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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観Ⅸ火事場泥棒の南樺太千島列島は日本の領土返還要求は北方4島ではない

同胞老若男女虐殺NO2ソ連スターリン(政敵同胞虐殺6200万人以上)を継続するロシア政権の犯日1欧米とソ連の植民地争奪(大航海時代)は1492年のコロンブスの新大陸の発見から始まった 

北方領土樺太と千島
 樺太は江戸時代に松前藩が経営にあたった。

 千島列島は1200Kmの火山性の弧状列島。総面積1万K㎡で、主要な島は北からアライト(阿頼度)シュムシュ(占守)パラムシル(幌筵)ネオコタン(温禰古丹)シャスコタン(捨子古丹)シムシル(新知)ウルップ(得撫)ハボマイ(歯舞)シコタン(色丹)エトロフ(択捉)クナシリ(国後)で、古くからのアイヌ居住地。北からロシアが、南から日本が進出。

1807年樺太は幕府直轄地

1808年幕命により間宮林蔵らが樺太を探検。翌年、シベリアのアムール川下流のデレントに渡り、樺太が島であることを発見した。

1832年シーボルトが、樺太とシベリアの海峡を、間宮海峡の名で世界に知らしめた。

1855年日露和親条約で樺太は両国共有地となり、1870年樺太開拓使設置。千島は南千島日本領、北千島(ウルップ島以北)ロシア領と確定。

1860年北京条約。アロー戦争の結果、清と英仏露との条約。ロシアは英仏仲介の代償として、ウスリー川以東の共同管理地沿海州を領土とした。王朝末期に弱体化した清朝はロシアの進出を抑えきれず、1858年のアイグン条約、1860年の北京条約、2つの不平等条約によって、満州地域の黒竜江以北及びウスリー川以東のいわゆる外満州地域(現在のウラジオストクを含む)は、ロシアに征服されることとなった。ロシアはウラジオストク(ロシア語の意味東方を征服せよ”)を建設、極東侵略の拠点とした。ロシア征服さらに南下。

1875年樺太千島交換条約によって樺太はロシア領、千島は全列島が日本領となった。

1905年日露戦争後の日露講和(ポーツマス)条約で、北緯50度以南の樺太及び付属の島が日本の領土となった。

1941年日ソ中立条約。有効期間5年で1946年まで。

1945年ヤルタ会談。米英ソ首脳会談。ドイツ降伏後3ヶ月以内に参戦の密約。

4月ソ連日ソ中立条約不延長通告。弱体化した日本への、火事場泥棒宣言である。共産(唯心)ではなく凶産(唯物)と、正体をあらわにした。

4月7日鈴木貫太郎内閣。ソ連に終戦工作仲介依頼。ソ連拒絶。

4月12日無条件降伏要求のルーズベルト死去。

5月8日ドイツ無条件降伏。

7月26日日米英中3カ国による降伏要求ポツダム宣言。日本終戦工作仲介依頼の情報をソ連より得、勝利宣言、降伏要求。

8月6日広島原爆投下。

8月8日日ソ中立条約破棄しソ連(無法が党是の凶産党)も参戦。連合軍の正体は弱者嬲り殺しの無法集団、170万人のソ連軍が満州に攻め入った。

8月9日長崎に原爆投下。ルーズベルトとトルーマンの敗者なぶり殺し。

8月14日スイスを通じてポツダム宣言受諾を通知。

8月14日午前11時葛根廟(かっこんびょう)事件。満州葛根廟に向かって非武装で避難中の無辜の市民、老人、女、子供、千数百人がソ連軍に惨殺された。

1945年8月15日ポツダム宣言受諾を公表し、終戦。

8月25日ソ連南樺太占領(火事場泥棒)。真岡市九人の電話交換手殉職。

9月1日択捉・国後・色丹・歯舞諸島占領(火事場泥棒)。

9月3日千島列島占領。火事場泥棒(占領)のまま現在に至る。スターリンの勝利宣言。「日本の侵略行為は、1904年の日露戦争から始まっている。1904年の日露戦争の敗北は、国民意識の中で悲痛な記録を残した。その敗北はわが国に汚点を留めた。わが国民は日本が撃破され、汚点が払われる日の到来を信じて待っていた。40年間、われわれの古い世代の人々はその日を待った。遂にその日が到来した」「戦時日ソ交渉小史」油橋重遠著霞ヶ関出版

 帝政ロシア黄色い大陸(満州)への欲望が原因で、日露戦争は勃発、とのそれまでの教科書記載は以後、日本の満州への侵略が原因であり、日本の卑怯な奇襲に無防備なロシア軍は勇敢に戦ったが、敗北したと、真反対に書き換えられた。まさしく、凶産党は捏造党。「ソ連と日露戦争」清水威久著原書房1973

1951年9月8日対日(サンフランシスコ)平和条約。日本と連合国(48カ国)との間に結ばれたWW2終結のための平和条約。ソ連、ポーランド、チェコスロバキアは署名せず。1952年4月28日発効。条約により、南樺太、千島列島の放棄を規定させられたが、帰属先は明記なく不明で、2010年の現在も未定のまま。南樺太、千島列島実行支配は、ソ連(ロシア)が日ソ中立条約を一方的に破棄し、条約破り(違反)で勝手に占領したもので、平和条約に基づいたものではない。ましてやソ連は、条約にも署名していないので、同条約の権利主張などは、出来得無い。南樺太、千島列島実行支配は、不法占領の火事場泥棒に過ぎない。条約は連合国(48カ国)に対してのものなので、当時の連合国(48カ国)に、南樺太、千島列島の「再帰属願い」を続け、承認を得れば、なんら問題なく領有できる。北方4島のみの返還要求は、不法占領を自ら認める脳天気外交で、前代未聞の愚行。南樺太、千島列島一括返還要求が、正当な要求である。

「南樺太、千島列島の帰属先明記せず」の理由は仲間割れし火事場泥棒占領の真実に気付いた戦勝国(48カ国)の唯心

日中戦争に先んじる2年前ソ連指令凶産中国日本に宣戦布告(八・一宣言)

1935(昭和10)年ソ連はモスクワでコミンテルン第7回大会を開催、反日団体の結集を図る、「抗日民族統一戦線」の形成を決議した。これらは直ちに中国共産党によって、日本への宣戦布告(8・1宣言)となった。蒋介石国民党との内乱で、中国共産党軍の兵力は、30万人から3万人に激減したため、「内戦停止・一致抗日」を訴え、敵を蒋介石から日本に変えた。赤化戦争内乱を、抗日救国の対日戦争にすり替えたのだ。日本と蒋介石国民党軍を交戦させ衰えさせる、狡猾な漁夫の利作戦である。以後の交戦はすべて、テロとゲリラの凶産が関与し、1936年12月12日西安事件で蒋介石を拘束し桎梏、1937年7月7日「盧溝橋事件」、1937年9月「第二次国共合作」、そして「日中戦争」へと拡大してゆく。

1946(昭和21)年国民党蒋介石と凶産党毛沢東が内戦に突入。仲間割れ戦争。

1949(昭和24)年中国毛沢東凶産、国共内戦で勝利、蒋介石敗北、12月に台湾に逃亡。

1950(昭和25)年6.25.~53年7.27.朝鮮戦争。李朝差別民(ニセモノ9割)対被差別民の同胞殺し合い。凶産(ソ連中国)対民主主義(全世界)の仲間割れ戦争。

1950(昭和25)年~1954年マッカーシーイズム。是々非々の国アメリカは、真実に覚醒し、凶産主義者弾圧、赤狩りをした。ルーズベルト、トルーマンも弾圧の対象であった。是々非々に基づき覚醒したから、後に小笠原沖縄を返還したのだ。

1951(昭和26)年4月11日にマッカーサー解任。5月3日マッカーサー日本自衛戦争証言。

 フーバー大統領(共和党1929~1933)の「日本はアジアにおける防共の砦」や、ローマ法王ビオ11世1937年10月14日のメッセージ「支那事変(7月7日)は、凶産党勢力のアジア浸潤駆逐に他ならない、凶産主義の危険が存在する限り、遠慮することなく日本を支援すべきこと」の予言適中を思い知らされた世界の良識者は、共産を凶産と、侵略に非ずの反共戦争と、明白に認識。結果が、「南樺太、千島列島の帰属先は明記出来得ず不明」となった。

真実史観1日本よ何処へ資源無き小国島国今そこにある滅亡の危機


火事場泥棒の南樺太千島列島は日本の領土返還要求は北方4島ではない

対日(サンフランシスコ)平和条約第二章領域第二条領土権の放棄

 「(C)日本国は、千島列島並びに日本国が1905.9.5.のポーツマス条約の結果として、主権を獲得した樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権限及び請求権を放棄する」とあるのみで、帰属先が無い。道理からすれば署名48カ国に対しての放棄なので、署名48カ国に帰属するのが正論。実効支配していようとも、署名なきソ連に、誰が見ても権利のカケラすらないことは、明白である。

 南樺太、千島列島は敗戦ゆえの屈辱放棄。戦後の職責者がまともなら、「帰属先は不明で、2010年の現在も未定」や、条約破りや「ソ連に権利無しの火事場泥棒」を突き、当の昔に「再帰属」運動を展開、世界同胞を味方にし、ソ連消滅時に奪還出来ていた。今からでも遅くは無い、現ロシアは卑しくも民主主義国家、世界同胞を味方にし、ロシア国内世論を喚起すれば、「南樺太、千島列島一括返還」は必ず叶う。そのためには、日本国内亡国分子を一掃しての団結発信が、必須条件。

1991年12月25日ソ連崩壊。ゴルバチョフ大統領辞任し、1922年以来の凶産崩壊。ロシア連邦となる。がしかしプーチンとその傀儡政権のロシア連邦からも、離反模作中の諸国有り。2010年11月の北方領土訪問は、その防御のためでもある。2010年2月1日、ロシアが韓国に、日本の北方領土の共同開発を提案し、日本と韓国を争わせる、第二次漁夫の利作戦開始。北方領土訪問を騒ぐより、ソ連に洗脳されたロシア国民への、真実史観(平和条約破りの、火事場泥棒)発信が肝心なのだ。政権もマスコミも識者も本末転倒である。

 先人は、開闢以来延々と続いた、最適者生存食民治主義凶産主義を破壊することで平和を願い、特攻隊員も後の平和を願い、命を懸けた。侵略が合法の適者生存苦難の時代、先人は目的を掲げ、比類なき戦いを残した。比類なき戦いに侵略され虐げられた世界の同胞も覚醒、英米仏蘭も皆覚醒、日本は軍民一丸化で、戦いの目的は果たした。禍福をもたらす適者生存は世の習い、生命体の歴史である。真実の前に平伏し、覚醒せし国(英米仏蘭)に、目的は果たしたのに、戦いに負けたからと遺恨を持つのは、いさぎよしを宗とした先人の「心」では無い。子孫にはこの真実史観を刻印し、継承する使命がある。

 がしかし一方、同胞大虐殺ベスト3(中国ロシア韓半島)政権は、同胞大虐殺隠蔽目的で国民に嘘を教え、65年後の現在も、敵国日本の戦時下である。スパイ防止法無き日本は、スパイ天国。NHK朝日毎日TBS東大日教組等に巣食ったスパイや、中曽根ナベツネの毒饅頭に占領され、65年経ても未だにWGIPである。捏造する輩は戦争の起因となる。毅然として排除は、子孫の使命だ。

 日本の職責者がこんな有様だから、北方領土も還って来ないのだ。カティンの森虐殺も、ポーランドの思いを受け止め、ゴルバチョフは謝罪した。ロシア国民は真逆に書き換えられた教科書記載を、鵜呑みしているに過ぎない。日本国民が覚醒し、国内犯日団を追放し、真実(中立条約破りの火事場泥棒占領)をロシア国民に発信し続ければ、残された先人の願い、北方領土(南樺太、千島列島)の一括返還は、必ず叶う。真実の発信が真の平和運動で、護憲や平和をただ叫ぶのはエセ平和運動。戦後の日本の平和は、先人起因の植民地独立付与宣言で、九条ではない! につづく

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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