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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観靖国参拝年表が語る凶産犯日罪日思想戦に工作員化するマスコミ私欲政治家作家

靖国参拝年表が語る凶産犯日罪日思想戦に工作員化するマスコミと私欲政治家

昭和57(1982)年中・韓両国に対する鈴木内閣の屈辱的な土下座外交。『閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本』・文芸春秋

昭和57(1982)年教科書検定で政府が「『侵略』を『進出』と書き変えた」と朝日新聞の誤報事件。中国が抗議。

昭和57(1982~87)年中曽根康弘首相終戦時27歳。

昭和58(1983)年7月ヨーロッパ有本恵子拉致

昭和58(1983)『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』(吉田清治著三一書房)金儲け目的の捏造本。

1983(昭和58)中国鄧小平主席

昭和59(1984)年昭和59年8月4日付け夕刊(朝日新聞大阪本社版)「南京大虐殺」でっちあげ報道。

昭和59(1984)年昭和59年10月31日付け毒ガス戦朝日新聞でっちあげ報道。

昭和60(1985)年2月田中角栄から離脱し竹下登創政会旗揚げ。

昭和60(1985)年7月朝日新聞「反靖国」キャンぺ―ン展開。

昭和60(1985)年8月7日戦中ゾルゲ事件の尾崎秀実戦後付け火しまくりの朝日新聞

2014/0919 矢来町グルリ 週刊新潮 2014年9月18日菊咲月増大号 掲載
「慰安婦」と構図は同じ「靖国参拝」 ご注進は「加藤千洋元編集委員」――続・おごる「朝日」は久しからず(5)
 火の気のないところに火種をおこす……。従軍慰安婦大誤報で韓国の反日感情を煽り、日韓関係を悪化させた朝日、お得意のお家芸だが、もう一つ決して忘れてはならない“ご注進報道”がある。同じ構図で、中国を焚きつけた「靖国参拝報道」だ。発火点の記事を書いたのは、古舘伊知郎氏の『報道ステーション』でコメンテーターとしてお馴染みだった、あのロマンスグレー、加藤千洋元編集委員(66)である。
 中国 日本的愛国心を問題視 (中略)今夏を、中国は「世界反ファシズム戦争・抗日戦争勝利四十周年」と位置付け、マスコミはこぞって戦争回顧の特集を組んでいる。(中略)「愛国心の高揚」を強調している。(中略)同じ「愛国心」が、日本ではかつては軍国主義を底支えする役割を担わされたことを、中国は自らの体験として知っている。それだけに、靖国問題が今「愛国心」のかなめとして再び登場してきたことを、中国は厳しい視線で凝視している〉(朝日新聞1985年8月7日付朝刊

 これが全ての始まりだった。日本の総理や閣僚が靖国神社を公式参拝することについて、アジア諸国がどう捉えているか、各国駐在の特派員が報告するもので、中国を担当し、こう記したのが、当時、北京特派員だった加藤氏、その人である。

 この年の8月15日、中曽根康弘総理(当時)が靖国を公式参拝する予定だったことから、その批判記事を展開したわけだ。

 「しかし、戦後、その時点で、すでに日本の総理大臣は59回も靖国を参拝しており、そのうち22回はA級戦犯の合祀後に行われたものだった。それにもかかわらず、中国政府は一度たりとも怒りを示したり、日本を批判することはなかったのです」と語るのは政治部デスク。

 「加藤さんの記事が出た頃も、靖国参拝を疑問視する動きは中国になかった。つまり、問題意識を全く持っていなかったわけです」

 しかし、この記事に呼応する形で、8月14日、中国外務省のスポークスマンは、「首相の靖国参拝はアジアの隣人の感情を傷つける」 と牽制の意味も込め、反対表明を行った。だが、中曽根総理は「戦後、初となる内閣総理大臣の資格での公式参拝」を予定通り決行。驚くなかれ、その時ですら、中国は日本に正式な抗議を行わなかったのだ。

■沈黙のロマンスグレー
 朝日はそれが許せなかったのか、8月26日から中国の招きで彼の地を訪ねた社会党訪中団(団長・田辺誠書記長)と、まるでコラボするかのように“ご注進”。その結果を加藤氏はこう綴った。

 〈第1回政治会談は(中略)中国側からは姚依林党政治局員候補兼中央書記処書記(副首相)(中略)らが出席した。/会談に先立って姚依林氏は日本人記者団と約10分間会見したが、靖国神社公式参拝について中国共産党の見解を聞かれ、「日本の首相がA級戦犯もまつった靖国神社に公式参拝したことは、40数年前に日本軍国主義によって起こされた侵略戦争で、大きな損害を受けた中日両国人民を含むアジア諸国人民の感情を傷つけるものだ。このことはわれわれを始めアジア人民の注目と警戒心を呼び起こさないわけにはいかない」と述べた。(中略)中国の要人が公式に不快の念を表明したのは、これが初めて〉(8月27日付夕刊)

 中国要人に不快の念を抱かせ、喜び勇んで“売国記事”を発信した様が窺えよう。爾来、中国がこの問題を外交カードとして利用してきたのはご承知の通りだ。国際政治学者の中西輝政・京大名誉教授が喝破する。
 「記事を書いた加藤元編集委員は、火のないところに火を点けて回った多くの朝日記者の一人なのでしょう。その意味で、この靖国参拝報道は、従軍慰安婦の強制連行に関する誤報記事と全く同じ構図と言えます」

評論家の石平氏も憤る、
 「加藤元編集委員や朝日の問題記者らに共通するのは、記者の仕事を逸脱して、政治家のような活動を行うという点です。しかも、外国の独裁政権を巧みに利用し、自分らの主張を世に知らしめようとする。言論機関としてあるまじき行為です。

 中西氏も、
 「靖国参拝が問題たりうると“ご注進”することで、それ以降の日中関係が途方もなく難しいものになることは分かっていたはずです。加藤元編集委員はそれに畏怖の念を微塵も感じていないように見える。彼に限らず、朝日新聞には、極悪非道の日本を批判するのだから、多少の行き過ぎは良いとの歪んだ正義感や、日本を貶(おとし)めれば、アジアの平和に繋がるとの狂信的な発想を感じます」 

  当の加藤氏にご見解を質したが、返答はなかった。古舘キャスターの隣ではあれほど雄弁だったのに……。「特集 続・おごる『朝日』は久しからず」より

8月14日初の靖国参拝反対声明発表。朝日新聞と人民日報が連携しながら犯日反対運動展開。
昭和60(1985)年8月15日中曽根首相参拝「内閣総理大臣たる中曽根康弘が参拝した」と言明し、公式参拝の声明。
 ところが「A級戦犯も祭る靖国神社への首相参拝はわが国人民の感情を傷つけた」として中が激しく抗議してきた。これに屈して、中曽根首相は春秋の例大祭も八月十五日も取り止めてしまった。

 中曽根首相が中国首脳の名をあげて「盟友支援のために参拝を中止した」という意味の演説。これが起因で以後犯日拡大。脅しの外交カードと成り、中韓に脅され莫大な援助となる。

 ここで「盟友支援・・・」などと阿諛追従せず、植民地独立付与宣言」を掲げ、楔を打てば、以後の中韓のゆすりたかり、陛下の参拝中止、犯日団の増長などなかった。

 亡国奴中曽根は、板垣征四郎の遺族正参院議員に分祀署名書を持たせ、回らせた。

 東條英機次男輝雄は「(靖国神社からではなく)他国の干渉に屈する形で分祀を認めることは出来無い」と正論で反対、他の6人は同意したが、靖国神社の強硬な反対もあり成立はしなかった(以後は全遺族反対)。

 輝雄は05年7月29日号週刊朝日にも「合祀されるという情報を、私はどこからも受けないうちに合祀されたわけです。聞いた瞬間、非常にありがたいことだと思いました。もし分祀すると靖国神社が決められたとしたら、私としては非常に残念だけれども、遺族は『それはいけない』という立場にはないと考えています」と、正論を述べている。

 増すごみは東條家だけ反対と非難したが、議論の余地など皆無の、至論

 己の思想皆無、私利私欲で欲に迎合、現在も懲りずに犯日扇動の風見鶏中曽根は、国賊である。

 
毒饅頭(機密費)を配り世論操作可能だった中曽根の官房長官は後藤田正晴(82~83)、藤波考生(参拝83~85)、後藤田正晴分祀85~87)で、未だに大勲位などと擁護のマスコやナベツネ等は、毒饅頭仲間か?マスコミと毒饅頭の根の深さは、田母神諫言対処が白状、自民党自壊の元凶。

昭和60(1985)年朝日新聞と人民日報が連携しながら犯日反対運動展開の結果、中国は反靖国で中曽根の、以後の靖国参拝を中止させた。

1985(昭和60)年(抗日戦争終結40周年)中国「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館」開館。「抗日戦争記念館」の中身はといえば、日本軍の残虐ぶりをひたすら強調しようと探したが見つからず困り果て、しかたなく中国兵の伝統的猟奇的残虐手法を色々展示している。1986年6月4日天安門事件以降の江沢民政権で南京事件は、大々的に宣伝活動に利用され、対日批判プロパガンダのネタとして日本政府から外交上譲歩を引き出すカードとして利用され続けている。

 凶産中国犯日教育開始の切っ掛け(南京大虐殺紀念館)が田邊誠民主党群馬県総支部連合会常任顧問元日本社会党委員長

 南京大虐殺紀念館は、中華人民共和国の博物館。中国での正式名称は「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館」。抗日(犯日)記念館の代表として中国共産党により愛国(犯日)主義教育基地に指定されている。

 田邊 誠(田辺誠1992~)民主党群馬県総支部連合会常任顧問は、衆議院議員(11期)、日本社会党委員長(第11代)を歴任

 田辺誠は1980年代に南京市を訪れた際、当館を建設するよう勧めた。中国共産党が資金不足を理由に建設は消極的だったので、田辺は総評から3000万円の建設資金を南京市に寄付。その資金で南京大虐殺紀念館が建設された。3000万円の資金のうち建設費は870万円で、余った資金は共産党関係者で分けたという。また記念館の設計は日本人が手がけた」元教科書是正訴訟事務局 事務局長 半本 茂

 1982年、田辺の再三の建設要求と破格の資金提供に対し、中国政府の鄧小平ならびに中国共産党中央委員会が、全国に日本の中国侵略の記念館・記念碑を建立して、愛国(犯日)主義教育を推進するよう指示。

 1983年、中国共産党江蘇省委員会と江蘇省政府は南京大虐殺紀念館を設立することを決定し、中国共産党南京市委員会と南京市政府に準備委員会を発足させた。鄧小平は1985年2月に南京を視察、建設予定の紀念館の館名を「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館」と揮毫。
昭和61(1986)年「戦争体験出前噺」で、蜂起日本軍と戦友の戦争噺をネタに、本田立太郎(1914~2010)噺家旅行開始。少数拝金迎合者の下善上悪発言者は、朝日やピースボート(筑紫や辻本清美)等の後押しがあるので、金を貰って旅行も出来、中国凶産は上げ膳据え膳で歓迎した。

昭和61(1986)年藤尾正行文相「韓国併合、合理化発言」に韓国抗議。戦国時代力無き朝鮮、寄らば大樹の陰で選択したのが日本、武力併合ではないので世界が承認した。正論発言で→罷免

昭和61(1986)年8月1日「戦場にかける橋」の嘘と真実。岩波書店・永瀬隆志。風土病死を虐待犠牲者、ロウムシャ犠牲15万人(ほとんどが帰省し、事実は多数のみ)、能動戦争と捏造、極悪軍隊と貶め、謝罪することで偽善者ぶる永瀬隆志。迎合金儲け証言者のはしりで、皆騙された

昭和61(1986)年8月15日この年のこの日にも また靖国のみやしろのことに うれひはふかし」前年参拝の中曽根首相、一転して不参拝発表当日の歌。「この年のこの日にも」が御意、余命を悟られた御詠である。3年後の8月15日を迎えることなく、1月7日に崩御された。「この年のこの日にも(合祀は8年前、この年ではない。終戦後41年も経たこの大事な日におよんでも)また靖国のみやしろのことに(なぜ靖国不参拝に)うれひ国思わぬ輩に参拝の道を閉ざされた嘆き)はふかし」。分祀に非ずは、明白!

1987(昭和62)年韓国犯日パクリし便乗、8月15日(日本の終戦記念日)韓国ソウル市郊外に日本軍の残虐ぶりをひたすら強調しようと探したが見つからず困り果て、しかたなく朝鮮兵の伝統的猟奇的残虐手法を色々展示した独立記念館開館。日本は1998年まで、有償資金協力6,455.27億円、無償資金協力47.24億円、技術協力実績239.94億円もの経済援助をしている最中なのにだ!矜持皆無の国家だ愚民化政策なので、非公開、韓国国民は一切知らない。国賊風見鶏中曽根の愚行の結果である。表で友好、裏で破壊工作の証拠である。「中国ODA六兆円の闇」青木直人著祥伝社黄金文庫

昭和62(1987)年7月竹下登派(経世会)議員113名の最大派閥となる。私利私欲派閥議員の巣となり、日本国などポイ捨てされ、拝金児遊官主党となった。

昭和62(1987~89年竹下登首相終戦時21歳。

1988(昭和63)年韓国盧泰愚13代大統領韓国民主化政権。もう軍事政権の皮で包めないので、仮想敵国日本とし、マスコミ、罪日フル扇動して国家総動員の犯日の皮で、国内の、差別で砂の人心を、掌握し続けている。凶産並みのスポーツ選手強化も、同じ目的。NHK、TBS、TV朝日、毎日、朝日、国会議員等の、思想戦犯日工作員が証し。中国凶産の人心も砂で同じ。スパイ天国、これが日本の実体で、犯日はすべてが、思想戦工作員。歴史捏造韓国ドラマを垂れ流し、日本国民洗脳に必死なNHK(中国凶産と朝鮮と罪日の工作員)とTBS(毎日新聞。罪日と朝鮮の工作員)は、国賊TV朝日(朝日新聞。中国凶産と罪日)と同類の、報道の自由を隠れ蓑に捏造する、思想戦亡国報道社。

注・こんな厚顔無恥な輩が隣国支配なのだ、護憲派や九条の会は工作員、会員は洗脳された愚民

昭和63(1988)年4月22日奥野誠亮国土庁長官「(日中戦争について)日本に侵略の意図は無かった。盧溝橋事件は偶発的と発言」に中国韓国抗議。正論発言で→辞任

 4月28日分祀騒動の発端、富田メモ・卜部日記の日付。

 8月15日全国戦没者追悼式最後の御製やすらけき世を祈りしもいまだならず くやしくもあるか きざしみゆれど

平成1昭和64(1989)年1月7日昭和天皇崩御

1989年(平成1昭和64)4月17日天安門事件②胡耀邦追悼集会が民主化要求デモに発展し、人民解放軍が発砲、死者二千人負傷者三万人といわれた。総書記が解任され、小平の抜擢で江沢民党総書記。

平成1昭和64(1989)年8月江藤淳(1932~1999)著『閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本』・文芸春秋

平成1昭和64(1989)年宇野宗佑首相 党首土井たか子の社会党参院選大躍進

平成1昭和64(1989~91)年海部俊樹首相

平成2(1990)年10月20日「おほうなばら・昭和天皇御製集」宮内庁侍従職・解説徳川義寛・岡野弘彦・読売新聞社。徳川義寛(尾張藩)(1906~1996)1936年侍従、1969年侍従次長、1985(昭和60)年10月1日~1988(昭和63)年4月13日侍従長(入江相成の後継)、1988年4月26日から参与。

 ・・・徳川義寛(元侍従長)解題・・・昭和62(事実は61年御製、本文も61年)年8月15日「この年のこの日にも また靖国のみやしろのことに うれひはふかし」靖国とは国をやすらかにすることであるが、とご心配になっていた。昭和63年8月15日全国戦没者追悼式「やすらけき世を祈りしもいまだならず くやしくもあるか きざしみゆれど」永遠の平和をいのりつづけて、なお心残りがおありになったご生涯であった。那須でお詠みになった秋の庭は最後の御製であった。「あかげらの叩く音するあさまたき音たえてさびしうつりしならむ」

平成2(1990)年「文藝春秋」12月号「昭和天皇独白録」。寺崎英成御用掛日記だとして公表された。

「昭和天皇は松岡元外相について『ヒトラー』に買収でもされたのではないかと厳しく批判している。

松岡は二月の末に独乙に向かひ四月に帰ってきたが、それからは別人の様に非常な独逸びいきになつた。恐らくは『ヒトラー』に買収でもされたのではないかと思はれる」。

捏造である。天皇政府決定事項の上奏に対して、裁可を下す存在である。自らが下した裁可を否定するはずなど無い。本書を読む上で注意すべき事は、「独白録」が東京裁判で、天皇訴追阻止が目的の弁明書であった点である。これは本書の英訳版が見つかったことで明白。連合軍の仇敵、対『ヒトラー』発言、側近聞き手の、御意改竄当然有りが道理だろう。当時の当事者誰もが?で見え見えの、松岡洋右(1880~1946年A項目東京裁判中病没)への悪意表現(独逸びいき、買収)が証拠。御意に反したのなら、臣松岡は、即更迭であったろう。臣松岡は戦国時代の常道、敵の敵は味方に従い、臣の勤めを果たしたに過ぎない。詳細後述参照。

平成3(1991)年『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』(吉田清治著三一書房 1983)の「済州(チェジュ)島にて軍の協力により、慰安婦狩りを行い、一週間で205人の女性を強制連行した」の金儲け目的の捏造本。この捏造本を利用し、朝日新聞「従軍慰安婦」犯日キャンペーン展開。5年後の1996年「あれは創作だった」と著者の吉田清治(よしだ-せいじ)が認めた。

平成3(1991~93)年宮沢喜一首相終戦時26歳。

1992(平成4)年もし日本戦わざれば、有色人、未だに植民地のままと、マレーシア・マハティール首相の演説

平成4(1992)年天皇を政治利用の偽中国凶産の策動に宮沢喜一首相操られ、天皇皇后両陛下訪中。

平成5(1993~94)年細川護熙首相8会派連合

1993(平成5)3月~02年中国鄧小平引退の後を継ぎ江沢民国家主席を兼務。市場解放政策に伴う弊害、民主化要求の根を絶つ目的で、残虐日本と捏造し、子供から大人まで洗脳した。凶産常套手段、敵国と捏造の愛国教育である。

平成5(1993)年8月4日「河野談話」慰安婦関係調査結果発表に関する河野洋平内閣官房長官談話

平成6(1994)年大江健三郎、ノーベル有色人差別(犯日)賞受賞。マハティール首相の真実を語る演説に、伝播を恐れた白人戦勝国は、文学三流犯日一流、比類なき犯日の大江に急きょ白羽の矢、ノーベル犯日(有色人差別)賞を与えた。世界に語る文学など元々無い三流大江は、三流文学ではなく一流の犯日を世界で語り、ノーベル賞の正体白状、もくろみに応えた。効果覿面の思想戦で、岩波書店朝日毎日NHKなどが迎合扇動、国民はノーベル犯日賞に洗脳された。

平成6(1994)年羽田孜首相新生党などの連立内閣

平成6(1994~96)年村山富市首相(社会党)終戦時21歳。自民党社会党さきがけの三党連立

平成6(1994)年8月下旬、他虐偽善者村山首相は訪問先のフィリピンとシンガポールで戦争責任問題について謝罪した。マレーシアに迎えて、マハティール首相は冒頭こう切り出した。「日本が50年前に起きたことを謝り続けるのは理解できない。過去のことは教訓とすべきだが、将来に向かって進むべきだ。日本はこれからのアジアの平和と安定のために国連安保理常任理事国入りして、すべての責任を果たして欲しい」。 また村山首相の6日前にマレーシアに到着した社会党の他虐偽善者土井たか子衆議院議長が「二度と過ちは繰り返さない」「歴史への反省」などと口にしたのに対し、「過去の反省のために日本が軍隊(PKO)の派遣もできないのは残念だ」と切り返した。「ダメなものはダメ」とおよそ非論理的な姿勢でPKOに反対する土井議長に対する痛烈なパンチであった。3につづく⇒

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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