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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観丸暗記平和主義九条の会等の「護憲が平和」は先人への限りない冒涜

終章丸暗記平和主義九条の会等の「護憲が平和」は先人への限りない冒涜

1945年8月15日玉音放送後の、河井道の感想。

 「この未曾有の国家的危機に際して・・・父親らしい戒めに対して、国民は孝心を明らかにして従順に従ったのであった。天皇にたいする代々にわたる忠誠心は、塵や埃のように一吹の風にあえなく散ってしまいはしない」(河井道「スライディング・ドア」恵泉女学園1995年)

1945年8月27日終戦でPWSは、情報頒布部(IDS)に改組。同日のフェラーズ政策指示書。

 「天皇は依然として日本人の信仰の生きた象徴であるから、この天皇の力は、敗戦のショックによる人心の同様を抑えるのに有効であろう」フーバー研究所資料

1945年8月30日、元帥と共に厚木に降り立ったフェラーズは、真っ先に一色(渡辺)ゆりと河井道の探索を開始し、突き止め、9月23日アメリカ大使館内の自宅の夕食に招待した。

1945年9月15日娘ナンシーへのフェラーズの手紙「きょうまでわたしはルーズベルト大統領が、アメリカ国民を戦争に巻き込まないよう努力した行動を、ひとつも見出すことが出来ない。そうではなくて逆に、あらゆる施策が、まっすぐ戦争に向けてリードされた

1945年9月23日「フェラーズは『天皇が戦犯になることについてどう思うか』とたずねた。ゆりは、とっさに『陛下にもしものことがあれば、自分は生きていない』と答え、河井も『日本にとって大変なこと』であると語った。フェラーズは、二人の反応を深刻な目つきで聞いていたという」(一色義子「愛の人河井道子先生」)

 「天皇が追放されれば暴動が起きるだろう」という河井道の言葉が記されている。(同日の9月23日フェラーズ日記)

 河井道(父は代々伊勢神宮の神官だったが、明治の合理化で失職)も一色ゆりもクリスチャンでクエーカー、「天皇崇拝者」ではない。「天皇不訴追」の覚書マッカーサーへ提出は、この直後である

1945年9月27日(天皇とマッカーサーと会見日)河井道に「先日相談した件についての下書きを同封します。あなたの意見を聞かせてください」と依頼し、10月1日にも同様の以来を繰り返し、翌日マッカーサーに提出(F文書)。

 「当時、本国(アメリカ)や連合国の間で天皇批判の声が高く、その圧力に抗するために覚書を書いた。大体の案はあったのだが、確認のため河井道に協力してもらった。彼女は実に偉大な女性だった。あれはミチ・カワイから授かったものだ。・・・河井道自身は知らないことかもしれないが、マッカーサーの天皇観は、たぶんに河井の影響を受けている」フェラーズ死去の9ヶ月前の証言1973年1月19日(コロンビア大学所蔵)

1945年9月27日10時過ぎ天皇がマッカーサーと初会見

 「フェラーズ文書」家族宛の手紙。「天皇がアメリカ大使館を出発したとき、マッカーサーは感動の面持ちでこういった。『私は自由主義者であり、民主主義国で育った。しかし、惨めな立場に立たされた天皇の姿を見ると、私の心は痛む』

 オフィスに向かう途中でマッカーサーは、天皇は困惑した様子だったが言葉を選んでしっかりと話をした、と語った。『天皇は英語がわかり、私の言ったことはすべて直ちに理解した』

 私は言った『天皇は、あなたから処罰を受けるのではないかと恐れているのですよ』

 マッカーサーは答えた。『そうだな、彼はその覚悟が出来ている。処刑されてもしかたがないと考えている』」

キ-ナン主席検察官(1888~1954)の証言(教養特集日本回顧録・東京裁判・1963年5月27日放送)

 「キ-ナンは私(キ-ナン秘書山崎晴一)にこう言ったんです。『・・・もし天皇を証人として証言台に立たせたら、・・・天皇がこうしてここにおる被告は、東條以下全員、朕の命令で戦争を遂行した。どうか朕を訴追して、これは全部釈放してもらいたい”、こう言われたらどういうことになる?拍手喝さいして大喜びのやつは大勢いる。しかし占領政策はそれでぺしゃんこになる。だから天皇は証言台に絶対呼べないんだ』こういうことを私に言ったことがあるんですよ」1954(昭和34)年文芸春秋10月号「鬼検事キーナン行状記(生前公開禁止とされたキーナン自署の手紙を公開)」山崎晴一(前述)著も、同内容。

2009/07/02 動画 昭和天皇とマッカーサーの会見を通訳官が証言

 

1945年10月4日フェラーズもう一つの覚書(フェラーズとマッカーサーは共に共和党で反ソ反共)

 「ソ連は、日本に革命が起きることを望んでいる。我が国(アメリカ)の政策は、革命を期待しているかのようだ。革命には、天皇の排除が最も有効なのである」「(F文書)

1946年1月下旬、フェラーズから吉田茂外相へ、占領軍と天皇の連絡係と、皇太子の家庭教師アメリカ人女性を置くべきと、二つの提案があった。

 吉田は直ちに人選を行い、寺崎英成(ワシントンの日本大使館勤務中米人グエドレン・ハロルドと結婚)を「連絡係」に任命した。用務は天皇の通訳とGHQとの連絡などであった。寺崎は戦前からの熱心な尊王家であった。(木下道夫「側近日誌」解説)

1946年3月6日米内光正(終戦時の海軍大臣)とフェラーズの会談(通訳横田主一)。(旧海軍省記録)

 フェラーズ「裁判に於いて東條に全責任を負担せしめる様にすることだ。すなわち東條に次のことを言わせて貰いたい。『開戦前の御前会議において、たとえ陛下が対米戦争に反対せられても、自分は強引に戦争まで持って行く腹を既に決めていた』と」

 フェラーズの示唆「東條に全責任を負担せしめよ」は、米内から東條の弁護人塩原時三郎を経て伝えられた。東條は塩原にこう語ったという。

 「そんなことは心配ないと、米内君に言ってくれ、俺が恥を忍んで生きているのも、この一点があればこそだ」期日は明確ではないが、1946年3月13日以降。(塩原時三郎「天皇の責任と東条英機の死刑」)(注・田中隆吉の「天皇不訴追のために」は、便乗し、取って着けた言い訳。寝返っての売国は、私怨で、「公」など皆無のただの我欲

1946年3月8日フェラーズの祖母が、寺崎英成の妻グエドレンの伯母と判明し、親密になった。

1946年4月13日のソ連検察陣来日で、フェラーズの危機感はさらに増した。

 「モスクワは『天皇は去るべきだ、マッカーサーは手ぬるい』という宣伝戦を開始した」(F文書家族への手紙)

1946年4月23日「フェラーズに機密話してよし」の許可が与えられた。(「昭和天皇独白録寺崎英成・御用係日記」)こうして英語版が作成され、フェラーズに渡されたものと考えられる。天皇訴追阻止の切り札として万一に備えていたのが「フェラーズ版独白録」なのだ。

1946年5月5日フーバー元大統領(早世した両親がクエーカー)が食糧問題視察の特使で来日。

 「天皇が自ら戦争中の立場と降伏までの経緯を説明した記録(昭和天皇独白録)を作成していることを歓迎している。アメリカの対日感情がまだよくないため、この資料の発表はいま少し先にしたほうが効果的だろう」とフーバーは語っている。しかし、「然るべき緊急事態が発生した場合は躊躇なくこれを利用すると言う」(1946年5月7日F文書)

1946年10月15日皇太子の家庭教師バイニング夫人(クエーカー)が来日、以後4年間勤めた。帰国後の52年に出版した「皇太子の窓」は、アメリカでベストセラーとなり、天皇イメージ変換に貢献した。「資料。昭和天皇二つの独白録NHK出版1998年東野真(1965生まれ東大文学部卒NHK入社)著。陛下をお救いなさいまし集英社岡本嗣郎著」

 天皇訴追はまぬがれたが、天皇の証人喚問の可能性が残されていた。がしかし、東條英機の開戦決定は自らの内閣責任とした天皇責任完全否定が、決定的証言となり、天皇証人喚問問題は沙汰止みとなり、「昭和天皇独白録」も役目を終えた。1948年4月16日結審、判決までの長い休廷に入った。

1948年11月12日東京裁判の判決。東條ほか7人に死刑判決が下された。

1948年12月23日死刑は皇太子(現天皇)誕生日12月23日執行された。侍従の村井長正によれば、この日、天皇は終日書斎にこもり、「泣きはらして真っ赤なお顔をされていた」という。(高橋絋「象徴天皇の誕生」金原左門編「戦後史の焦点」)

 天皇の法廷出廷は、「臣下に罪なし全責任を負う」発言が懸念され、一気に日本国再蜂起への恐れがあった。進行中の平和裏の占領政策が瞬時に破壊され、大騒乱となる。「天皇不訴追」は当然だったのである。

 「解放の戦士としてアジアに影響力」を恐れ、日本軍隊極悪の槍玉に挙げ、自殺未遂で貶めての東條英機処刑は、天皇の身代わりとしての日本国民や米国国民の不満のガス抜きには、一石二鳥だった。そこで全責任を東條への作戦が実行された。66年後の今日も、大多数が東條英機罵倒のまま変っていない。いかに効果的な作戦だったかを物語って余りある。

 東亜の決起なければ、日本も食民地。その東條を、66年間も罵倒しているのだ、日本は!

思考を奪い丸暗記教育の元凶がWGIPと戦後復職の赤化教授と後継文系教授

 WGIPの軍人極悪国民善の二極分別は、戦後復職の赤化教授が飛びついた。戦中の売国奴追放を払拭し自己保身目的のためである。以後、歴史を善悪の二極(道徳)にすり替えて捏造教育、善悪史観は蔓延し、善悪が歴史と国民は錯覚した。加藤陽子や五百旗頭真等は、66年後の今日も、得意の絶頂で道徳史観(善悪)連呼である。先に殺さなければ殺される戦国時代は、勝者が善で道徳など皆無は常識。そしてこの戦国常識、「勝者が善敗者が悪」を破壊したのが、植民地独立付与宣言なのだ。善悪が歴史ではない。歴史は真実の積み重ねである!

 北部軍司令官樋口季一郎は、アッツ島救出作戦間に合わず、アッツ島守備隊2638人へ救出不能苦渋の打電「百の手段を講じて敵兵員の壊滅を図り、最後に至らば潔く玉砕し、皇軍軍人精神精華を発揮するの覚悟あらんことを望む」、重傷の捕虜27人以外は全員討ち死となった。がしかし、アッツ島守備隊のこの果敢な抵抗の結果、アメリカ軍は作戦変更せざるを得ず、隣のキスカ島攻撃に間をおいた。その結果救出万全となった隣のキスカ島は、5183名全員を無傷で救出した。停戦8月15日以後も北千島を攻撃してきたソ連軍を撃破、北海道上陸を阻止した樋口季一郎を、ソ連極東軍は「戦犯」指名した。この樋口の危機を聞いて、世界ユダヤ協会が動いた。マッカーサー総司令部は、ソ連からの引き渡し要求を拒否し、逆に擁護することを通告した。アッツNHKスパイ手口詳細ラジオ音声改竄玉砕戦陣訓米軍民族浄化隠蔽

 軍人樋口季一郎や外交官杉原地畝等のユダヤ人救出者は、共に国策(人種平等の原則)に基づいたものであったと語っており、事実もそうである。一方は文官ゆえにもてはやし、一方は武官ゆえに隠蔽するマスコミ、職業差別に他ならない。イスラエルは平等に記している。八紘一宇世界同胞主義樋口季一郎安江仙江犬塚惟重杉原千畝とユダヤ人

 無人島なら獲物を殺し解体し調理と、すべての禍福を併せ呑まなければ生きられない。つまみ食いは出来ないのだ。戦後は、禍福併せ呑むこの現実教育が欠けて非現実な好いとこ盗り教育となった。言葉と文字界の捏造三昧、絵に描いた餅の「九条の会」、政治家のていたらく等は、つまみ食い洗脳WGIP、戦後教育の成れの果てで、肉食う人(朝鮮人)が屠殺人(白丁)を忌避差別した朝鮮と同じである。下記はていたらくの一例。

○沖縄の集会人数や贋国贋流スターの出迎え人数(眼前の人数は明白に異なる)を主催者発表と言逃れしての報道。マスコミは詐欺師の巣となった。

○やらせメール(九電)ではなく主張メール。主張の権利は平等である。主張(権利)をやらせ(捏造)と決め付けての一斉糾弾(主張封じ)は、言葉と文字界異常の自白である。

○日本の肉食も屠殺も明治以後。以前は解体皮革加工業(肉食前後の身長差が証拠で、明治以後の肉食で身長がのびた)で、朝鮮のこの漢字が言葉狩りで使えない)殺人(白丁)とは明白に異なる。中国や朝鮮は伝統的肉食文化圏なのだが、なんと朝鮮は、肉食う人(朝鮮人)がこの漢字が言葉狩りで使えない)殺人(白丁)を忌避差別するという 、特異な歴史を持っている。民主党松本龍復興9日大臣(部落解放同盟副委員長)や野中拡務(同和出身元自民国会議員)等は、部落民の真実 Ⅰ毛皮が語るペクチョン・えた白丁差別が自白朝鮮ルーツは水稲民海洋民) を究明もせず、ぶらくこの漢字が言葉狩りで使えない)民を逆手に利権にしている。国難(大災害)にはやくざも炊き出しが大和民族。被災地宮城県庁での民主好いとこ盗り党松本龍(部落解放同盟副委員長)正体丸出し恫喝は、大和民族に非ずとの自白である。
 

「九条の会」等の「九条護憲が平和の源」は、世界の虐げられし同胞への限りない冒涜である

 日清日露戦争は勝ったが、真の元凶ブロック経済は残り、桎梏は続いた。真の元凶ブロック経済破壊以外、日本の真の独立無しと誰もがここに帰着する。がしかし相手は全世界を牛耳る超大国、対戦の意思もなく「大東亜共栄圏」は、うかつに切れないカードなのだ。

 巨大象連合軍と蟻一匹との戦いなので、勝ち目皆無は当然である。しかし勝敗が目的ではなく、排除(大東亜共栄圏樹立)を目的にすれば、日本の悲願、真の元凶桎梏、ブロック経済破壊には絶好のチャンスであった。真珠湾の中途半端な攻撃、拡大し過ぎた戦域の「なぜ」が、これで氷解する。応戦目的は勝ち目のない勝敗ではなく、桎梏ブロック経済破壊であった。

 「大東亜会議」は敗色の色濃い中でとの愚論がある。しかし言語も歴史も異なり、これまで食民治に甘んじてきた国々への提言である。戦って証明せずの論など、誰が信じる、空論であろう。じじつガンジーもネルーもパールも、インパール戦までは日本を侵略者扱いであった(NHKや犯日はここをつまみ食い)。戦いと、これまでの実績(台湾朝鮮満州の躍進)と、「大東亜共栄圏樹立」が戦争目的の言行一致の証拠と、勝敗度外の捨て身戦法が、同胞の琴線をかき鳴らし覚醒させた。旗色は悪くはなったが、たった一カ国で世界を相手に撃破したのは事実で、会議開催条件はすべて整った。機は熟しまさにこの時と開催したのであって、「敗色の色濃い」は犯日の「跡付け」で、たまたまそうなっただけのことである。逆に、「敗色の色濃い中」なのによくぞ集まったこの同胞こそ、真の同胞といえる。東條はこの時、たとえ戦いは敗れても、ブロック経済破壊は必至を確信したのであろう。肌身離さぬ手帳「修養録」への自書、続々独立する同胞を伝える獄中新聞に喜ぶ姿、東京裁判での世界への凛とした発信、そして敗戦の責を負った迷い無き最後が物語っている。

 先陣を切り、走って、先駆けの旗(極東共栄圏)は潰えたが、敗戦前に掲げた大東亜共同宣言が同胞の一斉覚醒をうながし、同胞が奪取し「大東亜共栄圏」として掲げ、さらに世界の虐げられし同胞が決起、巨大象を追い払い、日本は復活した。そして、「大東亜共栄圏」から一気に拡大し、かつての敵、宗主国の翻意をもうながし、人類の総意(反対国ゼロ)で、「全世界共栄圏(植民地独立付与宣言)」を築いた。まさに、「肉を切らせて骨を断った」のだ!勝者善の戦国を破壊しての侵略禁止互恵は、人類開闢以来の大転換である、戦いには敗れたが、日本悲願、真の独立国自由貿易は、九九年後に、やっと成就したのだ!これぞ、まさにまさに、「死中に活」といえる!

重光葵(東條首相のブレーンで、大東亜会議開催に尽力した外務大臣。終戦文書に日本政府全権として署名)

 日本の戦争目的は、東亜の解放、アジアの復興であって、東亜民族が植民地的地位を脱して各国平等の地位に立つことが、世界平和の基礎であり、その実現が、即ち日本の戦争目的であり、この目的を達することをもって、日本は完全に満足する(重光葵著作集1・原書房p. 228)(注・日本の戦争目的は、互恵・自由貿易・民族平等)

「大東亜戦争論」アメリカ人オーエン・ラティモア
 「日本が立派にやりとげたことは、アジアにおける植民地帝国の19世紀構造を破壊することであった。戦時中日本人によって占領されていた土地のうち、ただの一つも(旧主人のヨーロッパ人によって)満足に取りもどされたものはなかった。日本が敗れる前に、全極東にわたる古い均衡とヨーロッパ帝国主義支配の構造を破壊したという事実こそ、日本が最後に敗退したという事実に劣らず、重要なものである」

 自己検証も無いにわか騙り保守が、汗と涙の手弁当ネチズン資料を、コピペしまくりでかき集め、自書のごとく扇動洗脳した「コピペ盗作屋」が、「非心会凶祖」に変身、似非保守政治屋に取り入り、威を借りて立身の道具にしているが、「鵜呑みし従えで思考を奪う手口」は、WGIPや戦後復職の赤化唯物教授と同じで、世事に疎い善良な女が真っ先に被害者となっている。非心一味の手口は典型的な「詐欺師の保守騙り」と、賢明なネチズンは既に喝破している。歴史には真実か否かがあるだけで、保守革新右翼左翼も無い!自称他称者は皆、選挙のみが目的で、似非である!思考を奪われての鵜呑み丸暗記がここまで日本をだめにしたのだ。立派な歴史を持つ子孫、愚考の繰り返しは、唯心日本人のやることではない。この立派な歴史を鵜呑みせず、立派な親から授かった頭脳で考え理解することが、最も肝心なことなのである。
 世界同胞が全世界共栄権建設に必死な時に、大東亜共栄圏にも加担せず、黄禍論白人連合を後ろ盾に宗主国気取りで近隣を征服した有色人唯一の裏切り者が偽中国毛沢東で、悲惨な同胞殺しに明け暮れたのが贋半島である。偽中国贋半島の汚点が、参加全世界共栄圏なのだ。輩の傀儡となり下がり、日本がいつまでも真実を語らない限り、「全世界共栄圏(植民地独立付与宣言)」を成し遂げた世界の同胞の、「先憂後楽」の真実は、埋もれたままとなる。
 丸暗記平和主義者よ!「九条護憲が平和の源」の前に、いにしえより途絶えたことがない「警察不要」が可能かどうか、思索脳が存在するなら、考えてみよ!
 国の警察が軍隊なのは、子供でも判ることだ!
 暗記平和主義「九条の会」等の、「九条護憲が平和の源」は、世界の虐げられし同胞、「先憂後楽」真の平和樹立者への、限りない冒涜である。

 護られた日本、同胞の真実語たらずの冒涜看過は、同胞への卑劣な裏切り。即刻語っての謝罪感謝が我々の使命!

 勝ち方があり負け方がある。戦国の資源無き小国日本、適者生存の術は団結。小国日本、あらん限りで立ち向かった。日清日露では戦勝だが、桎梏は残った。大東亜では敗戦だが、継承した全世界共栄圏同胞が、桎梏を破壊し、九九年の悲願は成就した。一丸と化しての、あらん限りへの、八百万の神の御加護か

 戦後66年間も整合回路無き言葉と文字界(暗記平和主義)のみが凶産と贋半島罪日に侵され、異常界と化し、日本丸乗員なのに、進路の逆へ逆へと櫓を漕ぎ、この一丸を「美化」と捏造、破壊し続けた

 2011年7月18日、子孫なでしこジャパンW杯優勝勝因は、なんと、先人のこの一丸である。薄氷を踏みながらの桎梏九九年、虐げられし人々の扉を開いたこの一丸、「美化」と称し捏造され、戦後66年間も破壊され続けたが生きつづけ今日、眼前にその開花を見た!

 なでしこジャパンは負けて当然(象と蟻)を二度も勝ち、そしてなんと、唯一の敗戦は修正指示の敗戦であった。攻撃も守備も完全一丸化で、個々の実力以上を発揮した。清貧に、八百万の神が微笑んだのだろう。日本九九年と酷似する・・・。マスコミ造作の虚像に溺れた男子は、虚像を破壊し、初心に帰れ!

 抵抗勢力異常界捏造の虚像破壊で、日本丸再一丸化は成り、復活し、必ずや邁進する!資源無き小国日本、一丸に勝るものなし!なでしこジャパンに学べ!

 ワットの化石燃料文明で一歩先んじ、世界を席巻した白人、有色人最後の砦が唯心日本、九九年戦争は有色人唯心日本の宿命だったといえる。応戦せずの降伏は、有色人は劣等との自認で、子孫や有色同胞への禍根打刻。有色最後の砦の唯心日本、命に換えても屈服は出来なかった。

 実に凄まじい時代を、祖父母や父母は生き、先憂後楽で「決断」し、「歴史の急曲線を描き」、新秩序「互恵の平和」と「自由貿易」を築き、同時に、我々子孫を産み、そして育んだ!感謝以外の言葉があろうか

開闢からの弱肉強食を破壊し、新秩序、互恵による平和、世界共栄圏の礎となったのが、靖国の英霊である…。靖国参拝に、理屈は無い!…完

 

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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