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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観日本叩き中国韓国の狙いはネットに溢れた真実同胞大虐殺の矛先そらし

4日本叩き中国韓国の狙いはネットに溢れた真実同胞大虐殺の矛先そらし

 オランダでは、売春婦は、18歳以上でなくてはならず、個人売春のみ合法で、所得税も払い、自営業と同じ扱いになっている。
『サンデー毎日2000/10/22』

 ”自由と寛容の国”オランダで、10月から売春業者が合法化された。売春婦(夫)そのものは1912年施行の売春管理法でれっきとした「自由業」として認められているのだが、セックスクラプや「飾り窓」の経営者はこれまで正式な仕事として認められていなかった。

 どうして今さらの合法化かというと、近年、オランダでは売春婦の強制労働や不法滞在、18歳未満の若年就業が急増しており、政府がこの取り締まりに本腰を入れることにしたためだ。これまで「正業ではない」ことで、万事がいい加滅に済まされてきたこの業界を「正業化」することによって、従業員(売春婦)の管理や納税義務を他の職業と同じように課そうという狙いがあるのだ。

 300軒以上の「飾り窓」が建ち並ぶアムステルダムの赤線地区は今や、観光名所の一つだが、そこで働く1万人以上の売春婦たちの素性は、この数十年、大きく様変わりした。70年代までは大半がオランダ人だったが、80年代に入ると東南アジアや中南米、アフリカからの出稼ぎ移民が増えた。そしてベルリンの壁の崩壊とともにロシアや東欧の女性が急増し、今ではオランダ人は全体の3割程度だ。

 新参者の増加によって30分200ギルダー(約9000円)という売春相場も頭打ちとなり、経営を維持するために手段を選ぱず東欧諸国の女性を集め、強制的に働かせる業者も目立ち始めた。今後は役所の営業認可が必要となり、不法移民などの雇用も禁止される。売春婦の働く環境も改善されるはずだ。

 オランダのセックス産業は年間20億ギルダー(約900億円)を生み出す巨大産業だ。政府とて業界をつぶすつもりはなく、合法的に行ってくれればよい」(内務省)。

 もっとも、晴れて「かたぎ」になった業界は、「余計な設備投資はかかるし、はっきり言って迷惑な話だ」とぼやいているが・・・。

オランダ植民地インドネシアの売春事情
「慰安婦と戦場の性」秦郁彦著(新潮選書1999年)より

第四章 太平洋戦線では113p
 現地人女性を”妾”として囲う例はフィリピンでも見られたが、とくに、「ジャワは極楽」とうらやまれたジャワで、軍政監部の文官や企業派遣の民間人を中心に流行した。
 「チンタ」とか「白馬」と呼ばれたこの現地妻たちは、オランダ人の男とインドネシア人の女の間に生まれた混血児(ユーラシアン)が多く、旧主人が抑留所へ入れられたので、生活のため新しい主人に鞍替えしたのである。ジャワ派遣軍宣伝部に入った大宅壮一は、「白馬会」の主宰者と自称していた。
 オランダ政府の公式報告書も「日本軍の高級将校、会社重役、高級官吏なども売春宿を訪れるよりも妾を囲うことを好んだ」と述べ、さらに、「ヨーロッパ人売春婦の多くが一人の日本人男性の妾となる関係を好んだ」と記す。(季刊戦争責任研究No.4、50p)
 ジャワでは軍人は少なく(戦争中期は1万人前後)、占領行政に当たる文官や民間企業人、戦前からの在留邦人(サクラ組)が多かった。
 そのせいか、占領初期には軍専用の慰安所はほとんど見られず、民間の売春宿が主力だったが、1943年後半頃から軍専用も設置されるようになり、悪名高いスマラン慰安所事件をひきおこす。
 前記のオランダ政府報告書は、その理由について性病増加のためだろうと推察しているが、おそらくこの推察は正しい。

 『ジャワ新聞』(朝日新聞の経営)は、1943年2月の「熱地衛生」(軍医部執筆)と題したシリーズで、「共同便所は誰一人汚す心算で使用するものはなくとも汚れ勝ちなものです。・・・・慰安所を開くとき、どんなに厳選しても日が経てば殆ど全部が花柳病になってしまいますから健全な慰安婦を求めることは無理です」「慰安婦の半数以上は黴毒・・・・ジャカルタの軍指定慰安所の女を血清反応で検査したところ、驚くなかれ半数以上が・・・・」と警告している。
 また、「安い、サービスが良い、スリルがある等の理由から、禁を犯して私娼に走る不心得者が絶えないようで・・・・慄然」(ジャワ新聞1943年2月1-2日付け)とも書いているが、事態は一向に改善されなかったらしく、一年半後の記事では罹患率が「邦人の七割位」(ジャワ新聞1944年9月11日付け)とあるから、割引きしてもジャワは「性病天国」と呼んだ方が良いのかもしれない。

「第六章 慰安婦たちの身の上話 6 インドネシア(上)-マルディエムなど-」川田文子(戦後補償実現市民会議基金代表)チームの面接結果(1995年秋から3回、合計10数人と面接)209p
<南ボルネオ組の証言(マルディエム;ジョグジャカルタ)>

・幼なじみの女性歌手レンチに「ボルネオに行って一緒に芝居をしよう」と誘われ、48人の仲間と船に乗って南ボルネオの首都バンジャルマシンへ行った。
・引率者は現地に数十年在住する日本人の歯科医で、バンジャルマシン市長の正源寺寛吾だった。
・全額を貯金して帰るときに戻すと説明されたが、払ってもらっていない(親が身売りした)。
・同行した48人のうち、8人は食堂で、16人は芝居小屋で働き、24人慰安所へ行った。
・仲間の中で帰郷した者もいたが、追加の女性も来た。
・南ボルネオは海軍の軍政地域だった。陸軍の軍政下のジャワから、慰安婦を募集する仕事には、(戦前からジャワに住んでいた民間人が介在した可能性はあるが、)募集に当たったのはインドネシア人で、マルディエムは本人の知らぬ間に親が身売りしたケースではないか。

ボゴール憲兵分隊長谷口武次大尉の書簡から211p
・兵舎には日イ双方の衛兵が立っているので、ひそかに女を連れ込んだり、長期にわたり監禁するのは不可能である。
・住民は性観念がきわめてルーズで、インドネシア人、華僑、混血(ユーラシアン)の売春婦が至るところにいた。ジャカルタの川べりには、立ちんぼの女たちが並んで客引きをしていた。事を荒立てなくても、いつ、どこででも用は足せたはず。
・このように(川田文子報告にあるように)悪質な事件が続発していたら、オランダから戦犯にされたろうし、その前に現地人の兵補が黙ってはいまい
 谷口の言う「性観念」の程度は、それこそ各人各説で地域、人種、階層、宗教がからみ一般論は困難だが、インドネシア人は概してルーズだったのは確かなようだ。
 スマトラ各地に勤務した大平文夫憲兵曹長は「全島で慰安婦は200人くらいと推定するが、他の島からの出稼ぎが多かった。農家の主婦も容易に売春婦に変身した。しかし、アチェ人は売春はやらなかった」と回想している。
 開戦前の1941年7月、ジャワに偵察飛行した深田陸軍軍医少佐は帰朝後、陸軍省の会議で「原住民は生活難のため売淫する者多し」(金原節三日誌摘録、1941年7月26日の項)と報告しているが、性観念と生活難は不即不離の要素だったのかもしれない。

「第六章 慰安婦たちの身の上話 7 インドネシア(下)-兵補協会のアンケート-」高木健一弁護士の指示で行われたもの(1995年11月)212p
・質問項目が誘導尋問的になっている。

(1)問5「従軍慰安婦になった理由は何か」という設問に対し、a看護婦になれる、学校に行かしてやる、職を紹介するなどと言われてだまされた(45%)、b逆らうと家族を殺すと日本兵に脅迫され、強制された(45%)、cおだてられ誘われて自分でその気になって(1%)、d帰宅途中、あるいは路上で拉致・誘拐されて(9%)、の四通りの答えしか用意されていない。最もありそうな「親に売られたから」「高収入だったから」の選択肢がない
(2)問11「性的奉仕を求めてきたのは誰か」という設問に対し、a日本人の兵隊(95%)、b朝鮮人の兵隊(1%)、台湾人の兵隊(1%)、インドネシア人(1%)の四通りしかない。当時のジャワには軍人を上回るぐらいのサクラ組と呼ばれた一般邦人(売春業者を含む)がいたのに、日本人なら全員が兵隊にされてしまう設問になっている。
・上記川田文子チーム面接には、このアンケートで誘導されたとおりに身の上話を語った可能性が高い。


「第六章 慰安婦たちの身の上話 8 オランダ-蘭人抑留女性の受難」216p2
15万人を超えるオランダ人が日本軍捕虜収容所及び民間人収容所に収容され、うち2万人が女性であった。(1994年オランダ政府報告書)
・占領の前半期(1943年中期頃)まで、女性たちの多くは抑留所外の居住を許されていたが、働き手を失った貧困な女性の中には、民間の売春宿や風俗産業で働く者も少なくなかった。白人女性が経営する売春宿もあり、マダムたちの中には日本軍幹部や民間人の妾になる者もいた。(1994年オランダ政府報告書)
・しかし、戦局の悪化により、日本の陸軍省は「軍抑留者取扱規定」(1943年11月7日陸亜密第7391号)を出先各軍に通達し、オランダ人を含む敵国人の全員を、捕虜収容所に併設された軍抑留所に移すよう指示した(蘭イ混血のユーラシアンは原則として対象外)。
・その結果、指定居住区域に住んでいたオランダ人女性は、売春婦も含めて軍抑留所へ入ることになるが、給養条件は悪く不満が高まっていた。
・こうした状況に目を付けたのが、軍の担当者と慰安所の業者で、好条件を約束すれば相当数の慰安婦が集まるだろうと見当を付けたようだ。この種の勧誘や説得に強制性がどこまで働いていたかは微妙なところである。
・抑留所を管理していた第16軍軍政監部は、強制しないこと、自由意思で応募したことを証するサイン入り同意書を取るように指示していたが、なかには違反する出先部隊もあった。のちに「白馬事件」と呼ばれたスマラン慰安所の強制売春事件は、女性たちの告発により戦後のB,C級法廷で裁かれ、死刑を含む10数人の有罪者を出す。
・死刑になった岡田慶治少佐は獄中日記を残している。「将校クラブの婦人たちをよく可愛がってやったつもり・・・・その彼女たちが告訴している。それも嘘八百並べて・・・・時勢が変わったので我々に協力していたことになって彼女たちの立場がないのかと想像・・・・起訴状を見ると首謀者にされている・・・・『そうか飼い犬に手を咬まれたのだ。もう何も言うことはない』と覚悟した・・・・敵の銃口の前に立って、日本人の死に態を見せてやることではなかろうか」
・いずれにせよ、スマランの慰安所は長くても二ヶ月しか営業していない。ジャカルタの第16軍司令部から閉鎖命令が届いたからである。
・軍政監部本部に勤務していた鈴木博史大尉は「慰安所でひどい悲鳴が聞こえるとの話を聞き込み、山本軍政監へ伝えると、山本は”まずい、すぐやめさせろ”と怒り、翌日に閉鎖命令が出た・・・・後に彼女たちを集め、申し訳ないことだったと謝罪した」と記憶している。
・被害者がオランダ人女性以外で戦犯として裁かれたのが、1,000人以上の現地住民(華人ゲリラ)を抗日分子として大量処刑したポンティアナック事件(1944年初期)の副産物として明るみに出た強制売春事件で、主として日本人の現地妻となっていたインドネシア人女性を強制的に慰安婦にしたかどで、13人の海軍特警隊員らが有罪(うち3人は死刑)となった。

409p
 南方戦線で人気が高かったのは、ユーラシアンと呼ばれた白人と現地人の混血児であった。マニラの慰安所を経験した日本兵捕虜に対する連合軍の尋問記録によると、「女性は、通常、スペイン人とフィリピン人の混血で利用料金は10円ないし20円・・・・日本人及び朝鮮人女性については2円ないし3円であった」(吉見義明編『従軍慰安婦資料集』大月書店1992年487p)
 価格は一般に需要と供給によって決まるものだが、中国大陸では、内地人(2円)、朝鮮人(1.5円)、中国人(1円)の順に安くなる例があった。南方では現地人の価格がもっとも安かったが、混血や白人は例外で、内地人より高価だったようである。
 パダン(西スマトラ)では、インド人業者の下で20人の白人女性が働く慰安所があり、プカロンガン(中部ジャワ)では華人業者の下で23人の欧州人女性が働いていた。

392p
 文玉珠の場合、3年足らずで2万5千円貯金し、うち5千円を家族に送金している(文玉珠『ビルマ戦線 楯師団の「慰安婦」だった私』(梨の木舎1996年)138p)。今なら1億円前後の大金である。
 ベテランの日本人慰安婦も負けていない。吉原で10年暮らした高安やえは、「戦地へ行けば10倍稼げるし・・・・稼いだら内地に帰って商売を始めようと考えてラバウルへ・・・・一人5分と限り、一晩に200円や300円稼ぐのはわけがなかった」と回想している(高安やえ「女のラバウル小唄」(『続戦中派の遺言女性版』(櫂書房1979年))。

394p
 兵士たちの生活条件と比較してみる必要もあろう。「大東亜戦争陸軍給与令」(昭和18年7月28日勅令625号)によると、二等兵の月給は7円50銭、軍曹が23-30円、戦地手当を入れても約倍額にすぎず、慰安婦たちの1/10ないし1/100である。中将の年俸でも5,800円だから、文玉珠クラスになると在ビルマ日本軍最高指揮官より多く稼いでいたことになる。

226p
(中国徐州の料理屋「松竹」で仲居をしていた柴岡トシオさんの証言)

秦「なぜ日本人慰安婦は名乗りでないのでしょうね」

柴岡「200万円じゃだめでしょう。2,000万円ならいるかもしれんが」
※「慰安婦」は商売なので、日本人証言者の「賠償金請求」は皆無!まさに日本人は天道を宗とする唯心で、一線を画している!

自称元慰安婦捏造証言者の、必須アイテムが「強制連行(誘拐)・性奴隷(監禁)・日本国の犠牲者(殉難者・英雄)・日本国が謝罪(賠償金奪取正当化の大義名分)」!
 「強制連行(誘拐)・性奴隷(監禁)・日本国の犠牲者(殉難者・英雄)・日本国が謝罪(賠償金奪取の正当化の大義名分)」は、「自称、元慰安婦証言者」の、身内親族からの非難回避用で、かつ、犠牲者(殉難者)として賠償金を勝ち取る為の必須の小道具である!この捏造小道具を無条件で信用する非常識の輩が、拡大した!

 慰安婦問題唯一の根拠は、「自称、元慰安婦証言」のみ!「慰安婦」は身内親族にとっては不名誉千万なのである。したがって、自ら進んで「慰安婦」になったと証言する馬鹿者(慰安婦は商売なので被害者ではない、証言は不名誉の拡散のみで、百害あって一利なし)などは、皆無。もちろん、「賠償金」は、「合法下の商売」なので、取れないことは常識である!

 したがって、自称証言者の証言内容には、「強制連行(誘拐)・性奴隷(監禁)・日本国の犠牲者(殉難者・英雄)・日本国が謝罪(賠償金奪取の正当化の大義名分)」の事項を盛り込むことが絶対の条件となる(韓国初期の証言は、この完全捏造がまだ徹底されておらず、本音(真実)がちらついている)。

 「自称、元慰安婦証言」は、「強制連行、誘拐された、騙され監禁された、私は被害者(殉難者)」と証言することで、「身内親族からの非難を回避」し、「ならどうして逃げなかった」の追求は、「閉じ込められ(性奴隷とされ)逃げられなかった証言」で「回避」し、このような犠牲者(被害者)だから「賠償金をくれ」論法となる。日本国への謝罪要求は、ただの売春婦が、自国民の同情を集めて英雄となるための必須のアイテム。自称証言者がただの売春婦(売女)か、英雄(殉難者)かの分岐点「お墨付き」が、「日本の謝罪」なのである。

 河野談話では「心からおわびと反省の気持ち」と言ったが、日本政府は被害者が要求する公的な謝罪と補償は行わず、民間の募金を基にした「女性のためのアジア平和国民基金」が一人二百万円を支払い、首相のおわびの手紙を添えるという方式で対処した。がしかし、韓国の自称慰安婦の圧倒多数が拒絶した。

 「強制連行(誘拐)・性奴隷(監禁)」は、身内親族不名誉非難やさらし者「回避」の免罪符日本政府が「強制連行・性奴隷」を認めての謝罪と補償なら、「日本被害者と認定なので身内親族からの非難やさらし者は回避出来る」ので、受け取れるが、「日本が被害者と認定無き」は、「元、自発売春婦の、ただのごね得」となり、身内親族不名誉非難さらし者となることは、明白である。「受け取り拒否」は、当然なのである。日本国は、強制連行・性奴隷(自称慰安婦の捏造)」などしていないので、自称慰安婦のご要望(捏造)に応えることなどは不可能で、戦国時代の自存自衛のためとはいえ、巻き込まれた同胞への「思いやり謝罪」が、限界!これまた当然なのである。

 現代でも買収されたでは非難されるのみだが、「脅迫された」と「告白」すれば被害者となり、同情が集まる。つまり、「強制連行(誘拐)・性奴隷(監禁)」と売春業を、セットにして証言しなければ、証言者は天に唾棄、奈落の底(売女)へ転落となる。

 つまり、自称慰安婦証言者の死活は、いかに捏造して口を極めて日本をののしるか、そして、いかに捏造して世界の同情を集めるかに、懸かっている。こんな「いわく尽くしの証言」を、丸鵜呑みする方が異常なのである。

 一部で暴走事件(白馬)はあったが、全体(日本軍)ではない!沖縄で米兵の強姦事件があった、だから米軍は強姦軍とはいわない。当然の常識である。一般常識無皆無の、モヤシ吉見凶授や高木、福島瑞穂、日弁連、人権派弁護士自称戸塚悦郎、韓国オランダ証言、米加豪比UE議会等犯日の論法は、「沖縄で米兵の強姦事件があった、だから米軍は強姦軍」なのである。婦人や少女が誘拐されるのを、黙って看過する身内親族村町が、世界にあるだろうか?あるはずなど無い!職責者の常識回路がまともなら、こんな大騒動にはならなかった。

騙れば老人天国!証言者利得は、金がもらえて、いろんなとこに金をもらって行けて、「話すだけで」歓迎され、旨い物が食える。まさに、騙れば極楽

「米国下院121号決議」の前に下院公聴会にて自称慰安婦として証言[韓国の新聞中央日報日本語版]  2007年02月16日
米議会で初の‘慰安婦聴聞会’…韓国・オランダ人女性3人が証言

 ――下院外務委員会アジア太平洋・環境小委が米議会史上初めて開いた‘慰安婦聴聞会’では、李容洙(イ・ヨンス、79)さん、金君子(キム・クンジャ、81)さん、ジャン・ラフ・オハーンさん(85、オランダ)の3人が、日本軍の慰安婦として連行されて受けた侮辱を生々しく証言した。 200席余をぎっしり埋めた傍聴客は3時間以上続いた証言を粛然とした雰囲気の中で傾聴した。

◇「犬や豚以下の生活=最初に証言した李容洙さんは「1944年の16歳の時に台湾に慰安婦として連行され、3年間にわたり日本軍に性的にもてあそばれた」とし「2階建ての日本風の慰安所で一日平均4、5人の日本軍に強姦され、粥で生き延び、何かあるとすぐに暴行されるなど、犬や豚よりもひどい生活をした」と証言した。 日本軍によって‘トシコ’と名付けられた李さんは、性行為を拒否して電気拷問を受け、韓国語を話す度にひどく殴られた、と語った。李さんは「終戦後に家に帰ると、母は‘死んだ娘が霊になって現れた’と言い、父は鬱火病で中風になり、その年に亡くなった」と述べた。李さんは「日本政府は謝罪したと主張するが、一度も謝罪を受けたことはない。 世界の性的暴行を根絶するためにも日本は必ず謝罪しなければならない」と強調した。

 続いて、16歳だった42年に中国連行された金君子さんが証言した。 金さんは「慰安所で一日平均20人、多い時は40人の日本軍を相手にする地獄のような生活を送った」とし、「日本軍は小さな刃物で私の体を少しずつ切りつけ、服を激しく破り、コンドームも使わず跳びかかってきた」と語った。続いて「いっそのこと死んでしまおうと思って何度も自殺を図ったが、日本軍が見張っていてそういう機会もなかった」と述べた。金さんは「45年8月の終戦で日本人が‘出て行け’と言ったので、同僚8人と畑の白菜を取って食べ、1カ月以上も歩いて家に帰った」と悲惨な帰郷過程を伝えた。金さんは「慰安所に到着した初日、抵抗して殴られ、左耳の鼓膜が破れた。体にも多くの傷が残っている」と涙声で話した。

◇「日本将校が刃物で脅して強姦」=西洋人慰安婦として証言し関心を集めたオハーンさんは「日本軍は私の青春を無惨に踏みにじり、すべてのものを奪っていった」と怒りを表した。オランダ植民支配下のインドネシアで生まれたオハーンさんは19歳だった42年、日本軍がインドネシアを占領した後、収容所に入れられた。オハーンさんは「その日の夜、日本式の花の名前が入った名前を付けられ、髪が薄い日本軍将校が待つ部屋に連れて行かれた。彼は刀を抜いて‘殺す’と脅した後、服を破り、最も残忍に私を強姦した。その夜は何度強姦されたか分からない」と身震いしながら話した。 オハーンさんは「一緒に連行されたオランダ人少女らと3年半注・3年半は中央日報の捏造。オランダ人少女は2ヶ月未満)、毎日こうした蛮行にあい、飢えて苦しみ、獣のような生活をした」と語った。また「日本は95年にアジア慰安婦財団を作って私的な補償をしたというが、これは慰安婦に対する侮辱」と主張した。続いて「日本は政府レベルで残虐行為を認め、行動で謝罪を立証しなければならず、後世に正しい歴史を教えなければならない」と求めた。(注・以下の言葉は証言にはない。中央日報の捏造)オハーンさんは「日本人は私たちが死ぬのを待っているが、私は死なない」とし、日本が正式に謝罪するまで闘争を続けると誓った。

◇米国議員間で意見の差=慰安婦決議案を主導したマイケル・ホンダ下院議員(民主、カリフォルニア)は聴聞会で証人を自ら要望、「今われわれが行動に出なければ、日本政府の謝罪を引き出す歴史的な機会を失ってしまう」とし決議案の採択を促した。 しかしローラバシャー下院議員(共和)は「日本はすでに何度も謝罪している。そういう文書を受けている」とし「前の世代の過ちで日本の現世代が処罰を受けてはならない」と主張した。聴聞会を進行したファレオマバエガ・アジア太平洋小委委員長(民主、サモア)も「生涯英語を使い続けてきたが、今日の証言を聴くと、その悲痛さをいかなる単語で表現すればいいのか分からない」とし、慰安婦の痛みを理解するという立場を見せた。

◇聴聞会の意味・展望=この日の聴聞会は、ホンダ氏ら民主党議員5人とクリストファー・スミス氏ら共和党議員2人が先月31日、日本軍の慰安婦動員を非難して日本首相の公式謝罪を促す決議案(H.Res121)を提出したことを受けて開かれた。議会消息筋は「この日の聴聞会で日本軍の蛮行実態が暴露され、日本政府の謝罪、釈明が偽りであることが明らかになったため、今後、決議案採択に前向きに作用するだろう」と述べた。ホンダ議員は3月末までの決議案採択を目標にしている。

 加藤良三駐米日本大使はこの日、アシア太平洋小委に書簡を送り、「日本はすでに慰安婦問題の責任を認め、韓国やフィリピン、台湾、インドネシアなど慰安婦被害者に補償もした」とし、決議案採択を阻止する意向を明確にした。
5へつづく⇒

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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