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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観戦わざればソ中凶産や英米仏蘭の餌食で日本国は消滅していた!

2戦わざればソ中凶産英米仏蘭餌食日本国は消滅していた
「特攻隊生みの親」大西瀧治郎中将
 特攻は大西がマニラに着任する前から、海軍内で検討されてきており、様々な特攻兵器も開発され、大西が発案者ではない。しかし、武人・大西瀧治郎中将は、一切の責任を一身に負い、1945年8月16日未明、渋谷区南平台の軍令部次長官舎において、日本の敗戦を見とどけると、「特攻隊の英霊に曰す」で始まる遺書を遺して腹を十字にかき切り、割腹自決。自決に際しては敢えて介錯を付けず、また「生き残るようにしてくれるな。おれはできるだけ長く苦しんで死ぬんだ」と医者の手当てを受ける事すら拒み「自分が送り出した部下たちへの責任を取り詫びる」と言って、夜半から未明にかけて約20時間、詫びながら苦しみ続けて、この世を去った。行年(54歳)。
遺書 

八月十六日0245 自刃ス
特攻隊の英霊に曰「のたまわ(申し上げる)」す。善く戦いたり、深謝「しんしゃ(深く感謝する)」す。最後の勝利を信じつつ肉弾として散華せり。然れ共「しかれども(しかしながら)」其の信念は遂に達成し得ざるに至れり。吾死を以て旧部下の英霊と其の遺族に謝せんとす。

次に一般青壮年に告ぐ。我が死にして軽挙「けいきょ(軽々しい行動)」は利敵行為(敵の利益)なるを思い、聖旨「せいし(天子のおぼしめし)」に副(そ)い奉(たてまつ)り、自重忍苦「じちょうにんく(苦しみを忍び軽々しい行動はしない)」するの戒(いましめ)とならば幸なり。隠忍「いんにん(がまん)」するとも日本人たるの矜持「きょうじ(誇り)」を失うなかれ。諸子「しょし(諸君)」は国の宝なり。平時「へいじ(平和な時)」に処し、猶「ゆう(ためらう事)」を克「よ(克服し)」く特攻精神を堅持し、日本民族の福祉と世界人類の和平の為、最善を尽(つく)せよ。

瀧治郎より淑恵殿へ
一、家系其の他家事一切は、淑恵の所信に一任す。淑恵を全幅信頼するものなるを以て、近親者は同人の意志を尊重するを要す。
二、安逸「あんいつ(何もしないで遊び暮す)」を貪(むさぼ)ることなく世の為人の為につくし天寿を全うせよ。
三、大西本家との親睦を持続せよ。但し必ずしも大西の家系より後継者を入るるの要なし。

之でよし百万年の仮寝かな                     大西瀧治郎(1945/08/16)

大西瀧治郎のことば
  特攻は統率「とうそつ(多くの人をまとめて率いること)」の外道である
  わが声価は棺を覆うて定まらず、百年ののち、また知己「ちき(自分の心をよく知っている人)」なからんとす
  「すがすがし 爆風のあとの 月清し」(辞世句)

 出撃命令を発した時点より、大西瀧治郎に、生の選択はなかった。

 古今東西他国に、このような人々はいたか。否である。日本にも他国同様の、確かに非難される人々は存在する。しかし、微微たる人だ。微微たる人を針小棒大に取り上げ先人罵倒する、森を見ず木だけを見ての輩がいる。半人前の輩だ。すべてを背負い自刃した人も、罵られながら生きて、戦後の復興に貢献した人も、どちらも戦後の礎となったことは間違いの無い事実だ。このような人々のおかげで日本は奇跡ともいえる復興を成し遂げられた。感謝以外の言葉など有るはずが無い。

氷雪の門・九人の電話交換手  ポツダム宣言を受諾して戦争は終結したにも関わらず、終戦の5日後ソ連軍は樺太の国境線を越えて南下を続けていました。8月20日には、樺太南端の真岡市に上陸して街を蹂躙しました。回線が切断される直前の悲痛な電話、「これが最後です。さようなら、さようなら」を最後に、9人の乙女達は青酸カリを飲んで自決したのです。最期の通信は、責任者であった可香谷(よしがだに)シゲからの無線でした。「ワレニンムヲオエリ。サヨウナラ。サヨウナラ。サヨウナ・・ラ」彼女は服毒後、最後の力を振り絞ってキーを叩いたようです。この九人の乙女の犠牲によって、真岡市に結集していた日本軍は殆ど無傷で樺太から撤退したといわれています。殉職された方々は、次の9名ですがいずれも独身であったそうです。

可香谷シゲ 23才(主事補、現在の主任)

  高石ミキ 24才    吉田八重子21才

  渡辺照 17才    高城淑子19才

  松崎みどり 17才  伊藤千枝22才

  沢田きみ 18才    志賀晴代22才

ソ連軍の侵略は、「ポツダム宣言」を受諾する旨を天皇が全軍、全国民に対して通告した5日後のことです。

勝者なら何をしてもよいのでしょうか?   氷雪の門より

 サイパン沖縄と同じ自裁で、明日無き戦国時代の人生観、平和の御世の傍観論は愚論!

 TPP論争に欠けているもの。生命体はおしなべて衣食住ではなく、食衣住。世界が食糧危機に陥った場合、自国優先は当然で、輸出せずは当たり前、余してもいいから、食料確保自給自足は国の根幹。

 日清日露大東亜戦争は、露西亜、凶産ソ連中国、列強食民治主義の、ブロック経済を破壊、食糧確保し生存するのための、適者生存戦争であった。

 時代対処のため戦国の世に開国し、自給自足(江戸初期1600年1227万人で、121年後の1721年3128万人に倍増したが、以後は、125年間江戸末まで横ばいで、1846年3230万人。つまり、これが、当時の日本の、自給自足限界人口)から輸入加工輸出国に転換、85年で人口倍増(昭和6年1931年6500万人なので、自給自足に後戻りは、二人の内一人が餓死者)。迫る清国とその属国朝鮮、南下する露西亜、そして凶産ソ連と食民治主義連合、そして更に巨大化した黄禍論白人連合との対峙と、まさに未曾有の時代であった。先人はこの死活(負ければ二人の内一人が餓死者)の時代を、一丸で命を懸け、子孫に禍根を残さずと、日清日露大東亜、すべて先憂後楽で対処した。資源無き小国、援軍のあて無き籠城や後手は確実な餓死。全て先手、外地戦は、古今東西小国戦法の、定法である!

 マッカーサー証言「1951年5月3日・彼らが戦争を始めた目的は、大部分が護国(by security)のためだったのです」は、このことを看破した、証言なのだ。ベンブルース等、弁護人の弁護も同類である。

前掲 『特攻 最後の証言』より抜粋

鈴木英男海軍大尉「桜花」第七二一空桜花隊

このままでは三途の川を渡れない

強制ではない、志願だった。

――志願された時の心境をお聞かせください。

 鈴木「敵がそこまで攻めてきている。ここで防がなければいけない。防ぐと言ったって、戦局を一挙に覆すことは出来ないわけですから、我々の考えとしては、敵に打撃を与えようと。こんな打撃を受けるのなら、いいかげんもう戦争を止めたいと、敵をしてそういう心境に持っていかせれば大成功と言う気持ちがありました。要は早く講和をしてもらいたい。自分の命に代えて、(壊滅的な)被害を受ける前にできるだけ有利な形で講和を持ち込めたらと言う思いでした。

引き裂かれた日本人

 鈴木「今の時代、とても残念に思うのはアメリカが占領して進駐してきたと。アメリカとしては、日本という国が怖かったから、2度と戦争させちゃいけないということで、日本を骨抜きにしようというのが彼らの占領政策だったわけですよ。我々が復員してラジオ聞いても『真相はこうだ』とか『真相箱』とかいう放送を毎日やってました。これで洗脳する。大本営が嘘八百の発表をしたのと同じように、アメリカも嘘で固めた作り話で日本人を洗脳し始めたんです。この野朗!と思ったけど、世の中にはいろいろな人間がいて、アメリカの宣伝部が来ても、いろいろと彼らに迎合していけばいい格好になると考える人もいたわけです。阿片戦争にしてもイギリス軍が上陸して来たとき、人民は競って荷役をして金を貰い、それでイギリス軍はどんどん奥地に入って行った実績がある。自分の欲望のために隷属していく人間がいたことを今になって考えると、戦争が終わって骨のある人たちが虚脱状態になったということですね。今まで頑張ってきただけに反動で落ち込んだ。もう何をするのも嫌だと。そこにつけ込む形で尻尾を振る連中が、『俺は戦争に反対していた』とか『俺は戦争が嫌だった』とか、『やるべきじゃなかった』などと言い出して。戦争に協力したヤツはけしからんと。我々は反対したんだと。吊し上げを始めた。例えば、画家の藤田嗣治なんて、従軍画家だったことを吊し上げられて、もう日本には帰らないと宣言してパリに行ってしまった。この一つをとってもわかるように、あのとき(終戦)に日本人が引き裂かれたんだな。戦争に負けて一切が嫌になった人たちと、戦争に負けたんだから、ここぞとばかりに占領軍に迎合して、いい思いをしようとするオポチュニスト(日和見主義者)たちとに」

――最後に若い人たちに伝えたいメッセージをお願いします。

 鈴木「いろいろありますが・・・とにかく教育が骨抜きにされていますね。おまけに付和雷同したおかしな政治家が、国を愛するなんていうのはとんでもないなどと平気で発言する。普通そんなことは通らないことです。愛国心をしっかり持って欲しい。愛国心がどこから出てくるのかといえば、自分の家族を大事にし、郷土を大事にし、日本の文化を大事にする、その先に象徴である日の丸の旗も大事にすると。その愛国心を持たなければいけないのに、その教育ができていない。むしろ愛国心を持つと戦争を起こすなんて馬鹿なことを言ってる。中国にあんなこと言われても、中国の言う通りにしようだって。土下座外交、媚中外交していることに気がつかないのかと言いたい。そういう世の中において、やはり若い人たちに良く見てもらって、これじゃいかんぜと、一人一人が国を愛することから始めて欲しいな。そして何でもいいから社会に奉仕しようと心がけて欲しい」

――若い人も、中国の反日が政治的であると気づき始めた人もいるようですが。

 鈴木「そうですね。まあ、でも、あなたたちのような人が、俺なんかの話を聞きに来てくれるのも、少しは世の中が変わりつつあるのかもしれない。そうだとありがたいけどね。この間、TVのインタビューでこう答えたんだよ。『今のような世の中だったらね、俺が死んで三途の川渡ったときに、戦友になんと言ったらいいか言葉がない』と。先に逝った連中に『お前、娑婆で何やっとったか』と言われるよ。まあ、でも、ひょっとしたら、もう少し時間がたったらね、反動で少しは(世の中が)良くなってくれるんじゃないかとね、期待はしているよ。それには、俺は長生きしなきゃな。長生きしてね、もう少し(戦友に)報告できるとっかかりができた後に三途の川を渡りたいもんだよ。そんなところだな」

抜粋終了

 子孫のため先人は時代に対応した衣を纏い、私を捨て公に殉じ一丸と化し、数十倍の侵略者と三度戦い、三度目に全世界の征服主義者とたった1ヵ国の戦い、自由希求の戦いを挑んだ。特攻隊は敗色濃厚のなか、己の生死と護国の精神を昇華し、悟り、軍艦に突撃し果て、護国に徹した日本精神を最後に残したのだ。精神を鎮め、そして昇華し、悟ったその精神が、静かで穏やかだ。そこには自分の運命に対する恨み辛みも、また敵国に対する憎しみもない。ただひたすらに祖国を憂える貴い熱情と、愛する者の幸せを願うという純粋無比な気持ちだけが、そこにはある。静かなだけに、感動だけが残る。

 
先人が残した死しても護国の日本精神は、アジアの人々の琴線をかき鳴らし覚醒させ、独立に拍車をかけ、アジアは皆独立し、戦後の日本の復興に多大な協力を惜しまなかった。鵜人の撒き散らす自虐史観の嵐の中で、日本人探究者は、日本精神を真正面から受け止めて再び一丸と化し、より良い国作りに励みアジア同胞と共に復興した。日本精神は、戦いに敗れても、再び日本の礎となった。戦後、アジアやアフリカや世界の同胞は、南北アメリカの轍を踏まなかった。侵略者に虐げられし世界の同胞は、護国の真髄を見た。侵略者も同様に護国の真髄を見た。人類が、護国の真髄を見たのだ。轍を踏まなかった起因は正に、ここにある。
 かくして、日本精神護国の真髄は、開闢以来延々と続いた侵略と差別の弱肉強食の本能の歴史を破壊し、共存共栄と平等に基づく新たな人類の歴史「植民地独立付与宣言(1960年)」を、世界に創造した。戦後の平和の起因も、正しくここにある。

特攻隊員と呼応する昭和16(1941)年9月6日御前会議での首脳の言葉

○永野修身NAGANO Osami)・開戦時の軍令部総長 昭和16(1941)年9月6日。下記の言葉は、国の存亡に対し、護国の日本精神を吐露して、あり余るものがある。善悪史観者が唱える、侵略などという余裕のある思いは、微塵も無く、そこにはただ子孫へのあふれる思いだけがある。玉砕部隊や神風特攻隊や特攻隊の壮絶な心根が、読むだけで伝わる。この日本精神が、今の日本の礎となった。これからもそうあり続けるだろう。けだし名言だ。日清日露大東亜、戦国時代の小国日本、適者生存唯一の術、先人すべてのほとばしる総意が、この言葉を残したのだろう。

 「戦わざれば亡国、戦うもまた亡国であれば、戦わずしての亡国は身も心も民族永遠の亡国である。戦って死中に活を見いだし護国の精神に徹するならば、たとい戦い勝たずとも、護国(祖父母、父母妻子、ふるさとを守る)に徹した日本精神さえ残せば、我らの子孫はかならずや再起、三起するであろう」

真実史観意訳

 太平洋戦争の道 角田順・これだけは伝えたい武士道の心 名越二荒之助・人物抄伝太平洋の群像2永野修身 亀井弘等、大同小異資料なので、大意を踏まえ簡略に意訳し、解説を加えた。資料は、出席者の聞き書き寄せ集めではないか?

戦わざれば亡国、
 戦国時代である。中国、南京、満州、朝鮮は、英米仏蘭ソの争奪戦場となり分割。日本も、再度の資源封鎖で壊滅し、分割資源なき小国日本は、再び包囲されて餓死か、降伏して奴隷ドイツは英仏のWW1停戦約束不履行で、80万人以上の餓死者(ほとんどが老人女子供)となった(WW2起因)。弱肉強食時代の戦わずは、無条件降伏で、奪われても犯されても殺されても従うこと。(終戦時の韓国、ソ連の侵略を想起せよ・・・あれが現実の世界だ)。ハルノートによる戦わずの降伏は、台湾朝鮮満州南京汪兆銘への裏切り、未来永劫子孫の汚名となり、選択は不可。ソ中凶産合体阻止防共戦争日本が、敗戦で撤退するや否や即座にソ中凶産合体し、南京満州朝鮮と攻め入ったのが、厳然たる証拠である!戦わざれば、ソ中凶産や英米仏蘭餌食で、日本国は消滅していた!

戦うもまた亡国
 世界の超大国米英仏蘭中ソが相手では、必滅

であれば、戦わずしての亡国は身も心も民族永遠の亡国である。
 不屈の抵抗の歴史を子孫に残し、国名が消滅してもポーランドは復活した。抵抗もせず降伏すれば、屈辱、屈伏の歴史は隠蔽され、抵抗の歴史は無きものと成る。さらに、征服者に洗脳され愚民化された抵抗の歴史無き子孫は、二度と立ち上がることなどなく、日本は消え、食民治と化し、正に、日本民族永遠の亡国となる。(南北アメリカの先住民族、・・・あれが現実の世界だ)

戦って死中に活を見いだし
 戦うもまた亡国かもしれないが、戦って一縷の望みに挑戦し、資源封鎖で絶えず迫る、独占貿易の宗主国を、アジアから永遠に排除しなければ、資源無き小国日本の、未来は無い。独占貿易の食民治主義共産主義と戦い、アジアから追放すれば、一縷の望み(自由貿易を旗印に団結、大東亜共栄圏を成し、対峙)が生まれる。たとえ敗れても、大東亜共栄圏が覚醒し独立すれば、独占貿易は破壊され、自由貿易の世となり、資源無き小国日本に、一縷の望み生まれる。敗れても、同胞が覚醒し追随するような、

護国の精神に徹するならば、
 勝者に隠蔽されないような、子孫を守るための必死な姿、生きざま、戦いざま、死にざまさえ残せば

たとい戦い勝たずとも、護国(祖父母、父母妻子、ふるさとを守る)に徹した日本精神さえ残せば、我らの子孫はかならずや再起、三起するであろう。
 たとえ占領され食民治にされ征服者に愚民化されても、残した挑戦の心や生きざま、戦いざま、死にざまを想起し、必ずや子孫は覚醒し、再び独立し、日本は復活する。我々はただの戦いではなく、子孫が必ずや想起し、覚醒復活するような、勝者に隠蔽されない、史上比類なき戦いを、残す。子孫のために。

 永野修身個人の発言だけではなく、出席者全員のほとばしる総意が集まり成したのだろう、大同小異の資料が物語っている。子孫へのほとばしるおもい「最適者生存」は深く重い。当事の指導者、苦渋の決断が滲んだ言葉だ。・・・ここには侵略者の影など微塵もない。あるのは、子孫への思い、適者生存、唯一つ

 日本開国当時、独立国は日本タイ(英仏の緩衝独立国)のみ!これで一般常識人完全氷解し、職責者文系授の「善悪史観」など、論外となる。

太平洋(白色対有色)戦争
 前門の敵(ソ中凶産主義傀儡毛沢東と欧米列強食民治主義傀儡蒋介石)と交戦(反共戦争)中に、後門の敵(食民治主義の欧米列強)が宣戦布告(ABCD通牒)し、日本(最後の有色人独立国)壊滅を謀った、白人による有色人国家殲滅戦争!

大東亜(有色人自存自衛蜂起)戦争
日本の自存自衛戦争!

フィリピンで神風特別攻撃隊の編成された翌日、戦闘機の整備兵の友人に語った言葉。 真実はどこに・・・
 ・・・『もう戦争は続けるべきではない』しかし、敵を追い落とすことができれば、七分三分の講和ができるだろう。アメリカを本土に迎えた場合、恐ろしい国である。歴史に見るインディアンやハワイ民族のように闘魂のある者は次々個々撃破され、日本民族の再興の機会は永久に失われてしまうだろう。このために特攻を行ってでもフィリピンを最後の戦場にしなければならない。しかしこれは、九分九厘成功の見込みはない、では何故見込みのないのにこのような強行をするのか。

 ここに信じてよいことがある。いかなる形の講和になろうとも、日本民族が将に亡びんとする時に当たって、身をもってこれを防いだ若者たちがいたという歴史の残る限り、五百年後、千年後の世に必ずや、日本民族は再興するであろう

大空に雲は行き雲は流れり、すべての人よさらば、後を頼む、征って参ります。
人は一度は死するもの、微笑んで往きます、出撃の日もそして永遠に。
イッテマイリマス ノチノニホンニ エイコウアレ

 古来からの日本は分断もされず、かつ、日本の障害(有色人差別・ブロック経済・戦国時代=開闢以来の人類の悪弊弱肉強食)は、覚醒継承した同胞により破壊され、新秩序、植民地独立付与宣言は1960年成し遂げられ、日本の戦争目的(互恵・平等・ブロック経済破壊は完遂した。特攻は、連合国をも英断へいざない、人類の遺書へと昇華した!これは、厳然たる事実だ!

 自己犠牲特攻なかりせば、覚醒追随する同胞、連合国の英断、有りや無しや!

 身体を筆にし、血潮と汗と涙で描いた人類への遺書!特攻!

 日本は人事を尽くして人類後継に天命を迫った。人類は覚醒し、応えた

 敗戦記念日などではない!8月15日は、人類の終戦記念日である!


亡国の起因冤罪史観破壊!子孫へ遺す真実史観蜂起日本適者生存史目次へ

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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