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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観2国辱NHKのスパイ角英夫・内藤誠吾・関正和・松平定知・外交敗戦

清は、満州人が万里の長城以内の漢人の地を占領建国。孫文蒋介石は、漢民族(万里の長城以内)自決が旗印。事実ならこれは、潜入したスパイの撹乱発言。

松平「こうした情報を軍は外務省側に伝えませんでした。そして国民政府の姿勢を偽装と決めつけ一方的な敵視を強めて行ったのです」
松平 「そして1935年5月現地の陸軍は思わぬ行動に出ました。対ソ防衛を理由として国民政府を相手に、中国北部からの退去を要求するという、外交上の越権行為に出たのです。現地軍の行動は政府にとって寝耳に水でした。外務省は軍とは逆に国民政府への支持を軸に、日中関係を改善し、国際的孤立を回避しようと考えていたからです」

前述の5月30日タンクー停戦協定のことを外交上の越権行為捏造罵倒表現し、洗脳
 
当時の中国は、満州から北京に張作霖、揚子江上流呉佩孚(ごはいふ)、下流が孫伝芳、西安の奥が馮(ふう)玉祥、山西省には閻錫(えんしゃく)山、そして、毛沢東凶産軍、蒋介石国民軍が群雄割拠していたので、中国政府=蒋介石国民軍ではない。政府皆無の戦国時代そのもので、平和な中国ではないのだ。国がないので当然紙幣など無く、アヘンが貨幣。以前にこれを隠蔽し
上巻極悪NHK日本軍と阿片で捏造洗脳軍命で犬死無駄死した愚民と英霊愚弄と洗脳放送した

字幕映像「広田弘毅外相」

外相秘書官安東義良「政府としても外務省としても、国民的孤立を脱しょうとしたわけですよ、中日関係を良くしようとそれが主眼であった。もう他の(中国領土)の方へ手出しをするなんていうことはね、これはもう厳禁だという気持ちが非常に強かった」

松平「軍と外務省、一つの国家に、まったく相容れない外交方針が並存する二重外交が生じていました」

群雄割拠で国家が無いのに、二重外交呼ばわりは、洗脳。

防衛省小谷賢調査官「陸軍はそういった中国の反抗、反抗姿勢を強調して捉え過ぎた。逆に外務省は、弱い中国というか、日本と協力したがっている中国のイメージで情報を読んでしまってそういったイメージを作ってしまった。どんどん陸海軍・外務省の縦割りが進んでしまって、情報共有というのはまったく出来なくなってしまった」

映像「元老会議(戦略一元化)に上申する海軍外務省陸軍」

松平「なぜこの時期に外交の分裂が生じたのか。かって、日露戦争の頃は対外情報を総合的に判断する組織や、外交方針をまとめて各組織に従わせるリーダーが存在していました。30年代にはその役割を政党内閣が担うはずでしたが、政党の不人気や相次ぐテロなどで内閣は弱体化、独自の行動を強める軍を、統一した方針の下に従わせることが出来なくなっていたのです。特に中国大陸では、軍の独断行動が顕著でした」

最前線で直接軍が接した相手と、日本本土で考えている相手が異なっただけのことで、軍の独断行動ではない。群雄割拠で国家が無いことを隠蔽し、独断極悪軍と洗脳している。


字幕「外務省会議1935年6月27日」

CG映像と字幕「外務省次官官邸」

語り「対中国外交の矛盾をどうするか外務省の緊急会議で思いもよらぬ案が飛び出した」

南下し続ける露西亜ソ連に対しての防共は、当時の世界の常識で、思いもよらぬ案NHKの捏造洗脳。

CG重光葵外務次官「陸軍が中国に出した要求は日本と中国が共同でソビエトに備えるためと説明してはどうか」

語り「重光次官がひねり出したのは、国家を超えて共産主義に対抗する、防共協定というアイデアだった」

松平「当時、共産主義の拡大は各国首脳にとって大きな懸念となっていました」

ここで、当時の世界の常識(大きな懸念)と答えているではないか。なんで常識が思いもよらぬ案、アイデアなのだ!NHKの洗脳。

字幕「国共内戦1927年」

松平「特に中国では国民政府と共産党の内戦が激化する様相を見せていました。共産主義に対抗するという名目で蒋介石に連帯を呼びかけようとしたのです。新たな国家戦略として急浮上した防共外交。その中心人物となった遺族に会いました」

日本と蒋介石国民党軍、当初は棲み分けし、共に反共戦争を続け、蒋介石は共産党を最後の5分間まで追い詰めていた。初めての本戦は、1936年12月12日西安事件以後である。

映像字幕「有田八郎遺族山室宗光」

松平「今回有田家からは膨大な資料が見つかりました。日本の要は日中関係にあると考えた有田は、国民政府に防共協定の働きかけを強めました」

字幕「外務大臣有田八郎」と音声「中国との間の防共の問題は、北支方面における地域としてね、防共協定はやってもよろしいと、向こうの張群(中国外支部長)の考え方だ。それはだんだんと西北方面から共産党の勢力が伸びてきたために、そして、あそこに、ソ連のほうは兵力をもってだんだんと圧迫してくるということもあるわけだ」

松平「有田の防共外交は、中国を手始めに、さらに世界へと広がっていきました。最近になって情報公開が始まったポーランド。日本の防共外交の痕跡が残されていました」

ポーランドワルシャワと国立近代文書館の映像

館員の語りと字幕「これは日本から持ちかけられた政治協定の外交資料です」

松平「有田がポーランドに防共協定を参加を呼びかけた資料が今回、初めて確認されました。他にもオランダベルギーなど、日本が懸命に孤立脱出を模索した実態が分かってきました」

外務大臣有田八郎音声と字幕「一国でも多くこれにね(防共に)、参加しておるほうがよろしいというその気持ちもあって、あの当時の政府におる者はね、陸軍にしても海軍にしてもまた外務省にしても、孤立化を何とかして何しないと、だんだん悪い方に移行しないかと」

松平「有田の構想はすでに働きかけている中国に加え、さまざまな国に対ソ防共の連帯を呼びかけ、孤立脱出の足がかりにしようという大掛かりなものでした」

松平「この時期、外務省とは別の外交工作がドイツの片隅で、一人の男によって進められていました。日本の戦争への決定的なターニングポイントになったとされる、ナチスドイツへの接近です。ベルリン駐在陸軍武官大島浩。ヒトラーや大作曲家リヒャルト・シュトラウスらと交流し、日独接近の立役者となりました」

字幕と映像「駐独陸軍武官大島浩」

大島浩遺族槙恒治「自分は国をミスリードしたということはね、それはとにかく、公式に言ったわけですから、そういうところの責任はあるということは考えていたと思いますよ」

国をミスリードは戦後の結果論で、当時は戦国の世、一カ国でも味方がほしかった。切実な小国日本の姿である。


映像「ドイツベルリン」

松平「世界はまだ大恐慌の後遺症に苦しむ中、もっとも見事な経済回復を遂げていたく国がドイツでした。ヒトラーの下で猛烈な軍拡を進めるドイツは、激しい緊張を周囲にもたらしていました。大島は陸軍中央の了解を得て、ドイツとの軍事同盟を模索し始めました」

映像「ヒトラーと大島」

大島浩証言「ドイツの方でもロシアを対象として、どこか相手がほしい、仲間になる相手がほしい、という考えがあることは非常に明瞭になったものですから、こういう風を利用したらどうかということを、私はちょっと考えたんです。私はこれやる時分に、陸軍からも『具体化するまでは黙ってくれ』とそういうような関係で、別に(政府に)報告も何もしませんでしたからね」

松平またしても生じた外交分裂、1936年の初め、陸軍の動きを知った外務省は危機感を覚えます。ドイツへの安易な接近は、欧米諸国の反発を招き、日本をさらに孤立させる恐れがあったからです」

外相秘書官安東義良「これは、日本の外交体制としては、もう最重要点になる。うっかり陸軍のいいような風にばかり考えてったら、とんでもないことになってしまう」

松平「しかし有田らは陸軍を止めるのではなく、ある国と手を結ぶことで対処しようとします」

有田八郎音声と字幕「ドイツだけじゃいかんと、ことにイギリスというのは同じようでなければ外務省は承諾しないと。陸軍は反対したけどそれを押し切ってですね、同時にとにかくスタートさせようと」

NHK洗脳の外交分裂ではなく、選択肢を広げたに過ぎない。


松平
「反ドイツの急先鋒だったイギリス外務省、有田はここを味方に引き入れる行動に出ました。有田の意を受け、イギリスの説得に当たったのは駐英大使の吉田茂でした」

字幕「駐英大使吉田茂会談」

CG画像

語り「1936年7月30日、吉田は、対イギリス工作を開始した。イーデン外相に対し、防共外交への協力要請をこう切り出した」

CG吉田「日本と力を合わせるよう中国には、あなた方の口ぞえをいただきたいのです」

CGイーデン外相「失礼ですが、中国側もこのことは了解しているのですか」

語り「吉田の提案は10項目に及んだ。イギリスは中国に防共への参加を説得してほしい。ゆくゆくはイギリスも加わってほしい。しかしイーデンは簡単に吉田の誘いには乗らなかった」

映像イーデン外相「ひとつ間違えばこの協定は、世界を割ってしまう恐れはないでしょうか」

松平「防共外交は迷走を始めました」

迷走はNHKの洗脳。護国への先人の必死な姿である。

松平「ベルリンの大島は、早い段階からイギリスが防共協定に消極的なことをつかんでいました。ヒトラーの腹心のリッペントロップがすでに、イギリスとの連携を模索、失敗していたからです」

証言大島浩「リッペントロップも私にはね、イギリスが到底友にはならんということをしっかり報告しようと言っていました。どうも総督はイギリス贔屓だから」

松平またしてもこの陸軍側の情報は吉田ら外務省側には伝えられていませんでした。一方の吉田も、イギリスとの交渉を独自の考えで進めだしました。東京の意向を確認せず、イギリスに中国の共同経済開発を打診したのです」

「またしても・確認せず」はNHKの洗脳。

証言有田八郎「吉田君が支那問題に大して『一緒にやろう』とプロポーズした。ところが、日本政府はそうは思ってはいなかった。そこで(イギリス側は)違いがわかってきた」

松平「イギリス側は戸惑いました。ベルリンの大島等の動きも監視していたイギリスは、すべてがちぐはぐな日本側の真意を疑い、次第に不信感をつのらせてゆきます」

英文映像と語り「今日も吉田がやってきたが日本側の本当の意図がわからない」。「まともに彼らを相手にする必要はない、このまましばらく遊んでやればよい」

松平「世界を股に掛け、何とか孤立を回避しようとした防共外交の試み。しかし、自らを統制できない日本外交の現実は、かえって日本への信頼を失わせていました。最初に防共協定をもちかけた中国でも、日本のまとまりのなさが影を落としていました。1936年10月、蒋介石と川越茂大使との間で、防共協定をめぐる交渉が大詰めを迎えます」

偏らず、英独等々あまねく呼びかけた結果、賛成(共産を凶産と看破)反対(凶産を共産と錯誤)が出ただけのことである。それを、「自らを統制できない日本外交」とは、NHKの洗脳である。

字幕「日中国交交渉1936年10月8日」

CG川越茂大使

語り「中国を何とかつなぎとめようと、日本側はあせっていた」

CG川越茂大使「ただ親善を口にしていても意味はないでしょう。共産主義に対抗する共通の目標を掲げましょう」

CG蒋介石「わが国にはソビエトに反対する事を好まぬ空気があります。まずはそれをどうするかなのです」

語り「だがこの時点で国民政府が日本の呼びかけに応じる可能性はなかった」

字幕「ソ連大使の報告文1935年10月19日」「中ソ関係を改善、資料で始めて確かめられました。さらに最近公開された資料を詳細に読み解いた鹿錫俊教授はこの時期の蒋介石の心理を新たに明らかにしました」「大東文化大学(日中外交史)」

晩年親ソの孫文病死(1925年3月12日朝)以後、蒋介石は共産党を排除したため、蒋介石唯一の息子(先妻)蒋経国(1906~88)は、西安事件以降の1937年3月25日までの12年間、事実上、ソ連の人質だった。ソ連を敵とする防共協定は、どだい無理な話であった。NHKはこれを隠蔽し洗脳。

字幕「大東文化大学(日中外交史)鹿錫俊教授」「10月18日日ソの軽重を考える」

鹿錫俊教授「10月18日の中で対ソ関係と対日関係の利害および軽重関係について注意しなければならない」

松平「日本の出方を注意深く見守っていた蒋介石、日本が外交方針を統一できないと見るやついに決心を固めました

NHK捏造洗脳。蒋介石が「遂に決心を固めた」のは、1936年12月12日西安事件以後。

鹿錫俊教授「12月15日の注意の中で蒋介石はいろいろ悩んでいましたけれどもソ連との提携に傾いたと、ソ連とはもう提携ですね。やはり日本はまとまりがない。いったい外交は外務省がやっているのか、陸軍がやっているのか、何回も(日本に)やられると、やはり外務省が軍の意見を隠すための姿勢だけのものではないかというような意見が、中国の対日認識に中心になりつつあった」

蒋介石がソビエトとの関係強化に踏み出していたは、捏造洗脳。真相は真逆で、ソビエトが中国との関係強化に踏み出していた。蒋介石親ソは西安事件が理由。鹿錫俊は偽中国か?癌半島か?

NHK復職赤化教授東大教授)は、WW2元凶凶産完全隠蔽洗脳する。

日中戦争に先んじる2年前ソ連指令凶産中国日本に宣戦布告(八・一宣言)

1935(昭和10)年ソ連はモスクワでコミンテルン第7回大会を開催、反日団体の結集を図る、「抗日民族統一戦線」の形成を決議した。これらは直ちに中国共産党によって、日本への宣戦布告(8・1宣言)となった。蒋介石国民党との内乱で、中国共産党軍の兵力は、30万人から3万人に激減したため、「内戦停止・一致抗日」を訴え、敵を蒋介石から日本に変えた。赤化戦争内乱を、抗日救国の対日戦争にすり替えたのだ。日本と蒋介石国民党軍を交戦させ衰えさせる、狡猾な漁夫の利作戦である。以後の交戦はすべて、テロとゲリラの凶産が関与し、1936年12月12日西安事件で蒋介石を拘束し桎梏、1937年7月7日「盧溝橋事件」、1937年9月「第二次国共合作」、そして「日中戦争」へと拡大してゆく。

CG外務大臣有田八郎「そうかやはりそっちもだめか」

語り「イギリスやポーランドとの交渉も進展はなく、日本国思惑は空回りしていた。その中で避けたかったドイツだけとの交渉が着々と進んでいた」

外務大臣有田八郎映像と音声「申し入れたところから返事を来るのを待つも待たんもない、どんどん今度はこっち(ドイツ)の方が進行して。それについての論争が今度はまた始まってくるという風な。だが振り返ってみると、言うと、いろんなことがやっぱり日本のやり方が間違っておったんだろうと思う」

字幕「ロンドン大学(日英外交史)アントニー・ベスト教授」

アントニー・ベスト教授「日本のやり方には何か無理があったのだと思います。外から見れば日本内部の混乱こそが信頼感を失わせていたのです」

松平「1936年11月25日、日独防共(反ソ反共)協定成立。協定は、ソビエトはもちろん、欧米各国の猛反発を引き起こしました。この世界の反応については、大島ら陸軍側も読み違いを犯していました」

各国の猛反発の証拠開示なし。NHKはここでも洗脳。共産党を凶産党と見破れなかったのが、ソ連から遠く離れた英米仏蘭で、WW2の起因である。

証言大島浩「イギリスが、ああドイツに反対するとは思っていなかった。赤化(共産主義化)ということをどこの国も警戒しているだろうと。イギリスあたりも協定に対して非常な反感は持つまいと」 

1936年10月で延安に到着し長征終わり。中国凶産党軍の兵力は30万人から2万5千人に激減していた。蒋介石は最後の5分間に共産党を追い詰めていた。

 日本孤立は、中国蚕食国(英米仏蘭ソ)の中国利権が直接の原因で、日独防共協定ではない。1936年12月12日西安事件。中国共産党軍に拉致された蒋介石は、釈放の条件として、共産党討伐の停止、逮捕されていた抗日運動家の釈放、対日交戦の早急な準備などの8項目を要求され、「抗日民族統一戦線」の形成に合意させられた。蒋介石釈放をめぐっての調停工作に当たっては、中国利権のイギリス、アメリカ、ソ連と、中国共産党との間で同一歩調がとられ、利害が一致する中で抗日統一戦線が形成されていった。

松平「孤立した日本は翌年中国との全面戦争に突入します」

NHKここでも「全面戦争」と洗脳。以後凶産テロが繰り返され、やむなく戦争となったが正しい。

字幕「日中戦争1937年7月7日」

1937年7月8日「事件の拡大を防止するため更に進んで兵力を行使すること避くべし」日本軍の不拡大方針を指示した7月8日付けの電文。靖国神社の遊就館に展示。

1937年7月11日盧溝橋事件そのものは国民党政府軍の宋哲元が、正式謝罪し、責任者を処罰し、部隊を撤収させることで解決(現地協定)をみていた。日本政府は不拡大方針を示し、11日現地で停戦協定が結ばれた。ところが事件を機に日中間の前面衝突赤化戦争発展させようとするソ連・コミンテルンの策動が行われ、次のような指令を発したのである。

「あくまでも局地解決を避け、日支の全面的衝突に導かなければならぬ。日本への譲歩によって、支那の解放運動を裏切ろうとする(中国人)要人を抹殺してもよい。下層民衆階級に工作し、・・・国民政府をして戦争開始のやむなきにたち至らしめなければならぬ。党(中国共産党)は対日ボイコットを全支那的に拡大しなければならぬ。紅軍は国民政府と協力する一方、パルチザン的行動に出なければならぬ」(興亜院政務部興亜資料政治篇「盧溝橋事件に対するコミンテルン指令」)と。

1937年7月29日通州事件(中国人保安隊の日本人虐殺事件)。通州において、婦女子を含む日本人居留民役2百名が目をくりぬかれ、強姦され、虐殺された事件があった。中国側の謝罪、慰籍金支払いで落着はしたが、この事件をきっかけに、日本国民と日本軍の激しい怒りが中国側に向けられることになり、日中間での対立が激化した。

 これは凶産コミンテルンが発した「あくまでも局地解決を避け、日支の全面的衝突に導かなければならぬ」という指令がまさに現実化していったことに他ならない。仕掛けたのは国民党軍に潜入していた中国共産党。

松平「世界との関係を回復しようとした日本は、気がつけば、ドイツ以外の世界中を敵に回していました」

世界中を敵に」はNHKの洗脳。敵は中国利権の宗主国(英米仏蘭ソの白人と属国)のみで、食民治(有色人)や虐げられた白色人国家は味方。証拠は下記

1937年10月14日ローマ法王ピオ11世、全世界3億5千万カトリック信徒へのメッセージ「日本の支那事変(日中戦争)は、侵略戦争ではない。凶産党と戦っている。凶産党が存在するうちは、全世界のカトリック教会信徒は、日本軍に遠慮なく協力せよ」

1960年の食民治独立付与宣言賛成89反対0棄権9カ国(主要宗主国白人英米仏ベルギー、ポルトガル、スペインと、南アフリカ、オーストラリア、ドミニカ)。

字幕「ルーズベルト米大統領」

ルーズベルト米大統領音声と字幕「世界には不幸にも無法という名の疫病が広がっている。人々はこの“患者”の隔離に賛同し参加しなければならない」

日時隠蔽だが、西安事件1936年12月12日以後は、本格的に蒋介石支援なので、米国民洗脳演説。

松平「孤立を避けようとした外交が逆に、日本を、後の世界大戦への道へと引き込むことになります」

蒋介石と日本を戦わせ、衰亡させる、共産の漁夫の利作戦である。「公」の汪兆銘と日本は、漁夫の利作戦の破壊を試みたが、私欲に走った蒋介石が踊ってしまい、不発となった。引き込んだのは凶産と自滅の道を歩んだ蒋介石で、世界ではない。NHKは凶産を隠蔽し洗脳。

字幕「外務大臣有田八郎」

松平「最後まで日独単独協定を避けたいと願った有田八郎、皮肉にも、調印時の外務大臣としてその名を歴史に刻みました」

字幕「有田八郎遺族山室宗光」

松平「遺族の元に残されていたのは、協定成立への貢献に対しヒトラーから送られた感謝の勲章でした」

映像「卍勲章アップ」

遺族山室宗光「もっとあのー、やりようがあったんじゃないかなーて言う疑問は、ただ、実際はできなかったんだと思います。あのー、実際は出来なかったんだけれども、もう一歩踏み込んでも良かったんじゃないという部分は持っています」

NHK「卍勲章アップ」で遺族と先人侮蔑し洗脳。

松平「なぜ日本NHK)孤立化への道を歩んだのか、それは、その時代の選択の一つ一つがですね、きちんとした長期的な計画の下に行われていたのではなかったということであります。むしろ見えてきたのは、ハッキリした国家NHK)戦略を持たずにですね、甘い想定の下に次から次へと、起こる事態の対応にキュウキュウとする姿でございました。いったい誰が情報を取りまとめ、いったい誰が方針を決めるのか、そして一旦決まったことがなぜ覆るのか、そういったことが何も見えない日本NHK)が、やがて、世界(国民)の信用を失っていくことになるのです。方針も情報も一本化出来ずに、内向きの都合の良い現実だけを見続けた果てに、日本NHK)は、あのいわゆる太平洋(自爆)戦争を迎えます。外交敗戦(自滅)とも言うべき国家NHK)誤算は、大戦(破滅)にいたるその日まで繰り返されたのです」

NHK侮蔑語彙羅列し、先人愚弄し洗脳。日本をNHKに置換(赤字部分)すると、NHK の実体現出。

第一回”外交敗戦”孤立への道

松平「欧米との対立が激化した1940年、かっての国際連盟全権松岡洋右が外務大臣に就任しました。この時、松岡が事態打開の切り札として期待した日独伊三国同盟は、いよいよ日本を太平洋戦争追い込んでゆきます

外務次官大橋忠一音声「松岡氏が、これは戦争の条約じゃないんだ、戦争を防ぐための条約なんだから。アメリカとの戦争を常に恐れとった。アルマゲドンとか何遍聞いたか知らん。大変なことになってしまう、もう藁でも掴むんで仕方がない」

企画院総裁鈴木貞一音声「日本にはね、そんな計画的なものは一つもない。それは今でもそうなんだがね、その時に起こってくる現象に沿うて色々な事をやっているわけだ。だから日独同盟結んでね、そして日独同盟の力でな、そしてアメリカに対抗しなきゃ、それがさー、結局裏目に出たんだな」

字幕「日本人はなぜ戦争へと向かったのか」

戦勝国(食民治主義や凶産主義)は出稼ぎ戦争で、日本の戦争は死活戦争。資源封鎖の宣戦布告に、迫る飢餓から日本国民を救うための反撃に過ぎない。下記はスパイ。

語り、松平定知・演出、関正和・ディレクター、内藤誠吾・製作統括、角英夫

 食民治と凶産完全隠蔽。こんなNHKは、66年間もだまされ続けた我々日本人自らが、ベルリンの壁を破壊した如く、一振り一振り思いを込めて鉄槌を振り下ろし(受信料不払い)、解体することこそが、最もふさわしい先人への償いで、供養となる。

 先人は、犯日「食民治主義、凶産主義、凶産偽中国、癌半島、罪日と、戦後復職赤化教授、東大、京大、日教組、NHK、朝日(TV朝日)、毎日(TBS)、読売(日テレ)、岩波書店、文藝春秋、共産党、社会党、社民党、九条の会、大江、石原、司馬、半藤、秦、保阪、御厨、佐高、本多、田原、筑紫、立花、鳥越、ナカソネ、ナベツネ、汚沢、鳩山、菅、仙谷等の言葉と文字界に迫害され、受難者となったが、必ずや復活する! 3につづく⇒

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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