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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観1南京大虐殺捏造日本叩きの真相・米国の負い目原爆払拭と凶産中国の罠


1南京大虐殺捏造日本たたきの真の理由・米国の負い目と原爆中国の罠

○戦勝国「アメリカ・(米国)」の負い目     

 日本は、資源の開放(貿易の自由化)、アジア解放,人種差別を撤廃目的の日本の大東亜戦争。

 米国は「原爆投下(二種類の原爆である。人体実験が目的なのは明白だ)空襲大虐殺60万人、無差別(老若男女子供非戦闘員)集団虐殺」と、米国の植民地化侵略戦争。ルーズベルトが米国民をだまし国民を戦争に引きずり込んだ、陰謀戦争。

 

戦勝国の負い目を払拭するため、捏造宣伝

 日本は大東亜の解放・人種差別を撤廃・進んで資源を開放(貿易の自由化)などの戦争目的ではなく、侵略が目的で、世界征服をしようとした(ポツダム宣言6項記載)と、戦後戦勝国は、総力を挙げて愚民化洗脳し、すべて日本軍極悪、日本人愚民化洗脳教育に全力を傾注した。捏造宣伝極悪日本軍を叫ばせた。なぜ愚民化洗脳したのか。つまり、比類なき正義の戦争目的アジア解放、人種差別の撤廃、進んで資源を開放(貿易の自由化)は真実だったからだ。C級「人道に対する罪」戦犯の負い目を隠蔽するため。南京大虐殺はあったと洗脳した。真実はなかったので愚民化洗脳したのだ。中国抑留者(中帰連)の証言。真実はなにもなかったので、愚民化洗脳して証言させた。中国は、宗主国(米英ソ)の手先となり戦ったアジアで唯一つの国である。中国以外のアジアの国々は宗主国(米英蘭)と戦い人種差別を撤廃・進んで資源を開放し皆独立した。この中国の負い目が、日本軍極悪捏造教育や、戦争指導者に対しての執ような戦犯攻撃の原因の一つとなっているのだ。

 

捏造宣伝の逆が真実

 洗脳扇動者が扇動し声高に叫ぶ洗脳項目は逆が真実なのだ。洗脳扇動者が扇動し声高に叫べば叫ぶものほどなにも無い、捏造なのだ。原爆投下東京大空襲は史実、真実なので日本人は叫ばない。叫ぶ必要がない。真実だから。日本はそれぞれの資料館はあるが反米教育していない。中国狂惨党、韓国愚民政策党、北朝鮮狂惨党は反日資料館をつくり、愚民政策隠蔽のため、必死に反日洗脳教育をしている。捏造だから必死に反日洗脳教育をしているのだ。洗脳は問うに落ちず語るに落ちる、なのだ。叫ぶほど落ちる。NHK、TV朝日、TBS、朝日、毎日、「しんぶん赤旗」、日本狂惨党などが偏向報道し叫ぶものも、真実は逆なのだ。

 

追随した反日国の捏造宣伝とその理由

 (中国狂惨党・北朝鮮狂惨党・韓国愚民政策党)反日(ジャパンバッシング)洗脳扇動者は、嘘の上塗りの国家の、自国民愚民化洗脳教育を隠蔽するため、対日戦時下教育、に全力を傾注し、捏造宣伝極悪日本を叫んでいる。

[東京大空襲]http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/)松山大学 法文学部教授 田村譲 

 1945年3月10日未明、東京下町に対するアメリカ軍の無差別・大量空爆は、1945年4月12日に急死した米大統領ルーズベルトの命令により、カーチス・E・ルメイ空軍少将により指揮された。しかもそのルーズベルトは、ドイツがポーランドに進行した1941年6月22日にも人道的見地から市民を襲う都市爆撃をしないように呼びかけていたのだ。この無差別・都市爆撃は、1944年11月24日から敢行され、1945年8月の終戦まで連日連夜のように9ヶ月間続き、延べ30回、B29・4900機、投下焼夷弾の数は実に39万9,000発、通常弾1万1,000発余が日本市民の頭上に、無差別に落とされた。

 

 アメリカ軍はこの2日後の1945年3月12日名古屋、14日大阪、17日神戸、19・20日再び名古屋、29日北九州、4月13日には東京の山の手、4月15日東京・横浜・川崎と夜間爆撃は続く。

 夜間の方が低空で都市に進入が出来、爆撃精度もすこぶる上がるからだった。

 

 このルメイはその後、広島・長崎の原爆投下にも関与し、近年では、ベトナム戦争で、北爆を開始し、「この空爆により、北ベトナムを石器時代に戻してやる」とまで豪語していた。

 

 東京大空襲の様子は、森川寿美子著「東京大空襲60年母の記録、敦子よ涼子よ輝一よ」に詳しいが、涙なしには読めない。(岩波ブックレット)

 ルメイは戦後「アメリカが戦争に負けていたら、自分は拘引され、人道に反する罪で戦犯にされたであろう。」と語っている。

 

 こんなルメイだか、「日本の防衛力の拡充強化に関して、米軍の対日協力・援助に寄与した」として、1964年12月7日勲一等旭日大綬章(12/4付け)が授与されている。[本当に日本の政治家も馬鹿でないかい。(筆者)]

 

 この1945年3月10日の東京大空襲では、「東京大空襲を記録する会」の調査では死者数10万人(警視庁調査8万3,793人)に達し、ドレスデン空爆の公式死者数3万5千人をはるかに超えている。

 

英国人女性旅行家イザベラ L・バード(イザベラ L・ビショップ夫人)Isabella L・Bird(Isabella L・Bishop)1894年(62才)~1897年(65才)、著朝鮮紀行日清戦争と、左(ツオ)将軍(奉天師団総司令官)に関する記述

朝鮮紀行 第二十六章 松都から平城へ 将軍が斃れた思われる地点にはまわりに柵をめぐらした端正な碑が日本人の手で立てられており、その一面にはこう紀してある。

奉天師団総司令官左宝貴ここに死す

またべつの面にはこうも記してある。

平壌にて日本軍と戦うも、戦死。

敵軍の名将に捧げた品位ある賛辞である。407頁

 

 ・・・戦死者は2000名から4000名と推定され、また何千頭もの牛馬が死んだ。・・・三週間ののちに現地へもどったモフエット氏は、それだけの日にちがたっていても「形容しがたいすさまじさ」だったとその光景を語った。多くが自分の上に積み重なった重みから抜け出ようとして果たせず、死のあがきそのままに硬直した人馬の山は依然そこにあったのである。408頁

 

注。この程度の戦死者でもこうなのだ。南京大虐殺は隠しきれるものではない。常識が有れば分かる。

 

南京掃討戦 1937年12月13日の南京陥落の翌日から約60日間にわたって行われた南京城の城内・城外の掃討戦で、大規模な残虐行為が行われたとされる、いわゆる南京大虐殺(老若男女無差別殺人)である。やらなければやられる勝者が正義の戦争だから、兵と兵、兵と捕虜の被害者数は除外。なぜなら虐殺ではなく戦争だから。虐殺派や中間派や東史郎や栗原利一も、子息核心も混同している。(注・残虐証言背後に、ヨイショする凶産党在り。殺し合いが戦争、敵味方共に残虐なのが戦争)捕虜(兵士)殺害と南京大虐殺(老若男女無差別殺人)は異なる。中国や戦勝国が主張するのははこちら、南京大虐殺(老若男女無差別殺人)だ。批判することで善人を気どる、増すゴミ三愚人や批判者の皆さん、敗者だけが残虐な行為をしたのではない。戦争とは人間をこんなに醜くすると批判すればよいのに、すべての冒涜者は、日本軍だけがこんなに悪いことをしたと、冒涜するところに変な作為をかんずるのだ。戦争に正邪はない。戦争には壮絶な狂気があるだけだ。先に殺さなければ殺される、それが戦争だ。誤爆や誤射撃による同士討ちもあるのだ。巻き込まれた市民も当然存在する。その市民や敗残兵を針小棒大に取り上げ捏造したのが南京大虐殺だ。大空襲や原爆投下を大虐殺と呼ばず、南京掃討戦を大虐殺とは呼べない。南京掃討戦を大虐殺と呼ぶのなら、他の戦闘も皆大虐殺と呼ばなければならない。

 原子爆弾(ウラン235広島投下・プルトニュウム239長崎投下)、広島で20万人、長崎で10万人、東京大空襲、焼夷弾による無差別爆撃一夜で約10万人、その他の大空襲20万人。合計原爆空襲大虐殺6無差別(老若男女子供非戦闘員)大虐殺(ユダヤ人虐殺に匹敵する)。比類の無い日本の戦争目的、大東亜の解放・人種差別を撤廃・進んで資源を開放。これを覆い隠すような虐殺が戦勝国側は、どうしても必要だった。

 蒋介石率いる中国軍(現在の中国共産党ではない)が撤退する中で、中国軍敗残兵は軍律もなくなり敵味方の区別もなくなり、より強暴になり、後に来る日本軍に何も残さぬようすべて焼き払う、空室清野戦術や、中国軍が、国際法で禁止されている、軍服を着ないで住民に紛れ込み便衣戦術(ゲリラ戦術)をとったため、住民を巻き込んだ南京掃討戦を、南京大虐殺に仕上げたのが真相だ。捏造だから、犠牲者の数が定まらないのだ(3千人~43万人)。

  原子爆弾×2(30万人)や、爆弾(10万人)を使わずに、大勢を決し勝者と決まり、味方となり、自分の手足と決まった住民を、掃討戦で、中国の検察官は43万人(極東国際軍事裁判当時)を虐殺したとしたのだ。まるで捏造を告白しているようなものだ(43万人/60日=一日に7500人虐殺したことになる。)今後街づくりをさせなければならない味方の住民を、食料を調達してくれる命の糧の貴重な住民を皆殺しする理由は無い。殺戮すれば己が農民や町民にならなければならない、7人の侍を詳細に見ることだ。東京裁判はまさに、私刑(リンチ)だった。

南京大虐殺はウソだ! ←詳細はこちら。

 

 何でこれが論争になるのか馬鹿馬鹿しい、常識問題だ。戦いで大勢を決し勝者と決まったものが、これから統治しょうとする住民を皆殺ししたら、統治する住民は居なくなり、街の復興は不可能。勝者と決まり住民が味方となり自分の手足と決まった住民を、何で皆殺ししなければならないのだ。自分の手足を食うようなそんな馬鹿なことは決してしない。する訳が無い。大勢を決し勝者と決まれば、今後の統治のため勝者の軍律はより厳しく、民意を尊重し、住民保護に回る。敗れて軍律のなくなった本能剥き出しの敗残兵は、より残虐になり、敵、住民、見境無く虐殺する。古来からの局地戦の常道では無いのか、これが。又、日本軍は建国の妨げになる住民入れ替え作戦など、一度も用いていない。

『ザ・レイプ・オブ・南京』は中国の伝統的猟奇的残虐手法で表現されている。自ら捏造偽書なのだと自白している。問うに落ちず語るに落ちる。

 南京入城時100人を超える記者やカメラマンが同行しており、その中には外国人のジャーナリスト5名も含まれていた。さらに、多くの日本人ジャーナリストや作家が陥落直後の南京を訪れ、見聞録を書いている。杉山平助、林扶美子、西条八十、草野心平、木村毅、石川達三、大宅壮一、などだが、これらの人々が大虐殺の本を書いたとか、大虐殺の証言をしたという事実は一切無い。

 市民約20万人全員が第三国人からなる国際安全委員会が設けた安全区(難民区)に避難し、日本の警備司令部によって保護されていた。日本軍は中国軍兵士約3.5~5万人と戦った。1937年12月17日~27日・20万人・1938年1月14日24万人に増加している。国際安全委員会も、日本軍と戦った蒋介石の国民党政府も、中国狂惨党も、当時から終戦までの8年間、南京に大虐殺事件があったなどとは一言も言っていない。また、世界のマスコミも取り上げていない。「南京大虐殺」などという言葉は、南京戦終戦後(8年後)戦勝国が言い出すまでは、存在しなかった。また「中国の旅」(1971年)朝日新聞が騒ぎ出すまでの26年間も、存在しなかった。朝日新聞が騒ぎ、日本恐喝に使えると判断した凶産党と韓国は、(1986年)「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館」狂惨党、1987年8月15日「独立記念館」韓国、という日本恐喝用記念館を期せずして開館し、以後は皆さんご承知のごとく、日本恐喝三昧に励んでいる。

 旧陸軍士官学校OBらの親睦団体である「偕行社」は「侵略」「進出」をめぐる教科書誤報事件が起きた昭和57年以降、7年がかりで参戦者の証言や戦闘命令、戦闘詳報、従軍日誌などを集めた。この調査には、民間の南京事件研究家の故板倉由明氏や防衛庁防衛研究所戦史部の原剛氏(当時)らも参加した。集まった資料や証言に加え、台湾に残された旧中国軍の戦闘詳報とも照合した。

 その結果、次のような数字をはじき出した。

 日本軍との戦闘による中国軍兵士の死者は約三万人。日本軍の残敵掃討戦などで処断された中国軍捕虜は約一万六千人。一般市民の死者は一万五千七百六十人。

 一万六千人の「処断」については、「刺射殺数(敗残兵)6,670」(歩兵七連帯戦闘詳報)、「浮虜(3,096人)は処断す」(歩兵三十三連隊戦闘詳報)など、旧日本軍に不利になりかねない記録も隠さず、明らかにした結果だ。一般市民の死者「15,760人」は、当時の南京市の社会学者スマイス(金陵大学教授)の調査に基づいた数字だ。

(別冊 正論 Extra.01 石川水穂)(注・中国軍兵士約3.5~5万人。死亡兵士3万人。生き残り逃亡した兵士0.5~2万人。逃亡兵士が衣服を奪うため殺した市民の数も多いはずだ。日本軍が全部「15,760人」殺したわけではない。沖縄戦日本軍の犠牲者9万人余、沖縄県民12万人以上、米軍1万3千人弱である。)

 南京大虐殺など無かったので、1ヶ月後の1938年1月17日に5万人増えて25万人になっている。2年後の1940年3月汪兆銘「南京政府」樹立。日本は日華基本条約で承認。満州も1932年満州国として独立している。マスコミや軍隊が悪史観者は傀儡政権と茶化すが、戦時下なので後見しているに過ぎない。朝鮮、満州、南京、すべて大東亜共栄圏建設に向かって一直線だ。

 

細川隆元証言 昭和六十一年、終戦記念日前の日曜日、TBSの『時事放談』で細川隆元氏は「わしが朝日新聞の編集局長であった時だ。南京に特派した記者たちを集めて、南京に虐殺事件があったとか噂をきくが、ほんとはどうだ、一人一人にきいてみた。ぜんぜんそのようなことは見たことも聞いたこともありませ・・・というはっきりした返事だった。・・・何万、何十万なんていう虐殺など絶対にない。絶対になかったとわしは思う」と断言している。

 

原子爆弾(ウラン235広島投下・プルトニュウム239長崎投下・種類の異なる二種の原子爆弾)・(原爆投下目的は、人体実験なのだ) 戦後の戦勝国、特に米国は、人類初めての原爆大虐殺に、負い目とリベンジの恐怖を持っている。負い目の反動で、日本軍隊は、原子爆弾を落とされるような悪いことをしたのだと、極悪日本軍にするために、徹底的に自虐洗脳教育をした。原爆投下したアメリカや戦勝国に罪は無く、原爆を落とされるような悪いことを日本軍部がしたから、原爆を落とされたと、捏造の歴史を日本人に刷り込ませるために、執拗に洗脳したのだ。原爆投下は東京裁判の要因である。東京裁判は極悪日本軍をでっち上げ原爆投下の責任を転嫁する裁判だった。極悪日本軍だから原爆投下されたので、原爆投下したアメリカや戦勝国に罪は無いとする裁判だった。なりふり構わず、捏造してでも、どうしても日本極悪をでっち上げ、原爆投下の責任転嫁し払拭したかったのだ。

アメリカの主張「原爆投下で連合軍兵士数十万人と日本人数百万人を救命(子供への教育はこうなされている)」は負い目払拭用の詭弁だ

 

原爆投下は巨大な人体実験  

  ポツダム宣言と同時に、原爆投下ゴーサインも出していたので、「もっと早く降伏していたら原爆投下は無かった」という仮説は、崩れる。加藤陽子著p74それでも日本人は「戦争」を選んだ。

 「広島・長崎への原爆攻撃の目的は何だったのか。一つには戦後世界でのアメリカの覇権確立であり、二つには『原爆の効果』を知るための無数の人間への『人体実験』だった。だからこそ、占領後に米軍が行ったことは、第一に、原爆の惨状についての報道を禁止し、『人体実験』についての情報を独占することだった。

 第二に、史上前例のない火傷、放射能障害の治療方法を必死に工夫していた広島・長崎の医者たちに治療方法の発表と交流を禁止するとともに、死没被爆者のケロイドの皮膚や臓器や生存被爆者の血液やカルテを没収することだった。

 第三に、日本政府をして国際赤十字からの医薬品の支援申し出を拒否させることだった。たしかに、『実験動物』を治療するのでは『実験』にならない。そこで米軍は全力を尽くして被爆治療を妨害したのである。

 第4に、被爆者を『治療』せず『実験動物』のように観察するABCC(原爆障害調査委員会と訳された米軍施設)を広島・長崎に設置することであった。加害者が被害者を観察するというその目的自体が被爆者への人権蹂躙ではなかったか」芝田進午・広島大学名誉教授毎日新聞(1994年9月6日)

 

 資源の無い日本攻略は、マッカサー証言のように、空爆原爆で老若男女を殺戮せずとも、兵糧攻めすれば勝てるのだ。ルーズベルトは無条件降伏を要求し、「全滅するまで戦うしかない」と日本を追い詰め、日本人種の絶滅を画策していたので、兵糧攻め作戦はせず、ホロコースト、原爆、東京空爆、都市空爆殲滅作戦を展開した。ルーズベルトがもし生きていたら、無条件降伏を突きつけられ、空爆ですべての都市は破壊され、原爆も2個ではすまず、国は分断され、間違いなく日本は殲滅状態にされ、生き地獄と化していた。終戦4ヶ月前の1945年4月12日、昼食中脳卒中で死去は、天の裁きを受けたのだ。我々日本人はルーズベルトに天罰を下した天に、平伏して深謝する。

 

「・・・米海軍がフィリピンと沖縄を奪う頃には(1945年6月23日沖縄戦終戦)、海上封鎖も可能となった。そのために、日本陸軍を維持する供給は、次第に届かなくなった。封鎖したとたん、日本の敗北は決定的となった」1951年5月3日上院でのマッカーサー証言。

 

「私は原爆使用については相談を受けなかった。もし相談を受けていたとすれば、それは不要である、日本はすでに降伏の準備をしている、との見解を表明していたであろう」1961年極東アメリカ軍司令官 ダグラス・マッカーサー書簡

 

(注・本土決戦などせずとも、米国は攻めず、封鎖し、兵糧攻めで勝てたのだ。換言すれば沖縄戦以後のアメリカは、日本を封鎖し、昼寝しているだけで勝てたのだ)

 

 連合国が包囲した時点で勝負はついていた。しかも当時すでに日本はソ連を通じて降伏の意思表示していた。

 

 反日の民主党のF・D・ルーズベルト大統領は日本へ18発もの原爆投下を承認していた。ルーズベルトの後継者である民主党のトルーマン大統領も日本へ計18発もの原爆投下を承認していた事実はワシントン.ポスト紙にスクープされているが、この決定を最初に下したのはルーズベルトである。小心かつ実務経験に乏しかったトルーマンは、ルーズベルトが決定していた方針に一切手を加えずに単にそのまま実行したのだ。

 

 ホロコースト、都市空爆作戦を展開せずとも二種類(ウラン235広島投下・プルトニュウム239長崎投下)の原爆投下をしなくても、連合国が無理に攻めず、ただ包囲を続けるだけで楽にアメリカは勝てた。マッカサーやアイゼンハワーなど、米陸海軍の将軍たち軍人全員が、死者に鞭打つ原爆使用に猛反対した理由はここにある。猛反対にもかかわらず、大統領に就任したハリー・S・トルーマン(KKK・黒人排斥秘密結社に加入歴がある)が原爆投下を命令した。トルーマンは投下決定を共和党側には伏せたまま、一九四五年七月に先にスターリンに知らせた。共和党や共和党系と見なされていた将軍たちに原爆投下決定が伝えられたのは投下の二日前である。史上初めての人類への暴挙原爆投下。このアメリカの負い目を払拭するための詭弁が、上記の発言なのだ。たとえ日本人が過ちとして、許しても、天は許してくれるだろうか。それほどこの負い目は深い。ヒトラーと同類、民主党のルーズベルトとトルーマンのの謀略戦争、ホロコーストは、アメリカの子孫に十字架を背負わせた。

 

・・・朝鮮戦争時には共和党議員の多くが「日本への原爆投下は誤りであり、朝鮮戦争でコミュニスト(共産主義者)に対して使用するべきである。さらに中朝軍を撃退して中国本土まで国連軍を進攻させ、中共政権を打倒して国民党政権を復帰させるべきである」との主旨を主張していた。(注・既に敗者の日本に、鞭打つ原爆使用には、猛反対したのだ。それが軍人というものだ)日本人が知らない「二つのアメリカ」の世界戦略 深田匠(著)

 

 狂惨主義者やヒトラーや、民主党のルーズベルトやトルーマンなどの、無辜の市民無差別殺人は、戦争の勝者敗者問わず、どんな時代でもけして許されるものではない。日本は敗れたが、迎合せず、物事の基準は真実なのだから、事実に基づき真実史観で対処すればよい。捏造ではなく、真実を尺度にすれば、真の友好が生まれる。

アメリカ合衆国 歴史教科書「ボイヤーズ・アメリカン・ネーション」(1998年版)

 ・・・「トルーマンの原爆投下命令は果たして正当化できるのか。大変な過失ではないのか。トルーマンは日本が無条件降伏を拒絶したためと説明している。これによって米軍兵士の損失を防いだ。さらに真珠湾攻撃への代償を日本は何十倍にして返さなくてはならなかったと述べた。しかしこれに対し、歴史家の一部は疑問を呈している。米国は暗号を解読しており、日本がモスクワ経由で降伏条件を打診していることを知っていた。さらにスターリンはドイツ降伏から三カ月以内、つまり八月初旬には日本に参戦すると話していた。ならば原爆投下や本土決戦なしに勝利は可能だったのではないか。そう歴史家は論じている」・・・2につづく⇒

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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