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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観5NHK隠蔽終戦時には満州事変~大東亜戦争起因喝破のヘレンミアーズ

松平「自分たち(NHK)が過去にしたことに縛られてですねー、出先に対してあいまいな処罰しか与えられない中央(NHK)というものは。また出先は出先でですねー、組織全体(NHK)の利益よりも今日自分たちがいるそのセクションの利益だけを考えるということに対する。この巨大な組織陸軍(NHK)の中で中央と出先のこーゆー行動が繰り返されるうちにですねー、どんどん事態は悪化して戦争NHKの自滅)は泥沼化していくわけでございます。その結果日中双方(NHK)に多数の犠牲者を出し、それがその後のいわゆる太平洋戦争NHKの自滅)への道を選ばざるを得なくなったことを、私たち(NHK局員)は忘れてはなりません」
赤字部に換言するとNHKの実体となる

映像「昭和天皇と軍人の集合写真」

松平「この陸軍(NHK)の中枢にいる軍人(NHK局員)たち、彼らは当時の日本の知性を集めた極めて優秀な、いわば国のために存在するエリートでありました。その、国のために存在するエリートが、最終的には国の利益よりも、自分たちが存在する組織(NHK)の倫理を優先したという事実。これこそまさに組織(NHK)というものが持つ病理なのでありましょうか」
赤字部に換言するとNHKの実体となる

松平「アメリカから繰り返し突きつけられる中国からの撤兵、1941年9月、御前会議では天皇も日米開戦への危惧をほのめかしていました。しかし、 その矢先のことでした」

字幕「近衛内閣閣議1941年10月14日(昭和16年)」

CG画像語り「陸軍大臣東條英機が突然懐からメモを取り出し演説を始めた」

CG東條「日米交渉はどん詰まりである。撤兵問題は心臓だ。アメリカの主張にそのまま伏したら、支那事変の成果を壊滅するものだ。満州国をも危うくする。駐兵により事変の成果を決定付けることは当然であって、世界に対しなんら遠慮する必要はない

護国の臣東條英機当然の至言。

CG語り「組織の面目にこだわる陸軍の態度に、内閣は総辞職した」字幕「東條内閣1941年10月18日」

松平「その直後東條は新たな首相に就任。かっての一夕会のメンバーが皮肉なタイミングで、権力の頂点に上り詰めました。その内閣に企画院総裁として入閣したのがやはり一夕会の同士鈴木貞一でした。陸軍が中国から引かなくなった理由について語っています」

鈴木貞一「私もね満州から帰ってきた時に靖国神社へ行ったんですよ。そうするとあそこにずっと遺族が並んでんだねー、それを見て『ああーこんなに人が死んでいるのか』と思うとねー、やっぱり『これは何とかしなくちゃいけない』という気持ちになりますわねー、申し訳ないという気持ちにねー、従来の軍の性格から言ってだねー、自分等は自分のやった成果に対してはねー、言い訳の立つことだけはしなければいかんとそれはねー、そういう気持ちになります」

松平「自分達のやってきた成果へのこだわり、それを守るためには更なる拡大を必要としました。その先に一夕会のメンバーを待ち構えていたのは、彼らの想像をはるかに超える犠牲者を出す太平洋戦争の開戦でした」

『これは何とかしなくちゃいけない』は、護らなければで、「成果へのこだわり」ではない。NHKの洗脳

字幕「第二回巨大組織“陸軍”暴走のメカニズム」「日本人はなぜ戦争へ向かったのか」

しつこく字幕と松平が能動戦争を繰り替えし強調、洗脳。

NHKのスパイ。語り、松平定知・演出、松村亮一・ディレクター、相沢考義・政策統括、角英夫。NHK洗脳劇 

隠蔽したNHK等の仮想界・ヘレン・ミアーズは終戦時すでに満州事変~大東亜戦争起因を喝破していた

終戦からわずか三年1948年出版ヘレン・ミアーズ「アメリカ人の鑑・日本」より

“大東亜共栄圏”の一環日本陸軍の凶産ソ連南下遮断作戦“防共回廊(板垣征四郎構想・ユーラシア戦略)”は達成寸前だった

第三章の1

 パールハーバー以前は、経済封鎖に対する日本の脆さを知っている人なら、日本が大国にとって軍事的脅威になるなどということを、誰も本気で考えたことは無い。日本は近代戦のための重要物資をすべて輸入しなければならないのだから、物資の補給が遮断(兵糧攻め)されれば、戦争機関は自動的に停止してしまう。しかも、日本は食糧も輸入しなければならないのだから、海上輸送路が遮断(兵糧攻め)されれば、通常の国内経済は麻痺する。

第九章の3

 日本は何を考えていたのか。中国の情勢は混沌とし、錯綜していた。しかし、日本から見れば、問題はきわめて簡単だった。つまり、(1)満州に、「合法的自衛」手段としての戦略拠点を確保し、(2)日本帝国圏(韓国と台湾)と満州、華北からなる経済ブロックをつくって経済の安全保障を確立しようというのが日本の計画だった。そうすれば、これまでのように原材料物資と市場をアメリカ、イギリス、フランス、オランダに依存しなくてすむ。日本は、一方では再び極東に進出してくる可能性のあるソ連に対する「防衛」手段として、もう一方ではイギリスの強力なポンド経済圏(貿易地域)とアメリカのドル経済圏に対抗する手段として、自分たちの計画を考えていたのである。しかし、イギリスとアメリカは日本の政策に反対した。

 日本から見れば、イギリスは中国の「中央政府」を経済的、政治的に支配し続けたいから、反対しているのだ。そして、アメリカは日本がアジアで指導的地位につくことを望んでいないのだ。つまり、人種差別的、通商的、戦略的反対であると、日本は解釈した。この政策的対立が日華事変(日中戦争)の交戦国は中国と日本ではなかった。それは依然として、日本と欧米列強、とりわけイギリス、アメリカとの対立だった。中国人の将軍(蒋介石)と政治家(日本と汪兆銘)がついていた。中国人民は、相も変わらず、双方の犠牲者であり、飢えるか殺されるかの役回りしか与えられていなかった。

 1935年、華北を蒋介石政権の「悪政」からほとんど「解放」していた。日本は華北三省を統治する将軍たち(軍閥)の協力でこれを達成したのだ。将軍たちはいずれも華北の「自治」確立と、満州国と日本の緊密な経済関係を支持すると宣言していた。汪精衛(兆銘)(後に南京「傀儡」政府を率いる)も日本についていた。彼は1935年当時、蒋介石が率いる「南京政権」の行政院院長だった。この政権は列強が「中華民国の」の「中央政府」として承認したものである。つまり、日本は中国の統治グループの中に緊密な協調関係をつくっていたのである。

 中国「国民政府」の中にさえ、政策の不一致があった。蒋介石はどちらかといえば親英路線、汪兆銘はどちらかといえば親日路線だった。1935年、汪は日本の協力して、蒋介石を国民党の指導的位置から外そうとしていた。

 この時点までイギリスは蒋介石と日本の双方をけん制しつつ支援していたが、華北が独立を宣言し、日本と満州国が共同して関税同盟と経済ブロックを結成する可能性が強まってくると、危機感を抱くようになった。イギリスは華北に大きな「権益」を持っていたから、フレデリック・L・ロス卿を送り込み、銀の国有化計画を成功させて、蒋介石を外交的にも強化した。同じ頃、国民党大会初日の記念写真におさまろうとしていた汪精衛は、カメラに隠されていた銃で撃たれ負傷した(1935年11月1日)。

"防共回廊”を"経済回廊”と見間違えた凶産に疎い米英

 複雑極まりない情勢の中でおきた一連の事件は、日本の計画にとって大きな障害となった。日本の盟友汪精衛は入院し、蒋介石はイギリスの財政援助で威信を高めた。このために日本は華北の「解放」計画を断念せざるを得なくなったのである。イギリスに代わって華北を分離させようとした経済ブロック計画(防共回廊)は阻まれ(防共回廊は、日本が武力によらず「合法的」に達成寸前だった)、日本は一歩一歩、日華事変の泥沼にはまり込んでいった。その過程で日本は、不正義ではあったが(解放という正義が第一義ではなく、日本の自衛が第一義で、解放は自衛目的達成のための手段)、「アジア解放」(宗主国欧米に頼らない自己保存目的の大東亜共栄圏の樹立)の旗手として台頭してきた。

“防共回廊”破壊され経済遮断で残る一縷の術は“極東共栄圏”から“大東亜共栄圏”への拡大

 日本は、中国一部の地域の開放(華北解放の挫折)から発展して、汎アジアを目指し始めた。これはアジア諸国が「西洋列強の支配から解放され」て、(日本人の説明によれば)南北両アメリカ大陸の諸国が、汎アメリカ大陸同盟を形成して、共存共栄を図っていると同様に、「共栄圏」を形成して、協力するという構想であった。

 ひとたび日華事変が火を噴くと、日本は苛烈な獰猛さで進撃した。そして、東部の海岸地域を奪取し、蒋介石政権を重慶に追いやることに成功した。1940年4月、日本は汪精衛を南京に担ぎ出し、同11月汪政権を中国の正当な合法的「中央政府」として承認した。米英両国政府はただちに蒋介石政権を正統政府として承認すると発表した。アメリカは汪精衛を日本の傀儡とみなし、日本は蒋介石を米英の傀儡とみなした。

 中国人の立場から見れば、両政権とも法的擬制(誤魔化し)である。蒋介石も汪精衛も外国の後押しがなければ支配的地位を握ることはできなかった。どちらも中国人の力で政権に就いたのではなかった。両政権の軍隊は外国列強(片や米英、片や日本)によって資金手当てされ、訓練されていた。両政権ともいわゆる中国「共産党」からは敵視されていた。日華事変では中国共産党は重慶(蒋介石)に協力して日本と戦ったが蒋介石軍は日本軍、共産軍双方と戦っていた。

資源封鎖でポンド・ドル圏から追放

 米国政府は蒋介石に多額の借款を与えるだけでなく、日本の厳しい経済制裁(日本最大の弱点兵糧攻め)をちらつかせることで、日華事変(事実上、1939年の世界大戦に合流する)に参画していた。[著者注7 1940年11月、汪精衛の南京政権の樹立に対抗して、アメリカは重慶(蒋介石)に一億ドルの借款を与えた。これは1935年のアメリカの対中国投資総額の半分に相当する]。1939年6月、私たちは日本との通商条約(1911年締結)を破棄した。これによって、私たちはいつでも貿易を停止(兵糧攻め)できるようになった。

 1941年7月、アメリカ、イギリス、オランダは共同で各統治領内の日本資産を凍結し、貿易関係を全面的に中断(兵糧攻め)した。

 ここにいたって日本は、満州事変以来脅えつづけてきた最後のとき(兵糧攻め)がついにきたことをさとった。これら諸国の物資がなければ、日本はアメリカ、イギリス、オランダのいう条件で中国と満州から撤退するしかない。

戦わざれば亡国、戦うもまた亡国”

 近衛公が去り、東條大将が登場すると、凍結措置は戦争行為(兵糧攻め)なりと、たった一言で喝破した。次にくるのは必然的にパールハーバーとシンガポールの攻撃である。日本側の立場にたってみれば、これらの攻撃は、「我が帝国の存亡」を懸けた、当然の、自己防衛だった。[ヘレンミアーズ注11 第2章の2「攻撃と反抗」の日本国天皇の開戦の詔書を読み返していただきたい。ここには日本の視点が明確にされている]。

[第2章の2「攻撃と反抗」米英帝国に対する宣戦の詔書、1941年12月8日

 東洋支配のあくなき野望に狂奔する米英は、重慶政権を支援しつつ、東アジアの動乱をいよいよ悪化させてきた。米英両国は他の国々に追随をそそのかし、われわれに挑戦すべく、わが帝国周辺において軍事力を増強した。彼らはあらゆる手段を用いて、わが平和通商を 妨害し、ついには経済関係断絶の挙に出るにいたった。これはわが帝国の存立を根底から脅かすものである。かくのごとき情勢にいたれば、わが帝国は実にその存立と自衛のために、武力に訴え、そのいく手にたちはだかる障害を打破するほかにとるべき道はないのである]。開戦の詔書全文赤裸な国民の総意開戦の詔書と終戦の詔勅と戦後公職追放令でのし上がった売国奴

(真実史観注・玉砕特攻集団自決の原点 ハルノートに応じたら最後、大坂城の内堀を埋めたのと同じ、立ち上がる術など皆無。応じても、保障なき戦国時代、再度資源封鎖されて完全亡国の奴隷国は明白で、滅亡あるのみ。ABCD経済封鎖は宣戦布告、座すれば確実に国民は餓死、アジア同胞覚醒追随に一縷の望みを懸け、打って出た。故国に残した国民の生存を懸けた戦いに、兵士も国民も上下の区別なく団結、滅私で戦った)

 日本が戦争の道徳的弁明のための、あえて設定した合法的虚構は「大東亜の解放」であった。

(真実史観注・資源豊富な大国アメリカの観点では、「合法的虚構」かも知れぬが、兵糧攻めで白人支配のドル・ポンド圏からはじき出された資源無き小国日本には、被差別有色人アジアに、第三の経済圏大東亜共栄圏樹立以外、適者生存、生き残る術は無かったのだ)

第二章の2

 パールハーバーはアメリカ合衆国の征服を企んでし仕掛けられた「一方的攻撃」であるというが、この論理では日本を公正に裁くことはできない。なぜなら、私たちの公式記録が、パールハーバーはアメリカが日本に仕掛けた経済戦争(兵糧攻め)への反撃だったという事実を明らかにしているからだ。パールハーバーは青天の霹靂ではなく、然るべき原因があって起きたのだ。原因は、1941年7月25日にアメリカ、イギリス、オランダが打ち出した「凍結令」である。三国は自国領内にある日本の全資産を凍結し、貿易、金融関係を全て断絶した。日本は輸入必需品80パーセントを「凍結」地域に頼っていたから、三国の行動は、日中戦争の泥沼化だけでなく、国内経済の窒息死を(餓死)意味するものだった。

 日本はアメリカに特使を送り、こうした厳しい措置の緩和を要請した。しかし、アメリカは両国間の対立を解決する意志を持っておらず、戦争は不可避と考えているように、日本にはみえた。会談の公式記録を読んでみると、アメリカは自国の「防衛」計画を整備するまでの時間稼ぎをしている、と日本が思ったのは、当然である。アメリカの政策(イギリス蒋介石政権を支援し、日本を経済制裁)は正しかったというのもいいだろう。しかし、私たちの政策ではなかったと、真面目な顔でいうのはおかしい。なぜなら、政府は各種の公式声明であれ「凍結(兵糧攻め)」令はアメリカの政策だったと言明しているからだ。

 日本の立場で言えば、こうである。イギリスとオランダが禁輸したインドネシアとマレーの物資(兵糧)を力で奪いに行く決意を固めた。そこでアメリカが両国の陣営に加わらないよう、奇襲によって出鼻をくじく必要があった。パールハーバーは伸るか反るかの賭けだった。

 東京裁判で日本側は「封じ込め」を逆非難し、「正当防衛」を主張した。これには強力な裏付けあったために、私たちはパールハーバーを中心訴因から外し、「少なくとも、いわゆる満州事変の発生時の1931年から」日本が企てていた「世界征服」の「陰謀」まで訴因を拡大せざるをえなくなった(国際検察局主席検事joseph keenan書簡参照)

第三章の1

 私たちの戦争目的は、日本のアメリカ征服を阻止することではなく、日本を征服することだった。戦前戦中を通じて、日本が帝国の一部として、あるいは常任統治領として支配する地域に攻め入り、アメリカ本土からはるか遠くに広がるアジアの島と領土を占領することがアメリカの目的だった。

第七章の7

 雌鵞鳥(グース)のソースは雄鵞鳥(ガンダー)のソースにもなる(欧米列強の行動と、日本の行動は同じで、非難する資格など欧米列強にはない)。ヘレン・ミアーズ「アメリカ人の鑑・日本」引用終了

 

 応じたら最後亡国あるのみ。大坂城の内堀を埋めたのと同じで、立ち上がる術など皆無。応じても保障無き戦国時代、再度資源封鎖されて完全亡国奴隷国明白。応じたから、屈したから全世界が食民治にされた。最後に唯一残った独立国日本は、学習していたので、応じなかったのは当然なのである。永野修身の“戦わざれば亡国、戦うもまた亡国”は、これを踏まえての出席者の総意、子孫を思ってのほとばしる苦渋発言なのだ。これらを踏まえられない思考回路無き者は、大江司馬石原等の短絡善悪史観鵜呑みの、ロボットとなる。世界を征服し尽し、最後の日本を兵糧攻め。悲惨な降伏は拒否し、一縷の術に懸け打って出た。先人の一縷の望みは、植民地独立付与宣言となって成就した。考える能力さえあれば、子供でも解かることだ。

永野修身の言葉「昭和16(1941)年9月6日御前会議にて?」意訳真実史観

戦わざれば亡国、
 戦国時代である。中国、南京、満州、朝鮮は、英米仏蘭ソの争奪戦場となり分割。日本も、再度の資源封鎖で壊滅し、分割資源なき小国日本は、再び包囲されて餓死か、降伏して奴隷ドイツは英仏のWW1停戦約束不履行で、80万人以上の餓死者(ほとんどが老人女子供)となった(WW2起因)。弱肉強食時代の戦わずは、無条件降伏で、奪われても犯されても殺されても従うこと。(終戦時の韓国、ソ連の侵略を想起せよ・・・あれが現実の世界だ)。ハルノートによる戦わずの降伏は、台湾朝鮮満州南京汪兆銘への裏切り、未来永劫子孫の汚名となり、選択は不可。ソ中凶産合体阻止防共戦争日本が、敗戦で撤退するや否や即座にソ中凶産合体し、南京満州朝鮮と攻め入ったのが、厳然たる証拠である!戦わざれば、ソ中凶産や英米仏蘭餌食で、日本国は消滅していた!

戦うもまた亡国
 世界の超大国米英仏蘭中ソが相手では、必滅。

であれば、戦わずしての亡国は身も心も民族永遠の亡国である。
 不屈の抵抗の歴史を子孫に残し、国名が消滅してもポーランドは復活した。抵抗もせず降伏すれば、屈辱、屈伏の歴史は隠蔽され、抵抗の歴史は無きものと成る。さらに、征服者に洗脳され愚民化された抵抗の歴史無き子孫は、二度と立ち上がることなどなく、日本は消え、食民治と化し、正に、日本民族永遠の亡国となる。(南北アメリカの先住民族、・・・あれが現実の世界だ)

戦って死中に活を見いだし
 戦うもまた亡国かもしれないが、戦って一縷の望みに挑戦し、資源封鎖で絶えず迫る、独占貿易の宗主国を、アジアから永遠に排除しなければ、資源無き小国日本の、未来は無い。独占貿易の食民治主義共産主義と戦い、アジアから追放すれば、一縷の望み(自由貿易を旗印に団結、大東亜共栄圏を成し、対峙)が生まれる。たとえ敗れても、大東亜共栄圏が覚醒し独立すれば、独占貿易は破壊され、自由貿易の世となり、資源無き小国日本に、一縷の望み生まれる。敗れても、同胞が覚醒し追随するような、

護国の精神に徹するならば、
 勝者に隠蔽されないような、子孫を守るための必死な姿、生きざま、戦いざま、死にざまさえ残せば

たとい戦い勝たずとも、護国(祖父母、父母妻子、ふるさとを守る)に徹した日本精神さえ残せば、我らの子孫はかならずや再起、三起するであろう。
 たとえ占領され食民治にされ征服者に愚民化されても、残した挑戦の心や生きざま、戦いざま、死にざまを想起し、必ずや子孫は覚醒し、再び独立し、日本は復活する。我々はただの戦いではなく、子孫が必ずや想起し、覚醒復活するような、勝者に隠蔽されない、史上比類なき戦いを、残す。子孫のために。

 永野修身個人の発言だけではなく、出席者全員のほとばしる総意が集まり成したのだろう、大同小異の資料が物語っている。子孫へのほとばしるおもい「最適者生存」は深く重い。当事の指導者、苦渋の決断が滲んだ言葉だ。・・・ここには侵略者の影など微塵もない。あるのは、子孫への思い、適者生存、唯一つ

 この比類なき戦いなかりせば、未だ扉開かず、有色の日本人も同胞も皆、白人支配の奴隷のまま、国名は失せ、日本族、支那族、朝鮮族等々の族名呼称で、族として残るのみ、当然我々は産まれ得ず。

 日本開国当時、独立国は日本タイ(英仏の緩衝独立国)のみ!これで一般常識人完全氷解し、職責者文系授の「善悪史観」など、論外となる。

太平洋(白色対有色)戦争
 前門の敵(ソ中凶産主義傀儡毛沢東と欧米列強食民治主義傀儡蒋介石)と交戦(反共戦争)中に、後門の敵(食民治主義の欧米列強)が宣戦布告(ABCD通牒)し、日本(最後の有色人独立国)壊滅を謀った、白人による有色人国家殲滅戦争!

大東亜(有色人自存自衛蜂起)戦争
 日本の自存自衛戦争!


NHK打倒が先人への何よりの謝罪で供養

 なんとも早い戦後3年、敵国の歴史家、アメリカのヘレンミアーズさえも指摘した大東亜戦争の起因、「防共回廊・アジア主義・板垣征四郎構想」が一言も無い。証言者は将棋のコマか日和見。権威付け役の丸暗記教授は、暗記馬鹿かスパイ。NHKはスパイの巣窟と自白。国民洗脳亡国放送局の揺ぎ無い証拠である。

 66年間も洗脳し続けるスパイに抗議などは無駄。兵糧攻めを突破し、国民の糧食確保に向かった日本軍を、こともあろうに、66年間も侵略者と愚弄するNHKには、兵糧攻め(受信料不払い)がふさわしい。受信料を支払い、66年間もスパイNHKを培養するのは、亡国奴。受信料不払いでNHKを解体し、スパイを破壊し、先人が命と引き換えに護った祖国日本を救うのが、先人への何よりの謝罪で、供養。真実史観を残すのが真の子孫。

第3回“熱狂”はこうして作られた(2.27.日)だそうだ

 戦中の銃後の要としての戦意高揚報道や世論操作は内外思想戦、古今東西の常識で当然のことである。問題は、独立後も職責の検証もせず、WGIP迎合を続け国民を洗脳したことである、しかも、現実界がひたすら復興にはげんでいる最中にだ!ちょっと調べれば子供でも解ることもせず、東大教授加藤陽子の言を借りれば「世界最高の頭脳たち」が、そしてNHKが、なんと66年間も、どうして解らなかったか、解ろうとしなかったか。

 言葉と文字の仮想界は、唯心天道検証力常識思考回路欠損の表音記憶の半端者か、スパイの、巣窟との証拠である。

 先人は「こうして作られた“熱狂”に動かされて」命を懸けたのか?資源なき日本は、団結そして先手以外に道はない!先人愚弄もはなはだしい限りだ!戦後の、ソ連偽中国癌半島の同胞殺しとは、次元が異なる!

第4回開戦・リーダーたちの迷走(3.6.日)だそうだ

 戦争行為(兵糧攻めは宣戦布告)には、「迷走」は当たり前。迷走ではなく、窮鼠故の苦悩だ!現代でも同じこと、大坂城内堀を埋め、座して死ぬ馬鹿などいない!一縷の望みがあれば、誰でもがそれに懸ける。そして先人は成し遂げ、現代平和の魁をなした。「国策決定を担うリーダーたちは、対米戦争に勝ち目がないと知っていた。にもかかわらず、開戦に舵を切ったのは、組織の自壊を避けるためだったいうことが浮き彫りになる」だそうだ。資源封鎖は宣戦布告、ハルノートは降伏命令書。日本は降伏拒否し、糧食確保に死活を懸け、奮闘したに過ぎない!生命体自己保存の本能に、従ったまでだ!NHKは、リーダーたちにすべてを押し付けたいのだ!日本は、国盗り戦争の独伊とは異なる、適者生存戦争だ!

 日本はたとえ政敵であろうと殺していない!隠蔽してのNHKつまみ食い針小棒大洗脳放送は、政敵同胞虐殺ベスト3、中ソ朝捏造政権洗脳そのものだ!

 文字と言葉の仮想界など無くても生きていける無用の長物NHKや東大文系等の66年間もの愚行は、亡国集団との自白。亡国元凶破壊は、国民なら当然の自衛義務で、適者生存本能

 資源無き小国日本の、古き国名大和は、大いなる和(団結)で、日進日露大東亜と、国難克服のみなもとを成してきた。戦後の言葉と文字界、識者とマスコミ(表音記憶のパブロフ犬とスパイ)は、銃後の護りもせず、糧食確保に奮闘の同胞(現実界は土台)を、あろうことか、目先の私欲で背後から撃ち殺す、餓死自殺願望狂人である。狂人と狂死は、まっぴらごめんだ! 6につづく⇒

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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