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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観2天災坩堝沖縄は共産極致互助絆島凶産と共産は真逆錯覚は済州島惨劇

2天災坩堝沖縄は共産極致互助絆島凶産と共産は真逆錯覚は済州島惨劇

 講和後の日本の安全保障を確保するためアメリカが沖縄を長期占領基地化し、日本は主権を残存させた形で沖縄をアメリカに長期貸与すること――不完全ながらも日米間の対ソ軍事協力という日米安保体制の原像が、沖縄を結節点としてここでは逆に日本側から提示され、その承認が要請されていたと言えようか。日米間の軍事協力と対日講和との連関を、寺崎は、天皇の意見と区別された私見として次のように付加する。

 「そのための手続きに関し寺崎は、(琉球列島内の沖縄を始めとする島々の)“軍事基地権”の獲得が、連合国の対日講和条約の一部としてではなく、アメリカと日本との間の二国間条約によってなされるべきだと考えている。寺崎によれば前者の方法は、強制された講和の色彩を著しく濃くし、(アメリカに対する)日本国民の同情的理解を危うくする恐れがあるからである」

※なぜ「二国間条約」か?共産を凶産と看破の兆しがみえる(前年1946年ケナンの「長文電報」)アメリカとのみの防共作戦とすることで、より早く対処できる。他国は未だに錯誤中そして「貸与(リース)をするという擬制(フイクション)の上になされるべき」は、米国以外の、他国(特に凶産中ソ)の干渉を封ずるものであったと言える。

東京からワシントンへ

 9月20日、シーボルトはこのメッセージをまずメモランダムによってマッカーサーに伝え、さらに二日後、メモランダムの写しを同封した上その要旨をマーシャル長官に送付した。

 「天皇からのメッセージ」が、天皇主導下に出されたものか、寺崎を含む天皇側近たちの主導下に発せられたものなのか、今日断定することは困難である。そのためにはなお日本側資料の公開を待たなければならないだろう。しかし、戦時下より天皇側近たちが戦後日本の「赤化」を極度に恐れ、占領下にあって彼らが外務省要人らとアモルフな政治集団を形成し、その輪を占領軍と政権担当者にまで拡延し、ソ連と共産主義の“脅威”を総司令部当局に説き続けていたこと、しかも当時極東国際軍事裁判所でオーストラリアと共にソ連が、天皇を戦犯として裁くことを要求し続け、天皇戦犯問題になお決着が突いていなかったことは、十分記憶に止めておくべきことかもしれない。

 ――ソ連抜きの片面講和推し進めるべきだと政策企画部の立場を、正当化するものであったし、――しかも、戦略的信託統治方式によらず、潜在主権を残した形で沖縄を租借する方法は、当時沖縄統治にかかる出費に悩む陸軍と国務省首脳にとって、まさに恰好の代案と受け止められた。

 国務長官マーシャルは、――ただちにケナンに回送し、ケナンは、当時作成中の対日講和構想の付属文書(PPS10-1)として、沖縄に関する特別勧告書をしたためる。そしてその中でメッセージの重要性を次のように強調した。

 「政策企画部は、南琉球をアメリカが統治する原則を承認する。政策企画部が注目しているのは、日本国天皇が、アメリカは、沖縄を始め(アメリカ側の)要請する他の島嶼を、日本に主権を残存させた形で、長期――25年から50年ないしそれ以上にわたって軍事占領し続けるべきだという示唆を伝達してきていることである。政策企画部は、この方式を戦略的信託統治の代案として十分検討すべきものと考える」。

 翌48年3月初旬、ケナン訪日と差し違いに国務省は、再度寺崎-シ-ボルトのラインを通じ、アメリカが「ソ連の侵略と、さらに浸透とから守るため」東アジアの防衛前線(デフェンス・ペリメター)を確認し、新に「南朝鮮、日本、琉球、フィリッピン、それに可能なら台湾を、アメリカの(防衛)前線として」確定するよう要請したメッセージを受ける

寺崎メモⅡ」。昭和天皇「最強米軍沖縄駐留」再度の念押しである。前述のように、アメリカは気付いてアチソンラインで応え、狩りまで発展した。「可能なら台湾を」の本意は、「可能なら台湾住民を」で、「蒋介石国民党を」ではない。台湾はアメリカの傀儡蒋介石が占領している。

 ――ケナンは――ソ連共産主義の政治的脅威の持つ軍事的意味についての、具体的イメージを日本に関し手にした。――講和はすぐに結ばれるべきものではなく、少なくとも共産主義への抗体が日本国内に定着するまで延期され、占領軍は駐留を続けるべしとの考えに向かったのである。

 ――対日政策に関する政策企画部の勧告は、48年夏から秋にかけて、軍と大統領、国務省首脳などの同意を得た

 ――後年、この、自らが掉さした片面講和への政策転換と、朝鮮戦争との内的連関を、皮肉にもケナンは次のように回想する。

 「――当時のワシントン政府筋は、――ワシントンの行動と政策がソヴェトの振る舞いに与えるかもしれない影響について鈍感で、理解できない様子であった。条約締結後も日本にアメリカ軍の無期限駐留を行うことを含めて、われわれが日本との間に単独(片面)講和条約を一方的に進めようと決意したことを、他方では、ソヴェトが朝鮮で内乱を起こそうと決意したこととの間に関連があったことを、ワシントンでは私を除いてだれひとり気づいたものはいなかったようであった」。――

 ともあれ、51年9月、サンフランシスコ講和会議で沖縄は、「天皇からのメッセージ」が示唆したように、潜在主権を日本に残した形でアメリカが領有し、軍事基地をおき続けることが認められソ連共産主義の脅威に対処するために、日米安保条約が結ばれた。また千島は、政策企画部の勧告とは違って、日本領土から剥奪されることが規定されたけれども、講和条約26条の形を借り、もし日本が千島に関しソ連に利益を与えた場合、アメリカにもまた同様の利益を与えなければならないという、事実上の対ソ取引禁止条項が加えられた

 それから27年余。沖縄は返還されたが、基地は残った。そして北方領土は、いまだ解決を見ず。日米中アンタンテの中で今日もなお日本外交の最大懸案の一つとなっている。(「世界」1979年4月)

※戦後復職の赤化凶授に洗脳された丸暗記学生が騒いだのが、「安保騒動」である。「空論反対ごっこ」であった。

 当時の日本、ここまで現実的に日本を護るための手段を打てる政治家は、粛清され皆無であった。昭和天皇以外、他に誰もいなかったのである。

 日中戦争と大東亜戦争の血で購(あがな)って得た日本の悲しい教訓で、昭和天皇は苦渋の決断を下した。連合国による、沖縄の主権放棄要求を封ずる唯一の手段でもあったが、昭和天皇孤軍奮闘苦渋の戦いであったといえる。

ネット上の「寺崎メモⅠ」と「シーボルトメモ

1947(昭和22)年20寺崎からのシーボルト聞き書き寺崎メモⅠ」日本語訳全文

マッカサー司令官宛シーボルドの寺崎氏との会談メモ(1947年9月20日)

PDF版2ページ目 http://p.tl/eHNI
「琉球諸島の将来に関する日本の天皇の見解」を主題とする在東京・合衆国対日政治顧問から1947年9月22日付通信第1293号への同封文書

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 連合国最高司令官総司令部外交部

 1947年9月20日

 マッカーサー元帥のための覚え書

天皇顧問、寺崎英成氏が、沖縄の将来に関する天皇の考えを伝えるため、時日を約束して来庁しました。

 寺崎氏は、天皇は、米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を継続するよう望んでいると、言明した。天皇の見解は、そのような占領は、米国の利益となるとともに、日本に防衛力を提供する事にもなる。天皇は、そのような措置は、ロシアの脅威ばかりでなく、占領終結後に、右翼や左翼団体が台頭し、日本に内政干渉するための根拠としてロシアがつけこむような「事件」を引きこすことすら懸念している日本国民にとって、広く賛同を得るだろうと思っている。

 さらに天皇は、沖縄(および必要とされる他の島じま)にたいする米国の軍事占領は、日本の主権を残したままでの長期租借――25年ないし50年あるいはそれ以上――の擬制にもとづくべきであると考えている。天皇によると、このような占領方法は、米国が琉球諸島に対して永続的野心を持たないことを日本国民に納得させ、また、これによる他の諸国、とくにソ連と中国が同様の権利を要求するのを阻止するだろう。

 手続きについては、寺崎氏は、(沖縄および他の琉球諸島の)「軍事基地権」の取得は、連合国の対日平和条約の一部をなすよりも、むしろ、米国と日本の二国間条約によるべきだと、考えていた。寺崎氏によれば、前者の方法は、押しつけられた講和という感じがあまり強すぎて、将来、日本国民の同情的な理解を危うくする可能性があるという。

                       W.J.シーボルト 

1947(昭和22)年22シーボルト自身の感想を書いたシーボルトメモ

国務長官宛てシーボルト二日後の送付文。

(PDF版1ページ目)PDF版 http://p.tl/eHNI
総司令部政治顧問シーボルトから国務長官宛の書簡

 主題:琉球諸島の将来に関する日本の天皇の見解

 国務長官殿 在ワシントン

拝啓

 天皇のアドバイザー、寺崎英成氏が同氏自身の要請で当事務所を訪れたさいの同氏との会話の要旨を内容とする1947年9月20日付けのマッカーサー元帥あての自明の覚え書きのコピーを同封する光栄を有します。 

 米国が沖縄その他の琉球諸島の軍事占領を続けるよう日本の天皇が希望していること、疑いもなく私利(国益)に大きくもとづいている希望が注目されましょう。また天皇は、長期租借による、これら諸島の米国軍事占領の継続をめざしています。その見解によれば、日本国民はそれによって米国に下心がないことを納得し、軍事目的のための米国による占領を歓迎するだろうということです。

 

                             敬具

               合衆国対日政治顧問 代表部顧問

                  W.J.シーボルト                東京 1947年9月22日

 

 この外交文書の機密解除が1979年(沖縄「復帰」後7年目)で、公開が同年4月岩波書店「世界」誌上である。終戦時、既に米軍占領下にあった沖縄が米国統治になったのはやむ得ないとしても、「天皇自らが(命乞いのように)沖縄を売り渡す手紙を書いた(実際は「天皇の密書」が存在するわけではない」のは許せないと息巻く人も出て、自称保守も、天皇自ら「沖縄をアメリカに売り渡す」と信じた者もいた。捏造屋格好の、犯日旗印となった。

 日本本土の国体護持のために沖縄を犠牲にしたとする切り捨て論や、最も分割の危険性が高かった沖縄を、長期貸与の形で回避し、潜在的主権を確保したとする主権確保論(正論)が未だに渦巻いている。

 ネット上には、上述のようにシーボルトの寺崎からの聞き書き文とシーボルト自身の感想文と二つある。進藤栄一著「世界」誌上には、シーボルト自身の感想文など当然不要なので記載は無いが、未だに正論決着しない原因はこの文であろう。

 シーボルト自身の感想文は「 a hope which undoubtedly is largely based upon self-interest、(疑いをはさむ余地なく主としてself-interest から出た要望)」と自身の感想を率直に述べている。「self-interest 」は直訳すれば「我欲・私利・私欲・利己心」で軽蔑を感じるが、広義に意訳すれば、「日本の国益」となり軽蔑は無い。

 いずれにせよ前述のケナンの回想にあるごとく、当時のこの昭和天皇の深慮(凶産熟知しての防共砦化、かつ主権を残存潜在確保しての沖縄死守)は、米国でもケナン以外、まだ誰も気付いていなかったのであるから(日本でも皆無)、シーボルト感想直訳「我欲・私利私欲・利己心」でも、当然と言えるのである。

 

翌年刑死直前“1948(昭和23)年12月22日夜”東條英機最後の遺言

五、現在日本統治の事実的当事者である米国に対し、今後人心を離れしめざることと、赤化せしめざることとを頼む。私は誠意を失して、今度東亜諸民族の協力を得ることが出来なかった(※大東亜共栄圏未完成)。それが敗戦の原因であったと考えている。今後、日本は米国の保護のもとに生存を続けてゆくであろうが、極東の大勢は正に赤化の中にある。終戦3年にして既に然り。今後の変転を憂う。もし日本が赤化の温床ともならば、危険この上なしである。(花山註・この当時、共産軍は揚子江を占領し、上海、南京に戒厳令が布告され、中国共産党勢力は東南アジアに拡大し、全東亜の赤色攻勢のイニシアチブを執ると報ぜられた)――

 今次戦争の指導者たる米英側の指導者は、大きな失敗を犯した。第一は、日本の主とした赤化の防壁を破壊し去ったこと。第二は、満州を赤化の根拠地たらしめたこと。第三は、朝鮮を二分して東亜紛争の因たらしめたことである。米英の指導者は、これを救済する責任を負わなければならぬ。したがって、トルーマン大統領の再選は、この点に関して有り難い。――

 日中戦争起因は中国赤化による中ソ連合阻止で、1947年の昭和天皇は、赤化中ソ連合侵略阻止と沖縄死守に、正に孤軍奮闘した。

 

いずれもが一知半解の数々

【朝日新聞】
 鳩山由紀夫元首相は15日、沖縄県宜野湾市で講演し、米軍普天間飛行場の移設問題で「最低でも県外」と発言したことについて「ご迷惑をおかけしたことは申し訳なく、心からおわびしたい。同僚議員や官僚を説得できなかった不明を恥じる」と陳謝した。

 鳩山氏は「沖縄の皆さんが基地問題に悩まされ続けていることについて(解決策を)少しでも進めたかったが、自分の思いが先に立ちすぎて綿密なスケジュールを立てられなかった」と釈明した。

 ただ、鳩山氏は「他国の軍隊が一国の領土に居続けるのは異常。独立国の姿を取り戻さないといけない」とも述べた。鳩山氏が沖縄県内を訪問するのは、首相辞任後初めて。2012年5月15日

※精神病患者は、自分の病気を、精神病と認識出来得ないから、患者なのだ!好いとこ盗りのつまみ食い、単なる思い付き空論は、現実世界では不可で、落伍者。猫に鈴付け論ではなく、実行するのが政治家。好いとこ盗り拡声器では、政治家失格の亡国奴である!

 在学中の丸暗記知識のみを金科玉条のように崇め奉る、更新力皆無の、カルト話法(明らかに白でも生涯黒と言い続ける)一色に染まった戦後の「言葉と文字界」は、常人に非ずとの自白である。

 東大京大等文系(理系でも実業無き者は同類)は、更新力皆無のカルト話法、表音丸暗記屋芸人の巣窟である。大江健三郎、立花隆、半藤一利、ナベツネ、森永卓郎、秦郁彦、鳩山兄弟、御厨貴、加藤陽子、五百旗頭真、仙谷由人、菅直人、田原総一郎、朝日新聞主筆若宮啓文、小宮山洋子等々、思索回路無き丸暗記屋の一例である。

 輩は識者ではなく、単なる丸暗記芸人にすぎない!輩が常人なら、こんな日本になどは、ならなかった。 日本の戦後の反省は、こんな無責任極まりない輩を信じた事、託した事を反省すべきで、護国戦争ではない!

 「言葉と文字界(人類の敵凶産と同じ情報捏造界)」盲目信仰は、日本のみならず、近代社会における、新たな人類の敵である!

 

仮想と現実の見境回路欠落の嘘垂れ流す言葉と文字界芸人

 専門家気取りで朝鮮の願望史観垂れ流す漫画原作者雁屋哲(かりやてつ、1941年~ )本名、戸塚 哲也(とつか てつや)中国北京市生まれ。終戦後に引き揚げ、東京で育つ。東京大学に入学。大学卒業後、電通に入社。1974年の退社後、フリー。1988年にオーストラリアのシドニーに移住。韓半島や罪日への偏向迎合は異様である。

沖縄を米軍の基地にしたのは――昭和天皇である

「雁屋哲の美味しんぼ日記」2010年5月4日
 ――沖縄を米軍の基地にしたのは誰なのか。それは、昭和天皇である。昭和天皇が「沖縄にずっとアメリカ軍に存在して貰いたい」といったのが始まりではないのか。昭和天皇の沖縄についての発言は、いちいち、私はここで挙げないが,様々な文書で明らかにされている。

 もし、私の言葉に疑いを抱く人がいたら、ちょうど良い機会だ、昭和天皇の言行録を、当たって欲しい。ちょっとした図書館に行って、昭和天皇についての書籍を調べれば、すぐに分かることだ。(その意図があるから、私はわざと、文書をここに引用しないのだ。読者諸姉諸兄が自分の目で、昭和天皇が何を言ったのか読んで欲しい。それで、驚かなかったら、おかしい)

 昭和天皇が、沖縄をアメリカに渡すと言った言葉に従って、その後の政府は忠実にアメリカに沖縄を自由に使うことを許してきた。――雁屋哲

 

 護国軍皆無の敗戦の中、沖縄の主権は確保(潜在主権)し、かつ凶産からの住民保護(委任統治)の一石(長期貸与)二鳥は、当時(昭和23年)の状況下において、禍福を糾った昭和天皇、最良苦渋の決断である。がしかし、最悪の中で最良の決断を下した昭和天皇も、捏造屋が講釈するとこうなるのだ。東大在学中の丸暗記知識金科玉条信仰は、東大カルト凶で、明白な新事実を目前にしても、東大卒信者の信仰は決して揺るがず、白でも黒と言い張り(東大カルト話法、更新皆無!

 

大和朝廷・天皇一族が朝鮮から来た!

雁屋 哲の今日もまた2009-11-16

 ――日本と、朝鮮半島の歴史は、そもそも、大和朝廷・天皇一族が朝鮮から来たところから始まって、二千年以上続いている。

 その途中、秀吉のような誇大妄想狂が朝鮮に攻め入ったり、明治維新以後西欧化以外に自分たちの生きる道を見いだせなかった日本の指導者たちによる朝鮮の植民地化などが現在のKoreansの日本に対する反感・嫌悪を作りだした物だが、実は日本人は、朝鮮・韓国人が好きなのである。

 それは、「冬のソナタ」に始まる韓流の勢いが一番身近だかが、何のことはない、日本の芸能界、スポーツ界、文学界、ではとっくの昔から韓国・朝鮮系の人間が人気スターの座を多く占めてきたのである。

 朝鮮半島から来た天皇を崇拝し、朝鮮・韓国を出自とする芸能人・スポーツ選手にあこがれる、 ――

※根拠皆無の捏造!韓半島南は白村江の戦い(663年)までは日本人海洋民文化圏の一部で日本人。現在の朝鮮人は以後北方民族と混血したので異なる。

朝鮮や罪日の捏造願望史観を垂れ流し日本国民を洗脳する雁屋 哲

美味しんぼ 55巻 第2話 ~韓国と日本~

山岡 「どうして韓国人が嫌いなんですか?」

尾沢 「あの連中、無礼だよ。いつまでも昔の事を根に持って、日本人の顔さえ見れば“謝れ、謝れ”と言う。いったい何回謝れば気がすむんだ?戦後五十年も経つんだぞ!」

山岡 「日本は謝っていませんよ

尾沢 「バカ言え!ちゃんと歴代の首相も謝ってるじゃないか!!」

山岡 「あの首相たちはいずれも国を代表してではなく、私人の立場で謝罪したのです。私人がいくら謝罪しても国が謝罪したことにはなりません。国会決議、あるいは謝罪使節団の派遣、などの方法で国家が謝罪しなければ謝罪にならないのです」――――――

山岡 「…その先祖代々の名を捨てて日本風の名にすることは、朝鮮・韓国人にとって先祖を裏切る大罪であり、死ぬほどの屈辱だった。」

山岡 「福沢諭吉といえば日本では一万円札の顔になっているくらいで、偉人の一人として尊敬されているけれど朝鮮・韓国人には嫌われている。それは「脱亜論」の中で福沢は、「今の朝鮮は日本にとって何の助けにもならぬ遅れた国」であるとし、朝鮮を悪友にたとえ、「我は心に於て亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり」とまで言って、朝鮮を否定したからです。 ――――――

※戦国の世に征服戦争はせず、窮鳥を助けたので、感謝されこそすれ、謝罪などもってのほかである。改名は、朝鮮人からの願いで実現したもので、強制などではない!福沢は事実を述べただけにすぎない。

 

沖縄は、終戦までは共産!戦後は凶産

天災の坩堝沖縄は、古来より共産極致助け合い絆の島、凶産と共産は真逆!錯覚は済州島四・三虐殺の二の舞!

 実技無き善いとこ盗り丸暗記空論者が世にはびこり、整合無きつまみ食い論凶産が戦後日本を席巻した。

沖縄独立論

ネット上にある職責者銭生の、ものの見事な一知半解好いとこ盗り論なので、検証対象にした。

おき縄独立論がつきつけたもの   【「おき縄独立運動」へ 本土から理解と支援を!】⇔この原文より転載が下記

 

投稿者 愚民党日時 2009 年 10 月 26 日 18:26:55: ogcGl0q1DMbp

http://www.ne.jp/asahi/osaka/korishou/jse06.htm
沖縄独立論がつきつけたもの【「沖縄独立運動」へ 本土から理解と支援を!】
http://www.asyura2.com/09/senkyo73/msg/853.html

SEN 853 2009/10/26 18:26:55
投稿者: 愚民党    

http://www.ne.jp/asahi/osaka/korishou/jse06.htm  


沖縄独立論がつきつけたもの

戦後50年、沖縄の基地問題を放置した本土側のえげつなさ

          このことをわれわれはどれくらい認識しているか

 この(1997年)5月15日、沖縄返還25周年を迎えた。しかし、記念行事は何も無い。兵庫県下でも、沖縄県人会は、記念の行事を取りやめた。「祝う気になれない」これが沖­縄県人の率直な気持ちであろう。それどころか、このところ、にわかに「沖縄独立」の主張が勢いを増している。米軍占領下、日本復帰を願う大多数県民の声の中で、­少数意見として存在した「沖縄独立」が、現在、勢いを増しているという。原因ははっきりしている。本土の政府民衆に対するつもり積もった不信感が原因である。

※昭和47(1972)年5月15日沖縄返還

 ヤマトンチュ(本土)への不信がある中でも、米軍統治下では、「日本国憲法が体現する民主主義」への限りない憧れが本土復帰運動をささえた。1952年、平和­条約の発効で本土から切り離された沖縄では、沖縄本島の辺戸岬で、毎年28日、北緯27度線をはさんで28キロ先の対岸の与論島と呼応してかがり火を焚いて、対岸の与論島の火を見て涙を流した経験を持つ。しかし、「憲法のもとに帰る」の願いが実現してから、25年、何も変わらない現実が、沖縄の人たちの深い失望となり­、「沖縄独立」論が勢いを増しつつあるのだ。

 95才になる元コザ市長大山朝常さんの著書「沖縄独立宣言-ヤマトは帰るべき祖国ではなかった」は、今、沖縄で深い関心を持って迎えられているという。

※大山朝常『沖縄独立宣言 ヤマトは帰るべき「祖国」ではなかった』、現代書林、1997年4月。

一読者の至言微妙にして素朴な議論, 2009/8/3より転載

 「正直こうした素朴な反戦平和、琉球王国への手放しの憧憬はどうなんだろうと思う。沖縄戦を体験したが故に、惨禍を知っているが故に、そうなってしまったのかもしれない。それにコザ市長だったなどという点から、非常にコザ市戦後史やライフヒストリーとしては説得力を持つが、政治や社会情勢を考えた時、彼の議論はあまりに理想主義的であり更に明確でない。そして、『誰も書かなかった沖縄』の著者の指摘するような沖縄内部の退廃や、努力せず自堕落な生き方(と言ったら言い過ぎだし、勿論翻弄されたが故の結果なのかもしれないし、弁護しようとすればいくらでも出来るが)などの視点はすっぽり抜け落ちただただ沖縄は無垢な被害者で知りもしないのに「反戦平和で武器も外国支配もなかった琉球王国」というエルドラドを作り上げてそうした琉球王国へ回帰しようと言う。それはあまりに空論過ぎるのではないか」。3につづく⇒

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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