QLOOKアクセス解析

真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
2017 09123456789101112131415161718192021222324252627282930312017 11

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

真実史観3無辜の子供を洗脳した加藤陽子を証人喚問せよ!歴史は善悪物語に非ず

3東大女スパイ加藤陽子の洗脳手

300p

 1925年に成立していた、いわゆる男子普通選挙法による初めての衆議院議員選挙が28年2月にあり、その際共産党が公然と行動を開始したことに対し危機感を強めた田中内閣が検挙を断行する。つまり、戦争に反対する勢力が治安維持法違反ということで、すべて監獄に入れられてしまっていたことですね。浜口内閣のもとでも、30年2月、民政党が政友会に100議席ほどの大差で勝ったときですが、この2月26日にも、共産党の大検挙が行われている(検挙者1500人のうち461人起訴)もう、根こそぎ検挙というかんじであります。

共産党はカルト教で、戦争争乱起因分子。祖国存亡戦国時代の検挙は、当然。その者たちを「戦争に反対する勢力」とするは、加藤陽子凶産教との自白である。東大温室は民主主義という現実界が土台であることをこの教授は知らないのである国家も凶産教となるのとでは、訳が違う温室の井蛙が文系教授の正体である。

301p

 吉野作造のお話でいいたかったことは、・・・日露戦争に際して日本が世界に向かって正々堂々と主張できたような、戦争を説明するための正当性がどうも欠けている、そのような状態にあったということです。

302p

 たとえば、32年6月14日に、衆議院本会議で、当時の有力な二大政党である政友会と民政党が共同提案で、満州国承認決議を全会一致で可決させたことがありました。この頃は、リットン卿たちが汗水たらして報告書を書いていたときです。その横目で、満州国承認を議会が決議するのは、ずいぶん大それたふるまいですね。

 日本政府が9月15日に満州国を国家として承認した。これはもちろん、関東軍がつくった傀儡国家だったわけですが、・・・

ソ連共産党を凶産と看破したのは、日本とローマ法王とフーバー大統領(ルーズベルトの前の大統領)のみ。当時の世界は戦後まで気付いていない。加藤陽子はクドクドと豊富な資料ぶちまけて散らかしっぱなしの整理無しであるが、共産語らずは画竜点睛を欠いた駄文で不要。以後新興凶産恐怖の侵攻を語らずの歴史は、歴史などではない。もちろんリットン調査団などは、知る由も無い。戦国時代の満州は、防共の砦として絶対に必要であった。フーバー大統領は、「日本は防共の砦」と公言して、はばからなかった!共和党フーバー大統領であったなら、太平洋戦争とはならなかった。凶産無知が大東亜戦争の原因である

307p

 ソ連もまた、31年12月に、日本に対して不可侵条約締結を提議してきたほどでした。農業の集団化に際して、餓死者も出るほどの国内改革を迫られていたのが当時のソ連でしたので、いまだ日本と戦争をする準備などはなかったわけです。

上記「いまだ日本と戦争をする準備などはなかった」は嘘、着々と赤化していた。下記参照。

1922年 ウクライナ・白ロシア・ザカフカス・ロシアの4ヶ国狂惨化

1924 大正13(1924)年にはモンゴルを侵略し征服赤化。「蒙古人民共和国」と凶産化。

1924年 ウズベク・トルクメンの2ヶ国狂惨化

1929年 タジクの1ヶ国狂惨化

1936年 アゼルバイジャン・アルメニア・グルジア・カザフ・キルギスの5ヶ国狂惨化

1940年 カレロ=フイン・エストニア・モルダビア・ラトピア・リトアニアの5ヶ国狂惨化

※わずか18年間で合計18ヶ国が侵略され凶産化されていた。東大女スパイ加藤陽子は、ソ連は他国征服で多忙だったと、白紙の生徒に講義すべきだろう。

308p

 もちろん、考えてみれば変な話で、なぜ日本が満州国に軍隊を置いていて、しかも軍隊を動かせるのかということですが、これは日本が満州国を承認したとき、32年9月15日に満州国と締結した条約、日満議定書にそう書いてあるからです。日本と満州国双方は、一方の領土や治安に対する脅威を、もう一方の国に対する安寧や存立の脅威とみなして共同で防衛にあたるのだから、「所要の日本国軍は満州国内に駐屯するものとする」と書いてある。まあ、このような、今から思えばめちゃくちゃな条文を相手国に強要しうるからこそ、満州国は日本の傀儡国家だったわけですが。

時は平時ではない戦国、独立したての国を護るのは、承認国として当然の義務で、古今東西の常識で、護ら無いほうが異常。「めちゃくちゃな条文」とは、いかなる所存か、「お気」は確かか?戦国時代、米英蘭仏ソ日以外は皆「傀儡国家」。満州国のみをことさらに声高「傀儡国家」呼称はいかなる魂胆か?

309p

 陸軍が満州事変を起こした後、32年1月、今度は海軍が中心となって上海でも上海事件を起こし、中国軍と新たな戦闘が開始されていました。

凶産(ソ)テロ対わずか1万5千人の満州関東軍、関東軍の暴走などではない

1917年大正6年、ロシア革命が起こり、ロシアはソ連となった。

1921(大正10)年 ソ連軍はロシア革命で敗れた白系ロシア人追撃を名目に外蒙古に侵入し、同地域において略奪はおろか老若男女の別なく虐殺を行い「蒙古人民革命政府」を樹立。

1924(大正13)年11月26日 「蒙古人民共和国」という名の衛星国(傀儡国家)を建設した。モンゴル征服。

1926年 昭和1年

1927年 昭和2年、当時、北京政府を支配していた張作霖は、中国の共産化を警戒し、ソ連大使館をいっせい捜索して秘密文書を押収した。それには中国の共産化のため、孫文によって新たに樹立された広東国民党政府を援助する旨(むね)が記されていた。

1928(昭和3)年、張作霖の子で満州を支配していた張学良はソ連が従来より支配していた東支鉄道全線に軍隊を配置し、東支鉄道の接収をはかろうとしていたが、ソ連は陸空軍をもって一挙に東支鉄道の軍事占領を敢行した。これによって、東支鉄道のみならず、北西満州は完全にソ連軍の影響下に入ることとなった。

1929年 ソ連・コミンテルンは大正10(1921)年に結成された中国共産党の満州支部に武装暴動を起こす事を指令して、昭和4(1929)年4月には、「全満暴動委員会」を組織させ、共産パルチザン(極左暴力革命集団)活動を推進し、その拠点を東満州一帯に広げた。

 昭和5年から10年にかけて、間島省、安東省、吉林省、奉天省など東満州に作られた共産軍遊撃区が彼らの活動拠点である。

 反日活動を展開するパルチザン部隊は数10名を単位として、たえず移動して放火、略奪、暴行事件をあいついで引き起こしていた。これにより、大正中期より東満州は共産パルチザンによる暴動の巷(ちまた)となり、昭和6(1931)年まで108件にも及ぶ事件が起こった。

 その中でも特に大きな事件は、昭和5(1930)年に間島省で日本人44名が殺害された暴動事件である。

 その結果、満州の日本人社会においては、次は中国共産党の正規軍による反日暴動が起こるのではないかという危機感が高まることとなった。

 一方満州の支配者であった張作霖(ちょうさくりん)は、アメリカの力を背景にしながらこの地域における排日運動を推進した。

 満鉄への経営妨害、炭鉱など鉱山の採掘権の否認、鉱物の輸送制限、付属地の買収禁止、その他農林水産業への妨害、二重課税などの不当課税による商業活動の妨害、日本人や朝鮮人への立ち退き命令などが行われ、これらによって日本人居留民の生活は危殆(きたい)に瀕(ひん)した。

 これらの多くの排日事件の中で、日中間の外交交渉の俎上に上がった「日支懸案」件数は昭和2年に31件、3年に37件、4年に77件、5年に95件の合計240件に及んだ。

 昭和3(1928)年に、張作霖を爆殺する事件が起きた。日本軍人の爆殺説。米国よりの張作霖を嫌い、中国と日本を交戦させようと、ソ連爆殺説との諸説あり。在満朝鮮人(当時日本国籍)への迫害や殺害事件などを加えると、事変発生当時満州をめぐる日本と中国との間の懸案は、実に300件を上回った。

 満州事変直前には、満州では居留民が生活出来ない状態になっていた。満州は事実上の戦争状態に陥ったのである。当時の我が国の政府は「幣原外交」と呼ばれる、英米と協調し、中国には同情をもって対応するという方針をとり、ただ、手をこまねいて見ているだけという「腰抜け外交政策」をとっていた。そのような政府に対して、関東軍の参謀は「住民は助けを求めている」「国民を守らなければならない」と決起したのが満州事変の真相である。義を見てせざるは、勇無きなり。関東軍の暴走ではない。人の道に従っただけでなのだ。

 「関東軍の暴走」といわれるこの軍事行動は、度重なる「排日・反日」への反共戦争の始まりだったのである。凶産ソ連の反日テロによって追い詰められた結果だといえる。これらの関東軍の行動に対して、日本人は支持した。また、朝鮮人たちも関東軍へ感謝激励したのである。確かに、若槻内閣の「不拡大方針」に反する関東軍の行動は、明白な命令違反である。しかし、満州事変の結果、軍閥勢力は一掃され、関東軍の指導によって新しい「満州国」への道が開けた。

 以上のようなおびただしいテロ排日事件を、食民治主義米国や凶産ソ連が引き起こし、これを解決すべく起こった事変、それが満州事変で、対中国戦争ではない多い時でもたった一万四百人しかいなかった関東軍が、全満州を占領できたのも、満州住民の支持があったからだ。1907年(明治40)~1931年まで、在満兵力は満州師団1と独立守備大隊6の、約1万400人を上限にし、推移。「関東軍」中山隆志講談社2000。70万は以後の兵力

193118日満州事変。柳条湖の鉄道爆破事件をきっかけに、満州の元凶軍閥張学良や凶産を一掃した。

「暗黒大陸中国の真実・ラルフ・タウンゼント著」

 「次は満州軍閥、張学良の話である。『満州の王』気取りで、中国に『満州には手を出すな』と警告まで出すようになった。こうまでされては中国政府(蒋介石)も黙っていないと思うのだが、何もできない。ただ『反逆者、無法者』としただけである。だから張は我が物顔に満州で暴れまわっていた。ところが日本軍はわずか一万四百の兵で、しかもたった数日で二十万の張軍を撃退した。負けた張学良はどうなったか。広大な満州から絞り取ったから金に不自由はない。選りすぐりの美女二、三十人を秘書として従わせ、イタリア旅行へと洒落込んだのである」。

193228日上海事変①。中国十九路軍と交戦。5月英米仏調停で撤兵。

 「十九路軍は南京政府(蒋介石)の統制に服するものではない。今回の上海事変は反政府(反蒋介石)の広東派(反蒋介石)及び共産党等が第十九路軍を使嗾して惹起せしめたるものと云ふべきである。斯の如く支那特有の内争に基き現政府に服して居らぬ無節制な特種の軍隊が軍紀厳粛なる帝国陸戦隊に対し、国際都市たる上海に於て挑戦し租界の安寧を脅かして居ることは、実に世界の公敵と云ふべきであって、我は決して支那国を敵として戦って居るものではなく、此第十九路軍のやうな公敵に対して自衛手段を採って居るに過ぎない」日本海軍省「上海事変と帝国海軍の行動」昭和7年2月22日

312p

 除名や経済制裁を受けるよりは、先に自ら連盟を脱退してしま、このような考えの連鎖で、日本の態度は決定されたのです。

リットン調査団と連盟脱退の真実

193324日リットン調査団報告書採択。国際連盟が42対1、反対は日本だけ、タイ(シャム)は棄権で採択すると、既に満州国を承認していた日本は勧告を受け付けず、日本は27日連盟を脱退した。かつては互いに植民地争奪を競い合った欧米列強が、自国の行ってきたことを棚上げし、日本の行動を支持しないというのは実におかしい。検証の結果1933年当時のアジアとアフリカの独立国は、日本(国際連盟加盟)、タイ(国際連盟加盟)、トルコ(WW1で敗戦、オスマン帝国解体、1923年独立。国際連盟加盟)、ネパール(1923年独立)、リベリア(1847年独立)、エジプト(1922年独立)、エチオピア(1936年イタリア占領)サウジ-アラビア(1927年独立)だけの僅か8カ国しか存在しなかった。日本、タイ、リベリア以外は、WW1後(1914年7月~1918年11月)の独立。つまり国際連盟の採択の真実は、42(宗主国・植民地・白人)対1(内政非干渉独立国有色人日本)なのだ。欧米列強とは宗主国・白人で、当時の世界で、有色人、自立自存独立国家は唯一日本だけであったことを物語っている。

リットン報告書採決賛成国42カ国(宗主国・食民治・白人)

アイルランド・アルバニア・イギリス・イタリア・インド・ウルグアイ・エストニア・オーストラリア・オーストリア・オランダ・カナダ・ギリシャ・グアテマラ・コロンビア・スイス・スエーデン・スペイン・チエコスロバキア・中国・デンマーク・ドイツ・トルコ・ニュジーランド・ノルウェー・ハイチ・パナマ・ハンガリー・フィンランド・フランス・ブルガリア・ベネズエラ・ベルギー・ペルシャ(イラン)・ポーランド(1919年、ドイツとソ連から分離独立。20年後の1939年、ドイツ、ソ連に再び分割占領された)・ポルトガル・南アフリカ・メキシコ・ユーゴスラビア・ラトビア・リトアニア・ルクセンブルク・ルーマニア。反対日本。棄権タイ(シャム)。外交国際問題(319:8版)福岡県立図書館(2110014)。

 後に、枢軸国(18カ国)スペイン(反米)、バチカン(ローマ教皇庁)(反共)、ポーランド(反ソ)、デンマーク(反ソ)、エルサルバドルなど、計23カ国が承認した。

 日本の首脳は、宗主国白人全世界征服者)対有色人(有色人内政非干渉独立国唯一の日本)と小国白人国家を、そして有色人と小国白人国家との協和を、パリ不戦条約の正体を、ハッキリと認識した

 「Mirror for Americans: JAPAN」1948年出版、著者ヘレン・ミアーズ(Helen Mears)女史(1900~1989)。「占領が終わらなければ、日本人は、この本を日本語で読むことは出来ない」ダグラス・マッカーサー(ラベル・トンプソン宛1948年8月6日付書簡)で封印され、昭和27年4月28日(1952年)日本独立後、1953年「アメリカの反省」文芸春秋新社原 百代訳、1995年「アメリカの鏡・日本」伊藤延司訳メディアファクトリーと、翻訳出版された。著者は日本擁護者として批判され、この本と同様に、世に出ることはなかった。しかし、善悪史観ではない、真実史観の書として、歴史に間違いなく打刻される。アメリカ国民は、誇りとすべきだ。

 「アメリカの鏡・日本」著者ヘレン・ミアーズは、連盟脱退後の日本(1935)年に滞在し当時の模様を記している。「国際連盟を脱退した日本は、これから欧米列強との間でさまざまな困難に直面することになるであろう。天皇はそういって国民に覚悟を促した(天皇の詔勅)。・・・日本は非友好諸国に『包囲されて』いる。欧米列強の狙いは、わが神聖な島々を封鎖あるいは爆撃し、アジアの同胞と「有色植民地住民」を、欧米の搾取から解放しようとする日本の努力を妨害することである。・・・日本の指導部は国際連盟についてこう言うのだった。国際連盟は白人が力で奪い取った世界を支配し、アジア太平洋の島々を搾取し続けるための、クラブである。ムッソリーニの軍隊がエチオピアを爆撃しても、連盟はなにもしなかったではないか。にもかかわらず、満州の秩序と平和を維持するために、合法的に最善を尽くしているわが国には干渉し、我々を非難している・・・」と。

 まさに当時の日本を記して余りある。NHK巧凶放送や日教組や大学は67年間も、国際連盟や42カ国が正義で、脱退した1カ国が極悪と放送し、いたいけな子供や学生に教えている。チョット調べれば分かることもしなかった。検証回路全く皆無、税金泥棒の輩である。

322p

日本切腹中国介錯論

 胡適は「アメリカとソビエトをこの問題に巻き込むには、中国が日本との戦争をまずは正面から引き受けて、二、三年間、負け続けることだ」といいます。このような考え方を蒋介石や汪兆銘の前で断言できる人はスゴイと思いませんか。日本でしたら、このようなことは、閣議や御前会議では死んでもいえないはずです。これだけ腹の据わった人は面白い。・・・1935年の時点での予測ですよ、なのに45年までの実際の歴史の流れを正確に言い当てている文章だと思います。・・・すごい・・・。

「日本切腹中国介錯論」を掲げ胡適様様論をぶち上げ日本をコケにしているが検証して見よう。

 「蒋介石や汪兆銘の前で断言」は捏造。下記原文の如く「胡適より王世傑宛書簡」である。

 

「膨張する帝国拡散する帝国・第二次大戦に向かう日英とアジア」石田憲編東京大学出版会2007年

第六章世界化する戦争と中国の「国際的解決」戦略―日中戦争、ヨーロッパ戦争と第二次世界大戦―

 鹿錫俊(ろくしゃくしゅん・中国人1955~)中国復旦大学卒島根県立大助手、大東文化大学教授(凶産が出てこない、バイアス凶産教授)。

 1935年半ば日本軍は蒋介石らの「偽装親日勢力の失脚を目指して華北分離工作を開始し、いわゆる華北危機を引き起こした。それに対応するため、国民政府内では対日政策の再検討が盛んに行われたが、6月に国民政府教育部長の王世傑に宛てた胡適の書簡は特筆すべきである。この書簡は「近い将来のあの世界戦争」を如何に実現させるかについて、次のように論じている。

 「我々は、第三国が先に世界大戦を起こしてくれることを夢みることが出来ない。開戦をする条件を最も整えているのがソ連であろう。しかしソ連は組織的で準備のある国である国であるだけに、最も辛抱強いものである。ソ連の次は英米であるが、彼らはソ連以上に開戦を嫌がっている。そのため、残っているのは二つしかない。一つは日本が先に戦争を起こすこと、もう一つは中国が先に戦争を起こす事である。日本はずっと前から挑発してきたが、我国が抵抗しなかったため、日本が再三挑発しても国際的な大波乱には至らなかった。日本の挑発を国際的な大災難に変えさせたいならば、中国は絶大な犠牲を決心しなければならない。この絶大な犠牲を考えるにあたり、次の三つを覚悟しなければならない。第一に、中国沿海の港湾や長江(揚子江)の下流流域が全て占領される。そのためには、敵国は海軍を大動員しなければならない。第二に、河北、山東、チャハル、綏遠、山西、河南といった諸省は陥落し、占領される。そのためには、敵国は陸軍を大動員しなければならない。第三に、長江が封鎖され、財政が崩壊し、天津、上海も占領される。そのためには、日本は欧米と直接に衝突衝突をしなければならない。われわれはこのような困難な状況下におかれても一切顧みないで苦戦を堅持していければ、二、三以内に次の結果は期待できるだろう。

 1、日本では軍の大徴集により多数の国民が戦禍を実感するようになる。

 2、軍事費の圧迫により日本国民が財政的危機を実感するようになる。

 3、満州に駐在した日本軍が西方や南方に移動しなければならなくなり、ソ連はつけ込む機会が来たと判断する。

 4、世界中の人が中国に同情する。

 5、英米及び香港、フィリピンが切迫した脅威を感じ、極東における居留民と利益を守ろうと、英米は軍艦を派遣せざるを得なくなる。太平洋の海戦がそれによって迫ってくる。

 以上のような状況に至ってからはじめて太平洋での世界戦争の実現を促進できる。したがって我々は、三、四年の間は他国参戦なしの単独の苦戦を覚悟しなければならない。日本の武士は切腹を自殺の方法とするが、その実行には介錯人が必要である。今日、日本は全民族切腹の道を歩いている。上記の戦略は「日本切腹、中国介錯」という八文字にまとめられよう」胡適より王世傑宛書簡(1935年6月27日)。胡頌平編著「胡適之先生年譜長編初稿」(台北、聯経出版事業公司、1990年校訂版)第四冊、1387―1389頁。抄訳。

東大大学院女スパイ教授加藤陽子が隠蔽した年表抜粋

1934年10月長征開始。ソブィエト共和国(中国内共産党国家)への、蒋介石軍5回に及ぶ包囲攻撃の結果、中国共産党軍30万人が瑞金を捨て、華南華中から敗走移動。移動中毛沢東の指導権が確立した。2年後の長征終了時には2.5万人に激減、崩壊寸前となった。

1935年広田弘毅外相の施政演説。日中双方の「不脅威・不侵略」を強調し、日本はアジアの諸国と共に東洋平和および、秩序維持の重責を分担する、と主張した。

 この誠意に満ちた演説は、中国側に好感をもって迎えられ、一週間後、蒋介石は次のような声明を発表した。「中国の過去における反日感情と日本の対支優越態度は、共にこれを是正すれば、隣邦親睦の途を進むことができよう。わが同胞も正々堂々の態度を以て理知と道義に従い、一時の衝動と反日行動を抑え、信義を示したならば、日本もまたかならずや信義をもって相応じてくることと信ずる」

1935(昭和10)年8月1日日中戦争の始まり。盧溝橋事件に先んじる2年前、中国凶産党日本に宣戦布告。

 1935年、ソ連「抗日民族統一戦線」を崩壊寸前の中国共産党に指示。敗走移動中の8月Ⅰ日に、溺れる者藁をもつかむの心境で中国共産党が日本に宣戦布告。「八・一宣言、抗日救国のため全国同胞に告ぐるの書」を発した。内戦停止・一致抗日(蒋介石と休戦し日本と戦う)と、「救国」運動にすり替えて訴えた。30万人から10分の1以下の2.5万人に激減、壊滅寸前の中国凶産党は、矛先を蒋介石から日本に変え、テロ工作に専心、日本人に成りすましてのテロ活動や、日本軍挑発工作に必死になった。捏造工作で仮想敵国をつくり、国内人心懐柔は、捏造が党是の凶産党常套手口。なんと現在の偽中国、癌半島、罪日が日本を敵として捏造、未だに続けているのだ

1935年10月国民党政府蒋介石が共産党討伐に全力を尽くしていた時は、排日事件も余り起こらなかった(排日事件は凶産主犯の証し)のであるが、共産党が延安に拠点を移して華北一帯に共産遊撃区の構築に乗り出し、昭和10(1935)年8月1日、日本に宣戦布告した時期から、排日事件(凶産主犯)が再び頻発するようになったため、日本政府は、広田3原則を発して、排日事件の解決をはかった。その概要は、

1、中国側で排日言動を取り締まるとともに、日華両国は相互独立の尊重と和親協力関係の増進に努める。

2、中国側で満州国を承認し、日満華の新関係の樹立をめざし経済的文化的提携を結ぶ。

3、北支一帯における共産主義の脅威を排除するという見地にたって国民党政府と日本との合作を行う。

というものであり、共産主義の脅威を除去して、中国と友好関係を結ぶことを目的としたものであった。それは共産党討伐を推進していた蒋介石も、利害が一致したからである。これにより、日本は、排日テロ事件防止のために国民党と合意し、「冀察(きさつ)(河北省とチャハル省)政務委員会」を成立させることになった。この時期には、対共産主義政策において、日本政府と国民党政府の間には。このような協力関係が成立していた。
 従来より中国国民党は、親日派と親米派の派閥対立があったが、この時期を境に、親日派であった行政院長の汪兆銘が狙撃される事件や、同じく親日派の唐有壬(とうゆうじん)交通部次長が暗殺される事件が起こり、国民党内の親日派は衰退し、国民党の主導権は親米派に握られるようになった。

4につづく⇒

No title
真実史観さん、よくもまあ。こんな腹の立つものを見つけてこられましたね。いちいち、怒りで爆発します。

伯父は東大出身ですが、戦争目的を本当によく認識していました。鬼畜米英が背後で糸を引いている、だから、日本は正義のために戦わねばなりませんと、幼い息子に書き遺しています。
それはそれはすがすがしい文章でした。

http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2583%2592%25E3%2583%25AD/" class="keyword">ヒロシマで軍医としてなくなりました・・・

あのころの日本人30歳以上の人は、きちんと、世界情勢を踏まえて戦争を見ていました。
[ 2012/02/07 20:52 ] [ 編集 ]
No title
pegasus2011 さんへ
 子孫なら、腹の立つのが当然である。ところが、http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E7%259F%25B3%25E5%258E%259F%25E6%2585%258E%25E5%25A4%25AA%25E9%2583%258E/" class="keyword">石原慎太郎、http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E5%25AE%2589%25E5%2580%258D%25E6%2599%258B%25E4%25B8%2589/" class="keyword">安倍晋三、稲田朋美、http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E8%25A5%25BF%25E5%25B0%25BE%25E5%25B9%25B9%25E4%25BA%258C/" class="keyword">西尾幹二、渡部昇一、http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E5%25B9%25B3%25E6%25B2%25BC%25E8%25B5%25B3%25E5%25A4%25AB/" class="keyword">平沼赳夫、中山成彬・中山恭子夫婦、西村眞悟、田母神俊夫、「産経・正論・WiLL」、数多の保守団体等々、マスコミが、保守右翼と称する輩すらも、究明もせず、三年間も垂れ流しにまかせた。捏造屋と同類の検証力皆無、ただの丸鵜呑み屋との自白で、戦後保守の正体である!保守ブログも同類なので、当然右習い。同様に、ただの、鵜呑み扇動屋と、自白!
[ 2012/02/08 18:11 ] [ 編集 ]
No title
その人たちも、私同様、こういうものを見つけないで、のほほんとしていたのではないのでしょうか?

怠惰なだけではなく「反日」という正体があるのでしょうか?ここにあげていらっしゃる面々は、ちまたでは保守愛国でとおっている人たちですよね。

最近、私は日心会のせいで、中山夫妻を見る目が完全に変化してしまいましたが・・・西村慎吾氏は、どうとかこうとかいうより、ああいうものだと思っていますが・・・
[ 2012/02/08 22:41 ] [ 編集 ]
No title
 pegasus2011 さんは負託者で、輩は職責者。同列ではない。職責者「のほほん」なら職責放棄で、現実社会なら、塀の中か存亡の危機(http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E8%25B5%25A4%25E7%25A6%258F/" class="keyword">赤福、三菱自動車等)。
 「先人は人類の大転換(弱肉強食の破壊)を成し遂げた!」。本心から覚醒した子孫なら、なにを差し置いても検証するのが子孫。ましてや輩は、職責者である!皆が「反日」というより、http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E3%2582%25BC%25E3%2583%25AD/" class="keyword">ゼロから出発の負託者真実史観一人が、7年間で検証出来た(真実に気付くだけなら子供でも30分)ものが出来ないということは、思索検証回路が無いか、職責放棄かの、いずれかである。
 保守は、ただの対極論の旗で、我欲集票が正体。「訓(咀嚼)」知識では無く、「音(丸暗記)」知識のワンフレーズだから響かない!我欲が、輩の根幹!WW2元凶が共産。凶産と看破した先人を学ばず、67年間もの凶産放置無検証が、証拠。
 前記でまともなのは石原ぐらいだが、まだhttp://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E6%25B8%25A9%25E6%25B3%2589/" class="keyword">温泉卵。整合性が無い。他はそれ以前の「音(丸暗記)」知識で、我欲集票が優先している。凶産捏造屋と同類の、中山西村如きは論外で、無人島での病気治療が先!
[ 2012/02/09 10:24 ] [ 編集 ]
No title
痛快です。近来になく、胸がすっとしました。

しかしながら、いざ、実践となると・・・信じられないほどの病気の重さに唖然とするのです。
私は、福祉センターというところで、ボランティアをしています。現状、ここにくるお年寄りは、上が87歳、下が70歳前です。

70歳代の人に、私は郷土の神話から「神功皇后の事績をお話しました」
そしたら、彼女らは「へ~?あなたは物知りですね。そんなことちっとも知らなかった」というのです。

70歳代が古事記をまったく知らない。
それより下は、もっとです。

どこから、手をつけていいのか、すっかり困り果てた私は、まずは海彦、山彦の紙芝居を作りました。
とても、天孫降臨になじむとは思えなかったし、天岩戸も知らない可能性があります。

つぎは、大黒さまの因幡の白ウサギなら、いけるかなあと思っていますが・・・日ぐれて、真っ暗の気持ちです。

それどころか、80歳で寒流スターにおぼれている人もいて・・・

これ、どうしたらいいのでしょう。
[ 2012/02/10 05:55 ] [ 編集 ]
No title
中山夫妻は宮崎県ですね。
宮崎県出身の西山幸喜と言う人物(最後のフィクサー)が、いるそうです。これが「やまと新聞」を、児玉よしおから引き継ぎました。

そのやまと新聞の社歴をねずきちのひとりごとで、ねつ造しています。
やまと新聞のHP自体が、そのねつ造をそのまま載せています。

ここには、何かの共通の流れがあるように感じます。過去に、児玉のやまと新聞は日教組を糾弾しています。中山のはサルまね課と思います。

児玉よしおを朝鮮人とする説があるようです。

この国会に救っていた「右翼・フィクサー」が戦後http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E8%2587%25AA%25E6%25B0%2591%25E5%2585%259A/" class="keyword">自民党を操り、http://www.iza.ne.jp/izaword/word/CIA/" class="keyword">CIAのエージェントとして、現在の日本の惨状を作った元凶だと私は感じています。
[ 2012/02/10 05:59 ] [ 編集 ]
No title
pegasus2011 さんへ
 未曾有の復興に多忙だった年配者は、マスコミや教授や教師を戦前同様に、「絆の同胞」であるが故に、盲信したにすぎません。戦後の奇跡の復興を、汗と涙で成し遂げた尊い方々が年配者です。元凶は、「無辜の絆の同胞」を裏切った漢奸、職責放棄の「言葉と文字界」で、年配者は犠牲者です。年配者には、感謝意外ありません。
 "焼け野原になった戦後の日本で、吉田も岸も佐藤もエージェントや傀儡を演じた事は間違いないだろう。ただし現代の親中や、親韓や、親朝議員のような「私」ではなく、正しく「公」のために!”
 田中角栄以後、毒饅頭(官房機密費)を乱発し、「言葉と文字界」を操作したのがhttp://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E8%2587%25AA%25E6%25B0%2591%25E5%2585%259A/" class="keyword">自民党で、共に腐った。詳細は下記(朝日新聞等の腐った過程もあり)。
http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25E5%25A4%25A9%25E7%259A%2587/" class="keyword">天皇靖国不参拝合祀に非ず犯日団英霊愚弄思想戦に慰霊の言葉喪失
http://sinzitusikan.http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25EF%25BD%2589%25EF%25BD%259A%25EF%25BD%2581/" class="keyword">iza.ne.jp/blog/entry/739375/
毒饅頭の臭いぷんぷんの中曽根とナベツネの年表
http://sinzitusikan.http://www.iza.ne.jp/izaword/word/%25EF%25BD%2589%25EF%25BD%259A%25EF%25BD%2581/" class="keyword">iza.ne.jp/blog/entry/1778025/
 日本(大和)精神(公と絆)を有する者が日本(大和)人で、無いのは、日本人にあらず!
[ 2012/02/10 09:40 ] [ 編集 ]
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://sinzitusikan.blog.fc2.com/tb.php/318-6a154ead

フリーエリア
プロフィール

真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。