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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観思索回路欠落の河野談話や菅の『朝鮮王朝儀軌』返還は子孫への禍根

思索回路欠落の河野談話やの『朝鮮王朝儀軌』返還は子孫への禍根

≪中共軍は延安に敗走しただけ≫

 中国人で日本軍に正面戦を挑んだのは、国民党軍であり、共産党軍ではない。(日本の)中国研究者たちは1990年代後半から、戦いを主導したのは共産党だという恥ずべきウソに加担したが、今では正常心に戻っている。中国にいた日本軍を勝者として武装解除したのは、国民党軍であり、満州の方を武装解除したのは、旧ソ連軍である。共産党軍は日本軍の武器をソ連軍から供与され、この火力で戦後、国民党軍を台湾にたたき出した。

 共産党軍が主張する戦いは、40年の百団大戦ぐらいのものだ。国共合作で国民党の援助を受けながら大敗し、その後、執拗(しつよう)な日本軍の追撃を受け、党内でも批判された。中共の主力部隊が延安の山に逃げたことを、彼らは「長征」というが、征服した地はない。「長遯(ちょうとん)」がふさわしいだろう。満州にいた中共軍は44年までに、日本軍によって全滅した。第二軍の一司令官だった金日成氏は40年頃、国境を越えソ連領に逃れている。――

 韓国は日韓併合は強制であり、不当だと言った。だが、当時の李朝の国庫は空であり、どうしようもなくなった王が日本の提案に妥協し5人の大臣に丸投げしたという史料が、3カ所から出てきてしまった。国権強奪はなかった

 土地収奪はソウル大の経済史教授が否定した。日本時代は、韓国に年率3・7%の経済成長をもたらし、民法典を与え所有権を確定した。確定した側が所有権を無視し、土地を奪うはずがない。朝鮮で取れたコメは経済原理に則(のっと)って日本に輸出されたのだと、教授は主張した。台湾の植民地統治は成功だったが、朝鮮のは失敗だったという、日本の左派学者たちの韓国の反日擁護の構図は崩れた

≪自らの正義の記憶ない悲哀≫

 ――日本軍と戦わなかった者たちは自らの正義の記憶がない。中国は南京事件を捏造(ねつぞう)する日本の市民派新聞に飛びつき、韓国は従軍慰安婦のウソに搦(から)め捕られた。日本の左派知識人やマスコミは結局、彼らの卑劣さを助長したのである。

 ――歴史共同研究で話し合えば共通認識が得られると思い込んでいる人々がいる。だが、事実を明らかにする資料を示すと彼らは怒る。その時に初めて恥を感じ、面子を取り戻そうとするからである。日本側はウソ自体を恥じる。だから研究して会議に臨む。「恥と面子の平行線」である。第二期日韓歴史共同研究委員会では、日本側が韓国の歴史教科書の元ネタが日本であることを実証した。その時、韓国側が「こんなこと、韓国の学界に知れたら大事になるぞ」と叫んだ。面子ゆえに、彼らはいつも戦わずして屈折するのである。

 

孫崎享東大法卒外務官僚の正体(丸暗記のみで思索回路皆無かスパイ)とスパイ工作自白韓国

2012年10月18日1年ほど前に出版された本がアマゾンのベストセラーになるのは異例

亡国奴孫崎享(聖人気取りで錯覚病患者)韓国でうける

2012年10月21日日本の領土紛争孫崎 享(まごさき うける)著1万2千500ウォン

ソース:韓国毎日新聞(韓国語) 日本よ、他人の土地これ以上むさぼるな…「日本の領土紛争」

 

2012年10月19日次から次と際限が無い韓国の幼稚な難癖

 海外に流出した生物標本の中で国内にない1種標本をはじめとする半分が日本にあることが調査で分かった。

 環境部が18日、国会環境労働委員会ホン・ヨンピョ(民主統合党)議員に提出した国政監査資料によれば外国に流出した韓半島産生物標本は2万4772点で、このうち日本だけで1万2569点が所蔵されていることが明らかになった。

 これは環境部が2008年から米国・日本・ハンガリーなど国外7カ国24機関を訪問して調査した結果だ。

 日帝強制占領期間に日本に流出した鬱陵島(ウルルンド)固有種の‘タケシマホタルブクロ’も‘竹島’という学名で登載され生物主権が蹂躙されている。」と指摘した。

 1916年絶滅したことが分かった‘カンムリツクシガモ’は全北(チョンブク)群山(クンサン)で世界で初めて発見されたが国内には標本がなく日本に標本があると明らかになった。

ソース:2012/10/18ソウル新聞(韓国語) 海外流出生物標本半分日所蔵、絶滅した1種含む

「海外に流出した」や「国内にない」ではなく、韓国は標本作りをしなかったので元からなかったか、日本や他の外国人が作ってあげたが、朝鮮戦争でその標本を失った。

 現在「日本にある」のは、日本人や外国人が採取した標本を持ち帰り、大事に保管したからで、「外国に流出した」からではない。絶滅種保存を感謝もせずに、「流出呼ばわり」は、あまりにも身勝手な無知の自白。

 発見し新種となれば、命名権は発見者に有る。国際常識欠如の白状。

 絶滅種が保存されていたのなら、まず感謝であろう。無知無礼な輩である。

思索回路が欠落の河野談話や菅の『朝鮮王朝儀軌』返還は子孫へ禍根を残した

 朝鮮統治時代に、朝鮮半島に設置された朝鮮総督府や個人収集家の文化財購入や寄贈を通じて、『朝鮮王室儀軌』等多数の文化財が日本へと渡った。

 1965年、日本は「歴史的な関係を考慮して」、日韓基本条約で「文化財及び文化協力に関する日本国と大韓民国との間の協定」を結び、およそ1300点の文化財を韓国側へ引き渡し、日韓間に関しての法的問題は最終的に決着した。日本が保管していなければ、朝鮮戦争で失っていたであろう文化財は、両国合意で返還された。残としてある文化財は、両国合意の結果なので、購入や寄贈と明白に推察出来得る。

 ところが韓国政府は、慰安婦と同様に「当時の調査から漏れていた」として、日本にある6万点あまりの朝鮮半島の文化財の全てを、「略奪文化財」と決め付けて「還収すべき」と迫った。現在海外に在る日本の文化財(浮世絵、古文書、日本画、陶磁器等)全てを「略奪文化財」と決め付けて、「還収すべき」と言っているようなもので、暴論韓国定番の際限なき難癖開始である。

 この難癖に河野洋平同様に乗ったのが、同類の思索無き愚人、菅直人である。菅直人は談話で、「文化を奪われ」と言及し、「略奪文化財」と認めた発言をし、返還した。「略奪文化財の奪取」という韓国難癖の小道具を、新に与えてしまったのである。

 今後ますます慰安婦同様にエスカレートするだろうと、子供でも予測できる。思索回路が欠落の欠陥人が、子孫にあらたな禍根を遺したのである!

 残りの文化財は正規購入や贈答品なので、今後は返還禁止

 前記標本難癖も、同じ轍、踏んではならない

尺度が人種差別上下優劣のみで平等互恵皆無の特異人は世界の嫌われ者

2012.10.01 タイ 韓国人の驕った態度や暴力振るう粗暴さに悪評との証言

 一連の竹島問題などをめぐって日本人の「嫌韓感情」に火がついている。しかし、嫌韓は日本だけではなくアジア各地にも広がっている。タイとインドネシアでの例をジャーナリストの山村明義氏が紹介する。

 * * *

 タイでの韓国の評判は芳しくない。タイ駐在員の一人はこう語る。

 「親日国・タイでは、2002年に“韓国には絶対に行くな”という批判がテレビで放送されました。タイのテレビ局報道部の女性幹部が韓国へ家族旅行した際に、仁川空港で入国を拒否され侮辱された、という内容でしたが、タイ国内でも、韓国人は女性を含めて、自分より弱者を虐げる傾向があります。いまでも一部の韓国人の驕(おご)った態度や、すぐに暴力を振るう粗暴さは評判が良くありません」

 さらに遠洋漁業の乗組員が多いインドネシアに関して、最近ニュージーランド政府が発表した調査報告書がある。韓国の遠洋漁業船の中で、韓国人がインドネシア人漁民を低賃金で働かせ、暴力で虐待していた、という内容のレポートだ。

 「本調査団に提起された抗議は、ある一つの国に対するものである」と韓国を名指しで書いていた。「インドネシア人の漁船乗組員の多くが、韓国人のことを嫌っているのは確か」(船舶会社社員)という。※SAPIO2012年10月3・10日号

生活保護受給世帯2万7035世帯(韓国人・朝鮮人)が全体の3分の2

2012/10/01外国人受給世帯4万世帯超22年に最多更新

 今年度の生活保護費が当初予算で3兆7000億円に達し、不正受給に対する厳罰化など給付適正化の議論が進む中、生活保護を受けている外国人の世帯が4万世帯を超え、過去最多を更新したとみられることが30日、厚生労働省への取材で分かった。日本に永住、在留する外国人の数は横ばい傾向だが、新たに生活保護を受ける外国人世帯は増加している。

 厚労省によると、平成22年7月現在、外国人の生活保護受給世帯は4万29世帯で、前年同期約5千世帯増加した。昭和32年から始まった世帯別の統計では、41~61年は外国人の統計が残っていないものの、外国人受給者の推移などから、これまでに4万世帯を上回ったことはないと推定され、22年に過去最多を更新したとみられる。外国人が世帯主の受給者数は6万8965人(22年平均)だった。

 法務省の統計では、日本に永住、在留する外国人は215万人前後でほぼ横ばいで推移。平成17年から20年までは年約1000世帯のペースで受給世帯が増加していたが、21年に前年同期比約4千世帯増。近年は特に増加傾向が加速している。

 国籍別では、韓国・朝鮮人(2万7035世帯)が全体の3分の2を占め、次いでフィリピン人(4234世帯)、中国人(4018世帯)と続いた。

 

日本の職責者の職責不履行とならず者(犯日教育中朝韓罪日)の狼藉年表

詳細は1天皇靖国不参拝合祀に非ず犯日団思想戦英霊愚弄に慰霊の言葉喪失参照。慰安婦問題詳細年表は別項。

昭和27(1952)年1月韓国李承晩ラインを設定し、武力で日本人を殺して日本の領土竹島を軍隊により支配し、違法に居座った。講和条約発効3ヶ月前の、火事場泥棒である。仮想敵国日本とした李承晩は、捏造反日教育で、李朝差別の同胞大虐殺追求の目を外敵日本に向けることで、人心を掌握した。

昭和27(1952)年4月28日サンフランシスコ講和条約発効。日本独立戦犯釈放運動が全国に広まり、当時の成人のほとんどいってもよいくらいの四千万人もの署名が集った。

昭和28(1953)年戦犯の赦免に関する決議が、社会党や共産党まで含めて一人の反対もなく国会で決議された。力道山日本プロレス協会設立。プロレスはほとんどが八百長芝居の見世物なのだが、真剣勝負であるかのように放送し、国民は熱狂した。TVは捏造から始まったのである。

昭和28(1953)年NHKTV放送開始。一億総白痴化の開始。

昭和34(1959)年IOC総会で、欧米白人国家(アメリカ10票オ-ストリア9票ベルギー5票)を破り、日本大差の34票で圧勝、1964年東京オリンピック開催決定。前哨戦のIOC委員団東京視察の際は、昭和天皇自らのプレゼンテーションで、招致要請。戦後わずか14年、有色人国家初のオリンピックである、世界は蜂起日本と認識していた。ここには現実と対峙し、摘み食いなどせず清濁併せ呑む、生の日本人と、生の世界人が居た。検証回路絶無の記憶器、贋賞大江や石原都知事愛国モドキ等の、現実界乖離の仮想界など、皆無。

昭和34(1959~60)年安保闘争。凶産工作員(共産党、社会党)や赤化大学教授が学生を洗脳し、扇動した。

昭和35(1960)年に、第15回国連総会で、アジア、アフリカ43カ国による共同提案が採択され、植民地を保有することを不法行為(植民地独立付与宣言であると宣言。賛成89、反対0、棄権9カ国(主要宗主国の英米仏、ベルギー、ポルトガル、スペインと、南アフリカ、オーストラリア、ドミニカ)。その後、国連総会が植民地の保有を犯罪として規定すらした。開闢以来延々と続いた最適者生存の、弱肉強食本能の食民治主義(唯物主義)、独占貿易は破壊され、先人の旗印、自由貿易共存共栄平等に基づく新秩序(唯心主義)が創造され現在の平和がもたらされた。

「賛成89、反対0、棄権9(主要宗主国の英米仏)」侵略者は宗主国連合軍。日本は侵略者に非ず、蜂起軍であることを世界が証明した。

昭和37(1962)年キューバ危機。キューバ危機時の国家安全保障会議で、ケネディ弟がケネディ兄(大統領)に渡したメモ。「私は、真珠湾奇襲を決断した時の、東条首相の気持ちがよく分かる」。13日間キューバ危機回顧録・ロバートケネデイ・中公文庫・2007.11.

昭和38(1963)年韓国朴正熙大統領就任。以後87年まで軍事政権。

昭和39(1964)年 最後の戦犯(中帰連)が帰国。中国狂惨党が捕虜の日本兵を洗脳し、日本に帰し、反日、狂惨化運動(赤化)。中国凶産の工作員中帰連が語る能動戦争が、南京731慰安婦百人斬り泰緬鉄道「戦争体験出前噺」等の、捏造起因となり、半端者仮想界や凶産教授や教諭が扇動、韓国北朝鮮罪日、迎合金儲け証言者が便乗した。現実界は復興に多忙なため、同胞の報道ゆえに、信ずるしかなかった。文系最高学府が、半端者凶産教授に占領されたのが原因。

昭和39(1964)年10月10日東京オリンピック開催。以後現実界、すさまじき実事求是での隆盛。仮想現実界これで踊り狂い、「公」から「私」へ邁進し現実界から乖離、捏造三昧で堕落化、日本存亡の危機となる。

昭和40(1965)年韓国朴正熙日韓基本条約締結

昭和40(1965)年日本韓国へODA1998年度まで有償資金協力6,455.27億円、無償資金協力47.24億円、技術協力実績239.94億円もの経済援助開始。愚民化捏造政策なので、非公開、韓国国民は一切知らない。

昭和40(1965)年中国チベット占領文化大革命で同胞大虐殺開始。大虐殺開始以後中国国民の目をそらせるために、朝日新聞を占領し、歴史を捏造し本格的に日本叩きを開始した。

昭和43(1968)年6月小笠原諸島返還。

昭和45(1970)年10月21日朝日新聞広岡知男社長中国政府の意向に沿った記事を書くことを公言。(犯日作戦開始)

昭和46(1971)年6月17日沖縄返還協定調印

昭和46(1971)年日中国交樹立直前の1971年(昭和46年)8月末より朝日新聞紙上に掲載された本多勝一記者の『中国の旅』。中国側の、言うがまま、無検証報道。朝日新聞南京虐殺犯日キャンペーン展開。(日中国交樹立の主導権を握るため、朝日新聞と凶産党犯日作戦プロパガンダ開始)

昭和47(1972)年5月15日沖縄返還。 密使、若泉 敬の尽力は忘れてはならない。

昭和47(1972~74)年7月7日田中角栄首相終戦時27歳。民欺党小沢一郎まで続く私利私欲派閥議員時代の開幕で、拝金児遊官主党、民欺党の始まりである。官僚もこの辺から私利私欲に走るように成ったのではないか?天下り先の巣作り開始が始まりである。以後理念無きマスコミに洗脳され、政治理念無き政治家続出となり、理念が金に変化、2012年、戦後67年に至る。仮想界政治屋の真空時代の始まり。ここから御用聞き政治屋となり、政治家(思索家)は皆無

昭和50(1975)年8月15日三木首相参拝。他虐偽善者三木首相が、八月十五日の参拝を「首相としてではなく渋谷区南平台の一住民三木武夫として参拝します」と公式参拝ではなく私人としての参拝を力説。これ以後、公人私人などという特異な議論が、他虐偽善者マスコミの世界を支配するようになった。天皇は日本の象徴公人である、公人たる天皇は参拝しにくくなった。中朝韓罪日の難癖原因を、このような政治屋(職責不履行屋)が、発芽さした。

昭和47(1972)年9月 日中共同声明調印 中国共産党の卑劣な外交下での国交回復である。田中角栄首相(終戦時27歳)、周恩来首相(1898年生まれ終戦時47歳歴戦のつわものである)と調印。かっての誇り高き中国(清)ではなく相手はギャングと同じ凶産、凶産と実体把握無き調印は、無知の調印で、あらゆることに難癖を付ける、始まりとなった。私利私欲検証能力皆無、無知の始まりである。

昭和50(1975)年11月20日富田朝彦宮内庁長官が参議院で、明日の天皇靖国参拝は公人か私的行為かと厳しく糾弾された。吉国一郎内閣法制局長官は、憲法違反とまで言えないが、「第20条第3項の重大な問題になる(国の宗教活動の禁止)」と発言。神仏混交錯誤のj始まりである。神道は宗教に非ず。参照1神道は人間人造の宗教に非ず神社母は地震津波風水火山創造主災害

昭和50(1975)年11月21日昭和天皇終戦30周年の靖国参拝。これ以後参拝無し。

昭和51(1976)年中国周恩来、毛沢東死去、4人組逮捕で、文化大革命終焉。4月5日天安門事件①(民主化運動の原点)。二大巨頭の逝去で求心力を一気に失った凶産は、国民懐柔のため、言い成りの日本を仮想敵国とし、さらに犯日強化。

昭和52(1977年)年中国小平復帰。

昭和53(1978)年10月17日「昭和殉難者」としてA級戦犯14人が靖国神社に合祀

昭和53(1978)年10月23日小平副首相、中国から初めての来賓として来日。「入江相政日記」「・・・竹の間で『不幸な時代もありましたが』とご発言。鄧氏は『今のお言葉に感動しました』と。これは一種のハプニング・・・」両者共に、戦国時代を踏まえての発言である。

昭和53(1978)年10月25日鄧小平(副首相)の「尖閣列島棚上げ論(日本記者クラブ記者会見)」

 「尖閣列島は、我々は釣魚諸島と言います。だから名前も呼び方も違っております。だから、確かにこの点については、双方に食い違った見方があります。中日国交正常化の際も、双方はこの問題に触れないということを約束しました。今回、中日平和友好条約を交渉した際もやはり同じく、この問題に触れないということで一致しました。中国人の知恵からして、こういう方法しか考え出せません。

 というのは、その問題に触れますと、それははっきり言えなくなってしまいます。そこで、確かに一部のものはこういう問題を借りて、中日両国の関係に水を差したがっております。ですから、両国政府が交渉する際、この問題を避けるということが良いと思います。こういう問題は、一時棚上げにしてもかまわないと思います。10年棚上げにしてもかまいません。

 我々の、この世代の人間は知恵が足りません。この問題は話がまとまりません。次の世代は、きっと我々よりは賢くなるでしょう。そのときは必ずや、お互いに皆が受け入れられる良い方法を見つけることができるでしょう」。

 鄧小平の「双方はこの問題に触れない・一致」は、凶産中国の一方的な言いがかりである「釣魚諸島領土問題」を取り下げたので、「双方はこの問題に触れない(中国は取り下げて触れず、日本は中国が取り下げたので触れず)」で、「一致」したので、「尖閣列島棚上げ論」で「一致」したのではない。

 「尖閣列島棚上げ論」は、「尖閣列島日本領有に問題有り」として俎上に日本を引き出すための、鄧小平の狡猾な小道具、切っ掛け(難癖)」である。

昭和54(1979)年から日本中国へODA有償資金協力(円借款)を約3兆1331億円、無償資金協力約3兆円以上、合計総額六兆円以上の巨額な経済援助をし続けている。愚民化捏造政策なので、非公開、中国国民は一切知らない。日本凶産化工作資金を与えたのと同じ。表では笑顔で友好、裏では破壊工作が凶産の正体である。

昭和54(1979)年 韓国朴正熙大統領射殺される。

昭和55(1980)年 韓国クーデターで全斗煥軍事政権

昭和55(1980)年悪魔の飽食(あくまのほうしょく)は、満州国で731部隊が行っていたという人体実験の実態を詳しく書いたとして、話題を呼んだ。森村誠一(作家)が下里正樹(しんぶん赤旗の記者で当時共産党員)の取材で書いた本、彼らはノンフィクションと言っている。日本共産党のしんぶん赤旗日曜版で1980年代に連載され、後に光文社より単行本として出版(1982年)された。中国凶産党犯日作戦プロパガンダである。

昭和57(1982)年中・韓両国に対する鈴木内閣の屈辱的な土下座外交。『閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本』・文芸春秋

昭和57(1982)年教科書検定で政府が「『侵略』を『進出』と書き変えた」と朝日新聞の誤報事件。中国が抗議。内政干渉の始まりである。朝日新聞が凶産のスパイ化し、本格活動開始し、難癖の元造り

昭和58(1983)『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』(吉田清治著三一書房)金儲け目的の捏造本。

昭和58(1983)中国小平主席

昭和59(1984)年昭和59年8月4日付け夕刊(朝日新聞大阪本社版)「南京大虐殺」でっちあげ報道。

昭和59(1984)年昭和59年10月31日付け毒ガス戦朝日新聞でっちあげ報道。 

昭和60(1985)年7月朝日新聞「反靖国」キャンぺ―ン展開。8月14日初の靖国参拝反対声明発表。朝日新聞と人民日報が連携しながら犯日反対運動展開。

昭和60(1985)年8月15日中曽根首相参拝「内閣総理大臣たる中曽根康弘が参拝した」と言明し、公式参拝の声明。ところが「A級戦犯も祭る靖国神社への首相参拝はわが国人民の感情を傷つけた」として中が激しく抗議してきた。これに屈して、中曽根首相は春秋の例大祭も八月十五日も取り止めてしまった。中曽根首相が中国首脳の名をあげて「盟友支援のために参拝を中止した」という意味の演説。これが起因で以後犯日拡大。脅しの外交カードと成り、中韓に脅され莫大な援助となる。ここで「盟友支援・・・」などと阿諛追従せず、植民地独立付与宣言」を掲げ、楔を打てば、以後の中韓のゆすりたかり、陛下の参拝中止、犯日団の増長などなかった。亡国奴中曽根は、板垣征四郎の遺族正参院議員に分祀署名書を持たせ、回らせた。東條英機次男輝雄は「(靖国神社からではなく)他国の干渉に屈する形で分祀を認めることは出来無い」と正論で反対、他の6人は同意したが、靖国神社の強硬な反対もあり成立はしなかった(以後は全遺族反対)。輝雄は05年7月29日号週刊朝日にも「合祀されるという情報を、私はどこからも受けないうちに合祀されたわけです。聞いた瞬間、非常にありがたいことだと思いました。もし分祀すると靖国神社が決められたとしたら、私としては非常に残念だけれども、遺族は『それはいけない』という立場にはないと考えています」と、正論を述べている。増すごみは東條家だけ反対と非難したが、議論の余地など皆無の、至論

 己の思想皆無、私利私欲で欲に迎合、現在も懲りずに犯日扇動の風見鶏中曽根は、国賊である。毒饅頭(機密費)を配り世論操作可能だった中曽根の官房長官は後藤田正晴(82~83)、藤波考生(参拝83~85)、後藤田正晴分祀85~87)で、未だに大勲位などと擁護のマスコやナベツネ等は、毒饅頭仲間か?マスコミと毒饅頭の根の深さは、田母神諫言対処が白状、自民党自壊の元凶。8につづく⇒

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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