QLOOKアクセス解析

真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
2017 06123456789101112131415161718192021222324252627282930312017 08

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

真実史観アパグループ第6回に応募「一億総白痴から一億総歴史家へ!」落選論文

QLOOKアクセス解析
アパグループ第6回に応募「一億総白痴から一億総歴史家へ!」落選論文

 アパグループ第6回に応募。「なぜ?どうして?ではどうすれば?」の探求検証皆無の「言葉と文字界」に、核心論で迫ってみた結果!落選

送信日時 2013年8月31日 22:51:06

宛先: ronbun2013@apa.co.jp 

赤字部分は加筆

一億総白痴から一億総歴史家へ!  

 1765年、ニューコメンの発明した蒸気機関の改良に成功したイギリスワットの蒸気機関は、それまでの人や牛馬や水力風力を、火力に変え、現代の扉を開いた。先取先進の欧米は、文明の伝播と侵略にも拍車が掛かった。同時に分業(職責者)も細分化され、精密になった。現代文明は、ワットの蒸気機関と分業(職責者の職責履行)と化石燃料の賜物といっても過言ではないだろう。

 「歴史家に任せる」は、窮した政治家の常套句である。まつりごとの分業を託している政治家が発したこの言葉を国民が聞くと、政治家がさらに託す「歴史家」とは、「更に偉い人」のように錯覚する。資料が一部の識者に独占されていた時代ならいざ知らず、現在は、汗と涙と手弁当の日本ネチズンが、最新の知識を開示し、刻々と更新しており、希望の資料はクリックするだけで取り出せる。調べれば調べるほど歴史家はただの無検証丸暗記屋で、「歴史家に任せる」などという、大そうなしろものでないことがよく解る。

 「歴史家」の、68年間ものWGIP善悪物語語り部のままは、更新力皆無、不適格者との自白で、無能者との烙印である。

 歴史学は、事実の積み重ねの空白を、現実界の常識で判断し埋める学問である。玉石混交の資料から、現実界の一般常識(歴史は現実界の出来事)を羅針盤に、真実のみを公平に拾い出し、事実の年表を積み重ね、その年表を現実生活の尺度で、「なぜ?どうして?」と考え、どう読み解くかが歴史家なのだ。歴史家に成れるかどうかは、現実界の一般常識が有るか否かで、更新無き知識(丸暗記HDD)の有無ではない。

 ペーパードライバー(咀嚼無き丸暗記知識)は不要で、実社会の運転知識(咀嚼された知識)が必要である。それが基準点となり羅針盤となる。

 つまり、これまでの職責者(言葉と文字が生活の糧の仮想界住人)以外の、現実世界生活者が、「なぜ?どうして?」と考えることで、たちどころに誰でもが、歴史家に成れるという事である。

 現在山積する外交問題のコトゴトクが、国民から託された歴史家の、「職責不履行」が原因である。戦後68年間日本には、歴史家は存在しなかった。存在しない「歴史家に任せた」から、こうなった。早急な救国手段は、日本国民が、一億総白痴から総歴史家へ転ずる以外には、無い!

 「侵略した日本」と、中朝韓と日本の歴史家は難詰するが、余りにも世界の大局を無視した、暴論である。侵略しなければ、日本も朝鮮も、当の昔に消えていた。

 歴史は、つまみ食い騙り屋の点(部分)でない!線(過程)なのだ!危急の時代に日本の先人が、どう考えどう行動したか、開国前夜に遡って線(過程)を辿ろう。

 

近代史検証に不可欠な基本知識

1、戦国時代。

 先に喰わなければ喰われた弱肉強食時代。侵略は合法の時代で、独立国は日本とタイのみ。

2、日本は資源無き小国。

 徳川時代初期1600年1227万人で、121年後の1721年3128万人に倍増したが、以後は、125年間徳川末まで横ばい(間引きと推察される)で、1846年3230万人。つまり、これが、当時の日本の、自給自足限界人口。昭和6年(1931年)に6500万人となり、85年で人口倍増し、更に右肩上がりで増加した。兵糧攻めで自給自足に逆戻りなら、半分以上が餓死者となる。(「図説・人口で見る日本史・鬼頭宏著)

 

弱小国生き残りの術は有色人連合

 ワットの蒸気機関で先進を果した欧米列強と露西亜は、東進(欧州)西進(米国)南下(露西亜)し、残る日本へと迫っていた(タイは英仏植民地の緩衝国として独立を維持した)。

 迫る欧米列強(白人)と露西亜(白人)に対処の術は、有色人連合大アジア主義以外に、皆無であった。 近代日本史は、資源無き小国日本の、護国苦闘史である。

 

有色人(被征服者や弱小国)連合大アジア主義の原点

 佐久間 象山(さくま しょうざん・松代ではぞうざんと呼称。1811~1864年)は松代藩士、兵学者・朱子学者・思想家・象山神社(松代)の祭神。父(佐久間一学)は下級武士、母(まん)は農民出身。妻(正室)勝順子は、勝海舟の妹。(Wikipedia)

 「伝授」「秘伝」といった旧来の教育方法を破壊した象山の教育に対する態度は近代的で、自分が書物から学んだことはすべて公開した。自身の門弟から「免許皆伝」を求められた時も、その必要がないことを説き、断っている。

 学問に対する態度は、小林虎三郎へ送った次の文書からうかがい知れる。

 「宇宙に実理は二つなし。この理あるところ、天地もこれに異なる能わず。鬼神もこれに異なる能わず。百世の聖人もこれに異なる能わず。近来西洋人の発明する所の許多の学術は、要するに皆実理にして、まさに以って我が聖学を資くる足る」

 象山は当時の日本において、洋学を学究し、思索し、指針を示した、紛れもない第一人者だった。しかし、実事求是に徹した(真理至上主義)象山の態度は、当時の旧来常識から見れば邪道で、「象山は自信過剰で傲慢」と敵も多く、誤解を受ける大きな要因となり、数々の業績を残したにも関わらず、戦後のWGIP教育も影響し、評価が低い。がしかし、ただ今続々と国民が覚醒中なので、再評価は高くなるのみで、下がることなどは、無い!

 「自信過剰で傲慢」は、見え過ぎた者の勲章で、四面楚歌は、時代の先駆者の、宿命である。

 勝海舟の妹順が1852年に象山に嫁ぎ、勝は義兄となったが、「あれはあれだけの男で、ずいぶん軽はずみの、ちょこちょこした男だった。が、時勢に駆られて――(氷川清話)」とけなし、当時の勝は、傲慢な義弟象山をあまり高く評価していなかった。がしかし、12年後の1864年、象山暗殺の報を聞いた時点では、「蓋世の英雄」と評価は一変していた。「この後、吾、また誰にか談ぜむ。国家の為、痛憤胸間に満ち、策略皆画餅」とその死を悼み、西郷隆盛や山岡鉄舟は「殿」「氏」であったが、義弟象山には「先生」と、敬称をつけた。

 吉田松陰、勝海舟、坂本龍馬、橋本左内、小林虎三郎、河井継之助、岡見清熙、加藤弘之など、後の日本を回天した人物が、象山の門弟である。「国家の財産」と自認象山、以って瞑すべしであろう。

 

国難に際し「思索する日本人」を林房雄著「大東亜戦争肯定論」を資料に辿ってみよう

1854年(安政元年)吉田松陰の「幽囚録」

 長州藩士吉田松陰がアメリカに密航しようとして捕らえられたのは、安政元年、ペルリ二度目の来航のときであった。松蔭は長州萩の藩獄に幽閉されたが、獄中で「幽囚録」を書き、師にして同士である佐久間象山に送った。これは当時として知り得るかぎりの世界大勢論であり、日本が西よりポルトガル、イスパニア、イギリス、フランス、東よりアメリカ、北より露西亜に狙われていること、支那大陸とアフリカ大陸がすでに英夷の侵寇をうけていることを述べて、武備の増強を強調し、次のように主張している。

 「艦ほぼ具わり、砲ほぼ足らば、即ち蝦夷を開墾し、諸侯を封権し、――間に乗じてカムサツカ、オーツカを奪い、琉球を諭し、――朝鮮を攻め、質(しち)を納れ(いれ)貢(こう)を奉ること古の盛時の如くならしめ、北は満州の地を割き、南は台湾呂栄諸島を収め、漸く(ようやく。しだいに)進取の勢いを示すべし。然る後、民を愛し士を養い、慎く(かたく。固く)辺囲を守らば、即ち善く国を保つというべし」

 ――吉田松陰一人だけではなく、佐藤信綱「宇内混合秘策」、橋本左内「日露同盟論」等々、「西力東漸」に対する思想的反撃は幕臣たると陪臣たるを問わず、すべての「考える日本人」の胸中に生れていた。

 

苦悩する藩主

 1851~1858年(安政5年)

 「苦悩」は学者と志士だけのものではなく藩主たちも「国内改革案」と「東亜経略論」を持っていた。水戸の徳川斉昭、越前の松平慶永、薩摩の島津斉彬。斉昭には藤田東湖、慶永には橋本左内がいた。島津斉彬の場合は、藩主自身の思想と実行が、西郷隆盛、大久保利通等の藩士を導き、啓蒙し、訓練した。

 斉彬は嘉永4年2月に封をつぎ、藩主としての在位わずかに7年、安政5年7月に50歳で急逝した。

 ――斉彬が越前藩主松平慶永に与え、また西郷隆盛に教えたという意見書の写しが残っている。・・・斉彬もまた雄大な「大陸出撃策」を秘めていた。斉彬の秘策によれば、まず日本の諸侯を三手にわけて、

 「近畿と中国の大名は支那本土に向かい、九州の諸藩は安南、カルパ、ジャワ、印度に進出、東北奥羽の諸藩は裏手よりまわって山丹、満州を攻略する。わが薩摩藩は台湾島とその対岸広東福建を占領し、南シナ海を閉鎖して英仏の東漸をくいとめる」

 大陸出撃の目的は清国の内政改革だと斉彬は言っている。

 「出兵すると申しても、これは清国の滅亡を望むのではない。一日も早く清国の政治を改革し、軍備を整えしめ、日本と連合するときは、英仏といえども恐るるにたりない。然るに清国は版図の広大なるを誇り、驕慢にして日本を視ること属国の如く、日本より連合を申し出ても耳を傾けるどころではない。故に、我より出撃して、清国を攻撃し、これと結んで欧米諸国の東洋侵略を防ぐを以って上策となす」

 もちろん、斉彬はこの策を嘉永安政のころに直ちに実行できると思うほど空想化でも「過激派」でもなかった。

 「もしも余が現在公然とかかる説を唱えたら、世人は斉彬が発狂したと思うだろう。まさにそのとおりだ。今、海外出撃の大号令が下ったとしても、命令一下、南シナ海の激浪を乗り切る軍船を結集し得る藩は一つもない。我が薩摩藩にしてすでに然り、他藩については申すまでもない。ただし、余に15年の歳月を借せ。薩摩を日本一の富強の国にし、日本統一の基地にしてみせる。日本を西洋諸国並みの富強の国にするためには、50年かかるかもしれぬが、薩摩を日本一の強国にするのは15年あれば十分だ。まず、そこから始める」と西郷隆盛に教えたと伝えられている。

 ――「国を強くするためには、まず民を富ませねばならぬ」と斉彬は側近に語った。「武士も百姓も芋ばかり食っていて、忠義だ攘夷だとさえずっていても、何の役にも立たぬ。農業と工業と教育の三つがそろわねば国の本は立たない。蔵方にいくら金銀を積んでも、士民の生計が豊かにならねば、富国も強兵もない」――

 

ついに露西亜が日本占領

 1861年2月3日~7月25日まで6ヶ月間、日本の対馬を占領した露西亜艦隊。当時露西亜の南下政策を警戒した英国は、軍艦を対馬に派遣して、露西亜軍を対馬から排除。「資源無き小国日本の後手は必滅!先手以外に必勝の道無し」を、思い知った。以後1960年の植民地独立付与宣言までの九九年間日本は、自立自存の戦い続けることとなる。

 

勝海舟の興亜論

 1863(文久3年)勝海舟の対韓政策「勝海舟秘録」

 「文久の初、攘夷の論、甚(はなはだ)だ盛んにして、摂海(大阪湾)守備の説、また囂々『ごうごう(やかましい)』たり、予(海舟)建議して曰く、よろしくその規模を大にし、海軍を皇張し、営所を兵庫、対馬に設け、その一を朝鮮におき、ついに支那に及ぼし、三国合縦連衡して、西洋諸国に抗すべし」

 勝の諸説は島津斉彬の東亜経略論によく似ている。「まず朝鮮を説き、次に支那を説き、三国同盟して欧米の力に対抗せよ」。

 

 辿れば、中朝ならまだしも、少なくとも日本の歴史家が、「侵略」などと非難は、無知の自白であることがよく解る。

 年表を読み解くと、以降も「有色人連合大アジア主義」に向かって、まさに一直線であった。

 

前門の虎(欧米列強)後門の狼(清国露西亜ソ連凶産中国)との死活時代を生き抜いた日本先人と同胞

 南下清国露西亜ソ連、東進西進する欧米列強、資源無き小国後手の内地戦は、兵糧攻めで必滅は必定。

 先手以外に適者生存の術は皆無。打って出た。南下清国露西亜ソ連の砦(朝鮮満州)を構築し、蒋介石と共に中国共産と戦い、日中合作の第三極、大アジア主義樹立を画策したが、日中合作(黄禍論)を畏怖した「共産主義と植民地主義(白人)」が連合し、蒋介石を抱き込み(西安事件)、抗日戦争にすり替えた。

 そしてルーズベルトが、日中戦で疲弊した日本を仕留めようと、ABCD兵糧攻めで宣戦布告、ハルノートで降伏を迫った。

 100%負けると誰もが判っている戦争をしたと、先人をののしる愚かな子孫が居る。敵はABCD(植民地主義)のみではないのだ。中国共産化(ソ中共産合作)の防共の砦日本が去ると、すぐさまソ中共産は合作(共産主義)し、朝鮮に攻め入ったのは史実だ。攻めても最強の「植民地主義ABCD」、ハルノートで退いても最強の「ソ中凶産合作」。強大な敵で必滅が、現実だったのである!

 68年後の今年も、先人をののしる愚かな子孫よ、他にどんな回避策があったというのだ?年表を繰り思索すれば、子供でも解る事だ。

 何のために小異(我欲)を捨てて大政奉還(一丸化)し、大同(護国)につき、明治維新を成したのだ!日清も日露も、朝鮮統治も反共戦争も大東亜戦争も、全ては護国のためではないか!歴史は整合の連鎖で空物語ではない!戦後の「軍民対決論」など、「大政奉還(護国団結)」の事実の前には、捏造の証拠と成るのみなのだ。

 大坂冬の陣で徳川は、外堀を埋めろと要求し、豊臣はこれに応じ和議となり、つかの間の平和を得た。がしかし徳川は、和議条約を守らず内堀も埋めたため大坂夏の陣となり、豊臣は敗れた。ハルノートもこれと同じで、共産合作ソ中共産主義と、欧米列強植民地主義に対しての、日本への丸裸要求なのである。

 先人数多の犠牲者が築いた大政奉還以後の砦(満州朝鮮は、対、清国・露西亜・凶産中国・ソ連用砦)からの、撤兵要求ハルノートに、東條英機らが、断固反対したのは当然なのである。こんな自殺命令書にサインする職責者など、金輪際いない!

 有色人類最後の砦日本(台湾、満州、南洋諸島、汪兆銘南京政府、朝鮮)は、中国汪兆銘政権等と大アジア主義を拡大、大東亜共栄圏を樹立しての第三極で対峙を目指し、開戦した。がしかし道半ばで敗れ、身体を筆にし血と汗と涙でえがいた日本自立自存戦争の悲願(有色人の悲願でもある)は、ついえたかにみえたが、戦いザマに共振した同胞(有色人や虐げられた小国白人)が継承し、占領の旗を破壊し、1960年植民地独立付与宣言の旗、「互恵と平等と開放貿易」を世界に掲げ、開闢以来の戦国時代は幕を閉じ、新秩序の時代となった。

 資源無き小国日本が、はじめて占領されてから99年後である。最後の最後にたった一カ国で立ち向かい、戦いには敗れたが、戦争目的「互恵・平等・開放貿易」は、継承した同胞が完遂した。こうして日本は、九九年戦争の目的を成就し、同胞と共に、平和の第一歩を踏み出した。

 

戦後68年間も歴史家不在の日本!国民が総じて歴史家に成らねば国滅ぶ!

 戦後の復興に汗と涙で懸命な国民が託した歴史家は、WGIPを記憶したHDDのみで、68年間も日本の役立たずのみならず、逆に、NHK、朝日新聞、毎日新聞等と共に中朝韓の捏造反日宣伝を扇動し、戦争起因を拡大中である!丸暗記のみの更新皆無のHDDなので、自浄回路など当然無い!

 このままでは先人九九年間の護国が潰え、国が滅ぶ!覚醒した我々国民一人一人が歴史家と成り、「なぜ?どうして?ではどうすれば!」と、探求検証可能な、歴史家という職責を托せる子孫を、新規に、育成しなければならない!

 

 神(造物主)は賽を振らない!

 歴史もまた、賽を振らない!

 

 

資料

「大東亜戦争肯定論」上下巻林房雄著・番町書房

『暗黒大陸中国の真実』ラルフ・タウンゼント著田中秀雄・先田賢紀智共訳芙蓉書房出版

『アメリカはアジアに介入するな!』ラルフ・タウンゼント著田中秀雄・先田賢紀智共訳芙蓉書房出版

「Mirror for Americans: JAPAN」ヘレン・ミアーズ著

「アメリカの反省」(アメリカの鏡としての日本)原百代訳文芸春秋新社

「アメリカの鏡・日本」伊藤延司訳アイネックス

「佐久間象山 - Wikipedia」

「図説・人口で見る日本史」鬼頭宏著PHP

 

上記までが応募落選論文。

 

参照

2013年10月1日 アパグループ第6回「真の近現代史観」懸賞論文受賞者発表

 「言葉と文字界」の自己検証無き上辺論は、汗と涙と手弁当日本ネチズンの、しょせんは泥縄追試論にすぎず、泥縄での金儲けだから、響かない!

 「いい話(点物語)」で金儲けする騙り屋は、日本にも数多いる。日本人のいい話(点物語)に覚醒初心者はみな飛び付くが、線(過程)を知らぬままならば、中朝韓罪日の歴史捏造教育丸鵜呑み者と同じで、「なぜ?どうして?」思索皆無の、丸暗記愚民となる。

 筆者は、日本の言葉と文字界の空論に気付き、自己検証した、学生部門優秀賞の山本みずき「18歳の宣戦布告」のみが、心に残った。

 

 上記資料と、イザベラバードの「朝鮮紀行」と、ルディ・カウスブルック(Rudy Kousbroek)の「西欧の植民地喪失と日本(Het Oostindisch Kampsyndroom)草思社 1998」と、真実史観年表頭山満孫文汪兆銘大東亜共栄圏大アジア主義に殉じた人々犯日隠蔽の歴史 ・ てん皇靖国不参拝合祀に非ず犯日団英霊愚弄思想戦に慰霊の言葉喪失は、「言葉と文字界」必読の書で、真実史観に覚醒の、特効薬である。 

 

捏造団は全てが点攻撃!捏造国の点攻撃の証拠!

2013年10月25日 ソース レコードチャイナ 韓国、中国にも日本海の表記変更を求める=黄海にまで「西海」の表記を要求―中国メディア

 2013年10月23日、環球時報によると、韓国のサイバー民間外交使節団「VANK」は、中国が南京大虐殺記念館の展示で使用している「日本海」の表記に不満を示し、変更を求めた。

 VANKは「日本が発動した侵略戦争によって中韓両国は大きな損害を被っているにもかかわらず、日本はいまだに謝罪していない。日本に歴史を正視させるため、中韓は統一戦線を組んでいる。日本軍による南京大虐殺の犠牲者を追悼するために設立された記念館に『日本海』と表記された地図があってはならない」という声明を発表した。

 また、VANKは中国政府に対し、国内の主要な記念館の地図から日本海の表記を削除し、「東海」に改めるよう求める書簡を送付している。

 韓国紙・仁川日報の10月21日付の記事によると、WHO(世界保健機関)発行の「2012年版世界マラリアレポート」で「韓国マラリア分布図」の地図に「Sea of Japan」との表記があることに対して韓国の与党議員が不快感を示し、さらに「朝鮮半島西側の黄海は『China Sea』から『西海』」に変更するべきだ」と主張している。(翻訳・編集/岡本悠馬)

 

歴史教育は史観から史観へ!「言葉と文字界」は史観者ばかり!

 職責者が歴史を俯瞰して大局的にとらえず、捏造団と同じ土俵(同じレベル)での迎合善悪論争が原因。先に攻めなければ攻められる弱肉強食の世に、弱小国日本の後手は必滅。ましてや戦国時代の戦争に善悪など皆無で、「侵略悪被侵略善・戦争善悪」などの現代の尺度など、当然無い!無い尺度でもって捏造団は点攻撃しているのだ。捏造団の点攻撃(侵略悪被侵略善・戦争善悪)に、戦国時代を無視し、応酬した結果である。

 (結果)ではなく(過程)で考えれは、子供でも即座に解る日本の真実を、68年間も無検証は、丸暗記脳職責者かスパイとの自白である。

 歴史はで、ではない!捏造団は、全てが攻撃なので、線で殲滅が賢者

 筆者は、「当時の独立国は日本とシャム(タイ)」と、「当時は、先に攻めなければ攻められる弱肉強食戦国時代」の二点で、戦勝国のWGIPから一気に覚醒した。以後の8年間は、検証証明時間、「の歴史を」に、過ぎない!

 真実史観


亡国の起因冤罪史観破壊!子孫へ遺す真実史観蜂起日本適者生存史目次へ

コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://sinzitusikan.blog.fc2.com/tb.php/471-6060bf7d

フリーエリア
プロフィール

真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。