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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観5信念無きただの丸暗記鵜呑み給料泥棒スパイが文系東大大学院凶授の正体

5給料泥棒スパイが東大大学院

1940年夏から集められた義勇兵、中国名「飛虎」。「フライングタイガーズ」は、日米開戦半年前の一九四一年春、米国防総省の承認のもとに空軍基地から集められた戦闘機パイロット二百五十九人による正規の“エリート空軍部隊”だった。

1940年6月22日 フランスがドイツに降伏。

1940年8月 アメリカ、航空機用燃料の西半球以外への 全面禁輸。

1940年9月 蒋介石軍への米英の援助ルート封鎖するため仏領印度シナ進駐。英国と交渉し、ビルマルートを閉鎖させることに成功した。これに対して、日中間の和平をのぞまない米国のルーズベルトは、英国の対日妥協を10月に撤回させて援蒋ルートを再開させ、そして、日本に対して、鉄・くず鉄に関する実質的輸出禁止措置をとった。

1940年9月27日 日独伊三国同盟(相互援助協定)。敵の敵は味方の同盟。戦国時代の常套戦術である。

 

日中戦争の真実は、まさしく毛利論考(264p)「資本主義と共産主義の支配下にある世界に対して、日本などの『東亜』の国々が起こした『革命』」であった。そして日本軍はこの革命のため、1938年から1940年に至までの時期に、『何ら領土的要求もせず』中国に有利な条件で、『十二回講和提案』を行った。これは、日中戦争などではなく、まさしく「防共戦争」であった。

 

5章太平洋戦争 戦死者の死に場所を教えられなかった国

※「太平洋戦争(太平洋の陣取り目的)」は米軍呼称。日本人なら「大東亜戦争(大東亜自由貿易圏樹立目的)」。攻めら、自衛のために戦った戦争なので、「戦死者の死に場所を教えられなかった」などという余裕などあるはずが無い!

334p

 アメリカと日本の国力の差は当時においても自覚されていました。たとえば、開戦時の国民総生産でいえば、アメリカは日本の12倍、すべての重化学工業・軍需産業の基礎とjなる鋼材は日本の17倍、自動車保有台数にいたっては日本の160倍、石油は日本の721倍もあった。

 ・・・こうした絶対的な差を、日本の当局は特に国民に隠そうとはしなかった。むしろ、国力の差を克服するのが大和魂なのだということで、精神力を強調するために国力の差異を強調すらしていました。国民をまとめるには、危機を扇動するほうが近道だったのでしょう。・・・少なくとも、南原のような知識人にとって開戦が正気の沙汰ではなかったと認識されていたのは確かです。

※南原繁等知識人が、本当の知識人であったなら、こんな日本には成らなかった。輩は対案無きいいとこ盗りし、盗み食いしただけだ。だから吉田茂に、「曲学阿世の徒」と正体を暴露された。南原繁に、狭義ではなく広義の眼があったなら、日本は変わっていた。

 国力差を教えるのなら、隠蔽せずに輸入依存度も教えるのが学問。

1940年日本の主要物資の輸入先(開戦1年前昭和15年<1940>) 

・鉄類  ①アメリカ69,9% ②中国15,6%(注・米、中、合計で85,5% ③インド7,5% ④その他7,0%

・石油  ①アメリカ76,7% ②オランダ領インドネシア14,5%(注・米蘭合計で91,2%) ③その他8,8%

・機械類 ①アメリカ66,2% ②ドイツ24,9% ③その他8,9% 「アジア・太平洋戦争」

主要な輸入国を相手に戦争をするのは自殺と同じだ。

 反凶戦争(日支事変を継続中で、多数の人的損失と戦費をすでに費やしていた。その状況下で更に英米蘭などの大国を相手に、新たな戦争を始めなければならない動機など、日本には皆無。衰えた者を啄ばむ、正に弱肉強食適者生存の戦国時代である。日本が戦争を仕掛けたのではなく、仕掛けられたのは明白な事実だ。明らかに(侵略食民治化)(侵略食民治化)(侵略食民治化)(侵略凶産化)(侵略凶産化)に戦争の意図や動機があった。

 戦後のお馬鹿作家やマスコミは、「馬鹿の一つ覚え」のオウム返しで、両極つまみ食い極端論「開戦派・和平派」と色分けする(映画山本五十六も同じ)が、当時の兵力や輸入依存度をみれば、皆「和平派」。「和平」に八方尽力の果て、逆に、米国の揺ぎ無い本心は、「最後に残った唯一の有色人の星、日本を潰しての、白人完全支配の食民治化」であることを思い知った。結果、「座しても死、戦っても死」なら、「戦っての死」と、皆「開戦」に同意したのだ。米国の本心看破以前は、皆「和平派」で、本心喝破後は、皆「開戦派」で団結が、真実である!

 先人は戦争したくて戦ったのではない。時代が戦国時代だったので、資源無き小国日本の勝機は先手攻め有るのみ。先憂後楽で時代の衣を纏わざるを得なかっただけに過ぎない。平和な時代だったら平和の衣を纏った人だ!

336p開戦に際しての、国民の感想。

 竹内好「爽やかな気持ちであった」

337p

 伊藤整「今日は皆人々気色有りて明るい。昨日とはまるで違う」小作農阿部太一「いよいよ始まる。キリリと身のしまるを覚える」駅員小長谷三郎「駅長からこの報告を受けた瞬間、既に我等の気持ちはもはや昨日までの安閑たる気持ちからぬけだした。落ちつくところに落ちついたような気持ちだ」

※苦渋の末の決断を下した明るさで、決意である。

降伏条件など勝者は無視が戦国時代の常識

 弱小国は皆征服され、搾取のみで植民地や弱小国は悲惨を極めた。WW1勝者英・仏、敗者ドイツへの仕打ちは、降伏条件「即座の食糧供給」を無視し、餓死者80万もの犠牲者(ほとんどが老人女子供の非戦闘員)を出し凄惨を極めた。日本敗戦後の、同胞の決起が無かったら、WW1敗者ドイツの二の舞いで、分断されて日本国など消失し、日本族と呼ばれていただろう!

 一度弱みを見せればつけ込むのが戦国の常識(竹島北方領土が実例)。ハルノートを受諾し降伏しても(不戦)、再度の資源封鎖で万事休すは明白で、戦わずの降伏は、同胞に対しての開国以来の信義がすべて水泡と化すため、同胞蜂起に一縷の望みを懸け、決起した。

 戦争などできる状態にない」のに「なぜどうして戦争した」の検証回路が皆無なのだ。よしんば「止めたとしても」アメリカのみが敵ではない、水と油の「黄禍論白人連合」なのだ。世界征服が野望のソ連南下は必然。弱体日本と見るやいなや、終戦なのに征服したではないか、癌国すらも竹島を征服したではないか、あれが現実である。水と油の「黄禍論白人連合」ではあるが、米英が、日本に助力したかどうかは、はなはだ疑問である。見捨てた同胞アジアの支援は、当然無い。外堀埋めて(生命線の満州韓半島そして汪兆銘名南京無くして)大国凶産ソ連と、どう戦うのだ。日本国内が戦場となり、唯物対唯心日本の戦いである、まさに一億玉砕の壮絶な戦いとなっていたであろう。日本人は、死に絶えていたかも知れないのだ。永野修身の御前会議の言葉、「大阪冬の陣の如き平和を得て翌年の夏には手も足も出ぬ様な不利なる情勢の下に、再び戦はなければならぬ事態に、立至らしめることは、皇国百年の大計の為、執るべきに非ずと存ぜられる次第で御座います」は、この事を語っているのだ!

 反共の砦日本が撤退するや否やソ連は、中国と韓半島を瞬時に支配した。アメリカと国連軍が総がかりでなんとか韓半島半分まで押し戻したが、戦後67年後の現在も、停戦のままで終戦には至らず。これが史実。この史実が物語るのは、日本累積砦がいかに強大な反共の砦で、共和党フーバー大統領の見識がいかに正当で、NHKや東大らの御題目「不戦は平和」がいかに空論で、応戦は先憂後楽との、証明である。つまり、不戦=撤退すれば、見捨てた同胞支援は当然皆無の孤立無援、対「兵糧攻めカード所持者黄禍論白人連合」に、丸裸の日本などは潰えて、分断され、消滅していた!

ABCD包囲網は宣戦布告!日本の人口

 時代対処のため戦国の世に開国し、自給自足(江戸初期1600年1227万人で、121年後の1721年3128万人に倍増したが、以後は、125年間江戸末まで横ばいで、1846年3230万人。横ばいは、間引きがあったと思われる。つまり、これが、当時の日本の、自給自足限界人口。棚田は、日本民族自給自足苦闘の証し!)から輸入加工輸出国に転換、85年で人口倍増(昭和6年1931年6500万人なので、自給自足に後戻りは、二人の内一人が餓死者)。迫る清国とその属国朝鮮、南下する露西亜、そして凶産ソ連と食民治主義連合、そして更に巨大化した黄禍論白人連合との対峙と、まさに未曾有の時代であった。先人はこの死活(負ければ二人の内一人が餓死者)の時代を、一丸で命を懸け、子孫に禍根を残さずと、日清日露大東亜(三倍の人口なので三人の内二人が餓死者)、すべて先憂後楽で対処した。資源無き小国、援軍のあて無き籠城や後手は確実な餓死。全て先手、外地戦は、古今東西小国戦法の、定法である!

 マッカーサー証言「1951年5月3日・彼らが戦争を始めた目的は、大部分が護国(by security)のためだったのです」は、このことを看破した、証言なのだ。ベンブルース等、弁護人の弁護も同類である。

 その時代の先人が、禍福を糾い、熟慮と苦渋の果てに下した先憂後楽決断を、「たら、れば」の空論で非難は、子孫にあるまじき愚行である!

339p

 陸軍がこの(1941年9月5日)御前会議のために準備した文書には、こう書かれている。来るべき戦争は英米蘭(イギリス、アメリカ、オランダのこと)に対するものであって、その戦争の目的は、東亜、つまり東亜細亜における米英蘭の勢力を駆逐、追い払って、帝国の自存自衛を確立し、あわせて大東亜の新秩序を建設することにある、と。

これは正論。真の独立は自由貿易、「英米蘭」ブロック経済のままでは、日本は滅亡。自由貿易経済圏を東亜に建設しなければ、永遠に桎梏独立のままで、実質は植民地と同じである。自給自足徳川時代から脱却し、人口も2倍を越え3倍に迫ろうとする時代、桎梏されてしまって自給自足に戻れば、2/3の6千万人は餓死。まさに戦うも死、戦わざるも死であった。適者生存唯一の術が、南下ソ連の砦も兼ねた自由貿易圏、大東亜共栄圏の建設であった。東大女スパイはこれ等をことごとく隠蔽し、挙句の果ては茶化している。

340p

 さてこの後、軍部は歴史を突然持ちだすのですが、どの時代の歴史かわかりますか。もう、ものすごいですいきなり、豊臣秀吉、徳川家康の時代ですよ。大坂冬の陣を引きだしてくるのです。・・・さて、冬の陣のたとえはですね、永野軍令部総長が、9月6日の御前会議の場で、天皇も含む出席者に向かってこういったのです。

 「避けうる戦をも是非戦わなければならぬという次第では御座いませぬ。同様にまた、大阪冬の陣の如き、平和を得て翌年の夏には手も足も出ぬ様な、不利なる情勢の下に再び戦はなければならぬ事態に立至らしめることは皇国百年の大計の為執るべきに非ずと存ぜられる次第で御座います」

 ・・・いたずらに豊臣氏のように徳川氏に滅ぼされて崩壊するのか、あるいは、七割から八割は勝利の可能性のある、緒戦の大勝に賭けるかの二者択一であれば、これは開戦に賭けるほうがよい、との判断です。このような歴史的な話をされると、天皇もついぐらりとする。アメリカとしている外交交渉で日本は騙されているのではないかと不安になって、軍の判断にだんだん近づいてゆく。

「太平洋戦争への道7」角田順著323P「戦争は十中の八、九まで長期戦となるだろう、而して長期戦の場合、戦争第一年および第二年は長期戦体制の基礎を確立し、その間は勝算がある、第三年以降は予断を許さない、責任をもってお答えしうることは上述のとおりである」(永野軍令部総長・11月1日連絡会議)はあるが、「七割から八割は勝利の可能性のある、緒戦の大勝に賭ける」はない。これは、東大女スパイが捏造し仕組んだ、白紙生徒誘導洗脳。「天皇もついぐらりとする」などと、ここでも昭和天皇を茶化している。

 この東大女スパイは、「戦わなければバラ色」の世界があった如く延々と騙り、ばら撒くが、戦わざれば、亡国で、日本民族6000万人の餓死者。

345p

 1939年の時点では、アメリカは飛行機を年間で2141機しかつくれませんでした。それに対し日本は二倍以上、年間で4467機を製造する力があった。しかし、この日本側の優位は、アメリカが本気になったとき、あっという間に崩れるのです。41年の時点でのアメリカの製造能力は19433機、日本は5088機で、アメリカは日本の4倍もの生産能力を獲得している。そして、この比率は45年まで変わりません。アメリカという民主主義国が売られたケンカを買ったときに、いかに強くなるかがわかりますね。日本側の予測をはるかに超える事態でした。

売られたケンカを買った」ではなく、アメリカは戦争準備し、「4倍もの生産能力を獲得」したので、日本に「ケンカを売った」であろう。まったくこの東大女スパイは、整合性が皆無である。上記事実は、「当時日本は日中戦争中で疲弊の極み。疲弊国は叩いて盗れは、戦国時代の常道である。アメリカは戦争準備し、戦争体制が整ったので、疲弊日本をブロック経済で更に追い詰めた」を語って余りある。日本に「ケンカを売った」事実を、「売られたケンカを買った」と真逆に言い換えるとは、まさに東大女スパイの面目躍如である。

345p

戦争拡大の理由

激しかった上海戦

 胡適の35年時点での議論をみましたね。胡適は、三年か四年、中国が日本に内陸部深くまで侵略され、すべての海岸線を封鎖されて初めて、アメリカやソ連を巻き込んだ世界戦争に転化できるとの見通しと覚悟を、中国政府に求めていました。それでは、その後の中国の戦いを見てゆきましょう。確かに、中国側の抗戦意欲は高かったのです。

346p

 また外務省のアジア局長であった石射猪太郎は、8月17日の日記に「・・・陸戦隊本部は陥落しはしないか」と、まことに心細いことを書いている。

347p

 中国側が強かった理由は、もちろん、31年の満州事変以来、日本側のやり方に我慢がならなかったという抗日意識の高まりがまずはあります。

348p

 ドイツは・・・38年5月12日に満州国を承認して明確に日本側と手を組むまでは、中国側に最も大量の武器を売り込んでいた国でした。兵器・軍需品を売り込むだけでなく、軍事顧問団も蒋介石のもとに送っていた。ドイツ人軍事顧問団に率いられた中国軍は、ダイムラー・ベンツ、ベンツですよ、ベンツのトラックで運ばれて戦場に赴いていたのですから、日本軍の持っていた国産の軍用トラックなどよりずっと性能がよかったはずですね。

※「兵器・軍需品を売り込む。軍事顧問団」は対日戦ではなく、対ソ防共で毛沢東と戦っている蒋介石のためである。国共合作したので打ち切り。東大女スパイは、対日戦であるかのようにすり替えている。

 ・・・中国とソ連の場合は、軍事的な関係がつくられ、37年8月21日に、中ソ不可侵条約を結んでいた。この条約の内容は武器援助です。ソ連は中国に対して、飛行機924機、自動車1516台、大砲1140台、機関銃9720丁、志願兵という形でソ連人パイロットをそれぞれ送ります。ソ連は、日本側との軍事的な対立は早晩避けられないと考えてはいましたが、自らの国家が対日戦争の準備ができるまで、その時間かせぎを中国にやってもらえるならば、このくらいの軍事援助はお安い御用という感じだったと思います。

※全世界赤化が目的の凶産ソ連、東大女スパイは毛沢東の八・一宣言は隠蔽し、「このくらいの軍事援助はお安い御用」とWW2元凶赤化ソ連凶産を、隠している。

 この、ソ連の軍事援助と同じ、あるいはもう少し同義的な意味の濃い援助を始めたのがアメリカとイギリスでした。英米は中国の各都市に巨額の経済的権益を持っている列強でしたから、日本側に中国との貿易を独占されることは我慢ならないことでした。38年12月、アメリカは中国に対して2500万ドルの借款を行います。借款というのは、この額まで、中国はアメリカから好きな物資を購入してもよいですよ、という形式での援助でした。日本に海岸線を封鎖されていても、香港などを通じて中国へは物資を入れることができた。

 一方、39年1月、アメリカは日本に対し、航空機とその部品の対日輸出を禁止し、同年7月26日には、日米通商航海条約の廃棄を通告しました。これは「日本は東亜新秩序などと唱えて東アジアを日本だけで経済的に独占支配するような政策を本当に取り続けるつもりですか。こうした政策を続けるならば、アメリカは日本との対立を辞しませんよ」と、アメリカが日本に対して警告を与えていたわけです。

※列強がブロック経済で牛耳っているため、資源無き小国日本(資源を輸入、加工して輸出)は、その桎梏の中にあった(完全な独立国ではなかった)。世界支配の列強が一致し、資源輸出も、加工品輸入も止めれば、「瞬時に日本は餓死」が当時の世界の常識であった。台湾朝鮮満州の極東共栄圏に、中国を加え、更に拡大し、東亜の民と共に自由貿易共栄圏樹立が、この桎梏から脱出し、適者生存する唯一の術であった。

349p

 日本軍は、上海、南京、武漢を陥落させ、日本の実質的な占領地は、中国の産業文化の中心である長江下流域、中流域まで拡大します。イギリスは武漢が陥落した38年10月頃から、中国は日本との戦争に負けるのではないか、国土をこれだけ侵略されれば、日本の言いなりになってしまうのではないかと怖れます。そして、39年3月、イギリスも中国の貨幣価値が下がって中国が困窮しないように、通貨を安定させるための借款を行いました。イギリスからの物資も広州、香港、フランス領インドシナ(現在のベトナムに相当する地域、フランスの植民地)などから、つまり、のちに援蒋ルート(蒋介石を援助する物資を運ぶ道という意味)と呼ばれるようになる道を経由して入ってくる。

※孫文、南下ソ連、西安事件、黄化連合をこれまで隠蔽した東大女スパイ、やっとここで胡適「日本切腹中国介錯」捏造解釈論を掲げ、黄化連合援助を語った。孫文南下ソ連西安事件黄化連合の主文は隠蔽し、各国の中国支援のみを知らされた白紙生徒は、正義は日本以外の世界総てで、極悪国は日本のみと確実に洗脳される。援助を、「通貨を安定させるための借款を」などと、持って回った言い方で洗脳しているのがその証拠である。

 赤化東大女スパイの言いたい放題である。先人の歯軋りが聞こえる。

350p

 確かに日本人には少しひがみっぽいところがある。いじけやすい笑い)。ソ連、アメリカ、イギリスが中国に援助しているのを見ると頭に血が上る。どうしてみんな中国だけ援助するのか、と、むろん、日本が戦争をしかけて中国の対日政策を武力によって変えようとしたことからすべては始まっているわけですが、それは、日本側には自覚されません。

※当時タイと日本のみが独立国で、他は皆食民治で搾り取られていた。「変えようとした」のは「中国の対日政策」ではなく、資源無き小国桎梏の仕組み、ブロック経済破壊しての、自由貿易で、「中国の対日政策」ではない。祖国存亡に際し、懸命の先人を、「いじけやすい(笑い)・頭に血が上る」などと茶化しているが、歯軋りする思いだ。こんな者が東大大学院教授なのだ、本当に日本人で子孫か疑わしい!ただの丸暗記屋(HDD)ではないか。丸暗記なら、HDDの方が確実だ。高い給料も払わなくて済む。

 日中戦争を早く終わらせるためとして、日本軍はフランス領インドシナ、当時の言葉では仏印と呼ばれていましたが、この仏印への進駐を計画する。仏印進駐は、40年9月、北部に対してなされる北部仏印進駐と、翌年の41年7月に南部に対してなされる南部仏印進駐の二回あります。中国の後は仏印、などと日本はよくもまあ次から次へと他国の領土を侵略しようと考えますね。

先に攻めなければ攻められた戦国時代である。先手以外に資源無き小国日本の、適者生存の道は無い。故に必死なのだ。それをわきまえずに、ここでも茶化している。裸の王様東大文系の、この見下した驕りには、腹が立つ!

353p

 ドイツ軍に制圧されヨーロッパのほとんどの国が敗退したのなら、そうした国々を本国とする植民地、東南アジアの植民地は、ドイツが取らない限り主人のいない地域となる。ならば、この地に進出して自給自足圏をつくろう、との発想でしょう

先に喰わなければ喰われる戦国時代である。当然の発想である。「発想でしょう」とけなす方が、お馬鹿!

6へつづく⇒

No title
歴史を見れば、今、日本の国が存続していることすらも奇跡に見えます。
[ 2012/02/07 21:02 ] [ 編集 ]
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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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