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真実史観中国からの日本帰化人石平の諫言とアメリカ人になるための帰化儀式

5中国からの日本帰化人石平の諫言とアメリカ人になるための帰化儀式

「国家意識」の欠如こそ日本の最大の病巣転載
「月刊日本」2008年2月後号 石平

 私事ではたいへん恐縮だが、私は去年の年末に日本国籍に帰化して、晴れ晴れ、日本国民の一員となった。来日して19年年間、日本民族と日本文化の素晴らしさに傾倒してきた私にとって、それは当然の心の帰趨であり、18年前の「天安門事件」で現在の中華人民共和国に精神的決別告げて以来、自分自身のアイデンティティの持ち方に悩み続けてきたすえの結論でもある。

 そして年明けてからの一月三日、関西在住の私はまず、伊勢神宮を参拝しに行った。来日してから三度目のお伊勢参りとなったのだが、今回はやはり特別な思いである。五十鈴川の水で心身を清め、聖なる御正宮の前で姿勢を正し、天照大御神に向かって日本民族への帰属を報告することは、自分にとっての大事な通過儀礼であり、人生一度の心の決着のつけ方である。帰化してからすぐ、伊勢神宮参拝を思い立ったのは、実はもう一つの理由があった。それは、帰化手続きの最初から最後まで、私は一度も、日本国民の一員となることの意味、あるいは日本国民の一員となったことの意味を、当の日本国から問われなかったからである。

 法務局へと帰化申請に行ったとき、そこで聞かれたのは在日年数がどれくらいか、安定した収入があるのか、そして犯罪歴などの「前科」がないのかの三つである。つまり、在日年数が5年以上で、日本で安定した収入があり、「前科」のない者であれば、それで日本国籍への帰化を申請できるのである。しかし、「お前はどうして日本人になりたいのか」、「お前は日本が好きなのか」、「お前は日本の皇室や伝統文化をどう思うか」といった、日本国が一外国人帰化申請者にたいしてまず聞かなければならない大事な質問はいっせい出なかった。この外国人が日本のことをどう思っても別にどうでも良い、と思われるような対応ぶりである。

 帰化申請中には一度の面接があった。今度こそ、色々と聞かれるかなと思って面接に行ったら、またもや拍子抜けの場面となった。面接で念を押してチェックされたのは、提出した申請書類の信ぴょう性や中国国内の親族関係の詳細などであったが、「日本」については、やはり何も聞かれなかった。「お前は日本国民の一員となったら、日本を守る決意があるのか」というような「際どい」質問はもとより、「お前は日本国民だったら日本の国益に準じて行動する用意があるのか」、「お前は日本国民の一員として皇室を尊敬する気持ちがあるのか」といった、至極当たり前のことまでいっさい問われずにして、 肝心の面接が終わってしまった。

 あたかも、日本の国益にまったく無関心な人でも、日本の皇室を何とも思っていない人でも、あるいは本来は日本のことが大嫌いな人でも、「日本国民になりたければどうぞ!」、と言わんばかりの不可思議な「帰化面接」である。そして数が月後、法務局から「帰化申請が許可されたので窓口に来てください」との連絡があった。その時、自分は一体どれほどの嬉しい気持ちで法務局へ飛んでいったかが言うまでもないが、法務局での体験は、またもや衝撃的なものであった。職員の方に一室に案内されて、「帰化申請許可」の関連書類を示されてから、市役所への届けや本籍のつくり方など、帰化後の諸手続きにかんする一通りの説明が終わると、職員はすぐ、席を立とうした。「手続きはそれでもう終わりましたのか」と念を押して聞くと、「はい、終わりましたよ」という淡々とした答えであった。

 確かに、それですべてが終わり、私はこの瞬間から、一中国人から日本国民になった。しかし、しかし、何か大事なことが欠けているのではないか。君の代もなければ日の丸もなく、日本国への忠誠を誓うような儀式もなかった紙一枚の誓約書や宣誓書すら要らない。ただの数分間の事務的な「手続き説明」で、一人の「日本人」は誕生したわけである。あまりにもの意外さに驚いたのは、当事者の私である。日本国籍をもつことの意味、日本国民になることの意味は、それほど軽いものなのかそれほど軽く取り扱っていいのか。それでは、一人の外国人が、日本という国に対して何の敬意も愛情も持つことなく、いっさいの義務を負うこともなく、おまけに何の感激も自覚も伴うことなく、軽々の気持ちで楽々と日本人となれるのだ。

 このような形での国籍帰化は、ある国家への新たな帰属というよりも、あたかも、どこかの消費組合かクレジットカードに一度加入したかのような感じではないのだろうか。日本という国家の重みと体裁、国家としての尊厳あるいは品格は、一体どこにあるのか。

 少なくとも、日本国当局の、日本国籍にたいするこのような粗末な取り扱いからすれば、日本国の国家としての体面と体裁は、まさに無きもの同然である。日本国の官庁と日本国の法律自体は、日本を大事な国家であるとはまったく思っていないようだ。この日本には、国籍審査担当の官庁部門があっても、その上の法務局や法務省があっても、あるいは国籍管理にかんする一連の法律があっても、それらの官僚組織と法令に貫かれるべきところの、肝心な「国家」という意識が、完全に欠けているのである。

 勿論それは、単なる法務局の問題でもなければ単なる国籍関連法令の問題ではない。現在の日本に一番欠如しているのは、まさに「日本は一つの国家であり、この国家の尊厳と国益を守るべきだ」というところの国家意識ではないのだろうか。世界中のどこの国にとってもそれは一番大事なものであるが、この日本 だけは、国の憲法から首相の所信演説まで、永田町界隈から隣の霞が関まで、大新聞の紙面から中学校の教科書まで、提灯を下げて探していても、「国家意識」というものはなかなか見つからないのである。

 日本国の憲法は今でも、自国の存続と安全を「他国民の善意」に任せよう、と訴えているのではないか。赤の「他国民」に日本に対する「善意」が果してあるのかは別として、国の存続と安全を他人の手に譲るような「国家」はもはや国家ではないのは自明のことだ。日本の国家としての存立を否定しているのは、まさに日本国憲法そのものではないのか。

 この「平和憲法」の第九条を、あたかも金科玉条であるかのように守ろうとする「進歩的な知識人」もまた大勢いるようだ。国の安全と平和を守っているのは、けっして一枚の紙に書かれている「平和」の二文字ではないことは、おそらく小学生でもわかるような簡単な道理だ。彼らは一体、何を守ろうとしている のか。おらそく、彼にとって一番大事なのは自分たちの時代遅れのイデオロギーであって、けっして日本という国家ではない。いや、むしろ、日本国家にたいする拒否こそは、日本に住む彼らの存在意味となっているのではないか。

 その一方、この憲法九条のおかげで、日本国の安全と平和を守ることを任務とする自衛隊は、今でも、国防軍としての地位と名誉を与えられていないままである。それだけでも、日本という国家のずさんさを象徴しているような異常事態であるが、さらに酷いことに、日本各地の自治体で、自分たちの住む地域に自衛隊の人員も装備もいっさい入れないという「無防備地域宣言運動」が盛んに推進されているようだ。自国の軍隊を自国の国土の中で配置するのを妨害しょうとする運動が堂々と展開されているような馬鹿なことは、この日本以外には、一体どこの国にあるのだろうか

 国家意識の欠如は、一部の左翼やプロ市民たちに限られることではない。日本の国政を背負っているはずの与野党の多くの政治家たちも同様である。去年の12月13日、中国の南京で「南京大虐殺記念館」が新装開店した。「犠牲者30万人」という、朝日新聞でさえ認めないようなあからさまな嘘を継続している一方、日本軍の「残虐性」を強調するような展示物や資料を大幅に増やしたのである。それは明らかに、日本民族を「殺人者」として永遠に断罪していくための悪意のプロダパンダであり、日本国家の名誉に対する恣意な毀損である。

 しかし、その直後に北京を訪れた民主党国会議員の訪中団は、日本国の名誉を守るためにいったい何をやったのかといえば、勿論何もやってくれなかった。そしてその次に訪中した日本国の総理大臣は、日本国の名誉のために一言でも弁明したのかといえば、勿論一言もなかった。日本国民の代表者としてのセンセイたちや日本国の指導者たちは、日本という国の名誉がひどく損なわれたことを、あたかも他人事であるかのようなすました顔して、当の名誉毀損人である中国の北京政府との「友好」を深めて帰ってきたわけである。それでも、日本の政治家たちの心の中には、「国家」というものがあると言えるのか

 今の日本国総理大臣は就任した早々、「相手の嫌がることはあえてやるのか」のようなセリフを吐いて、「靖国参拝はしない」との意思表明を行った。つまり彼にとって、日本国の首相としてお国のために命を捧げる人々に敬意を表するという大事な責務よりも、どこかの相手国の人々が嫌がるかどうかの方が気掛かりのようである。

 このような意思表明のセリフの裏返しでいえばすなわち、「相手国にさえ喜んでもらえば、日本国の英霊たちの気持ちや日本国の気概はどうでも良い」、ということになるのではないだろうか。実際、この総理大臣の訪中において、日本の国益にかかわる重大事項の東シナ海ガス田開発問題をめぐって、両国の協議に何の実質上の進展も見られなかった。にもかかわらず、日本国総理大臣としての彼は、そのことを棚上げにしていても、中国側との「友好推進」に情熱を燃やしているのである。「友好は第一 、国益はその次」という、日本の政治家ならではの、信じられないほどの国益感覚がそこから読み取られるのではないだろうか。

 日本の対中外交は、ずっと前から「弱腰外交」や「媚中外交」と言われているが、そうなったことの原因の一つはやはり、日本の政治家や官僚たちにおける国家意識の欠如ではないのかと、私がつくづくと思う。要するに、守るべきところの国家の尊厳にたいする自覚は最初から希薄なものだから、あるいは守るべきところの国益は最初から念頭にないものだから、相手と真剣勝負するような姿勢も、相手の機嫌を損なっても自らの立場を主張するような気概も、外交から生まれてこないのである。

 対中外交に限らずにして、日本には全体的な国家戦略がない、外交戦略を持ち合わせていないことが指摘されて久しい。この根源もやはり、日本全体における国家意識の欠如にあるのではないかと思う。「国家」のないところで、どうして「国家戦略」たるものがあるのだろうか。「国家意識」の徹底的な欠如こそ、日本にとっての最大の病巣ではないのか。

 そういう意味では、日本国は帰化しょうとする外国人に対して、日本へ尊敬や愛着をいっさい問わないのも、日本の尊厳と国益にたいする自覚や義務をいっさい求めないのも、妙に「納得」のいくことである。要するに、多くの日本人自身も、多くの政治家や官僚や国民自身も、別に日本を愛していないから、別に日本の国益を大事にしているわけではないから、あえて外国からの新参者にそれを求める気はないのである。しかし、そのままでは良いのだろうか。日本という国を取り込む国際情勢がますます厳しくなっていく中、台湾海峡を挟んでのアジア情勢が激動の時代を迎えていく中、私の出身国である中国は軍備の拡大に余念がなくますます覇権主義的な姿勢を強めてきている中、「国家」の持たない日本民族は、果して今までのように平和と安全を享受できるのだろうか、「国家意識」の欠如のままの日本国は、はたして時代の波を乗り越えて生き延びることができるのだろうか

 これらの設問にたいして「NO」と答えるのは当然の結論であろう。しかし、日本と日本国民は、戦後以来放棄したままの大事な国家意識、民族としての大事な魂というものを一体どう取り戻したら良いのか。日本国民としての一新参者の私も、皆さまとともに真剣に考えていきたいものである。

 

産経新聞2012/09/13尖閣諸島だけではない! 中国の「沖縄工作」の狙い【石平のChina Watch】

 

アメリカ人になるための帰化儀式

NHK 21世紀は警告する〈1〉祖国喪失・国家が“破産”するとき (新コンパクトシリーズ)」NHK取材班日本放送出版協会―抜粋

 ――アメリカ社会は、人種のるつぼとよく言われる。建国の当初から移民の国であったアメリカは、訪れる人々にとって門戸の広い寛容な国であると言われる。確かに、年間100万人を越す移民・難民を受け容れ続けているアメリカは「自由な国」の名がふさわしい。

  しかし、本来「国家」とはそれほど寛容になれるものなのかどうか。市民権・国籍を得るのに最低七年の歳月と、いくつもの厳しい審査をくぐらなければならないのも、アメリカのもうひとつの現実である。私たちは、ニュージャージー州カムデンの街の法廷で国籍取得の儀式を取材する許可を得た。国籍の蕃奪は司法省移民局で行なわれる。しかし、最後の、そしてもっとも重要な手続きは法廷で星条旗への忠議を誓うことであった

 その日、カムデン連邦地方裁判所の大法廷には、35か国から来た約80人の人々が席を埋めつくしていた。いずれも何年にもわたる厳しい審査をうけてきた人々である。黒い法衣をまとった裁判長が入廷し、木槌の音を合図に全員が起立し、いっせいに胸に手を当てる。それは、あらかじめ司法省係官から指示された行動であった。向かいあう判事席のかたわらには、大きな星条旗が飾られ、その鮮やかな色彩が地味な法廷にひときわ目を引いていた。

 やがて、女性の係官が短く区切りながら宣誓文を譲みあげ、出席者がそれをリフレインしていく。「私は、今日ここに誓いますこれまで属していた国への忠誠をすべて放棄することを、そしてこのアメリカ合衆国に、あらゆる忠誠と忠節を尽くすことを−−。アメリカの法と秩序を守り、必要とあればアメリカのため、武器をもって戦うことを――」 わずかニ分ほどの宣誓文であった。そしてこの瞬間彼らは法的に「アメリカ人」となった。 

 裁判長からの祝辞である。「おめでとう。私は、皆さんを仲間のひとりとして心から歓迎します。今皆さんは、以前住んでいた国への忠誠を放棄すると誓いました。そして、このアメリカへの忠誠を誓いましたね。この誓いは厳粛なものです。皆さんは、以前いた国では、けっして幸せではなかったかもしれません。しかし国家への忠誠を怠れば、このアメリカでも同じなのだということを忘れてはいけません――」 じっと聞きいるさまざまな皮膚や髪の色をした人々。それぞれにある事情から国を棄て、あるいは国を失い、アメリカに帰属を求めて来た人々にとって、法廷で星条旗への忠誠を誓うというこのセレモニーは、いわば踏み絵にも似た儀式であった。

 国家への帰属、国籍とはいったい何か。リトアニア領事館の取材で、長い歳月をへてもなお祖国との絹を断ち切れないでいる人々の心を見てきた私たちは、複雑な気持で法廷でのやりとりに立ち合う羽目になった。――

※凶産防衛手段として、国籍取得資格はアメリカと同等にし、誓約条項違反者は国籍剥奪し強制送還。在日韓国・朝鮮人から日本に帰化する者の数は、95年に一万人を超えたのを皮切りに年間で毎年9000 ~ 11000人に上っている。帰化を許可された者は国籍法第10条に基づき、『官報』に帰化前の名前・住所・生年月日が公示される。「ザル帰化法」なので、公職者のチエックは、必要不可欠

 自民党、保守、右翼、愛国者。「ザル帰化法」を67年間もほったらかしにし、ニセ日本人を量産。「陛下・君が代・日の丸・靖国参拝」を飾りにする、不敬の輩だ!終章につづく

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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