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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観末期の目で見生きた大和先人「我ら戦争犯罪人にあらず」今村均著


末期の眼で生きた大和先人「我ら戦争犯罪人にあらず」今村均著

戦国の世なので、いつも末期の眼で見、末期の眼で生きた先人、現代とは次元が異なる。末期の眼に映る世界で、人間記憶装置文系東大京大NHK等の思考回路無き実技無き丸暗記人間)には、永遠に謎だろう。

 戦国の世に、八方の侵略者に囲まれ追い詰められた資源無き小国日本、子孫死守適者生存を懸け、天道の下、国民をトラウマの尼港済南通州(1軍命は捏造米軍急迫で集団自決等の惨劇から護るため、軍民一丸となり戦った国民大方の気持ちが、ここには語られている。66年間NHK等が隠蔽し、決して放送しなかった真実の声で、軍民一体の大和、透明な高みである。

「我ら戦争犯罪人にあらず」(幽囚回顧録)復刊産経新聞社今村均(1886~1968)抜粋(真実史観注・)

第四章霊前にそなえる 

2獄内通信

 私がチビナンの政治犯囚舎に入れられていた当時・・・昭和23年の11月のある日、山口君に託された、独房の橋本豊平君の書面を受け取った。―もちろん内密のことである―同君とは、まだ面識のなかった間柄。文面の主旨は、つぎのようなものであった。

 「私はジャワ上陸のとき、あなたの部下の一人でした。占領後、長くマズラ島に勤務し、終戦に会ったものであります。そこでの憲兵業務中、住民調査のとき、不当行為があったという名目で起訴され死刑の判決を受け、七ヶ月も独房に入れられているのです。私より後に裁判された者が、ぼちぼち執行されだしましたから、私の最後も間近いことと、その日を待っているしだいです。

 山口さんのお話では、あなたは越後とは、深い関係をお持ちとの事。まだお会いはしていませんが、旧部下であり、同郷のよしみにもつらなり、失礼ですが、突然に書面を差し上げます。私の家は、県人会名簿にもしるされてある所で、直江津の近くにあります。私が戦犯で処刑されたとわかったなら、家のものはどんなにか悲しみとともに、世間体を恥じることだろうと思われます。もし機会がありましたなら、戦争犯罪というものは、どんなものなのか、また私どもは、どんな裁判をうけたものかを私の家族にお伝え願いたいのです」

 右の願意は、戦犯という名で死んでゆく人びとの共通のものであり、ラバウルで死んでいった二十九人の部下将兵も、皆同様の訴えを私に残していた。

 ・・・公正にさばき得る中立国の法官によったものではなく、勝って官軍となった敵の一方的且つ感情を交えたものであり、被害者側のみの証言を根拠とし、原告が被告をさばくものであるから、正当の裁判とは言えない。

 それですぐ返事をしたため、・・・山口君に依頼した。

 するとその翌々日、彼は再び半紙五枚ほどにこまごまと書きつづり文信を寄せてきた。

 「私は、ご老体が、こんな所でご苦労なさることをお気の毒に思い、またおなつかしさの余り、お見舞いのつもりで、お願いの筋を申しあげたのでした。しかるにさっそくにくわしい慰めのお文をいただき読んでいるうちに、涙があとからあとからと押しだして来、どうしてもとどめ得ませんでした。それでお許しも得ないで失礼でしたが、各死刑囚独房の人たち全部に回覧し、私の感激をみんなにわけたしだいです。なんとかして執行前に一度お目にかかりたいと強く念願されますが、山口さんのお話では、あなたは特別厳重に監視されてい、到底お会いなどは出来まいということですので、またお手紙で意中を申し上げる次第です。数ヶ月前に私は父より手紙をいただきました。

 “豊平が、戦地からもどり、身を固めるときのためと思い、新築した離れ家は、終戦の年の初めに出来あがり、きょうかあすかと待ちわびていたのに、戦犯とかで取残されることになったとのこと。こちらのがっかりはもちろんだが、また引きつづき、豊平がどんな苦労を重ねることかとかわいそうでかわいそうで泣けてしまい、お袋と二人で心から仏様にお祈り申したことである。それで観音経を謹写しはじめ、ついこの間、それをお仏壇にお供え申した。観音様がござらっしゃる限り、きっとお前は救われる。心は丈夫にもて。家のことはなんの心配もいらない。身体をこわさないようにせいよ。こちらはお前の帰るまで、何年でも元気にがんばっているつもりだ”」と、親なればこその、ありがたい便りでありました。父は大の仏教信者です。が、最も強く私を愛していますので、私の刑死が報ぜられたなら、悲しみの余り、神も仏も無い世かと、仏のお慈悲にまで疑いを抱き、信仰にひびがはいったなら、子を失った上に信仰まで失う。こんな不幸のことはなく、私の不幸は二重の悲しみなり、父が気の毒でたまりませぬ。

 私自身の運命については、もうとうからすっかりあきらめ切っています。が、最近目にした内地の新聞雑誌によりますと、軍人は、軍閥の吹く笛に踊り、その手先となり、侵略の悪事を犯し、遂に国家をこんな悲惨な運命に投げ込んだ、と酷評し、また、戦犯に問われている者は、余計国民の顔にどろを塗った悪人だ、とも申し、なかんずく、今まで私どもの精神のただ一つのよりどころであらせられた天皇陛下が、憲法により、実質的には、国民より遊離した御存在になってしまわれ、ご自身も“私は現人神ではない、人間であり、国民の中の一人である”と迎せられたとあります。そうであるなら、私の魂はどこに行けばよいのでしょう。国を滅ぼした不忠の臣とあっては、靖国神社に行けるどころではない。またみたての護りも、もういらなくなってしまったのかと、実に寂寥の感に耐えられないのです。

 しかるところ、お手紙により、“われわれは、お国のために、東亜十億民衆解放のために戦ったのだ。今の人がなんと言おうと、百年後の歴史は日本民族の犠牲においてかち得た、有色人種解放の世界史的意義とその聖業とを、必ず賛美するに違いない”との確信。“また戦犯とののしる者にはののしらして置け、われらはやがて、一点の曇りのない神様の御裁きの前で、従順にその判決に服するのだ。われらの行動は、ただただお国のため、勝たんがためのものであったことに、なんの疑いや惑いをもつ必要があろう”とお教えいただき、また靖国の森で会おうと申してくださったので、やっぱり靖国神社はあったのか、そこに行けるのか、という大きな安心を得たわけです。

 なお、次のことも、おついでの際教えてください。それは“あんなにも全国民が一生懸命になり、いっさいをささげてやった聖戦に、どうして天佑「てんゆう(天の助け)」がくだらなかったのか。また国体はほんとうに護持されたのだろうか”ということです。私たちがこのお国のためと信じて一身一命をささげた日本が、とんでもない別のものになっているなどと思うことは、とてもやりきれないことですから・・・」

 ・・・すぐにまた返事をつづり、翌朝山口君にお渡しした。その午後になり同君が来、

 「昨夜の和田大尉以下三人の逃亡で、いっさいの日本人は、死刑囚房に近づくことがならないと禁じられ、・・・橋本君との連絡は不可能になりました」

 かように言い、私の文信はついに橋本君に渡らずじまい、蘭印当局は和田大尉らの逃亡に刺激されてか、間もなく橋本君を処刑してしまった。

 その夜、私一人だけの独房で、この未見のかっての部下の名を紙に書き、これをお位牌のつもりにし、その霊前につぎの返信をお供えし、冥福を祈った。

3返信

観世音の慈悲

 橋本君再度のお手紙ありがとう。この前の私の返事が、いくらかのご参考になったと聞き、しあわせのことでした。今度のご文面も、くりかえしくりかえし拝見し、ご意中は、十分に諒解し得た。それで、さっそくに私の思うところをつづってみました。

 第一にきみの刑死により、悲嘆の余り、お父さんの信仰に影響を及ぼしてはというご心配。子として親を案ずる孝心はよく推量される。ご両親が、きみの最悪の場合の報知に接したとき、どんなに悲しむかは言うまでもないこと。親の愛は、子の親を思う幾十倍も深いものだから、きみが心配する以上幾層倍の悲しみに打たれるでしよう。しかし仏の愛は、その親の愛のさらに幾十倍も大きいものです。仏はすべての人間の親であり、お父さんが絶望のふちに沈んだとき、救いの綱をたれ、引き上げてくださるのは、観世音菩薩であります。そうちゃんと観音経にはしるされている。事実、たいていの人の信仰は、幸福のときには失われ、不幸のときに得られるものだ。また不幸の前よりは、あとに強くなるものです。私はかたく信ずる。きみの霊が家庭に帰ってみると、きみは必ず村の人たちや、親戚の者や、僧侶の慰めよりは、はるかに大きく、ご両親が人なき所で流す愛児を恋い悲しむ涙そのもので慰められており、また観音経口誦の間に、きみの姿を、諸仏の間に見いだしている事実を知るに至るであろうということを・・・。

 とにもかくにも、きみの霊自身は、ご両親の心の上に飛んで行き、これを慰め得る力を有するのだ。だから今生にはなんの不安も未練も残さず、すぐに越後に帰られればよいのだ。

悪罵の嵐

 つぎには、軍人は軍閥の走狗になり、国をつぶした不忠もの、との世のののしり。この悪罵の嵐は、たしかに終戦直後、国の内外に吹きすさび、今でもその余勢が静まりきってはいない。これは、つぎの三つの事情に夜のです。

 第一は、アメリカ軍の行った大きな宣伝のためだ。彼らは考えたのだ。日本の天皇は終戦を決意されても、この勇敢決死の民族の闘志は、容易のことでは静まるまい。現に決戦を直訴しようとした陸軍軍人もあれば、終戦詔書の渙発「かんぱつ(詔勅の発布)」のあとに飛びだし、米艦隊に爆弾とともに突撃した幾多の海軍特攻隊もあったではないか。従って日本の占領は、大きい犠牲なしには出来まい。すみやかにこの国民の戦意を喪失せしめることが、最大緊急の要務だ。これがためにはまず国民の団結を破壊し、相互に争うようにしむけ、完全に弱体化しなければならない、と。そこで彼らは、第一に、日本の全新聞、雑誌、印刷所、ラジオを、その勢力のもとにおさめ、米軍は、決して日本民族を敵とするものではない。いな、反対に、長い間封建的勢力により、抑圧され自由を奪われていた不幸な境遇から民衆を解放し、民主自由のしあわせを享楽せしめようとするものだ。米軍が敵とし処罰しようとしているものは、国民を無知にし、これをあざむき、その犠牲の上に、侵略戦争を世界にいどみかけた悪魔的軍閥と、その支持者だけだ、と呼号「こごう(大げさに言いふらす)」し、これに最大の力と金とをそそいだあらわれである。

 第二の事情は、終戦前までの長い間、思想上また能力上、時の指導階級にいられず、野にあったか、またはその下積みになり、驥足「きそく(優れた才能)を伸ばしえずにいた不満不平の学者、文人、思想家政治家がいっせいに右の米軍宣伝の波に乗り、いっさいの愛国的または民族的言論が、進駐軍により絶対に禁圧されている嘘につけ込み、米軍の強力な支持と、庇護のもとに、旧指導階級排撃の論陣を張り、攻撃重点を、軍部とこれに関連を持った人々に集中し、ついに公職追放の名のもとに全部を排斥し、これにかわって権力の地位についたものは、その庇護者の旨を奉じ、みずから日本民族は、軍閥の指導により、世界に対し、不正義を強行しようとしたものだ、と肯定するまでに隷属的となってしまった。はなはだしい者になると、もちろん、ごく少数ではあったが、数年前まで、それらのいう軍閥の高位にあり、またはその中心に近く活動し、事変に功があったと認められ、君国から大きく叙勲され、ありがたくこれを拝受した高級軍人までが、声をあわせて、そのかっての戦友、部下の死屍にむちうつような、非武士的言動をあえてして恥じなかったものさえあったのだ。

 旧指導層の人々は、祖国をこのような敗戦に導き、八千万同胞を塗炭の苦しみに陥らしめた罪過と重責とに、ただただ恐懼謹慎し、一言も弁解することはしないで、引退し、または獄中におもむいた―これが本当であり、日本人である―だから、悪罵の低気圧は、周囲に中和すべきなんらの高気圧に会することがなく、一方向だけに強風疾風を吹きまくりつづけた。注・東大等の戦後復職赤化教授である)

 第三の事情は、国民全部のつき詰めた気分だ。きみが、あんなにも、全国民が一生懸命になり、いっさいをささげて行った聖戦が、なにゆえに成らなかったのか、と私に尋ねる。同じ疑惑と不満とは、全民衆に共通したものである。真剣であっただけ、それだけ、失望は大きく、勝つと誓っておきながら、何たる体たらくだ、いったい軍はどんな戦争をしたのだ、いつも勝った勝ったと大きく放送しながら、あれは嘘だったのか、と憤慨するのはもっとものことである。英国のように国民を信頼し、負け勝ちをなんの粉飾なしに真実を知らしめるやり方とちがい、負けはいっさいひたかくしにし、または巧みに言いつくろい、勝ちだけを五、六倍に拡大してきかせるようにした要路の人たちの間違いから、わが同胞が、撃ち落していなくなっているはずの米軍爆撃機が、日ごとにふえ、いよいよ多くの爆弾や焼夷弾を浴びせかけることを不審にし、軍部のうそつきめ、とののしったとて、どこに無理があろう。ただひたむきに、戦勝だけにいっさいをささげつくして丸裸になった国民の前に現れたものは、勝ち誇った最優良装備の米軍であっては、信頼の度が強かっただけ余計に軍に対するふがいなさが感じられ、ただこれだけにいきどおりののろいが発せられることは自然である。いな、敗戦のくやしくてくやしくてたまらないうっぷんは、せめても、こうののしっているのでなければ、たまらないのである。―がこの国民大衆ののろいは、前に述べた、いわゆる知識人たちのものとは、完全に別のものである。ちょうど試験に落第した愛児に対し、あんなにも家中かかって勉強させたのに、と愚痴ると同様、そののろいの声の下には涙がいっぱいになってい、中にはぽろぽろ泣きながら、おこっているものもあるのだ。

 橋本君、きみの読んだ評論というものは、その時分の悪意のまたは大衆の善意の、ののしりにおおわれていたときのものではないのか。終戦後三年半近くになった今日では、幾分は平静の気分をとりかえしているように見える。まだまだ米軍は、言論の自由を認めていないようだが、昭和23年9月の“改造”誌上を見ると、一左翼評論家がつぎのようなことを言っている。

 “近来、勤労階級層の間に澎湃として起きかけている愛国の思想が、また再び誤った方向をとるようになったら、民主平和日本の発展に大きな障害となるであろう”

 これからみても、前述の国民大衆は、いまでも依然として、軍人一般を、不忠者だなどとは思っていないのだろうと推察される。もっともわたしなどのような大きな責任者は、国民の不満が幾分でも安まるため、もっともっと、大きく非難されることを本望としてい、実際なんと言われたって、しかたのないほどの罪過を国家に負うていることを自認している。戦勝のときに、功一級などを与えられる地位の者が、戦敗を招いた場合、罰一級をこうむることを避けようとすることは、これこそ許すべからざる厚顔無恥と言わなければならぬ。注・独立と同時の戦犯救出決議と署名が同胞国民の本意である)

天皇陛下

 きみの質問。国体は護持されたのか、魂の帰ろうとする日本は、別のものになっているのではあるまいか、ということ。

 私とて、ここ八年間、祖国を見ていないので、国家がどんなに変えられているのか、真相をお伝えする知識を持たない。ただジャワに移されるまでの、ラバウル収容所では、日々内地の放送を聞いていたし、また新聞雑誌はここよりもよけいに読むことが可能だったので、きみよりは、幾分はよけい知っているとは言えよう。そんな程度のものと思ってくれたまえ。しかし、ものの見方というものは、たとえば富士山に登りかけると足元付近の詳細はよくわかるが、全姿は見えなくなり、ある程度離れた方が、全容をながめうると同様、日本国内の渦中にいる者よりは案外いまなお海外に残り、真剣に祖国をみつめているわれわれの方が、あるいは真相に近いものを感得しているのかも知れないとも思う。

 まずは新憲法だが―人伝えだから、ほんとうかどうか、責任をもって言えるものではないが―あれは日本人が作ったものではなく、アメリカ軍司令官から、こうせよ、とむりに授けられたものだそうだ。だから平和会議でもすみ、独立国家になり得たときは、必ず日本の国体にしっくりはまったものに、改められるに相違ないと信ずる。

 日本の国体は、同一血脈の民族が、各家庭を単位とし、皇室を総本家といただき、これに精神的団結の中心を置き、億兆心を一にし、各自の生存と発展とを計る、一大家族主義国家であり、皇室と国民とは別々のものではない。しかるに昔の国学者の一部は、陛下を現人神などと唱え、別格にして奥深く、鎮座ましますべきものかに説き、宮内省はこれに応じ、しかもこれにルイ王朝時分の洋式を加味し、いろいろの制度と儀礼とを設け、陛下と国民との間に障害をきずき、大正以降の行幸は、警官と軍隊との垣で民衆の目からおおい、陛下を宮中と政府大官だけの陛下となし奉り、昭和にはいると、千代田城と御別邸では近衛警備衛兵をさえ、“お目ざわり”と称し、これを陛下のお目より遠ざけるような、血迷うたことをするようになった。これはじつに大御心と反したものである。

 陛下ご自身が“現人神などではない”と仰せられたことは、私はありがたく考えている。われわれがついこの間まで、奉誦し、今になお少なからぬ人が奉誦している勅諭には、“朕は爾(なんじ)等の頭首”とは仰せられてはいるが、“爾(なんじ)等の現人神”などとは一言もお示しがなく、教育勅語の中にも、そのような“神”などとは申されていない。反対に明治天皇陛下は、広く国民に信教の自由をお認めになったが、天皇を現人神としてあがめるようなどとは、決してお諭しにはならなかったのである。

 私は、孔子様、お釈迦様、イエス・キリスト、法然、親鸞両聖人の教えを本で見ての感じだが、これらのかたがたは、ご自身、神だとか仏だとか宣明されていたのではなく―後世の信者の中には、そのようにこじつけている者はあるが―普通の人間よりも、幾倍も幾倍も悩んだり苦しんだりして、同じ人類に大きな同情と愛とをおぼえ、どうかしてそれを救ってやりたいと、道を説かれたのだと信じている。同じ人間の説かれたものだから、私は本気になってその教えを仰いでいるのである。それだのにどういうわけのものか、同類の人間が説くのでは、ありがたくなく、信じられないとする人のほうが多いのか、とかくに、聖者を偶像的非人間にしたがる。イエスをむりに処女懐妊のことにしたり、日蓮聖人が単なる漁師の子としては、対面にかかわるとでも感じてか、太陽がその母のふところに飛び入ったと夢みてはらんだとか、言うたりする。真理を教える宗教が、真理と反する伝説を創作することは、文化の低かった時代の善男善女をありがたがらせることには役立ったであろうが、今日ではそうしない方がよい。

 わが陛下にしてもそうである。国民の一人―宗家長―としての人間であらせられるから、われらは信じ尊び愛しえるので、“現人神”などと言う、国民とちがったものにすることは、国体的ではない。陛下がこのたび、みずから側近者のむりに作った天の岩戸をおしあけられ、人間として国民の内にお進みになり、民衆とともに惨苦をともにせられる御姿こそ、私は尊くかつ親しく拝される。(注・凶産教等のカルト教は、自らを神と自称するが、真の教祖は、弟子が尊称したもの)

 前述のように、平和条約成立後、きっと憲法に再度の修正が加えられる、そのときこそ、国民の総意が反映するほんとうのものが作られると思うが、自分一個の考えでは、陛下はつねに国民精神の中軸に立たせられ、学問、体育、芸術、慈善などの御奨励におあたりになり、政治上のことは精神的なものは別格、その他は国民の推す者にお任せになられるのがよいのではないかと思う。

 ともかく私は、天皇を拝するのは、ちょうど日の丸を仰ぐときと同様、日本国家そのものを拝する気持ちであったので、これは将来も変らない。だから日本の国体はアメリカ軍司令官のおしつけた憲法などでは、どういう形になっても、実質は変わるものではないと信ずる

 別辞

 橋本君。以上が、きみの質問に対する私の返事だ。

 きみの霊は、僕のものより先に祖国に帰るのだから、よく実際を見ておき、後で行くぼくらの霊に、よく事情を教えてくれたまえ。そのとき、この返事中の誤りの点を指摘してください。そして相ともに、幽冥界から、祖国の復興に協力しましょう。

 きみの魂の平安なる門出を祈る。

 昭和二十三年十一月                  今村 均  

抜粋完


 斯くの如き透明な高みで団結したのだ、小国日本は!追随せぬものあろうか!日本は敗れたが「そこには何かが残った」。そして勝敗を超え、敵味方が融合し、植民地独立付与宣言が導き出され、開闢からの戦国は破壊され、新秩序となり、分断回避早い独立占領地返還となった。敗れて身は潰えても、残ったものは「精神」、敵味方の琴線「唯心」を揺さぶり、新秩序を成したといえる。この戦後の世界の聖戦に参加もせず、老若男女同胞殺しに明け暮れたのが、ソ連偽中国贋半島(罪日も)、いずれも犯日で、世界の爪弾き国家である。

 唯物凶産に世界はズタズタにされ今も国内外に残党がたむろしているが、この、世界を揺さぶった唯心で、今の日本があるということを、日本国民はしっかりと認識し、まずは、日本人たる根源(助け合いの絆大和団結)の破壊団、文系東大京大NHK(人間記憶機かスパイのいずれかである。66年間もの長きにわたる無検証職責放棄が、揺るぎの無い証拠打倒、ついで犯日打倒だ。大江等の脱原発は売名での自己延命が目的の我欲で、実に醜悪。明治公園は有効面積7200㎡以下で、1㎡に一人で7200人。5万人なら38㎝角に一人で入れるわけが無い、それを「5万人」などと銘打って、冒頭から捏造し、更に嘘の上塗りをして「6万人」と発表、捏造し放題である。何ともあきれる輩だ!

 すでに靖国で額ずき、心有る日本国民は決起し、大和革命は起動した!後塵を拝すなかれ地でじ化でNHK解約申し込み10万件超、20億円の減収 地でじ化でNHK解約申し込み10万件超、20億円の減収 地デジ化でNHK解約5・9万件

 革新の一票(受信料不払い、新聞や岩波書籍不買で、まず元凶NHKと新聞と岩波打倒。ついで、我欲亡国奴の巣窟、東大京大等の文系破壊)を投じ捏造打倒の旗を掲げた志士に、つづけ!

 「凛として愛」http://www.youtube.com/watch?v=Hpz5rFqI7jA動画が公開されている。1/7後半「凛として愛」の題字後の冒頭、「60数年前、ニッポンはアメリカをはじめ、世界百数十国を相手に大戦争をした・・・日本の掲げた理想は実ることはなかった」と語っているが、解明後の現在では、明白かつ、致命的間違いである。日本(台湾・朝鮮・南洋・満州・南京汪兆銘極東共栄圏連合軍)の相手は宗主国(米英蘭とその傀儡蒋介石)と凶産国(ソ連とその傀儡毛沢東)のみで、植民地独立付与宣言(賛成89反対0棄権9カ国賛成国とは戦っていない!そしてそれは能動戦(大戦争をした)ではなく、兵糧攻めの応戦(糧食獲得目的)、自衛戦で、互恵平和と民族平等と自由貿易(真の独立)を勝ち取り、日本の掲げた99年間の理想は実った下記等参照し、踏まえての観照が肝心で、「凛として愛」の焦点が定まり、かつ整合し、「」と成る!「凛として愛」は現在、便乗屋(愛国保守騙り)の、金儲けの道具なので、ネット動画観照が得策。

『もし日本なかりせば』暗に大東亜戦

1軍命は捏造米軍急迫で集団自決

1小国日本適者生存の術は共栄圏

1遡り日本史はNHKと東大教授加藤陽子

1NHK日本人はなぜ戦争へ向かった

 

亡国の起因冤罪史観破壊!子孫へ遺す真実史観蜂起日本適者生存史目次へ

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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