QLOOKアクセス解析

真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
2017 09123456789101112131415161718192021222324252627282930312017 11

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ] スポンサー広告 | TB(-) | CM(-)

真実史観2ポツダム宣言と同時の原爆投下ゴーサイン早く降伏していたらは捏造詭弁

2ポツダム宣言と同時の原爆投下ゴーサイン早く降伏していたらは捏造詭弁


 米国大統領が歴史を教訓に無条件降伏にこだわった結果、ポツダム宣言と同時に、原爆投下ゴーサインも出していたので、「もっと早く降伏していたら原爆投下は無かった」という
トルーマンの捏造詭弁は、崩れる。加藤陽子著「それでも日本人は『戦争』を選んだ」。
74p 「ちなみに、1945(昭和20)年7月26日に出された対日ポツダム宣言についてですが、現在の研究で判明しているところは、鈴木貫太郎首相が記者団に『ポツダム宣言黙殺、戦争邁進』と談話を発表していようがいまいが、アメリカ側は原爆投下のゴーサインを、ポツダム宣言発出の段階で出していたということです(この時の大統領は、4月に急死したローズヴェルト大統領の後を引き継いだトルーマン副大統領でしたが)。ポツダム宣言受諾の意思を日本側がもっと明確に連合国側に示していれば、広島と長崎に原爆は投下されなかったとの仮定は崩れることが史料から明らかになっています」。

 捏造し詭弁で負い目払拭を試みるような邪悪を、今後も続けるなら、天はけして許さず、子孫に背負わされた十字架は永遠に消え去ることは無い。アメリカは毅然として歴史と対峙し、ルーズベルトの謀略と、トルーマンの愚行を認めて、負い目を払拭すべきだ。マッカサーやアイゼンハワーやベンブルース・ブレークニー弁護人など、数多の是々非々主義者を輩出した自由の国アメリカだ、けして不可能なことではない。後の共和党アイゼンハワー大統領は、スチムソン陸軍長官に対し「米国が世界で最初にそんなにも恐ろしく破壊的な新兵器を使用する国になるのを、私は見たくない」(一九六三年の回想録)と何度も激しく抗議していた。

 

日本が原爆を先に持ったら、当然使った。それが戦争だ。しかし勝負のついた敵や、無辜の民には、けして使うことはない。蒋介石は汪兆銘の墓を爆破した。日本は死者に鞭打つことはしない、墓まで建てている。それが日本の歴史だ。

 

 日本の比類なき正義の戦争目的、大東亜の解放・人種差別を撤廃・進んで資源を開放、などではなく、日本軍はアジア侵略が目的だったと総力を挙げて洗脳した。なぜ洗脳したのか。つまり、比類なき正義の戦争目的アジア解放は真実だったからだ。南京大虐殺はあったと洗脳した。真実はなかったので洗脳したのだ。中国抑留者(戦犯)(中帰連)の証言。真実はなにもなかったので、洗脳して証言させた。

 洗脳扇動者が扇動し声高に叫ぶ洗脳項目は逆が真実なのだ。洗脳扇動者が扇動し声高に叫べば叫ぶものほどなにも無い。原爆投下東京大空襲は史実、真実なので日本人は叫ばない。叫ぶ必要がない。真実だから。問うに落ちず語るに落ちる、なのだ。

 米国を語る場合、原爆(原爆投下目的は、人体実験なのだ)空爆大虐殺と、侵略戦争を仕掛けた負い目、これの復讐恐怖史観を忘れてはならない。これを基にし、日本の憲法は作られている。だから、戦争放棄なのだ。歴史研究所を設立の時は、この史観を配慮しなければならない。このことが駐留し続ける要因の一つだから。

 ポル・ポトは毛沢東の最も忠実で実行力ある弟子だった。カンボジア人口800万のうち約250万人を殺戮した。北京政府が背後で指導していたことが世界に知られると、北京政府は突如旧日本軍の南京大虐殺説を持ち出し、捏造施設を作り、大反日宣伝を開始した。終戦から30年後のことである。歴史捏造施設は「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館」という名前で昭和61年(1986)に開館。

 原爆空爆大虐殺60万人無差別(老若男女子供非戦闘員)大虐殺。日本軍の比類なき正義の戦争目的大東亜の解放・人種差別を撤廃・進んで資源を開放。対する米英蘭中ソ連は植民地支配が戦争目的だ。これらを覆い隠すため捏造されたのが、南京掃討戦だ。原爆空爆大虐殺60万人無差別(老若男女子供非戦闘員)大虐殺は。戦勝国において大きな負い目となっていた。

 さらに1950年(昭和25年)共産党員弾劾のマッカーシー旋風が吹き荒れ、ルーズベルトとその側近が弾劾された。ここでアメリカは、共産党の正体は凶産党で、ソ連スターリンに操られたルーズベルトが真珠湾をえさに、米国民をだまし戦争に引きずり込んだ事実が明瞭になり、1951年5月3日マッカーサーの証言となった。大東亜戦争は、日本に非は無く、米国民をだまし、ルーズベルトの一方的な都合で始めた戦争だった事が明白となり、米国の負い目はさらに深まったのだ。

 1951年9月8日サンフランシスコ講和条約で、公式に南京虐殺の存在を認めさせることで戦勝国は負い目から責任回避したかったのだ。原爆空襲大虐殺による、負い目と、原爆により復讐される恐怖史観が米国にはあり、戦後は敗者が悪史観で日本人洗脳に、教師やマスコミを総動員して傾注した。核拡散防止条約の締結の本当の意図は、日本と、ドイツに、核を持たせないためのものであった。戦勝国にしても復讐の恐怖を持っているのだ。自由の国が言論の自由を封殺したのである。『太平洋戦争史』(日本軍がいかに残虐であったか、日本の軍国主義者がいかに非道であったかを強調する捏造宣伝の本だ)なる宣伝文書をほとんどの新聞に連載させ、その内容を『真相はこうだ』として、NHKで放送させ民間を洗脳した。

 

アメリカの負い目(原爆空爆無差別ホロコースト60万人)払拭用すり替え作戦

 ルーズベルトの謀略戦争で侵略戦争、原爆空爆無差別大虐殺60万人、この人類への暴挙を、アメリカの神は許さなかった。今後も許すことは無い。これがアメリカの負い目だ。大東亜戦争の日本の真意(護国、植民地解放、人種差別解放)が流布され、植民地解放、人種差別解放の殉難者として日本が、東條英機が祭り上げられ、極悪アメリカとなることを、真実の暴露を、極端に恐れた。有色人種対白色人種、有色人種対アメリカとなることを恐れた。

 原爆空爆無差別大虐殺60万人の負い目に、憎悪と悔悟が交錯し、更にルーズベルトの謀略戦争に気付いたアメリカの負い目は益々深まり、払拭のため、大東亜戦争「日本対アメリカ」を、「日本極悪軍人加害者」「か弱い被害者日本国民」にすり替え日本軍人を極悪に仕立てた。東京裁判は、正義の日本軍人を極悪に仕立てる、対米非難防御のためのすり替え裁判だった。大東亜戦争も、大東亜共栄圏構築戦争を連想させるため、アメリカが嫌い、太平洋戦争にすり替えた。アメリカに非がなければ呼称変更などする必要が無いはずだ。

 昭和21年にGHQの諮問機関メンバーとして来日し、日本の労働基本法策定に携わったヘレン・ミアーズは著書『アメリカの鏡・日本』(GHQにより日本では発禁)の中で、占領軍による検閲に疑問を呈している。

 「私たち自身が日本の歴史を著しく歪曲(わいきょく)してきた。だから、政治意識の高い日本人から見れば、日本の教科書の『民主的改革』は、私たちが意図しているようなものではなく、単に日本人の国家意識とアメリカ人の国家意識を入れ替えるにすぎない」

GHQの言論統制責任すり替え教育

1945(昭和20年)年5月8日 ドイツが降伏する

7月26日 連合国ポツダム宣言発表

8月14日 日本がポツダム宣言を受諾することを通告

8月15日 玉音放送・終戦・終戦の詔勅

8月28日 連合軍先遣隊、厚木到着 (GHQ設置)

8月30日 マッカーサー厚木到着

9月2日 ミズーリ艦上にて降伏文書調印

9月10日 CCD(民間検閲支隊)放送事前検閲開始

9月11日 東條英機を急襲し日本軍人極悪化作戦開始

9月18日 原爆投下への批判や占領政策への注文を掲載していた朝日新聞は、2日間の発行停止を命じられた。

9月19日 雑誌検閲開始

9月22日 朝日は22日付の社説では、それまでの報道姿勢を豹変させ、迎合し「今や我軍閥の非違、天日を蔽(おお)ふに足らず。・・・軍国主義の絶滅は、同時に民主主義化の途である」と書くようになった。

9月27日 天皇陛下が自らの御発意で米国大使館に赴かれ、マッカーサーを御訪問された。

10月9日 新聞雑誌の事前検閲開始

10月31日 同盟通信社解散命令

11月13目 最低四百万台のラジオセットが国民に行き渡るよう日本政府に指令

12月8日 新聞に「太平洋戦争史」の連載開始
12月9日 NHKラジオで「真相はかうだ」の放送開始。同時に質問箱も始まる。1946年2月10日まで、以降は真相箱となり1946年12月4日まで。

12月15日 「大東亜戦争」「八紘一宇」の呼称を禁止

12月17日 横浜におけるB・C級戦犯裁判放送を開始

12月25日 神道の排除を目的とした神道指令

12月31日 修身、日本歴史及ぴ地理の総ての課程の即時中止

21年2月17日 「真相はこうだ」に代わる「真相箱」の放送開始

4月29日 昭和天皇の誕生日にA級戦犯を起訴して、東京裁判開始

11月3日 明治憲法を全否定して現憲法を明治天皇の誕生日に発布

23年12月23日 洗脳政策の総仕上げとして、A項戦犯の絞首刑を将来的にも慰霊祭が実施しづらくなるように今上天皇誕生日に執行。

 

戦後、GHQが厳しい検閲で削除、または発行禁止の対象とした表現。

・合衆国に対する批判

・朝鮮人に対する批判

・中国に対する批判

SCAP-連合国最高司令官(司令部)批判

・極東軍事裁判批判

SCAPが憲法を起草したことに対する批判

・検閲制度へ言及

・ロシアに対する批判

・英国に対する批判

・他の連合国に対する批判

・連合国の戦前の政策に対する批判

・戦争犯罪人の正当化および擁護…など。江藤淳著「閉された言語空間」

 

「太平洋戦争史」  

 20年十二月八日。GHQは、真珠湾攻撃から4周年にあたるこの日、全国の新聞に連載記事「太平洋戦争史」(GHQ民間情報教育局提供)を掲載させた。連載は10回にわたり、満州事変から終戦に至るまでの「日本の悪行」を強調する内容のプロガバンダ史だ。

 

 「日本の軍国主義が国民に対して犯した罪は枚挙に遑が無いほどであるが、そのうち幾分かは既に公表されているものの、その多くは、未だ白日の下に曝されておらず、時のたつに従って次々に動かすことの出来ぬ明瞭な資料によって発表されて行くことになろう。これらの戦争犯罪の主なものは軍国主義者の権力濫用、国民の自由剥奪、捕虜及び非戦闘員に対する国際慣習を無視した政府並びに軍部の非道なる取扱い等であるが、これらのうち何といっても彼らの非道なる行為の中で最も重大な結果をもたらしたものは真実の隠蔽であろう。(中略)今や日本国民は今次戦争の完全なる歴史を知ることは絶対に必要である。日本国民はこれによって如何に敗れたか、又何故に軍国主義によってかかる悲惨な目に遭わねばならぬかを理解することが出来よう。これによってのみ日本国民は軍国主義的行為に反抗し国際平和社会の一員としての国家を再建するための知識と気力とを持ちえるのである。かかる観点から米軍司令部当局は日本及び日本国民を今日の運命に導いた事件を取扱った特別記事を提供するものである」とまえがきにかかれ、そして従来の国史の教科書の使用を禁じて、新たな教材としてこの太平洋戦争史を使用することを強制した。

 

昭和20年12月9日からベートーベンの5番「運命」が流れNHKラジオ責任すり替え捏造番組「真相はかうだ」が始まった。

 「ウォー・ギルト・インフォメーション・プログラム(War Guilt Information Program、略称WGIP)」は、20年十月二日付のSCAP(連合国軍総司令官)の一般命令第四号に基づくもので、GHQ民間情報教育局が主体となって実施した。同命令の趣旨は「各層の日本人に、彼らの敗北と戦争に関する罪、現在および将来の日本の苦難と窮乏に対する軍国主義者の責任、連合国の軍事占領の理由と目的を、周知徹底せしめること。東京裁判を正当化せしめること」。「太平洋戦争史」連載も「真相はかうだ」放送も命令に沿ったものだった。

 

 敗戦から四カ月、GHQの指導下、NHKラジオは「真相はかうだ」後の「真相箱」を開始。「太平洋戦争史」をドラマ仕立てにしたもので、週1回、日曜午後八時半から三十分、9日から10回放送された。しかし再放送があり、結局、放送されなかったのは週に二日だけであった。

 

 少年の素朴な問いに、反軍国主義思想の文筆家が答える形式のドラマだ。「日本を破滅と敗北に導いた軍国主義者のリーダーの犯罪と責任を日本の聴取者の心に刻ませる」目的で、内容は一方的なものだった。(民間情報教育局ラジオ課)大人は真相箱を「偽相箱」と呼び、大人には嫌われた。

 

NHKのラジオ番組台本

アナウンサー

「我々日本国民を裏切った人々は、今や白日のもとにさらされております。戦争犯罪容疑者たる軍閥の顔ぶれはもうわかっています」

「それはだれですか。」

もう一つの声

「だれです?」

アナウンサー

「まあまあ、待ってください」

番組は毎回このようにに始まり、例えばこんな具合に展開された。

アナウンサー

「これから三十分の間に名前をお教えします。犯罪の事実もお教えします。事実をもとに皆さん一人ひとりが結論を出し、日本の犯罪人に対する皆さんの審判を下してください」

(音楽)

アナウンサー

「この番組は日本の全国民に戦争の真実と戦争に至る出来事をお伝えするものです。暗闇に光を当てる、あなたのための番組なのです」

 

 「真相箱」がめざしていたのは、戦前の日本のすべてを否定し、その歴史を捏造し日本軍人を極悪化し、軍人に責任転嫁し極悪軍人加害者、か弱い日本国民を被害者にすることだった。

 

 「日本人は大本営や軍部に巧みにだまされて、戦争に引きずり込まれたのだ。米国はこの気の毒な日本人を救うために、日本の軍部を叩きのめして、いかにこの戦争が無益なものであったかを思い知らしめるために、止むを得ず原子爆弾を使わなければならなかった。原子爆弾の投下は、戦いをなお続けようとするなら、日本は迅速かつ徹底的な破壊を被るという連合国側の予告を、日本の指導者が無視した結果なのだ。従ってすべては日本の軍部の責任であり、憎むべきは日本の軍部であることを、日本人は今こそ自覚しなくてはならない・・・」責任を逆にすり替えた謀略宣伝なのだ。したがって「太平洋戦争史」「真相はかうだ」などが扇動するところの逆が真実なのだ。

 この「捏造箱」は「真相はかうだ・質問箱」、「真相箱」、「質問箱」と、名前・内容を少しづつ変えながら、昭和二十三年八月まで三年間続けられた。一方、『太平洋戦争史』は翌年四月に単行本として出版されベストセラーとなる。出版前に、文部省が「各学校は各々これを購入の上、教材として適宜利用せらるべきものとす」という通達を出していた。ここで教員は更に洗脳された。

 

 学校教育でも1945年12月31日、民間情報教育局は、修身、国史、地理の学校の授業を即時中止するよう指令を発し、これらの教科書がすべて回収され、国史教材として『太平洋戦争史』を用いた。この本は、日本国民は軍部にだまされていた、悪いのはすべて軍部だ、原爆や東京大空襲など無辜の民に対する戦慄すべき大量虐殺も、アメリカではなく軍部のせいだとするものであった。戦争を日本対アメリカでなく、か弱い被害者日本国民極悪加害者軍国主義者に洗脳教育ですり替えたのだ。子供は関心が薄い新聞やラジオなどではなく、なんと信頼すべき身近な教師によってほとんどが洗脳されているのだ。

 

 修身教育とは、古今東西の偉人の逸話を通じて、努力、忍耐、責任、公益、勤勉などを子供たちに学ばせ、人格を育成する教科だった。 

 

 「精撰『尋常小學修身書』」の監修者、八木秀次は、修身教育について次のように話している。「・・・修身を学んだ世代は具体的な人物像を通じて血の通った形で道徳を学んでいた。・・・共通の人物像を結ぶことで、親と子が、兄弟が、夫婦が、職場の同僚が、共通の了解を行ない、それが人々の間に価値観の共有とコミュニケーションを生んでいる。ここには『世代の断絶』も『価値観の相違』ということもない」。

 

 戦後の日本では、戦前の修身教育は軍国主義の象徴と見なされ、全否定された。戦後、「公」ではなく「私」優先のわがまま教育がなされ続けた。これが戦後教育の実態である。現在の日本の世相はその結果なのだ。アデナウアー西ドイツ首相は、「日本の教育勅語こそ、古今東西を通じ、人類普遍の道徳律である」と教育勅語をドイツ語に訳し、自分の書斎に掲げて毎日暗誦していた。

 

「閉された言語空間」 江藤淳(仮想現実界の鑑) 著

終戦時13歳でも洗脳されず迎合しなかった日本精神の文芸評論家江藤淳(1932~1999)非生産者仮想現実界の鑑

 ・・・ここに、CI&E(民間情報教育局)からG-2(CIS・Civil Intelligence Section・参謀第二部民間諜報局)に宛てて発せられた、一通の文書がある。文書の表題は、「ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム」、日付は昭和二十三年(1948)二月六日、同年二月十一日から市谷法廷で開始されたキーナン首席検事の最終論告に先立つこと僅かに五日である。「閉された言語空間(江藤淳著・文芸春秋・1989.8初版)」文春文庫(1994年1月10日)P261-P264より引用

 

 ・・・それは、とりもなおさず、「ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム」の浸透であった。『太平洋戦争史』は、まさにその「プログラム」の嚆矢「こうし(はじまり)」として作成された文書にほかならないからである。歴史記述をよそおってはいるが、これが宣伝文書以外のなにものでもないことは、前掲の前書を一読しただけでも明らかだといわなければならない。そこにはまず、「日本の軍国主義者」と「国民」とを対立させようという意図が潜められ、この対立を仮構することによって、実際には日本と連合国、特に日本と米国とのあいだの戦いであった大戦を、現実には存在しなかった「軍国主義者」と「国民」とのあいだの戦いにすり替えようとする底意が秘められている。

 

 これは、いうまでもなく、戦争の内在化、あるいは革命にほかならない。「軍国主義者」と「国民」の対立という架空の図式を導入することによって、「国民」に対する「罪」を犯したのも、「現在および将来の日本の苦難と窮乏」も、すべて「軍国主義者」の責任であって、米国には何らの責任もないという論理が成立可能になる。大都市の無差別爆撃も、広島・長崎への原爆投下も、「軍国主義者」が悪かったから起った災厄であって、実際に爆弾を落した米国人には少しも悪いところはない、ということになるのである。

 

 そして、もしこの架空の対立の図式を、現実と錯覚し、あるいは何らかの理由で錯覚したふりをする日本人が出現すれば、CI&E(民間情報教育局)の「ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム」は、一応所期の目的を達成したといってよい。つまり、そのとき、日本における伝統的秩序破壊のための、永久革命の図式が成立する。以後日本人が大戦のために傾注した夥しいエネルギーは、二度と米国に向けられることなく、もっぱら「軍国主義者」と旧秩序の破壊に向けられるにちがいないから。

 

 ・・・前掲のCI&E文書が自認する通り、占領初期の昭和二十年から昭和二十三年にいたる段階では、「ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム」は、かならずしもCI&Eの期待通りの成果を上げるにはいたっていなかった。しかし、その効果は、占領が終了して一世代以上を経過した近年になってから次第に顕著なものとなりつつあるように思われる。

 なぜなら、教科書論争も、昭和五十七年(1982)夏の中・韓両国に対する鈴木内閣の屈辱的な土下座外交も、『おしん』も、『山河燃ゆ』も、本多勝一記者の”南京虐殺”に対する異常な熱中ぶりもそのすべてが、昭和二十年(1945)十二月八日を期して各紙に連載を命じられた、『太平洋戦争史』と題するCI&E製の宣伝文書に端を発する空騒ぎだと、いわざるを得ないからである。そして、騒ぎが大きい割には、そのいずれもが不思議に空虚な響きを発するのは、おそらく淵源「えんげん(根源)」となっている文書そのものが、一片の宣伝文書に過ぎないためにちがいない。

 

 占領終了後、すでに一世代以上が経過しているというのに、いまだにCI&Eの宣伝文書の言葉を、いつまでもおうむ返しに繰り返しつづけているのは、考えようによっては天下の奇観というほかないが、これは一つには戦後日本の歴史記述の大部分が、『太平洋戦争史』で規定されたパラダイム(規範)を、依然として墨守「ぼくしゅ(古い習慣を守る)」しつづけているためであり、さらにはそのような歴史記述をテクストとして教育された戦後生れの世代が、次第に社会の中堅を占めつつあるためである。

 

 つまり、正確にいえば、彼らは、正当な史料批判にもとづく歴史記述によって教育されるかわりに、知らず知らずのうちに「ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム」の宣伝によって、間接的に洗脳されてしまった世代というほかない。教育と言論を適確に掌握して置けば、占領権力は、占領の終了後もときには幾世代にもわたって、効果的な影響力を非占領国に及ぼし得る。そのことを、CCDの検閲とCI&Eによる「ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム」は、表裏一体となって例証しているのである。

江藤淳著『閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本』文藝春秋文庫P270-P273より引用

 

子供だけが洗脳された

 日本人は護国のため、家族のため、大人は一生懸命生き抜いて投降せず、最後まで全力を尽くし戦ったが、負けた。しかし敗戦後、アメリカの負い目払拭の洗脳の嵐の中、大人は屈せず洗脳されなかった「終戦から7年後の昭和27(1952)年に日本が独立すると、戦犯釈放運動で成人4000万人の署名が集まった」。そして、1946(昭和21)年1月、昭和天皇は人間宣言して、その年の2月から9年かけて、日本各地を巡幸の際、国民(成人)は日の丸を振り温かく迎えたではないか。

 しかし、空虚な子供の心に学校で刷り込まれた、か弱い被害者国民対極悪加害者軍国主義史観は、今では加害者アメリカを、完璧に消滅させ、生き続けている。『太平洋戦争史』この捏造が現在に至るまで残るのは、当時の子供への洗脳が、いかに有効だったかである。サイパン・沖縄などの民間人が巻き込まれての死は、アメリカが攻撃したから死んだのだ。アメリカが攻撃しなければ死んでいない。起因は敵国アメリカなのに、戦争なのに、日本国の戦陣訓、日本国の極悪軍国主義に殺されたと何度も再放送するNHK、元NHK職員、マスコミ、。日本はか弱い被害者国民対極悪加害者軍国主義史観に、すっぽりと覆われている。目覚めよ、日本よ、日本人よ。


 

亡国の起因冤罪史観破壊!子孫へ遺す真実史観蜂起日本適者生存史目次へ

コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://sinzitusikan.blog.fc2.com/tb.php/10-becf20c5

フリーエリア
プロフィール

真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QR


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。