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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観5東條英機真実ポツダム宣言は有条件降伏自殺捏造直前の写真と偽遺書

 「ポツダム宣言」は「日本国」の無条件降伏を規定していると思っている人がいるが、そうではない。宣言13項による「日本国軍隊」の無条件降伏であって、「日本国」の無条件降伏ではない。「ポツダム宣言」が要求しているのは『日本国軍隊』の無条件降伏で、日本の政府でも国民でもない。日本は「ポツダム宣言」の諸条件のもとに降伏したのであって、日本の「主権」まで占領軍に差し出したわけではない。ちなみにドイツは、日本(政府は存在し、責任者は皆逃亡せず)とは異なり、責任者は皆逃亡し、無政府と成ったため無条件降伏をした。結果、東西に分断された。

 有条件降伏であったが、占領後、アメリカは、日本人に対し、日本の降伏を「無条件降伏」であるかのように振舞った。占領政策は、一切条件交渉をすることのできない命令であり、連合軍最高司令官マッカーサーは全能の権力を持つかのようにマスコミを使い洗脳教育をした。日本が無条件降伏したと同然の状態に置かれ憲法改正を迫られ、改正案を拒否され結局日本は、GHQが1週間ほどでつくった憲法を押し付けられた。教科書、辞書、事典は洗脳され捏造され、戦後63年を経てもいまだに、無条件降伏と記載されている。咀嚼せず知識鵜呑みのマスコミが、今年も無条件降伏を叫び続けている。未だ日本に、戦後は訪れていない。

1945年8月15日国内にポツダム宣言受諾を公表、終戦。玉音放送 (終戦の詔勅)(注・敗戦の詔勅ではない)

 

終戦の詔勅(玉音放送)(1945.8.15正午)原文は815文字 真実史観意訳

 

私は深く世界の大勢と帝国の現状とをかんがみ、非常の措置をもって時局を収拾せんと欲し、ここに忠良なる汝国民に告ぐ。

私は帝国政府をして米英支蘇四国に対し、其の共同宣言を受諾する宗を通知せしめたり。

そもそも帝国国民の安泰をはかり万国共榮の楽を共にするは、天皇歴代の祖先の遺訓にして私もいつも心がけている事である。

先に米英二国に宣戦せる理由もまた実に、帝国の自存と東亜の安定とを願ってのことで、他国の主権を排し領土を侵すが如きは、もとより私の志にあらず。

しかるに交戦すでに四年を経て、陸海將兵の勇戦、政府関係者の務めに励んでの奉行、一億庶民の奉公、各々最善を尽せるにもかかわらず戦局必ずしも好転せず、世界の大勢、また我に利あらず。

それだけではなく敵はあらたに残虐なる爆弾を使用して、むやみに罪無き人を殺傷し、無残な被害の及ぶところ真に計り知れない。

それでも尚交戦を継続すれば、しまいには、我が民族の滅亡を招きかねず、そして人類の文明をも破壊することになってしまうだろう。

そのような事態を招いたら、いかようにして億兆の人民を守り、天皇歴代の祖先のたましいに謝せんや。これが帝国政府をして共同宣言に応じるに至った私の理由なり。

私は帝国と共に終始東亜の解放に協力した各同盟国に対し、遺憾の意を表せざるを得ず。  

帝国国民にして戦陣に死し、職に殉じ災難に斃(たお)れたる者、及其の遺族に想を致せば、五臓が裂かれる。

更に戦傷を負ひ災禍を蒙(こうむ)り、家業を失いたる者の厚生に至りては、私の深く軫念「しんねん(心配)」するところなり。  

おもうに、今後帝国の受くべき苦難は、いうまでもなく尋常にあらず。

汝国民の断固決戦の本心も、私は善く之を知る。しかれども朕(ちん)は、時運「じうん(時の運命)」の趨「おもむ(速やかに進む)」くところ、堪(た)え難(がた)きを堪(た)え、忍び難(がた)きを忍び、以(もっ)て万世「ばんせい(限りなく続く世)」のために太平「たいへい(平和な世の中)」を開かんと欲す。

私はここに国体を護持し得て忠良なる汝国民の真心を頼りにし、信じ、常に汝国民と共に在り。(注・日本国は無条件降伏ではなく、共同宣言を受諾し、有条件降伏。軍隊だけが無条件降伏

もし、訳も無く感情の赴くままに行動し災いの元を多く作ったり、あるいは同胞を排斥したり、たがいに時局を混乱させ、結果大道を誤り、信義を世界に失うようになったら、私は最もこれを忌み嫌う。

日本国民はすべからく、一つの家族のように日本が団結し子孫に相伝え、硬く日本の不滅を信じ、責任重くして道遠きを思い、総力を將來の建設に傾け、道義心を厚くし、志操「しそう(不変の志)」を硬くし、誓って日本の精華「せいか(すぐれて華やかなこと)」を発揚「はつよう(奮い起こし)」し世界の進運「しんうん(進歩)」に遅れざらんことを期すべし。

汝国民は、私の本意をよく理解し、そのように行動するように。

 

御名「ぎょめい(天皇の名)」御璽「ぎょじ(天皇の印)」

 

昭和二十年八月十四日

1945年8月17日鈴木貫太郎内閣総辞職。東久邇宮 稔彦王内閣。

1945年8月20日ソ連樺太南端の真岡市に上陸。九人の電話交換手殉職。

1945年8月28日連合軍先遣隊、厚木到着 (GHQ設置)

1945年8月30日マッカーサー厚木到着

1945年9月2日降伏文書調印 (全権:重光葵、梅津美治郎/第二次世界大戦終結)

1945年9月3日重光・マッカーサー会談 (軍政中止)

1945年9月10日C CD(民間検閲支隊)放送事前検閲開始

1945年9月11日GHQ、戦争犯罪人逮捕を指令① (東條・東郷ら39人)

1945年9月11日東條英機撃たれる。東條を急襲し日本軍人極悪化作戦開始。東條英機自殺未遂と報道される。

1945年9月19日GHQ、戦争犯罪人逮捕を指令② (小磯・松岡ら11人)

1945年9月19日朝10時15分 天皇とマッカーサーの第一次会談。会談は米国大使館で行われた。天皇が切望した会談であった。

1945年10月9日東久邇宮 稔彦王内閣総辞職。幣原 喜重郎内閣

1945年12月2日GHQ、戦争犯罪人逮捕を指令③ (平沼・広田ら59人)

1945年12月6日GHQ、戦争犯罪人逮捕を指令④ (近衛・木戸ら9人)

1945年12月16日近衛文麿、服毒自殺

1946年1月19日 東京裁判開始

1946年4月29日A級戦犯容疑者28人の起訴状発表

戦犯

項目(級)「平和に対する罪」「() Crimes against Peace」

極東国際軍事裁判所条例の第五条のの以下の定義

 「平和ニ対スル罪即チ、宣戦布告ヲ布告セル又ハ布告セザル侵略戦争、若ハ国際法、条約、協定又ハ誓約ニ違反セル戦争ノ計画、準備、開始、又ハ遂行、若ハ右諸行為ノ何レカヲ達成スル為メノ共通ノ計画又ハ共同謀議ヘノ参加」を犯したとして、極東国際軍事裁判によって)の罪で有罪判決を受け、戦争犯罪人とされた人々を指す。

項目(級)「通例の戦争犯罪」「() Conventional War Crimes」

項目(級)「人道に対する罪」(老若男女無差別殺人)「() Crimes against Humanity」。

 誤解しないでほしいのは、、は単なる分類であり、罪の軽重を指しているわけではない。級ではなく項目で、項目、B項目、C項目、と訳すのが正解迎合識者やマスコミがランク付け訳、に捏造し、加害者極悪日本軍、被害者か弱い国民の対立に捏造した。なんと醜悪な迎合者の輩なのだ。今後は級ではなく項目と呼称しよう。

 

 侵略戦争植民地政策の米英仏蘭ソ中国は、()の罪を犯しているのでA項目(級)戦犯。米英仏蘭ソ中国の()の罪は、隠蔽されて不明。米は、原子爆弾大空襲60万人殺戮で、()の罪を犯しているのでC項目(級)戦犯。同じくソ連もC項目(級)戦犯。これは史上の事実だ。 

 ちなみにBC項目戦犯が主役の「私は貝になりたい」は、自ら戦犯として死刑宣告を受けた加藤哲太郎元陸軍中尉の創作、真実の話ではない。「私は貝になりたい」では、上官の命令に従った2等兵が死刑になるわけですが、実際にはこうした事例は現在の所見つかっていない。2等兵でも、命令に従っただけで死刑宣告を受けた人はいても、後に減刑されている。加藤哲太郎
 

1946年5月3日東京裁判(極東国際軍事裁判)開廷

1948年11月12日東京裁判、A級戦犯25被告に有罪判決。満州事変から大東亜戦争にいたる日本の軍事行動を「侵略戦争」と断定し、被告の多くに「侵略戦争の共同謀議」を認定した。

1948年12月23日(東条英機元首相、板垣征四郎陸軍大将、土肥原賢二陸軍大将、松井石根陸軍大将、木村兵太郎陸軍大将、武藤章陸軍中将、広田弘毅元首相)7人、絞首刑執行。東條英機享年64歳。昭和23年12月23日、皇太子殿下(現在の今上天皇)の誕生日に死刑が執行された。米軍の作業衣のまま処刑され、遺骨は遺族に渡されなかった。遺骨は廃棄されたと言われている。「死刑」が執行されたその場所は、現在、東池袋中央公園となっており慰霊碑が建立されている。

 

開戦前から戦後の総理在職期間 (注・東條 英機総理就任は、開戦までわずか51日前である)

32広田弘毅   昭11. 3. 9~昭12. 2. 2(331日)  外務官僚・文官・A戦犯死刑

33林 銑十郎  昭12. 2. 2~ 昭12. 6. 4(123日)  陸軍軍人

34近衞 文麿  昭12. 6. 4~昭14. 1. 5(581日)支那事変(1937年昭12.7.7.)

35平沼 騏一郎昭14. 1. 5~昭14. 8.30(238日)司法官僚・A戦犯終身刑

36阿部 信行  昭14. 8.30~昭15. 1.116(140日)陸軍軍人

37米内 光政  昭15. 1.16~昭15. 7.22(189日 海軍軍人                                                   

38近衞 文麿  昭15.7.22~昭16.7.18(362日)

39近衞 文麿  昭16.7.18~昭16.10.18(93日)公家華族・貴族院議員・A戦犯自殺・10月ゾルゲ事件が発覚。近衛内閣のブレーン朝日新聞記者(1926~1938)尾崎秀実(ほつみ)がスパイとして逮捕。

40東條 英機       昭16.10.18~昭19(1944年). 7.22(昭16.11.26.ハル・ノート)(1941年昭16.12.8.真珠湾)1944年 サイパン失陥の責任を問われて東條英内閣が総辞職 (1,009日)陸軍軍人・A戦犯死刑

41小磯 國昭       昭19. 7.22~昭20. 4. 7(260日)陸軍軍人・A戦犯終身刑病死軍人

42鈴木 貫太郎     昭20. 4. 7~昭20. 8.17(133日)海軍軍人・(1945年20. 8.15.終戦)

43東久邇宮 稔彦王昭20. 8.17~昭20.10.9 (54日)陸軍軍人・皇族

44幣原 喜重郎   昭20.10. 9~昭21. 5.22 (226日)・貴族院議員

吉田 茂 外務官僚

45第1次 昭21. 5.22~昭22. 5.24(368日)

46芦田 均昭和23(3~10月1948)年   

47第2次 昭23.10.15~昭24. 2. (125日)東條英機(昭23.11.12.死刑判決)(昭23.12.23.で死刑執行)

48第3次 昭24. 2.16~昭27.10.30 (1,353日)(昭25.1950年6.25.朝鮮戦争)(昭25.米国共産党員弾劾)(1951昭和26年4月11日にマッカーサー解任)(1951.53.マッカーサー日本自衛戦争証言)

49第4次 昭27.10.30~昭28. 5.21(204日)

50第5次 昭28.5.21~昭29.12.10(569日)(昭28.1953年7.27.朝鮮戦争休戦)

東条英機自殺について報道や証言からの検証

1945年9月11日、CIC(対敵諜報部)隊員やMP(アメリカ軍憲兵)約20名が戦犯として東条を逮捕するために予告無く到着すると、東条は家の中に閉じこもり、自らの胸を撃って拳銃自殺を図るも失敗。銃弾は心臓の近くを撃ち抜いていたが米軍による手術と手厚い看護を受けて奇跡的に九死に一生を得、助かる。開戦時総大将東條が敵国アメリカに屈し、自殺を図り、敵国アメリカが総大将東條の命を救う。療養中感謝した東條が「米司令官に陣太刀送る」と、占領下で一方的に報道されアメリカが一番喜ぶことを、東條英機がやったというのだ。63年後の現在も、ほとんどの日本人が信じている。検証するまで私も、そう信じていた。果たして事実だったのか報道や証言から検証してみよう。

 

1945〔昭和20〕年9月11日東條大将自決圖る

自殺未遂の前日の10日外人記者の記者会見に応じて東條は、次のような会話をしている。

 ・・・自分は、現在、政治、軍事と完全に無関係である。「敗軍の将、兵を語らず」であるから、そうした問題を語ることはできない、また自分は、今は作物の世話をしている一介の農夫にすぎない、などと語った。

 しかし「あなたは日本の目的が正しかったと思っているのか」と一人の記者に問われて、東条は即座に「私は日本の戦いは正義に立脚していたと固く信じている。アメリカはこうした見解に同意しないと思うが、しかしアメリカの戦いが正義の戦いであったか、それとも日本の戦いが正義であったか、という最後の決断を下すには、時の経過と、公正な第三者を待たねばならないと信じている。私は今度の戦争に責任があった。私は全面的にその責任を負う。しかし、だからといって、そのことから私が戦犯であるということにはならないと信じる。自国が正しいと信じている国家の戦争指導を行うことと、戦犯であることとは別問題である。しかしこれまた、戦勝国の決定することである」と力強くはっきりと答えた。

 ・・・「現在わしは百姓」との心境を述べたのち、「戦争犯罪者については」の質問に、「戦争犯罪者?それは勝者が決定するものだ、日本的解釈だが私は、戦争犯罪者ではない、戦争責任者なのだ」と語っていた。

 

自殺未遂の前日の10日、米国通の前衆議院議員笠井重治と米軍将校二人との会見

・・・ブラインズは、庭の一隅にあるトマト畑に眼をとめ、大将自身が手入れしている畑と聞くと、ほどよく熟したトマト一個を所望してから、第一問をこころみた。笠井が通訳した。

「閣下、マッカーサー将軍をどう思いますか?」

「マッカーサーは、フィリピンで部下を置き去りにして豪州に逃げた。指揮官としてあるまじき行為だ。良い点数はあげられない」

笠井はあわてた。大将の言葉に、率直な感想ではあろうが、占領軍司令官を批判したとあっては、どのような後難がおよばぬとも限らない。笠井は、閣下、まずいですよ、敵将ながらなかなかの人物だぐらいにしておきましょう、と進言した。適当にやれ、と大将はいった。

笠井の通訳にブラインズたちはうなずき、質問を重ねたのち、帰っていった。こうして、ブラインズの「東条会見記」は特ダネとしてAPの通信網をかけめぐり、ソープ准将に東条大将逮捕を準備させた。・・・

自殺未遂の前日の10日。「・・・この日、末の金沢の弟と甥っ子が来て久しぶりに語り合っています・・・」。東条大将身内の方のメール。

『東條英機とその時代』矢次一夫(やつぎ かずお。1899~1983年。浪人政治家。大宅壮一に、昭和最大の怪物と評された)

 二十年九月十一日夜、私は帝国ホテルで重光外相と会っていた。実を言うと、重光と私とは、八月十五日、天皇の終戦に関する勅語放送を聞いたあと、熱海の大観荘で一夜を共にし、彼が東久邇内閣に外相として入閣することが決まったあと、おくれて東京に帰った。重光からは、帰京したら訪ねてくるように、言われていたのだが、帰って見ると、海軍中将大西滝次郎が自決しており、私あての遺言が残されていたので、葬式や何やかやで、重光との約束を果すのがおくれたのである。彼を帝国ホテルの訪ねたのは、外務省大臣官邸が焼けたので、ホテルの一室を執務室にしていたからだが、二人で話しているとき、次官の沢田廉三が慌しく飛び込んで来て、大変だ、東條が自殺した、と言う。私が、自殺は成功したのか、と聞いたのに、いや、まだ詳しいことはわからぬ。しかし、米軍が東條逮捕に向ったので、それがきっかけとなったようだ、とのことであった。

 重光は、それは怪しからぬ、と言い、言語道断のことだ、とも言った。今後戦犯者を逮捕するときは、必ず日本政府を通じて行うよう、話し合いが出来ているにも拘わらず、直接手を下すとは協定違反だ、と怒り、そして重光は立ち上がって、これからマッカーサーを訪ね、抗議をしよう、そして今後二度とこのようなことの起らように、厳重に釘を打っておかねばならぬ、と言い、急いで沢田と共に出て行った。

 

重光葵(しげみつ まもる。1887~1957年)

 外交官。政治家。40代東条、41代小磯、43代東久邇宮(昭20. 8.17~昭20.10.9)内閣の外相。終戦の際、政府代表として降伏文書に調印。A項戦犯として服役、1950(昭和25)年仮釈放。第1~3次鳩山内閣外相として、日ソ国交回復、日本の国連加盟を実現した。

 

『重光手記』重光葵

 ・・・記者は直に之に抗議せしむると共に、自ら横浜に出かけて、サザランド参謀長に会見した。

 戦犯のリストに重臣や現閣員を指定することの不穏当を強く指摘して、其の撤回を求めて、先方は之を納得した。記者は更に、占領軍は直接に行動せず、総て日本政府を通じてやると云ふ約束に拘らず、東条大将を自ら逮捕したのは約束違反である、以後は万事約束通りにして貰ひ度い、日本政府は決して約束に相違することはしない、と申込んだ処、サザランド参謀長は簡単に「あーそうだった。今後は必ず左様する。然し嶋田(繁太郎・元海軍大臣)は間に合わぬ」と応ふ。聞けば嶋田海軍大将は今朝已に逮捕発令になつたとの事であつた。・・・

 ・・・東条大将は前閣僚大麻唯男(元国務大臣)氏を介して、記者に対して「東条は政治上の戦争責任は全部引き受ける。陛下に御迷惑を及し度くなし」と伝言して来た。

 日本は皇室も結局国民と共に浮沈する、又其の覚悟によつて日本は救はるるのであると思つた。

 

『続・重光手記』重光葵

 東条は大麻[唯男]君を通して(八月廿ニ日)記者に伝言して来たことは、(1)戦災者を軍人と均しく靖国神社に合祀すること。(2)自分(東条)は戦争犯罪者となることは飽く迄拒否するも、戦争責任者としては如何なる裁判をも辞せず堂々と所信を披瀝し其の全責任を背負ふべきの二点であった。

 九月十一日彼れは先づ米国新聞記者の訪問を受け、後に米国憲兵に踏み込まれた。暫くとて応接間に閉ぢ籠った後、ピストルの音がした。一発射つたが生命はとりとめた。

 記者は其の報を得て直に横浜鈴木公使をして米側に対して、何故に日本政府を通ぜず直接逮捕に向はしめたりや、而して重態のものを連れ行くは不当なり、と抗議を申入れしめた。マ元帥は重態なれば自宅療養可なりと答へ米軍医を派遣したが、東条は病院車で搬ばれて横浜の病院で敵側の看護を受けて全快して、十月中旬には他の「戦争犯罪人」と共に大森の収容所に移された。

 九月十七日の鈴木公使の報告に依れば、東条は見舞に行つた公使に対し米軍の親切なる看護及マッカーサー及アイヘルベルガー第八軍司令官の病床見舞を感謝し米国の武士道を賞賛して、サラに戦争責任に付いては飽く迄外務大臣の承知して居る通りに処置する旨を述べたとのことである。

 

直前の東條英機

 自宅を包囲した米兵を、笑顔で見物している東條英機。石原都知事が臨場していたかのように貶めて言う、あわてた顔ではない。とても自殺を決意した顔には見えない。たった一人を捕まえるのに、大げさなことだと、微笑んでいるように見える。待ちに待った敵への日本の所信表明チャンス到来「如何なる裁判をも辞せず堂々と所信を披瀝し其の全責任背を負ふべき」に、喜んでいるようにも見える。blog_import_52747cf5e735a.jpg


「一切語るなかれ」岩浪由布子著(東條由布子)読売新聞社

 「ちなみに東條宅にいたのは勝子夫人とお手伝いの一ノ瀬さや、畠山秘書の4人。午前中に二人の友人を送り出した後に米国憲兵がきたので、勝子夫人とお手伝いの一ノ瀬さやは裏口から脱出し、勝子夫人は向かいの鈴木医師宅の軒下にひそみ垣間見ていた」。東条大将身内の方のメール。「・・・祖父と畠山(秘書)玉川警察巡査しか家の中には居なかった・・・」。
 

共同通信社が発見し自殺未遂前日9月10日付の東條英機の遺書と報道した文が語る数多の不備と真実

 

 ・・・9月10日付けで東條は遺書を書いている。・・・最後に、・・・花押、捺印している。・・・ワシントンのアメリカ国立公文書館で、この遺書の原文コピーと英語の訳文があることが、共同通信の編集委員によって発見された。原文の所在は、いまだに不明である。升本喜年「軍人の最期」 光人社 P.32

自殺未遂前日9月10日付けの東條の遺書と呼ばれるものが存在し、ワシントンのアメリカ国立公文書館で、この遺書の原文コピーと英語の訳文があることが、共同通信の編集委員によって発見された。原文の所在は、いまだに不明である。

  この原文コピーを、共同通信が配信、1998年11月30日(平成10年)に中国新聞社(広島県)、熊本日日新聞が報道した。両社に問い合わせたところ、中国新聞社より、「東条元首相の遺書」という特集で98年11月30日に報道したと、即刻回答があり、本日購入した「東条元首相の遺書」コピーが届きました。2007.5.31(この調査は、練馬図書館職員の方にご協力いただきました。ありがとうございました)(更なる検証筆跡確認のため、この報道原文、原文コピー文、英語の訳文を探しています、ご協力願えれば幸いです)。原文コピーは縦書きカタカナ混じり文全文五頁、英文翻訳一頁付きで発見された。中国新聞社の記事には4枚の遺書と英文1枚(判読不明)写真掲載されている。(注・この新聞は中国新聞社(広島県)《読者広報センターのご案内》へメール: dokusha@chugoku-np.co.jpで申し込めば送ってくれます。A3コピー260円、送料80円(東京)、郵便振込み手数料100円、計440円。更に詳しくの方は申し込んでください。また、国立国会図書館で、閲覧やコピーもできます)6につづく⇒ 

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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