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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観4遡り日本史胡適好いとこ盗り物語洗脳東大NHKが隠蔽凶産黄禍論年表

第三回・日中戦争・長期化の誤算・5月17日

日中戦争は凶産抗日宣戦布告(1935.8.1.宣言)への応戦
 中国が赤化すれば日本も赤化。赤化防御が第一義日本の対中国政策は、反共最優先の融和政策で一貫している。日本能動侵略は、愛国団結で、逆に中国赤化促進。対中国政策は、いつも受動となった。

 「長期化誤算」と日本愚弄。ソ連、中国赤化で毛沢東を支援し、盧溝橋の2年前に抗日宣戦布告。日本の対ソ反共対策を、米英仏蘭等が、自国の権益侵害と錯覚して蒋介石を支援。凶産無知の水(自由)と油(束縛)が、「黄禍論」で白人団結、傀儡(蒋介石と毛沢東)国共合作で、「長期化」した!反共親日孫文主義(大アジア主義)筆頭の汪兆銘を立て、中国人民の啓蒙を図ったが、凶産と凶産無知な列強に撹乱され、抗日を愛国と錯覚、凶産唯物の民と化し、凶産に大虐殺される悲劇となった。日本は、ブロック経済列強と凶産の切り札、「兵糧攻め」から国民を護るため、支配ではなく、互恵が基幹の第三経済圏互恵国を、中国から大東亜に拡大し、大東亜共栄圏樹立(アジアからの宗主国追放)を目指した。NHKと東大はこの要を隠蔽し、胡適なる唯物常識者を、予言者と捏造、犯日物語を作った。

 「長期化」は、市民に紛れ込み住民を盾にする凶産(米国ベトナム戦争での泥沼の長期化が証)と、お坊ちゃん近衛が、尾崎秀実、朝日新聞、ゾルゲ等のスパイ工作に、翻弄されたことも原因。

 「誤算」は、第三の経済圏互恵国として、中国を第一義国とした、反共最優先の融和政策と、唯心民(孫文・汪兆銘・陳群等)少なく、唯物民(毛沢東・蒋介石・胡適等)が多かったこと。

予備知識詳細は下記参照
1NHK日本人はなぜ戦争へ

字幕と映像「中華義荘・横浜市中区」

 中華義荘は華僑の共同墓地。大正14(1923)年の関東大震災までは、本国中国に遺体送還までの仮安置所で、以後ここに埋葬。

石澤「・・・ここは、およそ150年前の横浜開港で華僑がこの地に暮らすようになって以来、日本で亡くなった人達が眠る場所です。終戦間際の1945年5月の横浜大空襲で中華街の一帯は焼け野原となりました。その犠牲者もここに眠っています」

 予備知識「華僑は中国台湾香港マカオ以外に居住する中国人で、厳密には、中国籍保持者が華僑、現地国籍者は華人、華僑は総称。清朝末に欧米列強が中国に入り、蚕食。そのつてで、クーリー(苦力)等となり、宗主国やその植民地に散らばった(8割が東南アジア)。地縁血縁などによる幇(パン)で団結。華僑は多い順に広東、福建、海南島、満州、客家(ハッカ)系の五つ。1990年代前半の人口は約3000万人と推定される。客家系は華僑全体の1割にも満たないが、経済活動の規模では全体の3割になる。客家語は、三国時代の言葉が残っているので、日本語と発音も酷似

日中戦争は凶産抗日宣戦布告(1935.8.1.宣言)への応戦

石澤「今回は、なぜ日本は中国と戦争を始め、拡大、長期化させてしまったかを辿っていこうと思います。ゲストは今回も加藤陽子さんです」

 戦国時代なので護国(家族死守)のために、中国を啓蒙し赤化防止。中国台湾朝鮮日本の赤化防止反共戦争なので、長期化した。答えは明白

権威誇示字幕1ヒカエオロー「東京大学大学院教授加藤陽子」

石澤「加藤さんはこの日中戦争の、どこに注目をされますか」

加藤「あのー日中戦争は1937年に始まりまして、1945年に終わるという、8年も続く長く長く続いた戦争でした。どうしてこのような事態になってしまったのか。私としては、日本が中国と向き合っていなかった。そこに最大の理由があると考えています」

 日中戦争は凶産抗日宣戦布告(1935.8.1.宣言)への応戦1937年に始まり」は凶産隠ぺい工作

石澤向き合っていなかったというのは、相手としていなかったということですよねー」

 晩年の孫文(1866~1925)、凶産に惑わされ、第一次国共合作(1924年1月~27年7月)の3年間も、米英ソ等が介入強制転向西安事件(1936年12月12日)後の第二次国共合作(1937年9月~46年7月)の8年間も、中国を見捨てずに「向き合っていた」(長期化の原因)。凶産とは終始敵対。ここの年表を隠蔽し洗脳する凶産御用達のNHKと東大

加藤「そうですねー、日本が中国をどう認識しているかという点でも、慎重な検討が十分なされていなかったといえますし、で、一方では、日中戦争の準備も、日本側はやはり十分ではなかった。それに対して、えー中国は、アメリカやソ連、そういうその、世界の列強を巻き込んで抗戦を行う、そのような覚悟を持っていたと、思います」

 戦国時代に適者生存のための新秩序、互恵自由貿易圏確立が日本の目的なので、領土拡大征服の意図などは、もとより無い。その互恵国として中国を第一義としたので、「日中戦争の準備、十分でなかった」は、当たり前

 中国は戦国の御世に乗じ、唯物我欲のばらばらで、毛沢東蒋介石などは氷山の一角。アヘンが貨幣で、馬賊盗賊群雄割拠が実態。ここを隠蔽し「世界の列強を巻き込んで抗戦」と語り、中国一丸と捏造し、洗脳。この言葉は胡適の、後付釈明常識(日本の弱点兵糧攻め)論のつまみ食い。

石澤「さーそれでは、日中戦争がどのように始まったのか、この点から見ていくことにいたしましょう」

語り「中国郊外にある盧溝橋です。日中戦争の発端となった盧溝橋事件は、この場所で起こりました。1937年7月、ここに駐屯していた日本軍と現地の中国軍が衝突します。これに対し日本政府は不拡大の方針を打ち出し、事件の早期解決を日本は目指しました。しかしこの1ヶ月後、上海で新たな武力衝突が起こります。日中共に激しい空爆を行い戦闘が本格化しました。日本は方針を転換し、積極的な武力行使へと舵を切ります。暴支懲膺(ぼうしようちょう)。暴虐な中国を討伐する。中国と全面戦争する目的を日本政府はそう唱えました。この頃を境に、日本の各地から、中国大陸へ、兵士たちが大量動員されましす。この時召集された福手豊丸さん(95歳)です。当時22歳。岐阜県(郡上市)で学校の教員をしていました」

 中国と全面戦争」は捏造、宥和政策日本に「懲らしめる」以外の意思なし

 以下NHK定番、戦後学習帰還者迎合証言「兵隊に限らず普通の人まで支那人を侮蔑していた。頭から馬鹿にしていた」等々。殺し合いの戦時下は、互いに侮蔑するのが常識。日本侮蔑目的の洗脳。NHKのやらせのように思うほど、「支那は強かった」としきりに強調する証言者。連想誘導洗脳用の伏線か?

語り「一方の中国では徴兵が進められると共に、日本との戦いに志願する若者も数多くいました。さらにドイツから軍事顧問を招き兵力の近代化も進めました中国軍は日本の予想を上回る強い軍隊へ、変貌を遂げていました」

 ドイツから軍事顧問を招き」などは、ほんの氷山の一角!これのみを放送し、元凶(西安事件以後本格化した米英ソ等の、日中合作阻止と利権拡大目的の)を隠蔽した。

石澤「中国軍は予想以上に強かった、という話がありましたけれども、さー、ちょっとこちらをご覧いただきたいんですが。今回取材さしていただきました福手豊丸さんが所属していた部隊の、これはアルバムなんですけれども、・・・支那事変と書かれているんですねーえー」

加藤「当時の日本は、中国のことをまー、支那と呼びまして、しかも戦争ではなく事変とまー呼称していました。これはあのー日本が、正式の宣戦布告などをするまで、あのーこれは、1937年から戦争始まってるんですが、宣戦布告するのは1941年の対米開戦の時なんですねー。ですからそれまで4年間えー、宣戦布告せずに奇妙な戦争をしていた。それが支那という名前の戦争だったと」

権威誇示字幕2ヒカエオロー「東京大学大学院教授加藤陽子」

石澤「なぜ宣戦布告しなかったんでしょうか」

 「支那」は日本独自の呼称や、差別語ではない!「秦(漢音・シン)」の転訛。外国人の中国人に対する呼称、China(英語発音はチャイナだが、ローマ字読みはチナ)の語源「秦(呉音・ジン)の転訛か」。初出はインドの仏典で、日本では、江戸中期以後、大東亜戦争まで用いられた。戦後は「シナ」表記となった。当時の中国は、群雄割拠で正式国名がない。万国共通の通称は「支那」なので、そう呼んだに過ぎない。人間記憶機(東京大学大学院教授)より、中古千円の電子辞書の方がはるかに優れ者である

 中国は二年前既に「1935年の八・一宣言」で、日本に宣戦布告済。日本は応戦。「宣戦布告」は愚論!また、その当時の国際法では、宣戦布告は義務化されておらず、戦闘開始が即ち宣戦布告。日本軍人侮蔑連想誘導洗脳

加藤「えー、これは第一に一番大きいのはアメリカがあります。つまりアメリカという国の経済力、これと切れてしまう。まー宣戦布告するとアメリカは中立法というものを発動する。そうしますと、その発動によって日本も中国もアメリカとの経済関係が切れてしまう。日本にとってもですから、ニューヨークでの金融の決済続けて欲しい。止まっちゃ困る。中国にとっても基本的には軍需物資アメリカからのさまざまな援助、これが止まってしまっては困る。ですから日本が宣戦布告しなかっただけではなく、中国の側もしなかったということになりますねー」

石澤「宣戦布告をしない、戦争とは呼ばないということなんですねー」

 中国赤化防御のため、融和政策で受動の日本は、「懲らしめ」で、ましてや応戦なので、戦争と呼ばないのは当たり前

加藤「はい、今から思えば卑怯であるとか、もしくはどちらが侵略戦争だと、まー、日本側が侵略者だと言うようなことを避けるためと思われますが、それだけではない、むしろ中立法避けるというような、非常に大きなアクターだったと思いますねー」

 「中立法避ける」は愚論。「西安事件(1936年12月12日)」以後本格介入は年表の事実

石澤「しかし中国軍は、日本の想像をはるかに上回る強さがあったということなんですが、その秘密はどこにあったんでしょう」

加藤「あのー様々な対立をしていた勢力が一致して、そのー、抗日意識が非常にまとまったっていうことがあるとおもいますねー」

石澤「ちょっとその辺のお話をですねー、こちらの写真を元にうかがいたいんですが」

写真「中国共産党、毛沢東・国民政府、蒋介石、汪兆銘」

加藤「これはたとえばあのー、1936年の末。つまり、日中戦争始まる半年くらい前なんですが、中国共産党、そして国民党政府、この二つの今まで対立を繰り返してきた、武力的なこと対立もしてた、二つの政党が、抗日を、共に戦おうということで、一致します。そして、たとえば国民党が中心となる国民政府の中には、汪兆銘という政治家、こちらはあのー、どちらかというと、親日的なスタンスを将来的にとる政治家ですが、この毛沢東蒋介石汪兆銘などがえー、柱となって、反日という事であのー、一致していく、これが一つだと思いますねー」

  一致します」は国共合作のみで、他は群雄割拠。満州から北京張作霖、揚子江上流呉佩孚(ごはいふ)、下流が孫伝芳、西安の奥が馮玉祥、山西省に閻錫山、そして、毛沢東共産軍、蒋介石国民軍が群雄割拠していた。これら諸勢力の背後には米英ソ日等「援助」があった。平和な中国などではない、国がないので貨幣などない、アヘンが代用、戦国時代そのものである。

  一致します」は、「黄禍論」が触媒となり、毛沢東蒋介石の資金源宗主国白人が一致したもので、水と油の傀儡、毛沢東蒋介石の一致ではない!詳細は後述年表1936年12月12日西安事件参照

予備知識黄禍論(こうかろん・Yellow Peril)
 「有色人種が白色人種を凌駕する恐れがあるとする主張。アジアに対する欧米諸国の侵略、黄色人種の圧迫を正当化するために用いられた。ドイツ皇帝ウイルヘルム2世が日清戦争、義和団事件などに際して用いたのが最初とされる。日露戦争以後急速に広まり、中国系移民や、日系移民の排斥につながった」。

 1920年排日土地法制定で、日本人移民の二世まで、土地所有禁止。1922年日英同盟廃棄で、凶産党と同類の、米国独断専横覇道主義にさらに拍車がかかる。黄禍論起因の、白人(宗主国米英等と露西亜後のソ連)対有色人、米英ソ等関与の過程年表、完全隠蔽で連想誘導洗脳。

戦後3年の著作ヘレンミアーズ「アメリカ人の鑑・日本」
第九章の3
 日本は何を考えていたのか。中国の情勢は混沌とし、錯綜していた。しかし、日本から見れば、問題はきわめて簡単だった。つまり、(1)満州に、「合法的自衛」の手段としての戦略拠点を確保し、(2)日本帝国圏(韓国と台湾)と満州、華北からなる経済ブロックを作って経済の安全保障を確立しようというのが日本の計画だった。そうすれば、これまでのように原材料物資と市場をアメリカ、イギリス、フランス、オランダに依存しなくても済む。日本は、一方では再び極東に進出してくる可能性のあるソ連に対する「防衛」手段として、もう一方では、イギリスの強力なポンド経済圏(貿易地域)とアメリカのドル経済圏に対抗する手段として、自分たちの計画を考えていたのである。しかし、イギリスとアメリカは日本の計画に反対した。

 1935年後半までに、日本は軍事力よりむしろ外交的、経済的手段で中国での目的をかなりのところまで達成していた。

 1935年、日本は華北を蒋介石政権の「悪政」からほとんど「解放」していた。日本は華北三省を統治する将軍たち(軍閥)の協力でこれを達成したのだ。将軍たちはいずれも華北の「自治」確立と、満州国と日本の緊密な経済関係を支持すると宣言していた。汪精衛(兆銘)も日本についていた。彼は1935年当時、蒋介石が率いる「南京政権」の行政院院長だった。この政権は列強が、「中華民国」の「中央政府」として承認したものである。つまり、日本は中国の統治グループの中に緊密な協調関係を作っていたのである。

語り「1937年11月、シャンハイの戦いで勝った日本軍は、蒋介石率いる国民政府の首都南京を目指して進撃します。福手豊丸さんが所属していた部隊も、上海から南京まで、およそ300キロの道のりを戦いながら歩く続けました」

福手豊丸「南京を落とせば蒋介石は降参してしまう。軍の最上層部も初めから見通していた」

語り「12月、日本軍は中華民国の首都、南京を陥落させました。それは大々的に報じられ、日本国内は戦勝ムードに沸きかえります。しかしその中国は屈服しませんでした。蒋介石は拠点を南京からさらに内陸に移し、日本軍への徹底抗戦を続けました。・・・日本軍の戦線は、南京攻略後も300キロ先の徐州、さらには揚子江中流の都市武漢へと拡大。戦いは長期化していきました。日本はなぜ中国と戦争を続けているのか、豊丸さんは次第に疑問を感じるようになりました。上官に聞くとこう答えが返ってきたといいます」

福手豊丸「支那(中国)は、国が広すぎていつも内輪騒動内輪戦争している、お互い同士が戦争で、惨めになっている。 支那人(中国人)は、自分で自分の国を治めていこうという力がない。日本は世界で一番いい国。天皇の徳でいい生活をしている。これを支那(中国)の人たちにも教えてやる。それで日本は仕方なく軍隊を持ってきている」

 正しい回答である。日本は終始一貫支配(宗主国と凶産)排除互恵の大アジア主義

語り「武漢陥落の直後、総理大臣近衛文麿は、戦争の目的をあらためてこう説明しました。東亜新秩序の建設。中国との戦いが長期化する中で前線の兵士のみならず政府や軍も戦うことの意味を模索していました」

石澤「当時の日本人は、この、戦争でなくて事変なんだといわれて進んでいくわけですけれども、中国と戦う意味とでもいいましょうかねー、どんな風に日本人は意識していたんでしょう」

権威誇示字幕3ヒカエオロー「東京大学大学院教授加藤陽子」

加藤「 あのー日本人はやはり、戦争と思っていなかったっていうのがあると思いますねー。はい、たとえば、当時一番中国に、あのー、軍隊出してた軍としては、中支那派遣軍という軍隊がありました。その司令官が残した文書の中に、ちょっと読みますと、『今次事変は戦争にあらずして、報償(ほうしょう・仕返し)なり』と、これはどういうことかといいますと、戦争に至る前、中国側はかなり日本製品をボイコットすると、中国国民党の政権などが指導してボイコットさせていたんですで、そうしますと、当時の常識では、といいますと国際法でも、ある国がある国の物をボイコットするというのは、こりゃーまー違反なんだと、で、その違反を中国が最初に犯したならば、それを、で、こうむった不利益を日本側がですねー、やっぱり武力でもって取り返してもいいんじゃないかという、そのー、報償という言葉は、そのような背景を持って使われていたということになりますねー。これは、あたかも、やはり、2001年のアメリカが、9.11.の後にアフガニスタンやイラクにおこなったこととおなじで、それを、ある種1937年の日本の軍部が、やっていたっていうことは、ある意味、奇妙な一致だと思いますねー」

 凶産から翻意を促すための「懲らしめ」なので、戦争意識は皆無。日米「奇妙な一致」などと、好いとこ盗りしてのこじつけ論。連想誘導洗脳である

石澤「そうして一方で、時の近衛首相が、東亜新秩序の建設という声明を出しているんですよねー」

加藤「はい、これはあのー、やはり、日本側は後付の論理です。そう、そのー、英米などの資本主義でもなく、ソビエトなどの共産主義でもないその二つと違ったやりかだで日本の支配下にあった朝鮮や台湾を含めちゅうごくですねー、そして、傀儡国家満州国、そういうところを含めて、東アジアの中で経済的に豊かにしていこうと、そういう意図があるものが、東亜新秩序声明だと思います」

石澤「その旗印の下にまー日本が、前へぐんと大陸へ押し出していったのがこういう事態であったということ」

加藤「ですから、もう戦争の大義っていうものが政府の側も二転三転する、後付の論理になる、こういうことではあのー軍も政府もなかなか戦争をうまく終息させることが出来ないっていうそこにあのー長期化の理由はあるとおもいますねー」

 無法弱肉強食時代の、「兵糧攻めカード」所持者が、無法ブロック経済(閉鎖経済)の欧米露食民治主義と後の凶産主義。当時の世界はこの二つの無法者(独占貿易)が世界を征服し尽くし、内政干渉無きアジア唯一の独立国(もうひとつの独立国タイは英仏の内政干渉下の緩衝国)が日本であった。

 1861年南下する露西亜が対馬を占領、英国権益侵害と判断した英国が排除。日本は攘夷から開国へ方針転換し、開国。新文明対処のため、自給自足の徳川時代から資源無き日本適者生存唯一の術、輸入し加工し輸出する国家建設に一丸となり、欧米列強の力を借り富国強兵、奇跡の大転換を成し遂げた。そして、当然の結果として、資源無き小国日本の最大の弱点は、「資源封鎖(兵糧攻め)」となった。開国以後の歴史は、同時に「兵糧攻め」との戦いの歴史である。

 資源封鎖行使でいつ何ときでも「資源無き小国日本」へ、「日本窒息死カード」が切れる欧米露列強と後のソ連の経済ブロックは、目の上のタンコブ、このコブを切除し、自由貿易を確立しなければ、「資源無き小国日本」の、真の自立自存は、永遠に無い!

 南下する露西亜、迫る清国、属国の韓半島が敵になれば喉元に短刀。小国日本の必勝の術は、先手。日清戦争で防衛の要、韓半島を独立させ味方としたが、戦国時代に脳天気な唯物私欲国王なので、日本が代わって統治。弱体化した清国も、満州の露西亜の蚕食、なすがまま。これも先手を打ち日露戦争で勝利。中国は「中立国」と称し、権利放棄し傍観したが、日本は合法的に中国の承認を得て、満州の露西亜権益を引き継ぎ、日本は適者生存した。

 戦国の世に死活を懸けた大和(日本)民族最後の一縷の望みが、いつも、互恵に基づく大東亜共栄圏であった。日本存続適者生存の道はこれしかなかった!倒幕、富国強兵、近代化、軍国化、反共、大東亜共栄圏、玉砕、自裁、特攻等すべての行動は、戦国の世に、被征服拒否の自立自存。日本はただひたすら一直線、ブレなど微塵もない!そして先人は決断し、起った!これが開闢以来の戦国時代を破壊し、新秩序、「植民地独立付与宣言」を導き出した原動力。考えれば子供でも解ることである。

 大東亜共栄圏は戦国の世の資源無き小国日本、自立自存唯一最後の手段で、開国以来一貫しており、「後付・二転三転」などではない

 「東亜新秩序」1938年第一次近衛文麿内閣が日中戦争に関して出した声明。「戦争の目標は、日本を中心として、日本・満州・支那を一体とした新しい社会を作ること」。これは征服ではなく、宗主国凶産国(白人)が支配するブロック経済から、脱出した、「その二つとも違ったやり方(支配ではなく互恵)」が基盤の、第三の経済圏樹立という意味である。征服目的なら、朝鮮も満州も南京も、新政権などと面倒なことをせずに、手っ取り早く属国化していた。大アジア主義は開国以来一貫して、揺るぎが無いのだ。それを「後付の論理」などと、死活を懸けた先人をおちょくっている。一方、これまで虐げ続けた白人側にすれば、この「黄禍連合」は、最大の恐怖となった。「黄禍論」が仲介となり、水(資本主義)と油(凶産主義)が結合したのだ。「黄禍論」根源は白人支配。窮鼠にしなければ生まれなかった。

 傀儡国家満州」「傀儡政府南京」と、馬鹿の何とかの鵜呑みをNHKは繰り返すが、外モンゴルもソ連の傀儡、中国の蒋介石も毛沢東も「英米仏蘭ソ」の傀儡なので、満州や南京のみの呼称は、偏向捏造洗脳放送である。

 「長期化の理由」は、反共最優先、融和が仇となった

語り「戦争が長期化する中で、1940年、日本は新たな政策を打ち出します。親日派の汪兆銘を国民政府から離反させ、占領下の南京に汪兆銘を首班とする政権を樹立しました。日本とは徹底抗戦すべきではない、そう考える汪兆銘を通じた和平工作で、戦争の終結を考えたのです。jかっては南京町と呼ばれていた横浜の中華街です。中国の南京で、汪兆銘政権が発足したときに撮影(1940年)された、(横浜中華街の)写真が残されていました。日の丸と並んで掲げられた中華民国の旗。その上に三角の小旗が着けられています。反共建国という文字が書かれていました。実はこの旗は、王陽明政権が蒋介石の国民政府とは異なる中華民国の代表者であることを内外に示すために作られたものでした。当時日本にいた華僑の中には、日中の和平を望む人がいました。しかし中国では、汪兆銘政権は日本の傀儡とみなされ、民衆の支持が得られませんでした。結局日本の工作は失敗に終わります。盧溝橋事件から三年、中国軍の徹底抗戦は続いていました。そして日中間の戦争は世界大戦へ発展してゆくことになります」5につづく⇒

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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