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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観12東條英機真実東京裁判は裁判(公)ではなく東京私刑(私的制裁)

妻勝子の歌 

楠公(なんこう)の 御事引きつつ 百年の 後の名をとぞ 君の宣(のべ)らし

(「尊皇忠臣の鑑」、楠木正成公の事を引き合いに出しながら、百年後の名こそ真実と、あなたは説明してくれました)

百年の 後の名期せと いひませり み声耳にと 子等も云(い)ふなり

(百年後の名を期して待てと、あなたはおっしゃいました。その声は聞こえたと、子供たちも云っております)

 

昭和20年11月18日の手紙

 私よりの手紙は届きしことを推し居候が如何にや、・・・父より10月11日付に第一信と、続いて二信三信は三十一付にて、本月十五日到着致し、お元気のよしにて候。 ・・・正しき父上の誠忠の血を受けて・・・

 

 開戦決定時の政府の責任者として、東條英機を極悪人にして非難する戦後マスコミの嵐の中、祖母(勝子)から長男(父英隆)の嫁(母幸子)への手紙。 百年後は必ず父上の忠義が分かりましょう・・・」

 父上の忠義(主君や国家にまごころを尽くして仕えること)。妻勝子、おおやけ証言のように、東條英機自殺が事実なら、日本国や天皇の処遇定まらぬ前の自死は、主君や国家(公)を見捨てての私心での自殺となり、不忠不臣この上ない。東條英機自殺が事実で、「自死決行の間違いはあったが」とのことわり書き無く単独で、忠義、を用いたのなら、私信といえども、主君や国家を再度愚弄したことになる。常人より、言葉にはるかに鋭敏な歌詠みの妻勝子が、こんな愚行を犯すはずなど無い。百年後は必ずと予言し確信し、凛として単独で忠義、を用いている。

 

 東條英機20年10月7日大森拘禁所に入所。妻勝子の手紙と歌は昭和20年10月25日。10月11日付に第一信・・・」とある。妻勝子はこの第一信で真実を知った。だから、10月25日真意に気付き、確信し、手紙を書いた。東條英機は撃たれた。確信した妻勝子の手紙と歌は、凛として自信に満ち溢れている。「楠公(なんこう)の 御事引きつつ 百年の 後の名をとぞ 君の宣(のべ)らし」は、残された家族とその子孫への、勝子の母コードである。

妻勝子21年11月、一年二ヶ月ぶりに自宅に戻る。

昭和22年1月20日の手紙

 ・・・委細(勝子が伊東に行った事)申し上げましたら、お父様のお喜び下さった事、一月に一度位は行けと仰言って下さいました。

 くったくのない、面会の様子が書かれているだけである。

 

東條コード

 天皇は政府決定事項の上奏に対して、裁可を下す存在で、天皇自ら命令する存在ではない。その裁可については、責任は政府が負うと定められ、天皇は無答責、つまり責任を負わない立場である。東條英機自殺が事実なら、日本国や天皇の処遇定まらぬ時点での自死は、主君や国家を見捨てての自決となり、政府責任臣節を全うせず不忠不臣この上ない。「尊皇忠臣の鑑」、大楠公の事を引き合いに出す事など、口が裂けても云えない。しかし東條は、「楠公(なんこう)の 御事引きつつ」夫人に説明した、「百年の 後の名をと」・・・。この歌は東條の真実の告白を詠んでいる。

 他の6人も東條も日本国の責任者であり、忠臣であり、時の政府として敗戦の責任を負う立場である。終戦時自決もせず生き長らえた理由は、正にここにある。自殺が事実なら生還後真っ先に、国や天皇への謝罪が忠臣としての責務なのに、成されていない。生還後の自決理由は「予は臣節を全うする為死を以てお詫びせんとせる」と発言。以後も「沈黙」し、謝罪皆無。謝罪無き自決肯定で自決を否定したのだ。謝罪無き自決肯定、これも東條コードだ。

 

 「沈黙。弁解せず。一切語るなかれ」は家族への遺言ではあるが、第三者の私には、真実は沈黙。真実は弁解せず。真実は一切語るなかれ」と語りかけた。

 

これで全てが整合する。東條英機は撃たれた。あらゆる疑問がこれで氷解する。

 

戦陣訓は当HP内下記参照してください

辞書の意味が戦後敵に捕まると真反対に変化。NHKや朝日マスコミの捏造を完膚無きまでに暴いた辞書。

生きて虜囚の辱辞書捏造断定戦陣訓真実囚人戦後意味変化敵に捕まる

ニセ日本人在日工作員の捏造の巣ウィキペディア。

真実史観で覚醒偽日本人在日工作員捏造うぃき・ぺでぃあ戦陣訓バンザイ突撃

1943年5月31日朝刊朝日新聞捏造記事が、「虜囚の辱」は降伏禁止と流布した。

生きて虜囚カウラ戦陣訓に非ずアサヒル朝日捏造記事が悲劇の元凶

玉砕は皆殺しウィキ捏造在日犯日工作員思想戦の道具に寄付は売国奴

マスコミや識者の無検証脳天気証明、63年後発見との東條手記、本物なら回想文。

東條英機鉛筆書きのメモ工作員操作真贋無検証仮想現実界報道作家迎合


東條手記
 (巣鴨プリズンで東條英機元首相がつづった獄中手記)

「近代日本の国際的地位より見たる大東亜戦争の責任」

「第一次大戦以来の国際関係における欧米列強の矛盾行為」

 

○『共産党はかねがね資本主義国の革命と世界の赤化を企図し、資本主義国間に戦争を誘発しお互いに傷つけ合わせることによって共産国の進出をはかっていた。当時は東亜での鋭鋒が支那に向けられていた。 支那では排外、排日運動が共産党の扇動で行われ、西安事件は事変を拡大させた例である。 したがって、日本が防共政策をとり、防共協定を締結した理由はここにあった。以上の背景は裁判の推移を鑑み、材料を整え論陣を張るべきである』 

○「欧米が人道、人権、自由、平等、法の支配を唱えていた19世紀は、アジア人にとって欧米によるアジア奴隷化の世紀ではなかったか」

 

 「欧米が資本主義と世界自由経済によって文明と繁栄を享受したといっても、その陰には原料産地及び製品市場として植民地もしくは半植民地としての地位を強いられ、愚民政策によって民族意識を抑圧されたアジア、アフリカの十数億の有色人種の隷属があったことを忘れてはならない」

 

 「正義、人道やキリスト教精神とは逆に、あらゆる武力征服、残虐非道、黒人奴隷、苦力の売買、阿片戦争や南ア戦争の暴挙、インドでの略奪と暴挙を行ったのは欧米である」

 

 「第一次大戦後のヴェルサイユ平和会議で、日本代表が人種平等の原則を唱えたとき、英、豪、米の代表が、それを抹殺した経緯を思い出してみよ」

 

 「アメリカは中立国であったにも関わらず、交戦国(中国)の一方だけに多大な援助をし、他方(日本)を苦しめても経済手段である限り、中立であると主張し、日本に対して資産凍結、経済断交、禁輸などを行った。」

 

 「大東亜戦争の根本原因は歴史的矛盾の累積ではあるが、最たる原因は世界経済の構造変化によって起こった世界恐慌の中で、持てる国が経済的国家主義による資源封鎖の経済戦略を行った為に、持たざる国が窮地に追い込まれ、資源確保を実力でせざるを得なかった事にある。」

 

 「かつて日本軍が南京を爆撃した際、米国は法と人道の原則に反する言語道断の行為、と痛烈に非難した。では、その後、米空軍が日本の都市に行った絨毯爆撃、特に原子爆弾による爆撃は、報復の範囲をはるかに超えた未曾有の暴虐行為であると言わざるを得ない。それなのに文明と人道の原則を東京裁判の法規順にすると主張することは、とうてい承服できるものではない」

 

 軍事裁判の法規準は「文明と人道」の原則によるものだとする、戦勝国の傲慢さであった。東條にしてみれば、こともあろうに、世界で最も「文明と人道」を食い物にした米国から「文明と人道」で裁かれるなど、とんでもない話だ。東條は怒りを込めて断言している。

「東條英機封印された真実」佐藤早苗著 講談社)

 

東條巣鴨日記の「死して根なし」の意味 

 昭和24年2月7日(金)『・・・穂積弁護士を通じ、聖上「せいじょう(天子の尊称)」のお言葉を拝す。死して根なし』。(死して根なし)とは?

 教誨師(きょうかいし)花山信勝師への言葉『四つには、絞首刑で死ぬことです。「自殺」でもしたら意味をなさんです。』 のなかの、『死して=「自殺」でもしたら』、「根なし=意味をなさんです。」の意か。

 死して=死んでしまって(自殺)、根なし=根も葉もない、の略で「自殺しては無意味になる」の意か。戦後、マスコミと鵜人により歪曲された戦陣訓の、弁明だ。聖上のお言葉はどんな言葉だったのか、穂積弁護士は記録しなかったのか。2006.11.19. 

 

 祖父が巣鴨拘置所でつけていた昭和二十年十二月十七日の日記…『聞く処に依れば近衛公、昨十六日自殺逝去せりと。余としては其の心中了解し得、寧ろ死を全うせしこと羨望「せんぼう(うらやましくおもうこと)」に不堪「ふかん(出来ない)」』近衛文麿公の自決を『羨望に不堪』と日記につける軍人としての祖父の心を思うと切ない。東條由布子著「祖父東条英機『一切語るなかれ』」

 

「皇軍だぞ!!」と否定 東京裁判の終盤、刑務所のなかの東條英樹被告は突如出てきた「南京虐殺」という情報に対して、床に両手をついて頭を垂れ、「皇軍だぞ」とその情報を一言で否定した。

 

「極東国際軍事裁判」の東條英機宣誓供述書抜粋 

 戦勝国は南京大虐殺など捏造し、なりふり構わず、日本軍人の大和魂、失墜作戦を展開していたのは事実だ。東条英機の宣誓供述書(大東亜戦争の真実を述べている)をGHQが発禁第一号に指定し、「封印」した。やましくなければ封印する必要などないはずだ。2005年に、GHQが発禁第一号に指定し「封印」(大東亜戦争の真実を述べているから封印された)した東条英機の宣誓供述書が出版された。

「極東国際軍事裁判」の東條英機宣誓供述書抜粋(1946~1948)
 なんとダグラス・マッカーサー(アメリカ、日本占領連合軍最高司令官・元帥)は、わずか3年後の1951年5月3日米上院の軍事外交合同委員会の聴聞会において、聖書に誓い、証言し、東條英機の宣誓供述に呼応し認めているのだ。「戦争に飛び込んでいった動機は、大部分が安全保障(security)の必要に迫られてのことだったのです。証言ダグラス・マッカーサー」

・・・他面帝国は第三インターナショナル(共産主義者の世界征服野望集団)の勢力が東亜に進出来ることに関しては深き関心を払って来ました。けだし、共産主義政策の東亜への浸透を防衛するにあらざれば、国内の治安は破壊せられ、東亜の安定を撹乱し、ひいて世界平和を脅威するに至るべきことをつとに恐れたからであります。

 これがため、国内政策としては1925年(大正14年)治安維持法を制定し(若槻内閣時代)1941年(昭和16年)更にこれを改定し、以って国体変革を戒め、私有財産の保護を目的として共産主義による破壊に備え、また対外政策としては、支那事変において、中国共産党の活動が、日支和平の成立を阻害する重要なる原因の一たるにかんがみ、共同防共を事変解決の一条件とせることも、また東亜各独立国家間において「防共」を以って共通の重要政策の一としたることも、これはいずれも東亜各国協同して東亜を赤化の危険より救い、かつ自ら世界赤化の障壁たらんとしたのであります。これら障壁が世界平和のためにいかに重要であったかは、第二次世界大戦終了後この障壁が崩壊せし二年後の今日の現状が雄弁にこれを物語っております。

 ・・・1941年(昭和16年)12月8日に発生した戦争なるものは米国を欧州戦争に導入するための連合国側の挑発に原因しわが国の関する限りにおいては自衛戦として回避することを得ざりし戦争なることを確信するものであります。なお東亜に重大なる利害を有する国々(中国自身をも含めて)がなぜ戦争を欲したかの理由は他にも多々存在します。

 ・・・ただわが国の開戦は最終的手段としてかつ緊迫の必要よりして決せられたものである事を申上げます。

 満洲事変、支那事変および太平洋戦争の各場面を通して、その根底に潜む不断の侵略計画ありたりとなす主張に対しては私はその荒唐無稽なる事を証するため、最も簡潔なる方法を以ってこれを反証せんと試みました。

 わが国の基本的かつ不変の行政組織において多数の吏僚中のうち少数者が、長期にわたり、数多の内閣を通じて、一定不変の目的を有する協同謀議(この観念は日本には存在しないが)をなしたなどいう事は理性ある者の到底思考し得ざる事なることがただちに御了解下さるでありましょう。私はなぜに検察側がかかる空想に近き訴追をなさるかを識るに苦しむ者であります。

 ・・・当年国家の運命を商量較計するのが責任を負荷したわれわれとしては、国家自衛のために起つという事がただ一つ残された途でありました。われわれは国家の運命を賭しましたしかして敗れました。しかして眼前に見るがごとき事態を惹起したのであります。

 戦争が国際法上より見て正しき戦争であったか否かの問題と、敗戦の責任いかんとの問題とは、明白に分別のできる二つの異なった問題であります。

 第一の問題は外国との問題でありかつ法律的性質の問題であります。私は最後までこの戦争は自衛戦であり、現時承認せられたる国際法には違反せぬ戦争なりと主張します。私はいまだかつてわが国が本戦争をなしたことを以って国際犯罪なりとして勝者より訴追せられ、また敗戦国の適法なる官吏たりし者が個人的の国際法上の犯人なり、また条約の違反者なりとして糾弾せられるとは考えた事とてはありませぬ。

 第二の問題、すなわち敗戦の責任については当時の総理大臣たりし私の責任であります。この意味における責任は私はこれを受諾するのみならず真心より進んでこれを負荷せんことを希望するものであります。「大東亜戦争の真実」(東條英機宣誓供述書)東条由布子 (2005/08)ワック

 

証言東京裁判(戦争責任者など皆無、皆護国責任者の日本)

〇インドのパール判事(ラダ・ビノード・パール)他の全ての判事が閉廷期間、観光等にうつつをぬかす間、膨大な検察側資料や弁護側資料を調査し、127頁に及ぶいわゆるパール判決書を作成し、唯一人日本人被告の無罪を主張した。

 「米国は開戦前の(1941年)十一月二十六日、日本に対し、最後通牒(つうちょう)(通達の旧称)を突きつけた。このハル・ノート(最後通諜)のような苛酷な要求を突きつけられたならば、地中海の小国モナコ公国やルクセンブルグ大公国といった、極小国でさえも、アメリカに銃を執って立ち上がるだろう。

「米国は(1941年)11月27日(真珠湾攻撃は12月8日)前哨地帯の諸指揮官に対し、戦闘態勢に入るよう秘密指令を出した。事実上米国はこの日に対日戦争を開始したことになる。米国議会はこの事実を知って非常に驚き、上下両院合同の査問委員会を結成して軍部の挑発行為を厳しく非難した事実がある。」

 ハル・ノート(最後通諜)は、事実上の宣戦布告であったと断言。かつて欧米諸国がアジア諸国に対して行った行為こそ、まさに侵略そのものであると訴え、侵略に非ず自衛(護国)のために戦った全被告を無罪だと東京裁判で主張した。パール判事のこの判決書だけでも、大東亜戦争は誰が仕掛けたのか、侵略戦争か防衛戦争であったかが一目瞭然である。

 

〇インドのパール判事 第二次大戦以前の国際社会では、一国が他国に対して征服支配し(武力により)侵略することは、犯罪ではなかった。犯罪ではなかったが故に、これまで欧米諸国もアジア、アフリカを(武力により)侵略し、植民地化してきたではないか。戦争が犯罪でないのであれば、なぜ日本とドイツの指導者のみを裁くのか?。戦争に勝ったが故に正義であり、負けたが故に罪悪であるとするのであれば、もはやそこには、正義も法も真理も存在しない。

 

〇インドのパール判事(ラダ・ビノード・パール)1952年11月6日、博士は広島高裁における歓迎レセプションに臨まれて、「子孫のため歴史を明確にせよ」と次のように述べられた。

 「私は1928年から45年までの18年間(東京裁判の審議期間)の歴史を2年8カ月かかって調べた。この中には恐らく日本人の知らない問題もある。それを私は判決文の中に綴った。この私の歴史を読めば、欧米こそアジア侵略の張本人であることがわかる筈だ。それなのにあなた方は、子弟に「日本は犯罪を犯したのだ」「日本は侵略の暴挙を敢えてしたのだ」と教えている。満州事変から大東亜戦争に至る真実の歴史を、どうか私の判決文を通じて充分研究して頂きたい。誇り高き日本人の子弟が、歪められた罪悪感を背負って生きていくのを、卑屈、退廃に流れて行くのを、私は黙って見過ごすわけにはいかない。捏造された歴史は真実の歴史に書きかえねばならない。」

 

〇インドのパール判事(ラダ・ビノード・パール)

 「日本人はこの裁判の正体を正しく批判し、戦勝国の戦時謀略にごまかされてはならぬ。日本人が過去の戦争において国際法上の罪を犯したと錯覚することは、民族自尊の精神を失うものである。自尊心と自国の名誉と誇りを失った民族は、強大国に迎合する卑屈なる植民地民族に転落する。日本人よ!日本人は連合国から与えられた《戦犯》の観念を頭から一掃せよ。《戦犯》は今も昔もどこにも居ないから。」

と東京弁護士会において、博士は繰り返し強調された。

 

〇インドのパール判事(ラダ・ビノード・パール)

 国内法の源泉である憲法は自身の手で書くべきこと。自国は自身の力で守るべきこと。国家のため殉じた英霊を祭祀すべきこと。自国の文化歴史を正しく子孫に教育し伝承されるべきこと。

 

〇インドのパール判事(ラダ・ビノード・パール)

「意見書の結語」

時が熱狂と偏見とをやわらげた暁には

また理性が虚偽からその仮面を剥ぎとった暁には

その時こそ正義の女神はその秤を平衡に保ちながら

過去の賞罰の多くにそのところを変えることを要求するであろう

 

〇「パール判事の日本無罪論」 田中正明 より

 裁判もいよいよ結審に近づいた1948年8月、博士は夫人危篤の急電を受けて、急遽インドに帰った。病床に駆けつけたとき、夫人は博士の顔を見るなり、喜ぶどころか、うらめしそうな面持ちで「娘が勝手に電報をさしあげたそうで、すみません。あなたがせっかくお帰りくださったことは嬉しくございますが、しかし、あなたはいま、日本の運命を裁こうという大切なお体です、聞けばその判決文の執筆に寸暇もないそうですが、あなたがこの大切な指名を果たされるまでは、私は決して死にません。どうぞ安心くださって、すぐ日本にお帰りください。と厳然と言い放ったという。博士はこの夫人の一言に感激して、そのまま東京へ引き返した。夫人は約束どおり、気息奄奄ながらも、裁判が終わるまで生き延びていたが、大任を果たして帰った博士に手をとられて、いくばくもなく瞑目されたのである。

 

〇「東京裁判」日本弁護団・ベンブルース・ブレークニー弁護人(米国陸軍少佐)の通訳停止で中断され抹殺された発言開廷第五日目(1947年昭和22年5月14日)

 (ベンブルース・ブレークニー弁護人の発言は、日本語の裁判記録からは抹殺され、日本人の目に触れることは無かった)。この部分が、日本語になり、一般に知られるようになったのは、36年後の記録映画『東京裁判』が公開されてからである。

・・・原子爆弾は明らかにヘーグ陸戦条約が禁止する兵器だ。

・・・いくつかの返答が出来ますが、その一つは(原子爆弾による米国への)報復の権利です。

・・・国家の行為である戦争は個人責任を問うことは法律的に誤りである。なぜならば、国際法は国家に対して適用されるのであって個人に対してではない。個人による戦争行為という新しい犯罪をこの法廷が裁くのは誤りである。

 

 戦争での殺人は罪にならない。それは殺人罪ではない。戦争は合法的だからです。つまり合法的な人殺しなのです。殺人行為の正当化です。たとえ嫌悪すべき行為でも、犯罪としての責任は問われなかったのです。

 

 キッド提督(真珠湾で爆沈した戦艦アリゾナに乗っていた少将)の死が真珠湾攻撃(起訴状訴因第三十九)による殺人罪になるならば、我々は広島に原爆を投下した者の名前を挙げる事ができる。投下を計画した参謀長の名も承知している。その国の元首の名前も我々は承知している。彼らは殺人罪を意識していたか。してはいまい。我々もそう思う。それは彼ら(米国)は戦闘行為が正義で、敵(日本)の行為が不正義だからではなく、戦争行為自体が犯罪ではないからである。

 

何の罪科で、いかなる証拠で、戦争による殺人が違反なのか。

原爆を投下したものがいる!

この投下を計画し、その実行を命じこれを黙認したものがいる!

そのものたちが裁いているのだ

 

 裁判長につめより、キーナン主席検事は「それでも君は米国陸軍軍人か・・・」と大声で制止激怒し一時休廷した。

 「戦争行為自体が犯罪ではない。原爆投下も犯罪ではない。真珠湾攻撃も犯罪ではない。犯罪で無い真珠湾攻撃などを裁くのは誤りだ。それでも裁くのであれば、原爆の投下も裁かれるべきだ。原爆の投下が裁かれないのなら、原子爆弾による米国への報復の権利が日本に生じる。報復の権利は、国際法で認められている」と、述べているのだ。木ではなく森を見ている、至言だ。欺瞞だらけの東京裁判で、アメリカの正義を貫いた、後世にのこる歴史的弁護である。

 

〇ベンブルース・ブレークニー弁護人の「ハル、ノート」批判

 日本は即時降伏するか、または勝ち目はなくとも戦いに訴えるかの何れかを選ばされたのである。ハル、ノートは今や歴史となった。さればこそこれを現代史家の言葉に委ねよう。「今度の戦争について言えば、真珠湾の前夜国務省が日本政府に送ったような覚え書きを受け取れば、モナコやルクセンブルグでも、米国に対して武器を取って立ったであろう」

 

〇「東京裁判」日本弁護団・ウイリアム・ローガン弁護人(日本側)冒頭陳述(米国人)

 「欧米諸国は日本の権利を完全に無視して、無謀な経済的立法を行ったこと、また真珠湾に先立つ数年間、故意にかつ計画的に、しかして共謀的に、日本に対して経済的、軍事的圧力を加え、しかも、その結果が戦争になることは十分に承知しており、そう言明しながら、彼らが右の行動をとったという事実があります。また肯定的弁護としてつぎの事実が証明される。すなわち情勢はいよいよ切迫し、ますます堪え難くなったので遂に日本は、欧米諸国の思う壺にはまり、日本からまず手を出すようにと彼らが予期し、希望したとおり、自己の生存そのもののために、戦争の決意をせざるを得なくなった」13につづく⇒

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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