QLOOKアクセス解析

真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
2017 04123456789101112131415161718192021222324252627282930312017 06

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

真実史観1それでも日本人は戦争を選んだ東大凶授加藤陽子は女スパイ誘導洗脳師


1無辜の子供を洗脳した丸暗記オタク加藤陽子証人喚問せよ!歴史は善悪物語に非ず

 「日本九九年戦争・資源無き島国日本、適者生存戦国時代唯一の術は、先手あるのみ。後手の本土戦は、兵糧攻めで必滅。露西亜、清国(属国朝鮮)南下阻止が第一義、後手は必滅、先手で打って出た。 

 結果が台湾朝鮮(自立不能で)統治(極東共栄圏樹立着手)、満州建国尽力(凶産の砦)、日中戦争(中国凶産化での中ソ凶産連合阻止)、南京政府樹立尽力(中国凶産化阻止)で極東共栄圏構築。

 日中(ソ中凶産合作阻止)戦争で疲労困憊の日本は、戦国の定法弱肉強食、恰好の餌食と成り、さらに米英中蘭(ABCD)が兵糧攻め、ハル・ノートで降伏を迫まった。前門の虎後門の狼、戦わざるは亡国となったため、極東から大東亜に共栄圏樹立を拡大し、あらん限りに戦ったが、大東亜同胞の、完全覚醒追随まで戦いきれず、矢尽き刀折れ、敗れた。

 がしかし、戦いざまに共振した同胞が、一気に蜂起、独立。1960年の植民地独立付与宣言(互恵)が根幹となり、自由貿易64年開放経済)、平等65年人種差別撤廃を成し、凶産は残ったが、戦争目的は完遂した。弱肉強食の世に、戦後67年間のごとき無能無策の後手日本なら、何もかもが消滅していた。それでも戦後消滅しなかったのは、『身体を筆にし、流れる血と汗と涙でえがいた先人の、人類への遺書』以外、あろうか!

 “戦かわざれば”の平和論があるが、防共の砦日本が去るやいなやすぐさま凶産化、朝鮮戦争惹起したもう一方の真の敵、中ソ凶産連合軍隠蔽スパイの、工作論である。ABCDと“戦かわざれば”の降伏は、極東共栄圏への裏切りで、孤立無援は必然!防共の砦無き丸裸日本で、中ソ凶産の、恰好の餌食となった。裏切り者の汚名を負ってのこの戦いは、目的も無きただの防御戦。多勢に無勢で、瞬時に最後の独立国日本は潰え、日本族の名を残すのみの、まさに、犬死に無駄死にの戦争となっていた。同胞の、支配者からの独立も無い!新秩序など、当然無い!支配者と、被支配者の地球に成っていた!」

 

決断には、必ず「禍福」が伴う!善悪(禍福)を超えた事実の積み重ねの史学史観のみが歴史学!善悪物語は史学ではない!洗脳である!

 歴史を、自作の善悪物語に仕立てて先人を非難し嘲り笑い!歴史と偽り騙り、無辜の子供を洗脳する加藤陽子の正体は、異常者か女スパイ

 “それでも、日本人は「戦争」を選んだ”加藤陽子著1700円朝日出版社2009.7。加藤陽子(1960~)埼玉県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科教授。神奈川県の私立・栄光学園男子学園生(中学1年~高校2年生への、講義(2007の年末から翌年正月、五日間)を、本にしたものである。無辜で白紙の男子学園生が第一被洗脳者。第二被洗脳者が読者。

 ネット以前の時代なら、資料を独占し思いのままに国民を操れたであろうが、資料開示された現代、そうは問屋が卸さない。この本は、実技での成敗無き文系という戦後人間が、「いかに信念無き、検証努力無き、回路無き、ただの丸暗記屋であるか」との証拠の本として、未来永劫に残り、子孫への警告となるであろう。

 未覚醒者には洗脳本ではあるが、逆に、覚醒者には、文系凶授銭生が識者と称し、67年間もの税金泥棒しながらの洗脳、その手口が良く分かる本でもある。検証努力もせずの、見事な隠蔽、そして見事な好いとこ盗りコピペである。正体は「検証努力無きただのコピペ」で、退職後は高額年金生活で、元教授の肩書きで国民を見下しての老後が職業!こんな気楽な職業は止められない、67年間も続く訳だ!「いかに信念無き輩か」との自白である。

 

歴史はジグソーパズル。感情を科学し、隠された断片を、当時の常識で探し出し、嵌めれば完成!歴史は感情の科学といえる。真実史観」

予備知識(“それでも、日本人は「戦争」を選んだ”という女スパイ洗脳本読者へ)

日本九九年戦争

 無法弱肉強食時代の、「兵糧攻めカード」所持者が、無法ブロック経済(閉鎖経済)の欧米露食民治主義と後のソ連凶産主義。当時の世界はこの二つの無法者(独占貿易)が世界を征服し尽し、内政干渉無きアジア唯一の独立国(もう一つの独立国タイは英仏の内政干渉下の緩衝国)が日本であった。

 1861年南下する露西亜が対馬を占領、英国利権侵害と判断した英国が排除。日本は攘夷から開国へ方針転換し、開国。

 新文明対処のため、自給自足の徳川時代から資源無き日本適者生存唯一の術、輸入し加工し輸出する国家建設に一丸と成り、欧米列強の力を借り富国強兵、奇跡の大転換を成し遂げた。そして、当然の結果として、資源無き小国日本の最大の弱点は、「資源封鎖(兵糧攻め)」となった。開国以後の歴史は、同時に、「兵糧攻め」との戦いの歴史である。

 資源封鎖行使で、いつ何時でも「資源無き小国日本」へ、「日本窒息死カード」が切れる欧米露列強と後のソ連の経済ブロックは、目の上のタンコブ。このコブを切除し、自由貿易を確立しなければ、「資源無き小国日本」の、真の自立自存は、永遠に無い!

 南下する露西亜、迫る清国、属国の韓半島が敵になれば喉元に短刀。小国日本の必勝の術は、先手。日清戦争で防衛の要、韓半島を独立させ味方としたが、戦国時代に脳天気な唯物私欲国主なので、日本が代わって統治。弱体化した清国も、満州の露西亜の蚕食、なすがまま。これも先手を打ち日露戦争で勝利。中国は「中立国」と称し、満州の権利放棄し傍観したが、日本は合法的に中国の承認を得て、満州の露西亜利権を引き継ぎ、日本は適者生存した。

 戦国の世に死活を懸けた大和(日本)民族最後の一縷の望みが、いつも、互恵に基づく大東亜共栄圏であった。日本存続適者生存の道はこれしかなかった!倒幕、富国強兵、近代化、軍国化、反共、大東亜共栄圏、玉砕、自裁、特攻等すべての行動は、戦国の世に、被征服拒否の自立自存。日本はただひたすら一直線、ブレなど微塵も無い!そして先人は決断し、起った!これが開闢以来の戦国時代を破壊し、新秩序「植民地独立付与宣言」を導き出した原動力。考えれば子供でも解る事である。

 大東亜共栄圏は戦国の世の資源無き小国日本、自立自存唯一最後の手段で、開国以来一貫しており、「後付け二転三転」などではない!女スパイは、凶産、孫文汪兆銘蒋介石と日本の深い交流をも隠蔽しているので、更に詳細は1頭山満孫文汪兆銘大東亜共栄圏参照。

日中戦争の常備軍兵力。中国軍の常備兵は約225万、ソビエト軍が135万(60万がウラジオストック等に配置)と想定され、対する日本軍は米軍などの推定で25万。仮想敵国の14分の1が日本の常備軍。「これは国際連盟の如き反日団体の資料にさえ見られる数字である(後述タウンゼント著『アメリカはアジアに介入するな!』50p)」。中国赤化となれば合体し、4百万の兵員と、圧倒的に優位な資源で日本侵略の恐れがあった。そして日本軍の予言は見事的中、戦後合体し、朝鮮戦争となった。

 大東亜戦争開戦直前までのあらすじが、昭和16年少年倶楽部にも掲載クリック必読!4月号高瀬海軍中佐に 太平洋戦のお話を聞く昭和16年12月号少年時局問答「日本の覚悟」木村 毅著 

 

東大女スパイ加藤陽子の本“それでも、日本人は「戦争」を選んだ”

戦争から見る近代、その面白さ

9・11テロの意味

19p

 ――9・11の場合におけるアメリカの感覚は、戦争の相手を打ち負かすという感覚よりは、国内社会の法を犯した邪悪な犯罪者を取り締まる、というスタンスだったように思います。そうなると、戦いの相手を、戦争の相手、当事者として認めないような感覚に陥っていくのではないでしょうか。

 実は、このアメリカの話と似たようなことが、かっての日本でも起きていたのです。――

 ――1937(昭和12)年7月7日、北京郊外の盧溝橋で起こった日中の軍事衝突はまたたくまに全面戦争へと拡大しますが、戦争の開始から半年ほどたった1938年1月16日、近衛内閣が発した声明が「爾後、国民政府を対手(あいて)とせず」という声明でした。

※国民政府(蒋介石)を対手とせずは、国民政府(蒋介石)が戦いの対手ではなく、凶産が対手の意。だから、戦いの対手ではない国民政府には、再三再四しつこいほどに和平提案を申し入れている。これは明白な史実である。

 戦争の相手国を眼中に入れずにどうする、と普通なら思いますが、当時の軍人たちや近衛首相を補佐し助言するはずのブレインたちは、そうは考えなかった。そう考えなかっただけでなく、戦争に対する、もっと不思議な見方をします。

 たとえば、39年の1月には、中国と戦争をしていた出先の日本軍、名前は中支那派遣軍といったのですが、その軍の心臓部分にあたる司令部がこんなことをいっています。「今次事変は戦争に非ずして報償なり。報償の為の軍事行動は国際慣例の認むる所」。つまり、今、日本が行っていることは戦争ではなくて、「報償」なのだ、だからこの軍事行動は国際慣例でも認められているものなのだ、と発言しているわけです。

 ――報償という考え方をわかりやすく説明しますと、相手国が条約に違反したなど、悪いことをした場合、その不法行為をやめさせるため、今度は自らの側が実力行使をしていいですよ、との考え方です。中国が日本との条約を守らなかったから、守らせるために戦闘行為を行っている、というのが当時の日本軍の言い分でした。

 けれども、当時の国際慣例で認められていた「報償」の例は、もっともっと軽い意味のものでした。たとえば相手国が条約を守らないといった場合に容認される対抗的な実力行使とは、相手国の貨物や船舶を抑留する、留めてしまって困らせるといったことでした。ですから、1937年8月から本格化した日中戦争が、報償の概念で認められる範囲の実力行使であったはずはありません。

※加藤陽子は非難しているが、通州事件等の残虐行為で戦争を仕掛ける者に、船舶抑留で対処では先に殺されてしまう。日本のように我慢などはせず、米英は皆、即座に軍事行動をとった。

 ――近衛のブレインであった人々の書いた資料の中にも、日中戦争をとても不思議な表現で呼んでいる例が出てきます。彼らはこの部分を「一種の討匪戦」と見ていました。――匪賊、つまり、国内で不法行為を働く悪い人々、ギャングの一団のようなイメージですね。こうしたグループを討つ、という意味です。

 いずれにしても、日中戦争の日本が、これは戦争ではないとして、戦いの相手を認めない感覚を持っていたことに気づいていただければよいのです。ある意味、2001年時点のアメリカと、1937年時点の日本とが、同じ感覚で目の前の戦争を見ている。相手が悪いことをしたのだから武力行使をするのは当然で、しかもその武力行使を、あたかも警察が悪い人を取り締まるかのような感覚でとらえていたことがわかるでしょう。

凶産党党是は「捏造と世界征服」。ソ連は次から次と侵略し赤化、当時の中国も「赤化」に瀕していた。全中国が「赤化」されれば、日本壊滅となる(日本敗戦後の、中ソ連合して南下侵略朝鮮戦争が証拠)。日中戦争は、中国に潜む凶産分子(匪賊)の一掃が目的の防共自衛戦(一種の討匪戦)で、加藤陽子が婉曲に主張する「侵略戦争」などではない。

 軍当事者(戦争に非ずして報償)も、政府(国民政府を対手とせず・一種の討匪戦)も、このことを物語っているので「不思議な見方」などではない!凶産を隠蔽するから「不思議な見方」と成るのだ。

 単純明快な9・11とは、全く異なる!

56pいかにも先制攻撃好きの日本人だったら考えそうな。――

※資源無き小国日本、八方が敵の戦国の世に、適者生存可能唯一の術が、「先制攻撃」であった。それをこの女スパイはなんと!茶化しているのだ!

74p 「ちなみに、1945(昭和20)年7月26日に出された対日ポツダム宣言についてですが、現在の研究で判明しているところは、鈴木貫太郎首相が記者団に『ポツダム宣言黙殺、戦争邁進』と談話を発表していようがいまいが、アメリカ側は原爆投下のゴーサインを、ポツダム宣言発出の段階で出していたということです(この時の大統領は、4月に急死したローズヴェルト大統領の後を引き継いだトルーマン副大統領でしたが)。ポツダム宣言受諾の意思を日本側がもっと明確に連合国側に示していれば、広島と長崎に原爆は投下されなかったとの仮定は崩れることが史料から明らかになっています」。

※渋々検証か?遅い!

この後東大女スパイは、「歴史の教訓(アーネスト・メイ著1973年)」を引用し、「無条件降伏要求」拘泥の理由は、「WW1の教訓」と洗脳しているが、無条件降伏要求は、ルーズベルト数多捏造(ABCDとハルノートで宣戦布告・真珠湾真相・原爆投下等)の、隠蔽封殺目的で、WW1の教訓などでは断じて無い!

1章 日清戦争 「侵略・被侵略」では見えてこないもの

82p

日本と清国が競い合う物語

歴史を物語で語ろうとしている。表音記憶の見本。歴史は作り物の物語ではなく事実現実が歴史。

84p

 日本が中国を侵略する、中国が日本に侵略されるという物語ではなく、日本と中国が競い合う物語として過去を見る。日本の戦争責任を否定するのでは全くなく、侵略・被侵略といった文脈ではかえって見にくくなっていた、十九世紀から二十世紀前半における中国の文化的、社会的、経済的戦略を、日本側のそれと比較しながら見ることで、日中関係を語りたいわけです。

この東大女スパイは歴史を物語りとしている!これが手口。歴史は物語り(創作も有り)ではなく、事実学だ。戦国時代の「日本の戦争責任」は両者に有りで、「日本の戦争責任」と断定呼称も手口。「日本の戦争責任」有りと錯覚する。自国防衛軍に、「戦争責任」などは無い!皆そもそも戦国時代を隠蔽しているのが大きな手口。

 「日本と中国が競い合う物語」と、さも中立であるかのように白紙の生徒に語っているが、侵略者日本と洗脳する捏造本なのに、よくもまー白々と嘘が言えるものだなーと感心する!

128p

東学党の乱平定のため、日本に事前連絡(天津条約)し朝鮮に出兵した清国。

 そして日本も六月七日、中国に出兵する旨を連絡します。

 しかし、六月十一日、外国の干渉を嫌う朝鮮政府が、農民側の要求をほぼ受け入れたことで、反乱は急速に鎮まり、清国軍は何もしないで撤収しようかという雰囲気に包まれました。ところが、この前日、朝鮮政府も、出兵した清国側も驚くことが起きていました。六月十日、日本側がソウルに、数は少ないとはいえ、海軍陸船隊四百三十名を入城させるという、信じられないような早業を見せたのです。つづく六月十六日には、日本側は陸兵を四千名、仁川に上陸させています。陸奥は次のようにシブイ決め台詞を述べています。

 我が政府の廟算(朝廷のはかりごと)は外交にありては被動(受身)者の地位を取り、軍事にありては常に機先を制せんとした。

 しかし、朝鮮政府に呼ばれているわけではない、と中国側に反論されて、日本は「ぐっと」つまる。・・・朝鮮政府の内政改革を進めるか進めないかについての日本側の主張はかなり強引なものでしたが、最終的には、朝鮮が「自主の邦」かそうでないかなどを清国が決める立場にある状態そのものを武力で崩してしまおう、と日本側は決意します。

126p

 そして開戦直前の陸奥はこうも述べていました「曲を我に負わざる限りは如何なる手段にても執り、開戦の口実を作るべし」。・・・開戦の口実をどのような手段を使ってもつくるんだと陸奥はいう。―すごいな。(文下段に陸奥宗光の写真と吹き流し「日本が特別な国であることを実証し、見せるのだ」と記し強調)

※1882年の福沢諭吉の『兵論』によれば、清国の兵力108万に対して、日本はたったの7万8千だった。日本軍艦52隻に対して清国軍艦107隻。世界各国が清国勝利を信じていた。陸奥宗光の言は、存亡の危機に際しての、鼓舞の言葉。日本存亡を懸けた必死の戦いを、茶化している!この人日本人?やはり女スパイだ!

 「すごいな」東大女スパイはおちょくっているが、戦国時代なのだ、攻めなければ攻められた。小国日本後手は必滅。なぜそこまでして、小国日本が大国清国と戦争しなければならなかったか!

 資源無き小国日本の本土戦はたちどころに危機に瀕する。日本軍のすぐさま派兵は、外地戦とすべくの派兵であり、手順を踏んでおり、陸奥発言「機先を制せん」は小国が大国を相手とする時の常套手段。外交云々は、見掛けに過ぎず、本音は、清国軍隊の駐留対清国駐留排除である。清国軍の朝鮮駐留はかっての元と同じで、日本侵略ルートでかつ喉元に匕首となる。日本の「武力で崩してしまおう」は、清国軍隊に居座られれば、「元寇」の再来となるので、引くことは亡国であった。大国相手の小国戦法は、過敏過ぎる反応と非難されようが、絶えずの先手以外に無し!後手は確実な敗北!相手は朝鮮人ではなく、韓半島で、韓半島伝いに日本侵略を狙う、清国・露西亜なのだ!これは当時の世界の常識(戦国の世に独立の力無き朝鮮では無理と判断、日本統治已む無しと、侵略者清・露以外の、世界が認めた)で、韓半島は日本の生命線とマッカーサーでさえ看破しているのだ。そして日本統治は、朝鮮人の多数決選択である。

 

東大女スパイ加藤陽子が隠蔽した年表が語る真実

東大女スパイ隠蔽印象操作洗脳手口(好いとこ盗り)は、下記年表で一目瞭然であろう!

日清戦争まで

1840年アヘン戦争英国のアヘン密貿易を阻止し、銀の流失を防ごうとした清国と、英国の侵略戦争。清国からの茶、絹、陶器などの輸入超過のため、通貨の銀が不足した英国は、食民治インドにアヘンを栽培させ、清国とアヘンの密貿易をし、不足の銀を回収した。以後中国にアヘンは蔓延し、紙幣の代替としても流通した。※英国の清国侵略

1861年2月3日~7月25日まで6ヶ月間日本の対馬を占領したロシア艦隊。当時ロシアの南下政策を警戒した英国は、軍艦を対馬に派遣して、ロシア軍を対馬から排除。※ロシアの侵略

1863年 幕末の薩英戦争(英対薩摩)※英国の侵略

1864年 馬関戦争(英米仏蘭対長州藩)※英米仏蘭の侵略

1867年 大政奉還。明治維新。適者生存の時代対応のため、軍民一丸適者生存軍と化した。

1868年9月8日 明治時代

1873年 朝鮮閔妃大院君追放、閔妃(びんぴ、高宗の妃)を中心にした閔氏政権の成立。※朝鮮内乱

1875年 江華島事件。日本が朝鮮との国交通商を要求し武力示威した事件。

1876年 明治新政府と日朝修好条規を結ぶ。

1882年 米朝修好通商条約。壬午軍乱(壬午事変)起こる。中朝商民水陸貿易章程を結ぶ。

1884年 甲申政変(甲申事変)、開化派のクーデターは清軍軍事介入により失敗に終わり、事大派の勝利となる。朝鮮版明治維新は実現に至らなかった。朝鮮人自身の手で近代化をしようとした金玉均(キム・オクキュン)らがクーデターをおこした。金玉均は、失敗して上海に逃亡し暗殺された。※朝鮮内乱

1884年 清国は日本を征伐しようとしていた。日清戦争前、清国はすでに日本を征伐するための軍略的偵察を行ない、清国駐日大使館随員姚文棟の兵略書『日本地理兵要』(1884年)を作成している。

1885年~87年 巨文島事件。英国はロシア艦隊の日本海回航を阻止するため、朝鮮南部のこの島を占領し、砲台を築いた。

1891年明治24年7月 「清国水師提督丁汝昌が北洋艦隊の精鋭、定遠、鎮遠等10数隻をひきい、堂々と舳艣相銜んで横浜に入港した。・・・その訪問の真意は、精鋭なる艦隊の威力を示して我が国を慴伏(しょうふく・恐れひれ伏す)させ、朝鮮に対して日本をして一指もつけさせまいとする傲慢極まれる用意に出たのは明らかである」(黒竜会編「東亜先覚志士記伝」)※清国の威嚇

1893年明治27年3月1日「明治天皇が東洋の大勢を御軫念(しんねん・天子が心を痛める)あらせられ、かしこくも軍艦製造費として、御内帑(ないど・皇室の金庫)より金30万円を下賜せられ、軍艦増製に関する詔勅を賜るに及び、議会においても始めて海軍充実案が通過するに至ったのである。この詔勅をかしこみて文武官はいずれも俸給の10分の1を製艦費として差し出すことにより、貴族富豪からも製艦費の献納を願出る者が続出し、財力において軍備においてはるかに優越した大国支那を敵として戦う準備はかくしてようやく整えられたのである」(前掲資料)※清国との応戦準備

1895年明治28年 日清戦争(朝鮮半島や満州は、島国日本の生命線である。その朝鮮支配をめぐる、日清間の戦争)日本勝利。1882年の福沢諭吉の『兵論』によれば、清国の兵力108万に対して、日本はたったの7万8千だった。日本軍艦52隻に対して清国軍艦107隻。世界各国が清国勝利を信じていた。※この圧倒的な力の差は、先手を打った(小国が大国と互角に戦える唯一の戦法は奇襲戦。桶狭間の戦いが名高い)と考えるのが常識である。

 

2章 日露戦争 朝鮮か満州か、それが問題

151p

閔妃事件に関する東大女スパイの偏見

 これに驚いた日本側が行った行為はひどいものでした。公使として赴任していた三浦梧楼は、もともと陸軍中将でした。三浦は大院君を再び擁立しようとして、公使館守備兵などに景福宮に侵入させ、なんと閔妃暗殺事件を起こしたのですね。これは、何といっても弁明のしようのない蛮行であり、クーデターです。

東大女スパイ滔々と犯日であるが、当時は戦国時代、南下露西亜と内通する閔妃は、日本を存亡の危機に追い込む敵であり、朝鮮をも滅ぼす獅子身中の虫であった。

 

東大女スパイ加藤陽子が隠蔽した年表が語る閔妃事件の真実

1873年 大院君追放、閔妃(びんぴ、高宗の妃)を中心にした閔氏政権の成立。

1882年7月23日(陰暦6月9日)壬午軍乱(壬午事変)起こる。大院君に率いられた暴徒に閔妃(明成皇后)が襲撃され、水運び屋李容翊(1854~1907)に背負われ脱出、九死に一生を得た。日本公使館も襲われ、日本人も殺された。8月日本は花房義質が武装護衛を従えソウルに乗り込み、賠償を要求した。宗主国中国も4千名の軍隊を派遣した。閔妃は保護を求める要望書を北京に送り、大院君が首謀者と指摘。大院君は民衆に責任転嫁し責任逃れしたため、中国軍はソウルを占領し、百名以上の民衆を虐殺し、さらし者にし、大院君は中国に数年間抑留された。日本は賠償を朝鮮政府に約束させた。閔妃は王宮に戻り、さらに勢力を増した。数年間中朝商民水陸貿易章程を結ぶ。米朝修好通商条約。

1894年6月 東学党の乱(甲午農民戦争)をきっかけに日本派兵し、日清戦争。大院君派と閔妃派の対立が深まる。日清戦争で陸上戦闘の主戦場となる。 

1894年~95年 日清戦争に日本勝利。下関条約成立。朝鮮が独立国であることを確認。朝鮮国から清国に対する貢・献上・典礼等は永遠に廃止される。

1895年10月8日 親露反日政策をとった売国奴閔妃(明成皇后)が日本軍守備隊や警察、訓練隊、大院君派等により殺害される(乙未事変)。三浦梧楼の指揮によって殺害されたとあるが、諸説あり。

  「三浦公使の直話堀口領事館補萩原警部並に今回の事件に関係せる当館巡査及其他確かなる節より探聞したる所によれば抑も今回の事変は全く大院君及三浦公使の計画に基づき足るもの」「明治28年10月8日王城事変顛末報告の件」市川正明編「日韓外交資料5」1981年P170

 三浦梧楼の回顧録「我輩の腹の中では大院君を中に置いて、大体の改革を仕えようと思って居るのである。ツマリ大院君を利用して改革を実行しようと考えてて居るのである。併し大院君は幽居同様の有様で、孔徳里に居られたのである。アレを宮中に送るには、ドウしても兵力を要する。素手では行われぬ。跡は皆好いように仕て呉れと、杉村書記官に命じた」。政教社編「観樹将軍回顧録」1925年

2につづく⇒

No title
テレビで(たぶんNHK)みんぴの謀殺のことを、三浦ごろうの仕業だと言って報道していたのに出会ったことがあります。
テレビでいいきるぐらいだから、それ相当の根拠があるのかと思っていました。もちろん真犯人が朝鮮人であることは知っていましたが・・・これを読ませていただいて、その根拠が、ただ一人の白人の記述だけだったと知って、溜飲がさがりました。

それにしても、まんいち、祖先たちが、あの時命をかけてくれていなかったら、今頃、のうのうとしていられなかったやからが先祖を足蹴にするのを見るにつけ怒りに震えます。
[ 2012/02/07 20:41 ] [ 編集 ]
No title
最近では「万葉集」を講釈する古文の教師でさえ「大王・すめらみこと」を揶揄するような言い方をします。
はっきり、サヨクならまだ気持ちがいいけど、古文の解釈に、http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E5%25A4%25A9%25E7%259A%2587/" class="keyword">天皇をちゃかす気風を混ぜられると、無知なhttp://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E5%259B%25A3%25E5%25A1%258A%25E3%2581%25AE%25E4%25B8%2596%25E4%25BB%25A3/" class="keyword">団塊の世代はだまされます。

どうやら、教師の方が社会に迎合して、学生受けするおちゃらけた言い方をする癖がついているようです。

とりわけ、昨今の知性の低い「ゆとり世代」を、50分間教室に座らせ続け「いねむらせず」「携帯ゲームや、メール」をさせずに、話を聞かせるための苦肉の策であったのかと思ったりもします。栄光という学校のレベルがわかりませんが。

けれど、ちゃかしたり、おちゃらけたりしないで、真実を熱く語る方が聞き手は、真剣に耳を傾けるのに!

かつて「権威」であった東京大学、NHKなどが「なにものかに浸食され、形骸化し、落ちぶれた姿」に、日本侵略の意図が感じられます。
[ 2012/02/08 06:36 ] [ 編集 ]
No title
pegasus2011 さんへ
 67年間も皆が皆、「侵食・侵略」されたわけではなく、文系教授や教師には、人間として最も大事な思索(学究)回路が無いからこうなった。糞味噌何でも丸暗記モンスター(人間HDD)が、戦後の文系教授や教師の正体。輩の言葉や文字には実技が、体験が無い。だから響かない!○×(丸暗記)教育の弊害である。
 輩は、現実世界から著しく乖離した非現実(仮想界)温室世界の住人である。輩には一様に、「音」を「訓」に咀嚼する過程(実社会体験や実技)が欠落している。67年間もの無検証が証拠。
 戦後の「言葉と文字界住人」は、おしなべて、無人島生活で治療しなければ治癒しない、分業病患者である。
詳細は下記参照。
1中朝韓罪日思想戦犯日で繁栄表音丸暗記半端者で亡国日本表意記憶で新生
http://sinzitusikan.http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25EF%25BD%2589%25EF%25BD%259A%25EF%25BD%2581/" class="keyword">iza.ne.jp/blog/entry/1485412/
[ 2012/02/08 12:48 ] [ 編集 ]
No title
まったく信じられないほどバカですよね。東大は頭がいいはずだったのにね。

言葉が通じない人っていますものね。

ほんとうに想像力がないのでしょうか?

裏に、誘導する勢力とか、そういう主張をすることで、儲かるとかいう現世利益みたいなのはないのでしょうか?
[ 2012/02/08 22:36 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://sinzitusikan.blog.fc2.com/tb.php/320-e2e60c89

フリーエリア
プロフィール

真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。