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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観東條英機自決時の遺書と言われる弁明書大東亜戦争での日本の立場と今後を簡略明解に語りかけた


東條英機自決時の遺書と言われる弁明書大東亜戦争での日本の立場と今後を簡略明解に語りかけた

清瀬 一郎(きよせ いちろう、1884年7月5日 ~ 1967年6月27日、行年83歳).姫路市出身の弁護士、政治家、衆議院議長。学位は法学博士。 筆者は弁護士として、東京裁判で、弁護団副団長、東条英機大将の主任弁護人をつとめ、後に、国会議員として、文相、衆議院議長もつとめた人である。清廉さを身上とするが故に、当時は議長・副議長の党籍離脱は慣例化していないのに、衆議院議長に就任した時も「公平さを期するため」と党籍を離脱した。『 秘録 東京裁判 』清瀬一郎著 読売新聞社 本書は戦後21年著者晩年の年に読売新聞に51回連載した回想を、編集、1967(昭和42年).3月公刊したものだ。

 東條英機の弁護人を務めた清瀬一郎の著書『秘録 東京裁判』で遺書と紹介された文書である。清瀬弁護人は福岡市在在の某氏から写しを借り検証。その結果、「確実な信用すべき人」からこの遺書は、間違いなく自決時のものであることを確かめることが出来たという。「文意は東条発想のものに相違ないが、文飾は、当時日本言論文筆及び史学界の最長老某氏の添削を経たものであることの証言を得た」と記している。佐藤早苗は著書『東條英機 封印された真実』でこの遺書の福岡の人は勝子夫人の妹が嫁いだ宇都宮氏であり、文壇の最長老とは吉川英治(1892~没年1962)氏ではないかと書いている。

 

 間違いなく自決時某氏の添削と記載のようにそれだけ準備しての自殺なので、狂言ではないと出自元が強調している。しかしながら「・・・最近の歴史的推移を観察せば、思半(おもいなかば)に過ぐるものあらん(考えるだけでも思い当たるふしが多いのではないか)。・・・故に若し世界の公論が、戦争責任者を追及せんと欲せば、其の責任者は我に在らずして彼に在り。乃(すなわ)ち彼国人中にも「ひこくじんちゅうにも(彼の国の人間の中にも)」亦(ま)た往々「おうおう(あちこち)」斯く明言(戦争責任は戦勝国にあり)するものあり。・・・」と時間の経過が語られている。

 

 ウィキペディア東條英機の項目に・・・以下は1945年9月11日にGHQに逮捕される前に書かれたとされるものである。この遺書は1952年の中央公論5月号にUP通信のA・ホープライト記者が東條の側近だった陸軍大佐からもらったものであるとの触れ込みで発表されたものである。この遺書は、東京裁判で弁護人を勤めた戒能通孝から「東條的無責任論」として批判を受けた。また、この遺書は偽書であるとの疑惑も出ている。保阪正康は東條の口述を受けて筆記したとされる陸軍大佐について本人にも直接取材し、この遺書は偽書であると結論付けている・・・と記載され、本文と同内容のかな交じり意訳文掲載されている。それにも同様に下記のように時間の経過が語られている。・・・最近の歴史的推移を観察するなら、その思い半ばに過ぎるものがあるのではないだろうか(考えるだけでも思い当たるふしが多いのではないか)。・・・ゆえにもし、世界の世論が、戦争責任者を追及しようとするならば、その責任者は我が国にいるのではなく彼の国にいるということは、彼の国の人間の中にもそのように明言する者がいるとおりである。・・・ 東條英機8 遺言

 

時間の経過

1945年8月15日 玉音放送・終戦・終戦の詔勅

8月28日 連合軍先遣隊、厚木到着 (GHQ設置)

8月30日 マッカーサー厚木到着

9月2日 ミズーリ艦上にて降伏文書調印

9月10日 CCD(民間検閲支隊)放送事前検閲開始
9月11日 東條英機撃たれる東條を急襲し日本軍人極悪化作戦開始

1946年1月19日 東京裁判開始

1948年11月12日 東條英機死刑判決

1948年12月23日 東條英機処刑される

1951年5月3日 ダグラス・マッカーサー日本自衛戦争と証言

1951年9月8日 サンフランシスコ講和条約調印

1952年4月 中央公論5月号にUP通信のA・ホープライト記者が発表。日本独立後を見据えての、しかもアメリカの通信社の記者による発表だ。用意周到だ。満を持しての狂言自殺払拭作戦開始と考えて、間違いは無いだろう。

1952年4月28日サンフランシスコ講和条約発効

1963年3月 『 秘録 東京裁判 』清瀬一郎著 読売新聞社公刊

 

 1946年1月19日 東京裁判開始。パール博士や米国弁護団の日本自衛戦争論活発化。「1951年5月3日ダグラス・マッカーサー、米上院の軍事外交合同委員会の聴聞会において、聖書に誓い、自衛戦争と証言」。1952年4月28日サンフランシスコ講和条約発効。

 

 東條英機自殺まで終戦後わずか27日であり、米軍は行動開始直後であり、時間の経過は皆無と考えてよい。最近の歴史的推移を観察せば、思半(おもいなかば)に過ぐるものあらん(考えるだけでも思い当たるふしが多いのではないか)や、斯く明言(戦争責任は戦勝国にあり)するものありなど有り得ない。明らかに狂言自殺払拭のため、1946年1月19日東京裁判開始以降、1952年中央公論5月号にUP通信のA・ホープライト記者が発表までの間に他人が書いた文書だ。両方出自は同じだ。清廉潔白の清瀬一郎検証、文意は東条発想(裁判以降の資料を参考にした)、文飾は、某氏の添削を経て完成が正解のようだ。

 

 狂言自殺払拭文作成は、遺族が頼んだのか、東條が頼んだのか、第三者が関与し頼んだのか、某氏の添削家が自発的に書いたのかは、定かではない。がこれだけは確かだ。自決時ではなく東京裁判以後の他人の著述だ。

 

 遺書、遺書と連呼してきたが、大東亜戦争の弁明書及び日本国民激励書、と呼んでも差し支えない文意だ。

 

 著述日を捏造された文書だが東條の言動や姿勢と呼応し、東條に成り切り、日本の立場を弁明し激励し、今後を簡略明解に語っているのは間違いない。憂国の心情ほとばしる文だ。

 

 「この遺書は、自殺未遂を図った際に押収されたものである」と記載のブログもあるが、間違いである。対敵諜報部隊(CIC)によって押収された遺書は、後述の共同通信社が発見し報道した自殺未遂前日1945年9月10日日付のコピーされた遺書で、この遺書ではない。最後声明(前日日付の遺書)を発見押収」。1945.9.21.付けCIC秘密文書。 ロバート・ービュートーワシントン大名誉教授は著書「東條英機」でこの遺書の英訳文の内容を紹介、日本語の原文は「行方不明」と指摘していた。1998.11.30.4面中国新聞

 原文カタカナ交じり文。意訳せず、ひらがな変換と読みと意味記載。補筆真実史観 

英米諸国人に告ぐ     

 今や諸君は勝者たり。我邦(わが国)は敗者たり。此(こ)の深刻な事実は余「よ(私)」固(もと)より、認むるに吝ならず「やぶさかならず(思い切りよく、認めるつもりだ)」。然(しか)れども諸君の勝利は力の勝利にして、正理公道「せいりこうどう(正しい道理・公正な道)」の勝利にあらず。余は今茲(ここ)に諸君に向てその事実を列挙するに遑「いとま(必要な時間)」あらず。然れども諸君若(も)し虚心坦懐「きょしんたんかい(わだかまり無く)」公平なる眼孔を以て、最近の歴史的推移を観察せば、思半(おもいなかば)に過ぐるものあらん(考えるだけでも思い当たるふしが多いのではないか)。我等は只だ微力の為に正理公道を蹂躙「じゅうりん(踏みにじる)」せらるるに至りたるを痛嘆「つうたん(悲しみ嘆くこと)」するのみ。如何に戦争は手段を択(えら)ばずと言ふも、原子爆弾を使用して、無辜「むこ(罪の無い)」の老若男女を幾万若(もし)くは十幾万を一時に鏖殺「おうさつ(皆殺し)」するを敢(あえ)てするが如(ごと)きに至りては、余りにも暴虐非道と謂わざるを得ず。若し這般「しゃはん(これら)」の挙「きょ(行動)」にして底止「ていし(行き着いて止まること)」する所なくんば、世界は更に第三第四第五等の世界戦争を惹起「じゃっき(事件を引き起こす)」、人類を絶滅するに至らざれば止まざるべし。諸君須らく「すべからく(当然)」一大猛省し、自ら顧みて「かえりみて(振り返って)」天地の大道に対し愧「は(恥)」ずる所なきを努めよ。 

  

日本同胞諸君
 今は只(た)だ承詔必謹「しょうしょうひっきん(終戦の天皇のお言葉を何があっても大切に受け止める)」あるのみ。不肖「ふしょう(みじめなこと)」復(ま)た何をか謂(い)わん。
  

 但(た)だ、大東亜戦争は彼より挑発せられたるものにして、我(われ)は国家生存、国民自衛ノ為、已(や)むお得ず起ちたるのみ。この経緯は昭和十六年十二月八日宣戦の大詔に特筆大書せられ、炳乎「へいこ(光輝く様)」として天日の如し。故に若(も)し世界の公論「こうりん(公平な議論)」が、戦争責任者を追及せんと欲せば、其の責任者は我に在らずして彼に在り。乃(すなわ)ち彼国人中にも「ひこくじんちゅうにも(彼の国の人間の中にも)」亦(ま)た往々「おうおう(あちこち)」斯く明言(戦争責任は戦勝国にあり)するものあり。不幸我は力足らずして彼に輸「ゆ(負ける)」したるも、正理公義は儼「げん(揺るぎも無く)」として我に存し、動かす可からず。

 力の強弱は決して正邪善悪の標準となす可きものにあらず、人多ければ天に勝つ、天定れば人を破る、是れ天道の常則「じょうそく(法則)」たり。諸君須らく「すべからく(ぜひとも)」大国民の襟度「きんど(大きな度量)」を以て、天定る日を待たれんことを。日本は神国なり。永久不滅の国家なり。皇祖皇宗の神霊は畏くも「かしこくも(おそれおおくも)」照覧「しょうらん(神仏がごらんになる)」を垂れ玉ふ。

 諸君、請ふ「こふ(願う)」。自暴自棄するなく、喪神「そうしん(気を失う)」落胆「らくたん(力を落とすこと)」するなく、皇国の運命を確信し、精進努力を以て此の一大困阨「こんやく(災難)」を克服し、以て天日復明の時を待たれんことを。 

  

日本青年諸君に告ぐ日本青年諸君、各位。
 我が日本は神国なり。国家最後の望は繋(つなが)りて一に各位の頭上にあり。不肖「ふしょう(不肖私)」は諸君が隠忍自重、百折「ひゃくせつ(何度も失敗する)」撓まず「たわまず(気力をなくさず)」気を養ひ、胆を練り、以て現下の時局に善処せんことを祈りて熄まず「やまず(やまない)」。 

 抑も「そもそも」皇国は不幸にして悲境の底に陥れり。然れども是れ衆寡「しゅうか(多人数と少人数)」強弱の問題にして、正義公道は終始一貫我に存すること毫「ごう(少しも)」も疑を容れず。而して幾百万の同胞、此の戦争の為めに国家に殉じたるもの、必ず永えに「とこしえに(いつまでも)」其の英魂毅魄「えいこん(優れたたましい)」「きはく(強いたましい)」は国家の鎮護とならん。殉国の烈士は、決して徒死「とし(無駄死に)」せざるなり。諸君、冀くば「こいねがわくば(ねがいのぞむ)」、大和民族たるの自信と矜持「きょうじ(誇り)」とを確把「かくは(しっかりと持つ)」し、日本三千年来、国史の指導に遵ひ「したがひ(従い)」、忠勇義烈なる先輩の遺躅「いちょく(残した志を)」を追ひ、以て皇運を無窮「むきゅう(無限)」に扶翼「ふよく(助ける)」し奉らんことを。是れ実に不肖「ふしょう(不肖な私の)」の最後の至願なり。惟(おも)ふに今後強者に跪随し「きずいし(ひざまずいて従う)」、世好に曲従し、妄誕「もうたん(嘘)」の邪説に阿附「あふ(へつらい従うこと)」雷同「らいどう(私見無く同意すること)」するの徒(と)、鮮「すくな(少ない)」からざるべし。然れども、諸君は日本男子の真骨頂を堅守せよ。 
 真骨頂とは何ぞ。忠君愛国の日本精神是れのみ。

東條英機詳細は下記  
東條英機真実解明こそが大和日本隆盛起点戦後60年間誰もが忌避 

東條英機鉛筆書きのメモ工作員操作真贋無検証仮想現実界報道作家迎合 

小国日本適者生存の術は共栄圏神道敬天愛人と孫文が一致大アジア主義   

東條英機唯一末期の遺言23回忌教誨師花山信勝初めて自ら真実を記す  


大東亜戦争詳細は下記
亡国の起因冤罪史観破壊!子孫へ遺す真実史観蜂起日本適者生存史目次へ 

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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