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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観10東條英機真実敗戦の将逃げずに対峙史上比類無き天皇とABC項目戦犯

戦犯容疑者の逮捕は、占領軍司令部から日本政府に該当者の氏名を通告し、日本の官憲の手で逮捕するという取り決めになっていた。なぜ取り決め違反の逮捕なのか。事前通告し自殺されるのを恐れたのか?。『東條英機とその時代』矢次一夫
○たまたま本社(朝日新聞)記者は東条邸を訪れたとある。そして記者が口頭の遺言を聞いたというのである。記者が現場に簡単に入れるものだろうか。

○朝日新聞長谷川記者は、なぜ左胸なのに、左腹部と報道したのか。

○朝日新聞長谷川記者が聞いたという口頭の遺言は、不自然な辻褄をあわせるための弁解だ、遺言ではない、内容は遺言になっていない、弁解ばかりだ。

○日本人の醫者の診察は、『眞相箱 』と証言では、自分には手を施す術がない、大將は死ぬだらうなのだ。朝日新聞長谷川記者の記事では、同じ日本人の醫者の診察は生命はとりとめるである。どちらかが偽証しているのだ。

○口頭の遺言は誤りが多々あり、日本人記者の文ではない(赤細字で訂正)。手渡された走り書きを、そのまま書き写したものだ。米軍の検閲が有り、勝手に書き直せないので、直さずそのまま載せた。もしくは記事全文米軍作成。だから上記の真反対の証言となった。CIC(対敵諜報部)台本では「生命はとりとめる」となっていたのだ。

○朝日新聞長谷川記者の「証言 私の昭和史 6」ではなぜ、あばら骨の四番目と五番目の間なのか。あばら骨は腹ではない、新聞報道となぜ違うのか。

○ピストルで心臓を撃ち自殺する人がいるのだろうか、間違つて生き度くない、一発で死に度かつたのなら撃つのは頭だろう。「ザレイプオブ南京」の著者36歳女性アイリス・チャン頭部への銃弾1発で自殺。ましてや東條は男で軍人だ。敵国に生かされて虜囚の辱めを受け無い必殺は、頭だろう。

○書きかけの、コピーされた遺書が前日日付なのも不自然だ。MP、CIC(対敵諜報部)取り決め違反で予告無く逮捕に来ているのだ。また覚悟の自殺であれば、前日日付では無く、当日日付ではないのか。

○遺書は未完成なのになぜ自殺をしたか。天皇陛下宛の遺書も清書せず、日にちだけ記載し、不敬のまま、臣(しん「けらい」)英機の自殺は無いだろう。不自然だ。

○未完成な遺書があるのに、口頭でなぜ遺言を話したのか。

○1発で胸を撃ち抜いた人間が2発目3発目を撃たず、長文の遺言を、しゃべったと言うのだ。治療優先だろう。

○一発で死に度かつたと口頭の遺言の開口一番の言葉だ、一発のいい訳から始まっている、語るに落ちるではないのか。

○遺言を口頭で伝えたといわれた人間が、なぜ生き恥をさらしながら死刑判決まで生き長らえたのか。

軍人東條が、家族や近親者に死ぬ死ぬと、証言のように詳細に、自殺を公言するものだろうか。

○「忠臣」と言われた東條が、天皇を守らず、死ぬわけにはいかないのだ。ましてや遺書に臣英機と記載し内容は天皇宛である。天皇宛でないところが、追記となっている。臣英機と書き、臣「しん(家来)」の勤めも果たさず自殺は無いだろう。

○ご丁寧に自殺直後の写真まで撮影されている。

○口頭の遺言は朝日の長谷川記者が直接聞いたのではなく、記載されたメモとして米軍より手渡されたものを、そのまま転載したものだ。記事も米軍の原稿をそのまま転載している。米軍の検閲が有るので勝手に書き直せない。だから誤字があってもそのままなのだ。遺族ではなく、東條の言葉であれば家族が正解

○東條大将が自決を図ったのが午後4時、午後7時20分頃、家から運び出し、横浜の米軍病院に収容した。(重光葵の手記より)3時間20分もかかっている、何があったのだろうか。報道されたような重傷であったのだろうか。

○9月11日東條大将自決圖り、10月7日に退院し大森拘禁所に入所、たったの26日間で治癒している。報道されたような重傷ではなかったのだ。

 

 ほとんどが東條自殺未遂の証言だが、出来過ぎではないか。たまたまが多すぎないか。当時日本国民は、醜いことだが、責任転嫁用の標的を必要としていたことも事実だ。誰が撃ったか、それが問題なのだ。

 アメリカの戦争目的は侵略、植民地化。日本の戦争目的は護国、アジアの解放、人種差別の撤廃、進んで資源の開放(貿易の自由化)。アメリカの原爆空爆による60万人老若男女無差別殺人C級の罪。この負い目によりアメリカは、総大将東條を、他のりりしい軍人ではなく、女々しく醜い侵略戦争をくわだてた首謀者に仕立て上げ、捕虜の辱めを味わあせ、処刑したかったのだ。連合国は処刑した東條が英雄にまつりあげられるのを極端に恐れていた。東條救命報道とは裏腹に、米軍の作業衣のまま処刑し、遺骨も遺族に渡されず太平洋に廃棄したとされている。事実東京裁判は、日本軍人を侵略戦争をくわだてた醜い軍人にすべて仕立て上げている。 

 対敵諜報部隊(CIC)は政、財界、報道陣、更に各警察本部を通じて自殺未遂の反響を調査。同情は少なく「ことごとく非難」する声が強かった(CIC秘密文書)。自殺捏造の効果を、調査したのだ。またGHQは、遺族からの遺灰返還要求拒否の理由を述べている(1976.11.29.付けの参謀第二部G2情報)。①遺灰返還はこれまでの戦犯政策を覆す。②日本国民の大多数は現在東條を裏切り者とみており、多くの日本人の気持ちと遊離してしまうーなどと明記している(中国新聞1998.11.30.付け4面)。プロパガンダ(捏造宣伝)は真実を覆い隠す仮面だ。叫べば叫ぶほど捏造なのだ。

 史上類のない敗戦後逃亡もせず国民と共にある天皇、信頼の厚い天皇処刑では内乱が生じかねない、米軍は天皇の代わりに東條を選択し、ヒトラー=東條作戦を展開した。手始めが東條を撃ち、助けて自殺未遂とする、東條自殺未遂捏造だ。米軍はマスコミを扇動し徹底的に東條を貶めた。東條はヒトラー=天皇ではなく、ヒトラー=東條にすべく米軍は工作していることに気付いた。天皇安泰を確信した臣東條英機は、以後米軍やマスコミの流言蜚語など全てを背負い「(東條英機は)沈黙。(撃たれた事を)弁解せず。(身内親族は)一切語るなかれ」となった。

 コピーされた遺書、その英訳文、朝日新聞のスクープ記事と回答の遺言。検証の結果、現時点で唯一未検証だが、自殺捏造遺書英訳文とスクープ記事英文が台本で、日本語訳が、コピーされた遺書と、朝日新聞のスクープ記事と、回答の遺言であることに、ほぼ間違いないでしょう。皆さんも、天恩に対しを賜わり遺族家族のように、臣東條大将の立場で文や単語を吟味すれば、本文同様に帰結します。日本人捏造協力者の真実証言は、日本史上に残る売国奴となるため、絶無でしょう。あとはアメリカが開示するかどうか、開示すれば、真の友好国となる。今後は日本の皆さんが、日本の護国責任者東條英機を信ずるか、当時の戦勝国アメリカを信ずるかに、かかっています。

 

「東條夫人・初めて心境を語る」 

最近のマツクアーサー司令部発表では三菱から一千万円そのほか贈られたと報道しましたが、あれについて何か夫人に心当りはありませんか。

夫人 私は全然知りません、しかし私の知る範囲ではかういふことではないかと思ひます、東條は豪放のやうに見える反面事務官とでもいつたやうな周到な注意を払う男です、その点からしても国民の不満を買ふやうなことはできない男だと考へます。

多摩川用賀町の敷地はずつと以前私がある人の世話で買ひ、退役後の余生に備へたものです、家は四年前二万円位で家族の数に合せ四十坪位のものを建築しました、現在その仕事に携つた人達がゐますので調べたらすぐわかります。『朝日新聞』昭和二十年十二月二十日付(注・これも東條貶め作戦だ。処刑前に無実が証明された)

 

古今東西の常識敗戦逃亡せず敗戦後も主従一丸と化し凛としてと敗者の責をはたした比類なき日本護国軍

A項目(平和に対する罪)(法廷が設置される以前には存在しない法)戦犯で28名が1946年4月29日に起訴された。有罪判決を受けて絞首刑7名、終身禁固16名、禁固20年1名、禁固7年1名の判決。28人のうち、大川周明は梅毒による精神障害が認められ、訴追免除。永野修身と松岡洋右は判決前に病死しているため、1948年11月12日に被告として判決をうけた者は25名となっている。

B項目(通常の戦争犯罪)戦犯被告数5,606名。絞首刑または銃殺刑937名。自決及び獄中死131名。終身刑385名。無期懲役1046名。有期懲役3075名。事故死及び死因不明32名。

C項目(人道に対する罪)(法廷が設置される以前には存在しない法)日本国の適用者なし。第二次世界大戦中のナチスドイツによるユダヤ人に対するホロコーストという想像を絶する犯罪を念頭において「人道に対する罪」という概念が誕生した。

ヒトラーは逃亡し自殺。ナチス残党は今も逃亡している。ムッソリーニはパルチザンに捕まり銃殺された。フセイン(イラク)も皆逃亡した。敗戦逃亡は古今東西の常識、世の習いなのだ。

「戦陣訓」起案担当者・今村均陸軍大将・(1886~1968・行年82歳)は戦犯の刑期を終え天寿をまっとうしている。ラバウルでは要塞を築き、兵に自給自足制を確立させ終戦まで持ちこたえている。本土からの補給無しであるにも関わらず、無事に10万の兵を玉砕や自殺などさせず、帰国させた名将である(逃亡もせず日本国戦争指導者は粛々と帰国している。これは世界史上非常に稀有なことなのだ。先人冒涜者はこの事を熟慮すべきだ)。戦犯で戦犯収容所に服役し、出所し、自決などせず天寿をまっとうした。捕虜は恥ずかしいことではなく、虜囚の辱は(捕虜となるよりは自殺せよ)では無いということをみずから証明した。出所後は元部下の就職の世話をしたり、遺族を手助けしたり、まさしく「戦陣訓」ひと筋の生涯だった、「戦陣訓」最終章に殉じている。

『戦陣訓』最終章

『九 万死に一生「ばんしにいっしょう(九死に一生)」を得て帰還「きかん(戦地から故郷に帰る)」の大命「たいめい(天皇の命令)」に浴することあらば、具(つぶさ)に思を護国の英霊に致し、言行を悼(つつし)みて国民の範となり、愈々(いよいよ)奉公の覚悟を固くすべし。

 

敗戦逃亡は古今東西世の習い逃亡せず従と共に「公」に殉じた天皇

天皇とマッカーサーの第一次会談

 昭和20年(1945年)9月27日、朝10時15分、会談は米国大使館で行われた。天皇が切望した会談であった。マッカーサーも天皇との会談直前までは、「命乞いでもするのだろうと、軽蔑していた」。ところが、天皇の口から出た言葉は、マッカーサーをいたく感動させた。

「天皇『私は、日本国民が戦争を闘うために行った全てのことに対して、全責任を負う者として、私自身を、あなたの代表する諸国の採決に委ねるため、あなたに会いに来ました。』この勇気ある態度は私の魂までも震わせた」私は、この瞬間、私の前にいる天皇が、日本の最上の紳士であることを感じとったのである。マッカーサー回顧録

 ・・・陛下は次の意味のことをマ元帥に伝えられている。

 「敗戦に至った戦争の、いろいろの責任が追及されているが、責任は全て私にある。文武百官は、私の任命するところだから、彼らには責任はない。私の一身は、どうなろうと構わない。私はあなたにお委せする。この上は、どうか国民が生活に困らぬよう、連合国の配慮をお願いしたい。」

一身を捨てて国民に殉ずるお覚悟を披瀝「ひれき(打ち明ける)」になると、この天真の流露はマ元帥を強く感動させたようだ。

「かつて、戦い敗れた国の元首で、このような言葉を述べられたことは、世界の歴史にも前例のないことと思う。私は陛下に感謝したい。占領軍の進駐が事なく終ったのも、日本軍の復員が順調に進行しているのも、これ総て陛下のお力添えである。これからの占領政策の遂行にも、陛下のお力を乞わねばならぬことは多い。どうか、よろしくお願いしたい」。藤田尚徳「侍従長の回想」(172-173ページ)

この時マッカーサーは、お迎えはしなかったが、お見送りには出てきてお見送りをした。

ボナー・F・フェラーズ(1896~1973)元米軍陸軍准将(1944から2年間マッカーサーの軍事秘書)家族宛の手紙

 「1945年9月27日10時過ぎ天皇マッカーサーと会見。

 天皇がアメリカ大使館を出発したとき、マッカーサーは感動の面持ちでこういった。『私は自由主義者であり、民主主義国で育った。しかし、惨めな立場に立たされた天皇の姿を見ると、私の心は痛む」

 オフィスに向かう途中でマッカーサーは、天皇は困惑した様子だったが言葉を選んでしっかりと話をした、と語った。「天皇は英語がわかり、私の言ったことはすべて直ちに理解した』

 私は言った『天皇は、あなたから処罰を受けるのではないかと恐れているのですよ』

 マッカーサーは答えた。『そうだな、彼はその覚悟が出来ている。処刑されてもしかたがないと考えている』」

昭和62年(1987)10月3日の中日新聞記事

(注・中日新聞のアメリカ総局長が、皇太子殿下「現天皇陛下」ご夫妻の訪米に際し、バイニング夫人の特別の了解を得て報道する許可を得た夫人の、滞日四年間の日記の記事である。皇太子殿下の家庭教師バイニング夫人は、マッカーサー元帥の信頼が厚く、元帥から直接聞かされた話が、日記には次々と書き残されていた)

「陛下 命投げ出すご覚悟」「バイニング夫人(皇太子殿下家庭教師)日記に生々しく」

1947年(昭和22年)12月7日、昭和天皇とマッカーサー元帥との第一回会談

 元帥は陛下に対して最初、厳しい態度で臨み、「戦争責任をおとりになるか」と質問した。これに対して陛下は「その質問に答える前に、私の方から話をしたい」と切り出され、「私をどのようにしようともかまわない。私はそれを受け入れる。絞首刑にされてもかまわない。(YOU MAY HANG ME.)・・・」

 

 1946年1月、昭和天皇は人間宣言して、その年の2月から9年かけて、日本各地を巡幸し、国民と直接言葉を交わした。1977年夏、那須御用邸で、初めて戦後の思い出を語った。しかし、マッカーサーの初会見で、何を話したかについては、言えないと答えた。「マッカーサー司令官と、はっきり、これはどこにも言わないと、約束を交わしたことですから。男子の一言の如きは、守らなければならない」と。

 1989年1月、昭和天皇が亡くなるまで、ついにマッカーサーとの会見の内容について語ることはなかった。

 昭和天皇初のヨーロッパ親善の旅では、ヒトラーと同次元で扱われ、酷評された。しかし昭和天皇のこの「公」に殉じた心や、WW2の本質が真実史観に晒されて、世界中が真実と向かい合うようになった。2007年の皇太子ご一家の、オランダ招待の静養滞在が、すべてを物語っている。

 

〇フランスの詩人、弁護士、キリスト教の牧師ポール・アントワーヌ・リシャール(1916~1920年滞在)は日本人の「公」を喝破し述べている。

世界の救世主

 「世界人類の相愛と協力とを、人生の目的とするならば、いずれの国もことごとく、その武器を捨てる必要がある。それにはまず、世界の中の一つの国が、率先して、その範を示さねばならない。

 祝福されたる日本国民よ!あなたは世界の救い主として、神に選ばれた国家である」

 

○西ドイツのボン大学教授オットー・カロン博士は、同じ敗戦国のドイツと日本を比べて、天皇の存在を賛辞し、日本人の「公」を喝破し述べている。

 ローマ大帝国も、ナポレオンの国でさえも、一度戦いに負ければ亡びている。私の国のカイゼル陛下にしても、また生前中は神の如く慕われていたヒットラーも、イタリアのムッソリーニも、戦いに負けたらすべてそのまま残ることはできない。殺されるか、外国に逃げて淋しく死んでいる。だから日本の天皇も外国に亡命すると思っていた。しかし、そんなことは聞かない。だからすでにこの世におられないと思っていた。

 ところが最近、日本から来た記録映画を見て驚いた。天皇が敗戦で大混乱の焼け跡を巡っておいでになる姿である。しかも、二年もの長い間、北の端から、南の端まで、焼き払われた廃墟を巡って、国民を慰めておられる。陸軍も海軍もすでに解体されているのに、一兵の守りもないのに、無防備のままで巡っておられる。

 平穏無事なときでも、一国の主権者が、自分の国を廻られるその時には、厳重な守りがなされている。それでも暗殺される王様や大統領がある。それなのに一切の守りもなく、権力、兵力の守りもない天皇が日本の北から南まで、焼き払われた廃墟を巡る。国民を慰める。何という命知らずの大胆なやり方であろうか。いつどこで殺されるか。こう思って映画を見ていた。しかし驚いたことに、国民は日の丸の小旗を打ち振って天皇を慰めている。こんなに美しい国の元首と国民の心からの親しみ、心と心の結び、これはどこにも見られないことである。われわれは改めて、日本を見直し、日本人を尊敬しなければならないと思っている。「天皇の真実」 河内正臣(たま出版)

 

○昭和56年(1981)2月23日~26日、ローマ法王ヨハネ・パウロ二世はローマ法王として初めて来日した。この時、法王は慣例を破って皇居に天皇陛下を訪ねられた(2月24日11時皇居で天皇と会見。14時法王庁大使館で鈴木善行首相と会見)。法王が外国を訪問してその国の元首や首相に会う時は、その国の方々が法王を訪ねて会いに来るのが慣例となっており、法王の皇居訪問は前例のないことなので、問題となった。その時法王は、一身を捨ててマッカーサー元帥の前に立たれた天皇をたたえての訪問であることを、キリストの精神をたたえての訪問であることを、皆に説いた。皆は、その一言で納得した。

 皆が昭和天皇を最大限に評価するのは、古今東西世界の常識をくつがえし、敗戦なのに逃げずに、天皇の役目護国のために十字架を背負い、命を懸けたことだ。ローマ法王ヨハネ・パウロ二世も称賛したこの無私の行動が、世界の評価を一変させていることを、日本国民はしっかり認識しなければならない。

これまでの世界の国王は、我先に逃げ、逃げて、つかまり、つかまれば、命乞いし、殺され、亡国、が世界の常識だ。日本護国の要の主、天皇も、従の東條英機をはじめとする臣も、古今東西の常識、敗戦逃亡せず、戦勝国と対峙した。主従一丸と化し戦った日本護国軍は人事を尽くし逃亡せず、天命を待ったのだ。前述のABC項目戦犯は逃亡もせず、天命として国民に敗戦の責を果たした。このことは、史上比類なきことである。特攻、玉砕、集団自決、敗戦後逃亡もせずの殉死や服役。これらの古今東西史上比類無き君民一体の護国の姿がなかったら、アジア同胞の追随もなく、有色人種や小国白色人種の独立もなく、日本も分割され食民治、アジアも未だに食民治のまま、南北アメリカのようになっていただろう。これら護国一体の姿が、虐げられし白人小国やアジア同胞の琴線をかき鳴らしたのだ。

 日本精神の根源には、必ず主従を一体とするこの呼応がある。「公」があって「私」が無い、この呼応が日本人の本質なのだ。「公」には主従というような上下はなく、「公」に殉じた「公」を実行するための主従が存在するだけだ。赤穂浪士は「公」に殉じ、捻じ曲げられた「公」を正すために戦った。

裁判での、全責任を負った天皇の、「臣下無罪発言」を、占領軍は最も恐れた!

東條英機を撃ち自殺と捏造し貶めたアメリカ

 インドのパール判事(ラダ・ビノード・パール)の日本人被告の無罪論も、赤穂浪士のあだ討ちも、根底にあるのは実事求是だ。パール判事は職責をまっとうした結果の結論だ。赤穂浪士は幕府の不正を正した結果の結論だ。

 アメリカの戦争目的は侵略、植民地化。日本の戦争目的は護国、アジアの解放、人種差別の撤廃、進んで資源の開放(貿易の自由化)。アメリカの原爆「二種類の原爆である、人体実験目的(ホロコースト・大虐殺)は明白」空爆による60万人老若男女無差別殺人C級の罪。アメリカはこの負い目を払拭するため戦後、侵略戦争・南京掃討戦など日本軍隊極悪の多くのプロパガンダ(捏造宣伝)を繰り広げ東京裁判などで軍隊にすべて責任転嫁し、こんなに日本軍隊極悪だから60万人老若男女無差別大虐殺されたのだ、責任はすべて日本軍にあると、軍隊に責任をすり替えた。「ハル・ノート」で知られるコーデル・ハルは終戦前年の秋、「日本は敗れても、解放の戦士としてアジアに影響力を残すだろう」(大統領文書44年10月5日)とルーズベルトに警告し恐れ、対アジアに対しても対米非難防御のため、侵略戦争だと宣伝した。アジア解放の殉難者日本軍、天皇、東條英機とたたえられ、アジアの侵略者極悪アメリカと誹謗されるのを、恐れた。白人対有色人の対立を恐れ、日本国の痕跡の排除にはげんだ。彼らは、すべてを消し去ったあとも、積極的に日本の否定的イメージを植え込んだ。「日本は侵略国家」だとか「残虐非道」だとか、「極悪日本」だとかと、WGIP(ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム)(極悪日本軍人にだまされて侵略戦争した、か弱き国民と捏造)で洗脳した。

 古今東西の世界の常識に反する、敗者なのに逃げない天皇と部下、この現実に対した時点でマッカーサーには天皇処刑の選択は消えていたはずだ。逃げず敗戦の責を一身に背負った天皇が処刑されれば、その時点で天皇は十字架を背負った大東亜共栄圏建設の、有色人種解放の殉難者となり、解放の英雄天皇となる。キリスト教国アメリカは十字架を背負った殉難者殺害者となり、白人対有色人の対立に拡大しかねないからだ。

 アメリカが天皇の身代わりとして日本軍隊極悪の槍玉に挙げ、日本国民や米国国民の不満のガスを抜き、生け贄にしようとしていたのが開戦時総大将の東條英機なのだ。その東條が「死ぬは易い。しかし敵に堂々と日本の所信を明らかにしなければならぬ」と、大義に殉ずる(命を投げ出す)と公言している。東條英機は日本の正義を明確にし、戦勝国の不正を暴くと公言しているのだ。軍人勅諭「義は山嶽よりも重く死は鴻毛よりも軽しと覺悟せよ其操を破りて不覚を取り汚名を受くるなかれ」に殉ずると公言しているのだ。もはや命をすてた東條英機の証言は阻止出来ずと判断したアメリカは、当然のように東條英機失墜作戦を展開した。「軍紀を犯し捕まるな」ヒトラーはスターリングラード戦で、直々に「降伏禁止令」という、狂気の極みとも言える命令を出し、凄まじい悲劇となった。東條英機をヒトラーと同罪にするため、ただの単なる教え(戦陣訓)(軍紀を破るような辱しいことをするな)なのに、「降伏禁止令」であるかのように報道させた。抑留前日の記者会見の東條の「日本の戦いは正義の戦い」発言に、反応し、準備万端のアメリカは、東條を急襲、一発の弾丸もしくは弾丸のような刃物で胸を傷つけ、自殺を捏造した。日本人は誰ひとり拳銃発射の瞬間を、見ていない。11につづく 

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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