QLOOKアクセス解析

真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
2017 04123456789101112131415161718192021222324252627282930312017 06

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

真実史観明の上奏文「尖閣は琉球」明記凶産中国台湾馬英九捏造主張崩壊

2明の上奏文「尖閣は琉球」明記凶産中国台湾馬英九捏造主張崩壊

 産経新聞2012/07/17明の上奏文「尖閣は琉球」明記 中国主張崩壊
 尖閣の帰属に関しては1895(明治28)年に日本が正式に領有した後の1920(大正9)年、魚釣島に漂着した中国漁民を助けてもらったとして中華民国駐長崎領事が石垣の人々に贈った「感謝状」に「日本帝国八重山郡尖閣列島」と明記されていたことが明らかになっている。明代にも琉球側と記していた中国史料の存在が明らかになるのは初めて。

 上奏文が収められていたのは、郭が書いた文書を集めた『石泉山房文集』。このうち、帰国後に琉球への航海中の模様を上奏した文のなかで「行きて閏(うるう)五月初三日に至り、琉球の境に渉(わた)る。界地は赤嶼(せきしょ)(大正島)名づけらる」と記していた。現在の中国は大正島を「赤尾嶼(せきびしょ)」と呼んでいる。

 石井准教授によると「渉る」は入る、「界地」は境界の意味で、「分析すると、赤嶼そのものが琉球人の命名した境界で、明の皇帝の使節団がそれを正式に認めていたことになる」と指摘している。

記事本文の続き 石井准教授の調査ではこのほか、1683年に派遣された清の琉球使節、汪楫(おうしゅう)が道中を詠んだ漢詩で「東沙山(とうささん)を過ぐればこれ閩山(びんざん)の尽くるところなり」《現在の台湾・馬祖島(ばそとう)を過ぎれば福建省が尽きる》と中国は大陸から約15キロしか離れていない島までとの認識を示していたことも分かった。

 その後に勅命編纂(へんさん)された清の地理書『大清一統志(だいしんいっとうし)』も台湾の北東端を「鶏籠城(けいろうじょう)(現在の基隆(きりゅう)市)」と定めていたことが、すでに下條正男・拓殖大教授の調べで明らかになっている。

 中国は尖閣周辺の石油資源などが明らかになった1970年ごろから領有権を主張し始め、71年12月の外務省声明で「釣魚島などの島嶼(尖閣諸島)は昔から中国の領土。早くも明代にこれらの島嶼はすでに中国の海上防衛区域の中に含まれており、それは琉球(沖縄)に属するものではなく台湾の付属島嶼だった」と根拠づけていた。

 石井准教授は「中国が尖閣を領有していたとする史料がどこにもないことは判明していたが、さらに少なくとも大正島を琉球だと認識した史料もあったことが分かり、中国の主張に歴史的根拠がないことがいっそう明白になった」と指摘している。

関連記事
「日本は沖縄から退け」中国軍少将
【主張】尖閣の守り 巡視船の増強を急…

 

産経新聞2012/08/12尖閣諸島の領有権 中国と台湾の主張、破綻明らか

 尖閣諸島(沖縄県石垣市)をめぐっては、日本固有の領土であるにもかかわらず、中国や台湾が領有権を主張し、周辺海域では領海侵犯が繰り返されている。平成22年9月の中国漁船衝突事件では、中国人船長の逮捕、起訴をめぐり、日中間の外交問題に発展した。日本の主権を明確にするため、東京都の石原慎太郎知事は今年4月、尖閣諸島を購入する意向を表明、政府も国有化に動き出した。尖閣諸島の歴史や日本の立場と中国、台湾の主張を検証し、今後を展望する。

 中国と台湾は尖閣諸島の領有権を主張している。しかし、それは1968(昭和43)年に日本、中華民国、韓国の海洋専門家が国連アジア極東経済委員会の協力のもと、尖閣諸島付近を含む東シナ海の海底調査を行った結果、石油資源が埋蔵されている可能性が指摘されてからのことだ。

 日本政府は、それ以前に中台が尖閣諸島の領有を考えていなかったことは「サンフランシスコ講和条約第3条に基づき、米国の施政下に置かれた地域に尖閣諸島が含まれている事実に、異議を唱えなかったことからも明らか」としている。

 ■明代から「琉球」明記

 中国は領有権を主張する歴史的根拠として(1)明代の歴史文献に釣魚島(魚釣島)が登場しており、琉球国には属しておらず、中国の領土だった(2)1895年の日本政府による領土編入は日清戦争の終結を待たずに行われた不法占拠だ(3)サンフランシスコ講和条約で米国の施政下に置かれたのは米国による不法占拠で、それを沖縄返還協定によって日本に与えたーの3点を挙げている。

記事本文の続き しかし、「明代から領土」とする中国の主張は、石井望・長崎純心大准教授の調査で、明から1561年に琉球へ派遣された使節、郭(かく)汝(じょ)霖(りん)が皇帝に提出した上奏文に、尖閣諸島の大正島が「琉球」と明記されていたことが判明、大きく崩れた。

 さらに、日本の領土編入後も、1920年に中華民国駐長崎領事が魚釣島に漂流した中国漁民を助けてもらったとして石垣の人々に送った「感謝状」に「日本帝国八重山郡尖閣列島」と明記されていることや、1933年発行の「中華民国新地図」で尖閣諸島が日本に属すると扱われていることなどから、日本政府は「中国の歴史的根拠は有効ではない」としている。

 また、中国は国際法の観点から(1)日本は尖閣諸島を「無主地」として「先占」したとしているが、釣魚列島は明代から「無主地」ではなく統治権が確立されていた(2)「ポツダム宣言」は日本が略取した中国のあらゆる領土の放棄を意味しており、台湾に所属する釣魚島も含まれる(3)サンフランシスコ講和条約は中国を排除した条約で、当時の周恩来外交部長は「法的根拠がなく無効」と言明しているーことなどを挙げている。

 ■台湾は「棚上げ」提案

 一方、台湾も中国と同様、歴史的に明代から中国の領土だったと主張。さらに(1)地理、地質的に台湾と連なっている(2)台湾は周辺水域で漁業を行い、釣魚列島の利用も自然的、日常的に行われている(3)国際法上は日本の「先占」は「無主地」ではないから成立せず、戦争の勝利に乗じた不法占拠であって、第二次世界大戦後の「ポツダム宣言」や「日華平和条約」からいって台湾の領土に復帰されるべきだーとしている。

 こうした中国と台湾の主張について、日本政府は「歴史的、地理的、地質的根拠として挙げている諸点は、いずれも尖閣諸島の領有権の主張を裏付けるに足る国際法上有効な論拠とは言えない」との見解だ。

 中国の主張は現在も変わらないが、台湾の姿勢には変化が生じている。馬英九総統は今月5日の式典で「東シナ海平和イニシアチブ」を提起。尖閣諸島をめぐる紛争については「主権はわが国にある」としながらも「争議は棚上げし、平和的な手段で解決して資源を共同開発するためのメカニズムを構築する」ことを提案した。もちろん、日本はこの主張も「受け入れられない」との立場だ。

 ちなみに米国は「尖閣諸島には日米安保条約第5条が適用される」として日本の立場を支持しているが、中国や台湾との紛争には関与しない姿勢をとっている。

 

2012.8.15.香港の民間反日団体「保釣行動委員会」尖閣上陸

2011/01/02「世界華人保釣連盟」発足

 尖閣諸島の領有権を主張する香港の民間反日団体「保釣行動委員会」(陳妙徳会長)は2日、記者会見し、世界各地の華人(帰化人)系民間団体の連携(中国本土、香港、台湾、マカオ、米国、カナダ)による、沖縄県・尖閣諸島(中国名・釣魚島)の領有権を主張する団体、「世界華人保釣連盟」が発足したと発表した。本部は香港に置き、会長は台湾の「中華保釣協会」の黄錫麟秘書長が務める。メンバーの人数などは明らかにしていない。2012.8.15.尖閣上陸「保釣行動委員会」は下部組織で、釣魚島問題のほか、従軍慰安婦、731部隊、南京大虐殺、香港占領など第二次世界大戦の歴史問題にも関わっている。これらの活動に対し中国政府および台湾政府は黙認するばかりか、領有権主張の国家の意思と一致することから事実上支持している。

 保釣運動(ほちょううんどう)の「釣」とは、日本呼称尖閣諸島魚釣島、中国呼称「釣魚島」の、「釣」がゆえん。

民間と自称だが、凶産中国の別働隊なのは、見え見えである

 

「愛国無罪」扇動の凶産中国「幹部」の正体裸官=漢奸(売国奴)」

産経新聞2012/09/04
【正論】中国現代史研究家・鳥居民 尖閣上陸は「裸官」への目眩まし

 中国が尖閣諸島でごたごたを起こした。この騒ぎによって、過去のことになってしまった出来事がある。それは、中国共産党首脳部が自国民に一時(いっとき)でもいいから忘れてもらいたい問題である。

 ≪薄煕来氏夫人への判決の直前≫

 尖閣諸島に香港在住の活動家の一隊が上陸したのは8月15日だった。続いてどのようなことが日本で起き、さらに中国で起きるのかは、2004年3月にその島に上陸した「七勇士」、さらには10年9月に巡視船に体当たりした中国漁船の先例があることから、その時、北戴河に集まっていた中国共産党の最高幹部たちは、はっきり読み取ることができた。

 さて、渤海湾深部のこの避暑地にいた彼らが国民の関心をそらしたかったのは何からであろう。

 実は、尖閣諸島上陸の騒ぎが起きた直後、薄煕来氏の夫人に対する判決公判があった。初公判は8月9日に開かれ、「いかなる判決も受け入れる」と彼女は言って即日、結審し、10日ほど後の8月20日に判決が言い渡される素早さだった。単純な殺人事件として片付けられて、彼女は死刑を宣告された。後で有期刑に減刑されて、7年後には病気治療という名目で出所となるかもしれない。

 今年1月に戻る。広東省の党の公式会議で、「配偶者や子女が海外に居住している党幹部は原則として、党組織のトップ、重要なポストに就任できないと決めた

 党、政府の高い地位にいて家族を海外に送っている者を、「裸官」と呼ぶ。中国国内での流行語であり、家族とともに財産を海外に移している権貴階級に対する批判の言葉である。

 ≪年収の数万倍もの在外資産

 この秋には、政治局常務委員になると予測されている広東省の汪洋党委書記が「裸官」を許さないと大見えを切ったのは、今にして思えば、汪氏の政敵、重慶の薄煕来党委書記に向けた先制攻撃だったのであろう。そして薄氏が3月に失脚してしまった後の4月になったら、薄夫妻の蓄財や資産の海外移転、米国に留学している息子や前妻の息子たちの行状までが連日のようにネットに載り、民営紙に報じられるようになった。

 薄氏の年間の正規の所得は20万元ほどだった。米ドルに換算すればわずか2万8千ドルにすぎない。ところが、薄夫妻は数十億ドルの資産を海外に持ち、夫人は他の姉妹とともに香港、そして、英領バージン諸島に1億2千万ドルの資産を持つというのだ。夫人はシンガポール国籍を持っていることまでが明らかにされている。

 薄夫妻がしてきたことの暴露が続く同じ4月のこと、今秋には最高指導者になると決まっている習近平氏が党の上級幹部を集めた会議で演説し、子女を海外に移住させ、二重国籍を持たせている「裸官」を批判し、中国は「亡党亡国」の危機にあると警告した。

 党首脳陣の本音はといえば、痛し痒(かゆ)しであったに違いない。実のところは、夫人の殺人事件だけを取り上げたかった。だが、そんなことをしたら、これは政治陰謀だ、党中央は経済格差の問題に真剣に取り組んできた薄党委書記が目障りなのだ、そこで荒唐無稽な殺人事件をでっち上げたのだ、と党首脳たちに対する非難、攻撃が続くのは必定だからだ。

 こうして、薄夫妻が行ってきたことを明らかにしたうえで、汪洋氏や習近平氏は「裸官」批判もしたのである。

 だが、最初に書いた通り、裁判は夫人の殺人事件だけで終わった。当然だった。殺人事件の犯人はともかく、「裸官」は薄氏だけではないからだ。汪洋氏の広東省では、「裸官」を重要ポストに就かせないと決めたと前述したが、そんなことは実際にはできるわけがない

 ≪中央委員9割の親族が海外に

 中国共産党の中央委員を見れば分かる。この秋の党大会でメンバーは入れ替わることになろうが、中央委員は現在、204人を数える。国と地方の党・政府機関、国有企業、軍の幹部たちである。彼らは選出されたという形を取っているが、党大会の代表が選んだのではない。政治局常務委員、政治局員が選抜したのだ。

 香港で刊行されている月刊誌、「動向」の5月号が明らかにした政府関係機関の調査によれば、この204人の中央委員のうち実に92%、187人の直系親族、総計629人が米国、カナダ、オーストラリア、欧州に居住し、中にはその国の国籍を取得している者もいるのだという。ニューヨークや米東海岸の諸州、そしてロンドンで高級住宅を扱う不動産業者の最大の顧客はここ数年、圧倒的に中国人であり、現金一括払いの最上得意となっている。党の最高幹部たちが自国民の目を一時でも眩(くら)ましたいのは、こうした事実からである。だからこそ、夫人の判決公判に先立って、尖閣上陸は必要不可欠となったのである。

 ところで、中国の権貴階級の人々がどうして海外に資産を移し、親族を米英両国に移住させるのかは、別に取り上げなければならない問題である。(とりい たみ)

関連記事
尖閣上陸は「日本政府への反撃」
反日、反中、民主化…尖閣上陸はデモの…
※孫文後継者筆頭、中国国民からは漢奸(売国奴)と呼ばれし汪兆銘(あざなは精衛)と妻の陳璧君の唯心とは、余りにも異なる!輩は、正真正銘の唯物漢奸

 

産経新聞2012/08/25「尖閣諸島は日本領土」広東の企業幹部が人民日報記事など証拠挙げ、賛同広がる

 【上海=河崎真澄】中国広東省の民間企業幹部が24日、中国版ツイッター「微博」で「1949年から71年まで中国政府は釣魚島(尖閣諸島)を日本の領土と認めていた」と異例の発言をした。日本領有を示す53年1月の中国共産党機関紙、人民日報の記事や、複数の公式地図など根拠を挙げている。微博では中国国内からの感情的な反論に加え、「知識のない大衆が中国共産党に踊らされたことが分かった」などと賛同する見方も広がっている。

 発言をしたのは同省広州の電子サービス企業、広東捷盈電子科技の取締役会副主席との肩書を持つ女性の林凡氏。林氏は微博の運営会社、新浪微博から「実名」の認証を受けており、10万人以上の読者をもつ。

 林氏の資料によると、人民日報は53年1月8日付の紙面に掲載した記事で「琉球群島(沖縄)は台湾の東北に点在し、尖閣諸島や先島諸島、沖縄諸島など7組の島嶼からなる」と表記していた。中国当局が監修した53年、58年、60年、67年に発行した地図の画像も示したが、その多くが「尖閣群島」「魚釣島」などと表記。日中境界線も明らかに日本領土を示している。

 林氏は冷静に証拠を積み重ねた上で「中国政府はこれでも釣魚島はわれわれの領土だといえるのか」と疑問を投げかけた。中国国内からの反応には、「資料をみて(尖閣諸島が)日本領だったことが明白に分かった」「(当局に)タダで使われて反日デモを行う連中には困る」などと、林氏支持の発言が出ている。

『暗黒大陸中国の真実』は当時の常識。職責者「言葉と文字界」の堕落で、スパイだらけのこんな日本に成ったのだ。

ラルフ・タウンゼントの啓示は人類への遺産職責者必読の書

 中国は1933年3月以前の「支那」と全く同じ、79年経ても変わっていない。中国の真実タウンゼントが暴く東大女凶授NHKスパイ等が隠蔽中朝韓 以降参照。

 1933年3月ルーズベルト政権発足し、11月にソビエト承認。『暗黒大陸中国の真実』ラルフ・タウンゼント著。初版はこの激動の年、1933年で、その復刻が1997年にアメリカで出版された。田中秀雄・先田賢紀智共訳芙蓉書房出版2004.7。続編『アメリカはアジアに介入するな!』芙蓉書房出版2005.7.15。

唯物には唯物が一番・唯物に唯心は助長扇動(鴨ネギ鳩山)で、戦争となるだけ

 『暗黒大陸中国の真実』ラルフ・タウンゼント1933年(1900~1975・1931年米国上海副領事。その後福建省の副領事となり、1933年始めに帰国し辞職、同年に出版)。田中秀雄・先田賢紀智共訳芙蓉書房出版2004.7。より抜粋。

前掲 202p食うために兵隊になるから命を懸けて戦わない

 ――最後まで戦うことはまずない。戦闘参加人数に対して戦死者は驚くほど少ない。――兵士には敢闘精神がない。日本人や欧米人とは違って、「闘争心」や「何が何でも勝利を」という気迫がない。相手を倒そうという目的が全くない。所詮、食うためにたまたま軍隊に入ったのだから、弾に当たって命を落としたら元も子もない。

 両軍ただ睨み合うだけである。――本隊は相手が自陣に攻め込まない限り、数ヶ月ものらりくらりして、本格的攻撃はしない。こういうときに活躍するのが「友好の鳩」と言われる者である。両軍を行き来し、いわば示談金の額を引き下げる。当然ながら自分の懐に入れる額は上乗せしている。――場合によっては、鳩が三羽も四羽も飛んで、話を伝えるから、これぞ正しく「伝書鳩」である。

 ――圧倒的優位とわかっても「突撃!」とはならない。「負ける可能性もある」と考えるからである。戦って何もかも失うよりはカネで解決しようというのである。たまに突撃命令を出し実際の戦闘に及ぶ者がいる。こうなってはたまらない。「来る」という噂を聞いただけで、一目散に逃げるのが中国流の戦である。

260pペテン師たちの排外運動

 中国人は世界に冠たる詐欺師、ペテン師である。アメリカ人に略奪から人殺しまで何でもしながら、責任逃れだけは上手である。国全体が乱れていようが構わない。しかし、無政府状態で国が乱れていようとも、権力を握っている軍、役人に何かする気があればできるはずである。しかし、自主独立の気概のない国の常で、問題が頻発すると、権力者は外国に責任転嫁するばかりである。「食料を強奪する帝国主義国打倒に全力を尽くせ」と、来る日もくる日も張り紙をし、ビラを撒いて扇動しているのは、何を隠そう中国政府自身である。そして暴動が起こると、「当局には一切責任ございません」とするのを茶番といわず何と言おうか。

 張学良は満州を反日一色に染めたが、その結果には「知らぬ、存ぜぬ」の一点張り。すべてが張学良の差し金かどうかはわからない。が、こういう事態になった原因は張学良にあると、外国人はみている。父の張作霖はこうまではしなかった。

 1927年から31年、国民党政府は相変わらず反日運動を推進していた。日本からの借金を返す義務はないと公言したかと思うと、学校の教科書に反日プロパガンダを刷り込み、「大嫌いな日本」という歌まで作り、授業で毎日歌わせた。それから1931年と32年の国際会議で、「中国人は昔も今もすべての国と誠心誠意お付き合いをしてきたのであります。しかるに敵は、言われなき罪をかぶせ、弱みに付け込んでいるのでございます」と訴えた。

 ところが、日本には証拠がある。学校や過激な組織で繰り広げられている反日プロパガンダの証拠である。これは英米人の手で翻訳され中国各地の領事館に保存されている。張学良の満州の反日運動歌を紹介しよう。

 お前を叩きのめしてやる

 鉄砲を投げ捨ててやる

 大砲を破壊してやる

 残忍な支配権を踏み倒してやる

 一致団結(以下同趣旨)

 借金は踏み倒す

 銀行はぶっ潰す

 打倒だ 打倒だ

 お前の経済力はすでに地に落ちた

 そして奇妙なことに、20数万の張学良の私兵は野放図な自信を持つようになった。多分当時の中国では最強であったろう。満州は中国本国に比べて一人当たりの財力は上回り、軍資金も豊富で、前にも書いたとおり、装備もまあまであった。ただ人材と士気がない。だから、わずか1万余りの日本軍が動き出したと聞いただけで、20数万もの大軍が算を乱して敗走したと聞いても驚くに当たらない。

※1931年の柳条湖事件(凶産中国は真逆に捏造洗脳教育。日本は丸鵜呑み報道)は、ソ連中国凶産張学良画策したおびただしい犯日テロで無法化した結果、生じたもので、現在の尖閣テロと全く同じである。

 

273p軍艦を楯に賠償金を取った田村総領事

 危うく「閘北の戦い」が福州でも起きそうになった。1932年の4月まで私は上海勤務だったので、事件当時私は福州にいなかったが、現地に出向いた時、事件を誰もが鮮やかに覚えており、詳細を知ることができた。ことの顛末はこうである。中国全土と同じで、福州でも収奪目的(愛国目的ではない)の学生秘密結社がいくつも存在していて日本人も被害にあっていた。ある日本人教師夫妻が標的にされ「殺す」と脅されていた。脅された教師には何の咎もなかった。ただ、家が中国人の近くにあり、警備が十分でないのでカモにされたのである。日本人子女の先生だから、中国人と接触し挑発することはない。日本総領事は、ばかばかしいことではあるが、主権国家に対する礼儀を重んじ、福州当局やら警察やらに状況を説明し、警備を要請した。日本側でできるのではあるが、そうすると主権国家間の慣行に反すると判断したのである。

 要請を受けた中国側は教師宅の前に中国兵を配置した。この中国兵は、数日間は交代で24時間警備に当たった。ところがある夜、何の前触れもなく、消えた。説明も何もなく突然いなくなったのである。策を講じる間もなく、夫妻は襲われ、殺されてしまった。信頼させておいて寝首を掻く中国の軍隊、警察のいつものやり口である。当局が秘密結社と組み、殺害させたのではないとしても、ぐるになって襲撃の時に警備を引き上げさせたとしか思えない。

 日本人の怒りは頂点に達した。田村総領事は中国当局役人を呼び、こう述べた。「非難するつもりはないが、双方の同意に基づいた警備に落ち度があったから今回の事件が起きたのである。この重大な過失に対し、ご遺族に五万ドル賠償願いたい」。

 たいする中国側は言を左右してまともな返事をしない。業を煮やした田村総領事が、「よろしい。これ以上申し上げることはない。後はそちらのご判断次第である。一言申し添えるが、当方はすでにことの詳細を海軍に打電し、軍艦数隻がこちらに向かっている。おわかりかな。熟慮のほど、重ねてお願い申し上げる」と席を立とうとすると、中国側は「艦砲射撃を食らっては職も失う」と思ったのか、「局に持ち帰って相談してみます」と持ちかけた。「五万ドル耳を揃えて持ってくるまでは面会無用」と席をたった。徹夜で相談した中国側は、明け方になってようやく五万ドルを現金で持ってきた。直後、日本の軍艦が到着した。艦長たちは事が収まったと聞いてがっかりしたに違いない。これは第一次上海事変の一ヶ月前のことである。

274p日本領台湾に憧れる中国人の行列
 中国人には田村式が一番である。私は実際、田村氏が中国人と対応している場面をこの目で見ている。実に丁寧である。公平であり信念の人である。中国人に対してもこれは変わらない。愉快なことに、あの事件があってから福州では日本人に対する態度が一変した。日本人殺害はもちろん、あらゆる反日行動がぴたりと止んだ。日本人は最高の扱いを受け、最も尊敬される外国人となった。アメリカ領事は軟弱政策ゆえに、反米運動の対処に忙殺されている。イギリスも似たり寄ったりだ。日本領事はどうだ。「いつでも軍艦を呼ぶぞ」という毅然とした田村総領事のおかげで、自国民を保護し、全世界の在中国領事が束になっても叶わない。いやその十倍の成果を上げている。毎日、私は昼食のため、日本領事館の前を通ったが「門前市をなす」である。台湾行きのヴィザ取得のためである。台湾は日本領である。中国では働いても働いても、同じ中国人の役人に搾り取られるが、台湾に行けばそんなこともなくなるからである。
 福州事件は中国全土で起きている。現実的政策に裏打ちされた断固たる態度でしか事件は解決できない。中国人にはそれ以外考えられないし、そういう人を尊敬する。ちゃんと証拠がある。しばらくして田村氏はシンガポール総領事に転任となり、送別会が設けられた。中国人役人にも尊敬され、好感を持たれていたのである。稀に見る賛辞が寄せられた。市民は心から田村氏を讃えた。数ある領事の中で一番の人気者であった。3に続く⇒

コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://sinzitusikan.blog.fc2.com/tb.php/330-9536e233

フリーエリア
プロフィール

真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。