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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観捏造侵略が党是の凶産が敵で孫文汪兆銘陳群の中国は敵ではない

捏造侵略が党是凶産が敵で孫文汪兆銘陳群の中国は敵ではない

中国凶産党が愚民化し、愛国者中国人の思考を奪った。
 民主主義は、各家族、各会社、各団体共産主義(単一思想)の集合体(多元思想)。凶産主義は一党独裁(単一思想)、捏造で愚民化し支配するカルト教で、政治の形態などではない。党是捏造を隠蔽、党名凶産を共産と捏造、凶産主義は捏造主義が正式名称。ソ連東ドイツチェコ等、凶産主義崩壊は続いている。多種多様の民族、宗教があって初めて多色世界となり煌く。人類は赤一色の単色世界では、生きられない。皆この真実に目覚めたからだ。

 孫文は病のためにだまされ、汪兆銘、蒋介石も、狂惨党の謀略で国共合作した。実現不可のおいしい空論を撒き餌にする狂惨党にかなうはずなどないのだ。国共合作の結果凶産党員が圧倒的に増えた。共産に対する認識の違いが日中戦争の起因だ。日本は凶産と認識していたので、反共戦争は止められなかった。凶産は反共戦争を抗日救国戦争にすり替えた。防共の砦日本が去るとすかさず、満州、北朝鮮、内モンゴル、新疆ウイグル、チベットが狂惨化されたではないか、まさしく反共戦争だったのだ。戦後いち早く反共戦争と喝破したのは、日本同様に反共戦争を戦ったマッカサーだった。

 戦前凶産の正体を喝破したローマ法王のピオ11世は、(反共戦争)(日中戦争・支那事変・日華事変)(1937年7月7日)が始まった年の10月に、全世界の3億5千万のカトリック信徒に対して、次のようなメッセージを出している。「日本の支那事変は侵略戦争ではない。凶産党と戦っている。共産党が存在するうちは、全世界のカトリック教会、信徒は日本軍に遠慮なく協力せよと」当時、共産ではなく凶産と喝破していたのは、全世界のカトリック信徒と日本だけだ。

 ソ連の恐怖は、日本と中国が同盟し対ソ戦になることだった。凶産党の対ソ戦防御、赤化作戦、これが反共戦争(日中戦争)、の真相だ。日本の恐怖は中ソが赤化し、生命線の満州朝鮮を占領されることだ。防共の砦日本が滅びれば皆赤化し、凶産党と言う名のカルト教に搾取されつづけてしまうのだ。日本は、中国人と戦ったのではない、大アジア主義実践のため、宗主国(米英ソ)の手先、凶産党と戦ったのだ。汪兆銘は「漢奸」(中国の売国奴)ではない、反共戦争で、凶産支配から中国人民を救おうとした愛国者だ。挺身し、師の誤謬を正し、孫文の遺志「反共親日」を実現し、大アジア主義の実践をめざした後継者だ。弱肉強食と凶産主義は、疑心暗鬼な捏造世界を作り出す、真の恐怖はここにある。

NHKや工作員が、傀儡国家南京政府、「漢奸」汪兆銘と罵り隠蔽した真実。

1937年 今、父が計画していることが成功すれば、中国の国民に 幸せが訪れる。しかし失敗すれば、家族全体が末代までも人々から批判されるかもしれない。お前はそれでもいいか。汪兆銘は17歳の娘、汪文琳にこう問いかけた。「子供としては成功しても失敗しても、父親は常に正しいと思っているから」と答え、その時のうれしそうな顔が今も忘れられないと、汪文琳は後に述懐している。

1938年12月20日 重慶脱出の際、汪兆銘は蒋介石に、「君は安易な道を行け、吾は苦難の道を行く」と書き残したという。

1940年3月30日  汪兆銘(南京)政府成立。

1943年11月5日 大東亜会議。汪兆銘大東亜会議にての発言

 「本年1月以来日本は中国に対し早くも租界を還付し、治外法権を撤廃し、殊に最近に至り日華同盟条約をもって日華基本条約に代え、同時に各種付属文書を一切破棄されたのであります。国父孫先生が提唱せられました大東亜主義はすでに光明を発見したのであります。国父孫先生が日本に対し切望しましたところの中国を扶け不平等条約を破棄するということも、既に実現せられたのであります」

 1943年は日本の末期である、末期の日本と汪兆銘は行動を共にした。汪兆銘は精衛と号した。精衛とは伝説の中の小鳥の名である。昔、炎帝の姫が東海に溺れて死んだが、炎帝夫妻の悲歎は見るに忍びぬものがあった。姫は精衛という名の小鳥としてよみがえり、東海をうずめるならば、後世東海に溺れる人もないであろうとの考えから、精衛は日夜一粒ずつの砂を口にくわえて東海に運び、海を填めんとしたというのである。「精衛填海」という言葉が残されている。かなわぬかも知れぬが、庶民の難を救うために努力をつづけるという寓意である。中国四億の大衆の福祉のために、あらゆる努力をしたいという汪兆銘の悲願を、精衛なる小鳥の名に託したものである。

 1944年名古屋で病死。陳璧君夫人は、蒋介石に戦後捉えられて蘇州の獄につながれていたが、釈放の直前に毛沢東軍が南京、蘇州を占領。「夫汪兆銘は間違っていました」と詫びれば釈放されることになっていたが、毅然として撥ね付け、出獄は不可能となった。1959(昭和34)年6月17日上海にて獄死(行年68歳)。2男3女の子は、汪兆銘死後アメリカ合衆国、中華民国、香港にそれぞれ移住した。汪兆銘の長男の言葉「政治は結果であり、自分としては何も為しえなかった父親を讃えたりしないけれど、父親が愛国者であったことだけは人々の間に浸透するよう祈りたい」。

 「このままでは、師孫文の大アジア主義に反し、宗主国に味方した唯一の有色人種中国人と歴史に刻まれ、怨念の的になる」この憂国の想いが何もかも捨て、汪兆銘を走らした。私にはそう思えてならない。「漢奸」(中国の売国奴)とオウム返しの華人華僑凶産に囚われし中国人、汪兆銘の心を学べ。

 1945818 陳群(ちんぐん)自決(55歳)、青酸カリ(中国人は身体損傷自殺を忌避する)で。汪兆銘より一足早く陳群は、「中国は日本と手を結ぶべきだ」と日華和平運動を展開した。福建出身で明治大学東洋大学で学んだ。長丈の遺書要旨「私は国父孫文の大アジア主義を遵奉「じゅんぽう(固く守り)」して日華合作に挺身したが、東亜の共栄はついに実らず、終生の恨事「こんじ(非常に残念な事柄)」とする。しかしこれは、主義の誤りに非ず、ただ天の時を得ず、方法に欠陥があったために過ぎない。従ってたとえ敗戦となっても、政敵蒋介石の裁きを受けるに忍びず、自ら地下に赴(おもむ)き、国父孫文の批判を仰ぐこととする。共産主義は、絶対、東亜の天地に容れ難い」。政敵蒋介石統治下の南京各新聞は、「陳群“鉄の漢奸”であった」と暗に称賛した。

 チベット、内モンゴル、満州、新疆ウイグルを侵略し、西洋覇道の鷹犬「たかいぬ(鷹狩に使う犬)」と化した中国凶産党。蒋介石も西洋覇道の鷹犬と化し、独裁者となり、台湾を独裁支配した。なんと後継者は、仁義道徳を主張する王道の文化ではなく、孫文が忌み嫌う覇道文化を造ったのだ。日本は東洋王道の干城「かんじょう(国家を守る軍人)」となり、アジアを解放(大東亜戦争)し、独立の扉を開いた。孫文亡き後、大アジア主義を、師の遺志を継ぎ命を賭けて実践した中国孫文後継者筆頭汪兆銘と中国と日本。植民地独立付与宣言を導き出し、植民地は皆独立した。しかし孫文没後84年、汪兆銘没後65年、周仏海没後61年、戴季陶(たい きとう)没後60年、孫文の願った真の中国の革命、東洋王道の干城「かんじょう(国家を守る軍人)」革命、「革命尚未成功 同志仍須努力」(中国革命未だ成らず、同志なおすべからく努力すべし)。

 未だ凶産党に囚われの身の中国人、満州人、内モンゴル人、チベット人、新疆ウイグル人。まさしく孫文の「革命未だならず」。孫文の三民主義、中国、未だならず。中国凶産は1960年」を未だに無視し、占領を続けている。(注・他に万里の長城内少数民族、1958年改編寧夏回族自治区と広西チワン族自治区がある)

 台湾国民党蒋経国は初代党首赤心の孫文に帰り、孫文後継者筆頭汪兆銘の訂正した指針に従い、反共、民主、孫文の主張する仁義道徳、王道の文化を身につけ「蒋経国、李登輝は静かな孫文革命をなしとげた」。かくして蒋経国、李登輝は孫文の後継者と成った。中国人、華僑(中国戸籍)、華人(現地戸籍)よ、赤心の孫文、挺身し、師孫文の誤謬を正した汪兆銘や周仏海や蒋経国や李登輝に帰れ、孫文の本意は覇道では無い、凶産ではない、捏造ではない。日本は中国人と戦ったのではない。孫文後継者汪兆銘と日本と台湾は、孫文の遺志大アジア主義を掲げ反共の砦となり狂惨党と戦い侵略者宗主国と戦い、大アジア主義を成し遂げたのだ。台湾人李登輝の誇りの起因はまさにここにある。この誇りが汪兆銘後継者李登輝を成し、台湾の孫文主義を成し遂げたのだ。孫文、汪兆銘、周仏海、戴季陶、蒋経国、李登輝、皆赤化経験有で失敗もしたが、皆「私」を捨て「公」に殉じている。

 中国革命の父、孫文の願った真の中国の革命は西洋覇道の鷹犬にあらず、東洋王道に基づいた革命なり。凶産は私、捏造。孫文は公、真実である。

 「革命尚未成功 同志仍須努力」「中国革命なお未だ成らず、同志すべからく(使命として)かさねて努力すべし」。中国人、華人、華僑は孫文に帰れ。

 戦国時代対処の統合戦争無き選択同意を征服、繁栄を搾取、志願を強制、密出国密入国を強制連行、不法滞在を在日、ネットやTVでは朝鮮人なのに日本人と捏造し、正当化しようとNHK・TBS・毎日新聞を巣窟と化し、在日は中国凶産党と連携、犯日工作に必死だ。NHK媚凶捏造「人間動物園」、TBS「先に手を出したのは日本・・・日本の迷走」と捏造犯日(ちなみに水戸黄門、監督は金鐘守)、毎日新聞媚朝捏造報道垂れ流し等々である。NHK提訴、TBS視聴率急落、毎日新聞購読者激減、日本も世界もそんなに愚かではない。このまま続けば、有色人の面汚し同胞征服虐待捏造の中国凶産は、同胞を食民治化した唯一の有色人ほら吹き残虐民族、捏造の韓国北朝鮮在日は、信義無き大ぼら吹き同士討ち民族として歴史に汚名を残し、子々孫々、同胞からも世界からも、のけ者にされ、追放されるだけである。世界は当に目覚めている。知らぬが仏は唯我独尊、目先しか見えない「私人」そのもの、中国凶産韓国北朝鮮在日のみである。追随はわずかに遅れたが、虐げられし同胞は団結し宗主国を追放、「植民地独立付与宣言」を導きだし民族自決、見事に平和を築いた。日本・台湾・サイパン・パラオ・ヤップ・トラック・ボーンベイ・ヤルートの先人と共に、大東亜共栄圏を目指した魁、真の中国人・華人・華僑、高麗人は、もう居ないのか。孫文・汪兆銘・王権・一進会に帰り、目を醒まし、見事に平和を築いた立派な先人、同胞に学べ!2009.5.16.

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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