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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観豪証言白馬事件は46年前に断罪済条約も歴史も無知の村山富一謝罪

豪証言白馬事件は46年前に断罪済条約も歴史も無知の村山富一謝罪

1994(平成6)8月31日日本社会党の村山富一総理大臣が、「平和友好交流計画」に関する談話の中で、従軍慰安婦について謝罪した。※条約も無知の、WGIP被洗脳者の無知の謝罪!

「平和友好交流計画」に関する村山内閣総理大臣の談話
 8月31日

 明年は、戦後五十周年に当たります。私は、この年を控えて、先に韓国を訪問し、またこの度東南アジア諸国を歴訪しました。これを機に、この重要な節目の年を真に意義あるものとするため、現在、政府がどのような対外的な取組を進めているかについて基本的考え方を述べたいと思います。

 我が国が過去の一時期に行った行為は、国民に多くの犠牲をもたらしたばかりでなく、アジアの近隣諸国等の人々に、いまなお癒しがたい傷痕を残しています。私は、我が国の侵略行為植民地支配などが多くの人々に耐え難い苦しみと悲しみをもたらしたことに対し、深い反省の気持ちに立って、不戦の決意の下、世界平和の創造に向かって力を尽くしていくことが、これからの日本の歩むべき進路であると考えます。

 我が国は、アジアの近隣諸国等との関係の歴史を直視しなければなりません。日本国民と近隣諸国民が手を携えてアジア・太平洋の未来をひらくには、お互いの痛みを克服して構築される相互理解と相互信頼という不動の土台が不可欠です。

 戦後五十周年という節目の年を明年に控え、このような認識を揺るぎなきものとして、平和への努力を倍加する必要があると思います。

 このような観点から、私は、戦後五十周年に当たる明年より、次の二本柱から成る「平和友好交流計画」を発足させたいと思います。

 第一は、過去の歴史を直視するため、歴史図書・資料の収集、研究者に対する支援等を行う歴史研究支援事業です。

 第二は、知的交流や青少年交流などを通じて各界各層における対話と相互理解を促進する交流事業です。

 その他、本計画の趣旨にかんがみ適当と思われる事業についてもこれを対象としたいと考えています。

 また、この計画の中で、かねてからその必要性が指摘されているアジア歴史資料センターの設立についても検討していきたいと思います。

 なお、本計画の対象地域は、我が国による過去の行為が人々に今なお大きな傷痕を残しているアジアの近隣諸国等を中心に、その他、本計画の趣旨にかんがみふさわしい地域を含めるものとします。

 この計画の下で、今後十年間で1千億円相当の事業を新たに展開していくこととし、具体的な事業については、明年度から実施できるよう、現在、政府部内で準備中であります。

 いわゆる従軍慰安婦問題は、女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題であり、私はこの機会に、改めて、心からの深い反省とお詫びの気持ちを申し上げたいと思います。

 我が国としては、このような問題も含め、過去の歴史を直視し、正しくこれを後世に伝えるとともに、関係諸国等との相互理解の一層の増進に努めることが、我が国のお詫びと反省の気持ちを表すことになると考えており、本計画は、このような気持ちを踏まえたものであります。

 なお、以上の政府の計画とあいまって、この気持ちを国民の皆様にも分かち合っていただくため、幅広い国民参加の道をともに探求していきたいと考えます。

 また、政府としては、女性の地位向上や女性の福祉等の分野における国際協力の重要性を深く認識するものであります。

 私は、かねてから、女性の人権問題や福祉問題に強い関心を抱いております。明年、北京において、女性の地位向上について検討し、21世紀に向けての新たな行動の指針作りを目指した「第四回世界婦人会議」が開催されます。このようなことをも踏まえ、政府は、今後、特にアジアの近隣諸国等に対し、例えば、女性の職業訓練のためのセンター等女性の地位向上や女性の福祉等の分野における経済協力を一層重視し、実施してまいります。

 さらに、政府は、「平和友好交流計画」を基本に据えつつ、次のような問題にも誠意を持って対応してまいります。

 その一つは、在サハリン「韓国人」永住帰国問題です。これは人道上の観点からも放置できないものとなっており、韓国、ロシア両政府と十分協議の上、速やかに我が国の支援策を決定し、逐次実施していく所存です。

 もう一つは、台湾住民に対する未払給与や軍事郵便貯金等、長い間未解決であった、いわゆる確定債務問題です。債権者の高齢化が著しく進んでいること等もあり、この際、早急に我が国の確定債務の支払を履行すべく、政府として解決を図りたいと思います。

 戦後も、はや半世紀、戦争を体験しない世代の人々がはるかに多数を占める時代となりました。しかし、二度と戦争の惨禍を繰り返さないためには、戦争を忘れないことが大切です。平和で豊かな今日においてこそ、過去の過ちから目をそむけることなく、次の世代に戦争の悲惨さと、そこに幾多の尊い犠牲があったことを語り継ぎ、常に恒久平和に向けて努力していかなければなりません。それは、政治や行政が国民一人一人とともに自ら課すべき責務であると、私は信じております。

 

歴史や条約」等無知は子供以下あきれかえる無知

 捏造慰安婦問題は、韓国の思想戦。条約で解決済みを知らないからこうなる。これではいつまでたっても戦時下で、条約の意味を成さない。韓国の思想戦に、条約も知らず蒸し返した馬鹿と、反応した馬鹿が原因。締結後は、遡及して当時の他国非難でも、条約違反!条約締結で済んでいる事である。返答は、「条約で解決済み!世界を見習え!」一行で、済んだ事だ!職責者不在、職責不履行だから、捏造が膨張し「米の捏造条約破りに豪加蘭追随」の伝染となるのだ!

 村山河野宮沢加藤も、「慰安婦」などよりはるかに悲惨な「原爆投下・大空襲」をなぜ日本が「抗議」しないのかまるで解っていない。条約を締結したからだ。条約を締結したから「抗議」無しなのだ!条約締結国韓国に「謝罪」は、「条約破り」!

 条約を交わした当事者がみまかってからこの問題は蒸し返している。それまでは、何等問題は起きていなかった。納得し締結なので、当然である。今後も、締結したその国が解決すべき問題である。そうしなければ、永遠にWW2は終わらない。戦国時代戦勝国のみが悲惨なのではない、お互いが悲惨だった。先人の締結に帰れ

 

 11月23日「国際法律家委員会」が、「慰安婦被害者には個人補償請求権がある」とする報告書を発表。

※捏造(条約破り)の正当化に励んでいる。

現在の中韓朝罪日、そしてオランダの捏造情報戦は、ソ連凶産に裏で牛耳られた国際連盟日中戦争開始時と同じ状態である。
当時ジャンと同じオランダ人捕虜だったルディ・カウスブルック(オランダの著名な評論家、エッセイスト、コラムニスト。1929年にオランダ領東インド、現インドネシアに生まれ、1942年13歳の時、オランダ軍の降伏により、スマトラ島の日本軍民間人抑留所に収容され、46年、オランダ本国に引き上げる)著、「西欧の植民地喪失と日本草思社 1998」も、併読願いたい。戦国時代の戦時下はお互いさまなのだが、オランダ本土からも「オランダ領東インドの聾(つんぼ・耳の聞こえない人)」と称され、自身のことは棚に上げ騙る、ジャン証言の、特異事情がよく解る。

日本軍公娼(BC級や1994年裁判)告訴人では無い自称日本軍公娼慰安婦騙り屋ジャン・ラフ・オハーン!私娼か?

1994年

 2年前(1992年12月)年の慰安婦証言者オランダ人ジャン・ラフ・オハーンが、50Years ofSilence(50年の沈黙)」を、オーストラリアで出版。

 ジャン・ラフ・オハーンは、前掲のように韓国人証言者の虚言が、矛盾が、ことごとく指摘され、説得力を失っていた当時の目玉証言者である。以後慰安婦問題となると、ジャン・ラフ・オハーンは韓国人証言者とともに、セットで連れ回されるようになった。

 つまり、韓国人慰安婦とやらの証言の矛盾や、”従軍”慰安婦などと言う作り話が危うくなると、ジャン・ラフ・オハーンを出して、オランダ人証言事件があったから、朝鮮人従軍慰安婦の強制連行もあったかのように装い、自分たちの作り話の証拠固めに使っているのだ。

 現在の捏造上塗りは更にエスカレートし、全く無関係の、ユダヤ人虐殺被害者慰霊碑前でひざまずき謝罪する当時の西ドイツ・ブラント首相の70年代の写真や、ユダヤ人のホロコースト(大虐殺)にまでに関連付けしての嘘の上塗りを工事は、止まるところを知らない。

 韓国の従軍慰安婦証言は完全捏造で、断罪既決事件隠蔽しての再断罪オランダ証言は、日本軍への捏造冤罪事件なので、同列に扱うべきではない。

 

今や決議国家(米加蘭豪EU比韓)唯一のよりどころとなったオランダ人証言者に真贋を検証してみよう。

 関係者物故を逆手に、先人冒涜の限りを尽くしての言いたい放題!同様の言いたい放題で、真相をあばいてみよう!

オランダ条約破りの経緯おさらい

条約破り!裁判で決着し、条約で締結したものは、一体なんだったのだ!

 1951年のサンフランシスコ講和条約と1956年の日蘭議定書で、日本側は「オランダ国民に与えた苦痛に対する同情と遺憾の意を表明するため」、1000万ドルを「見舞金」として「自発的」に提供。こうして、日蘭間の戦後処理は、平和条約と、さらに日蘭議定書において、オランダ政府はいかなる請求をも日本国政府に対して提起しないことが確認された。

 ところが、戦後長らく反日感情は残り、1971年(昭和46年)昭和天皇オランダ訪問時には、街中「裕仁は犯罪者」という落書きが見られ、卵や魔法瓶が投げつけられ手植え苗を引き抜かれるという嫌がらせがあり、1986年(昭和61年)にはベアトリクス女王の訪日計画がオランダ国内世論の反発を受けて中止された。1989年(平成元年)の大喪の礼の際も、多くの君主国が王族を派遣したものの、オランダからは王族が葬儀に参列することはなかった。

オランダ条約締結34年後に条約破り

 慰安婦や条約破りの訴訟ラッシュ等捏造しての日本叩きは、凶産中国毛沢東周恩来に始まり、小平江沢民の、犯日教育犯日政策が起因。犯日便乗商法が、日本の千田夏光と吉田清治と日弁連と朝日新聞。それに罪日と韓国と北朝鮮が便乗、オランダも追随し、条約破りとなった。

1990年(平成2年)そして、条約締結担当者すでに亡き34年後のオランダは、対日道義的債務基金(JES)を結成し、日本政府に対し、その法的道義的責任を認めて一人当たり約2万ドルの補償を支払うよう求める運動(条約破り)を始めた。JESは慰安婦問題も取りあげ、償いに直接に責任をとるべきは日本政府である、という立場をとった。

1991年(平成3年)に来日したオランダベアトリクス女王は、1951年のサンフランシスコ講和条約と1956年の日蘭議定書で。国家間における賠償問題が解決されているにもかかわらず、宮中晩餐会において、「日本のオランダ人捕虜問題は、お国ではあまり知られていない歴史の一章です」と発言し、暗に賠償を要求した。日蘭議定書から34年後のことである。当然当事者は皆、みまかっている

 これに対し日本政府は応答し、アジア女性基金(条約破りに加担)により、総額2億5500万円の医療福祉支援を、79名の個人に対して実施した。

1992年12月9日

 条約締結36年後に突如証言者が現われた!対日道義的債務基金(JES)を結成(34年後の1990)から年後のことである!12月9日証言者ジャン・ラフ・オハーンが来日し東京での「日本の戦後保障に関する国際公聴会(日弁連後援)」証言した。

 

 一部軍人の不始末スマラン(白馬)事件は、44年前に既決し、死罪等で断罪済み(一人は死刑一人は自殺等)である。断罪済みを巧妙に隠蔽し、新たな真実のように装い、強制連行レイプRaped)や性奴隷人道という単語で埋め尽くした一方的捏造証言者が現われ、証言した。

 44年前に既決し、死罪で断罪済みのスマラン事件(事件)でも、これを隠蔽し、反論当事者も亡き44年後ては、皆無知で、社会道徳の共感を得やすかった。それは伝統的に売春制度があるオランダのような国でも、大きな効果を果たし、日本でも共感を得た。

 証言者ジャン・ラフ・オハーンはキリスト教信者を何度も証言や著書で語って、同情を集めているが、一部軍人の断罪済み事件を再度断罪して、かつ、日本軍全体であるかのように捏造した精神は、キリスト精教神ではない。キリスト教騙りのニセ信者である。

 

当時の世界と日本政府

1992(平成4)年もし日本戦わざれば、有色人、未だに植民地のままと、マレーシアマハティール首相演説。

1992(平成4)年天皇を政治利用の偽中国凶産の策動に宮沢喜一首相操られ、天皇皇后両陛下訪中。

1992(平成4)年8月 「元慰安婦に(シナリオ通りに)言わせるのは大変なのよね」社会党参院議員の清水澄子や弁護士の福島瑞穂、12年に昭和天皇を有罪とした女性国際戦犯法廷の共同代表の一人も務めた朝日新聞記者の松井やよりらが捏造!

1993~94(平成5)年細川護熙首相8会派連合

1993(平成5)3月~02年中国鄧小平引退の後を継ぎ江沢民国家主席を兼務。市場解放政策に伴う弊害、民主化要求の根を絶つ目的で、残虐日本と捏造し、子供から大人まで洗脳した。凶産常套手段、敵国と捏造の愛国教育である。

1993(平成5)年8月4日「河野談話」慰安婦関係調査結果発表に関する河野洋平内閣官房長官談話

 

1993(平成5)5月国連小委員会で日本政府に対して、元慰安婦に対して個人補償を勧告するIEDの最終報告書が正式に採托され、日本政府に留意事項として通達された。7月に国連人権委員会の「人権委員会差別防止・少数者保護小委員会」で「戦時奴隷制問題」の特別報告者を任命する決議が採択され、スリランカのラディカ・クマーラスワーミー(現・国際連合総務。慰安婦問題元凶2007年米国下院決議の底本、1996年クマラスワミ報告書作成者が特別報告官に任命された。

 

1994(平成6)年大江健三郎、ノーベル有色人差別(犯日)賞受賞。マハティール首相の真実を語る演説に、伝播を恐れた白人戦勝国は、文学三流犯日一流、比類なき犯日の大江に急きょ白羽の矢、ノーベル犯日(有色人差別)賞を与えた。世界に語る文学など元々無い三流大江は、三流文学ではなく一流の犯日を世界で語り、ノーベル賞の正体白状、もくろみに応えた。効果覿面の思想戦で、岩波書店朝日毎日NHKなどが迎合扇動、国民はノーベル犯日賞に洗脳された。

 

検証前の予備知識

「慰安婦」捏造団がつまみ食い針小棒大宣伝する白馬事件は軍隊一部の暴走事件

白馬(しろうま)事件(スマラン事件)は46年前に断罪済

 「白馬」とは、当時敵国の白人を「白馬」にたとえての表現。戦後は、「スマラン事件」表記が正当。インドネシア日本軍占領中の日本軍人の一部が暴走、1944年2月、南方軍管轄の第16軍幹部候補生隊が、オランダ人女性35人を民間人抑留所からスマランにあった慰安所に強制連行し起こした、監禁・強姦・強制売春事件とされている。2ヶ月未満で事件発覚、日本は即時閉鎖し処罰した。日本軍の不祥事スマラン事件」を日本が即刻閉鎖処罰は、現在難癖中の「日本国是強制連行性奴隷」は冤罪との、確固たる証拠である!

「従軍慰安婦」吉見義明(木しか見えず、森が全く見えない井蛙史観で、犯日半端者凶授)著岩波新書1995より

 当時スマランには既に慰安所はあったが、性病の蔓延から新たな慰安所の設置が計画された。慰安所設置を要請された幹部候補生隊長は、慰安所には自由意思の者だけ雇うようにというジャカルタの第16軍司令部のガイドラインを無視した(ガイドラインは未発見であるが証言やスマトラの第25軍の類似の通達からそのように考えられている)。

 複数の将校と慰安所業者は、ハルマヘラ抑留所、アンバラワ抑留所、ゲダンガン抑留所の17歳から28歳の合計35人のオランダ人女性を強制的(10名は自発で、強制は25名と裁判で認定された)に集め、スマラン市内のカナリ通りの建物で日本語で書いた趣旨書への署名を強制した後、スマランの4つの慰安所(将校倶楽部、スマラン倶楽部、日の丸倶楽部、青雲荘か双葉荘)に連行した。

 3月1日から営業を始め、女性達は毎日強姦された。給料は払われず、暴行され、その上、性病を移された者、妊娠した者がいる。週に1度医師の身体検査があったが、充分な治療はほとんど行われず、医師が強姦することさえあった。(注・ここの女性像は、オランダ人証言丸鵜呑みの、丸記述で、検証無し

 しかし自分の娘を連れ去られたオランダ人リーダーが、陸軍省俘虜部から抑留所視察に来た小田島董大佐に訴え(下記のオランダ公文書館調査報告ではこうだが、日本人側証言は異なる。下記参照)、同大佐の勧告により16軍司令部は、1944年4月末に4箇所の慰安所を閉鎖し、女性達はクラマト抑留所に移された。

※事件発覚して即時の閉鎖(開店は2ヶ月間)は軍の無関与証拠。「あるヨーロッパ人の証言によると、このスマラン「慰安所」事件の結果、何人もの憲兵隊員が地位を失っている」。日本占領下インドネシアにおける「慰安婦」―オランダ公文書館調査報告―

 上記とは異なる、日本側軍政監部本部鈴木博史大尉証言「慰安所でひどい悲鳴が聞こえるとの話を聞きこみ、山本軍政監(第16軍参謀長の兼任)へ伝えると、山本は“まずい、すぐやめさせろ”と怒り、翌日に閉鎖命令が出た――のちに、彼女たちを集め申し訳のないことだったと謝罪した」。「慰安婦と戦場の性」221p

 後述「ジャンの物語」倉沢愛子解説212p「1944年4月から抑留所の管理が、いっせいに州庁から軍直轄に代わったのだが、その移管にともなって日本から抑留所の視察にやってきたある大佐が、強制的に若い女性が抑留所から連れ出された事実を知って、ジャカルタの第16軍司令部に報告したものである。――ただちに慰安所の閉鎖を命じた」とある。つまり、日本軍の管轄になってはじめて「監督不行き届き事件」が発覚(強制連行強制売春事件)し、日本軍が廃止したのである。

 終戦後の1948年、バタビア臨時軍法会議でBC級戦犯として11人が有罪とされた。裁判では、慰安婦にされた35人のうち25名が強制(無理矢理のリンチ裁判なので、実数はもっと少ない)で10名が自発だったと認定され、罪名は、強制連行、強制売春(婦女子強制売淫)、強姦である。自発10名は、モーパッサンの小説「脂肪の塊」の主人公に匹敵する。

有罪者は、軍人および慰安所を経営していた日本人業者等である。

能崎清次 陸軍中将 (幹部候補生隊長、事件当時少将)懲役12年

池田省三 陸軍大佐 (幹部候補生隊付)懲役15年

岡田慶冶 陸軍少佐 (〃)死刑責任者

河村千代松 陸軍少佐 (幹部候補生隊副官)懲役10年

村上類蔵 軍医少佐 (幹部候補生隊付)懲役7年 

中島四郎 軍医大尉 (〃)懲役16年 

石田英一 陸軍大尉 (〃)懲役2年

三橋弘 スマラン支庁陸軍司政官 無罪

大久保朝雄陸軍大佐(事件の中心的人物とされるが、訴追を知り自殺)

慰安所経営者

葛木健次郎 (将校倶楽部)スマラン軍将校専用はここだけ。 懲役7年

古谷巌  (スマラン倶楽部)懲役20年

森本雪雄  (日の丸倶楽部)懲役15年

下田真治  (青雲荘「ジャンの物語」倉沢愛子解説では双葉荘)懲役10年

「慰安婦と戦場の性」(秦郁彦著・新潮選書)より

 死刑になった岡田慶治少佐は「青壮日記」と題した獄中手記を残している。日中戦争期の戦場体験から書き起こした半自伝だが、事件について次のように書いている。

 将校クラブの婦人たちをよく可愛がってやったつもり……その彼女たちが告訴している。それも嘘八百を並べて……時勢が変わったので我々に協力していたことになっては彼女達の立場がないのかと想像……起訴状を見ると首謀者にされている……「そうか飼犬に手を咬まれたのだ。もう何も言うことはない」と覚悟した……敵の銃口の前に立って、日本軍人の死に態を見せてやることではなかろうか。

 開き直ったとも思えそうな論旨だが、それなりの情状は存在したようである。

 岡田手記によると、発端は、州庁で希望者を募って慰安所を作ろうとする構想を聞いた能崎少将が、内務官僚出身の宮野スマラン州長官に話をつけ、上官の池田大佐、大久保大佐から命じられて実施面を担当させられたのだという。

 個々の選定にはタッチせず、将校クラブが開館する前々夜に集まった女性と初顔合わせして色々な注文を聞き入れてやったので「(彼女たちは)とても朗らかで若い将校と心中でもしてくれなければいいがと、心配しているくらいです」と視察に来た参謀へ報告したという。(P.220)

※この岡田慶治少佐が関わった慰安所は、ジャン・ラフ・オハーン(後の自称証言者)が入れられた慰安所(軍将校専用)に該当する。「ここでは女性たちに「道子」などの日本名をつけていたというから(220p)」なので、ジャン証言も合致。合致はするが、このように公開されているので、後で辻褄合わせのための学習は、可能

 判決文は「自由意志で売春を行う女性は皆無か、いたとしてもごく少人数であり、売春をさせるために実力行使が行われるであろうことを承知しながら、あるいは当然、その疑いを持つべき立場にありながら、女性たちに売春婦として働くことを命じた(季刊戦争責任研究第三号1994年)」と、かなり無理な判決となっている。このようなリンチ裁判なので、かなり割り引いて認識しなければならない。

 1994年のオランダ政府の報告書では、インドネシア各地の慰安所で働いていた200~300人のオランダ人女性のうち少なくとも65人は絶対確実に(most certainly)強制売春の犠牲者だったと判定。小林英夫季刊『戦争責任研究』4号1994年6月つまり、高額の報酬で慰安婦になることに同意した者もいた。オランダにも伝統的に売春制度があった

 女は生きて子孫を残すことが第一義(生命体の最適者生存本能が一番強かったので人間は生き残っている)。女は生きるためには豹変する。男の顔は履歴書だが、女の顔はまさに生きるための請求書。 

 白馬(しろうま)事件(スマラン事件)は、死刑も執行され、こうして決着した

 終戦後、オランダは、捕虜虐待などの容疑で、多くの日本軍人をBC級戦犯として処罰した(連合国中で最も多い226人の日本人を処刑)。

 日本軍によるスマラン事件処罰無しと非難があるが、明日無き命の戦争の常識に欠ける平和時の論で愚論、敵より味方が何より大事は、当然の常識である。ましてや1944年2月は苦戦の最中。平和時の常識で死活の戦時下を断罪するのは事後(遡及)法と同じで、禁止(遡及)法での敗者虐め以外の何ものでもない。7につづく⇒

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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