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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観9小国が超大国相手に敗戦必至の応戦理由は無条件の護国以外に無い!

松平「確実に戦争の足音が近づいていました。近衛首相はひそかに自分の胸の内を穏健派の海軍次官に明かしました」

近衛首相心境海軍次官沢本○○日記より「どちらの軍からも対米戦に見込みがあるという話は聞かない。この際私は、人気取りで開戦決意しようと思えば安易なことだが、それは陛下の御心に反することになる。対米譲歩は国内を乱すというが、国内問題がどうあろうと国を滅ぼすことは無い。だが対外問題を誤れば、一国の安危に関わるのだ

松平「本音では戦争を避けたいリーダーたち。しかし、多くの恨みを買うその決断を誰が言い出すのか。水面下でなすり合いが始まります」
 苦悩を「なすり合い」と言い換えて先人を愚弄し、洗脳

画面 内閣書記官長室1941年10月初旬

CG陸軍省軍務局長武藤章「海軍に自信が無いなら、会議ではっきりそういうよう海軍側に話してもらえないだろうか」

CG内閣書記官長富田健治「そんなことを簡単に海軍が承知するはずがない」

武藤章「日本開戦だけはなんとしても避けねばならんのだ」

CG語り「それは決して公になることの無い組織の駆け引きだった」

証言海軍省軍務局柴勝男中佐「あー、私は横で聞いておったんですが、おまえんところで戦争出来んて言ってくれ、俺はー、そうしたら俺はー、そうしたら陸軍は何とか始めるからと、武藤さん、言われたんですけどね。いやーそれは悪いとこう、僕はもう感じたんですがねー、僕も書記官長のところへ行ってずるいじゃないかと。これは総理大臣たる近衛さんの責任だと。近衛さんが決めるべきだと」

松平「損な役割を押し付けられそうになった海軍、こんどはそれを別の組織に転嫁しようとしました。国家経済を統制し国力の総合判断を行っていた企画院です」

 苦悩を今度は「別の組織に転嫁」と言い換え、先人を愚弄し洗脳。

証言企画院総長鈴木貞一「2人ねー僕の家にやってきたですよ、夜。海軍大臣は及川。それと外務大臣をやっておった豊田。何しに来たかと思うと結局その、企画院総裁が御前会議の時にだね、戦争は絶対出来ませんということを、御前会議の前にだ、その、陛下に内奏してもらいたいと、海軍が戦は出来ない、やりたくないと。それから僕は言ったんですよ、そんな事言う事はちょっと出来ませんって。それよりもですね、海軍大臣がはっきりしたことをおっしゃらなければ」

松平「戦争か譲歩か10月上旬の決定期限が迫る中、追い詰められた近衛首相は窮余の策を考えていました。なんとルーズベルト大統領を担ぎ出して太平洋上で日米トップ会談を開こうというのです」

証言内大臣木戸幸一「非常にルーズベルトとしては意欲があるんだ。それでまー近衛と会おうと」

証言海軍省保科善四郎「それでもー行く人まできまってねー。私が船の準備をしたんですから」

松平「近衛の真の狙いは一部にしか明かされていませんでした。全会一致の連絡会議を通さず直接ルーズベルトに撤兵案を申し入れる。引き換えに石油供給の合意を取り付けそれを天皇に報告、天皇を後ろ盾に撤兵に抵抗する軍を押さえて戦争回避へと持っていく計画でした」

企画院鈴木貞一「まー支那から兵隊を全部引き上げると、そして向こうでピシャットそのー頭下げちまうと、それで石油は返してくれる。それで妥結できると」

証言内大臣木戸幸一「これはまー近衛君のやむを得ない時の常套手段みたいなもんだが、要するに『陛下のお力を借りたい』ということなんですよ。でーいよいよこれでルーズベルトが同意したら君のところへ電報打つから、陛下に奏上してだねー、それを陸海軍大臣に示してだね。『陛下の思し召し』ということで押し切ろうではないか、という話だったんですよね」

松平「結局この計画は軍との対立を恐れる首相が、自分で軍に撤兵を説得する代わりに天皇や大統領の権威に頼ろうとしたものでした。しかし、アメリカのハル国務長官が、近衛のリーダーシップに疑問を抱いていました。交渉に際しては軍も含め日本の中で完全な同意を得た意見を示すようにと、言い出します」
 ことごとく年表を隠蔽しているから「疑問を抱いていました」などと、捏造できるのだ。白人連合と米国は「日本潰し」決定済み

内務大臣木戸幸一「そりやーもう駄目なんだ、それじゃ。どうしたって撤兵で(陸軍の反対と)ゴツンゴツンぶつかれば、そのこっちの気持ちを(米側に)伝えようがない。彼らにはわからん腹芸とか何とかいうことになるんでしょうかねー、そういうことがわからんから、とうとうまーあれ(日米会議)はお流れになったわけだ」

松平「そして10月上旬一ヶ月前の連絡会議で定めた決断の期限を迎えました。近衛首相は陸海軍双方から譲歩を引き出そうと大臣たちを極秘で私邸に呼び出しました」

画面 荻外荘(旧近衛邸)

開戦まで57日1941年10月12日

CG語り「対談直前海相の及川に戦争回避の意向を確認していた近衛は、海軍はそれを明言することを期待していた。だが」

及川吉四郎海相「戦争か交渉か海軍はいずれにも従います。しかし決定は首相の御裁決に一任します」

CG語り「及川は本音を言わず下駄を近衛に預けた」

近衛首相「戦争と交渉とどちらかと言えば私は交渉に懸けてみたいと思う」

東條英機陸相「お待ちください、陸軍としてはあやふやな理由で統帥部を説得することは出来ません」

CG語り「海軍が真意を明らかにしない以上、陸軍は態度を変えるわけには行かなかった。事態は振り出しだった」

豊田貞次郎外相「今考えると我々の9月の決定は軽率だった」

東條英機陸相「いまさらそんなことを言われても困る我々には重大な責任があるのですぞ」

CG語り「先に戦争回避を言い出せないリーダーたち、議論は4時間に渡ったが、誰も勇気ある決断を下せなかった」
 戦争回避は降伏。「言い出せない、決断を下せなかった」とNHK愚弄

松平「会談4日後の10月16日ニュースが全国を揺るがしました」

当時のニュース「近衛内閣総辞職」

近衛首相辞表より「遂に所信を貫徹して輔弼の重責全うすることあたわざるに至るこれひとえに我が才能なきが致すところにしてまことに恐懼に堪えず」

松平「途中で内閣を投げ出した近衛、後を継いだのは対米強硬論者と見られていた東條英機でした。強硬な陸軍勢力を取りまとめてきた東條の首相就任はいよいよ開戦内閣誕生かと国民や諸外国に受け止められました。しかし実態は違っていました」

画面 開戦まで51日1941年10月18日

木戸幸一「(東條の推薦は)僕の発案だよ、他にもー、人が居なかった。政治家って言うのはどこに行ったかわからなくなってるんだ。だから陛下の命令をよく出来る男といえば、まー器はそんなに大きな人でもなし政治家じゃ無論ないんだけれども東條以外には持って行きようがないと

松平「内大臣の木戸から東條に天皇の意思が伝えられました。9月の国策にこだわらず『白紙に戻して検討してほしい』。それは開戦を規定路線とせず、あらゆる可能性を探ることを望む異例の意思表示でした。東條は連絡会議を招集します。それは自分たちで戦争回避を決断する最後のチャンスでした。
 戦争回避」は降伏。「兵糧攻め」で宣戦布告している敵に対しては、降伏か、応戦かの二つしかない。「自分たちで降伏を決断する最後のチャンス」が正しい表現

画面 開戦まで46日1941年10月23日第59回連絡会議国策再検討

松平「軍や企画院担当者ら提出した数値を元に、10日間に渡る国策の再検討が始まりました。しかし、いまさら再検討といっても、すでに議論してきたことでした。戦争は勝つ見込みがない、戦争を避けて譲歩すれば組織も国家も打撃を○む、状況は変わらないどころか、悪化していました」 
 「戦争は・譲歩」ではなく、「応戦は勝つ見込みがない、応戦を避けて降伏すれば」が正しい表現

1941年10月25日駐日米大使グルーの日記
 「今日、信頼すべき日本人情報提供者が私に面会を求めてきた。彼によれば、近衛内閣総辞職以前に御前会議があり、その席で天皇は軍の指導者たちに対し、対米不戦の政策の確認を求めた。陸海軍の指導者はそれに答えなかった。すると天皇は、祖父の明治天皇が追及した進歩的政策に言及して、自分の意向に従うことを陸海軍に命ずる異例の発言を行った(9月6日の御前会議)―近衛はこの度総辞職し、東條自身が組閣した。しかし、天皇は東條に対して、これまでのいきさつにとらわれず、対米協調を旨として憲法の条草をよく守り、行っていくように、という注意を与え、それを条件として東條の組閣を認めた。東條が現役大将のまま首相となったのは、陸軍を効果的に統制しつつ日米交渉を成功裡にまとめるためである。だから、軍の代表者が首相になったからといって、アメリカとの対決姿勢を意味するとは思わないでほしい。どうかアメリカ政府としては日本との交渉に見切りをつけず、東條内閣とも誠実に交渉をお続けいただきたい」

 日本はここまでして、応戦回避を図っていたのだ。ところがアメリカはこれを逆手に、これ幸いと、1941年11月26日、妥協案をすべて拒絶の降伏要求、最後通牒「ハル・ノート」を日本に手渡した(まさにこれが弱肉強食なのだ)。一方日中戦争も「1938から1941年まで12回も、領土要求無しの和平提案をしていた」蒋介石顧問のW・H・ドナルド(豪州)証言。

松平「軍では開戦となった場合の準備をスタートさせていました。400万トン近い民間船舶を徴用、海軍の年間予算を超える額をかけて軍艦の装備を戦時用に改装する工事が進んでいました。膨大な人と金が動くほどに後戻りは難しくなってゆきます」
 能動戦争連想誘導表現。後手は必滅日本、当然の準備である

CG画面 国策検討会議

NHKCG語り「再検討には出口が見えなかった。交渉中盤企画院総裁の鈴木貞一が物資面からの総合判断を報告した」

鈴木貞一「南方の石油施設を確保し、それが利用可能となった場合、物資面では当初2年は厳しいものの、3年目からは良くなると思われます」

松平「数字の上では戦争避けても石油はじきに枯渇する。一方南方を占領すればやがて燃50万トンの石油が入りだし日本は自給も回復できるというのです。さらに南方作戦を引く受ける海軍の軍令部は緒戦の2年は確算ありとの見解を打ち出しました。いずれも従来からあった議論ですが、決断の重圧にあえいでいた会議のメンバーはひきつけられていきました」

画面 永野修身軍令部総長写真とCG会議

CG語り「南方の石油を手に入れたとして海上輸送力を維持できるかが開戦のネックだった」

細谷信三郎「最初の3ヵ年に被害予測は燃10万から80万トンへ低下、一方造船のほうは40万から80万トンへ倍増するものと見込んでおります」

鴨田繁太郎海相「若い者は楽観的過ぎないか、実際はその半分だろう」

CG語り「輸送船船舶量の見込みにメンバーの関心が集中した」

CG画面 海軍省軍令部

海軍省軍務局柴勝男中佐「さっきの検討会で造船の数値が本当に大丈夫かと」

軍令部作○班長神重徳「軍令部の然るべき者が出した数字だ信用してもらっていい」

松平「この時、開戦後の輸送船舶量を算定したのは軍令部の土井美二中佐でした。その想定では南方の鉄資源と造船所の総動員による計画生産が軌道に乗れば造船は順調に増えてゆく。損害を一定に押さえれば輸送船は十分に維持できるというものです。しかしこれは十分な時間も材料も与えられない中で出した数字で、軍令部の中堅層はそのことをきちんと連絡会議に伝えませんでした」

遺族土井三郎「数日研究しその効果を神君に示した。この数字は多くの仮定の下に出されたものであるから、過程の一つでも崩れるとこの数字は狂ってくると説明し強く念を押した。これらの数字が誰れに渡されどのように取り扱われたのかはぜんぜん知らない」土井美二手記

松平「結局連絡会議の検討では、この数字を深く問い直すことなく、開戦後の自給は可能とする楽観論の根拠に加えてしまいます」

企画院鈴木貞一「(海軍)来るやつをだねひっぱたいてだ、向こうの継戦意思をそのくじいてだ講和に入るとその作戦が可能な限りはだね、出来るとこういう計算になるわけだ」

松平「なし崩しに開戦已む無しの気分が会議を支配し始めました。しかし海軍首脳は本当の不安を話していませんでした」

証言軍令部作戦部長福留繁「永野さんは『2年から頑張ってそれ以上のことはわからん』ということは、要するに『その時は勝つ見込みは少ないですよ』という言葉の代わりに私はそういう言葉を言ったんだと。『負ける』というようなことは言えませんからね」

松平「最初の2年はともかくその先はどうするのか、国家の命運が懸かるこの重大な疑問からリーダーたちは目をそむけてしまいます

 「兵糧攻め」の中での、藁をもすがる思いの話を、NHKが「過程が楽観論の根拠」と嘲笑っている。八方塞の難局打開唯一の策、大東亜共栄圏を隠蔽するから「目をそむけてしまいます」などという言葉が出てくるのだ。白人連合がブロック経済から日本をボイコットした時点で、資源無き日本の宿命「兵糧攻め」完全防御は、白人連合のブロック経済をアジアから追放し、アジア人の互恵自由貿易圏樹立以外、適者生存の道はすべて絶たれたのだ。同胞をすべて見捨て、自給自足の徳川時代に逆行の道もあったが、人口が倍増、それも不可能であった。まさに、「戦うも亡国戦わざるも亡国」なのだ。

海軍省調査課長高木惣吉「開戦止むを得ないというところに来ておってですよ、そして暗いほうばかりに結論付けるということは、これは軍務当局者としては許されないことですよね。腹の中ではですよ、さあね、これはと思ってもですよ。こういう場合には勝てるじゃないか、こういう場合には勝てるじゃないかということをやっぱり探す」

軍令部作戦部長福留繁「長期戦ですから国際情勢も変わってくるだろうと、昨日敵だったものが味方に来るかも知らんし、そういった国際情勢上ありうることであると」

画面 開戦まで33日1941年11月5日

松平「検討の結果戦争回避の選択は取り上げられませんでした。一方で開戦の最終決断も下せませんでした。決断の期限はなおも12月1日午前零時に先送りされます」帝国国策遂行要綱
 戦争回避は降伏が、開戦は応戦が正しい

松平「この間にも日米交渉の状況は悪化していきます。アメリカ政府内は対日強硬派がいよいよ指導権を握りハル国務長官は日本との交渉に熱意を失っていました。11月下旬アメリカがあらためて提示条件をまとめます。いわゆる「ハル・ノート」それは即時完全撤兵という日本がまさに呑めない原則論にたちかえった容赦のないものでした」
 悪化していきます・熱意を失っていました」は、能動戦争アメリカ隠蔽目的の、NHK捏造。米国は「日本潰し」以外に熱意無し。容赦のないもの、降伏要求が正しい

画面 開戦まで12日1941年11月26日連合艦隊出撃

松平「11月26日早朝ハワイ真珠湾に向け日本の機動部隊が移動を開始、しかし交渉しだいで引き返すとの留保をここでもなお残していました。その直後東京にハル・ノートが到着、連絡会議は遂に交渉打ち切りで一致します。判断を先送りする間に状況は悪化し選択肢をすべて失った末の決意無き開戦でした」
 能動戦争アメリカを隠蔽し、「判断を先送り・・・決意無き開戦」と受動戦争日本愚弄である。NHKはどこの国の放送局なのだ!、「日米交渉に徹底尽力・・・大東亜共栄圏樹立に向けての応戦」が正しい

画面 水交社本館開戦決定後リーダーたちの集合写真

CG語り「遂に決断の重圧を解かれたリーダーたち。その表情には不安と同時に安堵の色が浮かんでいた」
 徹底尽力決断ゆえの一瞬の安堵で、継続の安堵ではない。開戦は応戦が正しい

証言台4艦隊司令長官井上成美「山本(五十六)さん大変なことになりましたね『うん』とそういってました。実は一体嶋田(海軍大臣)さんはこういうことになったあの、国家の大事だということをわかってんでしょうかね、非常に私は不安で、不安で、ところが山本さんにこう言ったんですよ、『あれはお目出度い男だからな』。だから山本さんも『ああ、ここまで来たけども、ああ』ということを考えたんじゃないですか」

証言海軍省兵○局長保科善四郎「総理大臣が2~3人殺されるつもりでやりやー、僕は(戦争回避は)出来ると思うんですが、それだけの人がいなかったんだよ」

証言陸軍省軍○課長佐藤賢了「独裁的な日本の政治ではなかった、だから(戦争回避は)出来なかったんだ。戦争に入れた、ああー入るようになったのであると思うんです。こうした日本人の弱さ。ことに国家を支配する首脳、東條さんはじめ我々の自主独往の気力が足らなかったことがこの戦争に入った最大の私は理由だと思う」
 応戦せずは、NHK東大らが捏造する、戦国が終焉で平和来訪ではない!アジア同胞の信義喪失、戦国の世での丸裸を意味し、もう一方の敵、世界征服が野望ソ連との対戦は、必然!しかも!まだ戦時下なので、宗主国連合「兵糧攻め」は、何度も使用可能なカードなのだ!こんな証言する脳天気も、中には居る見本だ。

松平見通しのない戦争に国家と人々の命運をゆだね、リーダーたちは結局何を守ろうとしたのか。真の勇気は、最後まで示されることはありませんでした」
 大東亜共栄圏を隠蔽するから「見通しのない戦争」などといけしゃあしゃあといえるのだ。「真の勇気」で唯一の選択をしたではないか!まさに「死中に活」の応戦であった!最悪の中で、最良の決断をしたと、私は断言できる!

松平「このようにして日本は戦争に突入(応戦)していきました。この番組では4回にわたってその戦争への道をたどり検証(摘み食い)してまいりました。そこから浮かび上がってきたものはたとえば戦略を持たなかった外交(回避にぎりぎりまで尽力した)、あるいは目的を失っていた陸軍の組織(兵糧攻め回避に開国時から尽力)、さらには大衆に迎合したりあるいは軍部の宣伝をしたりするようになったメディア(銃後の要として兵糧攻め回避に尽力)、あるいは目の前にたくさん処理しなきゃあいけない重要な案件があるのにそれを先送りしたリーダー(外交にぎりぎりまで尽力した)たち。日本は取り巻く世界の出方が大きく変わる(白人黄禍論連合の日本潰し)中で、そしてこれまで考えていたことが一つ一つ通用しなくなって行くという現実(白人対有色人)の中で多くの日本人はもがきました。大事なことは多くの皆さん方が、もうほとんどすべてといっていいほどの多くの皆さん方が戦争って愚かなもんだということに気付いていながらしかし戦争(応戦)の道をたどってしまった(危機脱出策は、応戦しての互恵経済圏樹立以外皆無)という事実の重さであります。いやーあれはあの、一時期の狂気(侮辱だ)のせいだと言うことだけで片付けてしまうわけにはいけません(それが戦国の世の、適者生存唯一の術だった)。日本の内外におびただしい数の犠牲者が出ました(責任は、勝者敗者両者が負うべきものです)。この多くの犠牲者になった方々のことを思うときにですね、私たちは少なくとも、なぜあの時私たちはあの戦争への道を選んだ(有色人最後の砦の私たちは、有色人同胞の悲惨の数々を見聞しました。結果、唯心日本、屈服ではなく応戦で、桎梏からの同胞解放、有色人団結を選択しました)のかということを考えることを止めてはいかんのだという風に思います(矢尽き刀折れ、最後は身体を武器にしたが力足らず、思い半ばで私たちは敗れました。がしかし、同胞全有色人すべてが決起し、諸悪の根源、ブロック経済、有色人差別を破壊、白人連合も翻意し、“植民地独立付与宣言”が、反対0で可決されました。日本は救われました。感謝いたします)」

 赤字部が正しい歴史である

 NHKは犠牲者犠牲者と、ことあるごとにまくし立て、応戦軍人が殺した如く洗脳するが、兵糧攻めや殲滅戦や空襲や爆撃で、同胞320万は敵が殺したもので、応戦した軍人たちが殺したのではない。また、「戦争への道を選んだ」能動戦争と洗脳しているが、犠牲者の主犯は有色人潰しの兵糧攻め「黄禍論白人連合」で、応戦日本ではない。凶産隠蔽してのNHKの摘み食い洗脳放送は、同胞虐殺ベスト3、中ソ朝捏造政権そのものだ!

亡国奴スパイ、語り松平定知、ディレクター内藤誠吾、政策統括角英夫

 現実界での捏造は即刻滅亡で、絶えず真実で更新されるが、言葉と文字界の捏造はこのように更新されない。言葉と文字の仮想界など無くても生きていける無用の長物。NHKや東大文系等の66年間もの愚行は、亡国集団との自白。亡国元凶破壊は、国民なら当然の自衛義務、適者生存の本能。

隠蔽し、好いとこ盗りし、捏造して国民を洗脳する、NHKと文系思考回路欠損教授スパイ創作の、先人愚弄物語

 ワットの蒸気機関で適者生存に一歩先んじた白人が、世界を凶産と食民治で支配し、ブロック経済で席巻。それに抗し破壊、自由貿易、互恵、民族平等に基づく新秩序植民地独立付与宣言で、全世界共栄圏を樹立し、適者生存した有色人連合偽中国、癌半島、罪日は裏切り者の脱落者)と、新秩序に矛を収め、歴史にした、英断宗主国連合。残滓が、凶産中国、癌半島と罪日、ロシア。これが俯瞰した、日本九九年戦争、真実史観である。

蕭錦文(1926~)証言(1942年の新聞広告義勇志願兵募集に応募、17歳で台湾志願兵となった。第1回2回とも千名の定員に対し、42万5961名、60万1147名が応募している)

 「ただただ、日本国民の一員として、国のために、大東亜共栄圏のためのという考えで戦ってきた。だから戦後日本で誰が悪いとか、7人の戦犯がなにしたとか、これは不幸だなと感じましたよ。なにもこの人たちは自分のためにやったんじゃないですよ。―前線では、上は将官から下は一平卒まで、みんな何のために戦っているかというと、大東亜共栄圏のために、命を投げ出してやっているんですよ。あとで軍人たちが悪いとか何とか批判されたけれど、僕はそうは思わない」「台湾人生」HOME 酒井充子著文春2010

 先人たちは与えられた運命の中で、人(唯心)として死に、人類を唯物から唯心に覚醒させた。その時代の先人が、禍福を糾い、熟慮と苦渋の果てに下した先憂後楽の決断を、「たら、れば」の空論で非難は、子孫にあるまじき愚行である。

「死は鴻毛より軽し」は命を軽んじた言葉ではない

 「死は、あるいは泰山より重く、あるいは鴻毛より軽し」「死というものはある場合には、中国の高く大きな名山、泰山より重いものであるが、また、ある場合には鴻(おおとり)の羽毛より軽いものである。人には、場合によって潔く死ぬべきときと、また逆に、命を大切に守らねばならない時がある」司馬遷(前145年頃~前85年。「史記」の著者)

 犬死無駄死にと損得の唯物で考えるから判らないのだ。八百万の神の自己犠牲唯心で考えればすぐ判る。高揚した高みの、戦死者への冒涜である。強大な敵との小国の戦い、信長の桶狭間日清日露大東亜、いずれも同じ死中に活の戦いであった。

 勝ち目皆無の無駄死に戦争と、NHKや東大らの言葉と文字界は罵倒する。ただ矜持のみで死んだ先人は、唯物には無駄死にの、確かに誇りのみの戦いだったかもしれない。しかし、人間と単なる生命体との違いは、誇りの有無だ。先人は心ある者、考える人、人間として死んだこと、これだけは間違いない。ブロック経済・人種差別の桎梏を子孫に残さず断ち切ろうとした先人の、この、大いなる決断、先憂後楽の応戦。そして同胞がこの精神を継承し、一斉蜂起、断ち切った。私には、ひれ伏しての感謝の思い以外、無い! 10につづく⇒

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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