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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観6東條英機真実を語る臣英機遺書と署名写真と朝日報道文死体と遺族発言

 逮捕当日、ポール・クラウス少佐らCIA隊員は東條邸玄関外で銃声を聞いて、邸内に駆け込み、東條元首相が自分の胸を撃った32口径コルトと25口径の短銃2丁、白布に包まれた「ハラキリ・ナイフ」と「最後声明」(遺書)を発見、押収した、と1945.9.21.付けCIC秘密文書は述べている。

 遺書の行方について、同(1945年)11月29日付GHQ文書は「歴史的価値があるので、陸軍省に引き渡したい」と記述している。

 ロバート・ビュートーワシントン大名誉教授は著書「東條英機」でこの遺書の英訳文の内容を紹介、日本語の原文は「行方不明」と指摘していた。1998.11.30.4面中国新聞

 

〔〕外原文。原文、日本語表現疑問黒太字印は判読不能個所。

〔〕内検証文。原文、疑問黒太字赤太字訂正。読み()内黒字。意味「」内黒字。()内赤字は加筆。以下検証してみよう。

   遺書            

              臣 英機 〔臣(しん「けらい」)(東條) 英機〕  

一、宏大無辺なる 

〔宏大無辺(広く果てのないこと)なる〕

 

天恩に対し伏してし奉り

〔天恩を賜わり平伏して感謝し奉(たてまつ)(、)

 

皇室の御安泰と国家の隆昌ならんことを謹て祈念し奉る

〔皇室の御安泰と国家の隆昌(りゅうしょう「勢いの盛んなこと」)を謹(つつし)(み)て祈念し奉る(。)

 

二、大東亜戦争も遂に今日の如き不祥結果に陥り

〔二、大東亜戦争も遂に今日のような不祥(ふしょう「不運」)結果となり(、)

 

上辱(宸)襟悩し奉り下一億忠誠の屍を積み尚ほ戦争の目的を達し得ず光輝ある歴史を汚すに至りたる事眞に恐懼に堪へる處にして開戦当時の責任者として深く其の責任を痛感する處にして茲に自決し其の責を痛感する處なり。

〔上(、)(はずかしめ)(、)宸襟(しんきん「天子の心」)乱し奉り(、)(、)一億忠誠の屍を重ね尚戦争の目的を達し得ず光輝ある歴史を汚し、眞に恐懼(きょうく「恐れかしこまること」)に堪へる處にして開戦当時の責任者として深く其の責任を痛感し、(ここ)に自決し(、)其の責を果たすなり。〕

 

之れ亦幾多の大戦に殉る将士及其の遺族に報ゆる途なりと信

(、)幾多の大戦に殉(じゅん)る将士及其の(御)遺族に報ゆる途(みち)なりと信(。)

 

三、御殊遇をりし身を以て敵国の裁断の辱めを受けるは国威を傷け皇恩に報ゆる所以にもあらすと信

〔三、御殊遇(ごしゅぐう「手厚い待遇」)賜わりし身(、)敵国の裁判の辱(はずかし)めを受けるは(、)国威を傷(つ)け皇恩も傷つけることになると信。〕

 

亦帝国国民の精神上にも悪影響を及すものなり。帝国の正しき行為は将来の歴史に依り決するものなりと信ず。勝者の裁判に依り決するものにあらずと信ず。

〔亦帝国国民の心情にも悪影響を及すものなり。帝国の正しき行いは将来の歴史に依り実証されるものなりと信ず。勝者の裁判に依り実証されるものにあらずと信ず。〕

 

敵側引渡の要求に対しては他に自ら途あるべし

〔敵側引渡の要求に対しては(、)他に自ら(の、)途(みち)あるべし(。)

 

四、大東亜戦争戦いは破れたりと雖も其の意義は萬世に照し正しきを信するものにして又神州の精気奪ふこと能わ

〔四、大東亜戦争戦いは破れたりと雖(いえど)(、)其の真義は萬世(ばんせい「長い年月」)に照し(あわせると正義にして又(、)神州(しんしゅう「日本の美称」)の精気(せいき「精神と気力」)奪ふこと能わ。〕

 

皇室巌として輝き在す限り必や民草の忠誠の下に萌皇国興隆期あらん事を信ず

〔皇室(いわお「高く突き出た大きな岩」)として輝き在(おわしま)す限り必や民草(たみくさ「人民」)の忠誠の下に萌皇国興隆期あらん事を信ず(。)

 

五、帝国の前途は今後眞に多難なる○○此の一億国民の努力の下眞に名実共に備はれる國體護持を確保し以て悠久なる帝国の光栄を至らせんことを願て止ま

〔五、帝国の前途は今後眞に多難なる○○べし(、)此の一億国民の努力の下(、)眞に名実共に備はつた國體護持を確保し(、)以て悠久なる帝国の光栄(、)至られんことを願(つ)て止ま(。)

 

茲に遥かに

〔茲(ここ)(て)遥かに〕

 

皇居を拝し天寿の萬歳を祈願し奉る處七生報国以て国運の隆昌を守奉らんことを期す

〔皇居を拝し(、)天寿の萬歳(ばんざい「いつまでも生きること」)を祈願し(、)奉る處也、七生報国(を)(しちしょうほうこく「七たび生まれかわり、国に報いる」)以て(、)国運の隆昌(りゅうしょう「勢いのさかんなこと」)を守奉らんことを期す(。)

 

昭和二十年九月十日

(注・遺書日付が事前通達なく不意に訪問した前日の日付とは、余りにも出来過ぎではないのか)

 

内閣総理大臣前官礼遇〔内閣総理大臣前官礼遇「ぜんかんれいぐう(退官後も在官当時の待遇を与えること)」〕

 

 陸軍大将従二位勲一等功二級   東條英機

               追記 

大東亜諸民族諸君の大東亜解放の為尽されたる協力に対し深く感謝すると共に大東亜戦争も遂に目的を達し得さりし諸君の御多幸を祈念して止まず

〔大東亜各国の大東亜解放の為(、)尽くされた御協力を深く感謝すると共に(、)大東亜戦争目的を達し得ざる深謝(、)大東亜各国の御多幸を祈念して止まず(。)

 

東條英機陸軍大将について はじめに 1998年11月30日4面(平成10年)中国新聞社(広島県)

 

疑問点検証

 

 英文和訳調の文章だ、英語の訳文といわれているのが原文で、自決捏造の台本原本ではないのか。英語の訳文原文を検証すれば、さらに真実が判明する。

 

 遺書のあて先は天皇である。あの時代いくら敗戦とはいえ、臣(家来)の天皇宛の遺書など有り得るのだろうか。また天皇宛の遺書に、臣東條英機ではなく、臣英機と書くものだろうか。

 

 天恩に対しではなく、天恩を賜りではないのか。

 上辱(宸)襟は原文のまま。辱(じょく「恥・屈辱の意味」)辱(はずかしめ)か。(宸)(天子に関する事柄につける語)宸襟(しんきん)が正解。上辱、辱宸、辱襟などの単語は無い。宸(天子に関する事柄につける語)天皇宛の遺書にかっこは不自然。遺書も清書せず下書きのまま残し、臣(しん「けらい」)英機は自殺するものだろうか。

 昭和二十年九月十日は国や天皇の処遇がまだ未決なのだ。「死ぬは易い。しかし敵に堂々と日本の所信を明らかにしなければならぬ」と、戦後は大義の成就だけに生きている東條英機にとって、裁判の場は、日本の所信表明には最高の舞台であった。裁判忌避は有り得ない。全世界に向かっての所信表明、これ以上の舞台は無いのだ。大義を果たしていない東條には、自殺の用意はあったが、決行は、近々のことではなかった。開戦責任が自決の理由とは、いかにも不自然。大東亜戦争 開戦の詔勅、を否定しており、回避不可の自衛戦争の開戦が理由とは、矛盾し過ぎであり得ない。

 遺書日付が、事前通達なく不意に訪問した前日の日付とは、余りにも出来過ぎではないのか。

 天皇宛の遺書に、〔内閣総理大臣前官礼遇「ぜんかんれいぐう(退官後も在官当時の待遇を与えること)」 陸軍大将従二位勲一等功二級   東條英機〕と肩書きを、長々と書くものだろうか。

 天皇宛の遺書に、「追記」などと書くものだろうか。また大東亜共同宣言は、東條英機が手帳「修養録」に記載し、常に軍服の上衣の物入れ(ポケット)に入れて、肌身離さず持ち歩いていた。大東亜共同宣言には、大東亜各国と記載されている。諸君は対等かそれ以下の人々に対して使う。諸民族諸君はLadies and Gentlemenの直訳ではないのか。

 天皇宛の遺書で、判読不能個所、句読点、濁点、送り仮名、かっこ等に不備な点が多々有るのはおかしい。東條英機がこんな不敬をするものだろうか。送り仮名等の不備が際だつ、日本人ならけして間違えない単純なミスが多い。後述の朝日新聞記事のミスと酷似するのだ。内容もミスだらけの報道記事の口頭の遺言と呼応している。共通するのは英文を和文に訳す時の単語の選択ミスと、送り仮名のミスだ。末代までの恥辱となるこんな不敬な遺書を、臣東條英機が書くものだろうか。

 東條英機が自殺を認め無い時の証拠として用いるために、米国が前日日付を記載し、偽造したのではないのか。新聞報道の台本にもし、駄目を押すために東條英機には、見せたかもしれない。その時そんな不敬は誰もしないと反論され、報道せず封印したのではないのか。余りにも不備が多い。こんな不敬文を臣東條英機は書かないだろう。私の簡易的筆跡鑑定では直筆ではなかった。下記で簡易的筆跡鑑定可能。

東條英機の遺書といわれるコピーと、下記の真筆と比べると、署名と一部の右肩上がりが似ているだけで、異なる。署名だけが似ている事が味噌だ。仮説が的中した、まさしく偽書だ。がしかし筆跡鑑定が真実の扉を開く鍵だ。筆跡鑑定が待たれる。http://cb1100f.b10.coreserver.jp/collection_1u.html真筆署名はこちら

 

 blog_import_52747cefae4d2.jpg東條英機の遺書といわれるコピー末尾。筆跡は、太く、重く、不明瞭、判読難儀。署名の下部は花押。 

 修養録(御令息宛東條大将遺書)真筆はこちら。細字で、漢字大きく、カタカナ小さく、明瞭に書かれ、抵抗無く読める。文字にメリハリがあり躍動感がある。

 

 目下の家族への遺言には確かに花押があるが、遺書に花押、捺印するものだろうか。中国新聞社記事では捺印確認できず。しかもこれは、天皇陛下宛の遺書なのだ。捺印の印鑑の真贋は。真実の扉の鍵は筆跡鑑定だ。ただし、「責任は全部自分で負ひ悪者となつて畢(おえ)る考へなりき」と覚悟していたので、米軍と取引後、後日の署名は有り得る。その際は、文意検証が優先。

 

 「敵側引渡の要求に対しては他に自ら途(みち)あるべし」は意味不明で、この文だけ浮いており、遺書には不適切。遺書作成時点では、米軍予告無しの東條抑留は知りえないことだ。呼応した後述の朝日新聞の口頭の遺言でも同様の内容が語られるが、なぜか浮いている。「戦犯者を逮捕するときは、必ず日本政府を通じて行うよう、話し合いが出来ているにも拘わらず、直接手を下すとは協定違反だ」、前述の重光葵証言。直接逮捕の協定違反を知り得たのは、米軍と当日の東条英機の二者。東条英機が当日、逮捕直前に書いたのだろうか、書き足したのだろうか。なぜ米軍が逃亡不可の監視下の東條を、協定違反をしてまで、貶めるように直接逮捕したのだろうか。違反などしなくとも、米軍は楽に逮捕できた。自決の動機、駄目押しのためではないのか。以後この事が、自決の主因となっている。筆跡鑑定が解決する。

 

 ほとんどが英文和訳調の文章だ、英語の訳文といわれているのが原文で、自決捏造の台本原本ではないのか。英語の訳文原文を検証すれば、さらに真実が判明するだろう。

 

私見を述べると、この遺書は自殺捏造の台本だ。新聞報道もこれにより捏造されている。なぜ捏造か。報道しなかったからだ。本物であれば自殺直後に躊躇なく報道していたはずだ。米国が隠蔽する理由は皆無。検証のように天皇陛下宛の遺書等、不備な偽造が多すぎるし、東條も撃たれたと反論しなかったので、封印された。

 

朝日新聞長谷川記者が書いたと言われている東條大将自決報道全文検証

 東條大将の遺言を聞き取り朝日に掲載した長谷川記者は、「科学朝日」の記者で、当日、外国新聞社の東條関連の取材に道案内としてたまたま同行、東條宅を訪問しようとしたとき、この事件に出くわし、特ダネ取材することになったと、言っているのだが、合点がいかない点、余りにも多すぎるのだ。語るに落ちているのだ。(注・事件直後の日本人の証言者はNO1畠山重人秘書、NO2長谷川記者、NO3荏原為明医師だけである。NO1とNO3の立会いは理解できる。生死の境にいる東條大将のあわただしい現場に、無関係なNO2長谷川記者が立会い、重症者にしゃべらせ、聞き書きし報道しているのだ。米軍が立会いを許可したというのか。生死の境にいる現場に、普通は、無関係な長谷川記者は入れるはずなど無いのだ、不自然だ。そして拳銃発射の瞬間を、東條大将以外の日本人は、誰が撃ったか、誰も目撃していない

 

 「は判読不能なので、どなたか縮刷版ではなく、原版でご教示下されば幸いです。赤細字筆者訂正」 1945〔昭和20〕年9月12日付縮刷版『朝日新聞』下半期147頁・練馬区図書館蔵書

日本語表現疑問黒太字。赤字訂正。印(判読不明)。加筆は赤太字。読み()内黒字。句点無し、読点有。以下検証してみよう。

 

一九四五〔昭和二十年〕年九月十二日朝日新聞報道

東條大将自決圖(はか)

きのふ抑留に先立ちを拒否し自邸で

元首相東条英機大将は11日午後4時、東京都世田谷區玉川用賀町の自宅へ同大将連行抑留のため来邸来邸は辞書には無い)来宅した聯合軍側官憲との應接を待たず同20分ピストルにて自決を圖り重体である

勝者の裁判忌避

歴史の批判に裁判を待つ

拳銃で重傷苦痛を忍びに耐え遺言

東条大将が自決をはかつたときたまたま(原文は繰返し記号)本社記者は東条邸を訪れたが訪れていた以下は同記者の目記である

 

東条大将に対してマツクアーサー元帥から捕縛抑留命令が出た十一日の午後二時世田谷區玉川用賀町の東条邸……既に米官憲が到着し窓越しに東条大将を拘引抑留にきた旨(むね)述べてゐた、東条大将は笑つて「只今行きますから暫く(しばらく)待つて下さい」と通訳を通じて挨拶し答へ、窓に錠を下してソファーに腰を下したが、その時、ピストルの(響)内部に室内でえた、米官憲は外から鍵の下りた扉を叩き破り「窓をこはして入れ」などと怒鳴り威赫的に威嚇するように銃を撃ちつつながら室内に入つた、東条大将は(かね)より覚悟していた自決をはかつてゐたのである、椅子にもたれたまま、白の開襟シヤツを着た上から左腹部に拳銃を射ち込みを拳銃で撃ち、すでに息も絶え絶えであつた、午後四時十五分であつた、二十分程の後してから、大将何か言はんとするしたので記者は大将の傍に寄り「何か言ふことがありますか」と問へば聞くと苦し(ここはなぜか一字分空欄となっている。手交された米軍の原文のまま、空欄としたのだろう。記者の独自原稿であれば単純ミスなので、是正されていたはずだ)息の下から次のやうな遺言を洩らした話したのである

 

遺言を終つてから米官憲は附近近所の荏原醫院より醫師を招き呼び手當を施したが、その時の(模)(様)様子では生命はとりとめるやうに見うけられた、米官憲は直ちに東条邸の門を閉し閉じて日本の巡査に警戒をせしめたさせた

 

軍事的抑留を命令

マックアーサー司令部発表=聯合国最高司令官は元首相東條英機大将を即時アメリカ軍の軍事的抑留に附するやう命令した。

 

東條大将の遺言

一発で死に度(た)かつた、時間を要したことをがかかったこと遺憾に思ふが残念だ大東亞戰爭は正しき正義の戰ひであつた、國民と大東亞諸民族各国には寔(まこと)に氣の毒であるなことをした十分自重して大局の處置を誤らぬことを希望する望む戦争責任者の引渡しは日本が全部責任を負ふべきである、日本が復興することは更に眞に困難である……法廷に立ち戰勝者の前裁判を受けるのは希望する望む所でない、(むし)戰勝者の裁判などではなく歴史の正當な批判に裁判を(ま)つ――切腹は考へたが兎(と)もすれば間違ひがある、一思ひに死にたかつた、あとから手を盡手當して生きかへるやうなことをしないでくれ

 

陛下の御多幸を行く末までおりしてどこいつまでも國家の健全な発達を遂げる事ができれば幸ひである、責任者としてるべきことは多々あると思ふが勝者の裁判にかゝりを受けたくない、勝者勝手な裁判を受けて國民處置対処を誤つたら國辱だ――家のことは廣橋(伯爵)にまかせてある、その通りやればよい、家のことは心配ない

 

天皇陛下萬歳、たとえ身は死して滅びても護國の鬼となつて最後を遂げたいのが願念念願である…畠山(秘書)水をくれ…腹を切つて死ぬこと切腹は知つてゐるが、間違つて生き度くない生き返り度くない、責任は果たした、死体からだ引渡したら渡せばよい、俺の死体からだどうなつてどうでもよい、遺族家族には言い渡して言ってある、死体からだ遺族家族引渡さなくともよい、しかし見せ物ではないとマツクアーサーに言つてくれ――

 

 「自決直後苦痛に耐えながら所信を語る東條大将」の見出しでソファーに座り横向きの東條大将らしき判別不能写真掲載。

(注・この写真の見出しは朝日が書いたのだろう。苦痛を忍びのような変な言い回しではなく、苦痛に耐えとなっている。又、上記の内容は遺言とは呼べないので所信を語るとしている。本音の出た見出しとなっている。良心有る者が検閲に抵抗し、真実の扉の鍵として残したのか、ならば、立派だ)

 検証疑問点

一発の言い訳2回。裁判忌避2回。切腹でない言い訳2回。語るに落ちている。これは遺言ではなく内容は、辻褄あわせの弁解だ。

前述の遺書コピー文にも大東亜諸民族と記載され、朝日報道文にも大東亜諸民族と同様の記載だ。また前述の遺書コピー文敵側引渡の要求に対しては他に自ら途(みち)あるべし」。朝日新聞報道「責任者の引渡しは全部責任を負ふべきである」。ここでもこの文だけが同様に浮いており、遺書コピー文と朝日報道文はリンクしていることは明白である。自殺捏造の台本、前述の遺書コピー文とリンクする朝日報道文は、自殺捏造の助長文と考えて間違いはないだろう。

日本人記者の記事であれば検閲があるので、すべて上記の抑留を用いるはずである。ところが自由奔放に、抑留intern)、連行bring in)、捕縛(arrest)、拘引(takein)と、類語を用いている、これはまさしく日本人記者の記事では無い。

死ぬは易い。しかし敵に堂々と日本の所信を明らかにしなければならぬと、大義に殉じ命を投げ出すと公言している東條英機には、裁判は、日本の正義を世界に向けて明確にする、絶好の舞台ではないのか。裁判以上の舞台は無い。その裁判を受けたくないとは、矛盾している。

 

朝日新聞記事荏原醫院よりの醫師診断の様子では「生命はとりとめるやうに見うけられた」。荏原醫院よりの醫師診断は「大將は死ぬだらう」真相箱、荏原醫師証言。記者と醫師が真反対の証言。そして東條家の向かいの鈴木医師ではなく、なぜ荏原醫院なのか。東條英機の主治医鈴木医師を避けた。台本は「生命はとりとめる」で、朝日記者は見ていないと考えれば辻褄が合う。

 

英文和訳の文章だ、ぎごちない、遺言は、話し言葉になっていない。遺言は、息も絶え絶えなのに長文が多すぎる。決定的なのは東條の「死体corpse)」「遺族(survivor)」発言である。東條自身の言葉なら「死体」は「からだ(body)、又は、(body)、我が身」。「遺族」は「家族(family)」が正解。原文corpse、survivoを訳したからこうなった。死体(corpse)」「遺族(survivor)」は東條自身の言葉ではなく、第三者表現を語って、語るに落ちている。こんな間違いだらけの日本文は無い。これは正しく占領軍作成の記事だ。ここでも朝日だ、朝日は根が深い。

 東條自殺捏造駄目押しは、「白の開襟シヤツを着た上から左腹部に拳銃を射ち込み」と記載されていることである。事実は左胸である、左腹部ではない。なぜ間違えたか。台本には心臓に間近な左腹部を撃つまたは刺すとなっていたが、仕損じ、左胸を撃って(刺して)しまったからだ。日本文読解力無き米軍は、捏造報道文を訂正せず、台本のまま朝日新聞長谷川記者に手交した。朝日新聞長谷川記者は、検閲があるので一切触れず、そのまま記事にした。

 東條自殺完遂では、東亜解放の殉教者となってしまうため、心臓に間近な左腹部(stomach) が台本であった。「心臓に間近」を読み違えたか仕損じたか、いずれかで左胸(chest ) を撃った(刺した)。

 

東条将軍逮捕に関する報告米合衆国陸軍中佐P・クラウス

当日二個分隊を率いて東條邸に踏み込んだクラウス中佐の報告。

 東条将軍邸に到着したとき、将軍は窓越しに新聞記者と話していた。本官は、玄関前に部下を配置して、将軍に窓を開けるよう要求した。

 将軍は、逮捕状を持っているか、と質問した。逮捕状ではないが、正式の拘引命令書を持参したと答えると、将軍はその確認を希望した。本官は、邸内で見せるゆえ、ドアを開けるよう重ねて命令した。

 東条将軍は白いシャツ姿であったが、本官の発言が終わると、うなずいて窓をしめた。窓にかぎをかける音が聞えたが、そのあと邸内は静まり、玄関にまわった本官の耳には、近づく足音は聞えなかった。

 午後4時19分、突然、一発の銃声が響いた。本官の横にいた新聞記者が「貴官の獲物は自殺した」と、いった。本官は、直ちに玄関のドアを強制的に開き、邸内に入った。

 東条将軍の居室のドアにもカギがかかっていたが、同様に強制的に開いた。東条将軍は、椅子に腰かけていた。左胸部を撃ったらしく、多量の出血でシャツは赤くぬれていた。本官を認めると、将軍は右手に握った拳銃を向けようとしたが、「撃つな」と本官が制止すると、拳銃を床に落した。

 本官にとって、東条将軍を生きたまま連行することが自分に与えられた使命である。本官は、直ちに東条邸護衛の日本人警官に医師をつれてくることを命じた。現れた日本人医師は、明かに大将がサムライらしく死ぬことを望んでいるらしく、傷口を洗浄する以上の手当に熱意を示さなかった。

 東条大将は、書斎の寝室に移され、午後6時25分、本官の要請でわが軍の軍医が到着した。軍医は、弾丸は左肺を貫通して心臓をかすめているが、生命はとりとめると思う、と述べた。

 午後6時48分、モルヒネ注射で応急の治療は完了した。午後7時、東条大将は、横浜の第98陸軍野戦病院に運ばれた。『東京裁判上・下』児島襄著中央公論新社 (1971年3月) 7につづく⇒

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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