆議院議員)著清水書店は、当時の朝鮮見聞記。イザベラ・バード女史同様に、11年後も、さらにひどくなった糞尿まみれの生活を記している。国立国会図書館デジタルライブラリーで読める。

1910年 日韓併合

なぜワンパターンの姓なのか 家系図の捏造や、偽の家系図を買い、外観だけ両班(文官、武官の総称)の、名門の家系出身の者ということになった。つまり、数の多い名前は、ほとんどが両班(名門)ではない、両班以下の捏造された家系といえる。金(2割)、李(1.5割)、朴(1割)、崔、鄭など、250しか姓が存在しない。はじめ人口の1割にも満たなかった両班(やんばん)が、李朝末期にはなんと人口の9割前後にも達していたのである。9割前後がニセモノなのだ。日本は姓が30万種類近くあるといわれている。家系図ぱくりが、ぱくり(万引き・かっぱらい)の原点だ。

○崔基鎬(チェ・ケイホ) 1923年生まれ。明知大学助教授、中央大学、東国大学経営大学院教授を経て、現在、加耶大学客員教授 『日韓併合 韓民族を救った「日帝36年」の真実』著者真実史観者

武士道の覚醒と強い日本を願う  


隷属国家の李氏朝鮮

 私は80歳になります。ここまで生きてきて、やはり韓国のためにも日本のためにも、自分の思うことを正直に語りたい。それが本音です。ご承知の通り今の韓国では、植民地時代の日本統治を肯定的にとらえて発表することは、相当の覚悟がいります。極端な話、身の危険も覚悟しなければなりません。しかし私の使命として、どうしても言わなければならないと思っています。

  なぜなら、歴史を歪曲するということは、国の進むべき方向を間違わせてしまうからです。実のところ韓民族は、いつも身勝手な解釈で歴史を解釈し、これがもとで幾度も実態を見誤り、国を滅ぼしてきたのです。とくに危惧するのは、それが韓民族の宿痾であるということです。だからなおのこと私は、歴史の真実を見る重要性を訴えたいわけです。

日韓併合を検証する

  ・・・よく中国や韓国は、日本の教科書は歪曲していると非難しますが本当でしょうか。日本人は、そう言われると本当にそうかと思ってしまう人も多いと思いますが、日本人はあまり韓国や中国の状況を知りません。私に言わせれば、例えば韓国と日本を比較した場合、日本が十のうち一の歪曲があるとするなら、韓国は十のうち九は歪曲があると言っていいでしょう。日本についての歴史だけでなく韓国の歴史そのものを歪曲しています。韓国の権力者たちによって恣意的「しいてき(気まま)」に作られた『国定教科書歴史編』は、まさにその傾向を強めています。

  その顕著な例は、李朝500年末期の政治紊乱「びんらん(乱れる)」に蓋をして、公然たる売官買職が横行し貧官汚吏が跳梁「ちょうりょう(のさばって)」した事実をまったく教えず、日韓併合がなければ、李朝は立派な国家として独り立ちできたかのような書き方をしているところに表れています。これこそ、実態を知らない歴史観です。

  日韓併合のことに少し触れれば、併合を通じて全国民に教育が徹底され、近代的医療制度が確立し、農漁業と重工業が興り、社会のインフラ整備によって工業国家としての基礎が築かれたことは、明白な事実です。

  終戦後、独立した韓国・朝鮮の教育は、日韓併合を日本帝国主義の侵略政策の産物であったと糾弾しますが、それがいかに歴史の実態を無視した身勝手なことであり、自己中心的な解釈であるかはいうまでもありません。

  教科書では、例えば次の記述があります。

 「日帝の狙いは、韓国を日本の経済発展に必要な商品市場と原料供給地にし、彼らの国家利益を増大させるものであった。日帝の産業侵奪政策で我が民族の経済活動は大幅に萎縮し、民族産業もその発展が抑えられて、沈滞するほかなかった」

  これには、あまりにも歴史の誤魔化しがあり、私などはコメントする気にもなりません。李朝500年を知らないか、故意に隠蔽しようとしているとしかいいようがありません。民族産業の芽を切り捨てたのは、ほかでもない李朝であり、李朝の下では経済発展など夢のまた夢でした。なぜなら近代化を唱える者や先進的な思想家は、反逆分子として、その親族までも処断されたのです。そういう史実を、忘れたとでもいうのでしょうか。

  本当に日韓併合が悪かったというなら、それが事実かどうかを検証してみようというのが私の立場です。大勢の人が虐待されたとか、従軍慰安婦にされたとかいいますが、私にはとてもそうは言えません。それは歴史の真実を知っているからです。それを今回、本に書いたということです。もし私が間違っていたら言えばいいです。


搾取されたのは日本

・・・そうした状況にある李朝を隣国において、1868年日本は明治を迎えます。当時の世界は強いものが弱いものを食う時代です。日本にとって清もロシアも大国です。その力が、清の属国になっていた李氏朝鮮、すなわち朝鮮半島から日本にやってくるという危機感が日本にありました。だからそれを防ぐために日本は、朝鮮としっかりと手を結ぶ必要があったのです。

  そこで1876(明治九)年二月、李朝と「日朝修好条規」を結びます。李朝成立後、484年が過ぎたときのことです。それは李氏朝鮮に、独立国家であってほしいという願いがありました。それが第一条にある「朝鮮国は自主の国」という言葉に表れています。これはきわめて重要な意義を持っています。

 ・・・1897年、李朝は国号を「大韓帝国」とあらため、年号を「光武」とし、王を皇帝と称し、表面的には510余年ぶりに明・清の束縛を脱し、独立国家を形成したのですが、清の保護下にある李朝の専横は変わるところがありませんでした。それは近代化と自主独立の道を拒否しつづけることであり、列強が蠢くなか李朝の存在は、東アジアの情勢に不穏な種を宿していたことになるのです。

 1904(明治37)年、日清戦争に次いで日露戦争を控えた日本は、こうした朝鮮の惨状を見かねて、目賀田種太郎(1853~1926年)を財政顧問として派遣し、日本からの財政支援をもとに、李朝をまともな国として立て直すという態勢がようやく緒につくことになります。

  目賀田財政顧問と総監府は、朝鮮の歳入不足分を補填するために、日本国民の税金から、大韓帝国政府に無利子、無期限の資金「立替え」を実施したほか、直接支出で援助しました。

  例えば1907年度、朝鮮の国家歳入は748万円しかなく、必要な歳出は3000万円以上ありましたから、その差額は全額日本が負担しています。1908年には、これがさらに増えて、合計3100万円という巨額の資金を日本は支出しています。

  総監府時代の四年間に、日本政府が立て替えた朝鮮の歳入不足分は、1428万円にものぼっています。そればかりではなく、司法と警察分野などに日本政府が直接支出した金額は、立替金の数倍、9000万円に達しています。

  現在の朝鮮・韓国の歴史では、このような日本の特恵的支援には一言の言及もありません。そして侵略だけを強調していますが、これがいかに偏狭な歴史観であるかということが分かると思います。それら詳しい数字については本に書きましたが、日韓併合によって、搾取されたのは、韓国・朝鮮国民ではなく、日本国民であった事実を認めるべきでしょう・・・3につづく

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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