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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観2オーストラリア・カウラ・日本人捕虜1104人大脱走

2オーストラリア・カウラ・日本人捕虜1104人大脱走

朝日新聞捏造記事で洗脳された兵士入所約4ヵ月後、1944年8月5日午前1時55分カウラの大脱走(COWRA BREAK OUT)の悲劇の幕は斬って落とされた。

 

 「恥を知る者は強し。常に郷党家門の面目を思ひ、愈々奮励して其の期待に答ふべし。生きて虜囚の辱を受けず、死して罪過の汚名を残すこと勿れ」を、陸軍刑法第7章 逃亡ノ罪、陸(第77条)海(第76条)軍刑法、敵二奔「はし(走る・逃亡する)」リタル者ハ死刑又ハ無期ノ懲役又ハ禁錮二処スの逃亡罪と、混同し、呪縛したのだ。

 捕虜(職責を果たしたが捕らわれる。不可抗力)と逃亡罪(職責をまったく果たさず逃亡、又は投降)を混同し、帰国しても死刑になるとつまみ食い読みしてしまったのだ。さらに、日本軍人の捕虜数を一切軍が公表していなかったので、自分たちだけが捕虜なのではないかという自虐心が、戦陣訓のつまみ食い読みであおられ「恥を知る者は強し。常に郷党家門の面目を思ひ、愈々奮励して其の期待に答ふべし」(公)に応えられないことを恥じ、脱走して逃げるのが目的ではなく、自虐し、自損自死が目的の脱走となった。私心(捕虜の辱め)が大脱走の直接の起因ではない。

 

 つまり、戦陣訓を降伏禁止とは誰も思っていなかった。戦陣訓を読み解いた者が一人もおらず、つまみ食い読みし、捕虜(職責を果たしたが捕らわれる。不可抗力)と逃亡罪(職責をまったく果たさず逃亡、又は投降)を混同し、悲劇となった。

 

 降伏禁止で無い陸海軍刑法第三章 辱職の罪(部下の兵士ではなく、司令官個人への罰則)、を見逃していた。

第40条司令官其ノ尽スヘキ所ヲ尽サスシテ敵二降リ又ハ要塞「ようさい(とりで)」ヲ敵二委(まか)シタルトキハ死刑ニ処ス

第41条 司令官野戦ノ時二在リテ隊兵ヲ率イ敵二降リタルトキハ其ノ尽スヘキ所ヲ尽シタル場合ト雖六月以下ノ禁錮二処ス

第42条 司令官敵前二於テ其ノ尽スヘキ所ヲ尽サスシテ隊兵ヲ率イ逃避シタルトキハ死刑二処ス

 昭和20年8月18日付大特命1385号は軍刑法の解除で、戦陣訓の虜囚の辱解除などではない。

 戦陣訓の内容を皆、知らなかったから、つまみ食い読みの間違い〔陸海軍の軍人が空で覚えている軍人勅諭に、義(公)は山嶽よりも重く死は鴻毛よりも軽しと覚悟せよ其「その」操「みさお(定めた意志を固く守ってかえないこと)」を破りて不覚を取り汚名を受くるなかれと述べているのに、私心(捕虜の辱め)で、死ねという矛盾〕に気付かなかったのだ。

 
軍人勅諭にも軍法にも記載無き降伏禁止が、訓に記載は不可能。戦陣訓を読み解いた者が一人でもおれば、皆帰還していた。

 捕虜収容所という異常下におきた事件とはいえ、なんという悲劇だ。カウラの悲劇のすべての原因は朝日新聞捏造記事だ。この朝日新聞捏造記事さえなければ、全員無事に帰還していた。

 

 射殺183名、自殺31名、焼死体12名、その他5名の231名の日本兵、オーストラリア兵4名が犠牲者となった。107人負傷 3人の日本人がそのときに受けた傷がもとで、後に死亡。

 
帰還した870名のうち捕虜を名乗り出たもの300余人で、その内カワラ会を結成したのは一割に満たない80人にすぎない(皆WGIP迎合者で軍や戦陣訓に責任転嫁し、責任逃れ)帰還者のほとんど790人(九割以上)は、つまみ食い読みの間違いに気付き不名誉な行動を恥じて発言無し。

 
ほとばしる名誉を重んじる愛国心「公」が起因の行動だ、そこまで深く国を思い故郷の名誉を重んじ戦った先人の純真、責める子孫など皆無。列強の侵略戦争に斯までして戦へり。

 

 リーダー等が「民間人には絶対に被害を与えてはならない」と厳命し、民間人にはまったく被害がなかった。二人の日本人脱走兵が疲労と空腹から、近在の農家に救いを求めた際、たった一人で家にいたメイ・ウイアー夫人(May Weir)は少しも動ぜす、紅茶とスコーン・パンを与え、駆けつけた警備兵に対し「あの人たちが敵国人であるかどうかは関係ありません。彼らは何日も飲まず食わずだったのだから、同じ人間として、あの人たちに最低限の食糧を与えるのは当然です」と、ウイアー夫人はこたえ、食事が済むまで引渡しを拒否したという。

 40年後に二人はカウラを再訪し、ウイアー家の農場を訪れて、たいへん親切にしてくれた家族に、お礼を述べたことが後日談として伝わっている。日本兵からにじみ出ていたある種の気配が、ウイアー夫人を促したのだろう。

 

 「あの日僕らの命はトイレットペーパーよりも軽かった」と、先人罵倒した日テレ系と中園ミホは、子孫としてあるまじき行為で、子孫とは呼べない。特に当事者の佐藤憲司(87才。中園ミホの伯父、原案提供者)は、国賊だ。解釈の間違いはあったが、名誉(公)を重んじての自死行為は事実だ。その戦友を、「僕らの命はトイレットペーパーよりも軽かった」と茶化し、生存者が死者を冒涜するとは、何たる愚者だ。

 「超大国の侵略者を相手に、名誉を重んじ国を思い、当時の先人はそれほどまで軍民団結し「公」に徹し、資源無き小国日本を護ろうとしていたのだ。その強い思いが
私心(捕虜の辱め)どではなく『常に郷党家門の面目を思ひ、愈々奮励して其の期待に答ふべし』の『公』に応えられないことを恥じ、脱走して逃げるのが目的ではなく、自虐し、自損自死が目的の脱走となった」と、歴史の真実をどうして語れない。あの世での戦友の糾弾は覚悟しておくことだ。

 

 オーストラリアは4名も死亡しているにもかかわらず、日本兵の死者を丁重に葬り、生存者の罪は一切問わず、翌年8月、終戦を迎えると直ちに日本に帰還させている。それは世界各地に抑留された日本兵の本国帰還の中で、最も早かった。同じ兵士として、ある種の、崇高な共感を感じとったからだろう。

 

 生還者870名もいるのに一割に満たないWGIP迎合者カワラ会戦陣訓、日本軍に罪をかぶせ、ぬくぬくと暮らしている80人のWGIP偽善迎合者。そのうちのたった一人、佐藤憲司(87才)偽善者発言を基にした物語だ。全帰還者870名のうちのたった1名(1名/870名)の証言で、ほか869名の帰還者証言は、無視されている。WGIP迎合無き789名の真実の声が隠蔽されている。これは真実ではなく正しく捏造だ。

 「元兵士の証言(極悪日本軍)」で「極悪日本軍対虐げられたかわいそうな兵士や国民」と、ありもしなかった軍と民の対立を捏造。我々はかわいそうな兵士の味方を演じる、NHK等の工作員の輩のお馴染みの手法である。読売新聞、日本TVにもどうやら工作員が巣くったようだ。

 

 NHK朝日毎日等に巣くう、工作員のお馴染みの手法「極悪日本軍対、虐げられたかわいそうな兵士や国民」など無かった。戦後、戦犯追及を恐れたマスコミや、鵜呑み識者が米軍に迎合し、「虜囚の辱=降伏禁止」と捏造、先人冒涜をし続けた捏造報道の嵐の中での、日本人成人のとった行動が下記。

 「終戦から7年後の昭和27(1952)年に日本が独立すると、戦犯釈放運動が全国に広まり、当時の成人のほとんどいってもよいくらいの四千万人もの署名が集り、昭和28年に戦犯の赦免に関する決議が国会で、社会党や共産党まで含めて一人の反対もなく決議された」

 

 ハリー・ゴードンはオーストラリアの作家で、カウラ事件に長い間取り組んできた。

DIE LIKE THE CARP 」(鯉のごとく死ね)Harry Gordon1978年出版「鯉のごとく死ね」というのは、カウラの捕虜の、小城清治が 母親に教えられた言葉で「滝を登る鯉のように勇気を持ち、死ぬときは潔く」という意味からとられ、原題となっている。大脱走(COWRA BREAK OUT)の起因とし著者が原題にした。鯉はまな板に乗せられると、もう身動きしないという意味で。翻訳本題名は「俎上の鯉」 とした。豊田穣訳1979年双葉社。

 「VOYAGE FROM SHAME」(恥辱からの旅立ち)Harry Gordon1994年出版。翻訳本は「生きて虜囚の辱めを受けず」山田真美訳1995年清流出版。(注・マスコミがいかに安易に戦陣訓に結び付けているかがよく分かる。原題「恥辱からの旅立ち」“公”が、翻訳では、WGIP解釈「生きて虜囚の辱めを受けず」“私”となるのだ。内容は推して知るべし山田真美は訳者などではなく、改竄コピペの、著作権侵害者だ。

 「カウラの大脱走」は戦後の日本と同じだ。WGIPでありもしない極悪軍対国民を捏造され、降伏禁止で無い海軍刑法や戦陣訓に白紙の日本人は、戦陣訓を、つまみ食い読みした鵜人識者やマスコミに、瞬く間に洗脳され染まってしまった。後に巣くった反日侮日工作員に、日本精神をずたずたにされながら、64年を経た。日本軍(適者生存自衛軍)冒涜者は自虐史観者などではなく、偽善者史観者。国民の味方を装った工作員である。

 工作員の宣伝など鵜呑みせず、立派な親から授かった頭脳で、
陸海軍刑法や手本の軍人勅諭を読み、戦陣訓を読み解き、二度とカウラの悲劇を繰り返してはならない。同胞よ、二度とカウラの悲劇の、轍を踏むなかれ。

 

 検証などしなくても、手本の軍人勅諭や刑法に記載無き「降伏禁止」が、「訓え」の戦陣訓に存在不可は、現実社会の常識、道理で考えれば分かることだ。今回の放映は、オウム殺戮者や秋葉原殺戮者と同類の、無道理の輩と工作員に、仮想現実界がいかに占領されているかの、証明だ。

 

 食民治主義凶産主義に世界が征服される寸前に、先人はたった一カ国で立ち向かい、食民治主義と独占貿易を破壊、共産を凶産主義と暴露し拡散防止、人種平等共存共栄、人類の新秩序を創造した。これが真の先人の姿である。

 

下記は昭和61年に発見された重光葵の手記である

「・・・昨日迄軍閥の機関であった新聞は、挙げて過去を清算し、掌を翻すが如く占領軍を謳歌し、軍部及び過去の指導者を攻撃し始めた。他人を攻撃し又は誣「し(事実をねじ曲げる)」ゆることは自分を擁護し、自分の責任を軽くするものと早合点した。終戦直後の昨今の状況ほど情けない日本の姿は又とあるまい」

 

 現実界物づくりの捏造はご承知のとおり、即、存亡の危機。仮想現実界はこのように捏造がまかりとおり、しかも日本TV記念番組として多数のスポンサーが賛同しての放映である。捏造必滅の物づくり業界のスポンサーがほとんどだ。なんと物づくり業界のスポンサーも捏造の共犯者なのだ。

 

 63年経てもこのざまだ。なんと情けない日本の姿だ。サミットの席に最初(1975年)から、有色人種日本が、なぜただ一カ国着席しているか、立派な親から授かった自分の頭脳で考えろ。大東亜戦争は、体を筆にし流れる血で書いた人類への、先人の遺書だ。真の子孫なら、決して忘却すること無かれ。 真実史観 


追記

古今東西どこの国にも捕虜奨励の軍隊など皆無!兵士鼓舞の叱咤激励「建て前論」を「軍命と捏造」する思索回路欠落病人スパイ

 
戦陣訓、最も早い間違い解釈か1941(昭和16)年1月8日に、戦陣訓は示達された。開戦は12月8日。

08.9.6.ブログ名「【戦陣訓】生きて虜囚の辱を受けず死して罪過の汚名を残すこと勿れ
「戦陣訓に就いて」桑本崇明・等号、部外秘、陸軍認可済。偕行社記事・第800号・昭和16年4月25日印刷・昭和16年5月5日発行・発行所、財団法人偕行社編集部。このブログ以外には出自無し(09.7.12)。

 陸軍中将桑本崇明が16年3月10日(陸軍記念日)より4日間、ラジオで全国放送したという記事と実物らしき写真。入手過程は記載無し。立派な親から授かった頭脳で自ら考え覚醒したネチズン、付和雷同
愚民は皆無。皆無だが、このブログで洗脳される方がいるかもしれないので、あえて検証を追記した。(09.7.12)

六、死生観責任感 桑木崇明 

「・・・遺骨の帰らざるは可なり。然れども俘虜となるは不可なり。本訓に『生きて虜囚の辱を受けず死して罪過の汚名を残すこと勿れ』とあり、近代戦に於いては、諜報又は空中捜索等に得たる情報を確かむるが為、俘虜の獲得を重視し斥候歩哨を襲ひ、或いは此の目的のみを持って局部的攻撃を行うこともあり、夜間、黎明、薄暮、濃霧の際等に於いて殊に然り。指揮官以下常に深甚の注意を要す。戦闘間負傷するも決して敵に委せざる如く、特に戦友の犠牲的援助を必要とす。諸外国に於いては万策尽きれば俘虜となる恥をとせざる風なきにあらざるも、皇軍は飽く迄名を惜しみ断じて之を許さず。前上海戦の空閉少佐の自決は、身を以って其の範を示せるものと云うべし・・・」

 修養講座なので兵士鼓舞建前訓(選手壮行会の叱咤激励論と同じ)になる。日中戦争の最中、俘虜奨励(選手に負けろ)を放送する馬鹿などいない、「俘虜断じて之を許さず」と、叱咤激励兵士鼓舞建前論(軍法ではなく努力目標)の訓話は当然である。

 俘虜となること禁止は軍人勅諭や軍法にも無い(建前、目標なので当然である)ので、嬉々として飛びつき、俘虜の中身(敵)を日本兵と早とちり、関連付けした。

 この最も早い間違い解釈は、いつもの軍隊お決まりの建前論訓話(兵士の目標)の一つとして、聞いただけである。

 俘虜不許可は兵士の建前で、古今東西万国共通の常識。俘虜奨励の軍など史上皆無。

 
放送は一瞬でラジオの普及率も低い、二年後の朝日捏造報道まで、流布は無かった。先述のカウラの日本兵は自決などせず俘虜となり、それまでは皆平和な俘虜生活だった事が証拠の一例である。

 摘み食いして部分引用したため、「公」を訓える主旨から外れ、主語を忘れ、虜囚=俘虜(敵に捕まえられた日本兵)となった。戦陣訓の主語は日本、日本に捕まった「生きて虜囚(囚人と俘虜)の辱」である。

 虜囚俘虜(とらわれ者)は含まれるがこの俘虜は、日本にとらわれで、敵にとらわれた日本兵ではない。

 上記のように当時のとりこの通名は、現代の捕虜ではなく俘虜が軍隊常用語。敵のとりこの意なら虜囚に非ず、俘虜となるを用い、「生きて俘虜となる辱」が当然である。「軍紀違反(囚人)するな!」と立派な訓なので、ウィキや犯日がしつこく資料開示のように、あらゆる手段で啓蒙宣伝された。

追記09.11.16.

戦陣訓解釋”検索で2件のみヒットの希少資料同一人開示の快挙は上記の次ページ。著者・眞鍋喜三郎・駸々堂・昭和16年3月30日・定価15銭。虜囚=とらわれ・捕虜。「生前敵のとりことなると言うような、辱を受ける事なく」とある。「陸軍省報道部」とあり、民間市販本。ウィキ、軍発行と捏造。

 
軍人勅諭丸暗記の皇軍には、叱咤激励建前訓としての記憶あるのみ。虜囚は囚人、カウラの始めや、自決せずの帰還が証拠

 「敵のとりこではなく軍法違反の囚人」と間違いに気付いても絶体絶命の戦時下(前門の虎ソ中凶産と、後門の狼欧米宗主国列強に挟み撃ち)、腰抜けと非難は明白、叱咤激励建前訓なので誰も言上しなかった。日本がそれだけ追い詰められていた証しである。思索回路がある真の日本人子孫の、これが、常識論!

 「軍命と非難」は子孫に非ずのつまみ食いスパイ論で、非難者の、自分は欠陥病人かスパイであるとの、白状論!

 元NHKの
志村 建世のブログ摘み食い開示者リンク。ご主人様の命令が絶対だった賎民の、名残か?犯日は建前が理解不能で、戦陣訓を侮蔑の旗としてしつこく掲げる。命令で李朝賎民のように死ぬ、日本人など皆無。正体白状、上記ブログで犯日展開中。元凶定説閔妃さえも、必死に捏造しマスコミや罪日を扇動、祭り上げる韓国は、子孫の原点。

 愚弄は子孫に非ず。摘み食いし、建前を最重要に祭り上げ、金儲けで騒いだのはマスコミのみ。主語無視の上記も、同類。さらに戦後は建前の訓を軍命令と捏造、戦陣訓で殺されたと扇情し軍を罵倒。仮想界正体、拝金幇間界

 起案責任者今村均将軍を筆頭に、敗残の将皆語らず。選択肢無く、先憂後楽ゆえの蜂起、そして敗戦、語りたくても語れなかった無念を語り、晴らすのが子孫たるゆえん罵倒はニセ子孫自白。

陸軍刑法 海軍刑法 

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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