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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観Ⅴ東大女スパイが高校生を洗脳した隠蔽手口を暴く暗黒大陸中国の真実

Ⅴ東大女スパイが高校生を洗脳した隠蔽手口を暴く暗黒大陸中国の真実

 ――両者とも実に働き者である。嫌う人と話していて気づいた。納得させるだけの理由がない、何となく雰囲気で嫌っているのである。批判するつもりはない。嫌いなら嫌いでかまわないが、根拠がないが、本能的差別感情から、アメリカ全体を惑わすプロパガンダを行っているのでは、と思えてならない。

 日本叩きのネタはないかと考え、偶然考えついたのが、中国人を持ち上げることであった。こう考えるのには根拠がある。逆を想定するとよくわかる。もし中国が強力で脅威だったらどうだろう。反日家は「間違っていた」と気づくだろう。

 全米の中国人感、日本人感は大なり小なり、カリフォルニア発である。両国の移民の歴史を見てみよう。中国人が大挙してアメリカに渡ってきた50年から75年前、西部はゴールドラッシュで、鉱山堀、鉄道工事が盛んであった。当時の彼らの社会的地位はコヨーテ同然で、アメリカ人と争うはずがない。逆らおうものなら、インディアンやガラガラヘビ同様、根絶やしにされた。差がありすぎて争いなど起きるはずがない。

 日本人が移民として渡ってきたのはそれからしばらく後、アメリカの民主主義が大きく成長し、平等思想というものに触れた頃のことであった。ただし、反対も多かった。例えば、日本人の子供が同じ学校に入るのに反対した。偉そうなことを言っても、いざ実践となると「総論賛成、各論反対」というわけだ。コヨーテと思ってきた中国人と争いは起こらなかったが、学校に入ろうとする日本人とは対立が始まった家来扱いされても平気な中国人に対して、日本人はプライドが許さないからである

 対日、対中関係を考察する時、25年前のカリフォルニア反日暴動などを振り返ることが重要である。移民の歴史を十分理解しないで、感情論で判断してきたのである。

※正確な分析で、そうだと納得できる。

254p満州事件の背景

 ――鉄道爆破(1931年9月18日)自体は大したことではなかった。――大事件の導火線となったという点で歴史に残っている。

 満州の推定人口は1900年、約500万人であった。それが1931年になると約3千万人に増えた。五倍以上も増えたことになる。理由はさまざまである。例えば、満州産の大豆に世界の需要が集まったこともあろう。今世紀初頭、日露両国が鉄道を敷設したので発展したということもあろう。以前は中国人の満州移住は制限されていたが、政権が変わって移住制限が緩和されたことも一因である。清王朝は満州人が築いた王朝であったが、満州を政治的に中国とは切り離し、私有地扱いにしていた。3百年前、満州族は生まれ故郷を捨て、暖かい南の地に大挙して渡って来た。それから中国人が満州の地に足を踏み入れることを禁じたので人口が減少した。ところが1907年、ロシアの南下政策を阻止するため、移民を盛んに奨励した。と同時に政策を転換し、満州を中国の一部と扱うようになった。

 辛亥革命が起こると中国全土はますます混乱し、満州にも火の粉が飛んだ。日本も対岸の火事では済まされなくなった。満鉄と周辺の権益を保護するため、兵力を増強せざるを得なくなったのである。

 混乱に乗じて満州に張作霖が現れ、中国政府に逆らい、満州を支配した。張は中国兵を放逐するため、中国人とは思えないほどの強力な兵力を整え始めた。1923年には何と五億ドル(中国の通貨であるが)もかけ、兵器工場を奉天に完成させた。デンマーク人の建築家を、後にはドイツ人、フランス人、イギリス人も雇い、日本人の軍事顧問まで雇っている。中国では五億ドルといえば途方もない額である。これだけかけた兵器工場はまさに脅威である。1924年から27年には常時2万人が働いていた。ほんの2年前の1931年、約千人の外国人を招聘し指導に当たらせている。この兵器工場の生産能力には舌を巻く。砲弾は日産4千5百発、弾薬は日産4万発、大砲月産12門、と日本ははじいている。工場の規模、従業員数から考えて法螺とも思えない話である(今日ではこれほどではないにしても大規模兵器工場が中国各地にある)。加えて20万とも30万とも言われる私兵を蓄えていたのである。

 1928年、張作霖が暗殺され、遺産は無能な放蕩息子の張学良に転がり込んだ。父の張作霖は慎重だった。日本に好意を持ってたわけではないが、かといって公然と敵対行動に出ることはなかった。日本人を脅かすこともあったが、政情定まらぬ国ではありえる程度のことで、日本が行動するほどのことではなかった。

 張学良が後をついでからは事態が一変した。南京を拠点とする風見鶏の蒋介石と同盟を結び、中国の地に乗り出し、政治に手を出し、汪兆銘の「中央政府」を追い落とした。

 北京を乗っ取り、取れるだけ税を取った。南京中国中央政府に「手の者」を多数忍び込ませた。それから「外務協会」と「北東文化協会」という反日プロパガンダ組織を造り、盛んに活動を開始した。部下は新政策の一環として日本に次々と要求を突きつけた。大連と旅順の返還を迫り、条約を無視し、税金を取り立てようとした。たとえ父の張作霖の腹心の部下であっても、反日政策に乗らない者を容赦なく追放し、暗殺した。日本に留学したというだけで追放し、虐殺した。父張作霖の子飼いの部下二人を麻雀に誘い、殺した。

 満州全土で日本人襲撃事件が多発した。張学良の狙いが何なのかはわからない。ただ、中国とかかわりを持ったことで、1927年に政権を取った国民党の排外政策に同調したことだけは確かである。しかしこれが仇となり、権力を奪われ、満州を追われる身となったのである。歴史に「もし」はないが、もし、初めから負けるとわかっている戦を仕掛けないで、父と同じようにしていたら、満州に残れたかもしれない。そして満州は「満州国」にされずに満州のままでおれたかもしれない。

256p日本の大陸政策の背景

 世界の反応はどうであったか。日本軍が満州を制圧した頃、中国では反日政策が最高潮に達したが、世界は特に驚かなかった。今に始まったことではないからである。例えば、1925年から27年にかけて反英運動が最高潮に達していたが、「今日はイギリス、明日は日本」と外電は報じた。排外主義はいつものことだが、ある特定の国に狙いを定めて集中攻撃する。何がしかの戦果、例えば金を借りられるとか、同情を得られるとか、が得られたら、攻撃を緩め、新たな獲物を探してこれに集中砲火を浴びせるという具合である。20世紀最初の餌食になったのはアメリカである。在中アメリカ人に危害を加え、不買運動が起こった。しばらくして、この反米運動は収まった。なぜか。反省したからでも親米になったからでもでもない。与(くみ)しやすいとみて侮ったからである。彼らは己の無能、腐敗を棚に上げ、国民の怒りを外国に向ける。アメリカをそうした対象にするより、同情して融資を引き出した方が得だ。と読んだからである。

 こういう中国的な考え方を頭に入れた上で、日本を見なければならない。日本は日清戦争に勝利したが、「国際道義上、他国の領土を分捕ることは許されない」との列強の干渉で、多くの権益を奪われた。確かに、それまでは勝者が領土なり何なり切り取り放題であったが、時代は変わった。倫理・道義というものが大切になったのだ。引き下がるしかない。しかし取り上げられたものがそのままロシアのものになったから怒りが爆発した。それだけではない。ロシアに対しては、あの高尚な国際道義なるものの一言も言われなかったのである。臥薪嘗胆、黙って見ているしかなかった。ロシア人がにっこり笑って持っていくのを。日本人が血を流して勝ち得たものを

 さすがの日本人も怒髪天を衝く。通常の小競り合いの後、日露戦争が始まった。アメリカでは日本支持派が大勢を占めた。数ヶ月でロシアを一蹴した日本は「下関条約で確定した権利を奪取」すべく、万全を期して和平交渉に臨んだ。しかし、しかしである。列強はまたもやあの崇高な「国際道義の歌」を合唱した。歌詞は同じだが題名が「国際親善の歌」と変わっていた。日本の要求は国際親善上認められないという歌である。しかしこれまた不思議なことに、1905年、ニューハンプシャー州のポーツマスで行われた講和条約に出席した日本の全権大使は、さしたる不満も漏らさず、黙ってこの歌を聴いたのである。しかしさすがに、日本国内では日比谷焼き討ち事件等の暴動が起こった。帰国した全権大使の身の安全を図って厳重な警備体制を敷かねばならないという事態にまで進展した。それほど国民の怒りは大きかったのである。

※善悪とか敵味方とかではなく、真実を宗(天道)とすれば当然こうなる。「さしたる不満も漏らさず」は、首の皮一枚残した勝利だったので、中朝韓罪日のような「理不尽な強欲」を示さなかったのだ。身のほどをわきまえ、薮蛇を突かなかったのである

258p二十一ヶ条の要求(1928年1月28日中国の袁世凱政権へ)の背景

 世界中が戦争に巻き込まれていた1915年(1914.7.WW1)、日本はこれを好機と捉え失地回復を図った。21ヶ条からなる文書を認め、中国代表団に提示した。「二十一ヶ条要求」である。確かに「要求」といわれれば「要求」かもしれない。全容は明らかにされなかったが、日本が最も力を入れたのは、1923年に期限切れとなる鉄道の租借期限の延長であった。これを知ったアメリカがまず日本非難に周り、列強も同調したので要求を幾分和らげることとなった。これは交渉に当たった日本の外交官からじかに聞いた話であるが、内容が公になるずっと前に、中国代表団は内容に満足し、調印に同意していたそうである。ところが、中国側はこう持ち出してきた。「内容はこれで結構だが『要求』ということにしてはくれまいか。そうした方が見栄えがする。やむなく調印したのだという風にしたいのだが」と。これを受けて日本側は「その方が良いのならそういたしましょう」と言って、高圧的な態度に出るふりをした。それで中国人は不承不承、署名をするという風にしたのである。裏でかなりの金が動いたであろう。中国人との交渉事は金次第とみてきたからです。

 ところが今回は計算違いだった。「日本に脅迫されやむなく調印した」という体裁にしたのは。中国の国内の中国人に納得してもらうためであった。ところがアメリカがこれに噛み付いた。「哀れな中国人に、過酷な要求を突きつけるとは許せん」とばかり、同情が湧き上がった。この1915年という年はどんな年であったか。アメリカは世界を二つに分類していた年であった。一つは束縛のない自由を求める道徳の国。もう一つはドイツ等に代表される、抑圧を好む、卑しい国である。二十一ヶ条の要求を出した日本も中国人を抑圧した国としてドイツと同じ組に入れた。

 中国人の要望で「屈服させられた中国人」という体裁を取ったのであるが、この一次資料がまだ手元にない。

 極東問題に詳しいジャーナリストのジョージ・ブロンソン・リー氏は親日派の雑誌で「当時、外国人の記者にはこの辺の裏事情は知られていた」と述べている。

 中国人の役人の体質、陰謀をひた隠しに隠す性格からして「さもありなん」と在ベテラン米英官界は考えているのである。

※韓国が捏造し一人騒ぎの「従軍慰安婦」もこれと似ている。「国民を納得させるために」は、こズルイ韓国政権が仕掛けた罠で、脳天気外務省河野洋平宮沢喜一等は、まんまと引っかかり同意。ところがわが意を得たりとばかりに韓国政権が、「日本は認めた」と国民に吹聴し、「捏造」が大手を振るようになった。中曽根の靖国不参拝も「中国の罠」で同類。以後増長した中朝韓罪日は、事有る毎に難癖を付けるようになり、「金よこせカード」となった。矜持無き輩に、情けは禁物。前述「33pチップを多く渡してはいけない」人力車夫や子供への駄賃と同じで、輩は「」とは思わず、「搾り盗れる格好の獲物」としか認識しない、言わば人面獣である。獣なので、人間としての証、「報恩」など当然皆無。輩にとって「恩を仇で返す」のは、当然なのである。下記列挙も同じである。

259p幣原宥和外交の恩を仇で返す中国人

 1928年から31年、四度も妨害・嫌がらせを受けては、さすがの日本人も怒りを抑えることができない。汗と涙の結晶である満州の鉄道は、満州が無法地帯であるがゆえに減益となるばかりか、鉄道付属施設が破壊等の反日政策の脅威に晒されていた。日本側の報告によれば1929年と30年の損失は以下の通りである。

 鉄道運行妨害 171件

 鉄道運行中の強盗 189件

 鉄道施設の略奪 92件

 電線の略奪 26件

 これに対して中国側は、「日本人の護衛を撤退させ、中国人に護衛させよ」と言ってきた。滑稽極まりない回答である。自国の鉄道の警備でさえできない国が他国の鉄道を守れるはずがない。

 そこで登場するのが張学良である。日本との条約を勝手に破棄し出した。日本は、いわゆる軟弱外交と非難された男爵幣原が外務大臣で会った。幣原は「中国政府との交渉には寛容と忍耐が求められている」と発言している。

 この間、中国人は何をしていたか。例によって反日運動を持ち上げるネタにしたのである。そこで「軟弱幣原外交は全く通じない。中国人の暴虐ぶりは減るどころか激増しているではないか」と大日本帝国陸海軍は噛み付いた。何も今に始まったことではない。いずこの国も中国人には恩を仇で返されてきたのである。

 はなしを。続けよう、1929年のアメリカの株価暴落で日本の絹産業が打撃を受けた。貿易が停滞し。日本の労働者、その家族数百万に不況風が吹き荒れた。中国では、国民党の反日運動が吹き荒れていた。そして満州では、それ以上に張学良の反日運動の嵐が吹き荒れていた。日本人の怒りは、いや増しに増すばかりである。中国はとっくに期限の切れている借金の返済を渋るどころか、返済を拒否すると宣言する始末である。こういう中国側の動きを見せ付けられて、「毅然とした態度を」という意見が確実に強くなっていった。

260pペテン師たちの排外運動

 中国人は世界に冠たる詐欺師、ペテン師である。アメリカ人に略奪から人殺しまで何でもしながら、責任逃れだけは上手である。国全体が乱れていようが構わない。しかし、無政府状態で国が乱れていようとも、権力を握っている軍、役人に何かする気があればできるはずである。しかし、自主独立の気概のない国の常で、問題が頻発すると、権力者は外国に責任転嫁するばかりである。「食料を強奪する帝国主義国打倒に全力を尽くせ」と、来る日もくる日も張り紙をし、ビラを撒いて扇動しているのは、何を隠そう中国政府自身である。そして暴動が起こると、「当局には一切責任ございません」とするのを茶番といわず何と言おうか。

 張学良は満州を反日一色に染めたが、その結果には「知らぬ、存ぜぬ」の一点張り。すべてが張学良の差し金かどうかはわからない。が、こういう事態になった原因は張学良にあると、外国人はみている。父の張作霖はこうまではしなかった。

 1927年から31年、国民党政府は相変わらず反日運動を推進していた。日本からの借金を返す義務はないと公言したかと思うと、学校の教科書に反日プロパガンダを刷り込み、「大嫌いな日本」という歌まで作り、授業で毎日歌わせた。それから1931年と32年の国際会議で、「中国人は昔も今もすべての国と誠心誠意お付き合いをしてきたのであります。しかるに敵は、言われなき罪をかぶせ、弱みに付け込んでいるのでございます」と訴えた。

 ところが、日本には証拠がある。学校や過激な組織で繰り広げられている反日プロパガンダの証拠である。これは英米人の手で翻訳され中国各地の領事館に保存されている。張学良の満州の反日運動歌を紹介しよう。

 お前を叩きのめしてやる

 鉄砲を投げ捨ててやる

 大砲を破壊してやる

 残忍な支配権を踏み倒してやる

 一致団結(以下同趣旨)

 借金は踏み倒す

 銀行はぶっ潰す

 打倒だ 打倒だ

 お前の経済力はすでに地に落ちた

 そして奇妙なことに、20数万の張学良の私兵は野放図な自信を持つようになった。多分当時の中国では最強であったろう。満州は中国本国に比べて一人当たりの財力は上回り、軍資金も豊富で、前にも書いたとおり、装備もまあまであった。ただ人材と士気がない。だから、わずか1万余りの日本軍が動き出したと聞いただけで、20数万もの大軍が算を乱して敗走したと聞いても驚くに当たらない。

262p柳条湖の鉄道爆破

 1931年9月18日、事件が起きた。日本では強硬派が主流派となり、中国を憤る声が強まり、古老の幣原の提唱する穏健派の平和愛好派は後退した。一方、在中米英の官民の大勢はこうである。「中国人は今回、相手を間違えた。この数年、米英人に対してはやりたい放題だったが、同じ手を日本に使ったのが間違いだった。日本人は手強いよ。自ら撒いた種だ。我々が何年もやるべきだと言っていたことを日本がやってくれた」。

 ところがネルソン・T・ジョンソン公使がワシントンに送った報告書はそういうものではなかった。公使の報告は「しっかりとした情報に基づいた意見」であるべきである。今回公使に入った意見は、他の情報と違って簡潔明瞭、長年営業妨害されてきたビジネスマンが晴らせなかった恨みをついに日本軍が晴らしてくれた、そういう意見であった。「頼むぞ、日本軍,徹底的にやっつけてくれ」と熱い思いがこもっていたのである。

 「1931年9月18日の奉天攻撃は周到な用意の下に始められ、単なる橋(注・橋ではなく線路なのだが、中国が国内向けに大げさに、そう報道したのだろう。著者の間違いと訳者がしているが、訳者の方が間違い)爆破に対する反抗とは言えない」と中国は証拠をあれこれそろえて主張した。そのとおりであろう。関東軍に一糸の乱れもなく、兵の怒りは並大抵ではなかった。中国側の違法行為が激増しては、いかに東京で「不拡大」を唱えても現地の関東軍を押さえることはできなくなった。恐らくこういう気持ちであったろう。

 「諸君。事ここに至りては已む無し。次回攻撃有らば返り討ちにして進ぜよう。正義は我に有り。世も認めるところ。号令一突下撃し、敵陣深く切り込め」

 「日本は戦争の口実を作るため、自分で自分の鉄道を爆破した」と中国側は抗議したが、そうとも思えない。第一、必要がない。中国側は毎週のように次から次へと新たな妨害工作を仕掛けていたのであり、この年も、隠忍自重住する日本軍に対し、二、三日するとすぐ挑発行為を繰り返していたのである。誰がどのように鉄道(注・橋ではなく線路と著者は認識している)を爆破したかはいまだに全容が明らかになっていない。わかっていることは、とにかく爆破され、日本の鉄道守備隊が攻撃し、中国兵を追い払ったという事実だけである。

 奉天を手にすれば満州全土を征服するのは容易い。これで中国は満州でぐずぐず言うことができなくなったと日本は考え、条約に則って鉄道を建設した。収益は当然日本のものである。契約期間中は日本のもので、契約期限が切れれば返還することになっていた。長きに亘る無政府状態、風見鶏の軍閥排外主義官吏、過激学生秘密結社等が結託し、自らの悪事を隠すため暴徒を扇動する。これに日本の堪忍袋の緒が切れたのである。もちろん、満州の地に日章旗を打ちたて、新帝国を樹立する夢もあったのは確かである。あれだけ挑発行為を仕掛けられ、泣き寝入りすることを良しとしない者が日本軍には少なくなかった。しかし、「もしも」の話ではあるが、もし中国政府が外国権益の破壊運動を地下で扇動しないで、日本の権益が保護されていたなら、満州を征服などしなかったかもしれない。

 日本の言い分はこうである。「お前が黙っていたら俺からやるはずがないだろ。しかけたのはお前の方だ。こうなったら見ていろ、一歩も引かないぞ」

266p新聞が事実を伝えないから反日感情が高まる

 アメリカの新聞はシャーロック・ホームズ気取りで、「アジア大陸征服作戦を練る日本」等ととんでもないことを書く。「・・・は明白である」とか「したがって残念ながら・・・としか思えない」という具合である。ところが、極東に住む人間には「ブラック・ユーモア」「おふざけ」としか思えない.もちろん日本にとって、満州は喉から手の出るほど欲しい土地である。シャーロック・ホームズならずともわかることだ。わかりきったことを議論するほど無益なことはない。「猫は小鳥が好きである」ということを証明するために医学研究所を建てるようなものだ。

 アメリカの世論が、こうまで対日批判一辺倒となったのはなぜか。満州事変に至るまでの事情が伝わらなかったからである。一面トップは「日本軍奉天占領」「全満州に侵攻」である。これでは狡猾な日本軍が、物陰から襲い掛かるヒョウのように「何も悪くない可哀想な人間にいきなり噛み付いた」と思い込んでしまう。何年も前から中国当局は略奪行為を黙認し、反日プロパガンダを扇動した。線路に石を置き、日本人を狙撃、殺害した。およそ考えられる妨害行為を煽る反日プロパガンダをしたのは他ならぬ中国政府である。このような経緯をアメリカ人は知らない。

 ここで一つ国際親善・理解について考えてみよう。ある国がある国に、資金援助なり、企業誘致したとする。これが順調にいき両国に利益をもたらし、信頼関係が深まったとする。こんな嬉しいことはない。これこそ国際親善・国際理解というものである。アメリカの歴史に目を転んじて見よう。19世紀、アメリカの産業界はロンドンの資本化の融資を受けていた。歴史に過程は禁句だが、もしアメリカの政治家が中国人の如く喧嘩好きで傲慢であったらどうしただろうか。まず、資金はありがたく頂戴する。それから、やおら中国人に倣(なら)って君子豹変である。金を出した本人を「腐敗した帝国主義者」と決めつけ、妨害工作やら返済拒否やらやりたい方題したかもしれない。

 現代カナダ版ならこうなる。カナダ工業会の大部分はアメリカ資本だから、オンタリオの自動車工場は焼き討ち、各地のアメリカ領事は襲撃される。

 中国人はどうか。大学教育を受けた知識人が何万人も中国に入る。彼らの行動はこうである。外国人と交渉して融資を勝ち取る。この時は「公共の福祉に尽くした英雄」と持て囃す。ところがこの金がうまく働いて「黒字」が生まれるや否や君子豹変。経済苦境に喘ぐ中国人の首を絞める。「強欲帝国主義者打倒」の大合唱が始まる。

 途上国ではまま見られることではあるが、中国ほど残忍で愚かな国はない。例えば、南米各地に鉄道を敷き路面電車を走らせたのはイギリスだが、必ずしも南米諸国がイギリス贔屓とは言えない。が、中国のように悪意むき出しの妨害・破壊工作をすることはなかった。

※80年前と全く同じなのが中朝韓罪日である! Ⅵにつづく⇒

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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