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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観8終章日本と汪兆銘と蒋介石と孫文誤謬訂正し継承した蒋経国と李登輝

孫文が忌み嫌う西洋覇道の鷹犬「たかいぬ(鷹狩に使う犬)」と化した中国狂惨党の実体

1945年 満州国、ソ連軍に滅ぼされ、現在狂惨党に占領されている。中国は万里の長城以内が中国で、他はすべて占領地。民族浄化継続中。万里の長城外は、満州・内モンゴル自治区(モンゴル語)・新疆ウイグル自治区(ウイグル語)・チベット自治区(チベット語)。万里の長城内は寧夏回族自治区と広西チワン族自治区(チワン語)がある。

1947年 内モンゴル自治区占領。

1949年 東トルキスタン侵略、占領開始(ウイグル大虐殺)、民族浄化継続中。

1950年 大躍進、大虐殺開始。アメリカ上院安全委員会が1971年8月に出した調査報告書では、「毛沢東は共産主義の政権を樹立して最初の10年間で3千万人の大衆を殺害し、大躍進から文化大革命直前までの10年間に2千万人、合計5千万人を殺害している」と報告。

1950年 朝鮮戦争参戦。

1955年 新疆ウイグル自治区占領。

1951年 チベット侵略、占領(チベット大虐殺)、民族浄化継続中。

1958年10月 甘粛省から分離、寧夏回族自治区(572万人、回族33%、漢族66%)となる。内モンゴル自治区に接する。万里の長城内。

1958年10月 広西省から改編、広西チワン族自治区(4822万人、、少数民族38%)。ベトナムに接する。万里の長城内。

1959年 インド侵略(中印戦争)アクサイチン地方を占領。

1960年 植民地独立付与宣言。第15回国連総会で、アジア、アフリカ43カ国による共同提案が採択され、植民地を保有することを不法行為であると宣言。賛成89、反対0、棄権が9カ国(主要宗主国のアメリカ、イギリス、フランス、ベルギー、ポルトガル、スペインと、南アフリカ、オーストラリア、ドミニカ)。蒋介石台湾は賛成だが、毛沢東凶産中国の国連加盟は1971年10月、北朝鮮、韓国は1991年なので、不参加。不参加国のみが犯日なのだ!

凶産中国本性を丸出しにして時代逆行、食民治主義独裁主義続行

1965年 チベット自治区占領。文化大革命大虐殺開始。

1969年 珍宝島領有権問題でソ連と武力衝突。

1973年 中国軍艦が佐渡島に接近、ミサイル試射。

1974年 ベトナム、パラセル諸島(西沙諸島)を軍事侵略、占領。

1965年 カンボジア、クメール・ルージュによる大虐殺を強力支援。独裁者ポルポト(カンボジア)(政敵同胞殺戮250万人以上、知識層殺戮)

1979年 ベトナム侵略(中越戦争)、中国が懲罰戦争と表明。

1988年 スプラトリー諸島(南沙諸島)を軍事侵略、占領。

1989年 天安門事件。死者2千人、負傷者、3万人。

1992年 南沙諸島と西沙諸島の全てが中国領土と宣言。

1995年 フィリピンのミスチーフ環礁を軍事侵略、占領。

1996年 台湾総統選挙恫喝、台湾沖にミサイル攻撃。

1997年 フィリピンのスカーボロ環礁の領有を宣言。

1997年 日本の尖閣諸島の領有を宣言。

2003年 スーダンのダルフール大虐殺を強力支援。

2005年 日本EEZ内のガス資源を盗掘。

凶産党国家と、独裁国家はまさに世界の火薬庫だ。

 

汪兆銘が認識した狂惨党の実体と対日本の戦争

 

193810月 1938年昭和十三年十月、毛沢東が部下に与えた指令。・・・中日戦争は、わが中国共産党にとって、党勢拡大のための絶好の機会を提供している。わが党の一貫した政策は、その勢力の70パーセントを党勢拡張に、20パーセントを国民党との取り引きに、残る10パーセントを日本軍に対する抵抗にふり向けることである・・・1969年8月林彪が編集した『毛沢東思想万歳』の533~4頁・日本社会党の理論雑誌『社会主義の理論と実践』


 鄧小平の日本認識証言 鄧小平は昭和五二年(1977)、三橋健次郎元陸将との会談での証言。・・・日本は中国を助けたことになっている。日本が蒋介石を重慶まで押し下げてくれたので、日本軍の占領地域の後方に拡がり、八年の間に八路軍は120万「1936年10月、長征で30万人から2万5千人まで激減していた」に増え、さらに数百萬の民兵を作ることができた。・・・『中国との友好交流二十年の感想』、三岡健次郎、平成七年、中国政経懇談会

 

1937月 国共合作②成立(中国国民党と中国共産党との協力体制)。つまり中国共産党は、抗日戦争を掲げて愛国者を籠絡し、ひたすら共産党の勢力拡大に勤め、日本軍と蒋介石が交戦するように努力した狂惨主義拡大戦争。一方蒋介石は、狂惨党と宗主国米英の甘言に乗り傀儡となり、孫文から離れ、目的無き交戦に突入した、私利私欲戦争汪兆銘は孫文に帰り、孫文の誤謬を訂正し反共を掲げ、最後に孫文に殉じた反共孫文主義実践戦争。対中国は日本の、護国自衛の反共戦争。対宗主国は、日本の護国自衛大アジア主義に殉じた、食民地解放戦争と、言える。

 

 汪兆銘も蒋介石も戴季陶(たい きとう)も共産ではなく、凶産の正体に気付いた時点で日本と同盟を結べば、又違った展開となっていただろうが、凶産党と合作し、ひとたび抗日の旗を揚げてしまった以上降ろすことは不可能だった。降ろせば即、売国奴となる。汪兆銘が反共親日を掲げても誰もなびかず、未だに売国奴のままなのを見ればよく分かる。遅かりし汪兆銘なのだ。

 

 がしかし、孫文亡き後、孫文の理想とあまりにかけ離れてゆく中国を、後継者筆頭として看過する訳にはいかなかった。後継者筆頭汪兆銘には、孫文の間違い「容共」を反共に訂正しなければならない大事な使命を残していた。結果孫文に回帰し、孫文に殉じ間違いを正した。汪兆銘は後継者筆頭の役目「反共親日」を掲げ、師孫文の汚名を雪ぎ使命を果たしたのだ。

 

 周仏海(1897~1948)湖南省の人。1917年7月に日本に留学。1919年に第七高等学校に入学。卒業後、京都帝国大学経済学部に入学。京大在学中の1921年、中国共産党創立大会に留日代表として参加するが、1924年5月に離党。1924年(孫文病死1925年)国民党に入党。孫文三民主義の理論家として国民党の要職を歴任した。1938年末、汪兆銘と共に重慶を脱出し真の三民主義実践のため行動を共にした。当時、日本側との積極的「交流」を行なう一方、重慶側(蒋介石)とも密かに接触し、日本敗戦時には蒋介石より国民党軍事委員会上海行動総指揮部総指揮に任ぜられる。しかし軍統局の責任者戴笠が飛行機事故死したことにより後楯を失い、南京の獄中にて1948年4月、病死する。

 没後「周仏海日記」が公刊された。この人も孫文三民主義に殉じた愛国者だ。

(注・反共親日とは日本を後楯にし、三民主義国家を成すと言うことで、日本の属国となることでは無い。周仏海は中国のために行動したのだ。毛沢東はソ連、蒋介石は米国を後楯にし、三民主義をねじ曲げ、孫文が倒した私利私欲独裁国家(清)をまたつくった

 

 蒋経国(1906~1988)(しょうけいこく)蒋介石先妻の長子。共産党に入党。1922年10月モスクワ中山大学留学。留学中ソビエト共産党にも正式に入党、1927年卒業。以来ソ連に滞在。モスクワ大学卒業。経国はソ連の大学で共産党に入り父、蒋介石を批判する声明を発表をしている。192512 孫文病死以後、蒋介石共産党を排除したため、西安事件以後の1937年まで、12年間蒋経国は事実上、スターリンの人質だった。

 モスクワで中国の地区党責任者と口論したことで「敵階級に利害を売り渡した」と避難されて、シベリア追放となって経国の一生は終わるところであった。

 しかし「蒋介石の子」としての存在をソ連としては将来使えると見て、モスクワ近郷の農村へ追放に止めたため命拾いをしている。そのころから五年間が行方不明とされているようだ。経国は寝る場所さえなかった農村で人々に慕われるようになり、また工場に回された時そこの縫子(ラファンニ、ファニンナ、ファンニーナ、エレーナと、ロシア名は表記に揺れが見られる)と1935年3月15日結婚している。蒋方良(中国名ピンイン)の間には3男1女。1937年3月25日、西安事件を機に12年ぶり27歳にしてソ連より帰国。蒋介石と和解、中国共産党離党、翌年中国国民党に入党する。1939年江西赴任中に章亜若との間に双子の章孝嚴(2005年3月改姓し「蒋孝厳」となる)と章孝慈をもうけている。

 1949年国民党台湾移転後実力者となり、斬新的民主化を進めた。本省人は1945年以前に台湾に住んでいた人々で、そこに内戦に敗れた国民党勢力がやってきて外省人となり、反対派の本省人を弾圧しながら独裁政治を続けていたが、1970年代後半に民主化の方向性を打ち出し、李登輝を初の本省人総統として自分の後継者に据えた。父蒋介石の誤謬是正に行動開始、李登輝に民主化を託した。外省人は台湾の人口の2割に満たない。蒋夫人は夫の蒋経国総統の逝去の時に、李登輝副総統の総統継承を断念させようとする一派を排除した。李登輝はそれには大変に感謝したと言う。

 

 李登輝(1923年1月15日)現在の台北県三芝郷で出生。1943年9月、台北高等学校を卒業。同年10月、京都帝国大学農学部農業経済学科に進学した。千葉の陸軍高射砲学校の士官となり戦闘、ここで終戦を迎えた。1945年3月10日の東京大空襲時、侵入するB-29を迎撃、激しく砲撃し、撃墜したことを後年述懐している。

 1946年国立台湾大学に入学。共産党に入党し、国民党による1947年2月28日 「2・28台湾人虐殺事件」228事件に反発する暴動などに参加したが、ニ年間で離党した。1947年淡水の地主の娘敬虔なクリスチャンの曽文恵と見合いにより結婚。後に一男をもうけるが、癌により早世。1949年、台大農経学科を卒業し大学の講師として採用された。1956年国立台湾大学助教授。1965年、コーネル大学に留学、農業経済を専攻する。1968年、農業経済学博士号を獲得。1968年に帰国、台湾大学教授兼農復会技正に就任している。

 李登輝には初めから、国民党も民進党も無く、孫文主義しかなかったので、私利私欲の国民党や民進党レベルでは、「公」と真実で判断する李登輝は理解不能となる。

 李登輝は中華民国も領有権を主張する尖閣諸島(中国語名:釣魚台列嶼)を「沖縄県に属する日本固有の領土」と表明し、独自の政治立場を主張している。

 また李登輝は中華民国の公人でありながら自らを「22歳(1945年)まで自分は日本人であった」と表明し、「半日本人」と称したり、「靖国問題とは中国とコリアがつくったおとぎ話なんだよ」など、親日的な態度は顕著であると報道されるが、親日ではなく、事実を正直に発言しているに過ぎない。孫文主義者は皆、真実史観でものを見るのだ。孫文主義者の物事の基準は真実で、凶産主義者のような捏造ではないのだ。

 

 孫文は病のためにだまされ、汪兆銘、蒋介石も戴季陶(たい きとう)も、凶産党の謀略で国共合作した。実現不可のおいしい空論を撒き餌にする狂惨党にかなうはずなどないのだ。国共合作の結果凶産党員が圧倒的に増えた。共産に対する認識の違いが日中戦争の起因だ。日本は凶産と認識していたので、反共戦争は止められなかった。凶産は反共戦争を抗日救国戦争にすり替えた。防共の砦日本が去るとすかさず、満州、北朝鮮、内モンゴル、新疆ウイグル、チベットが狂惨化されたではないか、まさしく反共戦争だったのだ。戦後いち早く反共戦争と喝破したのは、日本同様に反共戦争を戦ったマッカサーだった。

 

 戦前凶産の正体を喝破したローマ法王のピオ11世は、反共戦争(日中戦争・支那事変・日華事変)(1937年7月7日)が始まった年の10月に、全世界の3億5千万のカトリック信徒に対して、次のようなメッセージを出している。「日本の支那事変は侵略戦争ではない。凶産党と戦っている。共産党が存在するうちは、全世界のカトリック教会、信徒は日本軍に遠慮なく協力せよと。」当時、共産ではなく凶産と喝破していたのは、全世界のカトリック信徒と日本だけだ。

 

 ソ連の恐怖は、日本と中国が同盟し対ソ戦になることだった。凶産党の対ソ戦防御、赤化作戦、これが反共戦争日中戦争、の真相だ。日本の恐怖は中ソが赤化し、生命線の満州朝鮮を占領されることだ。防共の砦日本が滅びれば皆赤化し、凶産党と言う名の宗主国に搾取されつづけてしまうのだ。日本は、中国人と戦ったのではない、大アジア主義実践のため、宗主国(米英ソ)の手先、凶産党と戦ったのだ。汪兆銘は「漢奸」(中国の売国奴)ではない、反共戦争で、凶産支配から中国人民を救おうとした愛国者だ。挺身し、師の誤謬を正し、孫文の遺志「反共親日」を実現し、大アジア主義の実践をめざした後継者だ。弱肉強食と凶産主義は、疑心暗鬼な捏造世界を作り出す、真の恐怖はここにある。

 

 チベット、内モンゴル、満州、新疆ウイグルを侵略し、西洋覇道の鷹犬「たかいぬ(鷹狩に使う犬)」と化した中国凶産党。蒋介石も西洋覇道の鷹犬と化し、独裁者となり、台湾を独裁支配した。なんと後継者は、仁義道徳を主張する王道の文化ではなく、孫文が忌み嫌う覇道文化を造ったのだ。日本は東洋王道の干城「かんじょう(国家を守る軍人)」となり、アジアを解放(大東亜戦争)し、独立の扉を開いた。孫文亡き後、大アジア主義を命を賭けて実践した汪兆銘と日本。

 アジアは皆独立した。
孫文後継者筆頭汪兆銘だけが、師の遺志を継ぎ旗を掲げた。しかし孫文没後82年、汪兆銘没後63年、周仏海没後59年、孫文の願った真の中国の革命、東洋王道の干城「かんじょう(国家を守る軍人)」革命、「革命尚未成功 同志仍須努力」(中国革命未だ成らず、同志なおすべからく努力すべし)

 

 未だ狂惨党に囚われの身の中国人、満州人、内モンゴル人、チベット人、新疆ウイグル人。まさしく孫文の「革命未だならず」。孫文の三民主義、中国、未だならず。

 

 台湾国民党蒋経国は初代党首赤心の孫文に帰り、孫文後継者筆頭汪兆銘、戴季陶(たい きとう)の訂正した指針に従い、反共、民主、孫文の主張する仁義道徳、王道の文化を身につけ「蒋経国、李登輝は静かな孫文革命をなしとげた」。かくして蒋経国、李登輝は孫文の後継者と成った。

 中国人、華僑(中国戸籍)、華人(現地戸籍)よ、赤心の孫文、挺身し、師孫文の誤謬を正した汪兆銘や周仏海や蒋経国や李登輝に帰れ、孫文の本意は覇道では無い、凶産ではない、捏造ではない。

 日本は中国人と戦ったのではない。孫文後継者汪兆銘と日本と台湾は、孫文の遺志大アジア主義を掲げ反共の砦となり狂惨党と戦い侵略者と戦い、大アジア主義を成し遂げたのだ。台湾人李登輝の誇りの起因はまさにここにある。この誇りが汪兆銘後継者李登輝を成し、台湾の孫文主義を成し遂げたのだ。

 孫文、汪兆銘、戴季陶(たい きとう)、周仏海、蒋経国、李登輝、皆赤化経験有で失敗もしたが、皆「私」を捨て「公」に殉じている日中戦争ではない、「反共戦争」だ。

 読者の皆さん読後もまだ、南京大虐殺は戦後の捏造ではなく、事実だと思っていますか。

 日本国民と孫文と台湾とその後継者、大アジア主義実践のため斯戦えり。

 華僑(中国国籍)や華人(現地国籍)の負い目は、宗主国の手先となり戦った唯一の有色人種で、中国凶産党が西洋覇道の鷹犬「たかいぬ(鷹狩に使う犬)」と化し、チベット、内モンゴル、満州、新疆ウイグルを侵略し占領、食民治にしたことだ。彼らは、歴史が解明され、有色人種の解放者日本となり、解放を妨げ同胞を食民治にした者、中国人種対有色人種となることを、極端に畏怖している。各国在在の華僑や華人が侮日の理由はここにある。

 シンガポールの日本占領の記録であるノエル・バーバーの『不吉な黄昏』(中公文庫)も、その最終ページに次のように書かざるを得なかった。

 「『あらゆる災いの後に福が来る』の喩えの通り、白人至上主義の伝説を打倒して、アジア全域を究極の独立に導く一連の事件の動機となったのは、日本軍の戦勝なのだ。だから、今やシンガポール『中国系77%』を自らの国とするアジア人達は、皮肉な事だが、日本軍へ、ある程度は感謝すべきなのである。

(注・中国人は宗主国の手先となり日本軍と戦い、5000人(日本発表)~10万人(シンガポール発表)の戦死者を出している)

 77%の華人(中国系)シンガポールでのことだけに、より説得力がある。

 

 中国革命の父、孫文の願った真の中国の革命は西洋覇道の鷹犬にあらず、東洋王道に基づいた革命なり。凶産は私、捏造。孫文は公、真実である。

 

「革命尚未成功 同志仍須努力」「中国革命なお未だ成らず、同志すべからく(使命として)かさねて努力すべし」。 2008.3.10.

 

 

大東亜共栄圏(貿易の自由化圏) (だいとうあきょうえいけん)(欧米の植民地支配を打破し、アジア地域に共存共栄、自給自足共同体の樹立を目指し、資源の無い日本に資源供給させ、欧米と対抗出来るようにアジアを、レベルアップすることを、目的とした構想)。(1940年)第二次近衛文麿内閣の「大東亜政略指導大綱」で明らかにされた(真珠湾攻撃は1941年12月8日)。大アジア主義や、明治14(1881)年3月来日時に、ハワイ王国のカラカウワ王が明治天皇に提案したハワイ・アジア連合が下敷きになっている。

 

 又も朝日新聞が森を見ず木だけの偏向誇大報道だ。なにが歴史と向き合うだ、歴史を捏造し偏向誇大報道ではないか。共栄圏 後付けの大儀「本音は資源」日本兵ら苦闘。歴史と向き合う2006.10.25豊 秀一 


 「本音は資源」。ただで他国の独立を幇助するお人よしはどこにもいない。進んで資源を開放(貿易の自由化)大東亜共同宣言明記のように、アジア各国の人々は皆了解していた。了解していたから戦後、敗戦国日本に資源は滞りなく供給され、日本やアジアが繁栄しているのだ。豊 秀一よ「本音は資源」と、本音をさも隠しているような報道をどうしてするのだ、進んで資源を開放(貿易の自由化)大東亜共同宣言に明記されているではないか。人としての常識があれば、分かることだ。

 

 「共栄圏」は後付けでは無い、下記参照。

 

 大東亜戦争の目的として掲げられたスローガンであり、台湾(1895年統治開始)、朝鮮(1910年統治開始)、満州国(1932年独立)、南京政府(1940年独立)、の統治や、資源の無い日本に資源をもたらしてくれるよう育成指導、が基盤になっている。

 すべて45年間の台湾統治のように、資源の無い日本に資源供給出来るよう、日本が金を出し開発し応援した。大東亜共栄圏建設構想は45年間の台湾統治をはじめとする朝鮮、満州国、南京政府が基本となっている。付け焼刃ではなく、台湾統治以後45年間の実績があるのでアジアや世界中が認めた。

 急ごしらえではなく、これまで名前が無かったので名前を付けただけだ。日本の凶産化防御、ひいてはアジアの凶産化防御をめざしたものでもあった。戦後戦勝国は、比類なき正義の戦争目的の払拭に、極悪日本を捏造し、全力を傾注した。

 

 「日本が戦時中に掲げた『東亜の解放』は本当の戦争目的ではなく、実は単に戦争を正当化し、美化するためのものだった。実際はアジア侵略をもくろんだものであって、植民地の独立はたまたまの結果にすぎない」と、茶化して戦後侮日教育された。

 がしかし、侵略であれば資源のない日本は、相手を絞るべきで、なぜ戦力を分散したか、子供心に合点がいかなかった。なぜ軍国化し進出したか、理由も教えず、戦争反対を教えるだけだ。そんなものは、教えられなくても誰もが反対なのだ。

 

 宗主国(白人)の侵略阻止のため、東アジアをすべて独立させ解放し、日本に資源供給(貿易の自由化)してもらい、東アジア(有色人)が一丸となり、人種平等を唱え白人と対抗しようとした。資源供給(貿易の自由化)と護国のため、現在のEU(European Union)(ヨーロッパ連合)のような、AU(Asia Union)(アジア連合)を目指したのだ。

 
当時アジアで中国だけが米英ソの手先であった。米英が蒋介石、ソ連が毛沢東。米英ソが中国を手先に使い日本と戦争していたのだ。戦には破れたが、目的はすべて完遂し今に至る。こんな世界に誇れる先人を、どうして生かされた子孫が、冒涜し続けるのだ。愚かなことだ。覚醒せよ。

 

 日本軍の占領下に置かれたところもあるし、日本軍占領下で独立を果たした国々は、いずれも日本政府や日本軍現地部隊の絶対的指導権の下に置かれており、事実上の植民地化を目指したに過ぎないと茶化している。

 これに関しては敗者が悪史観(軍隊が悪史観)で悪しき軍部の先入観から見るため、このような批判的意見が多いのだが、私はそうは思わない。宗主国を倒し白人植民地の独立を認めた事、これがまず特筆すべき事だ、史上初めての事ではないのか。それと、独立を果たした国がすぐ機能するわけではない。機能するまで後見するのが社会の常識だ。常識で考えれば当たり前のことだ。また、独立が無理と判断した場合は統治するのが常識だ。

 日本は、統治国や占領国に、欧米のように搾取統治、愚民化統治ではなく、台湾や朝鮮のように教育をし、育成統治をしているのだ。将来資源供給を受けるためのインフラ整備や教育をし、レベルを上げようとしたのだ。西南北以外のアジアの方々はこの育成統治や指導を評価しているのだ。

 

 善悪史観者は日本が植民地にされた方が良かったとでも言うのか、日本人ならひねくれず素直に先人を評価すべきだ。

 先人は犬死したのではない、護国のために死んだのだ、冒涜するな。

 資源が無い日本の護国のために宗主国に荒らされたアジアを耕し種を蒔き、実らせたではないか。死して後、戦争目的の大東亜共栄圏(貿易の自由化圏)を建設(1960年植民地独立付与宣言)し、最終戦争目的の資源は確保され(貿易の自由化)子孫は繁栄している。

 資源供給してくれる大東亜共栄圏建設のため南、ラバウルから、西はインドまで拡大解放戦争をした。

 侵略目的ならこんな非効率な戦い方はしない。中国一国攻め落とせばよい。

 地図を広げれば、仕掛けられた戦争であることは一目瞭然、子供でも分かる。

 今、この生きている世界が、まさしく先人が願った大東亜共栄圏(貿易の自由化圏)だ。 
 

《実録》松井石根大将と蒋介石 頭山満 孫文の大アジア主義 汪兆銘~革命未だ成功せず 満州事変・支那事変 日米戦争を根本的に問い直す-日本は侵略国家ではない
 

アジア独立への道、田中正明、展転社、平成3年・台湾と日本・交流秘話、許国雄監修、展転社、平成8年 「正論」'06/8,9月号 「我は苦難の道を行く・上下」上坂冬子講談社H11.10 「人われを漢奸と呼ぶ」杉森久英文芸春秋H10.6 2. 「大東亜戦争への道」中村粲、展転社、H2.124. 「私の見た中国大陸五十年」小山武夫行政問題研究所S61.8


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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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