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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観2NHK捏造駄目押し証拠米国副領事ラルフ・タウンゼントの阿片の真実

2NHK捏造駄目押し証拠米国副領事ラルフ・タウンゼントの阿片の真実

第八章阿片

231p欧米の麻薬製品制限協定

 「宗教は人民の阿片である」とソヴィエトは言った。中国には宗教がない。代わりに阿片がある。阿片抜きでは現代中国を語れない

 今年(1933年)の四月、ジュネーブで「麻薬製品制限l協定」が結ばれた。――全批准国に製造・販売の厳しい監視を求めた。地下組織が、政府の厳しい監視下にある国に持ち込むのを阻止するのが狙いであった。

232p中国全土の路地からあがる阿片の煙

 阿片は一番作りやすいので、現金収入には「持ってこい」である。また手軽で、隠しやすいから、駱駝と子馬と人力が頼りの国でも簡単に流通する。豊作の年にどっさり売った分、中毒患者もどっさりこさえたから、いくらでも売れる。

 鉛管で吸うのが中国式で、中国全土どこへ行ってもプカリプカリやっている。洒落た様式の上海でも、昼といわず夜といわず、あの独特のすっぱい香りの煙があちらの路地からプカリプカリ、こちらの路地からプカリ。一度嗅いだら忘れられない。

 中毒患者はどれほどか。数はわからないが、あらゆる階級の者に愛され、毎年到る所で大々的に栽培されているから、億単位ではないだろうか。地域にもよるだろうが、私が知っているある地方のベテラン宣教師などは、「苦力の四分の三は吸っている」と言っていた。症状が重くなると、皮膚が白くなり、関節が曲がらなくなり、極度に痩せ、目つきが険しくなる。

 価格はどうか。大量に生産する地方では誰でも吸えるくらい安い。が、生産地から遠い地区では当然吸引者の数は少ない。中国全土の常習者は三千万人から五千万人というところか。

 福建省では、去年は稀に見る豊作で、価格が幾分下がった。例えば、苦力階級が行く阿片窟で、ベンチに横になって一服やると、アメリカドルにして一セントか二セントの安さである。いくら安いとはいえ、家計に穴が開く。大体、人力車の車夫や荷物担ぎ人夫の賃金は、実入りの良い時で1日10セントだ。1日平均して2、3服やるから、かなりの出費になる。

 常習者三千万人から五千万人という数は凄まじい数である。8人に一人か12人に一人の割合である。これ以上の地域もある。ほとんどが国内で消費されるのであるから、やはり8人に一人では済まないはずである。去年、福建省では240キロの平地一面ケシ畑となった。米や野菜を作る田畑より広い地区もあった。

 宣教師の話では南西部より悪い地域もある。揚子江の上流にある人口7千万の四川省の宣教師の話では、15頭から20頭の子馬の隊商がひっきりなしに通ったそうである。また仏領インドシナと国境を接する雲南の高地でも大規模に栽培されている。隣の貴州も、また北部の陜西も同じ。また、甘粛省の北部の耕作可能な土地はすべて阿片である。一方、湖北、河南、湖南、山西、浙江、安徽ではそれほど盛んではないが、ゼロというわけではない。

 満州国は気候が合わないが、近年、栽培量が増えている。日本の影響かもしれない。規制を徹底してもらいたいものだ。台湾では日本政府が規制し、免許制度を敷いている。

満州も台湾も、日本は、阿片漸禁政策である。

233p世界を欺く中国政府

 国際会議があるたびに「阿片撲滅に奮闘する中国」という記事しか読んだことのないアメリカ人は、大々的な阿片製造と消費の実態を知ったら「エーッ」と驚く。二年前、中国は国際査察に断固反対した。毎年春になると畑一面の白いケシの花が咲く。この明々白々の現象を代表団は「知らぬ、存ぜぬ」の一点張りである。

 次は、さる6月、中国全土の中国紙現れた記事である。

 「6月18日、政府は阿片禁止関連の法令、条例を厳格に施工するよう命令した。怠る管理は厳罰に処す方針である。形だけのものとして死文化してはならない。これを軽視し国民の福祉に悪影響を及ぼす官吏あらば、法に照らしてこれを厳罰に処す」

 いかにも中国人らしい。発令の最中春に収穫した阿片がせっせと中国中の市場に運ばれていた。私は当時福州にいたが、海軍が湾の入り口に検問所を設け、密売買サンパン、ジャンクを検査していた。調査するだけで没収しない。課税して許可である。

 さらに面白いことがある、ケシの栽培は州知事の命令である。命令で種が配られる。「作らない土地は重税じゃ」とお触れが回る

 軍のやり口が見事。まず「違法」のお触れを無視し、阿片を栽培させる。いざ収穫期になると、「違法である」と言って百姓から金を巻き上げるのである

 あまりにもすばらしい手なので早速お代官様も取り入れ、手下に収税権を貸し出した。百姓はたまったものじゃない。やむなく作っているのに、南京中央政府から「違法栽培」とお叱りを受ける始末。そこで州知事に直訴に及ぶ。「お代官様、お慈悲を、これ以上は無理で御座います。全財産売り払っても足りません」と。全財産には女房子供まで入っている。「射撃始め!」が答えであった。もちろんケシは没収である。

 収穫が終わるとお代官様は一財産築いて州知事の座を降りる。こうした官吏がごまんといる

 中国全土で強制栽培が行われているようだ。1931年の陜西省では、灌漑施設の施された施設の8割が強制栽培らしい。

 映画には阿片窟が出てくるが、あれは実態を知らない映画監督が勝手に描いた者だ。本物は、飾りも何もない汚い部屋で、すすけた異臭を放ち、座布団一つ、枕一つない。椅子にはシーツ等かけてなく、むき出しの木である。そばに小さな机がありランプとお茶が置いてあるくらいである。

 行軍の荷物運びなどの肉体労働をする苦力にとって、阿片は何よりの興奮剤である。常習になると、仕事途中、何度か突然グッタリきて「休憩して一服やらせてくれ」とせがむ。一服やると元通り元気百倍で仕事に戻る。

 量にもよるが、数ヶ月から数年で顔色が悪くなる。食欲がなくなり、阿片以外は口にしなくなる。

 未加工の阿片が圧倒的だが、精製された薬物も増えている。上海の国際租界でも、ヘロインやコカイン等の委託販売が時折摘発されている。隣のフランス租界では治療目的以外の薬物販売は禁じられているが、大量に持ちこまれている。理由は二つ、中国人の要望と外国へ密輸する目的である、しかしこれらは滑稽極まりない。当局の許可の下、あるいは強制のもと大々的に栽培され、全土がケシ漬けとなっている。国内生産量に比べたら密輸入される薬物はそれこそケシ粒ほどの量でしかない。1931年のジュネーブ会議の前、中国の大臣は次のように述べている。

 この二年間、中国当局は阿片その他の有害薬物の不正取引防止にあらゆる努力を払い、次々新たな規正法を公布してきた。――効果は絶大である。

 確かに新法を次々公布してきたという点では、大臣の言は正しい。しかし、例に漏れず、世界を欺くのが狙いである。公布しただけで執行する気はさらさらない。

 阿片問題が好転するとは到底思えない。しかし本腰を入れて協力体制を整えさえすれば何とかなる。例えば清朝1906年、阿片の製造を毎年一割ずつ10年にわたって削減し、阿片吸引を止めさせる案ができた。この時は、かなりの成果が上がったのである。

236pアモイへの共産党進軍も阿片獲得のため

 大型道路工事の話をよく耳にする。何のための工事かというと阿片輸送のためである。代表的な人物が、ニュースによく出てくる熱河省の頭目、湯玉麟、己の阿片畑である熱河省を、中国と満州国双方から守るため、両国を対抗させ、漁夫の利を占めようとした。また、去年、共産党が福建省アモイ方面へ進出したが、これも「実りの春」を満喫するためであることは誰の目にも明らかであった。その証拠にアモイ近くの泉州まで来てそこに止まったのである。泉州は阿片の集積地である。

 西洋人が行政を採っている都市以外では阿片売買は公然の秘密である。大抵どの町にも堂々とお上の免状を掲げる店がある。ない町でも、役人に賄賂を使ってモグリでやっている店がある。マレーシアや、蘭領東インド(インドネシア)インドでも大問題とまでは言わないし、経済、行政の悩みの種ではあるが、中国よりははるかに許認可や監督が徹底している。

 一方、民間レベルでの運動があり、ポスターを配布している。例えば、中国人のために外国人が建てたYMCAのポスターは、お父さんが阿片に手を出したばっかりにどん底に落ちるという内容だ。

236p解決策はない

 無政府状態では、何をやっても解決できない。――阿片生産は減るどころか増加の一方である。現在の混乱が続く限り、3百万の兵隊を養う現金が必要である。そのためには生産を減少することなく、食物生産用の田畑をケシ畑にするしか道はない。

 阿片漬けといっても、実際に見たことのない人にはわからない。――新聞の編集者に阿片関連の記事を頼まれた。――「中毒患者数は三千万から五千万」とはじいた。驚いた編集者は――数年前まで阿片問題の調査期間で働いた専門家に問い合わせた「タウンゼントさんの三千万から五千万はかなり控えめにみたすうじですね」と答えていた

 彼によれば、――大人ばかりではなく、村中、子供まで吸っている。安いからだ。役人やら私兵やらが根こそぎ持っていかなければ、どんな貧乏人でも手が出せる。そして習慣化すると、後先の見境が付かなくなり、全財産をはたく羽目になる。

 価格であるが、この専門化が調査した頃より、ここ数年は若干上がっている。――中国人の楽しみは阿片くらいしかない。――破滅への道を転げまいとする気力はなきに等しい。

 一方、盗賊団や軍隊に潜り込もうとする者もいる。どちらかに入れば不自由はしない。給料を阿片で支払う部隊もあるくらいだ。貰えなくても強奪できる。戦費の四分の三は阿片で賄われている。よって阿片は多大な貢献をしているのである。

 ――中毒になるほど吸うにはかなりカネが要る。金持ちは少ない。とはいえ、一日に何度か一服しないと収まらない。信頼できる筋の調査では、盗賊団、軍隊に入隊する者の他に、重度の禁断患者が毎年、数十万に上る。

238p阿片の歴史

 「チャイナ・イヤーブック」の編集者のH・G・W・ウッドヘッド氏は中国問題の権威であるが、同紙で調査をしている。――これによれば、18世紀初頭に阿片が持ち込まれた時から悲劇が始まった。交易の主導権をポルトガルが握っていた1729年、初の阿片禁止令が発布される。それから独占権はオランダに移る。1773年、カルカッタのイギリス商人が食指を伸ばし、1781年、東インド会社がオランダから引き継いだ。1790年、イギリス(いわゆる東インド会社だが)は阿片4千箱を中国に持ち込んだ。1800年、阿片禁止令が発行されると東インド会社(英国本土から半独立状態であったが)は阿片貿易から撤退した。それ以降は、主にイギリスの民間の貿易商人が活躍した。英国船がインドから持ち込む阿片が圧倒的であったが、アメリカも阿片をトルコから買い付け、中国に持ち込んでいたようである。

 阿片は禁制品であったが、密輸は止まなかった。そこで1858年、西洋諸国からの圧力で、法と秩序を保つため合法化された。「法と秩序」とはお馴染み定義である。――が、政府には禁止はおろか、規制する力もない。阿片は「小人閑居して不善をなす」といわれるように、中国人の気質にピッタリなのである。

 記録では、北京は阿片の有毒性に気づき、これの撲滅に宸襟を悩ましたようである。ところが、取引が盛んな南部の管理は帝の御心などどこ吹く風、である。今も同じだが、とにかくカネしか頭にない。

 責任の一端は外国にもある。――残念ながら、中国との阿片交易を禁じた国も、持ち込ませない措置を採った国もない。

 ――「西洋諸国が阿片を持ち込まなかったら、阿片地獄になることもなかったであろう」と考えるのは人が好すぎるというものだ。19世紀になるとあらゆる商品が出入りし、中国人も海外に出かけ始めた。遅かれ早かれ阿片にも手を染め、栽培があっという間に広がったであろう。「猫にマタタビ」である。ましてや役人は、都を遠く離れたところで好き放題できるのである。金のなる木を倒すはずがない。

240P阿片は中国人の国民性に合ったもの

 イギリスが持ち込まなくても、いずれ阿片は中国に入っていた。ただ、持ち込まない努力を払わなかったことは残念である。――19世紀の初頭のさまざまな歴史を眺めると、特に商業に関しては自由主義であったことはよくわかる。だから、英米ともに中国へ阿片を持ち込ませない努力をしなかったとしても驚くことではない。今では当たり前の奴隷制度廃止、薬物売買禁止、アザラシ狩り禁止、鳥類保護等の国際委員会は考えられもしなかったのである。阿片取引は当時の時代感覚では大目に見られていた。実行力のある政権がないばかりか、国民は悪癖に、特に阿片のような怠け者が耽る遊びを歓迎するから「病膏肓に入る」。阿片は何百年前からあるが、あんなに熱烈歓迎する国はない。

 毒になるかならないかは、その国の民族性や歴史伝統によるものである。なぜなら古代ギリシャにも阿片はあったし、地中海諸国に阿片が入って数百年になるが、中国人のようにこれに飛びつくことはなかった。中国の阿片熱は、お隣の日本人や、失礼ながら例えばマレーのような中国人より野蛮人に近い人々の、はるかに及ばないものがある。「阿片中毒になったのは外国人が持ち込んだからだ」というが、全くの的外れである。アメリカの禁酒法が守られなかったのはカナダ人やメキシコ人の密輸者のせいだろうか。馬鹿も休み休み言ってもらいたい。

241p阿片戦争の原因は外国人蔑視である

 アメリカの第6代大統領ジョン・クインシー・アダムズは、阿片戦争の最中の1841年の12月、マサチューセッツ歴史学会でこう宣言した。

 ボストン茶会事件を契機にアメリカの独立戦争が始まったが、ボストン港にお茶を投げ捨てたことが真の原因ではないのと同じように、阿片は戦争のきっかけの一つであって、真の理由はほかにある。それは「即頭」(中国式の作法で頭を地面に付けて頓首礼拝する儀式)である。

 手厳しい表現であるが、この即頭問題を抜きにしては中国問題の真実は見抜けない。今も同じである。ここで「即頭」について少しご説明申し上げよう。即頭は目下の者が目上の者に対するお辞儀である。中国人は自分達が上だと考えているから、外国人と見ると誰にでも傲慢な態度に出る。

 19世紀になって外国に散々負かされたが、それ以前は外国人を「走狗」と呼んで見下し、対等の条約を結ぶなどとは思いもよらなかったのである。昔の条約やら正式の公式文書には野蛮人という意味の感じをわざと使っていた。公式文書以外でも「外国犬」と呼んでいた。大昔から、東洋では犬は最も汚い者であり、犬呼ばわりされることは最大の侮辱である。聖書にもラザロという全身おできの乞食が出てくる。このおできを舐めにやってくるのが犬である。「ハゲタカやハイエナの如く死肉を求めてさまよう犬」と外国人を見ていたのである。

 孟子曰く「上の好む所、下必ずこれより甚だし」と、上がこうなら下も見習う。外国人を下に見て、騙し、馬鹿にし、悪逆非道を働くのも無理からぬこと。したがって、大英帝国が起こした阿片戦争までの中国貿易は実に奇妙なものだった。つまり、広東周辺の商人も地方役人も儲かるものだから、せっせと海外貿易に精出していた。ところが、外国人に対する軽蔑、自らを「天に選ばれし民」とする自惚れは抜きがたいものがある。だから、阿片取引承認を始めあらゆる外国人商人と契約を結んでも、守る気はさらさらない。外国人をまともな人間と見ていないからである。「犬め、下がれ。身分も弁えず、畏れ多くも天子様に直訴するとは、無礼者」と言うわけだ。

 ――関連の条約や戦闘経過については大きな図書館へ行けば膨大な資料が並んでいるが、何も知らない高校や大学の歴史の先生が知ったかぶりで書き散らした「通説」である。英国と中国の貿易戦争を検証すると、阿片問題はもちろんあるが、中国人の外国人蔑視が主な原因であることがよくわかる。

 今日でも、傲慢さは中国全土、官民の区別なく見られる。―― 一瞬でも有利に立つとがらっと態度が変わる、等など、傲慢さが顔を覗かせる。なんとよれよれに草臥れた車夫でさえ優越感を持っており、駄賃とチップを貰ってしまえばこっちのものだとばかり、威張っている。誰もが「外国人は中国人をちゃんと話せない」と馬鹿にする。西洋の主要言語を話せたとしても、中国語の複雑な方言をちゃんと話せないと馬鹿にする。

 これだけではない、明白な事実を突きつけられても嘘を言い、言い逃れようとする中国人にしか見られない弱点まで見えてくる。

 19321年のジュネーブ会議で中国の代表はこう述べている。

 「1929年の段階で、特定地域、つまり租界と咀嚼地を除けば、ケシ栽培、阿片吸引の抑制はかなり効果を上げています」。

 栽培可能全域で強制栽培させながら、こう発表したのである。畑という畑にはケシの花がそよ風にそよいでいるのをよそに、「目下、悪の花撲滅に鋭意邁進しておるところでございます」と猫なで声だ。もちろん、外国の国旗が翻る地区には手を出すなどできない。

 実は外国領土となった地域でも阿片は密売されている。お断りしておくが、密売されているとはいっても、撲滅運動がしっかり実施されているのはここだけである。上海の租界でも欲しがる人が多いから、買える店はいくらでもある。もちろん懸命に浄化運動に取り組んでいる。――しかしそれでも租界意外と比べたら雲泥の差がある。外では強制栽培があり、役人が町ごと村ごとに購買割り当てを強制してかわせ、買わなくても代金だけはぶん取るのであるから。

 ――税関はジャンクやサンパンの検査はやらない。阿片はジャンクヤサンパンで運ばれるのに。

244pインドから中国に阿片を運ばないことにしたが・・・

 1906年、何度か交渉した末、イギリスの東インド会社は「中国がケシ栽培を止める」という条件で、中国への阿片輸出を停止することにした。「阿片貿易は中国で1858年から合法化されているのだから、持ち込む権利がある。しかしながら中国当局が阿片貿易を停止したいと切実に願うのであれば、致し方ない、喜んでご協力申し上げよう」というのである。ここからが面白い。「それはそれ、これはこれ」と言うのだ。つまり、いきなり中止すれば、インドの栽培農家が困るだろう。中国の愛好家も不自由するだろう。と言うわけで「削減十ヵ年計画」が導入された。この期間に中国では徐々に阿片を減らし、止めるよう警告できるし、インドでは転作準備ができると言う寸法だ。実施から十年後の1917年には、中国では栽培も吸引もゼロになるはずであった。

 ――1917年、調査に当たった信頼の置ける外国人のみならず、合同調査に当たった調査官も異口同音に、ケシ畑は消し飛んでどこにも見当たらないと報告書を出した。

 さてここに、中国人が中国人たる所以がある。インドの阿片は、同じ阿片でも、味がいいので人気がある。中国産を扱う業者はたまらない。何とか阻止しようとして巡らした策が十年計画である。計画が終わる1917年、生産を中止した後こう宣(のたま)った。「当方は国内の生産を中止した。貴方も輸出を停止されよ」と。これを受けてイギリスは輸出永久禁止法を可決した。さて中国がどう出たか。ご賢察の通りである。高品質のインド産に邪魔されることなく、大々的に製造を再開したのである。

 わざと制御できない無秩序状態を望んでいるとしか思えない。1911年、新王朝を倒した辛亥革命はなんだったのか。阿片の一掃ではなく蔓延であった。辛亥革命後の七年間、混乱ばかりではあったが、阿片戦争でイギリスを追い出し、立派に市場を独り占めしたのは確かである。十ヵ年計画が終了するや否や、元通りにケシの花を咲かせた手腕は見事である。

 契約、条約を守る気持ちは全くない

 ――カネのある中国人は、中国人の性格を知っているから、ボディガードに中国人ではなく、外国人を雇う。

245p阿片撲滅運動の裏で稼ぐ軍と警察

 とにかくおしゃべり好きで、嘘と誠の区別などどこ吹く風、のべつ幕なしに喋りまくる。阿片問題も同様である。1931年のジュネーブ会議での発言を聞こう。

 「上海の国立阿片撲滅協会は全土に支部を置き、違反を積極的に公表しているのであります。税関当局も密輸摘発に全力を挙げております。・・・輸入薬物の総量は、毎年国会で審議されることになっておるのであります」。

 「違反」と言う語にご注目あれ。完璧を期する中国人には「違反」とはごくささやかな傷と言うくらいの意味しか持たないのである。聞いた人は吹き出した。中国にはケシの花が咲き乱れている。しかも忠良なる役人が強制しているのだ。「輸入」という言い回しにもご注目あれ。あたかも「国内生産はゼロで、魔界から手に入れた」とでも言いたげである。

 「密輸摘発」とは聞いて呆れる。確かに陸海軍、警察は総力を挙げて摘発し、大々的にに公表している。ただし口を噤んでいることがある。もう賢明な読者諸兄にはお見通しであろう。摘発後どう処置したか説明がない。ご賢察の如く、相応の罰金を課し、持ち主に返される。あとは堂々と市場に出回る

 ――時には「差し押さえ」もある。もちろん阿片撲滅が目的ではない。罰金を払わないからである。差し抑えられた阿片は法と秩序のもとに売却し、着服する。

 もちろん各国が中国のペテンに引っかかってはいない。――阿片関連の報告書もある。ところが、これが国際会議のおかしなところだが、いくらわかっていても、立ち上がって中国人のスポークスマンに「大嘘つき」というわけにはいかない。――国際会議では遠慮がちに事実関係を述べるより、嘘でも何でも堂々と主張した方が勝ちである。中国人の「はったり」には誰も敵わない。「我が国には阿片のアの字もございません」と宣って平然としている。ケシ畑が住宅地まで迫ってくるのを何千人もの外国人に目撃され、証拠写真が山ほど送りつけられているのに、である。

246p中国が関わる東南アジア阿片事情

 マレー半島や蘭印(オランダ領東インドネシア)では阿片は合法化され、規制もしっかりしている。華僑が多いからである。――蘭印では中国人しか阿片を吸えないそうである。中国人以外に売ることは禁じられていて厳罰に処されるということである。

 シンガポール(人口の7割を華僑が占める)で五、六箇所ほどの阿片窟を見て回った。――政府の規制があっても阿片はなくならないが、中国よりはるかにましである。何しろ、中国では規制どころか役人が奨励しているのであるから。

 ――シンガポールでもどこでも、中国人がいたらケシの花が咲き乱れ政府の規制等どこ吹く風である。

247p強力な権威で撲滅するしかないが・・・

 中国人がその気になったら阿片は撲滅できる。何度か紹介したが、中国人は強力な権威の前には非常に従順である。事実、1907年から1917年まで阿片はなくなったのである。

 以外にも、無学なはずの農民が反対している。中毒患者が出たら一族で支えるのが慣わしである。仕事をしなくなった上に阿片に金をつぎ込まれてはたまったもんじゃない。無理やりケシを植えさせられた上に、お役人の取り立ては。激しさを増すばかりだから、「反対」である。

 誰かが権力を握り、ハゲタカを一掃しなければ解決しない。しかしそんな者が登場する可能性はまずない。――とにもかくにも阿片問題は、アメリカその他の国々を巻き込んでしまっているのである。抜粋完 3につづく

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
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