QLOOKアクセス解析

真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
2017 081234567891011121314151617181920212223242526272829302017 10

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

真実史観で煌く映画私は貝になりたい黒澤監督評善悪史観犯日駄作橋本忍


真実史観で煌く映画私は貝になりたい黒澤監督評善悪史観犯日駄作橋本忍
 黒澤監督は、反戦「私は貝になりたい」のテーマではなく、犯日目的捏造プロパガンダ作品、と喝破した。

予備知識

国難に唯物の中国と朝鮮は同胞の殺し合い大虐殺で分裂!国難に団結した唯心日本とは真逆の異種!唯物への啓蒙無き友好はただの餌

 南下露西亜(後の凶産ソ連)、東進する英仏蘭、西進する米国、アジアの独立国は日本とタイのみとなった。当時は、弱肉強食戦国時代、家族故郷国を護るため、自存自衛で戦ったに過ぎない。日本は資源無き小国島国。しかも、自給自足の徳川時代よりも人口は倍増、「兵糧攻め(ブロック経済、ABCD資源封鎖)」で、たちどころに二人に一人は確実に餓死する。外地戦以外に生き残りの術は皆無!戦国時代の自衛戦に、戦争責任など、当然無い!

 「日本九九年戦争・資源無き島国日本、適者生存戦国時代唯一の術は、先手あるのみ。後手の本土戦は、兵糧攻めで必滅。露西亜、清国(属国朝鮮)南下阻止が第一義、後手は必滅、先手で打って出た。

 結果が台湾朝鮮(自立不能で)統治(極東共栄圏樹立着手)、満州建国尽力(凶産の砦)、日中戦争(中国凶産化での中ソ凶産連合阻止)、南京政府樹立尽力(中国凶産化阻止)で極東共栄圏構築。

 日中(反共)戦争で疲労困憊の日本は、戦国の定法弱肉強食、恰好の餌食となった。米英中蘭(ABCD)が兵糧攻め、ハル・ノートで降伏を迫った。出稼ぎ戦争対、日本は死活戦争。極東から大東亜に共栄圏樹立を拡大し、あらん限りに戦ったが、大東亜同胞の、完全覚醒追随まで戦いきれず、矢尽き刀折れ、敗れた。

 がしかし、戦いざまに共振した同胞が、一気に蜂起、独立。1960年の植民地独立付与宣言(互恵)が根幹となり、自由貿易64年開放経済)、平等65年人種差別撤廃)を成し、凶産は残ったが、戦争目的は完遂した。弱肉強食の世に、戦後67年間のごとき無能無策の後手日本なら、何もかもが消滅していた。それでも戦後消滅しなかったのは、『身体を筆にし、流れる血と汗と涙でえがいた先人の、人類への遺書』以外、あろうか!

 “戦かわざれば”の平和論があるが、防共の砦日本が去るやいなやすぐさま凶産化、朝鮮戦争惹起したもう一方の真の敵、中ソ凶産連合軍隠蔽スパイの、工作論である。ABCDと“戦かわざれば”の降伏は、防共の砦無き丸裸日本で、中ソ凶産の、恰好の餌食となった。この戦いは、目的も無きただの防御戦。多勢に無勢で、瞬時に最後の独立国日本は潰え、日本族の名を残すのみの、まさに、犬死に無駄死にの戦争となっていた。同胞の、支配者からの独立も無い!新秩序など、当然無い!支配者と、被支配者の地球に成っていた!」

 

「私は貝になりたい」

原案者加藤哲太郎元陸軍中尉(1917年2月21日~1976年7月29日)新潟の東京捕虜収容所第五分所長で終戦。

 

「私は貝になりたい」は、加藤哲太郎(陸軍中尉)が戦犯服役中、筆名志村郁夫で「あれから七年--学徒戦犯の獄中からの手紙」(飯塚浩二編光文社1953年)に投稿掲載の、「狂える戦犯死刑囚」「以下は、かつて戦犯であった一市民の綴り方である。かならずしも事実に基づいてはいないが、全部がフィクションだと考えてもらってはこまる。このへんのことは、やがて時が解明してくれるだろう」と書き始められた文の中の遺書が原案。これを、「羅生門」、「七人の侍」などの黒澤作品に脚本参加している「黒澤組」の脚本家橋本忍が、原案の遺書を増幅し、物語にしたものである。

サンヨーテレビ劇場の企画としてTBSの前身、ラジオ東京テレビ(KRT)が1958年に制作したテレビドラマである。戦後13年の1958年(昭和33年)10月31日放送。岡本愛彦演出、橋本忍脚本、フランキー堺主演で放映が初出。1959年に映画化された。

 

高知県幡多郡清水、妻子持ちの平凡な床屋の主人、清水豊松が主人公。大東亜戦争末期昭和19年、豊松にも赤紙が届き、出征。

内地の日高中隊に所属した豊松は、厳しい訓練の日々に明け暮れていた。ある日、アメリカ軍の戦闘機が撃墜され、操縦士が大北山山中に降下との情報。矢野中将軍司令官の「搭乗員を確保、適当な処分をせよ」との命令が日高中隊に下り、捜索の結果、瀕死の搭乗員を発見。そこで豊松は小隊長に、銃剣でその米兵を刺すよう強制され、突進し突き刺したが、気の小さい豊松の手元が狂い、刃が頬を掠っただけだったが、その時点ですでに瀕死の米兵は息を引き取っていた。

終戦後。豊松は床屋の主人に戻り、平凡に暮らしていた。そんな彼が戦犯として特殊警察に突然逮捕された。捕虜を殺害した捕虜虐待が罪状であった。極東国際軍事裁判条例に基づいて行われたC級裁判の横浜法廷で、被告席に立った豊松は「日本の軍隊では、二等兵は牛や馬と同じで、上官の命令に逆らえば命はないんだ」と主張する。しかし「拒否しなかったことは殺す意思があったという証拠だ」というアメリカの勝者の論理で、絞首刑判決が言い渡された。

豊松は妻と子供に宛てて遺書を書き始める。

せめて生まれ代わることが出来るのなら・・・

いいえ、お父さんは生れ代わっても、もう人間になんかなりたくありません。

人間なんて厭だ。牛か馬の方がいい。

・・・いや牛や馬ならまた人間にひどい目にあわされる。

どうしても生まれ代わらなければならないのなら・・・いっそ深い海の底の貝にでも・・・

そうだ、貝がいい

貝だったら、深い海の底の岩にへばりついているから、何の心配もありません。

兵隊にとられることもない。戦争もない。

房江や、健一のことを心配することもない。

どうしても生まれ代わらなければならないのなら、私は貝になりたい・・・

そして、刑が執行された。

 

善人豊松悲劇強調のため、護国防衛の先人を蹴落とし、偽善犯日映画にした結果、無理が生じ、捏造が数多ほころびた。象と蟻の蜂起戦争を、東条英機が勝てる見込みのない戦争を始めたと、軍人が勝手に始めた戦争と、摩り替えた。赤紙一枚での召集を誇張し、侵略者日本と、印象操作した。「適当な処分をせよ」と、軍隊侮蔑。また、瀕死の敵兵を殺せと命令する冷酷な上官が、失敗を見逃すのも不自然。日本の軍隊に限らず、古今東西階級問わず、命令順守が兵の基本は、常識。日本の軍隊と別格にし、二等兵を牛馬に例え、軍隊を侮蔑した。命令順守を死刑にする根拠も幼稚で不自然、根拠の無い米軍侮辱である。無理な作為が斬新なテーマを破壊し、興ざめにした好例、駄作の見本である。

主人公豊松を悲劇の主人公に仕立てるため、この物語では不自然な冤罪で、無理矢理死刑にしているが、「拒否しなかったことは殺す意思があったという証拠だ」と、豊松のように命令順守でも死刑なら、現実には膨大な死刑者が出ただろう・・・。

現実には、死刑判決を受け減刑された二等兵はいるが、二等兵で死刑執行の戦犯はいない。「BC級戦犯裁判」林博史著2005岩波書店。当然である

実話を装い、被害者意識を針小棒大にし、軍隊極悪、被害者国民を煽ったWGIP御涙頂戴ドラマなので、工作員が犯日扇動の小道具として、繰り返し用いている。今回も犯日団TBS、朝日新聞が製作した犯日洗脳映画で、反戦映画ではない。口に蜂蜜、腹スズメバチ映画。

スポンサーの皆さんへ。ネチズンが皆手弁当で自力学習し、覚醒蜂起。そして、先人の汚名払拭に必死な今、日本亡国の奸賊、犯日団や犯日政治屋への蛸が手足を食うがごとき愚行は、水を差しかつ、逆効果。日本亡国促進の売国行為である。ネット学習で即刻自粛、日本の真正な礎構築に懸命な、無私のネチズンへの助力に、すぐさま馳せ参じ、子孫に真正日本を遺してほしい。でなければ、当然スポンサーの未来も無い。丸暗記の知識はかなぐり捨て、立派な親から授かった自らの頭脳で学習すれば、象と蟻の蜂起戦争、即座に氷解する。自らの頭脳で、今すぐ学習は、日本隆盛への大いなる第一歩だ。

このドラマの主題は「私は貝になりたい」と戦争を昇華したこの言葉に尽きる。橋本も飛びついたのはここだったはず。ところが戦争好きの極悪軍隊、赤紙一枚で召集された可哀そうな被害者国民、死刑判決極悪米軍、善悪物語ではいかにも動機が薄く戦争を昇華した主題に内容が伴わず見劣りし駄作。斬新な主題は消し飛んで、豊松だけが善人で可哀そう、他は皆極悪人のお涙頂戴三文芝居となった。内容は駄作だが、「私は貝になりたい」と戦争を昇華したこの言葉があるから、何とか作品の形を保っている。それほどこのテーマは煌いて崛起している。主題芥川賞、内容は三文芝居である。

 

善悪史観、被害者史観で戦争を捉えているからだ。善悪、被害者、敵味方を超え、殺さなければ殺される、双方避けることの出来ない非情の真実史観で捉えていれば、真の人間映画となり、殺すのも嫌、殺されるのも嫌、こんな殺し合いの人間界はもう嫌だ、そんな殺し合いの無い世界、深い海の底で「私は貝になりたい」が真実として迫る。生前の黒澤明監督の言葉「橋本よ、これじゃあ貝になれないんじゃないか?」は、善悪史観、被害者史観で戦争を捉えている事を明確に指摘している、さすが黒澤である。木を見ず、森を見ている。黒澤は木を見る橋本を指摘したのだ。戦争悪は常識。これでは単なる日本軍罵倒、米軍罵倒、戦争は悪の常識映画でしかないと。裸の人間映画ではないと。

黒澤明は、殺さなければ殺される俯瞰しての鳥瞰史観真実史観ではなく、地上を這いずり回るだけのただの虫、橋本忍の虫観史観善悪史観を指摘したのだ。兵糧攻めされ、郷土、家族が存亡の危機に瀕し、風前の灯の中、軍民一丸蜂起した資源無き小国日本の事実を、作為で隠蔽。軍に赤紙一枚で平和な家庭を勝手に破壊され、オマケニ敗戦、米軍には死刑宣告、敵味方によってたかって虐められた、だから、今度「私は貝になりたい」、御涙頂戴では、ワルシャワ蜂起、ワルシャワゲットー蜂起を引き合いに出すまでもなく、余りにも利己的独善的で次元が低い、戦争を昇華した主題が泣いていると。

やがて国民皆覚醒し、歴史の真実に晒されれば、作為の隠蔽は剥がれ、WGIP洗脳が目的、犯日洗脳映画、テーマ無認識の駄作、との警告でもある。

 

視点を真実史観とし、国、家族死守のため、侵略者に立ち向かう豊松が、敵を倒し、その罪での死刑宣告。そして裸の人間界は殺し合う、最適者生存非情な不条理の世界だ、戦争(殺し合い)の無い世界に今度は生きたい。その世界が深い海の底の貝の世界だ。だから今度は「私は貝になりたい」との遺書となれば、斬新な主題と内容がぴたりと一致、敵の心も揺り動かす秀逸な反戦映画として、世界の映画史上に燦然と輝いただろう。戦争の、生命体の非情と呼応したきらめく斬新なテーマだけに、残念である。犯日洗脳映画ではなく、反戦映画として、リメイクしたい作品である。遺書も下記のようにリメイクして。

せめて生まれ代わることが出来るのなら・・・

いいえ、お父さんは生れ代わっても、もう人間になんかあなりたくない

殺しあう人間なんてもう厭だ・・・

どうしても生まれ代わらなければならないのなら・・・いっそ深い海の底の貝にでも・・・

そうだ、貝がいい・・・

貝だったら、深い海の底の岩にへばりついているから、何の心配もない。

戦うことも無い。殺すことも無い。殺されることも無い、恨むことも無い、戦争もない。

房江や、健一や、直子と、心配することもない・・・

どうしても生まれ代わらなければならないのなら、深い深い海の底の、私は貝になりたい・・・

 

橋本よ、これじゃあ貝になれないんじゃないか?」。黒澤明監督のこの逸話は、善悪史観虫観史観からの脱却が、いかに大事かを物語って余りある。戦争など誰もしたくは無い。そんな戦争を、「なぜ」日本はしなければならなかったか、一番大事な、肝心要「なぜ」欠落では、御涙頂戴で素人受けはするだろうが、「貝になれない」、反戦にはならない。単なる、皆に虐められて可哀想の、被害妄想“泣き売”映画である。「私は貝になりたい」。仏彫って魂入れず、心ある者の評価は、空映画、きらめく主題が泣いている。

映画監督黒澤明は、半世紀も昔に犯日洗脳作品と、喝破していた。

真実史観


亡国の起因冤罪史観破壊!子孫へ遺す真実史観蜂起日本適者生存史目次へ

コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://sinzitusikan.blog.fc2.com/tb.php/182-320f35ac

フリーエリア
プロフィール

真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。