QLOOKアクセス解析

真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
2017 07123456789101112131415161718192021222324252627282930312017 09

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

真実史観昭和天皇御意くやしくが破壊中朝韓罪日中曽根日経朝日の靖国分祀陰謀

5終章昭和天皇御意くやしくが破壊中朝韓罪日中曽根日経朝日の靖国分祀陰謀

平成20(2008)年
9月08日産経新聞朝刊【日本よ】石原慎太郎都知事分祀遺族会代表古賀誠に賛同、「靖国再考」で分祀推進。仮想現実界、鵜呑み半端者自白。

以下同類受動戦争を能動戦争に捏造

7月8日日テレスペシャルドラマ 「あの日、僕らの命はトイレットペーパーよりも軽かった-カウラ捕虜収容からの大脱走」 戦陣訓を軍命と捏造。

7月17日NHKスペシャル調査報告「日本軍と阿片」。貨幣無き中国でのアヘンは金を隠蔽、日本極悪と捏造。

9月5日NHK「こうして村人は戦場へ行った」~滋賀県旧大郷村徴兵記録~資源無き島国日本本土戦は負けを隠蔽、悲惨だ話しのみを放送。ハルノート受諾し国内戦となっていたら、真反対の証言となっていた。

9月9日NHKその時歴史が動いたシリーズ日本降伏後編8月15日終戦までの道程。戦国時代隠蔽

12月7日NHKスペシャル「最後の戦犯」被害者朝鮮日本極悪

12月24日、TBS「あの戦争は何だったのか」で「310万人が死んだ、だからテレビは伝えてきたその悲惨さを、その愚かさを・・・先に手を出したのは日本・・・国民がほとんど知ることの無かった日本の迷走」と捏造

温室の中で鈍感なNHKは、裸の王様人間動物園報道で終に提訴される。捏造が党是の凶産と、手口はそっくり。執拗に捏造続行のNHKは、根が深い

平成20(2008.9~09.9)年麻生太郎首相

平成21(2009)年4月5日NHKスペシャル「アジアの一等国」人間動物園報道

8月9~11日NHK「日本海軍400時間の証言」WGIP学習迎合証言。

8月10日TBS「最後の赤紙配達人」、NHK「こうして村人は戦場へ行った」の二番煎じ。

8月23日NHK巧凶放送課外授業ようこそ先輩放送。田原は、日本軍全て極悪軍と後輩小学生洗脳。

平成21(2009.9~10.6)年鳩山由紀夫首相

12月6日NHK「真珠湾の謎・悲劇の特殊潜航艇」戦国時代隠蔽。

12月7日NHK「日米開戦を語る 海軍はなぜ誤ったのか 400時間の証言」開戦起因を隠蔽し、悲惨以外皆無の戦争の、悲惨のみを摘み食いし、先人を蹴落とし、金儲けするNHK御用達作家のお出ましである。半藤一利(開戦時11歳・79歳)澤地久枝(開戦時11歳・79歳)は、WGIP学習迎合証言のみが根拠の選り食い売文業、いかに一方的な放送であるかお分かりであろう。

12月8日NHK「クローズアップ現代」軍隊極悪半藤一利証言

12月13日NHK「証言記録・市民たちの戦争」悲惨だ話の羅列で復讐を扇動し。NHKは復讐扇情証言をまだまだ続け、復讐戦争を訴えるそうである。

平成22(20010)年3月28日21年間人心をかく乱し洗脳したサンデープロジェクト、正体を暴かれ崩壊。TV朝日と田原はほっ被りのまま、現実界の捏造は存亡の危機なのに、仮想界の捏造はこれで済むのか?超甘界は、詐欺師ばかりだ。

平成22(2010)年4月18日NHKスペシャル「韓国併合への道」。李朝差別や大院君や事大の歴史隠蔽、独立運動針小棒大報道、先に殺さなければ殺される戦国時代、自国防衛も519年間中国に事大した属国の、安重根の独立平和論なんぞ、韓国同胞殺し隠蔽目的の洗脳愚民化思想戦の小道具、絵に書いた餅の世迷言、摘み食い偏向工作員報道である。『馬鹿な奴じゃ』これが伊藤博文の最後の言葉。森が見えず、木だけしか見えない安重根NHKは、まさに『馬鹿な奴じゃ』の亡国奴。森を見ての真実史観下記参照。

1朝鮮南は日本海洋文化圏の一部米の伝播が解明捏造の古代日本史

平成22(2010)年4月18日NHKスペシャル(朝鮮“泣き売”特集)「韓国併合への道」日本と朝鮮半島第一回。工作員の巣NHKなど、一刻も早く潰したほうが国のためだ。工作員に受信料支払いは、亡国奴!

1じゅしん料支払い犯罪者中朝韓罪日の思想戦ばら撒くNHK伊藤博文安

平成22(2010)年4月25日NHK「上海100年の物語」極悪日本軍と摘み食い証言放送。

 凶産中国韓国北朝鮮の国是が、国内バラバラ人心懐柔目的の犯日、ハニー・マネートラップ、上げ膳据え膳で国賓待遇の御持て成し、国対個人、「公」無き私人は皆これで簡単に舞い上がる。媚中媚韓媚朝の正体である。悪魔の飽食、百人斬り、731、中国の旅等で白状の如く、「公」皆無で拝金の言葉と文字の仮想界、私人と罪日、犯日の巣だ。65年間も捏造し、ここまで日本をバラバラの亡国寸前まで追い詰めて、何が知る権利だ!報道の自由だ!きれい事ばかり摘み食いし並べ、か弱き者の味方を演ずる、正体拝金詐欺師の摘み食い偽善者よ!

 ノーベル平和賞、連帯議長、ポーランド大統領(90~95)ワレサや、マレーシアマハティール首相(81~03)は、復興までの日本精神に感動、来日したが、面影のかけらすらも見られない姿に幻滅、帰国の途についた。

平成22(2010.6~)年菅直人首相

63年間捏造し原文も提示せず選り食いつまみ食い鵜呑み報道ではなく天皇の行動で御意を検証してみよう

東條内閣総辞職の際昭和天皇が東條に下賜した異例とも言える勅語

真実史観補筆

 卿(東條)参謀總長として至難なる戰局の下、朕「ちん(私)」が帷握「いあく(作戦本部)」の枢機「すうき(かなめ)」に参劃「さんかく(計画の立案に加わる)」し、克「こ(良くできること)」く其任に膺(あた)れり、今其職を解くに臨(のぞ)み、茲(ここ)に卿(東條)の勲績「くんせき(てがら)」と勤勞とを惟(おも)い、朕「ちん(私は)」深く之を嘉「よみ(良いと認める)」す。

 時局は愈ゝ(いよいよ)重大なり、卿(東條)益ゝ(ますます)軍務に精勵「せいれい(つとめはげむ)」し、以「もっ(そして)」て朕「ちん(私)」が倚信「いしん(信用して頼りにする)」に副はむ「そはむ(側にいて助ける)」ことを期「き(約束)」せよ。

昭和十九年七月二十日午前十時二十分 御下賜

東條逮捕時に米軍に接収され、日の目を見なかったが、『毎日新聞』が発見し、1995年3月19日付けの毎日新聞に掲載された。東條英機の手帳「修養録」にも自書している。

 

『木戸幸一日記』

「戦争責任者を連合国に引渡すは真に苦痛にして忍び難きところなるが、自分が一人引受けて、退位でもして、納める訳には行かないだろうか」昭和20年8月29日

「昨日まで朕の信頼した臣僚を、朕の名において処刑することはできない」 昭和20年9月11日の閣議で、「戦犯」の裁判は日本の手ですることをGHQに要求することを決定。これに対しての、昭和天皇が異議。

「米国から見れば犯罪人ならんも、我国にとりては功労者なり」

 昭和20年12月10日に記された昭和天皇の言葉。この4日前、天皇から夕食会に招かれた木戸は、戦犯容疑者指定を理由に辞退しようとしたところ、冒頭のように言われたという。また昭和天皇は木戸幸一の葬儀に、勅使差遣の意志を洩らしたが、側近に制止され、遺族に自らの哀悼を伝えるに留まったという。

2009/07/02 動画 昭和天皇とマッカーサーの会見を通訳官が証言

 

「昭和天皇のご信認」 昭和天皇の東條観が、木下道雄氏の「側近日誌」にある。

 『東條はそんな(悪い)人間とは思わぬ。彼程朕「ちん(天子の自称)」の意見を直ちに実行に移したものはいない。』

 

「昭和天皇独白録」について

1988年、米国ワイオミング州キャスパーでマリコ・テラサキ・ミラーによって発見された、昭和天皇の口述書類。

 同書は、松平慶民宮内大臣、松平康昌宗秩寮総裁、木下道雄侍従次長、稲田周一内記部長、寺崎英成・御用掛が昭和天皇の記憶を聞き語りしたもので、その参考書類として「近衛公日記」と迫水久常の手記が添付されている。聞き語りが始まったのは昭和21(1946)年6月1日から、まず張作霖爆殺事件から起稿されている。四日間計五回にわたって昭和天皇から直々に聞き、まとめたものである。この記録を残したのは、当時、昭和天皇の御用掛をつとめていた寺崎英成である。昭和天皇はここできわめてざっくばらんにその時々に感じたこと、また人物月旦評を語っており、きわめて興味深い。

 時の御用掛 寺崎英成は日米開戦まではワシントン日本大使館詰の一等書記官だったが、開戦後夫人(アメリカ人女性グエンドレン・ハロルド)と娘とともに、日本に送還された。終戦後は終戦連絡中央事務局に配属、日本政府と占領軍総司令部との間の連絡業務を担当したが、昭和21年2月に宮内省御用掛となった。寺崎が脳溢血で亡くなって、一家は夫人の故郷アメリカテネシーに帰国した。

 娘のマリコ・テラサキ・ミラーの息子のコール(娘の子供、寺崎氏の孫)が祖父の生涯について興味を抱き遺品を整理しているうちに、この記録を発見したものの、息子も日本語はダメなので、息子の知り合いの大学教授にみてもらい、さらに教授から東京在住の日本現代史研究の権威に転送された。そしてはじめて、この記録が「歴史資料として稀有なものである」との回答を得た。これを機会に、娘は、この記録が持つ公共性に鑑み、これは我が家が独り占めにしておいてはいけない、公開されるべきものであると考え、1990年12月号「文藝春秋」に全文掲載され公開された。

 しかし、本書を読む上で注意すべき事は、「独白録」が東京裁判で天皇が訴追されないための弁明書であった点である。

 これは本書の英訳版が見つかったことで明かである。そのため、どうしても所々にその意図が現れていることに注意すべきであろう。昭和天皇が自分の戦争責任について『独白録』のような弁解と保身の文書をGHQに提出していたと、揶揄する者もいるが、天皇や護国指導者は逃亡していないのだ。逃亡もせず、敗戦の責任をとっている。揶揄する前にこの人としての重い事実を受けとめるのが先だ。敗戦、逃亡は世の習いだ。昭和天皇独白録
 

 「昭和天皇独白録」聞き語りが始まったのは昭和21(1946)年6月1日から、四日間計五回にわたって昭和天皇から直々に聞き、まとめたものである」昭和21年は、日本中が東条叩き真最中で、東条の味方など皆無、しかも昭和天皇自身の処遇未だ定まらず、ましてやGHQ提出文書である。そして5人立会いの聞き書きでもある。これまでの富田元長官の出自不明のメモや、侍従一人の当て推量(現実界では鼻紙にもならない焚き付け用紙屑)とは、訳が違う。そして犯日団が無視した事は、語るに落ちている。まさに昭和天皇A項目(級)戦犯東条を語る、第一級の資料である。

「大東亜戦争の遠因」

 この原因を尋ねれば、遠く第一次世界大戦后の平和条約の内容に伏在している。日本の主張した人種平等案は列国の容認するところとならず、黄白の差別は依然残存し加州移民拒否の如きは日本国民を憤慨させるに充分なものである。又青島還付を強いられたこと亦然りである。かかる国民的憤慨を背景として一度、軍が立ち上がった時に、之を抑えることは容易な業ではない。(英語版ではこの部分は削除された。東野信著「昭和天皇二つの独白録」130P)

「昭和天皇独白録」東条という人物

 元来東条という人物は、話せばよくわかる、それが圧制家のような評版が立ったのは、本人が忙しすぎる為に、その気持ちが下に伝わらなかった事と憲兵を使いすぎた。東条は一生懸命仕事をやるし、平素云っている事も思慮周密で良い所があつた。「マリアナ」の防備も彼が参謀総長を兼ねてから後に、督促しやっと出来たが、時既に遅かったあの時、非戦闘員の玉砕には極力反対していたが、世間では東条が玉砕させた様に至っている。

・・・田中内閣の苦い経験である。東条を退けても、彼より力のある人物がいないこと、東条が大東亜の各地の人々と接触しているので、之を無視して内閣を更迭すれば、大東亜の人心収拾が出来なくなると考えたからである。

 東条は平沼から云はれて辞表を提出した。袞龍の袖に隠れ「こんりょうのそでにかくれる(天子の威徳に隠れて勝手なことをする)」るのはいけないと云つて立派に提出したのである。

 私は東条に同情してゐるが、強いて弁護しようと云ふのではない、只真相を明かにして置き度いから、之丈云つて置く。

東条内閣の開戦決定裁可のいきさつ

 開戦の際東條内閣の決定を私が裁可したのは立憲政治下に於る立憲君主として已むを得ぬ事である。

 今から回顧すると、最初の私の考えは正しかった。陸海軍の兵力の極度に弱った終戦の時に於いてすら無条件降伏に対し「クーデター」様のものが起こったくらいだから、若し開戦の閣議決定に対し私が「ベトー(拒否)」を行つたとしたならば、一体どうなったであろうか。

 日本が多年練成を積んだ陸海軍の精鋭を持ち乍ら愈々(いよいよ)と云う時に蹶起を許さぬとしたならば、時のたつにつれて、段々石油は無くなって、艦隊は動けなくなる、、人造石油を作って之に補給しよーとすれば、日本の産業を殆んど,全部その犠牲とせねばならぬ、それでは国は亡びる。かくなってから、無理注文をつけられては、それでは国が亡びる。かくなってからは、無理注文をつけられて無条件降伏となる。

 開戦当時に於る(おける)日本の将来の見透しは、斯くの如き有様であったのだから、私が若し開戦の決定に対して「ベトー」したとしよう。国内は必ず大内乱となり、私の信頼する周囲の者は殺され、私の命も保証出来ない。それは良いとしても結局凶暴な戦争が展開され、今次の戦争に数倍する悲惨事が行われ、果ては終戦も出来兼ねる始末となり、日本は亡びる事になつたであろうと思う。「昭和天皇独白録」マリコ・テラサキ・ミラー著 文芸春秋

 東京裁判の判決が下され東條ほか7人に死刑判決が下された。死刑は皇太子(現天皇)誕生日12月23日執行された。侍従の村井長正によれば、この日、天皇は終日書斎にこもり、「泣きはらして真っ赤なお顔をされていた」という。(高橋絋「象徴天皇の誕生」金原左門編「戦後史の焦点」)

 

殉国七士追悼式に参加して 若狭 和朋氏より抜粋

http://www.k3.dion.ne.jp/~sangane/sangane20.htm

昭和天皇の墓参り

 ・・・三ヶ根山の七士の墓の極く近く(700メートルくらい)の山腹に一軒のホテルがある。昭和(1979)五十四年五月二十六日、天皇皇后両陛下はこのホテルに宿泊された。翌日の植樹祭に御出席のためである。植樹祭の行なわれる場所は当時の愛知県西加茂郡藤岡町(現豊田市)西山中地内の県有林(現・昭和の森)であった。開会は午前十時であった。三河の首邑は岡崎であり、現地には最も近い。名古屋からも現地は近い。最も遠いのが三ヶ根のホテルである。にもかかわらず、このホテルに御宿泊されたのは陛下の強い御内意によるという。

 当日の朝、お部屋で七士の墓の方角に対して両陛下は不動のままに佇立「ちょりつ(しばらくの間立ち止まる)」されていたという。御内意といい、御佇立といい、ともに責任のある地位にあった元政府高官の証言である。ホテルにその日の御様子を確かめても「私どものレベルでは:」と笑う。それはそうだ。「なぜおたくのホテルに:」と尋ねると、「JR系のホテルだからかと:」と困惑を隠さない。気の毒である。「両陛下にお泊りいただいたホテル」というのは本来なら金看板のはずだ。言葉の端々に「警戒」の気配りが見える。サヨクやその仲間のマスコミを警戒しているのだろうか。

 A級戦犯の靖国神社への合祀は、この「墓参り」の前年、昭和五十三(1978)年十月十七日である。・・・

 

 2007年4月27日立花隆日経BP「メディア ソンオーポリティクス」で「『卜部亮吾侍従日記』は、富田メモを裏付ける決定的な資料である」とほざいた。戦後の東大等の文系は、いかに無検証で、表音丸暗記で、鵜呑み知識の貼り付け(コピペ)屋かの白状である。それにしても頭隠して尻隠さず、子供だましの幼稚さは、この上ない。予想どおり御意皆無で予想していただけ」を突けば、富田メモも、卜部日記も覆り、捏造は即座に粉砕出来た幼稚な不整合を見抜けぬ否定論者(保守・日本会議等)も、幼稚で同類。核心無検証のオウム返しで、対極の否定論を述べたに過ぎない。仮想現実言葉と文字の机上界は、検証回路ゼロ、両極共に丸暗記の半端者コピペ屋で、既に腐り、病原菌を撒き散らしている。分祀騒動、文系識者、丸暗記以外は総白痴か、犯罪者を実証した。

 2013年4月23日TV朝日川村晃司(かわむらこうじ、1950年 ~ )、天皇靖国不参拝の原因は、合祀と断言は、捏造発言。靖国参拝は、子孫なら当然で、干渉する方が内政干渉で、異常である。内政干渉は中朝韓異常国異常人罪日僑胞華僑華人のみで、他の諸外国は逆に、「国民の鑑」として参拝している。異常な相手を咎めもず、逆に捏造してまでの擁護は、まさにスパイ

 

昭和天皇戦後の呼称は「さきの大戦・第二次世界大戦」

 戦後の昭和天皇は、「大東亜戦争」や「太平洋戦争」呼称は全く使わず、戦没者追悼式では「さきの大戦」、記者会見では「第二次世界大戦」と呼称した。

昭和61(1986)年8月15日この年のこの日にも また靖国のみやしろのことに うれひはふかし」前年参拝の中曽根首相、一転して不参拝発表当日の歌。「この年のこの日にも(合祀は8年前、この年ではない。終戦後41年も経たこの大事な日におよんでも)また靖国のみやしろのことに(なぜ靖国不参拝に)うれひ国思わぬ輩に参拝の道を閉ざされた嘆き)はふかし」。「この年のこの日にも」が御意、余命を悟られた御詠である。翌62年9月22日入院、腸の通過障害のバイパス手術、10月7日ご退院。63年8月15日合同戦没者追悼式最後の御製やすらけき世を祈りしも いまだならず くやしくもあるか きざしみゆれど」。「(英霊へ日本の)やすらけき世を祈りしも(参拝)いまだならず(不参拝)くやしくもあるか(参拝の)きざしみゆれど」。分祀に非ずは、明白!御製から35日後の9月19日大量吐血で病床に臥す。9月22日皇太子へ全権委任。昭和64年の8月15日を迎えることなく、1月7日に崩御された(十二指腸線ガン)。晩年の御意もこれほど明確なのに、御意隠蔽目的の方便解釈(天皇擁護は侍従長職責)を、増すごみと拝金子孫と寄生虫(秦・保阪等)は、御意と捏造。輩は検証回路皆無の哀れな病者か、工作員を自白した。他虐偽善の亡国奴や工作員に踊らされる、分祀派遺族会、祖先から授かった立派な頭脳で考えろ!天皇は日本最上位臣職、靖国(国をやすらかにすること)を願い、「祈る」は日本、世界ではない、国思わぬ輩の不遜な参拝騒動は、「くやしくもある」。先人よ、御意くやしく」、以って瞑すべし!先人よ、一丸の蜂起軍天皇を他虐偽善者、ご先祖を無駄死に愚民と愚弄する、善悪近眼史観分祀派子孫を叱れ!鵜呑みせず、竜馬等がなぜ倒幕か、授けた頭脳で考えろと。

 分祀は侵略者日本軍と、世界の史実に反する偽りの歴史を、子孫に残す事になる。これだけは確信を持って断言できる。分祀すれば参拝は当然不可能となる。日本国や天皇に臣の差別は無い。ましてや侵略軍ではなく自衛の蜂起軍、当然である。仮想現実界が異常でなければ参拝した。国賊中曽根の利敵行為によりにわかに増長した反日団。そして仮想現実界が、WGIP、狂産、便乗したWGIP李承晩主義の巣窟と化し、犯日となったため、参拝出来る状況ではなくなった。マスコミが日本軍極悪報道、国会議員が愚かな謝罪を繰り返し、議員や総理が参拝しただけで大騒ぎ、ましてや天皇が参拝など出来る訳など無い。昭和天皇は、これまでとは違い、公然と英霊を愚弄する議員やマスコミを目の当たりにし、英霊への慰霊の言葉を失った。英霊から託された護国護持を果たしていないことを恥じて、参拝取り止めとなった。天皇の立場に立ち、考えれば、誰でも氷解することだ。現実界の常識、道理だ。犯日団捏造の戦犯合祀が理由などではない。

 昭和天皇崩御後、語る人の亡くなるのを待っていたかのように仮想現実界、束になっての即座の捏造である。仮想現実界は嘘の上塗りを重ねている。捏造も、NHK朝日毎日中曽根から、日経、嘘売り日テレ、石原、ナベツネ、と広がっている。中曽根は私利私欲、己の失敗を払拭せんがために、分祀を唱え日経、ナベツネ、朝日を扇動している。

 分祀論や議員や総理参拝ごときで、騒いでいる間は、けして参拝せず。総理参拝ごときで、国民大騒ぎ。ましてや天皇参拝となれば、騒ぎ拡大は火を見るより明らか。故に参拝せず。これは当然で、道理である。日本台湾朝鮮戦死者、犬死に無駄死にと面罵愚弄の分祀は、末代までの日本の恥となる。戦犯理由の参拝取り止め、そして分祀は犯日団の捏造。参拝取り止めの理由を作ったのは我々国民で有る。

 国民が、「その時芸人」幇間議員に投票した結果こうなった。国民が覚醒し、第三の真理民意党を鼎立、自由民主党、民主党に内在する同士を引き込み骨抜きにし、児遊官主党民欺党と実態を曝せば、無道理暴走車仮想現実界破壊の道は自ずと開く。次の選挙から鼎立し、児遊官主党民欺党を過半数割れに追い込めば事足りる。選挙時だけ媚びる、腹黒さ見え見えの党のCM、未だに媚びれば投票すると、国民を小馬鹿にしたCMだ。媚びる輩は皆当選後手のひらを返す、世の習いだ。国会の猿芝居に辟易している国民は数多、受け皿だけでも両党を過半数割れに追い込める。集票にのみ頭を下げ集票に熱心な議員ではなく、民意に頭を下げ、国民が天寿を全うする政治を志すものを議員にしなければ、仮想現実界愚民化に拍車が掛かり、資源無き小国日本は瞬時に存亡の危機となる。

 昭和47(1972~74)年7月7日田中首相終戦時27歳。民欺党小沢一郎まで続く私利私欲議員時代の開幕で、児遊官主党、民欺党の始まりである。官僚もこの辺から私利私欲に走るように成ったのではないか?天下り先の巣作り開始が始まりである。以後理念無きマスコミに洗脳され、政治理念無き政治家続出となり、理念が金に変化、2010年、戦後65年に至る。政治家も国民も回帰するのは一丸であった角栄以前、“公”の時代である。

 国民が覚醒し、国辱を唱える分祀派犯日団を追放し、仮想現実界が道理に基づいたとき、国民がこぞって願えば、中朝韓罪日の内政干渉などものともせず、日本国の象徴天皇は必ずや、参拝する。完 真実史観

日本経済新聞社捏造犯罪「昭和天皇実録」A項目戦犯合祀が理由
2014年9月9日 日本経済新聞社Web刊
昭和天皇の靖国参拝取りやめ、A級戦犯合祀が理由

 実録で179カ所に典拠資料として採用された「富田メモ」は、1975年を最後に昭和天皇が靖国神社を参拝しなくなった理由が、78年10月のA級戦犯合祀(ごうし)だったことを明らかにした。富田朝彦元宮内庁長官は天皇が合祀ゆえに参拝をやめたと語った言葉をメモしていた

 その後、『卜部亮吾侍従日記』、天皇の和歌を指南した歌人の岡野弘彦氏の『四季の歌』など、同様の事実を裏付ける資料が出版され、近年の昭和天皇研究では定説となっている。 

 実録では、88年4月28日の項に「靖国神社におけるいわゆるA級戦犯の合祀、御参拝について述べられる。なお、平成十八年には、富田長官のメモとされる資料(靖国神社におけるいわゆるA級戦犯合祀の経緯や御参拝に関する記述が含まれる)については『日本経済新聞』(七月二十日付朝刊)が報道する」と記述された。 
 
毎日新聞も、「昭和天皇実録」の事実に基づかず、「富田メモを追認」と、勝手な解釈を報じている。
2014年09月09日 毎日新聞
昭和天皇実録:靖国神社不参拝の経緯…「富田メモ」を追認

すべてが丸暗記脳のみで思索脳皆無自浄不可能のマスコミが自白! 
天皇靖国不参拝は合祀に非ず。犯日団(ナカソネ・ナベツネ・朝日・日経・富田子孫・御厨貴・立花隆等々)の捏造が、原因

東條英機応戦の真意は下記

1小国日本適者生存の術は共栄圏神道敬天愛人と孫文が一致 

亡国の起因冤罪史観破壊!子孫へ遺す真実史観蜂起日本適者生存史目次

コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://sinzitusikan.blog.fc2.com/tb.php/164-144fe29b

フリーエリア
プロフィール

真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。