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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観3遡り日本史NHKスパイ石澤典夫と東大日露勝利の記憶が起因と捏造洗脳

石澤「そもそも日本は、アメリカとの戦争をいつ頃から意識していたんでしょうか」

権威誇示字幕2「東京大学大学院教授加藤陽子」権威付け(ヒカエオロー)するNHK。


加藤
「これは意外なことに、日米開戦の1941年の20年前ほどに当たる」

石澤「20年も前!」

加藤「ええ、1920年代から意識していたと思います。国防という点と、えー、経済という点。まーなぜそう意識していたかと言える事ご説明しますと。国防という点では、1923年に帝国国防方針というものを改定します。そこで国防方針の第三条で、えー中国をめぐる経済的な利害の対立が日米で高まる。こういう言葉が日本側の方針の中に入ってきます」

石澤「すでに20年も前から。つまり、日米いきなり二つの関係じゃなくて、中国、これを挟んでの経済的な側面をすでに注目をしていた」

加藤「そうです。特に、まさにその経済ということでいえば、1930年代になりますと、中国における、あの、イギリスの力というものがだんだんヨーロッパの緊張で落ちてくる。そうしますとそのー、イギリスの力を埋める部分として、じゃあ地理的に有利な日本、そして今度は資本力の力を生かしたアメリカ。その日米の中国においての角逐(競争)、利害の対立が激しくなるということが言えると思います」

字幕「中国におけるイギリスの力が落ちる」

字幕「地理的に有利な日本・資本力を生かしたアメリカ」

字幕「日本の中国における角逐利害の対立が激しくなる」

 凶産ソ連、食民治中国が隠されている。「経済」は婉曲表現で、欧米宗主国とソ連は「権益」で、日本は、対凶産ソ連「防衛」が正しい。欧米宗主国はソ連を、「凶産」と見抜けず、「共産」と見誤り、戦後やっと「凶産」と気付き、「冷戦」となった。欧米宗主国は、日本の「対凶産ソ連防衛」を、欧米宗主国の「権益侵害」と見誤ったため、日中戦争。大東亜戦争となった。食民治主義と凶産主義経済圏連合との大戦争となったので、日本は、「防衛」を東アジアに拡大し、両者とは異なる、第三の経済圏、大東亜共栄圏樹立を目指した。これが大東亜戦争の真相である!

石澤「その二つのまー、利害の対立がやがて戦争へと、そのことはすでに20年も前から日本考えていたと」

加藤「えー、日本だけではなく、やはりアメリカの側も、1924年にやはり戦争計画というものを対日で建てます。ですからこれ、くしくも同じ時期に、これは最悪の可能性ですけれども、経済をめぐる問題で、日米が対立するだろうと両国が意識し始めてたということだと思います」

字幕「1924年アメリカも対日作戦計画『オレンジ・プラン』を採択」

幕「同じ時期に経済問題での対立を日米が意識」

 1920年代からの戦争意識」と、しつこい強調は、それ以前は平和な時代と女子供に錯覚させ、日本を「侵略者」にするための強調で、連想誘導洗脳である。開闢からの弱肉恐縮戦国時代で、日本開国時には、タイと日本以外は、すでに占領されていた

石澤えー開戦時、それでは一体どれほどのねー、日本とアメリカ、この差があったのか、こちらをちょっと見ていただきたいと思うんですが」

映像「日本とアメリカの国力差(開戦時)

国民総生産・12倍

鋼材・17倍

自動車保有台数・160倍

石油・721倍」

石澤「さーこの数字、ちょっと驚くべき数字だと僕は思いますけども」

加藤「そうですねー、国民総生産12倍。そしてあのすべての重化学工業、そして軍需工業の基礎となるこれが、鋼材17倍、自動車が160倍、石油が721倍、これは大きいですねー」

石澤「実に721倍。こういう違いがある国なんだっていうことを日本は、あーそのー、指導部も、あるいは国民も、一般国民もこれは知っていたんですか」

加藤「これ実は、たとえば小学校などに内閣などが配っている、あのー冊子で、日米こんなに差があるっていうような、ひじょうに判り易いグラフで、差があることは強調されてました。で、むしろこういう差を乗り越えてやるのだという精神論になっていたと思います」

字幕「国力差を乗り越えるのだという精神論

石澤ものすごい精神論ですけどねー、えー、えー」

 唯物スパイNHKが「精神(唯心)論」とあざけっている。この唯心があったからこそ、日清日露大東亜と征服されずに残り、今の日本があるのだ。

加藤「もう一つ、そうですねー、ただ精神論ってことでいえばむしろ日本は、あのー、日露戦争の記憶というものが思い出されます。で、たとえば、あのー、日露戦争というのはもうすごく昔かとおもうんですけど、太平洋戦争から考えれば、約35年前、この時に、日露の対応ってのは1対10の国力差があった」

字幕日露戦争の記憶

字幕「日露戦争は太平洋戦争の約35年前日露は1対10の国力差

 大東亜戦争」が日本人の呼称

石澤「日本と露西亜では1対10の差があった。えー、えー」

加藤「そこで勝てたではないかと、そこがやはりうまくレトリック(巧言)というんでしょうか援用(引用)されまして、アメリカでも勝てるんだというようなこと」

護国(家族死守)は無条件!勝敗や国力差の条件は無い!

 「負けると解っていた戦争をして国民を犠牲にした」と、犯日は先人を非難するが、敵が国力差大なら、国(家族)を護らず戦わず降伏し、犯されても殺されても抵抗もせず、小国なら護りたたかうというのか?国を護るのに、国力差や勝敗等の条件(理屈)など無い!無条件死守が生命体の本能、原点である!すべて無条件で護ってきた生命体だけが現在生き残っている、生命体のこの、適者生存の原点、本能を、同胞や敵国に知らしめたのが、大東亜戦争での比類なき戦い様(特攻、玉砕、自裁)である。この原点回帰(神道)が、新秩序植民地独立付与宣言」を生んだのだ!

フランスの文人アンドレ・マルロー

 「・・・フランス人のなかには、特別特攻隊の出撃機数と戦果を比較して、こんなにすくない撃沈数なのになぜ若いいのちをと、疑問を抱く者もいる。そういう人たちに、私はいつもいってやる。《母や姉や妻の生命が危険にさらされるとき、自分が殺られると承知で暴漢に立ち向かうのが息子の、弟の、夫の道である。愛する者が殺められるのをだまって見すごせるものだろうか?》と。私は、祖国と家族を想う一念から恐怖も生への執着もすべてを乗り越えて、 いさぎよく敵艦に体当たりをした特別特攻隊員の精神と行為のなかに男の崇高な美学を見るのである」

 「国力差」のしつこい強調は、NHKや東大権威誇示空教授の、荒唐無稽なつまみ食い論で、「勝ち目のない敵と戦ってきた日本の、馬鹿な先人や軍人」と、善良で無知な女子供を洗脳するのが目的である

映像「映画・硫黄島からの手紙」

語り「映画・硫黄島からの手紙。太平洋戦争最大の激戦を、実話に基づいて描いた作品です。主人公は、硫黄島を護る部隊の最高司令官栗林忠道中将です。物量に勝るアメリカ軍に対し、日本軍は地下壕を張り巡らす戦術で善戦。栗林は優れた指揮官として、アメリカでもその名を知られる存在となりました」

 洞窟作戦は、昭和19年11月24日戦い抜いて果てた、ペリリュー島守備隊が先駆者。ペリリュー島守備隊は、アッツ島守備隊が、米軍の皆殺し作戦で全滅したのを教訓に、洞窟作戦を展開、多大な損害を米軍に与えた。敵将C.W.ニミッツは、感動碑文を残している。遊就館特別展戦跡パラオ展2007パラオ蜂起

 以下、栗林忠道中将が少年時代に書いた絵や手紙に「日露戦争の記憶」があるので、それが洞窟戦争を考える基となったとか、「日露戦争の記憶」勝利が、当時幼かった軍の参謀達の心に深く刻み込まれ、この「日露戦争の記憶」が国力差強大なアメリカと戦っても勝てると錯覚し、アメリカとの戦争をためらう天皇へ、様々な情報を提供して決断を促したとか、荒唐無稽なこじつけ論で、連想誘導洗脳を展開

石澤「この日露戦争の体験って言うのは、当時の日本人、えー、特にやっぱり青少年、どういう影響があったんでしょうねー」

加藤「そうですねー、たとえば1901年生まれの、これは昭和天皇ですね。えー、日露戦争の時に3歳から4歳でした。あの、昭和天皇をお育てした養育係の日記というものが残っておりまして、昭和天皇は1歳違いの弟の宮、秩父宮と後呼ばれますが、その方と、戦争ゴッコをして遊ばれていたという記録もあります。それともうひとつは、昭和天皇に、あのー、太平洋戦争開戦前に、この戦争は武力戦でも勝てると確信させるに至った参謀達ですね。彼らがちょうど昭和天皇と同じ生まれの年代だったということです。それともう一つ、彼らはえー、日露戦争の時に出回っていた錦絵ですね。あのとてもきれいな少年雑誌。ああゆうものを見てある種、言葉は悪いんですが、エンターテインメント(娯楽・芸能)として戦争をしていた初めての世代だったと、言えるんじゃないでしょうか」

 動物でも生まれた子供に生き残る術(狩り)を教える。「エンターテインメント(娯楽・芸能)」と嘲り笑うとは、なんともまー、尻が丸見え間抜けスパイだ!スパイでないのなら、唯心無き唯物、表音記憶のみ優秀者との自白で、病人である。不可能だろうが、ヒカエオロー様の治療は、無人島での、自給自足生活をご進言する。心無き国無き唯物記憶装置(筆頭が東大文系の思考力皆無の記憶屋)が、戦後、進歩的文化人と偽称、言葉と文字界にのさばった。いつまでものさばるこの歩く辞書(中古の電子辞書より容量ははるかに劣る)を、破壊しなければ、日本新生などない。「大東亜戦争」が日本人の呼称。

権威誇示字幕2「東京大学大学院教授加藤洋子」権威付け(ヒカエオロー)するNHK。

映像「日露戦争写真画集」

石澤「その頃で言えば、日本は、日清日露とまー、言ってみれば、勝ち戦しか経験がないわけですよねー。えーそういった、そういったそのー、勝ち戦のー、戦争体験というものが、やはりこう、後押しするということがあったんでしょうかねー」

加藤「えー、驕りというものはもちろんあったと思いますが、ただ、たまたま相手にした国が、当時の大国清国であり、大国露西亜だった。この二つの積み重ねというのは大きかったんじゃないでしょうか、歴史の記憶として」

 弱肉強食時代に、大国が隣国を攻めるのは常識で、「たまたま」ではなく、必然。資源無き小国日本の後手は、必滅で、戦国の御世の先手は、小国適者生存の唯一の術である。幕府を打倒し団結し先人が奮闘し獲得した自立自尊の独立を、自分らの時代で終わらせてはならない。使命感のみで立ち向かったので、驕りなどは微塵も無い!

語り「サイパンにあるアメリカの国立公園メモリアルパークの展示室です。ここには太平洋戦争の歴史がサイパンでの戦いを中心に紹介されています」

石澤「これはまたー、あー、この写真はすごいですねー」

加藤「あっこれはちょうど海岸線にアメリカが上陸して品物を陸揚げする。やっぱりこのー、物の詰め方。運ぶ物のあのー、形と量ですねー。これは工夫されてますねー」

石澤「ほんとこの写真見ますと、物量って感じしますねー」

 アメリカの物量を誇示し、戦った愚かな軍人や先人や日本と、連想誘導洗脳。NHKやこの二人は、本当に日本人か?

語り「軍事力と経済力日本とアメリカの国力にはあらゆる点で大きな格差がありました。1941年9月、総理大臣近衛文麿は、戦争ではなく外交による解決の道を模索していました。アメリカに対して首脳会談の開催を訴えます。しかし、アメリカの態度はかたくなでした。日本のアジア進出に懸念を表明し、主権の尊重や内政への不干渉などきびしい要求を突きつけていました。結局近衛内閣は外交交渉に行き詰まり、総辞職しました。新たに総理大臣となったのは、対米強硬派の東條英機陸軍大臣でした。11月に開かれた御前会議、そこで開戦の決意が固まりました

 対米強硬派」ではなく「護国強行派」、「開戦の決意が固まりました」ではなく「これ以上座すれば死」が正しい。連想誘導洗脳。

字幕「近衛内閣総辞職」

字幕「東條英機陸相が首相に」
字幕「御前会議で開戦の決意が固まる」

 兵糧攻め(ABCD包囲網)で宣戦布告 、ハル・ノートで降伏要求の受動戦争を隠蔽し、「開戦の決意」と、能動戦争へと、誘導洗脳

語り「帝国は現下の危機を打開して、自存自衛を全うし、大東亜の新秩序を建設するため、この際英米蘭戦争を決意」

語り「1941年12月、日本はアメリカとの戦争に突入します」

字幕「日米開戦太平洋戦争始まる」

 大東亜戦争」が日本人の呼称

石澤「短期決戦ならば、アメリカとの戦争に勝てる、勝機はあるんだというその根拠は、あったんですか」

加藤「あのー二つほど考えられます。一つは、日本はやはりあのー、国力の貧しい貧者の国で、これは自覚がありました。ですから、財政的には準備を長くしている。ですから、たとえば、1937年からの日中戦争始まりますが、その軍事予算を特別会計というもので組みまして、たとえばその組んだ予算を、太平洋戦争が始まるまでに、256億円というもので、使う自由を陸海軍は得ている。これは、今の価値に直しますと、大体20兆円ですね。で、その予算のまー、落ちを、当面する戦争ということで、3割は日中戦争に使います。しかし、7割は、陸軍は対ソ戦準備、海軍は対米戦準備ということで残しています。だから、このあたりがやはり、財政的には準備していたという自信が、あったんではないでしょうか。そして、もうひとつは、あのー、奇襲作戦というような考え方が急速にでてきます。つまり、連合艦隊司令長官になった山本五十六、彼が、色々こー、戦史を振り返って歴史的な背景を持った、奇襲作戦相手国の国民に、どんな影響を与えるか、そういうことを含めて、じゃー、アメリカの真珠湾に基地のある戦艦を、大部分まず死なせておこう。それで、1年半は大丈夫だって、そういう考えを抱いたっていうことなんじゃないでしょうか」

権威誇示字幕4「東京大学大学院教授加藤陽子」ヒカエオローするNHK

字幕「財政的な準備」

字幕「軍事予算の7割を陸軍は対ソ戦海軍は対米戦の準備に残した

 世界を支配したABCD包囲網が売らないのだから、「7割全額14兆円」積んでも、石油一滴、米一粒すらも買えないのだ。「20兆円の7割の14兆円を財政的には準備していた自信」で戦争したなどとまー、本当に間抜けスパイの東京大学大学院加藤陽子である。降伏要求ハル・ノートでの生き残りを懸けた受動死活戦争で、連合軍の能動出稼ぎ戦争ではない。明白なすり替え洗脳である。

石澤「日本の国民、一般庶民はですねー、日米開戦の知らせ、一報を、どんな風にこううけたんでしょうねー」

加藤「そうですねー、それはやはり、今まで続けていた長く暗い戦争、戦争目的はなんだったのかっていう、やや不明ですね。その戦争に比べてやはり、最新鋭の兵器を投入した、強いアメリカへの戦いだということで、やはり国民は、違う、新しい明るい戦争が始まったっていう、受け止め方が、たとえば文学者の伊東整ですね、彼は、やはりこの戦争は、明るいと、国民の顔に喜色が有喜びの色が有ると、そういうことを日記に書きとめていました。ですから、こう、愁眉を開くという気持ちが、緒戦の勝利であったんじゃないでしょうか。提灯行列とか、そういうことも含めて、あの、ほんとに、あー、少し前の、35年前の日露戦争の勝利ですね、これがやっぱり浮かんでくるっていうのは、大きかったんではないでしょうか」

字幕「伊東整・1941年12月9日の日記『今日は人々みな喜色ありて明るい』」

 

 余りにも現実離れした、まさに表音記憶検証だ!長い苦渋の果てに決断し、一気に解かれた、一時の解放感(過去より今日は)で、「新しい明るい戦争(未来)」などでは決してない!なんと短絡な頭脳なのだ!「日露戦争の記憶」、「日露戦争勝利の驕り」が、勝ち目の無い、超大国との戦争になったと、無菌温室検証し、先人や軍人日本を愚弄洗脳。加藤陽子教授の発言は、一読では、何が言いたいのかよく解らない。文章も同じである。大江と酷似する。無人島自給自足治療では、何も採れず、餓死は必至で、治るまい。重傷度は、大江、鳩山兄弟、柳田稔法相、管、仙谷、西村、中山、御厨、立花、五百旗頭等と同じ、整合認識回路欠損それにしても「新しい明るい戦争」とは・・・。これが東大大学院の正体なのだ

 長い間苦しめてきた日中戦争の裏の主魁が米英ソであることを、国民も認識済み、その敵との表での戦いである。資源封鎖行使で、いつ何時でも「資源無き小国日本」へ、「日本窒息死カード」が切れる欧米列強とソ連の経済ブロックは、目の上のタンコブ。このコブを切除し、「自由貿易」を確立しなければ、資源無き小国日本の「自立自存」は永遠に無い!先人はそう決断し、起った。下記は、絶えず圧迫され続けた、当時の日本国民の気持ちを、赤裸々に吐露している。

「十二月八日の記」高村光太郎(開戦時58歳1883~1956)

 「聴きいくうちにおのずから身うちがしまり、いつのまにか眼鏡がくもってきた。私はそのままでいた。奉読が終わると、みな目がさめたようにして急に歩き始めた。私も緊張して控え室にもどり、もとの椅子に座して、ゆっくり、しかし強く、この宣戦布告のみことのりを頭の中で繰り返した。頭の中がすきとおるような気がした。

 世界は一新せられた。時代はたった今大きく区切られた昨日は遠い昔のようである。現在そのものは高められたる確然たる軌道に乗り、純一深遠な意味を帯び、光を発し、いくらでもゆけるものとなった。

 この刻々の時間こそ、後の世から見れば歴史の急曲線を描いている時間だなと思った。・・・またアナウンスの声が聞こえる。急いで議場に行ってみると、ハワイ真珠湾襲撃の戦果が奉じられていた。戦艦二隻轟沈という思いもかけぬ捷報(しょうほう・勝利の知らせ)が、少し息をはずませたアナウンサーの声によって響きわたると、思わずなみ居る人達から 拍手が起こる。私は不覚にも落涙した」

「十二月八日の記」を引用して語る林房雄(開戦時38歳1903~1975)

 「明治と大正を生きてきた日本人の感慨であり、涙である。高村氏は西洋の文明と文化の価値を知っている詩人である。にもかかわらず、政治的軍事的には、西洋が日本の圧迫者であることを、すべての明治人・大正人とともに知っていた――果たしてこれは大正に生まれて昭和に育った世代には、わからない心情なのであろうか?

 

石澤「しかし、そうした熱狂が長くは続かないんだっていうことが、日本国民に思い知らされる訳ですね」

加藤「そうですねー、確かにあのー、国力差、総力戦における国力差っていうものを日本人は、日露を思い出しながら忘れてきたんですが、アメリカにおける兵器生産能力増産能力、これがいかに」すごいものかというものが、時間が経つにつれて明らかになる。それで、日本は、敗戦に至ったということになったと思います」

石澤「さて今回は日米開戦に至る大きな要因として『日露戦争の記憶』が戦争指導者のみならず国民の中にもあったことを見てまいりました。しかし、アメリカとの戦争は、1923年の帝国国防方針で、すでに中国を巡る日米の利害対立が引き金になると、想定されていました。事実日本は、その後中国大陸で戦争を始め、アメリカとの戦争に突入しました。ではなぜ日本は、中国に進出をし、中国との戦いを拡大化。そして、長期化さしてしまったのか。次回は、日中戦争に遡ってまいります」

字幕「さかのぼり日本史1941年の日米開戦から1937年の日中戦争へ」5月17日22時より

 ??ディレクター?制作統括?の記載がまたもや無い。隠蔽?

 時間が経つにつれて明らかになる」や、「日露戦争の記憶」が起因は捏造。「中国大陸で戦争をはじめた」「拡大化」「長期化」は、米英仏蘭ソが、傀儡の蒋介石毛沢東を操ったのが原因で、日本は受動戦争。決め付けは連想誘導洗脳!詳細真実は下記参照。 

頭山満孫文汪兆銘大東亜共栄圏大アジア主義に殉じた人々犯日隠蔽の歴史

1NHK日本人はなぜ戦争へ向かったのかはスパイの日本洗脳ドラマ
評論家奥野健男(1926~1997)

 「大東亜戦争直前における西洋列強の日本に対する経済封鎖は苛烈をきわめた。米国は石油輸出を禁止し、蘭印に石油を求めようとした日蘭会商も、米英の圧力によって失敗した。ABCD経済封鎖は、日本を身動きならぬように縛り上げた。日本人は最後の打開策として、日米交渉に期待をかけたが、これがだめなら、生きるためには必要な資源を、武力で獲得する以外にないように思えた。・・・」

「大東亜戦争論」アメリカ人オーエン・ラティモア

 「日本が立派にやり遂げたことは、アジアにおける植民地帝国の19世紀構造を破壊することであった。戦時中日本人によって占領されていた土地のうち、ただの一つも(旧主人のヨーロッパ人によって)満足に取りもどされたものはなかった。日本が敗れる前に、全極東にわたる古い均衡と、ヨーロッパ帝国主義支配の構造を破壊したという事実こそ、日本が最後に敗退したという事実に劣らず重要なものである」

 「超大国」とは、当然国民も認識済み。だから、ぎりぎりまで辛抱し、外交に努めた。そして最後に、身体を筆にし流れる血で、人類への遺書(玉砕、自裁、特攻)を遺した。その遺書が、敵味方の琴線を揺さぶり起こし、開闢以来の弱肉強食は破壊され、新秩序「植民地独立付与宣言」が、人類の総意賛成89、反対0、棄権9)で1960年産まれた。露西亜艦隊の対馬占領が1861年、九九年後に日本の九九戦争は終焉し、先人の目的は99年後に成就したのだ。残党は、偽中国と癌半島と罪日と、国内の「獅子身中の虫」 、NHKや東大等の犯日スパイ史観のみである!

 実に未曾有な時代を祖父母や父母は生き、「決断」し、「歴史の急曲線を描き」、新秩序「互恵の平和」と「自由貿易」を築き、同時に、我々子孫を産み、そして育んだ!感謝以外の言葉があろうか4につづく

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プロフィール

真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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