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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観1アッツNHKスパイ手口詳細ラジオ音声改竄玉砕戦陣訓米軍民族浄化隠蔽


 戦国の御世、資源無き小国日本の後手(資源封鎖)は滅亡、家族(日本)生存を懸け、何時も先手先手と先憂後楽で行動した先人。大国は出稼ぎ戦争で日本は死活戦争。負ければ家族が、愛する人が、祖国が滅ぶ、自己犠牲の強い意志が、特攻や玉砕である。出稼ぎ戦争の大国は撤退で済むが、日本はすべてが滅ぶ。ゆえに、小国の日本軍、はすべてが背水の陣、すべてが死に物狂いの死活戦争なのだ。兵糧攻めは家族の死。自己犠牲の強い意志で戦ったのは当然である。NHKはこの末期の自己犠牲をあざ笑い、軍切捨ての犠牲者と捏造、民族浄化皆殺し作戦のアメリカを隠蔽した。ルーズベルトがアジアに介入しなければ、凶産拡大も無く、兵糧攻めしなければ、大東亜戦争など無かった!凶産ソ連ルーズベルトの唯物が、大東亜戦争を引き起こしたといえる。資源無き小国日本の弱点は、兵糧攻め。それを世界征服連合国が実施(ABCD封鎖)。日本は適者生存を懸け、対処したに過ぎない。大本営に「部下虐めや虐待ごっこ」をする余裕などは、当然皆無。

 当時の日本は、ABCD侵略国に家族が囚われ、餓死寸前状態であった。大東亜戦争を国外戦争や侵略戦争と見るのは間違い。侵略戦争なら自己犠牲で戦う兵など皆無。侵略連合国はすぐ捕虜になり、自己犠牲兵皆無が証し。場所は国外だが、戦地すべてが城で、兵糧確保戦争と考えれば明解になる。この戦地一角が崩れれば、家族や日本が消滅する、わが身に代えてもの切迫した想いで、どこの戦地も国民も、皆戦っていた。絶体絶命の想いは、ワルシャワ蜂起やゲットー蜂起と同じ。極悪NHK上日本洗脳犯日凶会捏造子孫へぽーらんど不屈復興世界いさん子孫へ


 帰還兵のほとんどが引きずる思いは深く、負けたがゆえに皆沈黙した。この思慮深き聖なる沈黙に付け上がり、こともあろうに、思慮浅き輩は言いたい放題やりたい放題である。NHKとゲゲゲの鬼太郎作者のごとき浅はかな兵は、この、一死一殺の自己犠牲突撃もやむなしの思い、一途な兵を、ただの無駄死に自殺と捏造、狂った軍隊と嘲り笑い愚弄した。家族祖国滅亡生死の最前線で、狂う者がよしんばあったとしても、当然であろう。愚弄などどうして出来得ようか!愚弄者は見苦しい、子孫の白眼視化は確実、今すぐ訂正し引っ込むことだ。

 世界の解放者、沈黙の帰還兵は、今すぐ真実をかたってほしい!家族や親族は聞いて遺してほしい!そして発表してほしい!

 戦国時代の、この資源無き小国日本の立場や、敵や時代をすべて隠蔽し、適者生存の先憂後楽に一途な先人を、65年間も「部下虐めや狂人や虐待ごっこ」と極悪報道の偏向NHK、・・・狂っている。朝鮮報道にしてもしかり。当時のアジアで日本タイだけが独立国の御世に、朝鮮独立なんぞ夢のまた夢論で、力なき李氏朝鮮の独立なんぞ絵に描いた餅、李氏朝鮮は窮鳥に過ぎなかった。侵略南下ロシアに反対の英米等各国の総意と、朝鮮有識者の総意と、資源無き日本の生命線死守の意図でなされたのが、平和裏の朝鮮統治なのだ。ここをまた隠蔽して報道したNHK、スパイを自白しているのだからスパイの巣窟と呼ばれても仕方あるまい。自壊は実から出た錆。亡国奴を放置する国民など史上皆無。

 NHKは傀儡国家満州、関東軍の暴走と常套句だが、敵のソ連凶産ゲリラ(八・一宣言宣戦布告の毛沢東)との戦闘や孫文汪兆銘蒋介石との交流がない。NHKのアッツ島・「鬼太郎が見た玉砕」等の放送には、いたらしめた張本人、敵の米軍がいない。いつも敵がいないのがNHKなのだ。敵がいないので敵にではなく、日本軍の玉砕作戦や戦陣訓、命を切り捨て作戦に殺されたと国民が錯覚する。NHKが放送すると、原爆空爆までもが日本軍の責任と錯覚する。本末転倒スパイの巣がNHKなのだ。今回のこれも、米軍殲滅作戦を隠蔽しての、日本軍大本営悪玉、被害者国民の善悪史観、同じである。NHKの新資料とは、新たな日本軍罵倒資料なのだ。

 NHK視点とは、日本軍悪玉、国民はだまされた善人、善人国民の味方他虐偽善者NHKなのだ。マスコミ視点も同類。国民を暗愚扱いし、見下しての、愚弄視点である。NHK様様の、考えない善良な国民(戦後の、点丸暗記教育の犠牲者)はだまされるが、覚醒者には裁判の有力な自白証拠で、善良な国民の覚醒には恰好の自白放送でもあり、逆に早まり、NHK崩落は寸前となった。新たな戦争起因、この日本に巣くうスパイの一掃なくして、戦後などない!

玉砕と戦陣訓で煽り米軍殲滅作戦を隠蔽したNHK

 全編に主犯米軍皆無で、玉砕、戦陣訓の連呼とともに、数多の兵士の遺影、サイパン飛込み自裁、死体映像を背景に流し印象操作、国民錯覚洗脳放送である。

アッツ島玉砕とは

 米軍1万人が昭和18(1943)年5月12日上陸。アッツ島守備隊2638人が応戦。5月29日深夜、生き残り100人余りが、最後の総攻撃で全滅。2611人戦死。生存者27(海軍1、陸軍26)人は、12~28日の戦闘で負傷し捕虜となり戦後生還。

真実なら改ざん歪曲捏造など不要。NHKスペシャル「玉砕 隠された真実」8月12日(木)1CH午後10時でスパイどもは、改ざん歪曲捏造しまくりで、正体を白状した。

字幕「玉砕・玉が美しく砕けるように、名誉や忠義を重んじて、いさぎよく死ぬこと。広辞苑」

字幕「玉砕の名のもとに死んでいった兵士たち」

 たくさんの兵士の遺影と字幕で、玉砕の名のもとに(米軍ではなく日本軍に)殺されたと印象操作。潔く死ぬのは日本の伝統で、作戦などではない。日本戦史ではありふれた話。

NHKスペシャル

語り「日本軍アッツ島守備隊2600人は全滅、太平洋戦争中初めて玉砕と発表されました」

字幕と音声(大本営)アッツ島守備の我が部隊は敵米軍と決戦二旬(20日間)遂にことごとく玉砕しました

山崎部隊長はただの一度でも一兵の増援も要求したことがない

後に続く者とを信じて心残りなく笑って

悠久の

大儀に就いたのであります

 アッツ島守備隊に関する大本営放送全文は、昭和18年5月31日朝日新聞一面(この紙面最下段に、立川市議選挙結果が報じられている。民主主義は“日本が戦争に負けたから”なったと、“ようこそ先輩”でNHKと田原が捏造した。他虐偽善者史観NHK田原課外授業ようこそ先輩TBS窓際社員の独り言)。以下原文と記載。○は判読不明文字。

 原文アッツ島守備の我が部隊は敵米軍と決戦二旬(20日間)遂にことごとく玉砕しました其の壮烈なる最期は洵(まこと)に鬼師を泣かしむるものがあり、皇軍の神○を発揮して余すところがないのであります、・・・かういう○○悲壮なる状況下にありながら、山崎部隊長はただの一度でも一兵の増援も要求したことがない、又一発の弾丸の補給をも願わない、その烈々の意気、必死の覚悟には誰しも感○してゐたのであります、・・・本訓その二第七死生観に於いて『心身一切の力を尽くし、従容として悠久の大儀に生くることを悦びとすべし』と示し、・・・守備隊将兵はその最後の攻撃決行前に於いて、遥かに皇居を拝して大元帥閣下の万歳を奉唱し、神国日本の天○無○と、大東亜戦争の必勝と、そして後に続く者とを信じて心残りなく笑って大儀に就いたのであります太文字部をつまみ食いし、音声をつなぎ合わせ後に続く者とを信じてを強調し、玉砕は大本営命令であるかのように改ざんした。

 

語り「兵士の死を玉砕という言葉で発表した大本営、その裏には隠された事実がありました。作戦のためには兵士の命を切り捨てる、こうした考えがアッツ島玉砕以前から、蔓延していました」

 古今東西、負け戦は皆こうなる。その負け戦を、「隠された事実・作戦・兵士の命を切り捨てる」、負け戦が続いていることを「蔓延」と言い換え、日本だけが特別のように、印象操作。マッカーサーも、民間人を巻き込み籠城し、病気にかからせ、瀕死にし、「作戦のために兵士や民間人の命を切り捨て」妻子と逃亡した。バターン死の行進棄軍マッカーサーと救民本間雅晴と夫人本間富士子
 日本は皆殺しなどせず捕虜にした。がしかし、戦争に勝ったがゆえに、「作戦のために兵士や民間人の命を切り捨て」妻子と逃亡した者は、アメリカの英雄となり、戦争に負けたがゆえに、捕虜にした者は裁判で処刑された。勝ち負けが、英雄と処刑が、皆殺しと犠牲者が結果の「」である。「」(結果)史観善悪史観(勝者善敗者悪)史観が、いかに不整合不条理で、「」史観真実史観が、いかに整合し条理か、賢明な読者なら一目瞭然であろう。

 

語り「今回私たちが入手した大本営参謀の証言記録です。『敗残兵になったら死んでしまえというのは当たり前じゃないか。薬一つねだってもいけない』」

 戦後の他虐偽善者証言かつまみ食い。映像は富岡定俊氏談話記録第六回とある。詳細後述

 

語り「アッツ島玉砕を機に、兵士の死は美化され、大本営は繰り返し玉砕を報道してゆきます」

 米軍の皆殺しとはいえないので、武勇を尊び玉砕とした。NHK大本営侮蔑目的で美化と印象操作。

 

字幕と音声(大本営放送谷萩報道部長)「ああなんたる荘厳なんたる壮烈でありましょう

生きて虜囚の辱めを受けず

あの

戦陣訓をそのまま実践したものであります

 との字幕と音声だが、この連続文も大本営放送の原文には無い。

 原文「・・・以って皇軍道義の昂揚を図らんとした戦陣訓を其の儘実践したものであります

本訓其の一第五共同において『将兵心を一つにして其の任務に邁進すると共に全軍戦捷のため欣然として没我協力の精神を発揮すべし』と教え、

第六攻撃精神に於いて『防御又、克く攻勢の鋭気を包蔵し必ず主導地位を確保せよ、陣地は死すとも敵に委することなかれ』と訓じ、

本訓其の二第七死生観に於いて『心身一切の力を尽くし、従容として悠久の大儀に生くることを悦びとすべし』と示し、

又第八名を惜しむに於いて『生きて虜囚の辱めをうけず、死して罪過の汚名を残すこと勿れ』と戒められてある、その悉くがこの部隊の上に躍動し○現されてゐるのであります、

あゝ何たる荘厳何たる壮烈でありませう 守備隊将兵はその最後の攻撃決行前に於いて、遥かに皇居を拝して大元帥閣下の万歳を奉唱し、神国日本の天○無○と、大東戦争必勝と、そして後に続く者とを信じて心残りなく笑って大儀に就いたのであります、私は謹みて合掌し、仇敵討ちてし止まむの誓ひを新たにするものであります」

 太文字をつまみ食いし、音声をつなぎ合わせ、改ざんしたのだ

 字幕と音声の内容は、第八のみで、意味は「ああなんたる荘厳なんたる壮烈玉砕は、生きて虜囚の辱めをうけずの戦陣訓を其のまま実践したもの」となり、戦陣訓実践をたたえたものとなり、大本営の命令であるかのように錯覚する。

 原文の内容は第八のみではなく、意味は「皇軍道義の昂揚を図らんとした戦陣訓の、本訓其の一第五第六、本訓其の二第七第八の訓えを、其の儘実践したことに対する、救援できずの自責と、驚きと賞賛(あゝ何たる荘厳何たる壮烈でありませう)」で、明白に異なる。原文は米軍殲滅作戦に対し、勇敢な壮烈死を悼みたたえたもので、戦陣訓の実践をたたえたものではない。

 これは明白なNHKスパイの主旨変更で、洗脳目的の改ざんである。敵は殲滅戦と見切ったのでこれ以降の戦闘は、洞窟やトンネル作戦で徹底抗戦した。

 

語り「今回見つかった玉砕の報道方針を記した内部資料です。そこには兵士に死ぬまで戦うことを求めた戦陣訓を国民にも浸透させるという狙いが記されていました」

 との語りだが、映像には「戦陣訓を一般に理解せしむ」のみで、「兵士に死ぬまで戦うことを求めた・浸透」は無い。

 

語り「ラジオ雑誌新聞などあらゆるメディアを通じて玉砕をたたえ、国民に死の覚悟を求めてゆきました。戦況の悪化とともに一般の国民にも玉砕が広がってゆきます。アッツ島の玉砕以降死者の数は急速に増え二百数十万人の日本人が命を失ってゆきました」

 「戦陣訓を一般に理解せしむ」が「一般の国民にも玉砕が広がってゆき」で、戦陣訓=降伏禁止=玉砕に摩り替わり、「二百数十万人の日本人」が大本営の「戦陣訓=玉砕」で「命を失った」かのように錯覚する印象操作。殺したのはアメリカ軍で大本営ではない。

 

語り「玉砕の魁とされたアッツ島2600人の将兵たち、その死はどのようように引き起こされ利用されていったのか、これまで明らかにされてこなかった玉砕の真実に迫ります」

  NHKのスパイどもは、アメリカの殲滅戦を徹底的に隠蔽し、大本営命令の戦陣訓で殺され、大本営が玉砕と美化し、「一般の国民にも玉砕が広がた」と捏造し、印象操作。NHKスパイ工作の真実に迫ります。

玉砕 隠された真実

 無い無い尽くしの蜂起日本軍、最後は身体を武器に戦った。指揮権喪失につながり総崩れになるので、戦時下の味方の不利情報隠蔽は、当然の常識。発表するバカなどいない。

語り「軍艦や爆撃機によって補給は阻まれました。2638人は孤立してゆきます。日本軍の占領から1年がたった昭和18(1943)年5月12日アメリカ軍がアッツ島に上陸。守備隊の4倍1万人余りの大兵力が押し寄せてきました。追い詰められた守備隊が最後の突撃をおこなった場所へと向かいました。昭和18(1943)年5月29日深夜生き残っていた100人余りの日本兵がこの谷に沿って突撃したとされています」

最後の突撃

語り「日本兵はほとんど武器も持たず叫びながら向かってきたといいます。セロルさんにとって日本軍最後の突撃は、まったく理解できないものでした」

米兵(アラン・セロル94歳)証言「あれは自殺でした。バンザイはどういう意味かわかりませんが自殺のための突撃でした。日本兵は爆発物を巻きつけて死のうとしていました。私たちを殺しに来ると同時に死にに来たんです」

 バンザイは「どういう意味かわかりませんが」とあるので、NHKスパイの誘導質問。軍艦や爆撃機によって補給は阻まれ、米軍殲滅戦に残された唯一の道は、一人一殺しかない。その証が米兵証言である。

 

語り「アッツ島守備隊2638人は全員玉砕したと大本営によって発表されました。・・・実は27人が瀕死の重傷を負

元兵士証言佐々木一郎89歳「んー、カメラの前でこんなごど語るとは夢にも思ってねがらさ、旗色悪いの目に見えているんだもん、だあれー、んー最初がらね、艦砲射撃受けるどぎがら。ほだらねば艦砲射撃受げねよぬ、撃退するよな艦隊がそごらぬいのだら話はわかるけどね。本当に希望もなにもね、戦争さ、負け戦だからね」

 「負け戦だからね」と、負け戦の実態を証言。平和の御世の尺度で判断は誤り。戦時下の負け戦は皆こうなる。

 

語り「それでも日本兵は降伏しませんでした。アッツ島で戦死した兵士が持っていた軍隊手帳。『生きて虜囚の辱めを受けず』、降伏して捕虜になることは、兵士の心得を記した戦陣訓によって、かたく禁じられていました」

 NHK「戦陣訓・生きて虜囚(囚人)の辱めを受けず」を降伏禁止と捏造。軍人勅諭も軍法も「禁じ」てなどいない。戦陣訓は兵士の心得を記した訓えである

 

語り「肩に重傷を負っていた高橋富松さん、自決するか突撃して戦死するか選べと、上官に告げられました」

 最終突撃ではない。突撃以前に捕虜となったので、米軍殲滅作戦は解らないのだ

 

元兵士証言高橋富松89歳「軍隊の規則だからこれ(戦陣訓)だけはね、守らねやならねす。死ぬという言葉が戦陣訓にありやすからな、だからね、残されれば敵に引っ張っていかれるから結局しぬほかしかないんです

 戦陣訓は(訓え)で努力目標、規則ではない。「軍隊の規則・これ(戦陣訓)」は戦後の学習負け戦の実態を証言2につづく⇒

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真実史観2NHKアッツ玉砕スパイ高山仁・横井秀信・夜久恭祐・秦郁彦・濱中博久

語り「突撃していく兵士の手には手榴弾や剣しかなかったといいます」

元兵士証言佐々木一郎89歳「突撃なんていったって鉄砲玉のほうが速いもん。ありゃどうかしているのさ、本当はな、そうすればまず生きていねな、完全にいがれてる」

 最終突撃参加ではないようだ。突撃以前に捕虜となったので、米軍殲滅作戦は解らないようだ。

 

語り「武器も無く降伏も許されず死ぬしかなっかった兵士たち。玉砕とは死ぬことが目的となった戦い方でした。玉砕はなぜ起きたのか守備隊を全滅にいたらせた大本営の責任は検証されずほとんど明らかになっていません」

語り「戦時中789万人の軍人軍属を動かしていた大本営。政府からも独立した天皇直属の最高統帥機関として絶大な権力を振るっていました。永野修身海軍大将杉山元陸軍大将を中心にエリート参謀がすべての作戦計画を立案していました。アッツ島守備隊の全滅を玉砕と発表したのも大本営です」

 殲滅作戦米軍隠蔽し、降伏禁止=玉砕=大本営の責任とし、摩り替えたNHKには、上は悪下は善の、凶産教カルトが蔓延している。「エリート参謀」表現が証し。

 

昭和18年5月30日NHKラジオより大本営陸軍報道部長谷萩那華雄少将「アッツ島守備の我が部隊はことごとく玉砕しました

山崎部隊長はただの一度でも一兵の増援も要求したことがない また一発の弾薬の補給をも願ってまいりません

 原文アッツ島守備の我が部隊は敵と決戦二旬(注・二十日間)遂に悉く玉砕しましたその壮烈なる最期は洵(まこと)に鬼師をも泣かしむるものがあり、皇軍の神○を発揮して余すところがないのであります、・・・かう言う○○悲壮なる状況下にありながら、山崎部隊長はただの一度でも一兵の増援も要求したことがない、 又一発の弾薬の補給をも願わない、 その烈々の意気、必死の覚悟には誰しも感○してゐたのであります、・・・」太字部をつまみ食いし、音声をつなぎ合わせ一発の弾薬の補給をも願ってまいりませんと、捏造を強調米軍殲滅戦での壮烈死を尊んでの報道に水を差すバカなどいない 当然である。「ってまいりませんは複数の合成か、他日の放送からの合成か?

 

語り「大本営はアッツ島守備隊が救援を求めないまま玉砕したと発表していました。しかし実際には、緊迫したやり取りが行われていました。アッツ島守備隊からの電報、守備隊からね増援要請・・・大本営の電報 必要兵力を送ると伝えていました。しかし大本営は、隣のキスカ島からの撤収はするものの、アッツ島の守備隊を見捨てることを決定、援軍も補給も送りませんでした。守備隊からは何の要求も無かったと大本営は偽りの発表をしていたのです」

 戦争は情報戦でもある。「偽りの発表」は、戦時下には当然のこと。NHKは、平和の御世の国民に「偽り」を強調し、印象操作。NHK様様の善良な国民は、殲滅作戦米軍に殺されたのではなく、大本営に殺されたと錯覚する。「見捨てた」のではなく制海権を奪われ、「救援不可能」だったのだNHKはこれを隠蔽した。

 

読売報知新聞昭和18年5月31日

「山崎陸軍大佐 最後の電文

 5月29日14:35

敵陸海空の猛攻を受け、第一線両大隊は殆ど壊滅。辛うじて本一日を支ふるに至れり。夜戦病院に収容中の傷病者はその場に於て、軽傷者は自ら処理せしめ、重傷者は軍医をして処理せしむ非戦闘員たる軍属は各自兵器をとり、陸海軍ととも一隊を編成、攻撃隊の後方を前進せしむ。ともに生きて捕虜の辱めを受けざる様覚悟せしめたり。他に策無きにあらざるも、武人の最後を汚さんことを恐る。英魂とともに突撃せん

 5月29日19:35

機密書類全部焼却、これにて無線機破壊処分す」

 「生きて捕虜の辱め」で、戦陣訓の「生きて虜囚の辱め」とは明白に異なる。戦陣訓は無関係

 

元兵士証言佐々木一郎89歳「援軍が来てやってければ まず大丈夫ということで それを頼りにしてるんだね 心の底では みなそうだった」

 一年前のミッドウェー海戦昭和17(1942)年6月5日~7日で、航空母艦4隻、兵員3500、飛行機200余機(全機)を失い、致命的な大打撃を受けた。これ以後、太平洋戦線の主導権は米軍が握った。18年4月18日山本五十六戦死。NHKはこれらを隠蔽して印象操作。歴史に暗くNHK様様の善良な国民は、援軍を送れたのに見殺ししたと錯覚し、なんとも非情な大本営となる。制海権を奪われ、援軍を送りたくても送れなかった、が真相。平和な時代でも、山の遭難救出に、二次災害の恐れのある場合は、救援派遣は中止で、遭難者は見殺しとなる

 

語り「さらに大本営は、アッツ島守備隊が名誉を重んじ、自ら玉砕を決断したと強調していました」

大本営「山崎部隊長は状況の推移を達観し、最後の決心をいたしました

それは『敵に大鉄槌を下し皇軍の真髄を発揮せん』というものであります」

 原文「山崎大佐は状況の推移を達観し、最後の決心をとりました。それは『敵に大鉄槌を下し皇軍の真髄を発揮せん』といふのであります太文字をつまみ食いし、音声つなぎ合わせ。殲滅された兵への断腸の思いを逆手に取り、大本営を憎め放送のNHKは、朝鮮凶産中国の日本憎め教育とまったく同じなのだ

語り「しかし守備隊には、事実上の玉砕命令がでていたことが判りました」NHK語り「最後にいたらば潔く玉砕し皇国軍人精神のせいかを発揮することを望む」  

 原文(北部軍、樋口季一郎)「百の手段を講じて敵兵員の壊滅を図り、最後に至らば潔く玉砕し皇軍軍人精神精華を発揮するの覚悟あらんことを望む」(東條英機・大田尚樹著角川学芸出版平成21)

 全滅軍に届いたという電文がなぜ残っているのかの真贋は、判らぬが、「望む」は命令ではない。制海権を奪われ、援軍を送りたくても送れない、断腸の思いだ!平和な現代でも、二次災害防止のためやむなく、山岳救援中止の場合は「ナントカ、ガンバッテクレ」だろう

語り「玉砕命令を受けたアッツ島守備隊、怪我を負い歩けない兵士には、自決が命じられました。肩を撃たれながらも突撃に参加することを選んだ高橋富松さん、重症を負った戦友は死のうとして死に切れず射殺されたといいます」

 

高橋富松「動けない歩けない人はなんだかの陰で、やったわけさ、殺したわけだ。結局殺してくれと言って、私の横の裸になって上着脱いで、殺してくれと言って、それをわたしはみだたんす」

 日本軍に限らず、古今東西すべての敗残兵の現実の姿で、安楽死は、日本軍だけのものではない

語り「昭和18年5月29日守備隊は再突撃を敢行し全滅しました。日本兵で埋まった戦場で、一冊の日記が発見されました。辰口信夫さんが突撃に参加する間際まで綴っていたものでした」

辰口信夫日記「5月29日午後8時、地区隊本部前に集合、最後の突撃決行。わたしはわずか33年の命をここで終えることになる。最後まで私を愛してくれた愛する耐子よさようなら。4歳になったばかりの美佐子健やかに育ってください。今年2月に生まれたばかりの睦子は父の顔をしらず大きくなるのはすまなく思います」

 大本営や戦陣訓の犠牲者ではなく、アメリカルーズベルトの民族浄化の犠牲者

 

語り「玉砕という名の下、アッツ島で亡くなった2600人の人たちです」

 2600人の遺影映像。米軍殲滅作戦ではなく玉砕で亡くなったと錯覚する

 

語り「作戦の失敗によって引き起こされた、アッツ島守備隊の全滅。大本営はその責任から逃れるため、守備隊自ら玉砕したと発表したのです」

字幕と音声(大本営)「ことごとく玉砕し かくてアッツ島は皇軍の真髄発揮の聖地として 永遠に

悠久に

歴史の上に記されることにな

った ので あります

 原文「・・・その後アッツ島の電信所は呼べど永久に答うることなかったのであります、・・・守備せる全員悉く玉砕し かくてアッツ島は皇軍の真髄発揮の聖地として永遠に 歴史の上に記されることになりました・・・本訓其の二第七死生観に於いて『心身一切の力を尽くし、従容として悠久の大儀生くることを悦びとすべし』と示し」太文字をつまみ食いし、音声をつなぎ合わせた。戦時下、味方に不利な報道(皆殺しで全滅)を流す馬鹿国家など史上皆無は、常識の範疇。まさにNHKは常識から乖離の異界集団である。

 物事を考えない短絡人間ルーズベルトと鵜呑みした米国民、スターリンと鵜呑みしたソ連国民、毛沢東と鵜呑みした中国国民が戦争を引き起こした。戦後の物事を考えない短絡人間、凶産を鵜呑みし犯日の中国国民、金日成鵜呑みした犯日の北朝鮮、李承晩鵜呑みし犯日の韓国や罪日、戦後復職の赤教授やNHK鵜呑みし犯日の鳩山・菅・千石・小沢等と国民、鵜呑みが戦争起因である。日本のへても善悪史観犯日者は、スパイ以外はすべて物事を考えない短絡人間で、戦争を引き起こす予備軍である。

 日本が戦後復興できたのは欧米列強ソ連凶産のブロック経済(保護貿易)を破壊し、自由貿易となったからだ。

戦前の公務職はすべて「公」で、戦後の公務職はすべて「私」となった。これが日本国衰微の元凶。「公」無き公務職員「NHKも含む」即解雇が日本隆盛の術

 

語り「兵士の死を玉砕と賛美しながらその裏で、2600人の将兵を見捨てていた大本営。参謀たちはなぜ命を切り捨てたのでしょうか。大本営が玉砕という言葉で舞台の全滅を公表したのは、アッツ島が最初でした。しかし、大規模な命の切捨ては、それ以前から行なわれていたことが今回明らかになりました。南方の最前線ニューギニアです。日本から5000キロ、パプアニューギニア南東部に位置するブナです。今回ブナの戦いを記録した映像を入手しました。撮影されたのはアッツ島玉砕のおよそ半年前、多くの日本兵の遺体が映し出されています。記録によれば、昭和18年1月2日、ブナに駐屯していた守備隊が突撃のすえ全滅、2000人余りが犠牲になったとみられています。ニューギニア戦の調査研究をしている田中宏巳さんです。この地で多くの部隊が、大本営に切り捨てられていたことを明らかにしてきました。田中さんは、ブナ守備隊が太平洋戦争中最も早い段階で、切り捨てられた部隊の一つだ、と考えています」

 防衛大学元教授田中宏巳「ある時点で中央はあきらめるんですね。その戦場をばん回しようというのをあきらめる。後はもう現地のなすままに任せようというそういう状態を棄軍という。最初の事例がここ(ブナ)だったと思うんです。とにかく不利になったら死になさいという。この後、太平洋の各地で点々と起こることになる」

 なぜそうなったのか(米軍殲滅作戦に攻められ救援路も退路も絶たれた)を隠蔽。「見捨てていた大本営・命の切捨て・犠牲・切り捨てられた・棄軍・不利になったら死になさい」と「大本営憎め言葉」を並べ、「2000人余りが犠牲」は、大本営の責任と印象操作

 

語り「日本軍がブナに上陸したのは、昭和17年7月日本が戦争を優位に進めていた時期でした。しかし、アメリカとオーストラリアの反撃に遭い、4ヵ月後には追い詰められてゆきました。同じ頃、ソロモン諸島のガダルカナル島でも、日本とアメリカの激戦が展開されていました。現地の司令官は、兵士や弾薬を前線に送る際、速度の速い駆逐艦を使っていました。しかしその多くが撃沈され、12月中旬には駆逐艦輸送は打ち切られることになりました。孤立したブナ守備隊は一方的な攻撃にさらされることになりました。後にアッツ島の兵士が経験することになる、絶望的な戦いでした。上陸からわずか5ヵ月後に、なぜ援軍や補給が打ち切られたのか大本営の参謀が戦後その内幕を証言していました」

語り「大本営海軍部作戦課長富岡定俊大佐(当時)昭和45年、亡くなる2日前に、大本営の冷徹な論理を明かしていたのです」

富岡定俊氏談話記録より「あの軍は敗残兵である。これに日本の海軍が駆逐艦や潜水艦で米を運ぶために出動したら日本の海軍の戦力はなくなってしまうぞ。なくなったら作戦できなくなるじゃないか。これを上司に上げましたよ、上司も捨てるというのです。敗残兵になったら死んでしまえというのは当たり前じゃないか。薬一つねだってもいけない。こういう原則でやったわけです」

 クレーム封じのためにさりげなくここで、その多くが撃沈され」とやっと原因をかたったが、「なぜ援軍や補給が打ち切られたのか大本営の参謀が戦後その内幕を証言・大本営の冷徹な論理・敗残兵になったら死んでしまえというのは当たり前・こういう原則」と続いた語りで、この原因(多くが撃沈)が打ち消され、記憶に残らず、「冷徹大本営」、憎め憎めの印象操作で殲滅作戦米軍は隠蔽され、極悪大本営となる。大本営は冷徹でも極悪でもなく、制海権を奪われ術がなかっただけである。2つの証言も、「これが戦争です」と後に続けば、非難証言ではなくなる。2つの大本営非難証言も、NHKがつまみ食いした可能性が高い。語尾証言カットは、NHKスパイの常用手段である。絶体絶命時に少数切捨ては戦時下の常識、どこの国の戦史にも、少数にとらわれ多数を犠牲にする愚将などいない。少数切捨ては絶体絶命時で援軍をむける余裕がなかったということだ。ルーズベルトは真珠湾艦隊を生贄にしてまでして、戦争を始めたのだ。ルーズベルトは宣戦布告を隠蔽同士討ちも茶飯事が戦争。平常時の判断は誤り

 

語り「二千人余りの部隊は全滅しました。大本営はブナ守備隊の全滅を隠し、他の戦線に移動したという偽りの発表までおこなっていました」

 戦時下に不利な発表するバカ軍隊など、古今東西皆無

 

語り「さらにわずかに生き残った兵士たちに、徹底した緘口令までひいていたことが今回の取材で明らかになりました」

兵士証言「・・・見張られていた・・・他の兵士との接触禁止・・・」

 見方に不利な情報(皆殺しで全滅)の隠蔽は、戦時下では常識。米軍の殲滅なのに、見捨てて命を切り捨てた極悪大本営を憎め憎めの語りである。不利な発表するバカ軍隊など、古今東西皆無

 

語り「ブナ守備隊の全滅は大本営によって封印されました。しかし、戦況はもはや隠しきれないほど悪化していました。ブナ守備隊の全滅の半年前中部太平洋のミッドウェーでは空母4隻を失う大敗北をきっしていました。これ以降太平洋での日本の優勢は崩れてゆきました。ガダルカナル島撤退の攻防では、およそ3万の兵のうち、2万人が犠牲となり、撤退を余儀なくされていました。日本軍は前線を維持出来なくなっていたのです」

 この前線を維持出来なくなっていた事実の後が、ブナ、ガダルカナル、アッツなので、棄軍や援軍送らずは、非情とかではなく、制海権を失い不可能だった。時間の流れのままに放送すれば、負け戦なので不可抗力となり、戦陣訓、玉砕を命令した非情の大本営強調のもくろみは消えてしまう。そこで洗脳が一段落するまでひた隠しし、クレーム封じのためさりげなくここでさらりと放送し、工作した。ここまでで、国民のほとんどが洗脳され、大本営非常の原因、「前線を維持出来なくなっていた(主導権喪失)」を、考える余裕など皆無。ネットに散見する大本営極悪、だまされた将兵、かわいそうな犠牲者論は、その成果である。NHKスパイの、大本営極悪洗脳大作戦は、成功したのだ。日本を徹底的に侵略者呼ばわりし洗脳、アジアの解放者に成りすましたルーズベルトと同じ。日本を徹底的に侵略者呼ばわりし洗脳、被害者に成りすまし、金せびりや“泣き売”や謝罪要求する、韓半島や罪日や凶産中国も同じ手法。以下も、NHKスパイの、大本営極悪洗脳大作戦の続き、駄目押しである

 

語り「大本営陸軍報道部長谷萩華雄少将は、昭和18年5月の会議で、戦況悪化を隠し続ける限界を語っていました。『ニューギニア方面の百五十連隊の全滅については、できるだけ短く発表する。今後はこのような発表が多くなるものと予想されるので、困っている』、この発言の3週間後、アッツ島玉砕という言葉で発表したのです」

 大本営は非情ではない「困っている」と、断腸の思いを述べている3につづく⇒

真実史観3中ソ朝は老若男女同胞虐殺凶産上悪下善で信奉するNHKや東大ら犯日

字幕と音声(大本営)「アッツ島守備の我が部隊は

ついにことごとく玉砕しました

生きて虜囚の辱めを受けず

あの

戦陣訓をそのまま実践したものであります

後に続く者とを信じて心残りなく笑って

悠久の大義に

就いたのであります」

 との字幕と音声だが、この連続文もこれまで同様、大本営放送原文には無い

 原文アッツ島守備の我が部隊は敵と決戦二旬(注・20日間)遂に悉く玉砕しました其の壮烈なる最期は洵(まこと)に鬼師をも泣かしむるものがあり、皇軍の神○を発揮して余す所がないのであります、・・・以って皇軍道義の昂揚を図らんとした戦陣訓を其儘実践したものであります

本訓其の一第五共同において『将兵心を一つにして其の任務に邁進すると共に全軍戦捷のため欣然として没我協力の精神を発揮すべし』と教え、

第六攻撃精神に於いて『防御又、克く攻勢の鋭気を包蔵し必ず主導地位を確保せよ、陣地は死すとも敵に委することなかれ』と訓じ、

本訓其の二第七死生観に於いて『心身一切の力を尽くし、従容として悠久の大儀に生くることを悦びとすべし』と示し、

又第八名を惜しむに於いて『生きて虜囚の辱めをうけず、死して罪過の汚名を残すこと勿れ』と戒められてある、

その悉くがこの部隊の上に躍動し○現されてゐるのであります、

あゝ何たる荘厳何たる壮烈でありませう 守備隊将兵はその最後の攻撃決行前に於いて、遥かに皇居を拝して大元帥閣下の万歳を奉唱し、神国日本の天○無○と、大東戦争必勝と、そして後に続く者とを信じて心残りなく笑って大儀に就いたのであります、私は謹みて合掌し、仇敵討ちてし止まむの誓ひを新たにするものであります」

 太字部をつまみ食いし、音声をつなぎ合わせ、改ざんしたのだ

 字幕と音声の内容は第八のみで、「生きて虜囚の辱めをうけずそのまま実践し、遂に悉く玉砕した。戦陣訓で玉砕するを見習って、後に続く者とを信じて心残りなく笑って悠久の大儀に就いた」となり、大本営命令と錯覚する。

 原文の内容は、第八のみではなく、意味は「皇軍道義の昂揚を図らんとした戦陣訓の、本訓其の一第五第六、本訓其の二第七第八の訓えを、其儘実践したことに対する、救援できずの自責と、驚きと賞賛(あゝ何たる荘厳何たる壮烈でありませう)」で、大義に就いた理由は「神国日本の天○無○と、大東戦争必勝と、そして後に続く者とを信じて心残りなく笑って大義に就いた」で戦陣訓や玉砕ではない、明白に異なる。原文は米軍殲滅作戦に対し、戦陣訓の内容4ヶ所を引用し、勇敢な壮烈死を悼み、たたえたもので、全滅した同胞への表現を玉砕としたに過ぎない。これは明白なNHKスパイの主旨変更で洗脳目的の改ざんである。

 ガダルカナル・ブナ・アッツの皆殺しで、アメリカは殲滅戦と見切り、これ以降の、サイパン・パラオ・ペリリュー・硫黄島・沖縄等では、洞窟に立て籠もるトンネル作戦で、徹底抗戦となった。住民の自裁も米軍皆殺しが起因で、玉砕や戦陣訓などではない。トンネル作戦はベトコンが継承し、米軍を追放したのは、真新しい史実だ

語り「今回見つかった陸軍の幹部が記していた内部資料、東條首相が出席する会議で、谷萩少将が戦争を継続するために、将兵たちの死を利用する計画を語っていました」

アッツ島報道方針

谷萩少将「戦意の昂揚をはかり戦陣訓を一般に理解させる。山崎大差はもとより、全将兵の勇戦をたたえ、統率に疑惑を抱かせないようにする」

東條首相「国民一般に是非とも伝えて、山崎大佐の死を永久にいかすようにせよ」

 戦陣訓の内容は降伏禁止などではなく、軍規違反するな、なので、当然である。東條首相の永久にいかす」は、死を永久にとあるので、生かす(歴史に遺す)で、活かす(利用)ではない。よって、「将兵たちの死を利用する計画」ではない。捏造印象操作。1万1千人対糧食弾薬尽きた2638(負傷捕虜27)人戦闘の結果は、4倍の殲滅作戦軍アメリカ戦死者600名、戦傷者1200人である。一人一殺以上の凄まじい戦いといえるだろう。東條首相が死を永久にいかすようにせよ」の指示は当然である

山崎部隊の合同慰霊祭ニュース映像

語り「軍の主導で大々的におこなわれたアッツ島守備隊の慰霊祭。玉砕した将兵たちは軍神として祭られました。其の遺骨箱にはただ砂が入っていたといいます」
 占領されたので当然遺骨など無い。ただ砂が入っていた」と強調し、大本営の非情を強調

語り「その後、太平洋の戦場で部隊の全滅が次々と起こり、玉砕と発表されてゆきました。隠蔽されていたニューギニアブナ守備隊の全滅も玉砕とされ、賛美されました。一億玉砕、ラジオ新聞雑誌などあらゆるメディアも、国民を煽り立てました。選局が絶望的になっても大本営はさらに玉砕をあおりたて、一般市民も死に巻き込んでゆきました

サイパンの婦人飛び込み映像

語り「先の戦争で亡くなった日本人は310万人、この内二百数十万人は、アッツ島玉砕以降の死者です」

 大本営の戦陣訓や一億玉砕扇動で、サイパンの婦人も飛び込み、二百数十万人の死者となったと、錯覚する。NHKはアメリカ軍殲滅作戦を隠蔽し、戦陣訓や玉砕作戦で日本軍大本営に殺された犠牲者は、最終的に二百数十万人に達したと印象操作放送した。なんとまあ短絡な選り食いつまみ食いした幼稚な放送だ。殺したのは兵糧攻めし、出稼ぎで侵略した、アメリカ軍である。日本は生きるか死ぬかの死活戦争。死に物狂いは当然である。世界が相手である、並みの覚悟などで出来るものではない。軍民皆共生共死、覚悟したゆえの戦争であった。サイパンも沖縄も真岡も、軍民一丸覚悟の自裁。証拠は下記。サイパン婦人飛び込み自裁についての米軍従軍記者の報道 
 「海兵隊はマルピ岬で在留邦人婦女子の投身自殺の大半を見かけた当日の一日中の間にも、その断崖の上にはラジオの拡声器がいくつも据えつけられていた。そしてすでに投降した在留邦人たちは、他の同胞に向かつてよく待遇されるむねを説得しながら、投降するように大いにすすめたのであつた。しかし、それでも日本人の自決をとどめることはできなかつた。多数の日本人の間には、あらゆることにもかかわりなく、死のうとする強烈な推進力があるように思われた。これらのサイパン島の在留邦人の態度は、総員自決するまえに次のような文字を書き残して玉砕したペリリュー島(内南洋のパラオ諸島の主島)の日本軍将兵の態度とよく似ているように見えた。『われわれは、わが屍をもつて太平洋の防砦を築かん!』」。(注・死後祖先神は、古からの古式


日本女性人髪櫛けずり自裁
 「日本人在留邦人の一部には、みずからその生命を絶つまえに、相当の儀礼をとりおこなうものがあった。その一例として、三名の女性が、まるでテルモビレーの決死の陣にのぞんだレオニダス将軍と部下のスパルタ軍勢の流儀に似て、岩頭にゆうゆうと坐ってその長い黒髪を落ちついて櫛けずりつつあった光景には、さすがの海兵たちも呆然と驚異の目を見はって見まもるばかりであった。それから最後に、これらの女性はそれぞれ両手を合わせて祈りながら、しずしずと海のなかへ歩いて行き姿を消したのである」。「サイパン日記7月11日」ロバートシャーロッド著中野五郎訳(注・住民自裁は、米軍急追と、尼港済南通州等のトラウマと、古式祖先神が相俟って起きた軍命は捏造米軍急迫で集団自決トラウマ尼港済南通州等で潔く自裁が真相

 終戦時20歳の橋田 壽賀子も、青酸カリを個人的に貰い、所持していたと、2011.11.1.TBS朝ズバで証言。

語り「アッツ島の戦闘から奇跡的に生還した、高橋富松さんです。山崎軍神部隊と題された戦時中の雑誌。玉砕した兵士たちをたたえています」

高橋富松「そうそうこれな」

語り「軍神として祀られた22歳の高橋さんの姿です。67年たった今も、戦友と共に玉砕できず、生きて帰ったことに苦しんでいます」

高橋富松「わたしは運が悪いんじゃないかと思ったんだけど、わたしはが考えるのは、運が悪いからこりゃ生きてきたなということだども、(だども=だけれども。以下カットされている)」

佐々木一郎「戦陣訓どおりにやれば立派だて、そりゃ死ねばはいいやさみなうーん、うーんまずねーどうしておれはこういうふうに生きてきたもんだろうと思うのはねいつも思うんです。思いますよ」

加藤重雄「生きて虜囚の恥をかいているんですから。あんたに恥をかいている。たくさん、恥をかいているん、ですから」

語り「真実を覆い隠す美名として使われた言葉玉砕。その裏には、残された者の筆舌に尽くしがたい苦しみがありました。そして、失われたおびただしい数の命。戦後65年、兵士たちの遺骨は、祖国から遠く離れたアッツ島に今も残されたままです」
 2600人の遺影映像。米軍殲滅作戦ではなく、玉砕で亡くなったと錯覚する
 主客転倒筋違いな語りである。「真実を覆い隠す」は戦時下の常識。「美名」呼ばわりは、NHKの捏造。「残された者の筆舌に尽くしがたい苦しみ」は、降伏禁止と捏造したNHKが原因。「失われたおびただしい数の命」は、ルーズベルト政権アメリカの民族浄化政策の犠牲者。「遺骨は、祖国から遠く離れたアッツ島に今も残されたまま」なのは、戦後65年経ても未だに日本極悪、日本軍極悪報道のNHK筆頭、マスコミが原因。NHKスパイのこじつけは、子供でも判る幼稚さなのだ。

山崎保代大佐(山梨県出身)
 1943(昭和18)年3月越後高田の歩兵連隊長山崎保代大佐は、新たに最前線アッツ島守備隊長に任命された。帰還困難と覚悟した山崎は、妻に遺書、四人の子には別れの手紙を残し、出陣した。

 5月12日米軍上陸作戦開始。14日、樋口季一郎(オトポールルートユダヤ人救出者1八紘一宇世界同胞主義樋口季一郎安江仙江犬塚惟重すぎはらちうねとユダヤ人)北方軍司令官より、増援電報。16日樋口は「持久戦」指示。20日大本営より「増援中止」の指令。

「遺稿集」樋口季一郎私家本「私は落涙、この『断』に追従する外なかった」

 そして樋口は、追従する交換条件として、統帥部案件「キスカ島撤退」の「確約」を迫った。

「書翰」昭和40年1月26日

 「私はここで一個の条件を出した。それは『キスカ撤収に海軍が無条件の協力を約束するならば』と云うようにあった。

 次長は長距離電話で中央部との協議の末。私の条件を受理した。そこで私は山崎支隊を見殺しにするということを了承せざるを得なかったのであった」

そして同日20日、樋口苦渋の電文
 「中央統帥部の決定にて、本官の切望救援作戦は現下の情勢では、実行不可能なりとの結論に達せり、本官の力およばざることははなはだ遺憾にたえず、深く謝意を表するものなり」
山崎守備隊長の返電
 「戦する身、生死はもとより問題ではない。守地よりの撤退、将兵の望むところではない。戦局全般のため、重要拠点たるこの島を、力およばずして敵手に委ねるにいたるとすれば、罪は万死に値すべし。今後、戦闘方針を持久より決戦に転換し、なし得る限り損害を敵に与え、九牛の一毛ながら、戦争遂行に寄与せんとす。なお爾後、報告は、戦況より敵の戦法、及びこれが対策に重点をおく、もし将来、この種の戦闘の教訓として、いささかでもお役に立てば、望外の幸である。その期いたらば、将兵全員一丸となって死地につき、霊魂(注・古からの祖先神となり)は永く祖国を守ることを信ず」指揮官の決断・早坂隆著・2010・文春文庫

「山崎守備隊長の最後・アメリカ軍中隊長ハーバード・ロック中尉の談話」朝日新聞広島地方版昭和25年2月19日
 「自分は自動小銃を構えて立っていた。霧で百メートル以上は見えない。ふと異様な物音がひびく。敵襲かと思ってすかして見ると、三百~四百名が一団となって近づいてくる。先頭に立っているのが山崎部隊長だろう。右手に日本刀、左手に日の丸を持っている。どの兵隊もボロボロの服で青ざめた顔をしていた。手に銃がないものは短剣を持っている。最後の突撃というのに、皆どこか負傷しているのだろう。足を引きずり、ゆっくり近づいて来る。アメリカ兵は身の毛をよだてた。第一弾が命中して先頭の山崎部隊長がバッタリ倒れた。しばらくするとむっくり起き上がり、また倒れる。また起き上がり、一寸一寸と、はうように米軍に迫って来る。また一弾が山崎部隊長の左腕を貫いた。左手はだらりとぶらさがり、右手に刀と国旗を握り締めた。こちらは大きな拡声器で『降参せい、降参せい』と叫んだが、日本兵は耳を貸そうとはしなかった。遂に一斉砲火が集中された」


奇跡の作戦」:陣容を立て直した大本営隣のキスカ島の守備隊全員5183名を無傷で救出
 
運悪くアッツ島救出はできなかったが、隣のキスカ島は、米軍包囲網突破に6月上旬から数度挑戦し、1時間で全員を救出している。キスカ島撤退作戦:アッツから二ヵ月後の昭和18年7月29日、キスカ島の守備隊全員5183名を無傷で救出し、撤収。「奇跡の作戦」と呼ばれている。キスカ撤退作戦 (ケ号作戦発動)8月15日、3万4千の米軍はもぬけの殻のキスカ島上陸、同士討ちで100名戦死、負傷者数十名アッツ突撃の恐怖が引き金であろう)でキスカ島攻略を完了した。なにゆえ2ヵ月半も時間をかけたのだろうか?アッツ島2638の兵と戦い1800の死傷者(戦死600負傷1200)の力攻めを反省し、封鎖し、米軍は兵糧攻めに変更したのだ。この変更が日本の陣容建て直しとなり、救出可能となった。アッツ攻略が簡単であったなら、すぐさまキスカも攻められ全滅であったろう。キスカ5183名は、アッツの戦友が救ったといえる。NHK巧凶放送は、これも隠蔽した。NHKのつまみ食いの歴史は、いかに邪道悪意に満ちたものかの証明であるNHK加藤陽子3H(犯日=半藤保坂)等、ごろつきペーパー人間の捏造は、バカの一つ覚えのつまみ食い。なぜどうしてと過程をたどれば、子供でも解る他愛もないものである。ペーパー人間はしょせん、ペーパー人間しかだませないのだ!

 「物事にはすべて禍福あり」。この、已むに已まれぬ決断を、「上悪下善」を掲げNHKは冒涜しているのだ。上悪下善は凶産の旗印だが、中国やソ連や韓半島のごとくに、老若男女同胞を皆殺しした国家は、古今東西皆無。NHKや東大が信奉する凶産は、無辜の非戦闘員老人女子供同胞大量虐殺集団。NHKのすり替え洗脳である。

 放送の、証言者の戦陣訓は、戦後の学習。皆が命を懸けた国民救済の戦いに命を懸けられず、おめおめと生き残ったという深い負い目があるので心深く刻まれた。宗主国破壊、新秩序植民地独立付与宣言を隠蔽し、敗者日本、侵略者極悪日本軍との罵倒が原因で、護国の兵に、こういう悔恨のむごい証言をさせる結果となった。

 「降伏禁止は軍人勅諭にも軍法にもありません。戦陣訓虜囚の辱めは、軍規違反で捕まり、囚人となるなという訓えで、降伏禁止ではありません。戦時中、兵士鼓舞の建前論に誤用引用されましたが、兵士のほとんどが建前論として理解していましたので、力尽き投降し捕虜になった兵もたくさんいます。それを、戦後復職の東大京大の赤化教授らが、戦中に追放された己を正当化するために、降伏禁止命令と捏造し、追随したNHKや新聞が65年間も日本軍極悪宣伝の旗印にし、なんと辞書まで書き換えました。しかしついに、皆さん先人の真実は解明されました。先人の、子孫家族生存を願った先憂後楽苦汁の蜂起なかりせば、今の日本など、・・・いや、国名も消滅していたでしょう。あなた方先人が命を懸け鳴らした人類への警鐘、鉄槌で、人類が覚醒し、子孫は護られ、ご覧のように繁栄しています。開闢以来の弱肉強食を破壊、世界は新秩序を産み平和になりました、ありがとうございます。あの世の戦友にもそう伝えてください」と、世界の真実定説を、NHKはどうして言えない!語れない!人類に身体を筆にし流れる血で不条理を書き、遺し、共振を喚起し、人類の覚醒の扉を開いた救国の兵に、敗残兵証言させ、悔恨させることほどむごたらしいことはない。NHK65年間もの捏造は、日本史上まさしく最大の巨悪だ!

 先人は、大本営の戦陣訓や一億玉砕扇動の犠牲者ではなく、ルーズベルト政権アメリカの民族浄化政策の犠牲者で、虐げられし白人小国や、有色人の祖国家族を、民族浄化から護り切った解放者だ。

奇跡の作戦」を隠蔽し国民をだましたNHKは、スパイ以外の何者でもない
 「訓え」を「虜囚の辱=捕虜となるはづかしめ」と曲解し、日本古来の武士道と結びつけ、「兵士や国民鼓舞」に利用した軍人もおり、学者新聞も追随した。「戦うも死(超大国英米蘭中ソが相手)、戦わざる(降伏)も死(凶産ソ中合体での日本侵略)」の、抜き差しならない死活下(曲解までしての、「鼓舞」の理由)なので、曲解を咎める者無きは当然であろう。日本危うし!軍民こぞって、決死の覚悟であったことが窺い知れる。「感謝」以外、先人への言葉は無い!

スパイと白状したNHKとその寄生虫
制作統括高山仁 ディレクター横井秀信・夜久恭祐 取材協力秦郁彦 語り濱中博久 資料提供朝日新聞・毎日新聞

1NHKスパイ白状アッツ島




亡国の起因冤罪史観破壊!子孫へ遺す真実史観蜂起日本適者生存史目次へ

真実史観真実解明後の癌談話は村山とは異なるほめ殺しで喜ぶ朝鮮は賎民出自白状


自存自衛先憂後楽の先人を冒涜する癌はどこの国の首相なのだ?
 当時は戦国時代で侵略は合法。攻めなければ中国とその属国朝鮮や、ロシアに攻められた。力無き小国は事大が術だった。朝鮮自らの意思で事大したのに謝罪要求とは?史上に、厚顔無恥国家として打刻は間違いない。

 日韓併合は、寺内正毅韓国統監と韓国首相李完用韓国首相が「韓国併合に関する条約」に、1910年8月22日署名し始まった。マスコミは朝鮮植民地支配100年談話と叫んでいるが、これは捏造。まだ99年である。菅談話8月10日は、韓国(1948年8月12日アメリカから独立。韓国は日本から独立と捏造、し8月15日を光複節独立記念日としている)に配慮迎合は明白である。先人は配慮もされず植民地支配と愚弄され、そっちのけである。菅はいったいぜんたいどこの国の首相なのだ。実技無き仮想現実界の犯日者は、生国も判らなくなっているようだ。それとも生国は日本以外か?

 菅の韓国への謝罪は、旧社会党村山談話と全く同じ。

 鳩山、菅、仙石(法科)、落選法相千葉景子(法科)、つまみ食い表音丸暗記記憶のみの、民主党、粗探し、選り食いは得意だが、思考回路皆無のため、料理(政治)が出来ない民主党。全員自立回路がないので、小沢一郎私欲独裁者のロボット。対案なく粗捜しのみの何でも反対党、旧社会党と全く同じ。それにしても民主党、韓国に対して、異常な迎合振りである。特に小沢、菅、仙石、鳩山とその妻は異常。輩の出自、調査の必要あり。スパイ防止法無き日本、スパイは野放しだ。

 この菅談話は、生国も判らない病人か、工作員と民主党の正体を暴露し、自爆の導火線に点火した。

 

宗主国やロシアは出稼ぎ戦争で日本は死活戦争

「アメリカ人の鑑・日本」ヘレン・ミアーズ1948年出版

1回想

 日本の場合、近代(開国以後)全てが、危機の時代(戦国時代だった。

2韓国の奴隷化

 韓国は古くから中国の属国だった。国内を統一する王家はあったが、彼らは中国朝廷に朝賀し、外交政策は中国に依存した。

 ・・・1876年、日本は韓国を説得して数ヶ所の港を開港。そして、治外法権に守られて日本は定住し、交易できるようになった。欧米列強は反対するどころか、むしろこれに乗じ、若い生徒(日本)に続いて自分たちも、特権を得た。1882年までに、アメリカ合衆国、大英帝国、イタリア、ロシア、フランスが韓国に代表部を置いた。

 日本は日本はまだ欧米列強の半植民地国だったが、韓国では、後れた国民を近代化する役割を担う、列強と対等の進歩的[著者注1 今日、私たちは天皇を反動的勢力、「恐ろしい病根」と非難しているが、19世紀当時は欧米列強の、友好的な新政府の代表であり、日本の近代化に貢献したので。「進歩」の象徴と考えられていた。中国との古い関係に固執し、近代化に反対する韓国国王は、韓国では「動」の象徴とされていた]勢力として認められていた。

 1894年7月29日、韓国駐在のシル米代表は次のように書いている。

 ・・・日本は思いやりのある態度で韓国に接していると思う。今度こそ、韓国を中国の束縛から解放しようとしているようだ。韓国国民に平和と繁栄と文明開化をもたらすことによって、力の弱い隣国を安定した独立国にしようと考えている。こうした日本の動機は韓国の知識層である官僚の多くが歓迎している。アメリカにも異論はないと思われる。

 日露戦争後、アメリカは「日本に任せ」韓国から代表を引き上げた。韓国皇帝はセオドア・ルーズベルト大統領に訴えたが、大統領は、韓国は「自主統治にも自衛にも、まったく無機能であることがはっきりした」として、介入を拒否した。「その後三年の間に、現地情勢に詳しい外国人たちの賞賛を、勝ち得るような改善が数多く出現した」と書いたアメリカの歴史かもいるのだ。

 こうした公式記録を見る限り、なぜ日本が(終戦後の現在)韓国国民を「奴隷にした」として非難されるのか理解できない。もし奴隷にしたのなら、イギリスは共犯であり、アメリカは少なくとも従犯である。日本の韓国での行動はすべて、イギリスの同盟国として合法的に行われたことだ。国際関係の原則にのっとり、当時の最善の行動基準に従って行われたことである。しかも、その原則は日本が作ったものではない。欧米列強、主にイギリスが作った原則なのだ。

 1907年、韓国皇帝はハーグの第二回万国平和会議(当時の平和愛好国の会議)に抗議を試みたが、皇帝の特使は発言の機会を与えられなかった。そして皇帝は退位に追い込まれた。

 1910年、日本が韓国を併合したのは、新皇帝が請願したからだ。日韓関係について語るパールハーバー以前の歴史家は、日本は欧米列強から教わった国際関係の規則を、実に細かいところまで几帳面に守っていた、といってほめるのだ。トリート教授によれば、日本は「一つ一つの手続きを外交的に正しく積み上げていた。・・・そして宣言ではなく条約で、最終的な併合を達成したのである」。事実、列強の帝国建設はいずれも、日本の韓国併合ほど合法的手続きを踏んでいなかった。

4改革か戦略か

 韓国は戦略的に重要だが軍事的に脆弱だから、力のある国が管理する。それが大国の論理だ。ただイギリスもロシアも相手に管理させたくなかったのだ。イギリスにとっては中国のほうが大事だった。そうでなくても、多くの国にコミットメント(係わり)を持っていた。アメリカも抱えられる限りのコミットメントを持っていた。だから、イギリスにもアメリカにも、韓国の指導を引き受ける考えはなかった。

 こうした情勢の下では、日本の存在は有難かった。イギリスはもし韓国が、安定化も近代化もされず他国の庇護もなく放置されたら、必ずロシアが入ってきて、華北のイギリスの権益を直に脅かすだろう、と考えた。だから日本は当然かつ安全な同盟国だった。当時、日本は投入できる資本をほとんど持っていなかったから、中国における経済競争の手強い相手になるとは考えられなかった。

第九章の5誰のための共栄圏か

1944年8月12日フランクリン・D・ルーズベルト

 「われわれがアメリカとわが大陸に対する将来の日本の脅威を取り除くことによって、極東の民衆が同じ脅威から介抱される希望が生まれるのである。フィリピン国民は日本の奴隷になることはなかったし、これからも望まないだろう。同じことは、“半世紀にわたって日本に蹂躙された古来の王国、韓国”についてもいえるのである。満州と中国の民衆も同じ思いをしている。インドシナ、ジャワの民衆、そしてニューギニア、いわゆる委任統治下島々など、われわれが日本追放の壮挙を成し遂げつつある地域に住む最も未開の民衆にとっても、それは真実である」

1940年8月3日オランダ領東インドに政府特使として派遣されることになった小磯国昭将軍

 「植民地としてのアジア東部地域は、長年にわたり弾圧され、搾取されてきた。東アジア新秩序建設の理念から逸脱、われわれはこの状況を甘受することは出来ない。東洋の民族は解放されなければならない。この問題を解決するのはわれわれの定めである」

 ・・・私たちは、「世界を征服し奴隷化する」野望に燃えた軍国主義的侵略者、日本の姿にとらわれすぎ、日本が「白人ブロック」の「奴隷体制」から、太平洋地域と「アジアを解放する」というスローガンの下に、日華事変と第二次世界大戦を戦っていることを、見ようとはしなかった。・・・1931年の満州から1941年のインド国境まで、日本が破竹の勢いで進出できたのは、アジア・太平洋諸国をヨーロッパの政治・経済的支配から解放するという大アジア建設計画(大東亜共栄圏)のダイナミックな革命的魅力が起因

 ・・・開戦当初の日本は、ほとんど銃火を交えないで戦果を収めている。

 ヨーロッパのアジア領有者たちは、日本軍からの逃亡ではなく、現地住民の敵意からの逃亡だった。私たちが解放戦争と呼んでいたものは、実はヨーロッパによるアジアの再征服恥ずかしいこことに、アメリカが手を貸した)だったのである。

 ルーズベルト大統領は・・・アジアの民衆は日本の奴隷になることを望んではいないといった。まったくそのとおりだ。しかし、歴史的に見てアジアの民衆を「奴隷にしていた」のは日本ではなく、私たちが同盟を結ぶヨーロッパの民主主義国であることを、ルーズベルトは隠蔽したのだ。

 日本は現地住民に独立を約束した。それだけでなく、独立を保障する具体的な行動を進めていた。1935年にはすでに、満州での治外法権を放棄していたし、1940年には中国に正式に約束し、1943年には中国政府に租借地を返している。戦争中にもかかわらず日本は、実際に、占領したすべての地域に現地「独立」政府を樹立していった。

 たとえば、フィリピンは1942年10月14日に「独立」を獲得している。これは私たちが二度目にフィリピンを解放する数年前のことである。ビルマは1943年8月1日に独立した。マレー、インドネシア、インドシナに現地政権ができた。マレーではインドの代表的指導者、ボースが率いる自由インド亡命政府が樹立された。ボースはイギリスに宣戦布告し、インド人部隊を編成して日本軍とともにインドへ進撃した。今日の、インドの代表的指導者の中には、イギリスの政治的撤退を早めたのは、真に平和を願う指導者(ガンジー)の、長く実りの無い平和的手段(非暴力主義)では無く、ボースの隠然たる脅威、イギリスに対して忠誠心無きインド軍、そして日本軍だったという人もいる。

 日本の初期段階の勝利から、再び戦争の潮(欧米軍の再征服戦争)が押し寄せてくるまでの比較的平和な期間、日本の保護の下に樹立された現地政権は、かなりの安寧秩序を達成していたようである。

  たとえば、戦争中に独立したビルマは急成長する国として紹介されている。独立から一年間で、12カ国がビルマ政府を承認した。ビルマ政府はまず土地を農民に配分してから計画に着手した。ビルマ国立銀行、物資統制委員会を設立し、経済を安定化させ、戦争が国民に与える影響を最小限にとどめるようにした。これらの計画は日本人の利益のために、日本人によって促進(指導)されていた。しかし、これは現地の人々にとっても大事なことだった。彼らの独立が法的擬制であったにしても、かっての植民地としての地位を超える一歩だった。(注・時は戦時下、保護下の指導は当然で、素人の指導は傀儡とは言わない、教育という)。

 もしヨーロッパ諸国とアメリカがアジアの植民地に戦争を持ち込まなかったら、現地独立政権は彼らの共栄圏発展のために、喜んで日本に協力しただろう。そう考えられる証拠はたくさんある。1943年11月、大東亜「解放」諸国会議が開かれ、「共同宣言」を採択した。日本のジャーナリズムが「大西洋憲章」になぞらえて「太平洋憲章」と呼んだものである。太平洋憲章によれば、大東亜共栄圏の目的は西洋の支配から自由を勝ち取り、世界の平和と繁栄のために、文化、経済の両面での発展を図るというものだった。

 ある日本の記者はこう説明している、「これまでの統治者が、搾取を目的としてこれらの諸国に押し付けた植民地的経済構造は排除されるだろう。そして、遠隔地の領主のために働くのではなく、住民の幸福を図る経済システムに置き換えられるのである」

 太平洋憲章はこういう。「大東亜諸国は世界の国々との友好関係を培い、人種差別撤廃と文化交流の促進を図り、資源を広く世界の利用に供するために、共に努力し、人類の進歩に貢献するものである」。

 私たちは戦争中日本に協力した現地政権はすべて傀儡であると、いとも簡単に決め付けてきた。確かに自己利益のために、日本に協力した者もいた。しかし、当初、現地住民が日本のプロパガンダと計画に熱烈に応えたのは、法的擬制の「自由アジア」というスローガンを現実のものとして考えたからだろう。日本に協力したのは、ほとんどの場合、それぞれの国を代表する人たちだった。彼らはナチスの協力者とは違って、対日協力の動機は純粋に愛国心であると胸を張っていえた。なぜなら、戦争は日本と現地政府の間ではなく、日本とヨーロッパの、異民族支配者との間で戦われていたから。

 アメリカがすでに自由を約束していたフィリピンでさえ、単なる傀儡的人物として切って捨てることのできない人々の中に、日本は協力者を得ていたのだ。たとえば、ケソン大統領の閣僚だったヨルヘ・バルガスである。彼は大統領がアメリカに亡命する前にマニラ市長に任命された人物だが、1944年10月14日、フィリピン独立一周年を祝うために、フィリピン共和国から大使として東京に送られている。バルガス大使この記念式典で次のように演説した。

 「しかし、大日本帝国は軍政を撤廃し、フィリピン共和国の独立を承認するというこの上ない形で、その高邁な精神と理念を証明した。帝国はそのすべての制約とその宣言を誠実に守り、フィリピン国民が憲法を制定し、自らの文化と伝統に調和する国家を樹立する最大の機会を開いたのである。・・・

 大東亜において・・・日本帝国は、あまりにも激しく、あまりにも不当に圧制暴虐の侵略者として非難されているが、その寛容と自由の実践は世界も驚くであろう。日本は帝国ではあったが、・・・一つの共和国を認め、まさにその樹立に参画した」引用終了

朝鮮の謝罪要求の起因

 くだくだと続く韓国の謝罪要求起因が、己の所業は隠蔽した1944年の洗脳発言“半世紀にわたって日本に蹂躙された古来の王国、韓国”である。ルーズベルトのこの白々しい捏造発言を基にし、出自露見と同胞殺し隠蔽のため、朝鮮は被害者だと、有色人唯一の白人戦勝国の味方を気どっている。出自と同胞殺し隠蔽のため、韓半島南北と罪日はそろって捏造した。

1じゅしん料支払い犯罪者中朝韓罪日
1朝鮮南は日本海洋文化圏の一部
強制連行や差別で悲惨と在日正体

皆戦争反対だが戦国の戦は自衛
1四三事件凶産蜂起は捏造さい州島血が汚れる
Ⅰ毛皮が語るペクチョン・えた白丁在日
中国人華人華僑は孫文・汪兆銘に朝鮮人は高麗に 

朝鮮凶産中国は戦勝国に迎合した唯一の有色人戦時下政権で未だに戦後は無く罪日はスパイ
 世界がみな悲惨だった戦国時代、朝鮮のみが悲惨だったわけではない。戦勝国に迎合の朝鮮凶産中国以外の同胞はみな自力で悲惨を乗り越え、戦勝国と戦って独立し、新秩序、1960年植民地独立付与宣言を導き出し、現代の平和を築いた。その間戦勝国に迎合の朝鮮凶産中国は、同胞殺しに明け暮れ、挙句の果ては侵略(新疆ウイグル、チベット、内モンゴル、満州、竹島)し占領し逆行した、世界の特異集団だ。未だに朝鮮は、李朝差別の被差別民差別民両班ニセ両班)内乱のままで、諸悪の根源の族譜も破壊出来ず、自力独立も出来得ない、責任転嫁民族である。攻められた攻められたが朝鮮凶中国の口癖だが、戦国時代なので、日本が攻めなければ逆に攻められた。凶産砦の日本敗戦後の、凶産中国ソ連北朝鮮南下占領が、韓国竹島占領が証である。戦国時代の攻められた論は、難癖以外のなにものでもない愚論。

 降伏文書受諾後のソ連樺太と北方4島占領と、韓国の竹島占領は、火事場泥棒として、世界の歴史に打刻されている。そして、凶産中国の尖閣領有宣言。三国とは未だに戦国時代なのだ。韓国への朝鮮戦争の破壊から守られた取得物(捏造目的の政変後の破壊は、朝鮮史が証明済み。近代の李朝史も統治史も破壊し、捏造中)返還は、竹島の火事場泥棒撤退を条件とすべきが道理で、今回の返還はニセ日本人なら当然だが、真の日本人なら、バカ菅の愚行と日本史に打刻された。バカ菅に追随したサンケイ以外の亡国新聞は、スパイ?亡国奴?の正体自白である。

朝鮮民族真の愛国者李光洙

1922年「民族改造論」李光洙(イ・グァンス、1892~1950年)は、朝鮮・韓国近代文学の祖。弱小国の戦国時代の独立は国家の自殺と現実を認識し、時代を見据え、独立派から翻意。親日などではなく、まことの愛国者である。愚弄する朝韓罪日は、「馬鹿な奴じゃ

 「・・・朝鮮人の本来の主たる民族的性格は、仁、義、礼、勇、つまり、寛大、博愛、礼儀、武勇、快活である。しかし、その付属的な性格において虚偽、空論、怠惰、無信、利己がある・・・嘘をつかず、空理空想を廃し、表裏の二面性をなくし、義理と信義を守り、正しいことに向かって前進し私より公を優先し、社会に奉仕し、専門技術を取得し、倹約貯蓄を尊び、生活上の経済的独立を企て、衛生的な生活をし、健康な体格を保ち、朝鮮民族自らが改造しなければならない・・・朝鮮民族の堕落の現実から出発して、組織で一致団結し文化的な運動を遂行することこそが朝鮮民族を救える唯一の道だ・・・朝鮮人を救うのは、決して自由でも独立でもなく、勤勉と努力である。いたずらに朝鮮半島の独立を叫ぶよりも、まず精神の独立を図らなければならない」。

朝鮮民族真の愛国者金性洙

1943 年11 月6日「毎日新報」金性洙(1891~1955)(出自は正真正銘の両班・第2代副大統領・高麗大学の創立者)

 「正義のために死すー皇国臣民の責任は重大なり・・・諸君をはじめ我々朝鮮の同胞は大東亜の聖戦に参加する義務がある。この聖戦を通じて我らは新時代の到来を見、人類の歴史に残る大偉業を成し遂げるのだ。万一、諸君が大東亜の聖戦に結集しなければどういう事態になるか想像してくれたまえ! 大東亜の新秩序我々朝鮮人抜きで成し遂げられてしまう。この聖戦から逃れるなら個人の命は守れるかも知れない。だが、後に生まれてくる、諸君の兄弟姉妹はどうなるのだ(1940年3月30日南京国民政府樹立で、残る中国汪兆銘も、白人追放に決然と立った。朝鮮がここで立たなければ、有色人唯一の、傍観民族となり、世界中の民族から蔑まれる)。まさしく、諸君は朝鮮の未来に絶大な義務を負っているのだ・・・諸君の犠牲は決して無駄にならないとここに宣言しよう。それは諸君に生を与えた朝鮮半島のための犠牲であり、その犠牲によって朝鮮半島は皇国の一員となるために必要な資格が与えられているのだ。まさに朝鮮の未来は、諸君の今後の行動にかかっているといって過言ではない」

 世界の定説解放者日本非難の朝鮮は、有色人唯一の裏切り民族となる。頭隠して尻隠さず、今の韓半島は日本統治以前に逆戻り、李氏朝鮮の遺物、矜持皆無の賎民、乞食根性丸出しである。

 犬の肉まで食す、肉好き国民なのに、これを棚に上げ屠殺者を蔑視、下層民白丁と差別した李氏朝鮮。亡国窮鳥身分は棚に上げ、創氏改名(要求は朝鮮人)だ、日本語強制だ、差別だ、食民治だ、謝罪だ、金よこせと、あらゆる難癖をつける現代の韓半島と罪日、なんの違いがあろうか、全く変わっていないのである。原因(李朝腐敗で亡国)を棚に上げての非難は愚論で言いがかりに過ぎない。20数年前、朴 鉄柱・崔 基 鎬・呉 善花のような感謝の言葉を、何度も日本語で聴かされた、面くらい逆に恐縮したほどであった。当時は歴史門外漢であったが、今歴史を顧みて、真の歴史を知った矜持ある方々の、深い思いを込めての言葉であったと納得している(真実史観の原体験)。歴史を改ざんし、親日派を糾弾する反日法まで作る、矜持無き現代の韓半島や罪日は、この方々の真の子孫なのか?疑わしい。
 

似非歴史家に任せ」た結果ハングルと中国文は読めるけれど日本文読めない似非日本人となった

 国士岸信介のポイ捨て孫、日本の保守自称するアベスルは「歴史家に任せる」と職責放棄。保守・愛国自称する日本の政治屋、似非の自白である。平沼・石原等も同類で、政治屋は集票目的。文字を読んで検証すればよいだけのこと、子供でも出来る。マスコミも同類。ハングルと中国文は読めるけど、日本語はしゃべりと筆記のみ。読めないのかな?65年間の職責放棄隠蔽に必死だ。

 天道公理公道が宗の、日本国神道の祭祀を司る天皇は、最上の祭司で、WGIPの独裁者権力者ではない。天皇=日本で、戦前から日本の象徴である。日本は資源なき小国、私欲に走りバラバラになれば、危機となるは明白、天道の下に団結した。日本が開国以後、瞬く間に躍進し列強に並んだ原動力は、この「公」なのだ。

 硫黄島突撃死直前に書かれた市丸少将の、唯心あふるる「ルーズベルトに与うる書」を熟読してほしい。戦前の階級は日本国隆盛目的の階級で、凶産やヒトラーや戦後の、権力階級ではない。

 抜粋“我等日本人は各階級あり。各種の職業に従事すと雖(いえど)も、畢竟「ひっきょう(つまるところ)」其の職業を通じ、この皇謨「こうぼ(天皇の国家統治の方針)」、即(すなわ)ち天業「てんぎょう(天から授かった事業)」を翼賛「よくさん(たすけること)」せんとするに外ならず。我等軍人亦(また)、干戈「かんか(武器)」を以て天業「てんぎょう(国の事業)」恢弘「かいこう(押し広める)」を奉承「ほうしょう(命を受け遂行する)」するに外ならず”。

 全文硫黄島からルーズベルトへ海軍少将・市丸利之助玉砕直前の手紙蜂起から大統領宛の2通の手紙その一 

 現代の危機は、
アベスルのように考える職責を放棄、「エセ歴史家任せ」にし、それを信じた、考えない鵜呑み短絡人間が充満し、戦前(公)を全否定、物欲の、私欲に走った結果だ。金儲けに長けた職責放棄のコピペ屋はいたが、戦後65年間の日本に、歴史家は皆無

 凶産やルーズベルトの捏造を鵜呑みした、考えない短絡人間が、先の大戦を引き起こした元凶である。悲惨だ話を集め語り継げば、怨念の蓄積となり、戦争予備軍しか生まれない。世界から、考えない鵜呑み短絡人間、怨念蓄積戦争予備軍を一掃し、善悪怨念史観ではなく、真実史観を正史とすれば、戦争の火種は消える。これは、天道が宗の日本の役目だ。善悪怨念史観を一掃する真実史観を、世界に発信することが、真の平和運動である。真実史観日本は神の国(多神の国)宗教の国(多宗教の国)


ハングルと中国文字は
読めるけど、日本文読めない伝書鳩山・汚沢・韓・賎谷の思惑とは裏腹に、解放者日本と真実が解明された現在の謝罪、菅談話は、村山談話とは異なる。解明後の輩の謝罪は、今や、ほめ殺し以外の何ものでもない。謝罪に、朝鮮真の愛国者は眉をひそめ、大いに喜ぶ韓国はニセ両班、李氏朝鮮の遺物、矜持皆無の賎民根性、出自の白状。ちなみに、9月1日汚沢出馬の狙いは、すねに傷持つ毒饅頭仲間中曽根(凶産迎合亡国奴)、ナベツネ(一介のブン屋からのし上がった疑惑隠し)の意を受けた大連立で、裁判忌避が目的。

戦後の過ちを断ち切り子孫に禍根を残すな

 罪日も捏造しまくり“泣き売”し愚弄し僑胞継続するなら、正体露呈の現在、菅談話が日本民族の怒りをさらに増幅し爆発寸前、60万強制送還運動がいつ起きてもおかしくない一触即発状態なので、当然蜂起する。心無き唯物の者など百害あって一利無し、数多のまともな帰化人には迷惑千万この上ない。一線を画すためにも、日本や朝鮮の、先人の名誉を捏造し愚弄の罪日は、送還が妥当。こんな輩を容認した歴史は、古今東西どこの国にも無い。浮ついた世俗マスコミ用語を超えた、子孫としてとるべき当然の、根源の行動である。

 捏造し歪曲し改ざんしまくりで、捏造のナショナリズムを叫ぶ輩には、子孫として純粋な根源で応えればよい。われわれは戦後復職の凶産半端者、私欲唯物教授洗脳され、自存自衛先憂後楽の先人を、侵略者と愚弄し過ちを犯し、狡猾な唯物、朝鮮・凶産中国・罪日を付け入らせた。再び過ちを繰り返してはならない。子孫に自ら招いた禍根を残さず、断ち切るのが、罪深き我々の、先人への唯一の供養。侘び入り、行動し、結果で示さなければ、供養ではない。

 

亡国の起因冤罪史観破壊!子孫へ遺す真実史観蜂起日本適者生存史目次へ

真実史観1NHKスパイ白状アッツ島玉砕戦陣訓大本営音声摘み食いし合成改竄


玉砕隠された真実大本営発表音声摘み食いし合成捏造スパイ白状NHK

65年間もまったく無検証で、WGIPを垂れ流し続けるNHKは、病人やスパイの巣。髑髏と少女隠蔽し、捏造しまくりで自壊へ拍車。

NHK玉砕 隠された真実大本営発表前半部ああ何たる荘厳何たる壮烈でありましょう 生きて虜囚の辱めを受けず あの 戦陣訓をそのまま実践したものであります」と、後半部「アッツ島守備の我が部隊は遂にことごとく玉砕しました 生きて虜囚の辱めを受けず あの 戦陣訓をそのまま実践したものであります 後に続く者とを信じて心残りなく笑って悠久の大義に就いたのであります」は、音声をつまみ食いし、合成改ざん。大本営発表に、「生きて虜囚の辱めを受けず あの 戦陣訓をそのまま実践したものであります」の連続文などは無い、これは主旨変更。戦陣=降伏禁止命令を企図した捏造は、明々白々、ディレクター横井秀信夜久恭祐、政策統括高山仁は、病人ではなく工作員、正真正銘のスパイだ。戦陣訓は、兵士鼓舞の建前論として誤用引用された(死活非常時の建前論なので誰も咎めなかった)が、命令ではない。軍法にも軍人勅諭にも無いものを命令とするのは、捏造解釈以外のなにものでもない。解明され追い詰められたスパイどもは、音声をつなぎ合わせ工作した。真実なら、音声をつなぎ合わせるなど数多の、工作不用スパイどもはとうとう語るに落ちたのだ。放送全文は、昭和18年5月31日朝日新聞に在り。米軍の皆殺し作戦に立ち向かい、玉砕でもない、辱めでもない、ただひたすらに故郷を思い、一人一殺で戦い果てたのだ、それ以外のなにものでもない。米軍皆殺し作戦のさいぱんから生き抜いて戦った一兵士日本への伝言

 米軍皆殺し作戦の犠牲者を、日本軍の戦陣訓や玉砕作戦の犠牲者と捏造し、米軍に皆殺しにされたのではなく、日本軍の戦陣訓や玉砕作戦で強制自殺と捏造し、歴史と偽り放送するトンデモナイNHK。こんなものは歴史学などではなく、工作員の洗脳だ。なぜどうして(過程の線)が歴史で、つまみ食い捏造は犯罪!日本は死活戦争で必死、アメリカは出稼ぎ戦争、どちらが侵略かは、これだけでも考えれば解ることだ。

 題名は玉砕 隠された真実ではなく、「殲滅 隠された真実米軍皆殺し作戦 髑髏と少女」が正しい。

 題名に隠された真実とあるように、NHKの魂胆は日本軍の愚弄で、真実とは粗捜しの「粗」である。殺し合いの戦争には、敵味方の「粗」以外は無い。日本のみの「粗」を取り上げてそれを「真実」とは、捏造しまくりだ。考えない鵜呑み短絡人間(凶産やルーズベルトを鵜呑み)が太平洋戦争を引き起こした。大東亜戦争は考えれば皆解かること、考えないから皆犯日なのだ。凶産中国北朝鮮韓国罪日の犯日と、日本の犯日は、考えない鵜呑み短絡人間で同じ。時期戦争予備軍で危険!

NHKスペシャル|玉砕 隠された真実 NHKオンライン

玉砕 隠された真実 2010年8月12日午後10時~49分1CH
 全将兵が死ぬまで戦う玉砕」。昭和18年5月、アリューシャン列島アッツ島における日本軍守備隊の「全滅」がその始まりとされる。これを機に「玉砕」は各地で頻発、やがて「一億玉砕」として、国民に対しても「死」の覚悟を求めるようになり、犠牲者は最終的に310万人に達した。
米軍の皆殺し作戦を隠蔽、死ぬまで戦う馬鹿な日本軍と愚弄。米軍殲滅戦犠牲者310万人を、日本軍が殺したかのように捏造。310万人殺したのは米軍、日本軍ではない

 世界史上例のない「玉砕」はどの様に構想されたのか-。番組では、大本営が早くから「玉砕」戦を発想、アッツ島以前に事実上の「玉砕」が起こっていた事実。さらに、アッツ島守備隊の「玉砕」をきっかけに、「生きて虜囚の辱めを受けず」という「戦陣訓」を国民に浸透させ、「死」を求めてく過程を、新資料証言記録をもとにつまびらかにする。
米軍殲滅戦を隠蔽大本営が早くから「玉砕」戦を発想、「死」を求めてく、と捏造。殺したのは米軍ではなく日本軍の戦陣訓であるかのように捏造。殺したのは米軍、日本軍ではない

 番組では昭和17年から事実上の「玉砕」を強いていた新事実、そして、昭和18年、戦局が絶望的になると大本営が「全滅」を「玉砕」と美化し、国民にも「死」を求めていった過程を、新資料と証言をもとにつまびらかにする。

大本営が玉砕と美化し国民にも死を求めていったと、犯人米軍隠蔽。ルーズベルトが封鎖し、日本窒息に追い詰め、殲滅戦でなければ、玉砕もなかった。殺した犯人は殲滅戦の米軍、日本軍ではない」。

放送前の予備知識

 命令で死ぬ国民などいない、先人嘲弄も甚だしい!あなたは命令で死にますか、考えれば子供でもわかることだ!

 軍法にも軍人勅諭にもない戦陣訓引用虜囚云々(降伏禁止)は誤用引用でかつ、兵士鼓舞の建前論に過ぎない。それをNHKや朝日毎日等のマスコミが軍命と捏造、扇動した。兵士は建前論と認識済、シベリア抑留帰還兵や、カウラ捕虜、途中までの平和が証し。WGIPに迎合した戦後復職赤化教授等が軍命と捏造、定説化、辞書までが意味変化した。下記参照
米軍皆殺し作戦のさいぱんか 生きて虜囚の辱戦陣訓 生きて虜囚カウラ戦陣訓に非ず
 米軍は殲滅作戦と見切った日本軍は、以後、トンネル作戦に変更、徹底抗戦した。ベトナム軍がこの作戦で米軍を追放したのは真新しい史実だ。

遊就館特別展戦跡パラオ展2007パラオ蜂起

陥落後512日戦い、降伏命令書で下山したさいぱん蜂起の47士

沖縄県民斯ク戦ヘリ県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ランコトヲ

無知かスパイと自白放送を繰り返すNHKお茶の間にも工作員潜入
 読者の皆さんは、命令で死にますか、私は決して死にません!特攻隊も突撃も洞窟ゲリラ戦にしても、命令で出来る行動ではない。本人の強い意志がなければ、出来得ない。自己完結の表現方法は各々異なるが、本人の強い意志とは、子孫をいかにして護ったかに尽きる。帰還者で、命令で死んだ(犬死に・無駄死に)と証言するものは、生き残った負い目(子孫を護るのに戦友のように命を懸けられなかった自責)払拭のため、戦友を、命令の犠牲者でかわいそうな者にすることで、己を戦友より上位にし、自慰する、他虐(日本軍罵倒)偽善者(自分も被害者)証言となる。帰還の証言者のみが、「軍命戦陣訓で死んだ」証言が証拠。水木しげるも例外ではない。特攻も突撃もトンネルゲリラ戦も、敗者の自殺ではない。生きた証の自己犠牲、自己完結表現に他ならない。

 竹やりで戦争に勝てる訳がない。しかし、ワルシャワ蜂起、ワルシャワ・ゲットー蜂起、ベトコンは、滅亡の危機に瀕し、侵略者相手に、女子供までもがあらゆる武器を手にし戦った。最後の突撃に武器無き日本軍兵士は、先を尖らせた木の棒を持って突進した。米軍はこれを“愚者の棒”と呼んだ。日本瀕死に際し、窮鼠猫を咬んだ証が、先人の“木のやり”なのだ。護られた平和の御世の子孫が、したり顔で愚弄すべきではない。最後の突撃をあざ笑うのは、己の無知の自白で見苦しい。NHK・ゲゲゲの女房・8月20日放映。

 自己完結の最後の声、散華の声無き声をまず聴くのが、護られた子孫の務め。死しても護国の兵に、犠牲者呼ばわりは冒涜。護られた子孫には、ただ祈りあるのみ。先人愚弄の種集め、悲惨だ話収集のNHKは、他虐偽善の亡国奴

アメリカのルーズベルト政権とマスコミが太平洋戦争を引き起こした

 ルーズベルトは日本人の皆殺し、殲滅を企てていたハルノート受諾など座しての死、自殺である。

 1942年8月6日「ルーズベルトの陰謀」
 
ニューヨーク州ハイドパークの大統領私邸でルーズベルトと会談した英国のロナルド・キャンベル大使がルーズベルトから「劣等アジア人種」の「品種改良」というとんでもない提案を受けたと本国に宛てた書簡に書き残している。

 「インド系、あるいはユーラシア系とアジア系を、さらにはヨーロッパ人とアジア人種を交配させ、それによって立派な文明をこの地に生み出していく。ただ日本人(白人より2千年も遅れた頭蓋骨を持つ)は除外し、もとの島々に隔離して衰えさせる。・・・日本人の頭蓋骨を劣等性の証拠として大統領がスミソニアン博物館の教授に研究させている・・・」「ルーズベルト秘録」 扶桑社文庫下巻

証拠1「リンドバーグの衝撃証言」
 ニューヨーク・パリ単独飛行のチャールズ・リンドバーグ(1902~74)。日米開戦後、彼は軍の技術顧問として南太平洋で戦闘任務についた。

リンドバーグ日記の抜粋

 各地の太平洋戦線で日本人捕虜の数が欧州戦線に比し異常に少ないのは捕虜にしたければいくらでも捕虜に出来るが、米兵が捕虜を取りたがらないから。手を上げて投降してきても皆殺しにするから。

 あるところでは2000人ほど捕虜にしたが本部に引きたてられたのはたった100か200だった。残りのの連中にはちょっとした出来事があった。それを知った戦友は投降したがらないだろう。

 捕虜を取らないことを自慢する部隊がいる。

 将校連は尋問の為捕虜を欲しがる。捕虜1名に付きシドニーへの2週間の休暇を出すとお触れが出た途端に持て余すほどの捕虜が手に入る。懸賞を取り消すと一人も手に入らなくなり、つかまらなかったと嘯くだけ。

 一旦捕虜にしても英語が分かる者は尋問のため連行され、出来ない者は捕虜にされなかった、即ち殺された。

 捕虜を飛行機で運ぶ途中機上から山中に突き落とし、ジャップは途中でハラキリをやっちまったと報告。ある日本軍の野戦病院をある部隊が通過したら生存者は一人もいなかった。

 2年以上実戦に参加した経験がない兵が帰国前にせめて一人くらい日本兵を殺したいと希望し、偵察任務に誘われたが撃つべき日本兵を見つけられず捕虜一人だけ得た。捕虜は殺せないと嫌がるくだんの兵の面前で軍曹がナイフで首を切り裂く手本を示した。

 爆弾で出来た穴の中に皆四肢バラバラの状態の日本兵の死体を投げ込みその後でトラック1台分の残飯や廃物を投げ込む。

 捕虜にしたがらない理由は殺す楽しみもさる事ながらお土産を取る目的。

金歯、軍刀はもとより、大腿骨を持ち帰りそれでペン・ホルダーとかペーパーナイフを造る、耳や鼻を切り取り面白半分に見せびらかすか乾燥させて持ちかえる、中には頭蓋骨まで持ちかえる者もいる。

 日本人を動物以下に取扱いそれが大目に見られている。我々は文明のために戦っているのだと主張しているが、太平洋戦線を見れば見るほど、文明人を主張せねばならない理由がなくなるように思える。事実この点に関する成績が日本人のそれより遥かに高いという確信は持てないのだ。

 リンドバーグはドイツ降伏後ナチスによる集団虐殺現場を見学した時の日記で「どこかで見たような感じ、そう南太平洋だ。爆撃後の穴に日本兵の遺体が腐りかけ、その上から残飯が投げ捨てられ、待機室やテントにまだ生新しい日本兵の頭蓋骨が飾り付けられているのを見たときだ。ドイツはユダヤ人の扱いで人間性を汚したと主張する我々アメリカ人が、日本人の扱い方で同じようなことをしでかしたのだ」と。「正論」平成17年年5月号 「リンドバーグの衝撃証言」

「髑髏と少女」1943(昭和18年)年5月号ライフ誌掲載写真→頭蓋骨冒とく写真掲載、独政府が調査 

証拠2サイパン戦で生き残った田中徳祐・元陸軍大尉(独立混成第47旅団)の証言
 「米軍は虐待しません」の呼びかけを信じて洞窟から出てきた婦女子全員が素っ裸にされ、数台のトラックに積み込まれた。「殺して!」「殺して!」の絶叫を残してトラックは走り去った。
 次には滑走路に集まった老人と子供の周りにガソリンがまかれ、火が付けられた。たちまち 阿鼻叫喚の巷と化した滑走路。我慢ならず我が兵が小銃射撃をしたが、米軍は全く無頓着に蛮行を続ける。
 火から逃れようとする老人や子供を、米軍はゲラゲラ笑いながら火の中へ蹴り飛ばしたり、銃で突き飛ばして火の中へ投げ入れる。2人の米兵は草むらの中で泣いていた赤ん坊を見つけると、両足を持って真っ二つに引き裂いて火中に投げ込んだ。「ギャッ!」といふ悲鳴を残して蛙のように股裂きにされた日本の赤ん坊とそれを見て笑う鬼畜の米兵ども。
 こんなに優勢な戦闘状況にも拘らず、米軍は毒ガス弾(赤筒弾)攻撃まで仕掛けてきた。
 マッピ岬にたどり着いた田中大尉は、岩の間に一本の青竹を渡し、それに串刺しにされた婦人を見た。さらに自分と同じ洞窟に居た兵士や住民が五体をバラバラに切り刻まれて倒れているのを眼前に見た。『正論』平成18年6月号

証拠3ダグラス・マッカーサー証言

・・・1951年5月3日米国議会上院の軍事外交合同委員会の証言
 米海軍がフィリピンと沖縄を奪うころには(1945年沖縄戦終戦)海上封鎖も可能となった。そのために、日本陸軍を維持する供給は、次第に届かなくなった。封鎖したとたん、日本の敗北は決定的となった。・・・

1947年2月20日の証言
 戦争において、軍略上最も効果的な武器とされるのは、兵力が依存する、食料その他の物資の外部補給源を完全に封鎖することである。日本軍が無益な抵抗を止めざるを得なかったのは、ほかならぬこの武器によってである。「アメリカ人の鑑・日本」ヘレン・ミアーズ(注・包囲兵糧攻めし、降伏勧告に徹すれば、兵士も市民も皆降伏した。殲滅が目的だから、原爆空爆火炎放射器で虫けらのごとく皆殺しした。米軍は日本人皆殺しと知っていたから、市民も自裁した。戦陣訓などではない)

証拠4「Mirror for Americans:JAPAN(アメリカ人の鑑・日本)」ヘレン・ミアーズ著。複数なのでアメリカ人。looking glass=鏡でなく、mirrorなので鑑とした。アメリカナイズされ、猫も杓子も政治家も拝金主義の戦後日本人の、鑑でもある。

 終戦から3年後の1948年出版。ヘレン・ミアーズ(1900~1989)女史は、ニューヨークで生まれた。小説家志望の女史は1925年(1年間中国に滞在)から2度、アジアを旅行、日本や中国に興味を持ち東洋学を研究した。1946年に占領軍の諮問機関「労働政策11人委員会」の一員として来日、労働基本法の策定に参画した。帰国後、1948年(極東裁判終了)にこの本を上梓。女史は日本擁護者として批判され、この本同様に世に出ることはなかった。しかし、善悪史観ではない真実史観の書として、歴史に間違いなく打刻される。アメリカ国民は、誇りとすべきだ。1989年89歳で永眠。

 日本語版は封印され、昭和27年4月28日(1952年)日本独立後、1953年「アメリカの反省」原百代訳文芸春秋新社、1995年5月31日「アメリカの鏡・日本」伊藤延司訳メディアファクトリーと2社で翻訳出版された。

「アメリカ人の鑑・日本」ヘレン・ミアーズ著

 (1)満州に、「合法的自衛」手段としての戦略拠点を確保し、(2)日本帝国圏(韓国と台湾)と満州、華北からなる経済共同券をつくり、経済の安全保障の確立が日本の計画だった。そうなれば、これまでのように原材料物資と市場をアメリカ、イギリス、フランス、オランダに依存しなくて済む。一つは極東に再進出してくる可能性のあるソ連に対する防衛手段として、もう一つはイギリスの強力なポンド経済圏(貿易地域)とアメリカのドル経済圏(貿易地域)に対抗する手段として、日本は、考えていたのである。しかし、イギリスとアメリカは日本の政策に反対した。

 日本視点でのイギリスは、経済的政治的に中国「中央政府」の支配を続行、が理由の反対、アメリカは、アジアでの日本主導許さず、が理由の反対。つまり、人種差別的、通商的、戦略的反対であると、日本は解釈した。この政策的対立が日華事変に、そしてパールハーバー、シンガポールへと発展していく。日華事変の交戦国は中国と日本ではない、それは依然として、日本と欧米列強、とりわけイギリス、アメリカとの対立だった。

 イギリスに代わって華北を包み込もうとした経済共同圏は、日本が武力ではなく、合法的に達成寸前だったが、阻まれ、日本は一歩一歩、日華事変の泥沼にはまり込んでいった。その過程で日本は、正義とは異なった、「アジア開放」(宗主国欧米に頼らない自己保存目的の大東亜共栄圏の樹立)の旗手として台頭してきた。

 日本は限定目標の中国から、欧米列強の支配から解放され、アジアの国々が共栄圏の中で共に暮らせる、アジア全域へと進撃を開始した。注・受諾しても死なので、一縷の望みに懸けた)

 ・・・蒋介石のオーストラリア人顧問、W・H・ドナルドがルソンの日本軍捕虜収容所から解放後のインタビューでの証言。日本は1938年から1941年の間に、「12の和平提案」を提示。日本側の条件は中国側には有利なものだった、と述べている。つまり、日本の要求は、満州国の独立の承認、華北の経済と開発に関する何らかの権利、「外蒙古から進出する、ロシアの影響力を阻止するための内蒙古の政治的調整」だけだった。ドナルドは「日本はこれらの提案の中で、領土的要求は一切皆無」と語っている。

 日本は日華事変を終結させ、一応の安定に復帰するため、絶えず蒋介石に働きかけていたが、アメリカとイギリスは、日本が莫大な財政的損失を出しアジアの前で威信を失うまで、戦争を続けさせる考えでいた。

 パールハーバー以前は、経済封鎖に対する日本の脆さを知っている人なら、大国にとって日本が軍事的脅威になるなどということを、誰も本気で考えたことはない。日本は近代戦のための重要物資をすべて輸入しなければならないのだから、物資の補給が遮断されれば、戦争機関は自動的に停止してしまう。しかも、日本は食糧も輸入しなければならないのだから、海上輸送路が遮断されれば、通常の国内経済は立ち行かなくなる。

 1941年7月、アメリカ、イギリス、オランダは、共同で各統治領内の日本資産を凍結し、貿易関係を全面的に中断した。

 ここにいたって日本は、満州事変以来脅え続けてきた最後の時がついに来たことを悟った。

 (ヘレン・ミアーズ注・11第二章の2「攻撃と反抗」の日本国天皇の開戦の詔書を読み返していただきたい。ここには日本の視点が明確にされている)

米英帝国に対する宣戦の証書

 「東洋支配のあくなき野望に狂奔する米英は、重慶(蒋介石)政権を支援しつつ、東アジアの動乱をいよいよ悪化させてきた。米英両国は他の国々に追随をそそのかし、われわれに挑戦すべく、わが帝国周辺において軍事力を増強した。彼らはあらゆる手段を用いて、わが平和通商を妨害し、ついには経済関係断絶の挙に出るにいたった。これはわが帝国の存立を根底から脅かすものである。かくのごとき情勢にいたれば、わが帝国は実にその存立と自衛のために、武力に訴え、そのいく手に立ちはだかる障害を打破するほかに取るべき道はないのである」。

 全文→赤裸な国民の総意開戦の詔書と終戦の詔勅と戦後公職追放令でのし上がった売国奴

(注・ハルノートを受諾したら最後、大阪城の内堀を埋めたのと同じ、立ち上がる術など皆無。応じても、保証なき戦国時代、再度資源封鎖されて完全亡国の奴隷国は明白で、亡国あるのみ。ABCD経済封鎖は宣戦布告、座すれば確実に国民は餓死、打って出た。故国に残した国民の生存を懸け、兵士は上下の区別なく、滅私で戦った

 パールハーバーはアメリカ合衆国の征服を企んで仕掛けられた「一方的攻撃」であるというが、この論理では日本を公正に罰することはできない。なぜなら、私たちの公式記録が、パールハーバーはアメリカが日本に仕掛けた経済戦争への反撃だったという事実を、明らかにしているからだ。パールハーバーは青天の霹靂ではなく、然るべき原因があって起きたのだ。原因は、1941年7月25日にアメリカ、イギリス、オランダが打ち出した「凍結」令である。三国は自国領内にある日本の全資産を凍結し、貿易、金融機関を全て断絶した。日本は輸入必需品80パーセントを「凍結」地域に頼っていたから、三国の行動は、日中戦争の泥沼化だけでなく、国内経済の窒息死を意味するものだった。

 日本はアメリカに特使を送り、こうした厳しい措置の緩和を要請した。しかし、アメリカは両国間の対立を解決する意思を持っておらず、戦争は不可避と考えているように、日本にはみえた。会議の公式記録を読んでみると、アメリカは自国の「防衛」計画を整備するまでの時間稼ぎをしている、と日本が思ったのは、当然である。アメリカの政策(イギリスと蒋介石政権を支援し、日本を経済制裁)は正しかったと言うのもいいだろう。しかし、私たちの政策ではなかったと、真面目な顔でいうのはおかしい。なぜなら、政府は各種の公式声明で、あれ(凍結令)はアメリカの政策だったと言明しているからだ。

 日本の立場で言えばこうである。イギリスとオランダが禁輸したインドネシアとマレーの物資を、力で奪う決意を固めた。そこでアメリカが両国の陣営に加わらないよう、奇襲によって出鼻をくじく必要があった。パールハーバーはのるかそるかの賭けだった。

戦勝国がパールハーバーを中心訴因から外し正当防衛日本と東京裁判で認めた

 東京裁判で日本側は「封じ込め」を逆非難し、「正当防衛」を主張した。これには強力な裏付けがあったために、私たちはパールハーバーを中心訴因から外し、「少なくとも、いわゆる満州事変発生時の1931年から」日本が企てていた「世界征服」の「陰謀」まで、訴因を拡大せざるを得なくなった(国際検察局主任検事Joseph Keenan書簡参照)。(注・戦勝国が封鎖で宣戦布告、日本は応戦で真珠湾。つまり、蜂起日本を、戦勝国が、東京裁判で認めたのである)。

訴因を拡大した満州事変も凶産宣戦布告「八・一宣言」に対しての正当防衛であった
注・中国共産党は、満州事変に先んじる2年前、1935・昭和10年8月1日、“八・一宣言”で日本に宣戦布告している。満州事変実態は、ソ連・中国凶産ゲリラとの反共戦で、日本は、蒋介石等と連携(証が1933年5月31日のタンクー停戦協定)し、凶産掃討戦を展開していた(蒋介石は毛沢東を“最後の5分間”まで追い詰めていた)。しかし、1936年12月12日の西安事件で、蒋介石釈放をめぐっての調停工作に介入した、イギリス、アメリカ、ソ連、中国凶産党との間で同一歩調がとられ、以後、利害が一致する中で、抗日統一戦線が形成されていった。満州事変でも日本は、宣戦布告、“八・一宣言”に対しての正当防衛戦争であった。戦勝国はなんとこれも隠蔽し、訴因としたのだ]。頭山満孫文汪兆銘大東亜共栄圏大アジア主義に殉じた人々犯日隠蔽の歴史 

 ・・・彼らが私たちの大陸に最も近づいたのは、3000キロ離れたアリューシャン列島の島を二つ(アッツ島とキスカ島)を占領したときである。それも攻撃の先鋒としてではなく、アメリカの攻撃を遅らせるための自衛手段であった。

 日本政府は少なくとも1945年の5月(V・Jデーの3ヶ月前)に降伏の打診をしているが、この打診は米政府によって正式に無視か、拒否された。注・ルーズベルト大統領1945年の4月12日昼食中、脳卒中で死去) 2につづくや

真実史観2戦勝国真珠湾奇襲を東京裁判中心訴因から外し正当防衛日本と認めた

2戦勝国真珠湾奇襲を東京裁判中心訴因から外し正当防衛日本と認めた
 作戦的にいえば、沖縄の日本人は敵の侵略から祖国を守るために戦っていた。・・・銃を持って洞窟に立てこもる男を追って中に入れば、まず間違いなくやられるだろう。しかし、洞窟の中の男はアメリカから1万3千キロも離れた自国の領分にいるのだ。男を殺すために中に入っていかない限り殺されない(注・包囲兵糧攻めし、降伏勧告に徹すれば、兵士も市民も皆出てきた。殲滅が目的だから、火炎放射器で虫けらのごとく焼き殺し、殲滅した)。硫黄島と沖縄の日本人とカミカゼは、彼らを征服すために送られた膨大な数の人間にとってのみ脅威だった。彼らは「アメリカの安全を脅かして」いたわけではない。この作戦でアメリカを「征服」しようと思っていたわけでもない。アメリカが日本を征服しようとしていたのだ。

 ・・・私たちはたった11日間待っただけで、いきなり一発の原子爆弾を、そして3日後にはさらにもう一発を、戦艦の上でもない、軍隊の上でもない、軍事施設の上でもない、頑迷な軍指導部の上でもない、二つの都市、約20万の市民の上に投下した。しかも、犠牲者の半数以上が女子供だった。

 すでに事実上戦争に勝っているというのに、一秒で12万人の非戦闘員を殺傷できる新型兵器を行使するほうが、はるかに恐ろしいことではないか。山下将軍の罪はなぜ広島、長崎に原子爆弾の投下を命じたものの罪より重いのか。

・・・ナチスは自分たちの死の収容所を、不浄な過剰人口を浄化するための「超最適な」方法であると信じていた。・・・私たちは収容所を犯罪と呼び、その存在を許したものを犯罪人と呼ぶ。私たちは他国民の罪だけを告発し、自分たちが民主主義の名の下に犯した罪は、自動的に免責されると思っているのだろうか。(注・真意は“ナチスのホロ・コースト原爆空爆民族浄化で同じ”)。

 1945年7月26日のポツダム宣言が、日本に対する唯一の回答だった。アメリカ、大英帝国、中国によって出された同宣言は、日本に占領付き完全無条件降伏か「完全破壊」かの二者択一を迫る最後通告だった。

 スチムソンは原子爆弾の投下を正当化して「日本の独裁体制に確実なショック」を与え「われわれが望んだ、和平支持勢力を強化し、軍部の力を弱める」ためには「優れて適切な武器」だったと説明する。しかし、米戦略爆撃調査の公式報告は、そのような「ショック」は必要なかったというのだ。

 ・・・同調査の総括報告によれば、原爆はポツダム宣言の受諾を「早める」よう「さらにせかせた」だけだった。しかも、同報告は、原子爆弾が投下されなくても、ソ連が参戦しなくても、上陸作戦が計画ないし検討されなくても、日本は1945年12月31日以前、「あらゆる可能性を考えに入れても1945年11月1日までに」無条件降伏していただろうという意見を付けている(注・米軍は寝ていても日本の兵糧が尽きていたという報告である。それを、米軍は嬲り殺してもてあそんだ。ルーズベルトの、日本人皆殺し政策の、証拠である)。

 ・・・私たちは、降伏するつもりの日本のスポークスマンを受け入れて、降伏の用意があるかないかを確かめようともしなかった。私たちは勝手に、日本は降伏しないと決め付けていた。

 私たちの戦争目的は、日本のアメリカ征服を阻止することではなく、日本を征服することだった。戦前戦中を通じて、日本が帝国の一部として、あるいは常任統治領として支配する地域に攻め入り、アメリカ本土からはるか遠くに広がるアジアの島々と領土を占領することがアメリカの目的だった。

 三月の東京爆撃以後、米軍は日本軍相手ではなく、主に一般市民を相手に戦争をしていた。

 ・・・七月から始まった一般市民に対する焼夷弾爆撃は「動かないアヒル射ち」だった。

 私たちが日本に来た目的は、軍国主義的侵略性を持って生まれた日本人を「改革」することである。・・・日本民族を生まれつきの軍国主義者と決め付けるなら、スペイン、ポルトガル、イギリス、オランダ、ロシア、そして私たち自身のことはどう性格付けしたらいいのだろう。これら諸国の将軍、提督、艦長、民間人は15世紀から、まさしく「世界征服」を目指して続々と海を渡ったではないか。

 ・・・明治までの日本がいかに拡張主義でなかったか、これに対してヨーロッパ諸国がいかに拡張主義であったか、を際立たせる。

 『大東亜』の民のための『共栄圏』を樹立せんとの日本の計画は、アジアを自由経済から閉め出そうというのではない。第一、アジアの植民地には、もともと自由経済などというものは存在していない。アジア地域内での自由な人及び貿易の流通に対しての、高い障壁(宗主国の植民地支配・独占貿易)を破壊せんとの試みであった。・・・

第四章伝統的侵略性 1神道からの解放
 “日本人は近代以前に「戦争美」を創出し「武士階級」を崇拝し常に「軍事独裁者」に統治され、天皇を生きた「軍(いくさ)神」として崇めてきた。そして日本人の宗教でもある神道は、日本人を優れた民族と信じさせ、神である天皇を世界に君臨させるため日本人に「世界征服」を命じている”私たちはそう教えられてきた

 こうした日本人観が熱く語られ、広く喧伝されてきたから、ほとんどのアメリカ人は本当のことだと信じてしまった。

 私たちの戦後対日政策には、神道と「天皇制」は本質的に戦争を作り出すものであるという考えが刷り込まれている。

 神道と天皇崇拝は日本人の民族感情にとって重要な文化と宗教の伝統を表すものだった。これは、他の民族が固有の文化、宗教の伝統をもっているのと同じ国民感情である。伝統の力が強ければ強いほど、国家存亡の危機には、戦時体制の、国民一丸の要となる。

 日本の学童が天皇の肖像に最敬礼したのは、アメリカの学童が「国旗に忠誠を誓う」のと同じ国民的儀礼だが、私たちはそれを見ようとしない。

 日本人が天皇を尊敬するのは、天皇が超自然的、超人間的存在であるからではない。象徴としてのしきたりの、長い歴史と伝統文化を崇拝しているからである。日本の天皇は、、アメリカの星条旗、あるいはアンクル・サム(U・Sの戯言化。アメリカ政府または同国民のあだな)のようなシンボルなのだ。

 私たちの国旗は軍事的象徴ではない。それと同じように、戦争がなければ、日本人にとって天皇は軍事的象徴ではなかった

 「天皇制」と「国家神道」は、私たちが民主的と呼ぶ世界のどこの国でも、国の特性に応じてさまざまに現れる現象である。

 国家神道とは組織化された民主主義であり・・・この体制を、社会的病根であるとか、日本特有のものであるとかいって否定する前に、民主主義国家イギリスが、数多くの国家行事を荘厳に執り行う、体制的教会を持っていることを、考えてみる必要がある。

 ・・・アメリカでさえ戦争中は、多くの教会が祭壇の後ろに星条旗を掲げ、礼拝の中で国家を歌っていたのである。

 ・・・戦争中は、私たちも国家神道を絶えず(理性的ではなく)感情(本能)的に表現していたのである。日本人を教育して、根源的国家意識を捨てさせたいとおもうなら、まず、私たちの根源的国家意識を捨てるべきである。 真実史観日本は神の国(多神の国)宗教の国(多宗教の国)

第一章 爆撃機での感想アメリカの政策

1回想(フラッシュバック)

 日本はほんのわずかの間、アジアを解放した。その進出は軍事的要素より、政治経済的要素が強かったのだが、日本人の侵略性なるものが誇張されすぎたために、この極めて重大な事実が覆い隠されてしまった。第一に日本は、近代において大国として認められた最初のアジアの国であり、第二に、その存在は「白人のアジア支配」に対する挑戦であった。第二次世界大戦(ww2)最大の誤算は、日本がアジア解放の旗手として登場したことである。

 日本の場合、近代(開国以後)全てが、危機の時代だった。 

 戦後わずか3年後にこの本は出版された。驚愕というより、当時の世界の有識者(論理整合者)共通の“常識論”であった、が正解であろう。多勢に無勢、少数有識者は、戦勝国によって封印された。しかし65年後、論理整合者数多となり、封印は解き放たれ、暗黒世界の捏造ベールは剥がされ、真実の光が輝き始めた。道理は古今東西不変である。凛として道理を子孫に遺したヘレン・ミアーズは、子々孫々語り継がれるであろう。

攻めたのではなく攻められた。大東亜戦争は蜂起日本の死活戦争で、太平洋戦争はルーズベルト政権の出稼ぎ戦争であったといえる。真実史観

 ルーズベルトの死と、米政府真実の覚醒と、最大の起因、同胞の各地での一斉蜂起が、アメリカの日本殲滅政策を変えた。平等の旗手日本を殲滅し、食民治政策を押し通せば、有色対白色(戦勝国内での内乱)、小国(虐げられし欧の小国やアフリカや南米)対大国(戦勝国)の世界全面戦争に発展しかねなかった。大東亜共栄圏から、戦勝国がすみやかに撤退した、最大の理由である。各国の民意に一任された結果、凶産は、中国とその近辺にのみ残った。

 日本軍で覚醒し決起した同胞と弱小国民は、1960年植民地独立付与宣言を導き出し、宗主国を、「独占貿易」を、戦国時代を破壊、平和を築いた。結果米ソが対戦に至らず、冷戦のままでソ連凶産は崩壊した。残る人類の敵は、残党凶産中国である。欧米列強は撤退、凶産南下は中国のみで阻止され、弱小国と有色民は解放された。日本軍は目的を果たした。『もし日本なかりせば』暗に大東亜戦争の本質を喝破したマレーシア・マハティール首相の演説

NHKスペシャル「玉砕 隠された真実」
 アッツ島殲滅一年前の、ミッドウェー海戦昭和17(1942)年6月5日~7日で、航空母艦4隻、兵員3500、飛行機200余機(全機)、を失い、致命的な大打撃を受けた。以後太平洋戦線の主導権は米軍が握った。これ以後がブナ、ガダルカナル、アッツなので、棄軍や援軍送らずは、非情とかではなく、不可能だった。時間の流れのままに放送すれば、NHKスパイのもくろみ、非常強調、降伏禁止玉砕命令の大本営は、「負け戦なので援軍を送りたくとも送れなかった」、不可抗力となり、消えてしまう。そこで洗脳が一段落するまで、ひた隠しし、さらりと放送、NHK様様の歴史に暗い善良な国民を、煙に巻く工作をした。ネットに散見する、大本営極悪、だまされた将兵かわいそうの犠牲者論は、その成果である。

 戦後のマスコミ扇動で、戦陣訓虜囚の辱めは降伏禁止で、軍命と信じてしまった。結果、生き残り兵士証言は、NHK のように大本営も上官も責めず、己を責め続けている。命を懸けた護国の兵に、軍命違反の生き残りと、悔恨させることほどむごいことはない。NHK65年間の捏造は日本史上最大の巨悪である。

 「大本営が切り捨てたと」NHKは印象操作するが、救援の術がなかった。負け戦はすべてこうなるのは、戦争の常識。「切り捨てたと」表現の見本は、米軍の下記二つこそお似合いだ。

切り捨てて米国民がだまされ引きずり込まれた大東亜戦争

ルーズベルトは宣戦布告を隠蔽し真珠湾を生贄に復讐戦争を捏造

切り捨てて逃亡したマッカーサー

バターン本間雅晴中将と夫人本間富士子

殲滅作戦の米軍に対し生き抜いて戦った兵士

米軍皆殺し作戦のさいぱんから生き抜いて戦った一兵士日本への伝言

殲滅され消された軍民女子供一丸の兵と町並みを歴史とするためヒビの一本まで再現した

極悪NHK上日本洗脳犯日凶会捏造子孫へぽーらんど不屈復興世界いさん子孫へ

 ドイツやイタリアは皆逃亡した。日本は天皇以下逃げず、粛々と敗戦の責を負った。史上類がない。一億玉砕のきずなが日本分断を阻止し、同胞を、宗主国を覚醒させ、食民治主義を破壊し、新秩序植民地独立付与宣言を産み、現代平和を築いた。

 NHKは、敵米軍は棚に上げ、大本営の非情の非難に終始するが、無い無い尽くしの中、体を武器にした戦いは、攻められたムシロ旗蜂起軍を明白に語って余りある。非難が殲滅作戦の米軍ではなく、なぜ大本営なのか、みえみえの印象操作は明白である。

護られた子孫に“祈り”以外はない!
 アメリカ軍はこのように、リメンバーパールハーバーと、ルーズベルトにほとんどが騙され、皆殺し作戦だった。日本は名誉を尊び、玉砕と報じたに過ぎない。戦時下に、「自軍全滅」と報道する国があろうか、兵士に捕虜奨励の国家があろうか。選手に負けろという監督があろうか。まさに病人か工作員の白状だ。

 日本人全滅か生存かを懸けた蜂起の戦いである。ムシロ旗蜂起軍を、「美化」などと嘲弄、まさにNHKは病人か工作員である。

 米軍対日本軍の戦争は証言のように、沖縄を封鎖した段階で終わっていた。その後の原爆空爆での女子供殺戮は、日本人殲滅が目的の確固たる証拠。米軍はルーズベルトに騙され、日本人殲滅が目的であった。

 NHK の証言者は皆、勝敗で豹変する日和見迎合証言者、輩の証言は迎合証言で、真実の証言ではない。輩の善悪証言が証拠。

 真反対に捏造された、以上の隠蔽された真実を予備知識にすれば、NHKや大江や石破や加藤陽子等の善悪論など、論外であるのは明々白々である。輩がこの真実を知らないなら病人、知った挙句の隠蔽なら工作員以外の何者でもない。

 家族や親族にNHK職員や教授や教諭や政治屋や放送や新聞やがいる方は、至急病人か工作員かを見極め、病人は病院へ、工作員はその国へ送還せよ。百害あって一利なしの亡国奴など不要。自浄回路無きNHKは、自壊寸前である。

 「訓え」を「虜囚の辱=捕虜となるはづかしめ」と曲解し、日本古来の武士道と結びつけ、「兵士や国民鼓舞」に利用した軍人もおり、学者新聞も追随した。「戦うも死(超大国英米蘭中ソが相手)、戦わざる(降伏)も死(凶産ソ中合体での日本侵略)」の、抜き差しならない死活下(曲解までしての、「鼓舞」の理由)なので、曲解を咎める者無きは当然であろう。日本危うし!軍民こぞって、決死の覚悟であったことが窺い知れる。「感謝」以外、先人への言葉は無い!

1アッツNHKスパイ手口詳細ラジオ音声改竄玉砕戦陣訓米軍民族浄

  

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真実史観

Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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