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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観一億総白痴化(丸鵜呑み愚民化洗脳)から一億総歴史家(考える人)へ

一億総白痴化(丸鵜呑み愚民化洗脳)から一億総歴史家(考える人)

昭和47(1972)年5月15日沖縄返還。 密使、若泉 敬の尽力は忘れてはならない。

 全面禍福思考はここまで!以後は中国凶産朝日毎日新聞、NHKTV朝日TBS教授識者罪日工作員の思想戦に洗脳され、摘み食い半端者続出の日本となった。

 以後は中国北朝鮮の凶産や韓国工作員の思想戦の犬と化したマスコミや識者や迎合金儲け証言者続出の真空時代

 

いじめっ子(中朝韓罪日)と何でも言うことを聞くいじめられっ子(無知の偽善者)の始まり

昭和47(1972~74)年7月7日田中角栄首相終戦時27歳。民欺党小沢一郎まで続く私利私欲派閥議員時代の開幕で、拝金児遊官主党、民欺党の始まりである。官僚もこの辺から私利私欲に走るように成ったのではないか?天下り先の巣作り開始が始まりである。以後理念無きマスコミに洗脳され、政治理念無き政治家続出となり、理念が金に変化、2010年、戦後65年に至る。仮想界政治屋の真空時代の始まり。 

昭和47(1972)年9月 日中共同声明調印 中国共産党の卑劣な外交下での国交回復である。田中角栄首相(終戦時27歳)、周恩来首相(1898年生まれ終戦時47歳歴戦のつわものである)と調印。かっての誇り高き中国ではなく相手はギャングと同じ凶産、凶産と実体把握無き調印は、無知の調印で、あらゆることに難癖を付ける、始まりとなった。私利私欲検証能力皆無、無知の始まりである。

昭和481973)年大連生まれの元毎日新聞記者千田夏光(1924~2000)が「ジューグンイアンフ」という言葉を創作、『従軍慰安婦』出版「『挺身隊』として動員された朝鮮人女性20万人のうち、5~7万人が『イアンフ』にさせられた」と捏造。1993(平成5)2月『現代コリア』2~3月号(現代コリア研究所 刊)で、現代史研究家、加藤雅夫氏が、千田夏光著講談社文庫『従軍慰安婦』(講談社刊)の中の嘘を暴露。千田を問い詰めたところ、「従軍慰安婦」という言葉は千田が勝手に作ったもので、内容も島田俊彦著中公新書『関東軍在満陸軍の独走』(中央公論社刊)を参考にしたもので、直接取材はしていない事が判明した。

※戦後28年間、慰安婦を強制連行したなどと、日本人はおろか韓国人さえ言わなかった。なぜか?そんな事実はなかったからである。

昭和47(1974~76)年三木武夫首相終戦時38歳。

昭和49(1974)年

 「日本待望論」オリヴィエ・ジェルマントマ(1943~フランス国営放送プロデューサー作家。初代ドゴール研究所理事長総裁はアンドレーマルロー)1998.11産経新聞社

第五章アンドレ・マルロー「反回想録」1974年東京で昭和天皇に拝謁

 「なぜ、いにしえの日本に興味をお持ちなのですか?」

 「武士道なるものを興した民族が、騎士道を興した民族にとって、どうして無意味のはずがございましょうか?」

 しばし、間。天皇は、またも絨毯に視線を落としておられたが、

 「ああ、そう・・・。あなたがこの国に来られてまだ間もないということもあるでしょうけれど。しかし、あなたは、日本に来られてから、武士道のことを考えさせるようなものを一つでも見たことがありますかたった一つでも?

昭和50(1975)年8月15日三木首相参拝。他虐偽善者三木首相が、八月十五日の参拝を「首相としてではなく渋谷区南平台の一住民三木武夫として参拝します」と公式参拝ではなく私人としての参拝を力説。これ以後、公人私人などという特異な議論が、他虐偽善者マスコミの世界を支配するようになった。天皇は日本の象徴公人である、公人たる天皇は参拝しにくくなった。

昭和50(1975)年11月20日富田朝彦宮内庁長官が参議院で、明日の天皇靖国参拝は公人か私的行為かと厳しく糾弾された。吉国一郎内閣法制局長官は、憲法違反とまで言えないが、「第20条第3項の重大な問題になる(国の宗教活動の禁止)」と発言。神仏混交の錯誤、神道は宗教に非ず!真実史観日本は神の国(多神の国)宗教の国(多宗教の国)

昭和50(1975)年11月21日終戦30周年昭和天皇の参拝。これ以降参拝無し。

昭和51(1976~78)年福田赳夫首相終戦時40歳。

1976年(昭和51)中国周恩来、毛沢東死去、4人組逮捕で、文化大革命終焉。4月5日天安門事件①(民主化運動の原点)。二大巨頭の逝去で求心力を一気に失った凶産は、国民懐柔のため、言い成りの日本を仮想敵国とし、さらに犯日強化。

1977年(昭和52)中国小平復帰。

昭和53(1978~80)年大平正芳首相終戦時35歳。

昭和53(1978)年10月17日「昭和殉難者」としてA級戦犯14人が靖国神社に合祀

昭和53(1978)年10月23日小平副首相、中国から初めての来賓として来日。「入江相政日記」「・・・竹の間で『不幸な時代もありましたが』とご発言。鄧氏は『今のお言葉に感動しました』と。これは一種のハプニング・・・」両者共に、戦国時代を踏まえての発言である。

 10月25日鄧小平(副首相)の「尖閣列島棚上げ論(日本記者クラブ記者会見)」

 「尖閣列島は、我々は釣魚諸島と言います。だから名前も呼び方も違っております。だから、確かにこの点については、双方に食い違った見方があります。中日国交正常化の際も、双方はこの問題に触れないということを約束しました。今回、中日平和友好条約を交渉した際もやはり同じく、この問題に触れないということで一致しました。中国人の知恵からして、こういう方法しか考え出せません。

 というのは、その問題に触れますと、それははっきり言えなくなってしまいます。そこで、確かに一部のものはこういう問題を借りて、中日両国の関係に水を差したがっております。ですから、両国政府が交渉する際、この問題を避けるということが良いと思います。こういう問題は、一時棚上げにしてもかまわないと思います。10年棚上げにしてもかまいません。

 我々の、この世代の人間は知恵が足りません。この問題は話がまとまりません。次の世代は、きっと我々よりは賢くなるでしょう。そのときは必ずや、お互いに皆が受け入れられる良い方法を見つけることができるでしょう」。

 鄧小平の「双方はこの問題に触れない・一致」は、凶産中国の一方的な言いがかりである「釣魚諸島領土問題」を取り下げたので、「双方はこの問題に触れない(中国は取り下げて触れず、日本は中国が取り下げたので触れず)」で、「一致」したので、「尖閣列島棚上げ論」で「一致」したのではない。

 「尖閣列島棚上げ論」は、「尖閣列島日本領有に問題有り」として俎上に日本を引き出すための、鄧小平の狡猾な小道具、切っ掛け(難癖)」である。

昭和54(1979)年から日本中国へODA有償資金協力(円借款)を約3兆1331億円、無償資金協力約3兆円以上、合計総額六兆円以上の巨額な経済援助をし続けている。愚民化捏造政策なので、非公開、中国国民は一切知らない。日本凶産化工作資金を与えたのと同じ。表では笑顔で友好、裏では破壊工作が凶産の正体である。

1979年(昭和54)年 韓国朴正熙大統領射殺される。

1980年(昭和55)年 韓国クーデターで全斗煥軍事政権

昭和55(1980)年悪魔の飽食(あくまのほうしょく)は、満州国で731部隊が行っていたという人体実験の実態を詳しく書いたとして、話題を呼んだ。森村誠一(作家)が下里正樹(しんぶん赤旗の記者で当時共産党員)の取材で書いた本、彼らはノンフィクションと言っている。日本共産党のしんぶん赤旗日曜版で1980年代に連載され、後に光文社より単行本として出版(1982年)され、これが大きな社会的問題となった。注射針で体液を吸い出してミイラにする(現代でも不可能)。真空室にほうり込み、内臓が口、肛門、耳、目などからはみ出し破れる様子を記録映画に撮る(現実はこうならない)。など非現実な内容もさることながら、35枚中20枚の写真が偽写真だった事が判明し、結局これらの問題で、光文社は絶版とした(1983年に角川書店から、問題点を削除し加筆され再出版)元隊員と称する匿名証言の情報提供者から、下里正樹(しんぶん赤旗の記者)が取材し、それを基に書いたので、森村誠一(作家)は、情報提供者との直接取材ではないと主張している。なんとこの作家も大江や石原と同類の無検証貼り付け屋なのだ。下里正樹(しんぶん赤旗の記者)と、この無検証貼り付け屋が捏造してから、中国狂産党が日本国内の犯日が騒ぎ出した。(凶産党犯日作戦プロパガンダ)

 

昭和55(1980)年5月21日カトリックの総本山ヴァチカンに、ABC項目すべての戦犯が祀られた。「世界に開かれた昭和の戦争記念館〈第3巻〉大東亜戦争の秘話 (歴史パノラマ写真集) 」名越二荒之助著展転社 (1999/11)より抜粋。

 ――ローマ法王庁・ヴァチカンには、昭和の殉難者1068柱の霊が祀られている。連合国の手で「戦犯」として裁かれたABC級すべての日本人「法務死」者の霊が、世界のキリスト教カトリックの総本山ヴァチカンに、他ならぬローマ法王によって祀られたのである。

 その多くはキリスト教信者であった連合国側にとって、これほどの皮肉はない。皮肉というよりは、勝者の驕りに対する「神の戒め」であるとも言えよう。

 時のローマ法王・パウロ六世に、日本人殉難者のためにミサを、と訴えたのは仏教徒の仲田順和師であった。

 昭和五十(1975)年にヴァチカンを訪れた折に、かねてより心を痛めていた「戦犯とされた人々」の鎮魂と慰霊のために、宗教の違いを超えて願い出たのである。

 順和師の父であり先代座主でもあった順海大僧正は、学徒兵や殉難者の法要を欠かさず、「七戦犯の鐘」など慰霊の鐘も護持している。

 先代座主の遺志をついだ真言宗醍醐寺派別格本山品川寺(ほんせんじ)の仲田順和師の願いを、パウロ六世は快く承諾した。しかし、喜んで帰国した順和師にその後届けられたのは、法王の訃報であった。その後を襲ったパウロ一世も急逝し、異教徒の願いは空しく閉ざされたと思われた。

 その順和師のもとに、ヨハネ・パウロ二世から親書が届けられたのは五年後の昭和五十五年四月、内容は「五年前の約束を果たしたい」との思いもかけぬものであった。

 ローマ法王庁は、異教徒の願いを忘れてはいなかったのである。

 パウロ六世の真心に応えようと、帰国直後から作製を依頼していた五重塔に殉難者千六十八柱の位牌を納め、ヴァチカンに奉納されたのは、同年五月のことである。醍醐寺五重塔を精巧に模した塔は、「戦犯」慰霊に共鳴した栃木県大田原市の木工芸家星野皓穂氏が、三年の歳月をかけ無料奉仕で完成させたもの。

 五月二十一日には仲田・星野両氏も参列し、法王パウロ二世のもと昭和殉難者のための荘厳なミサがヴァチカンでとり行われた。――

昭和55(1980~82)年鈴木善幸首相終戦時34歳。

昭和56年(1981)2月23日~26日、ローマ法王ヨハネ・パウロ二世はローマ法王として初めて来日した。この時、法王は慣例を破って皇居に天皇陛下を訪ねられた(2月24日11時皇居で天皇と会見。14時法王庁大使館で鈴木善行首相と会見)。法王が外国を訪問してその国の元首や首相に会う時は、その国の方々が法王を訪ねて会いに来るのが慣例となっており、法王の皇居訪問は前例のないことなので、問題となった。その時法王は、一身を捨ててマッカーサー元帥の前に立たれた天皇をたたえての訪問であることを、キリストの精神をたたえての訪問であることを、皆に説いた。皆は、その一言で納得した。

 戦前、共産の正体を狂惨と喝破したローマ法王のピオ11世は、反共戦争(日中戦争・支那事変・日華事変。1937年7月7日)が始まった年の10月に、全世界の3億5千万のカトリック信徒に対して、次のようなメッセージを出している。「日本の支那事変は侵略戦争ではない。共産党と戦っている。共産党が存在するうちは、全世界のカトリック教会、信徒は日本軍に遠慮なく協力せよ」と。当時、共産ではなく狂惨(凶産)と喝破していたのは、全世界のカトリック信徒と日本だけだ。

 ローマ法王ヨハネ・パウロ二世はポーランド人であった。参照→シベリア難民の孤児救出一世紀にわたり語り継がれる真実

昭和57(1982)年中・韓両国に対する鈴木内閣の屈辱的な土下座外交。『閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本』・文芸春秋

昭和57(1982)年教科書検定で政府が「『侵略』を『進出』と書き変えた」と朝日新聞の誤報事件。中国が抗議。

昭和57(1982~87)年中曽根康弘首相終戦時27歳。

昭和58(1983)『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』(吉田清治著三一書房)金儲け目的の捏造本。

1983(昭和58)中国鄧小平主席

昭和59(1984)年昭和59年8月4日付け夕刊(朝日新聞大阪本社版)「南京大虐殺」でっちあげ報道。

昭和59(1984)年昭和59年10月31日付け毒ガス戦朝日新聞でっちあげ報道。

昭和60(1985)年2月田中角栄から離脱し竹下登創政会旗揚げ。

昭和60(1985)年7月朝日新聞「反靖国」キャンぺ―ン展開。8月14日初の靖国参拝反対声明発表。朝日新聞と人民日報が連携しながら犯日反対運動展開。

昭和60(1985)年8月15日中曽根首相参拝「内閣総理大臣たる中曽根康弘が参拝した」と言明し、公式参拝の声明。ところが「A級戦犯も祭る靖国神社への首相参拝はわが国人民の感情を傷つけた」として中が激しく抗議してきた。これに屈して、中曽根首相は春秋の例大祭も八月十五日も取り止めてしまった。中曽根首相が中国首脳の名をあげて「盟友支援のために参拝を中止した」という意味の演説。これが起因で以後犯日拡大。脅しの外交カードと成り、中韓に脅され莫大な援助となる。ここで「盟友支援・・・」などと阿諛追従せず、植民地独立付与宣言」を掲げ、楔を打てば、以後の中韓のゆすりたかり、陛下の参拝中止、犯日団の増長などなかった。亡国奴中曽根は、板垣征四郎の遺族正参院議員に分祀署名書を持たせ、回らせた。東條英機次男輝雄は「(靖国神社からではなく)他国の干渉に屈する形で分祀を認めることは出来無い」と正論で反対、他の6人は同意したが、靖国神社の強硬な反対もあり成立はしなかった(以後は全遺族反対)。輝雄は05年7月29日号週刊朝日にも「合祀されるという情報を、私はどこからも受けないうちに合祀されたわけです。聞いた瞬間、非常にありがたいことだと思いました。もし分祀すると靖国神社が決められたとしたら、私としては非常に残念だけれども、遺族は『それはいけない』という立場にはないと考えています」と、正論を述べている。増すごみは東條家だけ反対と非難したが、議論の余地など皆無の、至論

 己の思想皆無、私利私欲で欲に迎合、現在も懲りずに犯日扇動の風見鶏中曽根は、国賊である。毒饅頭(機密費)を配り世論操作可能だった中曽根の官房長官は後藤田正晴(82~83)、藤波考生(参拝83~85)、後藤田正晴分祀85~87)で、未だに大勲位などと擁護のマスコやナベツネ等は、毒饅頭仲間か?マスコミと毒饅頭の根の深さは、田母神諫言対処が白状、自民党自壊の元凶。

昭和60(1985)年朝日新聞と人民日報が連携しながら犯日反対運動展開の結果、中国は反靖国で中曽根の、以後の靖国参拝を中止させた。

昭和60(1985)年(抗日戦争終結40周年中国「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館」開館。「抗日戦争記念館」の中身はといえば、日本軍の残虐ぶりをひたすら強調しようと探したが見つからず困り果て、しかたなく中国兵の伝統的猟奇的残虐手法を色々展示している。1986年6月4日天安門事件以降の江沢民政権で、南京事件は大々的に宣伝活動に利用され、対日批判プロパガンダのネタとして、日本政府から、外交上の譲歩を引き出すカードとして利用され続けている。30万人から中国の主張する南京犠牲者数は40万人以上と10万人も増加しており、年を追うごとに増加する事は異常である。語るに落ちている。基本条約を締結後、2003年まで、総額三兆円のODA (経済援助)、三兆円の有償援助の、合計六兆円もの巨額の経済援助を中国に与えている最中なのにだ!矜持皆無の国家だ愚民化政策なので、非公開、中国国民は一切知らない。

凶産中国犯日教育開始の切っ掛け(南京大虐殺紀念館)が田邊誠民主党群馬県総支部連合会常任顧問元日本社会党委員長

 南京大虐殺紀念館は、中華人民共和国の博物館。中国での正式名称は「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館」。日本では、屠殺と虐殺を同意と考えて南京大虐殺紀念館と呼称。抗日(犯日)記念館の代表として中国共産党により愛国(犯日)主義教育基地に指定されている。

 田邊 誠(田辺 誠1992~ )民主党群馬県総支部連合会常任顧問は、衆議院議員(11期「)、日本社会党委員長(第11代)を歴任。

 田辺誠は1980年代に南京市を訪れた際、当館を建設するよう勧めた。中国共産党が資金不足を理由に建設は消極的だったので、田辺は総評から3000万円の建設資金を南京市に寄付。その資金で南京大虐殺紀念館が建設された。3000万円の資金のうち建設費は870万円で、余った資金は共産党関係者で分けたという。また記念館の設計は日本人が手がけた」元教科書是正訴訟事務局 事務局長 半本 茂

 1982年、田辺の再三の建設要求と破格の資金提供に対し、中国政府の鄧小平ならびに中国共産党中央委員会が、全国に日本の中国侵略の記念館・記念碑を建立して、愛国(犯日)主義教育を推進するよう指示。1983年、中国共産党江蘇省委員会と江蘇省政府は南京大虐殺紀念館を設立することを決定し、中国共産党南京市委員会と南京市政府に準備委員会を発足させた。鄧小平は1985年2月に南京を視察、建設予定の紀念館の館名を「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館」と揮毫。

昭和61(1986)年「戦争体験出前噺」で、蜂起日本軍と戦友の戦争噺をネタに、本田立太郎(1914~2010)噺家旅行開始。少数拝金迎合者の下善上悪発言者は、朝日やピースボート(筑紫や辻本清美)等の後押しがあるので、金を貰って旅行も出来、中国凶産は上げ膳据え膳で歓迎した。

昭和61(1986)年藤尾正行文相「韓国併合、合理化発言」に韓国抗議。戦国時代力無き朝鮮、寄らば大樹の陰で選択したのが日本、武力併合ではないので世界が承認した。正論発言で→罷免

昭和61(1986)年8月1日「戦場にかける橋」の嘘と真実。岩波書店・永瀬隆志。風土病死を虐待犠牲者、ロウムシャ犠牲15万人(ほとんどが帰省し、事実は多数のみ)、能動戦争と捏造、極悪軍隊と貶め、謝罪することで偽善者ぶる永瀬隆志。迎合金儲け証言者のはしりで、皆騙された

昭和61(1986)年8月15日この年のこの日にも また靖国のみやしろのことに うれひはふかし」前年参拝の中曽根首相、一転して不参拝発表当日の歌。「この年のこの日にも」が御意、余命を悟られた御詠である。3年後の8月15日を迎えることなく、1月7日に崩御された。「この年のこの日にも(合祀は8年前、この年ではない。終戦後41年も経たこの大事な日におよんでも)また靖国のみやしろのことに(なぜ靖国不参拝に)うれひ国思わぬ輩に参拝の道を閉ざされた嘆き)はふかし」。分祀に非ずは、明白!

1987(昭和62)年韓国犯日パクリし便乗、8月15日(日本の終戦記念日)韓国ソウル市郊外に日本軍の残虐ぶりをひたすら強調しようと探したが見つからず困り果て、しかたなく朝鮮兵の伝統的猟奇的残虐手法を色々展示した独立記念館開館。日本は1998年まで、有償資金協力6,455.27億円、無償資金協力47.24億円、技術協力実績239.94億円もの経済援助をしている最中なのにだ!矜持皆無の国家だ愚民化政策なので、非公開、韓国国民は一切知らない。国賊風見鶏中曽根の愚行の結果である。表で友好、裏で破壊工作の証拠である。「中国ODA六兆円の闇」青木直人著祥伝社黄金文庫

昭和62(1987)年7月竹下登派(経世会)議員113名の最大派閥となる。私利私欲派閥議員の巣となり、日本国などポイ捨てされ、拝金児遊官主党となった。

昭和62(1987~89年竹下登首相終戦時21歳。

1988(昭和63)年韓国盧泰愚13代大統領韓国民主化政権。もう軍事政権の皮で包めないので、仮想敵国日本とし、マスコミ、罪日フル扇動して国家総動員の犯日の皮で、国内の、差別で砂の人心を、掌握し続けている。凶産並みのスポーツ選手強化も、同じ目的。NHK、TBS、TV朝日、毎日、朝日、国会議員等の、思想戦犯日工作員が証し。中国凶産の人心も砂で同じ。スパイ天国、これが日本の実体で、犯日はすべてが、思想戦工作員。歴史捏造韓国ドラマを垂れ流し、日本国民洗脳に必死なNHK(中国凶産と朝鮮と罪日の工作員)とTBS(毎日新聞。罪日と朝鮮の工作員)は、国賊TV朝日(朝日新聞。中国凶産と罪日)と同類の、報道の自由を隠れ蓑に捏造する、思想戦亡国報道社。

注・こんな厚顔無恥な輩が隣国支配なのだ、護憲派や九条の会は工作員、会員は洗脳された愚民

昭和63(1988)年4月22日奥野誠亮国土庁長官「(日中戦争について)日本に侵略の意図は無かった。盧溝橋事件は偶発的と発言」に中国韓国抗議。正論発言で→辞任

 4月28日分祀騒動の発端、富田メモ・卜部日記の日付。

 8月15日全国戦没者追悼式最後の御製やすらけき世を祈りしもいまだならず くやしくもあるか きざしみゆれど

平成1昭和64(1989)年1月7日昭和天皇崩御

 この後、待ってましたとばかりに東大教授(丸暗記脳)御厨貴や、立花隆ナベツネ中曽根東大卒(丸暗記脳)や、日経らが工作し、「昭和天皇不参拝原因は戦犯合祀」と、捏造した。詳細は「てん皇靖国不参拝合祀に非ず犯日団英霊愚弄思想戦に慰霊の言葉喪失」 

 中曽根靖国不参拝が中朝韓罪日難癖の全元凶!未だに解明不能は、「言葉と文字界」は丸暗記脳のみで、検証脳皆無の無知かスパイとの自白である!

戦争勃発は職責者の無知やスパイ化が原因!

 田中角栄が米国や戦勝国等と歩調を合わせておけば、とうの昔か遅くともソ連崩壊時に、中国凶産解体しての軟着陸は可能で、無知愚民韓国の追随も無かった!ところが、あろうことか、この職責者どもは、犯日(悪行日本と捏造教育でヒトモドキに国民を洗脳改造した中韓に油を注ぎ(ODA等を与え続け)、ヒトモドキ化を促進したのだ!

 悪行日本と捏造教育されている被洗脳国民は、日本側の思い遣り、友好、援助、謝罪等は、コトゴトクが、「過去に日本が犯した悪行の償い懺悔」としか、当然考えない!結果、ヒトモドキと化した国民の日本への憎悪は、益々燃盛るのみ。そして中韓は、抗日テロ大国となり、強大な日本の敵国と相成った

 調教もせずの餌遣りで野良犬が大繁殖し、我が身が食われた!何たる愚行だ

 捏造犯日教育国家へ、思い遣り、友好、援助、謝罪等煽るは、戦争扇動者

 抗日テロ唯一の治療法で、かつ、自己防御が、人モドキ因子(平昌五輪等の支援)の根絶

 げに恐ろしきは、無知(思索脳皆無の丸暗記脳)なり!3につづく⇒

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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