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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観で煌く映画私は貝になりたい黒澤監督評善悪史観犯日駄作橋本忍


真実史観で煌く映画私は貝になりたい黒澤監督評善悪史観犯日駄作橋本忍
 黒澤監督は、反戦「私は貝になりたい」のテーマではなく、犯日目的捏造プロパガンダ作品、と喝破した。

予備知識

国難に唯物の中国と朝鮮は同胞の殺し合い大虐殺で分裂!国難に団結した唯心日本とは真逆の異種!唯物への啓蒙無き友好はただの餌

 南下露西亜(後の凶産ソ連)、東進する英仏蘭、西進する米国、アジアの独立国は日本とタイのみとなった。当時は、弱肉強食戦国時代、家族故郷国を護るため、自存自衛で戦ったに過ぎない。日本は資源無き小国島国。しかも、自給自足の徳川時代よりも人口は倍増、「兵糧攻め(ブロック経済、ABCD資源封鎖)」で、たちどころに二人に一人は確実に餓死する。外地戦以外に生き残りの術は皆無!戦国時代の自衛戦に、戦争責任など、当然無い!

 「日本九九年戦争・資源無き島国日本、適者生存戦国時代唯一の術は、先手あるのみ。後手の本土戦は、兵糧攻めで必滅。露西亜、清国(属国朝鮮)南下阻止が第一義、後手は必滅、先手で打って出た。

 結果が台湾朝鮮(自立不能で)統治(極東共栄圏樹立着手)、満州建国尽力(凶産の砦)、日中戦争(中国凶産化での中ソ凶産連合阻止)、南京政府樹立尽力(中国凶産化阻止)で極東共栄圏構築。

 日中(反共)戦争で疲労困憊の日本は、戦国の定法弱肉強食、恰好の餌食となった。米英中蘭(ABCD)が兵糧攻め、ハル・ノートで降伏を迫った。出稼ぎ戦争対、日本は死活戦争。極東から大東亜に共栄圏樹立を拡大し、あらん限りに戦ったが、大東亜同胞の、完全覚醒追随まで戦いきれず、矢尽き刀折れ、敗れた。

 がしかし、戦いざまに共振した同胞が、一気に蜂起、独立。1960年の植民地独立付与宣言(互恵)が根幹となり、自由貿易64年開放経済)、平等65年人種差別撤廃)を成し、凶産は残ったが、戦争目的は完遂した。弱肉強食の世に、戦後67年間のごとき無能無策の後手日本なら、何もかもが消滅していた。それでも戦後消滅しなかったのは、『身体を筆にし、流れる血と汗と涙でえがいた先人の、人類への遺書』以外、あろうか!

 “戦かわざれば”の平和論があるが、防共の砦日本が去るやいなやすぐさま凶産化、朝鮮戦争惹起したもう一方の真の敵、中ソ凶産連合軍隠蔽スパイの、工作論である。ABCDと“戦かわざれば”の降伏は、防共の砦無き丸裸日本で、中ソ凶産の、恰好の餌食となった。この戦いは、目的も無きただの防御戦。多勢に無勢で、瞬時に最後の独立国日本は潰え、日本族の名を残すのみの、まさに、犬死に無駄死にの戦争となっていた。同胞の、支配者からの独立も無い!新秩序など、当然無い!支配者と、被支配者の地球に成っていた!」

 

「私は貝になりたい」

原案者加藤哲太郎元陸軍中尉(1917年2月21日~1976年7月29日)新潟の東京捕虜収容所第五分所長で終戦。

 

「私は貝になりたい」は、加藤哲太郎(陸軍中尉)が戦犯服役中、筆名志村郁夫で「あれから七年--学徒戦犯の獄中からの手紙」(飯塚浩二編光文社1953年)に投稿掲載の、「狂える戦犯死刑囚」「以下は、かつて戦犯であった一市民の綴り方である。かならずしも事実に基づいてはいないが、全部がフィクションだと考えてもらってはこまる。このへんのことは、やがて時が解明してくれるだろう」と書き始められた文の中の遺書が原案。これを、「羅生門」、「七人の侍」などの黒澤作品に脚本参加している「黒澤組」の脚本家橋本忍が、原案の遺書を増幅し、物語にしたものである。

サンヨーテレビ劇場の企画としてTBSの前身、ラジオ東京テレビ(KRT)が1958年に制作したテレビドラマである。戦後13年の1958年(昭和33年)10月31日放送。岡本愛彦演出、橋本忍脚本、フランキー堺主演で放映が初出。1959年に映画化された。

 

高知県幡多郡清水、妻子持ちの平凡な床屋の主人、清水豊松が主人公。大東亜戦争末期昭和19年、豊松にも赤紙が届き、出征。

内地の日高中隊に所属した豊松は、厳しい訓練の日々に明け暮れていた。ある日、アメリカ軍の戦闘機が撃墜され、操縦士が大北山山中に降下との情報。矢野中将軍司令官の「搭乗員を確保、適当な処分をせよ」との命令が日高中隊に下り、捜索の結果、瀕死の搭乗員を発見。そこで豊松は小隊長に、銃剣でその米兵を刺すよう強制され、突進し突き刺したが、気の小さい豊松の手元が狂い、刃が頬を掠っただけだったが、その時点ですでに瀕死の米兵は息を引き取っていた。

終戦後。豊松は床屋の主人に戻り、平凡に暮らしていた。そんな彼が戦犯として特殊警察に突然逮捕された。捕虜を殺害した捕虜虐待が罪状であった。極東国際軍事裁判条例に基づいて行われたC級裁判の横浜法廷で、被告席に立った豊松は「日本の軍隊では、二等兵は牛や馬と同じで、上官の命令に逆らえば命はないんだ」と主張する。しかし「拒否しなかったことは殺す意思があったという証拠だ」というアメリカの勝者の論理で、絞首刑判決が言い渡された。

豊松は妻と子供に宛てて遺書を書き始める。

せめて生まれ代わることが出来るのなら・・・

いいえ、お父さんは生れ代わっても、もう人間になんかなりたくありません。

人間なんて厭だ。牛か馬の方がいい。

・・・いや牛や馬ならまた人間にひどい目にあわされる。

どうしても生まれ代わらなければならないのなら・・・いっそ深い海の底の貝にでも・・・

そうだ、貝がいい

貝だったら、深い海の底の岩にへばりついているから、何の心配もありません。

兵隊にとられることもない。戦争もない。

房江や、健一のことを心配することもない。

どうしても生まれ代わらなければならないのなら、私は貝になりたい・・・

そして、刑が執行された。

 

善人豊松悲劇強調のため、護国防衛の先人を蹴落とし、偽善犯日映画にした結果、無理が生じ、捏造が数多ほころびた。象と蟻の蜂起戦争を、東条英機が勝てる見込みのない戦争を始めたと、軍人が勝手に始めた戦争と、摩り替えた。赤紙一枚での召集を誇張し、侵略者日本と、印象操作した。「適当な処分をせよ」と、軍隊侮蔑。また、瀕死の敵兵を殺せと命令する冷酷な上官が、失敗を見逃すのも不自然。日本の軍隊に限らず、古今東西階級問わず、命令順守が兵の基本は、常識。日本の軍隊と別格にし、二等兵を牛馬に例え、軍隊を侮蔑した。命令順守を死刑にする根拠も幼稚で不自然、根拠の無い米軍侮辱である。無理な作為が斬新なテーマを破壊し、興ざめにした好例、駄作の見本である。

主人公豊松を悲劇の主人公に仕立てるため、この物語では不自然な冤罪で、無理矢理死刑にしているが、「拒否しなかったことは殺す意思があったという証拠だ」と、豊松のように命令順守でも死刑なら、現実には膨大な死刑者が出ただろう・・・。

現実には、死刑判決を受け減刑された二等兵はいるが、二等兵で死刑執行の戦犯はいない。「BC級戦犯裁判」林博史著2005岩波書店。当然である

実話を装い、被害者意識を針小棒大にし、軍隊極悪、被害者国民を煽ったWGIP御涙頂戴ドラマなので、工作員が犯日扇動の小道具として、繰り返し用いている。今回も犯日団TBS、朝日新聞が製作した犯日洗脳映画で、反戦映画ではない。口に蜂蜜、腹スズメバチ映画。

スポンサーの皆さんへ。ネチズンが皆手弁当で自力学習し、覚醒蜂起。そして、先人の汚名払拭に必死な今、日本亡国の奸賊、犯日団や犯日政治屋への蛸が手足を食うがごとき愚行は、水を差しかつ、逆効果。日本亡国促進の売国行為である。ネット学習で即刻自粛、日本の真正な礎構築に懸命な、無私のネチズンへの助力に、すぐさま馳せ参じ、子孫に真正日本を遺してほしい。でなければ、当然スポンサーの未来も無い。丸暗記の知識はかなぐり捨て、立派な親から授かった自らの頭脳で学習すれば、象と蟻の蜂起戦争、即座に氷解する。自らの頭脳で、今すぐ学習は、日本隆盛への大いなる第一歩だ。

このドラマの主題は「私は貝になりたい」と戦争を昇華したこの言葉に尽きる。橋本も飛びついたのはここだったはず。ところが戦争好きの極悪軍隊、赤紙一枚で召集された可哀そうな被害者国民、死刑判決極悪米軍、善悪物語ではいかにも動機が薄く戦争を昇華した主題に内容が伴わず見劣りし駄作。斬新な主題は消し飛んで、豊松だけが善人で可哀そう、他は皆極悪人のお涙頂戴三文芝居となった。内容は駄作だが、「私は貝になりたい」と戦争を昇華したこの言葉があるから、何とか作品の形を保っている。それほどこのテーマは煌いて崛起している。主題芥川賞、内容は三文芝居である。

 

善悪史観、被害者史観で戦争を捉えているからだ。善悪、被害者、敵味方を超え、殺さなければ殺される、双方避けることの出来ない非情の真実史観で捉えていれば、真の人間映画となり、殺すのも嫌、殺されるのも嫌、こんな殺し合いの人間界はもう嫌だ、そんな殺し合いの無い世界、深い海の底で「私は貝になりたい」が真実として迫る。生前の黒澤明監督の言葉「橋本よ、これじゃあ貝になれないんじゃないか?」は、善悪史観、被害者史観で戦争を捉えている事を明確に指摘している、さすが黒澤である。木を見ず、森を見ている。黒澤は木を見る橋本を指摘したのだ。戦争悪は常識。これでは単なる日本軍罵倒、米軍罵倒、戦争は悪の常識映画でしかないと。裸の人間映画ではないと。

黒澤明は、殺さなければ殺される俯瞰しての鳥瞰史観真実史観ではなく、地上を這いずり回るだけのただの虫、橋本忍の虫観史観善悪史観を指摘したのだ。兵糧攻めされ、郷土、家族が存亡の危機に瀕し、風前の灯の中、軍民一丸蜂起した資源無き小国日本の事実を、作為で隠蔽。軍に赤紙一枚で平和な家庭を勝手に破壊され、オマケニ敗戦、米軍には死刑宣告、敵味方によってたかって虐められた、だから、今度「私は貝になりたい」、御涙頂戴では、ワルシャワ蜂起、ワルシャワゲットー蜂起を引き合いに出すまでもなく、余りにも利己的独善的で次元が低い、戦争を昇華した主題が泣いていると。

やがて国民皆覚醒し、歴史の真実に晒されれば、作為の隠蔽は剥がれ、WGIP洗脳が目的、犯日洗脳映画、テーマ無認識の駄作、との警告でもある。

 

視点を真実史観とし、国、家族死守のため、侵略者に立ち向かう豊松が、敵を倒し、その罪での死刑宣告。そして裸の人間界は殺し合う、最適者生存非情な不条理の世界だ、戦争(殺し合い)の無い世界に今度は生きたい。その世界が深い海の底の貝の世界だ。だから今度は「私は貝になりたい」との遺書となれば、斬新な主題と内容がぴたりと一致、敵の心も揺り動かす秀逸な反戦映画として、世界の映画史上に燦然と輝いただろう。戦争の、生命体の非情と呼応したきらめく斬新なテーマだけに、残念である。犯日洗脳映画ではなく、反戦映画として、リメイクしたい作品である。遺書も下記のようにリメイクして。

せめて生まれ代わることが出来るのなら・・・

いいえ、お父さんは生れ代わっても、もう人間になんかあなりたくない

殺しあう人間なんてもう厭だ・・・

どうしても生まれ代わらなければならないのなら・・・いっそ深い海の底の貝にでも・・・

そうだ、貝がいい・・・

貝だったら、深い海の底の岩にへばりついているから、何の心配もない。

戦うことも無い。殺すことも無い。殺されることも無い、恨むことも無い、戦争もない。

房江や、健一や、直子と、心配することもない・・・

どうしても生まれ代わらなければならないのなら、深い深い海の底の、私は貝になりたい・・・

 

橋本よ、これじゃあ貝になれないんじゃないか?」。黒澤明監督のこの逸話は、善悪史観虫観史観からの脱却が、いかに大事かを物語って余りある。戦争など誰もしたくは無い。そんな戦争を、「なぜ」日本はしなければならなかったか、一番大事な、肝心要「なぜ」欠落では、御涙頂戴で素人受けはするだろうが、「貝になれない」、反戦にはならない。単なる、皆に虐められて可哀想の、被害妄想“泣き売”映画である。「私は貝になりたい」。仏彫って魂入れず、心ある者の評価は、空映画、きらめく主題が泣いている。

映画監督黒澤明は、半世紀も昔に犯日洗脳作品と、喝破していた。

真実史観


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真実史観仮想界志士の告白覚醒済田原筑紫等捏造継続の正体私心自己保身


関連するので参照なき方、当ブログ内下記も御参照願います。

真実史観検証田母神論文全文至論は偽者売国奴工作員炙り出しの踏絵 2008年11月06日

真実史観ネチズンチェンジ工作員捏造の壁破壊子孫に残そう真正日本 2008年11月13日

仮想現実界志士の告白開始(注・は真実史観)

現役雑誌記者によるブログ日記!by オフイス・マツナガ 出自

http://officematsunaga.livedoor.biz/archives/50737338.html

両論併記 「村山談話 河野談話 田母神論文 ボス談話(おまけ・笑)」・・・全文2008年11月09日

マスコミの得意の手法として、両論併記というのを教えられる。

 もし、憲法に関して記事を書くなら、改憲派の意見をのせて、次に、護憲派の意見をのせる。「この人は、こういっていますが、別の識者はこうもいっています」と書く。そして、だいたい最後に、「今後の議論をまちたい」とか、ま、あたりさわりのない結びにもってくる。ま、ずるい手法といえば、ずるい手法だが、まだ、両論併記しているからましだろう。

 しかし、マスコミにも媒体によって、論調というのがある。

 改憲を支持しているのなら、両論併記をしながら、改憲派の意見のスペースが護憲派よりおおいとか、その逆もある。

 そこには、さまざまなレトリックや、表現手法があって、客観性を装いながら、改憲なら改憲、護憲なら護憲にその論調の方向で結んでいくのだが、これも、まだ両論併記しているから、まだ、ましだろう。

 そういえば、NHKの人気の大河ドラマ「篤姫」で、天璋院篤姫の名言として「一方を聞いて沙汰するな」というのがある。公平、公明にして、相互の意見を十分に聞き、その上で判断する・・・・・もしくは、判断してもらう・・・・・。という、あたりまえの表現の手法についてふれている。

「一方を聞いて沙汰するな」というのは、実は、日常の生活のなかで、各人がそれぞれの判断の基準としておこなっていることかもしれない。

 両論併記、もしくは、反対意見や、反証を十分に聞く。もしくは、反証の機会をあたえる・・・・というのが、最低限のルール。この最低限のルールにもとずいて、言論の自由や、表現の自由がつちかわれてきたはずだ。

 しかし、この「両論併記」が、タブーのごとく扱われる事態がある。

 まぎれもなく、今の日本にある。

 突然、この問題になると、エキセントリックになる。双方にだ。

 マスコミの事情はわかる。それがこれまでのマスコミの暗黙のルールだったからだ。マスコミの「錦の御旗」だ。つまり、「錦の御旗」がある限りにおいて、マスコミは実は、本来のマスコミの機能を失っている。片肺飛行みたいものだ。

 片肺飛行でも、飛行機は飛ぶことができる。操縦できる。

 しかし、パイロットに高度な技術が要求される。

「この高度な技術を持った人を・・・・ジャーナリストといったかもしれない。戦後から今の日本では・・・・」(ボス談)

 つまり、この件に関しては、「一方を聞いて沙汰」しなくてはならない。この件に関しては、政府見解のみが、錦の旗になる。政府見解とは、あくまでもその時の政府の見解であって、それを自由に批判、反論することができるというのが、少なくても民主主義の原則である。当然、時代がかわり、世論の動向によって、その政府見解が時代にふさわしくないと判断されることもある。変更されることもある。

(注・マスコミの事情暗黙のルール錦の御旗とは、マスコミ63年間の、戦後の真実隠蔽捏造、マスコミの負の遺産を指す。普段は弱者の目線で政府を糾弾するが、戦後の真実追求はマスコミの負の遺産に触れ、両刃の剣となりマスコミも糾弾され滅ぶので触れず、政府見解に逃げる。与野党もマスコミに騙され、三木・中曽根、河野・村山談話とマスコミの捏造に追随した弱みがあり、国民に糾弾され滅ぶので、触れず逃げる。与野党とマスコミの裏取引である。高度な技術とは負の遺産を問われても、田原・筑紫・鳥越のように上手に立ち回り、触れさせないこと。片肺飛行は、捏造飛行。反権力を掲げ、言論の自由を叫ぶ輩は、河野・村山談話を見事に無視、捏造操作した)

 言論の基本である、両論併記をもう一度、試みてみる。

 まずは、以下の動画から、入りたい。

日本がアジアに残した功績の真実

このテキストは日本がアジアに残した功績に掲載されています。

「戦後50周年の終戦記念日にあたって」(いわゆる村山談話)

平成7年8月15日

 先の大戦が終わりを告げてから、50年の歳月が流れました。今、あらためて、あの戦争によって犠牲となられた内外の多くの人々に思いを馳せるとき、万感胸に迫るものがあります。

 敗戦後、日本は、あの焼け野原から、幾多の困難を乗りこえて、今日の平和と繁栄を築いてまいりました。このことは私たちの誇りであり、そのために注がれた国民の皆様1人1人の英知とたゆみない努力に、私は心から敬意の念を表わすものであります。ここに至るまで、米国をはじめ、世界の国々から寄せられた支援と協力に対し、あらためて深甚な謝意を表明いたします。また、アジア太平洋近隣諸国、米国、さらには欧州諸国との間に今日のような友好関係を築き上げるに至ったことを、心から喜びたいと思います。

 平和で豊かな日本となった今日、私たちはややもすればこの平和の尊さ、有難さを忘れがちになります。私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。とくに近隣諸国の人々と手を携えて、アジア太平洋地域ひいては世界の平和を確かなものとしていくためには、なによりも、これらの諸国との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を培っていくことが不可欠と考えます。政府は、この考えにもとづき、特に近現代における日本と近隣アジア諸国との関係にかかわる歴史研究を支援し、各国との交流の飛躍的な拡大をはかるために、この2つを柱とした平和友好交流事業を展開しております。また、現在取り組んでいる戦後処理問題についても、わが国とこれらの国々との信頼関係を一層強化するため、私は、ひき続き誠実に対応してまいります。

 いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。

 わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ植民地支配侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。

 敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。同時に、わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。これこそ、過去に対するつぐないとなり、犠牲となられた方々の御霊を鎮めるゆえんとなると、私は信じております。

 「杖るは信に如くは莫し」と申します。この記念すべき時に当たり、信義を施政の根幹とすることを内外に表明し、私の誓いの言葉といたします。

(注・日本軍は蜂起軍。赤太字は捏造)

慰安婦関係調査結果発表に関する河野内閣官房長官談話

平成5年8月4日

 いわゆる従軍慰安婦問題については、政府は、一昨年12月より、調査を進めて来たが、今般その結果がまとまったので発表することとした。

 今次調査の結果、長期に、かつ広範な地域にわたって慰安所が設置され、数多くの慰安婦が存在したことが認められた。慰安所は、当時の軍当局の要請により設営されたものであり、慰安所の設置、管理及び慰安婦の移送についは、旧日本軍が直接あるいは間接にこれに関与した。慰安婦の募集については、軍の要請を受けた業者が主としてこれに当たったが、その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接これに加担したこともあったことが明らかになった。また、慰安所における生活は、強制的な状況の下での痛ましいものであった。

 なお、戦地に移送された慰安婦の出身地については、日本を別とすれば、朝鮮半島が大きな比重を占めていたが、当時の朝鮮半島は我が国の統治下にあり、その募集、移送、管理等も、甘言、強圧による等、総じて本人たちの意思に反して行われた。

 いずれにしても、本件は、当時の軍の関与の下に、多数の女性の名誉と尊厳を深く傷つけた問題である。政府は、この機会に、改めて、その出身地のいかんを問わず、いわゆる従軍慰安婦として数多の苦痛を経験され、心身にわたり癒しがたい傷を負われたすべての方々に対し心からお詫びと反省の気持ちを申し上げる。また、そのような気持ちを我が国としてどのように表すかということについては、有識者のご意見なども徴しつつ、今後とも真剣に検討すべきものと考える。

 われわれはこのような歴史の真実を回避することなく、むしろこれを歴史の教訓として直視していきたい。われわれは、歴史研究、歴史教育を通じて、このような問題を永く記憶にとどめ、同じ過ちを決して繰り返さないという固い決意を改めて表明する。

 なお、本問題については、本邦において訴訟が提起されており、また、国際的にも関心が寄せられており、政府としても、今後とも、民間の研究を含め、十分に関心を払って参りたい。

(注・赤太字捏造。アサヒル捏造を、世襲若様が鵜呑み。自称従軍慰安婦は、アサヒル捏造に追随した、少数の矛盾証言者のみ。従軍慰安婦は戦後の捏造単語で、戦前無し。)

当方のボスの談話
「オレが、マスコミで仕事をしょうと思ったときに、先輩記者から『片肺飛行の技術をみにつけろ。でなければ、ジャーナリズムの幻想をすてろ』と教わった。これが、マスコミにおけるタブーとかいわれるものだと理解するにはたいした時間がかからなかった。そのタブーの薄紙は、一枚一枚はがれていったかも知れない。このタブーの薄紙を一枚一枚はがす作業は、片肺飛行であろうが、なんであろうが、マスコミや、ジャーナリズムの本能みたいもので、実は、これは誰にも阻止できないときづいた。

 それこそ、亡くなった筑紫哲也さんからは、酒席でよくそのことをいわれた。筑紫さんの年代のジャーナリストが、プロテスティングにこだわった。それは反権力と同意語だった。プロテスティングによって、タブーの薄紙は一枚一枚はがれていったかもしれない。しかし、それでも片肺飛行だった。この片肺飛行について、戦後処理という問題があることは、だれしもがわかっていた。筑紫さんでさえ。

 プロテスティングによって、タブーの薄紙が一枚一枚はがすことができた。

 しかし、それ以降はどうなったか?

 筑紫哲也さん以降の若い我々の年代以降だ。

 プロテスティングが商売になった。片肺飛行の燃料になった。

 パラサイトがたくさんうまれた。寄生。

 そして、気づいたときに、プロテスティング・パラサイトがたくさん生まれていた。

 つまり、片肺飛行のままだった。

 パラサイトすることによって、片肺飛行の技術は向上した。しかし、パラサイトはパラサイトでしかない」(当方、ボス談)

(注・弱者の味方を演じての、選り食い摘み報道を物語っている。つまり、田原や鳥越や筑紫のような演技巧者の善人面役者が、ジャーナリストの正体。先人のように子孫のため、我が身を賭けないのが仮想現実界の実体。ということである。ボス談としてあるが、独白告白であろう)

プロテスティング・パラサイトについては、

「プロパラ」(抗議する寄生者) 関西大学教授・木村洋二氏が指摘 2008年11月06日

産経ニュース【紙面批評】関西大学教授・木村洋二日教組が生んだ“寄生者”たち

http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/081106/acd0811060804001-n1.htm 

当ブログ内は下記

真実史観職責放棄をプロパラと自己批判教授より2CHの思いが遥かに勝る 2008年11月19日

コメント欄

.通りすがり

2008年11月09日13:39

「そんなことより、むしろ変わらないのは、長い間皆さんの支持によって作られた、この番組のありようであります。

 それを私たちは、NEWS23のDNAと呼んできました。

 力の強いもの、大きな権力に対する監視の役を果たそうとすること、それから、とかく一つの方向に流れやすいこの国の中で、ま、この傾向はテレビの影響も大きいんですけれども、少数派であることを恐れないこと、多様な意見や立場をなるだけ登場させることで、この社会に自由の気風を保つこと、そういうことが含まれております。それを実際に、全てまっとう出来たとは言いません。しかし、そういう意志を持つ番組であろうとは努めてまいりました。」

(最後の番組での多事争論「変わらぬもの」2008年3月28日(金)

http://www.tbs.co.jp/news23/old/index-j.html

筑紫さんは、今でも2チャンネルなどで、徹底的にバッシングを浴びています。彼らが言うようなこと(例えば部落関係者の犯罪を隠蔽したなど)が本当であれば、とんでもないことです。しかし、私にはその事が事実かどうかは判定することが出来ません。ただ、それらのバッシングや反論を、筑紫氏自身が包括することが出来なかったとすれば、「多様な意見や立場をなるだけ登場させること」を彼自身が裏切ってしまったことになります。筑紫さんは、あの柔和な表情で、今のバッシングや反論を受け入れていたのでしょうか?もしそうであれば、「この社会に自由の気風を保つこと」を体現したのだとは思います。私は、その事に激しく同意します。ご冥福をお祈りします。 合掌。

miruko
2008年11月09日14:48

『片肺飛行の技術をみにつけろ。でなければ、ジャーナリズムの幻想をすてろ』なんとなく喉の奥に引っかかっていたものが取れたような気がします。

.その筋さん
2008年11月09日15:40

一言でいえば保守(右翼と言っている人はそう言って良い)は寛容であった。我慢強いのです。それは本質を知り、真実は明らかになれば、しょせん雑音は消えると思っていた。

しかし今回の田母神評論は逆で一部保守寄りというメディアも与党でさえネオファシズムになってしまった。つまりその原因は村山談話の元となるGHQによる占領政策で始まった情報統制と戦勝国による西洋人から見た民主主義の押しつけなのである。だからこそ今回の騒動で保守層は切れてしまった。

反省すべき事は権力を叩けば良い、自虐史観が正しいではなく日本人として日本国政府として責任ある立場を示し正しい義務と愛国心を表す事で信用される。それを保守層は常に発言していた。私はもし今回田母神さんが参考人招致をしなかった事になれば日本で自由と民主主義は終わったと断言する。

つまり、日本は中国やロシア、北朝鮮の様にやくざ国家の一員になり、それに加担している奴は売国奴なのである。意味がわかりますか?

左派寄りの知識人達さん?言論の自由を叫ぶ筋合いはないです。間違っています!!

.違和感はない
2008年11月09日17:34

 両論併記。

 村山談話と、田母神論文。両方を一緒によむことが出来た。 両方とも違和感はない。

 両方とも正しい。これが、日本人の率直な実感でないか?であれば、田母神論文を鬼っ子のようにあつかう、今の政治、マスコミは、片肺飛行というのは納得できます。

 筑紫さんが、反権力をつらぬいた。しかし、戦後処理にはふみこめなかった。ここの、ボスの指摘通りです。

 筑紫さんを知る者として、あとの仕事は、我々の仕事だとおもいます。

 よく、書いてくれました。

.後輩ジャーナリスト
2008年11月09日19:14

 反権力といえば、筑紫さんや、ここのボスでないけれど、常に権力の有り様や、やったことをチェックする機能がジャーナリズムの一つの役割です。

 村山談話や、河野談話について、その談話の内容をチェックするのも、ジャーナリズムの仕事のはず。しかし、なぜか、この部分だけは、フリーチェックです。なるほど、片肺飛行とはこういうことをいうのですね。

 歪なジャーナリズムは、日教組なみかそれ以上かもしれません。やはり、まだ言論はGHQ配下なのです。

 片肺飛行・・・・いい表現だと思いました。

.その筋さん
2008年11月09日19:14

>GHQによる占領政策で始まった情報統制と戦勝国による西>洋人から見た民主主義の押しつけなのである

こう書かれてわからない人は、戦勝国が作った国際連合を育てる為に常任理事国達は、既得権益クラブを作り運営のする為に日本に自虐史観を植え付けたと言えばわかりやすいでしょう。

つまり国連主義と言ってる小沢さんは少し国連を理解していないとも言えるわけですし、国連そのものがアメリカとフランスで壊したと言ってよい。これは新秩序体制への息吹が始まっている。9.11テロ、イラン・アフガン侵攻と金融危機はまさにその兆候がより顕著になった事を意味するのです。

アメリカとEU、中国はまさにその権益レースをやっていて、その争いが別のフィールドに変わったのです。

日本の政治家とメディアのみなさん、貴方達は本当に平和ボケです。私は本当に危機感を持っています。

メディア方へ

ぶれない言論姿勢をするなら思想スタンスはっきりさせる事です。

しかし義務を果たすこと

そしてその基本は正しい愛国心を持って言論活動をしなさい。

政治家のみなさんへ

貴達はこの義務を果たしていません。

日本を良くしたいならま。ずこの事を守る約束とすべき義務を果たしなさい。国防との基本です。!!そして自由には責任があるのです。

平和とは平穏の日々を作っていく積み重ねでありそれを守る為に軍人は辛い訓練に耐え、国を守っているのです貴方達の為に!!

.葉隠れ
2008年11月09日19:55

 昨年九月の自民党総裁選当日、自民党本部前で、若者たちによる「麻生コール」が響きました。

 彼等はインターネットでの呼びかけに、参加不参加を自分で考えて集まってきた人達です。

 呼びかけたのは、日本の現状を憂え、日本にとって本当によいことは何か、本質を見つめた末に行動を起こした方々です。ある人は利権やしがらみに無縁のジャーナリストやブロガーさんであり、またある人はまじめな政治家さん達でした。

 若くはないが趣旨に賛同した私は、少し離れた所で、その場の空気に触れていました。

 幼い頃から日常のなかで現代音楽に馴染んできた世代だけあって、「麻生コール」もリズムカルで非常にスマートな印象でした。

 そこには「反権力は正義」といった目をむくような激しさもなく、また権力のアラを探して、執拗に追求するといった昨今のマスコミに見られるような甘えを含んだ傲慢さも感じられませんでした。

 偏にそれは、権力のなかの少しでもましな分子を掬い上げて支援していこうとした呼びかけ人の姿勢にあったのではないでしょうか。

 このようなインターネット時代ならではの動きに期待したいと思います。

.一般読者
2008年11月10日17:15

歴史問題は、「洗脳」された日本の一般国民以外の当事者にとっては、何が正しいかではなく、どのような歴史観であれば自分たちにとって得であるかの問題ですからねえ

米国政府だって、中国政府だって、韓国政府だって自分たちの主張がウソであることは十分に知っているだろうし、中国国民だって韓国国民だって自分たちの主張に根拠のないことは薄々気が付いているだろう、が、しかし、そのウソであることの方が自分たちの利益、国益に適うから彼らはそのウソを主張して譲るつもりなどさらさらない

日本の政治家、政党も現在なら「自虐史観」がおかしいなんてちょっと調べれば分かることでしょ?しかし、それでは自分たちの利益にはならないから、真実を認めることはしない(なお、一部の保守政治家の「自虐史観」容認には自衛隊の「暴走」への「足枷」との位置づけがあるようにも思えはするが)

ジャーナリスト、マスコミだって当然ちょっと調べれば分かるはず。しかし、洗脳された日本国民への「商売」を考えた場合には、「自虐史観」でいく方が受けもよく自分たちの利益にもなるからそれでいく(あと、中国、韓国に対する受けもよくなるから、そのメリットもあるだろう)

確かに、これまでは、このような状況であっても具体的に問題は発生しなかったから良かったかもしれないけど、米国一極支配の体制が崩れ、また、中国、韓国が軍事的に力をつけてきている現在および将来においては、「自虐史観」は、中国、韓国その他の日本に対する軍事、非軍事的な(復讐、報復的な)「攻撃」を(精神的に)合理化するものであって日本にとって極めて危険な作用をする状況になってきているのではないのか?

日本の野党、マスコミが「自虐史観」を私利私益のためにこれまでのように弄ぶことは、これからは、火薬庫で火遊びをするような日本に大きな危険を齎すことになるであろう

.ねらー
2008年11月10 22:50

>常に権力の有り様や、やったことをチェックする機能がジャーナリズムの一つの役割です。

で、後輩ジャーナリスト氏さんに伺いますが、

政治家は選挙で、(制度の上では少なくとも)官僚は選挙の洗礼を受けた政治家のチェックを受ける訳ですが、あなた方ジャーナリストという方々の暴走を、一般国民はどう監視することができるのでしょうか?

ご教示をいただきたく、伏してお願い申し上げます。

10.平安京
2008年11月11日08:34

たとえ反権力のジャーナリストといえども、権力の後ろ盾が無ければ書けない。

筑紫さんもそのジレンマに苦しまれたのでしょう。

しかし今は、ネット世論が新たな後ろ盾となりつつある。そして、新たな権力を味方に付けた者が、新たな先導者(扇動者)となる。

コメント欄完
 
これ以降2008年11月19日までコメント無し。

 田母神論文は、与野党もマスコミも皆申し合わせたように、早々とチャックを閉めた。

職責者、NHK、与野党、マスコミ、仮想現実界の63年間の職責放棄の弁解は、経済か?それとも、一切弁解無しの総懺悔か?

真実史観


亡国の起因冤罪史観破壊!子孫へ遺す真実史観蜂起日本適者生存史目次へ

真実史観職責不履行給料泥棒をプロパラと自己批判教授より2CHの思いが遥かに勝る


職責不履行給料泥棒をプロパラと自己批判教授より2CHの分析が遥かに勝る

ネット常識のコピペが識者教授の記事

 憂国のネチズン、無償の研究で暴かれた有給者の職務怠慢、職責不履行給料泥棒。マスコミが頻繁に用いる識者教授の有給研究程度は、無給ネチズン研究の常識。

産経ニュース
http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/081106/acd0811060804001-n1.htm 出自

【紙面批評】関西大学教授・木村洋二 日教組が生んだ“寄生者”たち(1/2ページ)2008.11.608:03
 危機は、新聞を元気にする。北朝鮮の金正日総書記の病状はどうか、中国はどう出るか、世界は信用崩壊を乗り切れるか、麻生政権はどう動くのか。

 世界は歴史的転換点を迎えたようだ。何か良い知恵や情報でもないか、と紙面をめくるが、膝(ひざ)を打つような記事はなかなか見つからない。その中で「このままでは日本は転落する」と断じた日本を愛する評論家、金美齢氏のコラム「優先席から」(9月5日付)に目を引かれた。

 さらに同日付の「正論」では、元駐タイ大使の岡崎久彦氏が「党利党略で国益が沈む」と警鐘を鳴らし、「占領中の日本を罪悪視する教育、冷戦中の共産圏を利するための日教組教育の残滓(ざんし)」が、「公害の雲のように重く日本を覆ってきた」と診断する。

 その日教組の教育を受けて、ゲバルトに興じた若者たちの生態は、連載「さらば革命的世代」(毎週金曜=大阪本社発行版のみ)に詳しい。彼らは1960年代後半、機動隊に石を投げ、バリケードで大学を封鎖し、「プロレタリア革命」や「大学解体」を夢想した。

 「権力」こそが、民衆の生き血をしぼり取る諸悪の根源であり、「反権力」は正義である、と信じて疑わなかった若者たちも、多くは無事、生き延びて教師やメディア、広告代理店にもぐりこみ、権力や優位者のアラを探して文句をつけることを生業(なりわい)とする「プロテスティング・パラサイト」(抗議する寄生者)と化した。筆者自身、その一人だったと気がついたのは比較的最近である。

彼らには自己批判を込めて「プロパラ」という名称を献呈したい。このプロパラ・ウイルスが入れ子式に繁殖し、国の背骨まで虫食い状態になったのが日本の病根である。

 そもそも、「ありがとう」の代わりに「すみません」というのはこの国の美徳である。ありがたくても、相手にかけたご迷惑を思いやるから「すみません」になる。だから「すみません」と謝る人は許される。

 歴史上、戦争で負けてこれほど繁栄した国は存在しない。しかし、殴られたあと、チョコをもらってぺこぺこするような人は信用されない。国も同じである。抗議すればすぐに謝罪する人や国は、カモにはされても信頼はされないだろう。本当の信頼とは何かが、これからの日本文明の課題である。(大阪本社発行最終版による)

 自己批判するなら国や日教組に責任転嫁せず、国民に、日本の病根の原因、知識丸暗記したため検証せず、結果として職責放棄となったと、職責者はまず懺悔することが順序。責任転嫁し、知識丸暗記無検証が原因との自己分析欠如は、再犯必須。これでは単なる造語紹介弁解記事に過ぎない。造語弁解の駄文でも、教授の肩書きで掲載のマスコミ。肩書教授より、2チャンネルの見識が、思いも勝り、はるかに高い。認めただけでも抜きん出てはいるが、責任転嫁は、ネチズンに職責放棄を糾弾され、弁解方法模索中、あわてて押っ取り刀で書いた、間に合わせ言い訳文である。産経でさえこの有様、こんな程度だ。いかに無検証の根が深いかを物語っている。

ちなみに「プロテスティング・パラサイト」(抗議する寄生者)「プロパラ」ではなく、「プロフェッショナル・モドキ」(プロモドキ)がよく似合う。

 仮想現実会は63年間も無検証、現在もこんな程度、これまでの肩書き識者やマスコミの、モドキ知識はかなぐり捨て、立派な親から授かった自らの頭脳で、なぜ?どうして?と考えれば、誰でも皆氷解し、覚醒する。丸暗記脳のみなら徒労!検証脳あればの話だが!
真実史観


亡国の起因冤罪史観破壊!子孫へ遺す真実史観蜂起日本適者生存史目次へ

真実史観相互悪が戦争善悪史観は亡国史観田母神諫言批判石破茂思想戦工作員自白


 戦争は相互悪で、善など皆無。ゆえに偏向虫眼鏡史観で敵討ち史観の善悪史観は、歴史ではない、学問ではない。歴史は善悪にとらわれず俯瞰した、真実か否かの真実史観が正史。

先に殺さなければ殺される戦争は相互相互戦争をWGIPは、勝者善、敗者悪の善悪史観、善悪戦争摩り替え敗軍悪糾弾洗脳。便乗した凶産国と韓国と在日が継続。非国民口先界(凶惨党、教授、教師、作家、評論化、議員、NHK、朝日、毎日などの虚業団)が反省と称し敗軍悪増幅の善悪史観、学問から大きく脱線した。日本国はひとつだが、国民は賢人(歴史学検証者、真実史観)と鵜人(洗脳され敗軍悪増幅の鵜人、善悪史観)に分断された。

『日本開国までの歴史は善悪皆無の真実史観、善悪史観は開国以後から歴史教科書自らが、明々白々に改竄捏造を実証している。日本国民はこれを見逃すな。

WGIPは、歴史を俯瞰できない司馬遼太郎司馬史観、大江健三郎九条の会、石原慎太郎都知事などの、森を見ず木だけ見る虫眼鏡史観者善悪史観を、のさばらした。善悪史観は敵味方で相反する偏向史観で、歴史ではなく怨念を語り継ぐ、敵討ち史観である。自虐史観も善悪史観である。歴史は、善悪にとらわれず俯瞰した、真実か否かの真実史観が学問で、正史。

肩書きや経歴やマスコミより得た善悪史観は、鵜呑みせず廃棄しリセット、立派な親から授かった己の頭脳で、なぜどうしてと思考すれば、子孫であれば皆賢人となる。日本国民は右とか左とか極悪軍とかの善悪思考から脱却、歴史を俯瞰し、善悪ではなく、真実か否かと検証すれば皆賢人となる。真実か否かの真実史観に基づけば皆覚醒する。

時は世界の戦国時代迫り来る米英露中、皇国と化し団結、日本開国。子孫のため日本国存亡を懸け戦った、99年に渡る日本適者生存史である。

世界の戦国時代(国盗り合戦、弱肉強食、最適者生存)迫る超大国の侵略者(食民治主義者凶産主義者)

1840年アヘン戦争英国のアヘン密貿易を阻止し、銀の流失を防ごうとした清国と、英国の侵略戦争。清国からの茶、絹、陶器などの輸入超過のため、通貨の銀が不足した英国は、食民治インドにアヘンを栽培させ、清国とアヘンの密貿易をし、不足の銀を回収した。

1842年8月敗れた清国は英国と屈辱的な南京条約を締結。これが中国食民治化の始まりとなった。この事件に驚いた日本徳川幕府は、異国船打ち払令を、天保の薪水供与令に改めた。

1842年8月英国虎門寨(こもんさい)追加条約で治外法権を獲得。

1844年フランス、アメリカも条約を締結、治外法権を獲得。食民治主義の中国食民治化に拍車がかかった。

(注・このように当時は、弱肉強食適者生存のため、敵味方アヘン虐殺何でも有りの、世界の戦国時代なので、1960年植民地独立付与宣言法治下の現代の尺度での善悪判断は、間違い。歴史は真実史観が正史。NHK朝日毎日などの工作員は、アヘン、虐殺何でも有りの、世界の戦国時代を隠蔽し、日本軍だけの悪行のように報道、極悪日本軍と捏造

1853年7 日本はペリー来航で開国した。

1854年 日米和親条約。アメリカ船の下田函館寄港、薪水食料購入など。

1854年10 日英和親条約。

1855年2 日露和親条約。

1856年1 日蘭和親条約。

1861年2月3日~7月25日まで日本の対馬を占領したロシア艦隊。当時ロシアの南下政策を警戒した英国は、軍艦を対馬に派遣して、ロシア軍を対馬から排除。

1863年 幕末の薩英戦争(英対薩摩

1864年 馬関戦争(英米仏蘭対長州藩

 倒幕の志士高杉晋作上海の見聞記録「中国人はほとんどが外国人の召使のようだ。英仏の人が街を歩けば、中国人の人は傍によって道を譲る。上海は中国の領土だが、英仏の植民地とも言える」と記されている。

1867年 大政奉還。明治維新。適者生存の時代対応のため、軍民一丸適者生存軍と化した。

1868年9月8日 明治時代

1884年 清国は日本を征伐しようとしていた。日清戦争前、清国はすでに日本を征伐するための軍略的偵察を行ない、清国駐日大使館随員姚文棟の兵略書『日本地理兵要』(1884年)を作成している。

このような戦国時代が1960年植民地独立付与宣言まで続いた。

以下詳細は当ブログ内下記参照。
大東亜戦争真実史観あらすじ一読30分覚醒凶産侮日愚民化洗脳

 戦争は相互である。過去に拘泥し、善悪思考し怨念を増幅すれば、敵味方相反した敵討ち史観となり戦争を繰り返し、滅亡していたであろう。人類は過去現在から未来へ、怨念連鎖の善悪史観としてではなく、過去の怨念は歴史として、人類英知、「条約」で分断し、真実史観。反省は過去の反省ではなく、未来への教訓とし、敵討ちの連鎖を断ち切ってきた。これぞまさしく人類の知恵、故に今がある。

しかるに過去の反省反省と、自国の悪行を棚に上げ、戦争の相互は隠蔽し、善悪史観に摩り替え、相手の反省のみを煽り、過去現在未来へ、怨念連鎖を扇動する犯日捏造団と、助力し増幅拡大する非国民口先界(凶惨党、邪民党、教授、教師、作家、評論化、議員、NHK、朝日、毎日などの、実技皆無虚業団)は、人類の敵、真の平和の敵である。

負けるとわかっていた戦争を戦った軍人”と愚弄するが、日清も日露も圧倒的に不利な戦争であったが、戦った。なぜ戦ったか、それは攻められたからである。資源なき小国日本が大国相手に勝機をつかむには、支援の当て無き籠城は亡国、先手必勝あるのみ、打って出た。今川が信長を攻め、信長が桶狭間に打って出たのと同じである。奇襲をかけた信長は侵略者では無い、被侵略者であるのは子供の目でさえ明白で、歴史の常識である

田母神諫言批判しWGIP愚民自白語るに落ちた善悪史観の大臣石破 茂のブログ
自民党衆院議員。1957(昭和32)年、鳥取県出身。慶応大学卒業。父は鳥取県知事、自治相を務めた故石破二朗。世襲議員。
2008年11月5日(水)
田母神・前空幕長の論文から思うこと

http://ishiba-shigeru.cocolog-nifty.com/blog/2008/11/post-8451.htmlhttp://

石破 茂 です。 

 田母神(前)航空幕僚長の論文についてあちこちからコメントを求められますが、正直、「文民統制の無理解によるものであり、解任は当然。しかし、このような論文を書いたことは極めて残念」の一言に尽きます。

 同氏とは随分以前からのお付き合いで、明るい人柄と歯に衣着せぬ発言には好感を持っており、航空幕僚長として大臣の私をよくサポートしてくれていただけに、一層その感を深くします。

 日中戦争から先の大戦、そして東京裁判へと続く歴史についての私なりの考えは、数年前から雑誌「論座」などにおいて公にしており、これは田母神氏の説とは真っ向から異なるもので、所謂「民族派」の方々からは強いご批判を頂いております(その典型は今回の論文の審査委員長でもあった渡部昇一上智大学名誉教授が雑誌「WILL」6月号に掲載された「石破防衛大臣の国賊行為を叱る」と題する論文です。それに対する私の反論は対談形式で「正論」9月号に、渡部先生の再反論は「正論」11月号に掲載されています。ご関心のある方はそちらをご覧下さい)。

「WILL」引用開始。
 「石破防衛大臣の国賊行為を叱る」渡部昇一月刊誌「WiLL」6月号。中国共産党系の新聞「世界新聞報」1月29日に、防衛大臣の執務室での駐日記者インタビュー記事が、写真と共に世界中に配信された。

石破 茂防衛大臣の回答
・・・私は防衛庁長官時代にも靖国神社を参拝したことがない。第二次大戦の時に日本の戦争指導者たちは、何も知らない国民を戦線に駆り出し。間違った戦争をした。だから私は靖国神社に参拝しない、あの戦争は間違いだ、多くの国民は被害者だ。
・・・日本には南京大虐殺を否定する人がいる。30万人も殺されていないから南京大虐殺そのものが存在しないという。何人が死んだかと大虐殺があったかは別問題だ。
・・・日本には慰安婦についていろいろな見解があるが、日本軍が関与していたことは間違いない。
・・・日本人が大東亜共栄圏の建設を主張したことは、侵略戦争に対する一種の詭弁だ。
・・・「中国は日本に対する脅威であるから対中防衛を強化せよという人たちは」なにも分析もしないで、中国は日本に対する脅威だと騒いでいる。
・・・日本は中国に謝罪するべきだ。

引用終わり。


 田母神氏がそれを読んでいたかどうか、知る由もありませんが、「民族派」の特徴は彼らの立場とは異なるものをほとんど読まず、読んだとしても己の意に沿わないものを「勉強不足」「愛国心の欠如」「自虐史観」と単純に断罪し、彼らだけの自己陶酔の世界に浸るところにあるように思われます。
 鵜人善悪史観の特徴は立場とは異なるものをほとんど読まず、読んだとしても己の意に沿わないものを「勉強不足」「軍人極悪」「民族派」と単純に断罪し、彼らだけの自己陶酔の世界に浸る。同類の石破 茂は、WGIP愚民か、国賊以上の工作員である。

 在野の思想家が何を言おうとご自由ですが、この「民族派」の主張は歯切れがよくて威勢がいいものだから、閉塞感のある時代においてはブームになる危険性を持ち、それに迎合する政治家が現れるのが恐いところです。

 加えて、主張はそれなりに明快なのですが、それを実現させるための具体的・現実的な論考が全く無いのも特徴です。

 「東京裁判は誤りだ!国際法でもそう認められている!」確かに事後法で裁くことは誤りですが、では今から「やりなおし」ができるのか。賠償も一からやり直すのか。
 東京裁判のやり直しなどと、誰も言っていない。非常識発言を勝手に捏造するな。東京裁判は善悪史観で学問ではない、東京裁判を検証し、誤りは正し、真実史観の正史、学問として残すのは子孫の義務、と言っているだけだ。

 「日本は侵略国家ではない!」それは違うでしょう。西欧列強も侵略国家ではありましたが、だからといって日本は違う、との論拠にはなりません。「遅れて来た侵略国家」というべきでしょう。
 当時は弱肉強食適者生存の戦国時代、皆、侵略国家。当時朝鮮も中国の属国、日本侵略の先鋒であった。侵略国家論は、善悪史観で間違い。世界が戦国時代、WGIP史観を検証し、真実史観の日本正史とするのは、子孫の義務。

 「日本は嵌められた!」一部そのような面が無いとは断言できませんが、開戦前に何度もシミュレーションを行ない、「絶対に勝てない」との結論が政府部内では出ていたにもかかわらず、「ここまできたらやるしかない。戦うも亡国、戦わざるも亡国、戦わずして滅びるは日本人の魂まで滅ぼす真の亡国」などと言って開戦し、日本を滅亡の淵まで追いやった責任は一体どうなるのか。敗戦時に「一億総懺悔」などという愚かしい言葉が何故出るのか。何の責任も無い一般国民が何で懺悔しなければならないのか、私には全然理解が出来ません
 「日本は嵌められた!」のではなく、前門の虎(米国)後門の狼(凶産ソ中合作の朝鮮戦争が証拠!)なので、屈服は亡国。戦って大東亜共栄圏を構築する以外、選択肢が無かった。ルーズベルトに「嵌められた!」のは、アメリカ国民。

 日本は、無条件降伏要求に等しい兵糧攻めのため、一縷の望み、東亜を解放し団結、大東亜ブロック経済圏を樹立し、列強ブロックとの対峙に懸け、軍民一丸化、「にもかかわらず、などと言って開戦」戦った。

 宗主国連合、英米仏蘭豪とソ連との対戦、日清日露と同じ象と蟻の戦いであるが、屈服は亡国(WW1後のドイツの餓死者80万人がトラウマ)、日清日露と同様に死中に活を見出し、戦った。

 
巨大象七頭連合の侵略である、降伏すれば、巨大象七頭による新たな日本争奪戦争が国内で頻発、国内が戦場となり、国内焼け野原、騒乱の果ての日本分割は、弱肉強食の戦国時代、ましてや人種差別黄禍論(こうかろん)や田中上奏文で日本バッシング全盛時代、降伏しても戦争不回避は、明白に予測出来た(大戦後の朝鮮はもう一方の敵凶産合作ソ中に、戦争などの動乱で、日本の約2倍、449万人以上が犠牲となった)。

 「絶対に勝てない、戦わざるも亡国」と、自ら答え(追い詰められた受動戦争)明確に発しているのに気付いていない、まさに思考力ゼロのWGIP記憶機、半端者である。

 丸暗記脳のみで、思索脳は皆無との自白である!
選択肢無き先人の選択を、大東亜戦争起因1960年の植民地独立付与宣言で守られた子孫が、偉そうに批判するのは先人愚弄で、子孫に非ず。「滅亡の淵まで追いやった責任」は、軍民一丸の蜂起戦争なので、軍民一丸で戦った蜂起軍、国民に有り。

 「一億総懺悔」はこの日進駐の連合国軍へ、リップサービスしたに過ぎず、他意無し。

 終戦から7年後の昭和27(1952)年に日本が独立すると、戦犯釈放運動で成人国民ほとんど、四千万人が署名した。懺悔などしなかった。「何の責任も無い一般国民」は、戦犯釈放運動での成人国民四千万人の署名に無知な、WGIPで洗脳された愚民の言葉、先人愚弄も甚だしい捏造だ。

 国民は前文のように敗戦を責任転嫁しなかった。「理解が出来ない」のは、
己がWGIP愚民の証拠

 ここらが徹底的に検証されないまま、歴史教育を行ってきたツケは大きく、靖国問題の混乱も、根本はここにあるように思われます。

 大日本帝国と兵士たちとの間の約束は「戦死者は誰でも靖国神社にお祀りされる」「天皇陛下がお参りしてくださる」の二つだったはずで、これを実現する環境を整えるのが政治家の務めなのだと考えています。総理が参拝する、とか国会議員が参拝する、などというのはことの本質ではありません。
 蜂起軍先人を愚弄し、扇動する、石破のような愚民がいまだにいるから、天皇は慰霊の言葉を失い、不参拝なのだ。政治家が参拝を実現する環境を整え、愚民の先人愚弄が終息すれば、他国が何を言おうと天皇は参拝する。常識の鏡に姿を映して見れば、分かることだ。

 「集団的自衛権を行使すべし!」現内閣でこの方針を具体化するスケジュールはありませんが、ではどうこれを実現するか。法体系も全面的に変わりますし、日米同盟も本質的に変化しますが、そのとき日本はどうなるのか。威勢のいいことばかり言っていても、物事は前には進みません。

 この一件で「だから自衛官は駄目なのだ、制服と文官の混合組織を作り、自衛官を政策に関与させるなどという石破前大臣の防衛省改革案は誤りだ」との意見が高まることが予想されますが、それはむしろ逆なのだと思います。

 押さえつけ、隔離すればするほど思想は内面化し、マグマのように溜まっていくでしょう。

 「何にも知らない文官が」との思いが益々鬱積し、これに迎合する政治家が現れるでしょう。それこそ「いつか来た道」に他なりません。
 負託された者、第一の職責は国を護ること、護国である。護国を「威勢のいいこと」などと茶化したことは、無能か、工作員か、いずれかの自白である。

 「何にも知らない文官が」とは現実無知の温室界住人で事実。「いつか来た道」発言は、凶産軍数多のテロ攻撃を隠蔽、応戦した日本を、軍部独走侵略と捏造したWGIP洗脳発言。

 多い時でもたった1万4百人(1907~31年。関東軍・中山隆志・講談社)しかいなかった関東軍が、全満州を占領できたのも、満州住民の支持があったからだ。70万は以後の兵力。まさしく石破茂はWGIPに洗脳された愚民か、工作員だ!

 制服組はもっと世間の風にあたり、国民やマスコミと正面から向き合うべきなのだ、それが実現してこそ、自衛隊は真に国民から信頼され、尊敬される存在になるものと信じているのです。

石破も、口に蜂蜜腹スズメバチの奸賊である。工作員でないのなら、選挙区世襲せず温室界を出て、世間の風にあたり、勉強しなさい。

 制服組は、板子一枚下は地獄の、
世間の風にあたった現実界の住人で、現実界と著しく乖離しWGIPに洗脳された、石破の住む仮想現実温室界とは異なる。現実界は世間の風にあたるので、WGIPなどに洗脳されない。戦後7年日本独立。戦犯釈放運動での成人国民四千万人の署名が実証している。

 
仮想現実温室界工作員は、これを隠蔽する。ニセ子孫が、ブログやメールで石破茂賛美。日本国の忠臣田母神はネットで追試し、この売国行為と売国奴とニセ子孫を指摘したのだ。

追記

 TV朝日08年12月31日やじ馬・・・(政治家評論家仮想現実界空論報道)。田母神論文に関しての石破の発言「自衛隊は中立でなければならないのに偏った論文」と非難。コメンテーターは寄生虫なので、当然反論無し。

 自衛隊はその名のとおり、
自衛職責で、中立ではない。どこの国に中立な軍など存在するのか。「あなたにとって一番大事なことは」と田原に問われ、アーミテージは即座に「国を守ること」と答えた。石破とは雲泥の差だ。田母神は職責の自衛が、思想戦善悪史観犯されて、偏っているから警告したに過ぎない。職責を果たした田母神論文に「中立ではない」とはこんな議員は国賊だ。

 2011年1月8日MXTV石原との対談で、戦艦大和の沖縄出陣非難は、現実界の修羅場を知らないお坊ちゃん世襲議員との自白である。

 小国が侵略され、万策尽きての大和最後の出陣は、玉砕、特攻、集団自裁と同じで、先人は身体を筆にし流れる血で遺書を書いたのだ。結果“死せる孔明生ける仲達を走らす”となり、国は有条件降伏、世界の同胞が決起し、先人悲願「互恵」(植民地独立付与宣言)を導き出した。解からぬ石破は窮鼠時代無き証で、世襲無能議員の証拠である!

 よしんば「戦争を止めたとしても」アメリカのみが敵ではない、水と油の「黄禍論白人連合」なのだ。
 世界征服が野望のソ連南下は必然。弱体日本と見るやいなや、終戦なのに征服したではないか、癌国すらも竹島を征服したではないか、あれが現実である。

 水と油の「黄禍論白人連合」ではあるが、米英が、日本に助力したかどうかは、はなはだ疑問である。見捨てた同胞アジアの支援は、当然無い。

 外堀埋めて(生命線の満州韓半島そして汪兆銘南京政府無くして)大国凶産ソ連と、どう戦うのだ。日本国内が戦場となり、唯物対唯心日本の戦いである、まさに、一億総玉砕の戦いとなっていたであろう。日本人は死に絶えていたかも知れないのだ。

 永野修身の御前会議の言葉、「大阪冬の陣の如き平和を得て、翌年の夏には手も足も出ぬ様な、不利なる情勢の下に、再び戦わなければならぬ事態に、立至らしめることは、皇国百年の大計の為、執るべきに非ずと存ぜられる次第で御座います」は、この事を語っているのだ!

 反共の砦日本が撤退するや否やソ連は、中国と韓半島を瞬時に支配した。アメリカと国連軍が総がかりでなんとか韓半島半分まで押し戻したが、66年後の現在も、停戦のままで終戦には至らず。これが史実。

 この史実が物語るのは、日本累積砦がいかに強大な反共の砦で、共和党フーバー大統領の見識がいかに正当で、NHKや東大らの御題目「不戦は平和」がいかに空論で、応戦は先憂後楽との、証明である。つまり、不戦=撤退すれば、見捨てた同胞支援は当然皆無の孤立無援、対「兵糧攻めカード所持者黄禍論白人連合」に、丸裸の日本などは潰えて、分断され、消滅していた!

 その時代の先人が、禍福を糾い、熟慮と苦渋の果てに下した先憂後楽の決断を、「たら、れば」の空論で非難は、子孫にあるまじき行為である!

 ナタで傷をつけた原木に額づき、椎茸の菌が宿るよう祈る農夫の荘厳な姿を、九州の山村で見て、学生森喜作は心を打たれた。森喜作は科学的栽培法の確立をこのとき決意、椎茸の菌糸を純粋培養した種駒を発明、今日のキノコ産業の基礎を築いた。現実界のこの姿と、先人罵倒仮想現実口先界の対比は余りにも際立つ

 国連も未だに常任理事国(米英露仏中)などと、戦勝国WGIP史観である。先人の真の子孫は、大臣もWGIP愚民の、口先界知識など鵜呑みせず、立派な親から授かった己の頭脳で自国の歴史を検証し、WGIP善悪史観ではなく、真実史観で祖国日本を統一、国連に残された戦勝国史観WGIP史観を一掃、先人の遺志完遂に総力を結集し、子孫に正史を残すべきだ。

 蘭栽培も、物づくりも、国づくりも、真実が基幹。真実の希求造化は、過ちまみれの苦難の歴史である。しかるに、人類の今があるのは、苦難の末に造化の法則真実に辿り着き、ひれ伏したからだ。

 ワットの蒸気機関で適者生存に一歩先んじた白人が、世界を凶産と食民治で支配し、ブロック経済で席巻。それに抗し破壊、自由貿易、互恵、民族平等に基づく新秩序植民地独立付与宣言で、全世界共栄圏を樹立し、適者生存した有色人連合(偽中国、癌半島、罪日は裏切り者の脱落者)と、新秩序に矛を収め、歴史にした、英断宗主国連合。残滓が、凶産中国、癌半島と罪日、ロシア。これが俯瞰した、日本九九年戦争、真実史観である。

善悪では無く真実否かの真実史観


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真実史観で覚醒偽日本人在日工作員捏造ウィキペディア戦陣訓バンザイ突撃


ニセ日本人残留捏造在日犯日工作員捏造洗脳思想戦事典、ウィキペディア被害者覚醒のための真実史観。捏造犯日ウィキに寄付は、売国行為。

軍人勅諭、軍法に記載無き「降伏禁止」が、訓えの「戦陣訓」に記載など無い。バンザイ突撃作戦など無い投降勧告無いのに、投降など不可能。米軍皆殺し作戦の犠牲者を、戦意高揚が第一目的の大本営は、名誉を貴び玉砕と報じた。似非日本人残留捏造在日犯日工作員によるWGIP洗脳『ウィキペディア』戦陣訓バンザイ突撃捏造の手口公開。

予備知識
 開国時、八方が敵の世界侵略合法の戦国時代、資源無き小国日本だが、対清対露に対処不能で懐に入った窮鳥、清の属国で日本侵略の先鋒朝鮮を助け、矢面にも立たせず(志願兵)厚遇、朝鮮も意気に感じ中国汪兆銘や台湾と共に一致団結、世界征服侵略者(植民地主義凶産主義)と反共戦争大東亜戦争を戦い、植民地主義破壊、人種平等共存共栄の輝かしい新秩序を創造した。

しかるに、戦後WGIPに便乗し朝鮮殉国者を愚弄し犯日。63年経ても、ブログウィキペディアで朝鮮殉国者を愚弄し犯日、仮面を被り日本人に成済ました在日犯日工作員、心根卑劣な輩である。他国の歴史捏造の前に、朝鮮殉国者、志願兵・特攻隊、逃げずに真実と向き合う真の愛国者、朴 鉄柱・崔基鎬・呉善花・朴泰赫・金完燮に学び、在日は自国の歴史を云々することだ。帰化人は皆日本の礎となった。心ある者は先人を範とし、声を大にし、モドキ日本人在日犯日工作員と線引きすべきである。憂国の先人や帰化人に泥を塗る奸賊の所業、今のままでは同一とみなされ危険。

注1こうした公式記録を見る限り、なぜ、日本が韓国国民を「奴隷にした」として非難されるのか理解できない。もし、奴隷にしたのなら、イギリスは共犯であり、アメリカは少なくとも従犯である。日本の韓国での行動はすべて、イギリスの同盟国として「合法的」に行われたことだ。国際関係の原則にのっとり、当時の最善の行動基準に従って行われたことである。しかも、その原則は日本がつくったものではない。欧米列強、主にイギリスがつくった原則なのだ。ヘレン・ミアーズ 「アメリカの鏡・日本」

注2李朝王族厚遇。「日韓併合後、そんな心配はいらなかった。大韓帝国の皇帝だった高宗は、徳寿宮李太王と称され、日本の皇族の待遇を受けた。さらに、多くの重臣や功労者たちは華族として叙爵された。また、国王と王室に150万円の歳費と皇室典範を与え、李完用総理をはじめ、侯爵六名、伯爵三名、男爵四五名など計七六名に貴族の爵位を与えた」黄文雄,韓国は日本人がつくった,徳間書店,2002

注3私はアメリカの大学院で指導教授たちに言われた次の言葉を、今なお忘れることができません。「日本の植民地は、その後いずれも経済発展したではないか。そんな結論の出ている問題をいまさらどうして研究するのか」米国の名門ラトガース大学のダン・ローデン教授は、私が博士論文の主題について、日本が朝鮮半島を植民地支配した時代の教育と女性問題について研究したいとの計画を説明すると、このように反問しました。「文明のシステムを、日本の植民地主義は朝鮮半島に導入したのではないか。スペインやアメリカ、イギリスは日本のように本国と同じような教育システムを植民地に導入しようとはしなかった。当時の朝鮮半島の人々は、文明のシステムを独自の力で導入するのに失敗した。日本の植民地主義を経ずに、あれほど早く文明の世界システムに入れただろうか」滅亡の帝国:日本の朝鮮半島支配・韓国人女性研究者、クリスティン・リー著

戦陣訓原文

『第八 名を惜しむ

 恥を知る者は強し。常に郷党家門の面目を思ひ、愈々奮励して其の期待に答ふべし。生きて虜囚の辱を受けず、死して罪過の汚名を残すこと勿れ』

戦陣訓  真実史観補筆

『第八 名を惜しむ(名誉の尊重)

 恥を知る者は強し。常に郷党 〔きょうとう(同郷の人々)〕家門〔かもん(家柄)〕の面目〔めんもく(名誉)〕を思ひ、愈々〔いよいよ(ますます)〕奮励〔ふんれい(はげむ)〕して其の期待に答ふべし。生きて(生きてる時も)〔虜囚の辱〕(りょしゅうのはずかしめ)〔皇軍の兵が、罪禍(法律)を犯し、日本国の囚人となり、実刑で服役するような軍人としての恥ずかしい汚名〕を受けず、死して(死んだ時も)罪禍〔ざいか(法律や道徳に背いた行為)〕の汚名を残すこと勿(なか)れ』

戦陣訓  真実史観意訳

『第八 名誉の尊重

 恥を恥として知ることは強い。いつも故郷の人々や家族の名誉を忘れず、ますます奉公にはげんで、生きてる時も、皇軍の兵が法を犯し囚人と成るような辱めを受けず、死んだ時も、罪や過ちの汚名を残さず、恥を知り、名を汚さず、故郷の、戦功の期待に答えるように』

 内容は正に諭したもの。今村均将軍が証言。

在日犯日工作員『ウィキペディア』戦陣訓捏造の手口

戦陣訓

構成

「天皇の永遠の「君臨」を宣言している」
これまでの史実過程を述べたに過ぎない。天皇の永遠の「君臨」捏造解釈。

「神霊上に在りて照覧し給ふ(天皇家の祖先神が兵隊の行動を見ている)から「忠孝」に励みなさいと述べている」
「神霊(神の御霊)上に在りて照覧(ご覧になる)し給ふ」で、(天皇家の祖先神)では無い捏造解釈。天皇は神霊の使者。

「(ただし、新たに付加された徳目もある。後述参照」
国史大辞典編纂委員会『国史大辞典』第8巻(吉川弘文館、1987年)、441頁。戦後42年後のWGIP解釈。捏造解釈。

戦陣訓の浸透
兵隊たちの陸軍史・伊藤桂一著
兵隊たちではなく、個人の、WGIP感想を、愚弄目的で引用。

・・・「1941年だけでも少なくとも『戦陣訓述義』『戦陣訓話』等12種の解説書、『たましひをきたへる少国民の戦陣訓』『少年愛国戦陣訓物語』等5種の教材が出版許可を受けて出版・・・」
〔皇軍の兵が、罪禍(法律)を犯し、日本国の囚人となり、実刑で服役するような軍人としての恥ずかしい汚名を受けるな〕なので、当然である。現代でも十二分に通用する内容である。

『生きて虜囚の辱を受けず』

「戦時中は例えば戦国時代に『生きて虜囚の辱を受けず』を実践した人物をモデルとして映画法による国策映画『鳥居強右衛門』(日活1942年)が作られ、この一節は推奨されていた」
『鳥居強右衛門(とりいすねえもん』は戦国時代の三河長篠城主奥平信昌の臣。1575年武田軍に城が包囲され兵糧攻めに。餓死寸前城を脱出、家康の援軍要請に成功。帰路捕縛されたが、敵を欺き、「援軍来たり」と、餓死寸前の城中に絶叫し、城の面前で磔にされた。援軍来るの朗報に皆踏ん張り、家康援軍で長篠城は救われた。
 自己犠牲の逸話として有名な話で、辞書にも載っている。在日犯日工作員解釈の、私心の捕虜になる辱めではない。城中の人々を助けるための、自己犠牲『公』の実話だ、戦陣訓とは無関係。『生きて虜囚の辱を受けずを実践した人物をモデル・・・は推奨されていた』は、日本史無知の在日犯日工作員が捏造付加。

「1.捕虜として相手に協力してあとでその罪を問われるようなことが無いように覚悟している者」
原文に無い、捏造解釈。

[『国史大辞典』は『生きて虜囚の辱を受けず』の徳目を例にあげて「(軍人勅諭)を敷衍するための説明であるという態度をとっているが」、「新たに強調した徳目も多い」としている]
 戦後42年後の1987年の辞典を引用し、規範の「軍人勅諭」や軍法にも「降伏禁止」の記載が一切無いため、「新たに強調した徳目も多い」と、「降伏禁止」が、さも書かれてあるかのように辻褄あわせのための捏造をしている。語るに落ちて捏造を自ら白状している。臣東條や臣今村に、規範の「軍人勅諭」を無視し、改竄は不可能。思想戦事典ウィキペディアの巧妙な、事実の中に嘘を混ぜ込むWGIP真相箱の手法だ。

「2.捕虜になった時はもちろん」
原文に無し、捏造解釈。

「自決が強要されたり実質上の死刑とも言えるような過酷な最前線行きの命令が下された」
全てではない一部。つまみ食い、針小棒大拡大記載。弱肉強食適者生存異常下の時代だ、平常時の解釈は不適。

降伏・投降の否定の思想
・・・例えば、日清戦争中に第一軍司令官であった山縣有朋による、「捕虜となるくらいなら死ぬべきだ」という趣旨の訓令(これが「生きて虜囚の辱を受けず」の原型であろうとの指摘もある)
「敵国側の俘虜の扱いは極めて残忍の性を有す。決して敵の生擒(生け捕り)する所となる可からず。寧ろ潔く一死を遂げ、以て日本男児の気象を示し、日本男児の名誉を全うせよ。

1894年8月13日、山縣有朋、平壌にて」
 司令官なので当然の、兵士鼓舞建前発言である。捕虜となることを兵士に奨励する司令官など、古今東西皆無は史実。現代でも選手団に、負けろ(捕虜になれ)と壮行する馬鹿がいないのと同じ。

や、(ジュネーヴ条約)を調印しながら批准しなかった理由とのひとつとして、軍部による「日本軍は決して降伏などしないのでこの条約は片務的なものとなる」と反発した例が有る。
兵士としての建前を、問われた兵士が言っただけ。兵士であれば勇ましくこう答えるのは当然である。軍部公式発言無し。軍部による反発は在日工作員の捏造。

しかし、『戦陣訓』は複数の戦場において、玉砕 を命令する際の命令文中に引用されている。(以下抄録)

・・・「同時に出撃した10名の写真から酒巻だけを削除し、「九軍神」として発表した(大本営発表表)。酒巻の家族は人々から「非国民」と非難された。結果、その者達は“未帰還”(戦死または行方不明)となった」
捕虜となったことは削除され、終戦まで酒巻だけでなく皆、公表されなかったので、家族を「非国民」と非難することなど、出来るわけが無い。戦時下日本兵には一人も捕虜がいない、と宣伝されていた。捕虜公表一切皆無は、明白な事実だ。酒巻の家族が「非国民」と非難されたのは公表された戦後である。解釈の分岐点、戦前か戦後かを明確にせずあいまいにし、戦前の事実のように記載している。これはまさしく侮日のためのウィキペディアの巧妙な(事実の中に嘘を混ぜ込む真相箱の手法)捏造宣伝だ。

「そして、それ以後捕虜になった者たちは親族が「非国民非」とされるのを恐れ、偽名を申告し、ジュネーブ条約に基づいて家族に手紙を出すようなことも控えることが多かった」
捕虜になっての偽名や家族への音信不通は、前述のように捕虜は公表されていないので、自分たちだけが捕虜になったのだという、うしろめたさがそうさせた。また捕虜同志の面子もあり、おのずとそうなった。

「結果、その者達は“未帰還”(戦死または行方不明)となった。」
捕虜は強制送還される。カウラの大脱走870名、終戦を迎えると直ちに日本に、全員帰還している。捏造記載。

アッツ島玉砕
「1943年5月29日 北海守備隊第二地区隊山崎保代大佐発令 
非戦闘員たる軍属は各自兵器を採り、陸海軍共一隊を編成、攻撃隊の後方を前進せしむ。共に生きて捕虜の辱めを受けざるよう覚悟せしめたり (注・戦陣訓の虜囚の辱ではない、捕虜の辱めをと、なっている。この発令はウィキ以外は、見当らず出自不明)。なお、アッツ島玉砕をつたえる朝日新聞1943年5月31日朝刊には、「一兵も増援求めず。烈々、戦陣訓を実践との見出しを見ることができる。(谷荻報道部長の談話)」戦陣訓 - Wikipedia

1943年5月31日朝刊朝日新聞捏造記事。

 朝日の見出しは「一兵も増援求めず。谷荻報道部長の放送。烈々、戦陣訓を実践」だが、谷荻報道部長の放送内容玉砕 には、「一兵も増援求めず。烈々、戦陣訓を実践一切皆無。国民はこの見出しで皆洗脳された朝日、後二ヶ所で戦陣訓を引用し、「虜囚の辱」をアッツ島米軍皆殺し作戦(玉砕)と結び付けている。ウィキも谷荻報道部長の放送削除し、見出しを改竄、談話と記載、大本営談話であるかのように、印象操作。実に巧妙工作員にしか出来ない技だ。

 南雲海軍(戦陣訓示達陸軍のみ)中将も捏造報道を信じ、下記の公私混同訓示となった。アッツ島以後の自決が戦陣訓起因なら、悲劇の原因は、朝日新聞捏造報道で、戦陣訓ではない。ウィキペディアはこの資料を戦陣訓=降伏禁止の証拠としているが、訓示(公私混同)の元ネタは捏造報道。だから公私混同訓示となった。戦陣訓作成目的はで、ではない。

サイパン島玉砕
1944年7月3日 サイパン島守備隊南雲忠一、斉藤義次中将連名「サイパン島守備兵に与える訓示」

 「断乎(だんこ)進んで米鬼(べいき)に一撃を加へ、太平洋の防波堤となりてサイパン島に骨を埋めんとす。戦陣訓に曰く『生きて虜囚の辱を受けず(私)』。勇躍全力を尽して従容(しょうよう)として悠久(ゆうきゅう)の大義(公)に生きるを悦びとすべし」

沖縄戦
 「沖縄戦 では日本軍将兵による沖縄県民への「集団自決」強制が為され、結果、座間味島では少なくとも島民130人が死に追いやられたとされる(2008年3月28日最高裁判所「沖縄ノート」名誉毀損訴訟判決)」
 この裁判の根底には、軍命令降伏禁止戦陣訓がある。2008年4月18日虜囚=囚人と辞書が断定した。現在は、歩くWGIP非国民ノーベル贋賞大江の有罪は、確定である。

 「アッツ島の玉砕においては、軍属に対しても投降拒否の考えに従うことが命令されていることは注目に値する」
 アリューシャン列島アッツ島の日本軍守備隊が全滅した。死者2500人に対して、生き残った捕虜は29人。捕虜率1%。アッツ島は守備隊(軍隊)。軍属は軍所属武官ではない文官。民間人ではない

 文官であろうが軍と行動を共にするのは当然のことである。虜囚の辱ではなく「捕虜の辱め」と記載され、戦陣訓とは無関係。
「共に生きて捕虜の辱めを受けざるよう覚悟せしめたり」と本部への戦闘直前死守の打電は、当然の慣用文である。

 
降伏は戦って勝敗がついてからのことで、敵が降伏を許さず、全滅の場合もある。戦う前の打電死守を、投降拒否の命令とは、ゴリ押しに、開いた口が塞がらない。誰でも戦う前はこう勇ましく言うだろう、常識だ。この捏造者は、遮二無二投降拒否と結び付けたいようだ。在日工作員の捏造記載。


 「上記命令が海軍中将から発令されていること、新聞紙上の見出しとして使われていることからも、陸海軍、民間を問わず「戦陣訓」の存在は広く知られていたことが再確認できる」
 新聞紙上の見出しは朝日新聞捏造報道。知られていたことは朝日新聞捏造報道で戦陣訓の真意ではない。

 ・・・生き残って捕虜になった者が敵軍に尋問された際に機密事項を話してしまうなどの弊害を招いた。
一部の者で、すべてではない。日本兵士愚弄目的の、針小棒大記。

帰還捕虜の処分
・・・戦陣訓は天皇陛下直々の御命令と解釈された・・・捕虜となる権利・・・も戦陣訓によって事実上否定された。
 御命令も捕虜の権利否定も、捏造したのは、戦後の在日犯日ウィキ工作員。

その他の関連エピソード
「・・・占領軍に軍刀を送るなどした」
東條家は接収され何も無かった。WGIP捏造。在日犯日工作員が、東條を貶め侮蔑目的で記載。

 書籍出版時の著作権は東條が有していたが、印税の受け取りの有無は不明である。」当時は軍人や官僚の書籍を出版し、印税という形式で賄賂を送り(あるいは媚びを売り)、他の出版物の出版許可を得る風潮があったが、『戦陣訓』での東條の印税受領の証拠は無い」
 賄賂は当時に限らず今もある。東條の印税受領の証拠は無いなら、わざわざ記載の必要なし。さもあったかのように軍人を貶め侮蔑するための針小棒大記事。工作員的手法だ。

バンザイ突撃『ウィキペデ』
投降勧告無いのに、投降など出来ない。バンザイ突撃などと言う日本の作戦は無い投降勧告無き米軍の皆殺し作戦で、無残に虐殺された兵士を、残留捏造在日工作員愚弄捏造した。

・・・勝利を目的としない戦闘停止の為の自殺攻撃である。・・・狂信的な兵士達の理解不能な自殺行為として恐れられた。・・・日本軍側が突撃決行の前に全員で「天皇陛下万歳」を唱和した事からとも推測される

 日系二世部隊第442連隊が、絶体絶命の苦境に立たされた時、一斉射撃の後、銃剣を着け、掛け声気合をかけて、勇敢に突撃するので、(banzai attack)、または(Banzai charge)と呼ばれ勇敢な日系二世部隊の代名詞となっていた。米軍皆殺し作戦に対して、弾は尽きても最後の最後まで生きて、生き抜いて弁慶のように戦い、死中に活を求め、戦い抜いて果てた日本軍人の勇敢に戦うさまを、米軍が日系二世部隊になぞらえて、良い意味で呼称した。それを「自殺攻撃」と在日工作員愚弄捏造。

「・・・からとも推測される」と、捏造を認めて、逃げ道を作り、この在日工作員は実に巧妙だ。

無降伏主義
 戦陣訓において生きて虜囚の辱めを受けずと示されたように、太平洋戦争時の日本軍は無降伏主義を採用しており、個々の将兵に対しても投降はいかなる状況下においても許されない旨の教育が徹底され・・・部隊単位での降伏をしなかった。
 無降伏主義は前述のように捏造兵士への建前論「死ぬまで戦え」を戦陣訓にリンクさせ、捏造した。

 兵士に戦わず降伏を奨励する教育国家など、古今東西皆無は
常識。現代でも戦う選手に負けろと教育する監督など皆無は常識。選手の建前論も「死ぬまで戦え」で同じ。

 ルーズベルトは報復戦争を工作、日本人殲滅を唱え、リメンバーパールハーバーを唱えていたため、降伏勧告をせず、全滅攻撃をした部隊もあり、
部隊での降伏は不可能となった。戦意高揚が第一目的の大本営は、皆殺し作戦で全滅とは発表出来ず、勇敢に戦って玉砕と報じた。降伏勧告した部隊には投降した。在日工作員の捏造。

自主投降した日本兵捕虜赤十字国際委員会捕虜中央情報局の資料、約20万人もいた。

「リンドバーグの衝撃証言」「正論」平成17年5月号
自主投降した日本兵捕虜赤十字国際委員会捕虜中央情報局の資料によると、約20万人もいた。
 ・・・投降したことが郷里に知れた場合、家族は、地域社会において、犯罪者と同様の徹底した差別を受け・・・自決を強要されたり、戦死率が極めて高い作戦に投入されるケースは1939年にさかのぼるノモンハン事件において確認・・・。
 捕虜となったことを自白せず、政府やマスコミが公表しなければ家族でさえも、ましてや地域社会など知る由も無い。たまたま外部に漏れ悲劇となった例は、ほんの僅か。在日工作員得意の、針小棒大捏造である。現に、カウラ生還者870名中、名乗り出た80人以外の790名は不明

戦術的意義
 ・・・現代の価値観から見れば、日本軍のバンザイ突撃は絶望的な戦法で、無駄に兵士を死なせたとして非難される行為である。自動火器と有り余る弾薬で待ち受ける米軍に対し有効な戦法ではなかった。
 相手は報復戦争を工作し、日本人皆殺しを唱えた侵略者ルーズベルト米軍である。民族浄化を唱えたヒトラーナチスと同類である。ナチスに対して、女子供老人が蜂起し、ほとんどが全滅もしくは自決したワルシャワゲットー蜂起、ワルシャワ蜂起違いは無い。日本軍は蜂起軍である。「兵士を死なせたのは侵略者米軍で日本軍ではない。米軍皆殺し作戦故の戦死を、無駄に兵士を死なせた、有効な戦法ではなかった、と捏造。

バンザイ突撃を選択した理由の正当性
・・・食料の輸送が滞り、ほぼ丸腰の兵隊が守備隊として配備されていた事実が、バンザイ突撃に走らせた原因であるという考え方もある。
 勝敗のついた敗者日本に、投降勧告もせずの皆殺し作戦、侵略者米軍を物語って余りある。

・・・昼間にあえて大声を発して突撃するのは、純軍事的な観点に立てば愚策以外の何ものでもない。
投降勧告もせず、昼間皆殺し作戦。侵略者米軍を物語って余りある。投降勧告もず追い詰められたから突撃したので、自らの突撃ではないので、愚策は捏造。

・・・無意味な自殺的戦闘を敢行するのは、国家が敗戦したとしても、その再建に当たる人材を無為に死なせることであり、中長期的に見て祖国を害する行為とも言える。
・・・バンザイ突撃とは軍事的合理性を放棄した選択なのであり、降伏の代わりに選択する集団自殺以外の何物でもない。
・・・これは当時の軍部のみならず、マスコミや在郷軍人会、国防婦人会などの民間組織が自己顕示のために煽った側面もあり、・・・
投降勧告もせず、皆殺し作戦の侵略者との戦いである、それを無意味な自殺的戦闘とは、こじつけも甚だしい。皆殺し作戦との戦い、殲滅されれば、国家再建など無い。皆殺し作戦の侵略者に対して、女子供老人軍民一丸は、前述の蜂起軍が物語るように、蟻でも蜂でも戦う生命体の本能である。

米陸軍第442連隊戦闘団における「バンザイ突撃」
・・・この『バンザイ突撃』は敗色濃厚な局面における自殺行為ではなく、攻撃の際、味方兵士との一体感を高める為、日系人兵士の『気合』の掛け声として使用された意味合いが強く・・・テキサス大隊の211名救出するために第442連隊戦闘団の約800名死傷するという事態になった。このような戦闘を重ねた結果、第442連隊戦闘団はのべ死傷率314%(のべ死傷者数9,486人)という恐るべき損害を出している。
『気合』の掛け声捏造。在日工作員は平気で捏造する。日系二世なのでバンザイは特別な時の言葉で、意味は当然知っていた。

日系二世部隊第442連隊が、絶体絶命の苦境に立たされた時、一斉射撃のあと銃剣を着け、掛け声気合をかけ、勇敢に突撃するので、banzai attack、またはBanzai chargeと呼ばれ勇敢な日系二世部隊の代名詞となった。

 日系二世は軍民一丸化教育(工作員呼称は、皇民化教育、戦陣訓教育)一切皆無なのだ。このことはつまり、後付けの皇民化、戦陣訓など一切無関係で、日本民族は目的完遂のため、死中に活を求めて戦う民族であることを証明している。思想教育などのにわか後付けではなく、古より流れる日本民族由縁の魂を物語って余りある。日系二世部隊、ヨーロッパ戦線に参戦 戦方が日本軍そっくり

 日本軍を、東條英機を貶め、侮蔑愚弄し、か弱き国民の味方を演じ日本人の覚醒阻止が目的は、明白だ。同類の内容は、『不理百科事典ウィキペディア』に満載だ。相当数の在日工作員がいる。日本にこれまでどおり謝罪させ、金をせびり取ろうとする国の工作員の仕業だ。

 解析の結果判明したように、工作員は皆このように粗を探し拡大、全てのように報道。例えると、「秋葉原殺戮があった、故に日本人は皆、殺戮者だ」論法。針小棒大論法は在日工作員の特徴である。

 在日工作員論法が解析され、露になった。今後、針小棒大論法者は、皆在日工作員とみなされる。朝鮮暗黒の歴史を、隠蔽改竄捏造してまで、教育しているのが朝鮮韓国だ。御先祖愚弄の子孫など、皆無は世界の常識。御先祖様愚弄捏造ウィキ作成者は、子孫に非ず正体、残留捏造在日工作員を、明々白々に自白している。

 捏造犯日ウィキに寄付は、売国行為。スパイ防止法を至急立法すべきだ。

追記「私は貝になりたい」は橋本忍の創作。2等兵でも、命令順守で死刑宣告を受けた人はいたが、後に減刑。製作は東宝、TBS朝日新聞
真実史観
当ブログ内虜囚の辱検証下記。
生きて虜囚の意味 生きて虜囚の辱辞書捏造断定 生きて虜囚カウラ戦陣訓に非ず 朝鮮独自文化の日本への伝播などない 強制連行されて悲惨 

 

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真実史観ネチズンチェンジ工作員捏造の壁破壊子孫に残そう真正日本


子孫に残すチェンジ日本
 現代の集団分業社会構成は、実務の現実界基盤と、現実界助力が役目で、言葉と文字が業の仮想現実界補助に大別される。現実界は真実に基づく世界で捏造不可、捏造必滅。仮想現実界は仮想界なので、捏造可。仮想現実界に捏造が蔓延し口先界に化すと、信じた現実界に捏造が波及、基盤は崩壊。基盤崩壊は、補助仮想現実界も当然必滅。古今東西国家崩壊のパターンだ。

口先界のマスターベーション報道
 物事にはすべて禍福が有り、適量がある。アヘンは人を廃人にするが人類は適量使用を発明し、鎮痛剤を生んだ。原子爆弾は、人を殺したが、人類は適量使用を発明し、電気を生んだ。水は水害をもたらしたが、人類は適量使用を発明し、電気を生んだ。山火事は災難ではあるが、人類は火の適量使用を発明し、人類隆盛の基盤とした。

禍を忌避せず対峙し解明、適量使用することで、福に転じてきたのが人類の歴史である。口先界戦後の白黒善悪単純判断ではなく、禍福判断で禍も福も見極め、人類は隆盛を成してきたのだ

TBS「筑紫さんが残したもの」08年11月11日放映。死者を冒涜する気はさらさら無いが、TBS、田原、鳥越、立花隆、姜尚中(東大文系がいかに検証回路無き歩く記憶機かは、姜尚中を教授にしたことで自白している)、仲間内だけでの筑紫哲也祭り上げなのに、国民もそうであるかのような誇大美化報道は作為的であり、洗脳された犠牲者がまた増えるので、あえて俎上に上げた。

弱者の目線とマスコミが自画自賛し賞賛する筑紫哲也多事争論は、植民地独立付与宣言福を隠蔽し、まやかし物の禍、侵略戦争と捏造した真実隠蔽の多事である。

報道を糧とする職責者が、WGIPを指摘した江藤淳著閉ざされた言語空間」欺瞞の東京裁判、現代の平和の基盤「植民地独立付与宣言」を一切語らず、は何を語るか。善人面で国民を騙した工作員、でなければ検証能力皆無の、単なる選り食いロボット、公害録音拡声器を物語っている。

先人を蹴落とし罵倒し踏み台にし、戦わない平和、空論を叫んだ筑紫哲也、多事争論原稿で、先の大戦を国家的失敗国家的愚考、と日本蜂起軍侵略者に捏造し愚弄した。

 二度と戦争を繰り返してはならない、とあたかも日本が戦争を引き起こしたかのように捏造し、偽善者を装い、のたまうた筑紫哲也が死去した。死去に伴い、オウム真理教に放映前の弁護士画像をTBSがみせたことに反論し、TBSは死んだに等しいと発言したことを、ジャーナリストと称する方々がことごとく賞賛し、どの局も繰り返し報道していた。コメントは口先界からのみ、公共の電波を使い、マスターベーション報道である。

 当時はTBSバッシングの最中で、誰かが、自浄姿勢を示さなければ収まりが付かない状況に追い込まれていた。そんな最中の当然の職責発言を、英雄のように報道、どうしてと違和感を覚えると同時に、真実でも不利なことは言わず、不利な発言は黙殺するのが口先界の常識、を自白しており、大いに納得したしだいだ。

 弁護士一家はこの事が引き金となり、オウム真理教に乳飲み子まで皆殺しにされた。TBSが弁護士一家を殺した、報道の殺人といっても過言ではないほどの、不祥事であった。それを国民は、TBSは死んだに等しい発言で沙汰止みにした、いかに洗脳されていたかの証だ。殺人に加担しても渋々のヤラセ謝罪で済む、いかに責任無き軽薄な世界か物語って余りある。当時はマスコミ主導マッチポンプの時代で、国民はマスコミに洗脳されており、TBS追求も沙汰止みになったが、ネットで覚醒した現代では俎上に上がり、ネチズンに、存亡の危機にまで追い込まれるであろうことは、想像に難くない。また、そう有るべきだ。

テロリストと特攻隊を同一視する軽薄短小思考者の真実隠蔽、実体は多事を指摘せず、マスコミは仲間内のみの、自画自賛自慰報道に終始した。未だもって自浄能力皆無、愚かな輩である。後述の職責果たした忠臣田母神とは、雲泥の差である。

鳥インフルエンザ報道
 鳥インフルエンザの際、マスコミがそれとばかりに糾弾し扇動し、世間も追随した。鳥インフルエンザは人災ではなく天災だ。国家が事前に救済策を告知しておれば、迷わず即座に報告しただろう。生命体には自己保存の本能がある。家族、従業員家族、すべての崩壊を突然目の当たりにしての経営者の決断、道理に基づけば一概に非難などできるものではない。口先だけで無責任の仮想現実界、当事者であれば10人が10人、100人が100人皆そうしただろう。

仮想現実界から誰一人「鳥インフルエンザは天災なので、国が救済策を講じ、事前に救済告知すべき」発言皆無。皆偽善者と化し、付和雷同し糾弾した。結果経営者夫妻は、天災だが人災のように非難され自殺する悲劇となった。

 他人を蹴落とし罵倒、国民の味方を演じる偽善者に殺された。過程を考慮せず結果(
白黒善悪)だけで判断の、仮想現実界に、弱者の味方正義の使者気取りで報道されての、自死である。

 現実界はこのように板子一枚下は地獄なのだ。
生命体には皆自己保存の本能がある、突然の災難に本能で行動したに過ぎない。極悪人報道の報道界、寄ってタカって嬲り殺した。報道界が殺したといっても過言ではない。

 現実界はこのように絶えずリスクを伴い、捏造やケチや文句だけで食える仮想現実界とは異なる。このままではだれもリスクの大きい現実界を避け、現実界は衰退する。衰退すれば当然仮想現実界も必然的に消滅する。世の習いだ。
仮想現実界、善悪白黒判断は、現実界乖離の危険信号である

毎日新聞戦意高揚捏造記事、百人切り報道の浅海一男鈴木二郎両記者、戦後の撤回なし大江健三郎沖縄ノート軍命と捏造し、兵士愚弄。朝日新聞掲載本田勝一記者『中国の旅』捏造し、兵士愚弄しんぶん赤旗掲載「悪魔の飽食(あくまのほうしょく)」森村誠一(作家)下里正樹(しんぶん赤旗の記者で当時共産党員)共著捏造し、兵士愚弄。現実界では皆万死に値する行為で許されるものではない。糾弾されてもそ知らぬ顔の面々、口先界無責任を物語って余りある。現実界補助が、仮想現実界の役目なのだ、現実界破壊が役目ではない。

口先界捏造報道
天皇の基に軍民団結
侵略者連合軍に対して、資源無き小国日本軍民一丸の蜂起軍と化した。

これを、天皇のロボット皇民化と捏造

反共戦争
1935(昭和10)年8中国共産党は日本に宣戦布告「八・一宣言、抗日救国のため全国同胞に告ぐるの書」。宣戦布告は中国共産党が先、日本は宣戦布告に応じた自衛戦争。中国孫文後継者筆頭、汪兆銘と共に、反共戦争として戦った。

これを、中国への侵略戦争と捏造

大東亜戦争
兵糧攻めの宣戦布告に対しての蜂起戦争(大東亜戦争)。

これを、侵略戦争(太平洋戦争)と捏造

生きて虜囚の辱
本意は皇軍の兵が、囚人となるような不名誉なことをするな、と諭した訓え。戦前の辞書を繰れば氷解することだ。戦後の辞書は特異に意味変化、捏造を証明した。

それを軍命降伏禁止と捏造

玉砕
ルーズベルトは兵糧攻めし、日本へ宣戦布告した。この事実を米国民に隠し、リメンバーパールハーバーと米国民を扇動し罠に嵌めたため、米軍は報復戦争とみなし、ほとんどの部隊は殲滅作戦を展開した。結果捕虜となるチャンスは与えられず、全滅した。戦意高揚が大本営の最優先任務である。戦死者の名誉を尊び、玉砕と報道した。

これを、降伏禁止の教育で自決と捏造

集団自決
米軍侵略殲滅作戦に、軍民団結し蜂起したが、追い詰められ自決した。子供まで巻き添えにしたのは、残された子供を不憫に思ったからである。現代の一家心中と同じ心境。ワルシャワ蜂起、ワルシャワゲットーでも老若男女の蜂起軍は、同じ運命をたどっている。

これを、軍命令の自決と捏造

特攻
米軍侵略殲滅作戦に、蜂起軍は矢弾尽き、比類なき肉弾作戦を敢行した。

これを、軍命令の犬死に無駄死にと捏造。命令で自発の意思皆無なら、皆、不時着し、生き延びたはずだ。

米軍皆殺し作戦での討ち死に
バンザイ突撃作戦など日本軍には無い。米軍侵略殲滅作戦に対して勇敢に戦った日本軍に対して、矢弾尽きても勇敢に戦った日系二世部隊の代名詞(banzai attack)、または(Banzai charge)を良い意味で冠した。

これを、軍命令自決玉砕作戦バンザイ突撃と捏造

護国
WGIP映画「私は貝になりたい」宣伝が目的で、「命」がテーマの番組をTBSが放送した。番組内で、「国のために死ぬ」との証言皆無なのに、「国のために死ねるか」と司会者が、しつこく中学生に問いかけていた。明白な印象操作である。戦前も戦後も、天皇=(公)。国も、先祖、祖父母、父母、兄弟子孫、産土の(公)で、個人(私)ではない。護国は、この国(公)死守のことである。WGIP洗脳、戦後教育下の現代では、国=天皇=(天皇私有)。

これをTBSは、「国(天皇個人)のために死ねるか」と印象操作し、捏造

映画、「私は貝になりたい」は、象と蟻の戦い過程一切皆無、橋本忍の作り話。殺さなければ殺される、戦争の現実隠蔽した、WGIP善悪史観洗脳映画で、事実ではない。映画のように命令順守で死刑となるのなら、敵兵殺した日本兵全員が死刑宣告となり、不条理裁判となる。常識があれば分かることだ。常識無視、全くの空想捏造話である。混乱の最中、1等兵でも、命令順守で死刑宣告を受けた人はいたが、後に減刑されている。命令順守で死刑は皆無、が事実。製作は東宝、TBS朝日新聞。犯日団製作、真実隠蔽捏造映画。

現代日本の平和
戦後15年1960年昭和35年、の「植民地独立付与宣言」が起因。戦争は相手との戦いである、一方だけが勝手に宣言(憲法9条)しても無意味。お互いの条約で戦争放棄の平和は、はじめて成立する。「植民地独立付与宣言」はお互いの条約なので、平和は維持されている。

これを、平和憲法9条と捏造。日本だけが一方的に唱えても、紙屑条約紙屑憲法であることは明白で、現実界の常識だ。

「植民地独立付与宣言」
 昭和35年(1960)に、第15回国連総会で、アジア、アフリカ43カ国による共同提案が採択され、植民地を保有することを不法行為であると宣言。賛成89、反対0、棄権が9カ国(主要宗主国の英米仏、ベルギー、ポルトガル、スペインと、南アフリカ、オーストラリア、ドミニカ)。後の総会で、植民地保有は犯罪と規定。人種差別撤廃条約は、1963年人種差別撤廃宣言、1965年12月21日に国連総会で採択。開闢以来延々と続いた最適者生存の、弱肉強食本能の食民治主義、独占貿易は破壊され、先人の旗印、自由貿易共存共栄平等に基づく新秩序(唯心主義)が創造された。

(マイペディア百科事典)
 1960年の第15国連総会で、アジア・アフリカ43カ国による共同提案が採択されたもので、前文及び7項からなる宣言。〈いかなる形式・表現を問わず植民地主義を急速かつ無条件に終結せしめる必要がある〉との認識に立って、第2項においては民族自決権をうたい、第5項においては〈信託統治地域および非自治地域またはまだ独立を達成していない地のすべての地域において、これらの地域の住民が完全な独立と自由〉を無条件に達成するために、早急な措置を講じなければならない、と宣言した。これを受けて信託統治地域または非自治地域の独立を、実際に推進するため〈植民地独立付与宣言履行特別委員会〉が翌1961年に発足し、非植民地化の推進力となってきた。信託統治は1994年10月のベラウ(パラオ)の独立で、すべて終結。残る非自治地域でこの宣言の対象となっているのはニューカレドニアなど、南太平洋地域を中心に17地域。国連は1990年―2000年を〈国際植民地主義撤廃の10年〉と定め、非自治地域の非植民地化に取り組んでいる。

これらのことは、なぜどうして、と過程を常識で検証すれば、皆導き出される常識問題だ。なのに、前述の輩は全員無視。小学生でも出来る思考を、なぜかしないのだ

現代の平和をなぜどうしてと辿れば、1960年昭和35年戦後15年独立付与宣言が起因、付与宣言はアジア・アフリカの独立が起因、独立は大東亜戦争が起因、大東亜戦争は、食民治主義凶産主義の世界征服侵略が起因、と探究回路があれば誰でもたちどころに氷解することなのだ。

前述の自慰報道で、「あの憲法(九条)は痺れた」と筑紫が田原に生前告げたことを4度繰り返し力説、鳥越、姜、立花が、我が意を得たり、とばかりに賛同していた。輩の論理の原点は戦後で、戦前は無検証で論点にせず、を自白した。輩の正体が現出した瞬間である。

輩は自衛戦争を作為で無検証とし、論点にせず隠蔽。侵略と捏造し、侵略戦争、先人極悪、護憲の単純論法での先人愚弄なのだ。情報に飛びつき、ただ空騒ぎが目的の愚者か工作員、いずれかである。愚者であれば輩は、自己知識を金科玉条のように信じ物事の本質を見極められない、探究回路俯瞰思考まったく皆無の、公害録音拡声器である。

TBS戦後60年特別企画「ヒロシマ」05年8月5日放映。「過去のことを私たちはきちんと知ること。そしてその過去の中から将来のための教訓をそこからきちんと引き出すこと」と小学生でも可能な過去戦前を、思考もしなかった筑紫が、善人面して発言した。口に蜜あり腹に剣あり。いかに蜜蜂かを語って、余りある。

無条件降伏日本、侵略者日本を連呼し無知丸出しのみのもんた、軽薄短小口先男、古館久米。他人を蹴落とし、弱者庶民の味方を演じるもどきであり、口に蜂蜜腹に剣の、口先界工作員が、良民洗脳目的で放った、蜜蜂もどきスズメバチである。

現実界から委託された仮想現実界は、これらを糧にする職責のあるプロ集団だ、検証以前の現実界の良民は、仮想現実界の職責同胞ゆえに信じていた。検証して仮想現実界の捏造に気付いた。気付いた時、口先界実体が現出した。

安保も赤軍も統一教会の蔓延も、選り食い愚民連呼集団似非平和団体も、口先界扇動が起因。暴走した仮想現実界は基盤の現実界から乖離し、奸賊の巣窟口先界と化し、事もあろうに、基盤の現実界を滅ぼそうとしている。正気の沙汰ではない。

日本を混乱の坩堝に叩き込んだ輩
 ルーズベルトは真実を隠蔽しアメリカ国民を仕掛けた罠に嵌め情報操作。兵糧攻めの宣戦布告をルーズベルトは隠蔽し、真珠湾犠牲者を生贄にした。捏造の報復戦争で日本はWW2に引き込まれた。

中曽根、河野、村山、古賀、小沢、鳩山、官、社民、共産、公明、NHK、朝日、毎日、読売、日教組、ナベツネ、大江、石原、田原、筑紫、鳥越、みのもんた、九条の会日本仮想現実界は、真実を隠蔽し国民を仕掛けた罠に嵌め情報操作、亡国の所業に励んでいる。現代の平和を、なぜどうしてと辿れば、たちどころに氷解する職責の初歩を、植民地独立付与宣言すら報道せず仮想現実界は隠蔽した。万死に値する所業だ。

正せば輩は、さまざまな言い訳をするだろう。しかし、これだけの大嘘の前では、どんな弁解も詭弁に過ぎず、無知蒙昧亡国の輩である。中曽根が靖国不参拝を弁解したように、「アメリカを刺激し、経済摩擦となる」等の愚論を吐く者もいるだろうが、それはアメリカ国民に対する侮辱だ。是々非々の国アメリカは、とうの昔(戦後わずか5年後の1950~1954)に真実に覚醒し、マッカーシイズム、共産主義者弾圧、赤狩りをした。ルーズベルト、トルーマンも弾圧の対象であった。是々非々に基づき覚醒したから、小笠原沖縄を返還したのだ。このままでは真の同盟に画竜点睛を欠く事を、アメリカは重重知っている。アメリカは、ただキッカケが欲しいだけなのだ。真の同盟、歴史の真実、共有の妨害者は、職責放棄し無知蒙昧の、日本国与野党議員だ。

先人を愚弄し叫ぶ口先界の平和は、絵に描いた餅。国民が禍福をあざなって飲み干し、賢人になれば平和は成る。日本国民は歴史を鑑み、ルーズベルトの罠に嵌ったアメリカ国民の轍を、踏んではならない。

前航空幕僚長国会参考人質疑
 自衛隊、消防、警察、海上保安庁などは、板子一枚下は地獄の実務従事者で口先界ではない、正真正銘の現実界住人である。あまりの口先界の非常識に、常時生死対峙実務の現実界トップ、航空幕僚長が諫言したのだ。懲戒免職をも辞さぬ覚悟の者に、退職金返還などと下らん愚問の口先界、わが身を懸け諫言した田母神と、自己保身私利私欲口先界との対比が際立った場面であった。

参考人質疑とTV報道抜粋
田母神「日本の国をいい国だと思わなければ頑張る気になれない。悪い国だ、悪い国だと言ったのでは、自衛隊の士気もどんどん崩れる。きちっとした国家観歴史観、を持たせなければ国は守れない」

この田母神発言は当然の発言で正に諫言、正論である。

社民党山内徳信「武器も堂々と使用したいというのが本音ですね」

護国兵士愚弄の、愚問。現実界は禍福界、選り食い良いとこ取りでは生きられない、空論発言の見本、社民党の実体、空論を自白。

公明党浜田昌良「退職金の一部でも返還することはないのか」

諫言兵士愚弄の、愚問。

識者もどき「シビリアンコントロール(文民統制)下の日本で、幕僚長という立場にいる人の発言としては不適切」

本筋はそうだが、真実を捏造の壁で隠蔽する奸賊が、シビリアンコントロール(文民統制)を口にするのは主客転倒。本筋を言う前に、己が正常かどうか、常識の鏡の前に立ち、映してみることだ。火の無いところに煙は立たない、田母神は日本国の臣として、統制側が余りにも現実界から乖離し異常だから我が身を懸け諫言した、異常でなければするはずなど無い、原因は現実界から余りにも乖離した統制側に有る。統制側が余りにも異常故に、この常識すら、気付かないのだ。

凶産は自国民結束の手段として仮想敵国日本と犯日捏造洗脳教育。韓国は自国歴史を隠蔽、自国民結束の手段として極悪日本と犯日捏造洗脳教育。いずれも、自国民を洗脳、愚民化し、犯日戦時下体制で権力維持を図ろうとする一つまみの奸賊が、画策しているに過ぎない。この問題は、韓国や凶産国の犯日捏造洗脳教育を助長している日本仮想現実界、犯日捏造歴史観が原因。このまま犯日捏造洗脳教育を助長し続け看過すれば、韓国や凶産国は犯日戦時下体制、やがて暴発し戦争となるのは明白なのだ。田母神はここを突き、日本国の忠臣として、自衛の職責を真っ当、「犯日国を助長し戦争を助長する火種、日本国の犯日捏造歴史観破壊」と、自衛官トップとして当然の、現実界の常識、自衛発言をし、現実界から乖離した統制側を糾弾したのである。

前述のTBS番組発言
田原「。・・・僕(11歳)も筑紫(10歳)さんも戦争よく知ってますから、戦争反対、あんな戦争絶対だめだと。・・・参考人召致があった、だらしない野党は、こんなの筑紫さんにいたらね、ぼろくそやっつけている。戦争反対、それから言論の自由、だんだんね、テレビ、TBSもそうだけど、だんだん局がね、こうなんか、自己保身ていうか、すごいでしょゆっておいて、これは言うてくれるな、企業の実名はいうなと、トヨタとか松下は言うなとかね、そういうだから言論の自由をものすごく徹底的にやっておられた。それからもう一つは、この立花さんもそうだけれどこの憲法いいんだ、と、とってもすばらしい憲法だと、そういうことを率直におっしゃったんで、被害もね、批判もすごかった、その批判にね、あのニコニコして、その批判をものともせずに・・・ニコニコしながら断固ひるまない。・・・」
 終戦時、田原(11歳)筑紫(10歳)「戦争よく知ってます」とは、口先男の見本、正に自白だ。ちなみに鳥越は5歳。自衛蜂起戦争を隠蔽し、戦争反対論(戦争反対は現代から未来に向かっての理想)と先の大戦(過去現実)を、ごちゃ混ぜにし、あたかも先の戦争が侵略戦争であるかのようにすり替え、捏造。過去過去価値観で判断すべきものを、現代の価値観判断し、すり替えているのだ。明明白白な作意、捏造自白。

 日本降伏後正体を現し戦い、以後冷戦となった。侵略者は、食民治主義と凶産主義であることは、人類公知の、明々白々な世界の史実である。日本が侵略者なら、侵略者が降伏したのだから、後の戦争は無かったはずだ。
 現実界破壊、戦争の火種を撒き散らす奸賊征伐に、覚醒した現実界が動いた証だ。言論の自由は真実を基にした自由で、捏造を撒き散らす自由ではない。工作員の自由ではない。

田原「・・・94人もがね、あのアパホテルの懸賞論文に応募している、これはね、もう、集団的ね、組織的決起ですよ。クーデターといっても良い。・・・むしろ政府に対する攻撃というよりメディアの、日本のあの戦争は良くないんだと、あんな戦争やっちゃいけないんだとね、絶対平和が大事だというある意味では筑紫哲也に対するね、攻撃ですよ、もうこれは、こんな時に筑紫さんが生きていないというのはね、ほんとに・・・」
 戦争反対、九条護憲論者が戦争防止の意見を、クーデターと発言とは、聞いてあきれる、正に正体は工作員を自白だ。

鳥越「・・・筑紫さんていうのはあの、僕はいつも言うんですけど、まあやっぱり、日本人にとってね、それから日本の国にとっても座標軸みたいな人でね、どこに日本の国は今あるかいつも示し続けていた、もしくは、南十字星だったり羅針盤だったり、日本の国民、日本人を、こう導いてくれるようなとこもあった。・・・」
 捏造の座標軸、捏造の南十字星、捏造の羅針盤が筑紫の正体、賛美の鳥越も同類の工作員。

筑紫工作員を偲び、工作員巣窟TBS主催、工作員告白追悼座談会完

日本が真実史観で毅然と対峙し、一つまみの奸賊を追放すれば、韓国や凶産国の同胞は洗脳愚民化から解放され、戦時下体制からも開放され、火種は消え解決する。田母神論文は、犯日洗脳愚民化された韓国、凶産国、日本国の愚民同士では、いずれかが戦争を引き起こす。韓国凶産国の民は愚民だが、統制側は愚民ではない狡猾な奸賊だ。日本はなんと、民は賢人だが、統制側が愚民で、逆ではないか。狡猾な奸賊愚民、こんな有様ではいつ戦争が起きても不思議ではない口先界愚人への、現実界忠臣の諫言でもある。

口先界に、真実の女神の天秤は傾くことは絶無。戦後捏造の壁を作り、日本を分断、混乱させた奸賊として、日本史に名を残すことは確かだ。

子孫のために日本革新 子孫に残そう革新日本
 明治維新を紐解くだけでも、当時の世界観がすぐ判明する。明治維新は何故起こったか、弱肉強食の世界に、日本存亡の危機を肌で感じ、適者生存のため、仮想現実界を革新し一丸化、対処した。幕末は現代に酷似する。仮想現実界が幕府、ネチズンは維新の志士である。

仮想現実界は現実を無視し孤立した、徳川末期と同じ。口先界にも勝海舟はいるはず、現実界数多のネチズン西郷隆盛坂本竜馬高杉晋作と呼応すれば日本チェンジは加速する。

国は分断されなかったが、国民は仮想現実界捏造の壁で真実は遮断され、隠蔽され、分断された。真実の鍵、インターネットでの自力脱出覚醒者は、直ちに皆、同胞救出作戦展開中である。仮想現実界捏造の壁破壊は、子孫ネチズンの使命。

63年間も工作員や口先屋に愚弄された日本、子孫のために革新し、子孫に真正日本を残そう。真実史観


亡国の起因冤罪史観破壊!子孫へ遺す真実史観蜂起日本適者生存史目次へ

真実史観検証田母神諫言公論は偽者売国奴工作員非国民炙り出し踏絵


子孫のために、日本チェンジ。子孫に残そう、チェンジ日本
田母諫言
 受賞作品はすべて英訳され、広く世界に向けて発信する予定とのことなのだが、正論ではあるが、矛盾がある。補足し、錯誤を訂正し、世界には発信すべきだ。田母諫言はネット常識をコピペしただけで、咀嚼がないので、補足する。
http://www.apa.co.jp/book_report/(出自)

日本は侵略国家であったのか
「植民地独立付与宣言(1960年)まで世界は、弱肉強食適者生存の時代であった。資源無き小国日本、斯くの如く戦えり」から始めなければ、相互枝葉末節善悪史観水掛け論の愚論となり、画竜点睛を欠く。「日本は侵略国家であったのか」では、善悪史観の反論、単なる善悪論争水掛け論で、愚論。歴史は善悪にとらわれず、俯瞰が肝心。

田母神俊雄(航空幕僚長)
アメリカ合衆国軍隊は日米安全保障条約により日本国内に駐留している。これをアメリカによる日本侵略とは言わない。二国間で合意された条約に基づいているからである。我が国は戦前中国大陸や朝鮮半島を侵略したと言われるが、実は日本軍のこれらの国に対する駐留も条約に基づいたものであることは意外に知られていない。日本は19世紀の後半以降、朝鮮半島や中国大陸に軍を進めることになるが相手国の了承を得ないで一方的に軍を進めたことはない。現在の中国政府から「日本の侵略」を執拗に追求されるが、我が国は日清戦争、日露戦争などによって国際法上合法的に中国大陸に権益を得て、これを守るために条約等に基づいて軍を配置したのである。これに対し、圧力をかけて条約を無理矢理締結させたのだから条約そのものが無効だという人もいるが、昔も今も多少の圧力を伴わない条約など存在したことがない。

この日本軍に対し蒋介石国民党は頻繁にテロ行為を繰り返す

(後述の「また我が国は蒋介石国民党との間でも合意を得ずして軍を進めたことはない」と、矛盾する。1935(昭和10)年8中国共産党は日本に宣戦布告「八・一宣言、抗日救国のため全国同胞に告ぐるの書」。1936/12/12 西安事件まで蒋介石は、タンクー停戦協定で日本と協調し、反共戦争を展開、「共産軍を最後の5分間」まで追い詰めていた。テロ行為を繰り返したのはソ連・コミンテルン指導の共産軍で、蒋介石国民党ではない。頭山満、孫文、汪兆銘、蒋介石の知識が欠けているからこうなった。当ブログ内参照。頭山満と孫文・・・

邦人に対する大規模な暴行、惨殺事件も繰り返し発生する。これは現在日本に存在する米軍の横田基地や横須賀基地などに自衛隊が攻撃を仕掛け、米国軍人及びその家族などを暴行、惨殺するようものであり、とても許容できるものではない。これに対し日本政府は辛抱強く和平を追求するが、その都度蒋介石に裏切られるのである。実は蒋介石はコミンテルンに動かされていた193年の第2次国共合作によりコミンテルンの手先である毛沢東共産党のゲリラが国民党内に多数入り込んでいた。

193年9月第2次国共合作。1936年12月12日西安事件以後、毛沢東共産党のゲリラが、国民党内に多数入り込んだ、が正答)

コミンテルンの目的は日本軍と国民党を戦わせ、両者を疲弊させ、最終的に毛沢東共産党に中国大陸を支配させることであった。我が国は国民党の度重なる挑発に遂に我慢しきれなくなって1937年8月15日、日本の近衛文麿内閣は「支那軍の暴戻(ぼうれい)を膺懲(ようちょう)し以って南京政府の反省を促す為、今や断乎たる措置をとる」と言う声明を発表した。我が国は蒋介石により日中戦争に引きずり込まれた被害者なのである。

(侵略者共産主義の傀儡が毛沢東、侵略者植民地主義の傀儡が蒋介石。日本は侵略者共産主義植民地主義に、日中戦争に引きずり込まれたが、正答

1928年の張作霖列車爆破事件も関東軍の仕業であると長い間言われてきたが、近年ではソ連情報機関の資料が発掘され、少なくとも日本軍がやったとは断定できなくなった。「マオ(誰も知らなかった毛沢東)(ユン・チアン、講談社)」、「黄文雄の大東亜戦争肯定論(黄文雄、ワック出版)」及び「日本よ、「歴史力」を磨け(櫻井よしこ編、文藝春秋)」などによると、最近ではコミンテルンの仕業という説が極めて有力になってきている。日中戦争の開始直前の1937年7月7日の廬溝橋事件についても、これまで日本の中国侵略の証みたいに言われてきた。しかし今では、東京裁判の最中に中国共産党の劉少奇が西側の記者との記者会見で「廬溝橋の仕掛け人は中国共産党で、現地指揮官はこの俺だった」と証言していたことがわかっている「大東亜解放戦争(岩間弘、岩間書店)」。もし日本が侵略国家であったというのならば、当時の列強といわれる国で侵略国家でなかった国はどこかと問いたい。よその国がやったから日本もやっていいということにはならないが、日本だけが侵略国家だといわれる筋合いもない。

1935年8中国共産党、日本に宣戦布告「八・一宣言」。侵略ではない

我が国は満州も朝鮮半島も台湾も日本本土と同じように開発しようとした。当時列強といわれる国の中で植民地の内地化を図ろうとした国は日本のみである。我が国は他国との比較で言えば極めて穏健な植民地統治をしたのである。満州帝國は、成立当初の1932年1月には3千万人の人口であったが、毎年100万人以上も人口が増え続け、1945年の終戦時には5千万人に増加していたのである。満州の人口は何故爆発的に増えたのか。それは満州が豊かで治安が良かったからである。侵略といわれるような行為が行われるところに人が集まるわけがない。農業以外にほとんど産業がなかった満州の荒野は、わずか15年の間に日本政府によって活力ある工業国家に生まれ変わった。朝鮮半島も日本統治下の35年間で1千3百万人の人口が2千5百万人と約2倍に増えている「朝鮮総督府統計年鑑」。日本統治下の朝鮮も豊かで治安が良かった証拠である。戦後の日本においては、満州や朝鮮半島の平和な暮らしが、日本軍によって破壊されたかのように言われている。しかし実際には日本政府と日本軍の努力によって、現地の人々はそれまでの圧政から解放され、また生活水準も格段に向上したのである。

我が国は満州や朝鮮半島や台湾に学校を多く造り現地人の教育に力を入れた。道路、発電所、水道など生活のインフラも数多く残している。また1924年には朝鮮に京城帝国大学、1928年には台湾に台北帝国大学を設立した。日本政府は明治維新以降9つの帝国大学を設立したが、京城帝国大学は6番目、台北帝国大学は7番目に造られた。その後8番目が1931年の大阪帝国大学、9番目が1939年の名古屋帝国大学という順である。なんと日本政府は大阪や名古屋よりも先に朝鮮や台湾に帝国大学を造っているのだ。また日本政府は朝鮮人も中国人も陸軍士官学校への入校を認めた。戦後マニラの軍事裁判で死刑になった朝鮮出身の洪思翊(ホンサイク)という陸軍中将がいる。この人は陸軍士官学校26期生で、硫黄島で勇名をはせた栗林忠道中将と同期生である。朝鮮名のままで帝国陸軍の中将に栄進した人である。またその1期後輩には金錫源(キンソグォン)大佐がいる。日中戦争の時、中国で大隊長であった。日本兵約1千名を率いて何百年も虐められ続けた元宗主国の中国軍を蹴散らした。その軍功著しいことにより天皇陛下の金賜勲章を頂いている。もちろん創氏改名などしていない。中国では蒋介石も日本の陸軍士官学校を卒業し新潟の高田の連隊で隊付き教育を受けている。1期後輩で蒋介石の参謀で何応欽(カオウ)キンもいる。

李王朝の最後の殿下である李垠(イウン)殿下も陸軍士官学校の29期の卒業生である。李垠(イウン)殿下は日本に対する人質のような形で10歳の時に日本に来られることになった。しかし日本政府は殿下を王族として丁重に遇し、殿下は学習院で学んだあと陸軍士官学校をご卒業になった。陸軍では陸軍中将に栄進されご活躍された。この李垠(イウン)殿下のお妃となられたのが日本の梨本宮方子(まさこ)妃殿下である。この方は昭和天皇のお妃候補であった高貴なお方である。もし日本政府が李王朝を潰すつもりならこのような高貴な方を李垠(イウン)殿下のもとに嫁がせることはなかったであろう。因みに宮内省はお二人のために1930年に新居を建設した。現在の赤坂プリンスホテル別館である。また清朝最後の皇帝また満州帝国皇帝であった溥儀(フギ)殿下の弟君である溥傑(フケツ)殿下のもとに嫁がれたのは、日本の華族嵯峨家の嵯峨浩妃殿下である。

これを当時の列強といわれる国々との比較で考えてみると日本の満州や朝鮮や台湾に対する思い入れは、列強の植民地統治とは全く違っていることに気がつくであろう。イギリスがインドを占領したがインド人のために教育を与えることはなかった。インド人をイギリスの士官学校に入れることもなかった。もちろんイギリスの王室からインドに嫁がせることなど考えられない。これはオランダ、フランス、アメリカなどの国々でも同じことである。一方日本は第2次大戦前から5族協和を唱え、大和、朝鮮、漢、満州、蒙古の各民族が入り交じって仲良く暮らすことを夢に描いていた。人種差別が当然と考えられていた当時にあって画期的なことである。第1次大戦後のパリ講和会議において、日本が人種差別撤廃を条約に書き込むことを主張した際、イギリスやアメリカから一笑に付されたのである。現在の世界を見れば当時日本が主張していたとおりの世界になっている。

時間は遡るが、清国は1900年の義和団事件の事後処理を迫られ1901年に我が国を含む11カ国との間で義和団最終議定書を締結した。その結果として我が国は清国に駐兵権を獲得し当初2600名の兵を置いた「廬溝橋事件の研究(秦郁彦、東京大学出版会)」。また1915年には袁世凱政府との4ヶ月にわたる交渉の末、中国の言い分も入れて、いわゆる対華21箇条の要求について合意した。これを日本の中国侵略の始まりとか言う人がいるが、この要求が、列強の植民地支配が一般的な当時の国際常識に照らして、それほどおかしなものとは思わない。中国も一度は完全に承諾し批准した。しかし4年後の1919年、パリ講和会議に列席を許された中国が、アメリカの後押しで対華21箇条の要求に対する不満を述べることになる。それでもイギリスやフンスなどは日本の言い分を支持してくれたのである「日本史から見た日本人・昭和編(渡部昇一、祥伝社)」。また我が国は蒋介石国民党との間でも合意を得ずして軍を進めたことはない。常に中国側の承認の下に軍を進めている。1901年から置かれることになった北京の日本軍は、36年後の廬溝橋事件の時でさえ5600名にしかなっていない「廬溝橋事件の研究(秦郁彦、東京大学出版会)」。このとき北京周辺には数十万の国民党軍が展開しており、形の上でも侵略にはほど遠い。幣原喜重郎外務大臣に象徴される対中融和外交こそが我が国の基本方針であり、それは今も昔も変わらない。

さて日本が中国大陸や朝鮮半島を侵略したために、遂に日米戦争に突入し3百万人もの犠牲者を出して敗戦を迎えることになった、日本は取り返しの付かない過ちを犯したという人がいる。しかしこれも今では、日本を戦争に引きずり込むために、アメリカによって慎重に仕掛けられた罠であったことが判明している。実はアメリカもコミンテルンに動かされていた。ヴェノナファイルというアメリカの公式文書がある。米国国家安全保障局(NSA)のホームページに載っている。膨大な文書であるが、月刊正論平成18年5月号に青山学院大学の福井助教授(当時)が内容をかいつまんで紹介してくれている。ヴェノナファイルとは、コミンテルンとアメリカにいたエージェントとの交信記録をまとめたものである。アメリカは1940年から1948年までの8年間これをモニターしていた。当時ソ連は1回限りの暗号書を使用していたためアメリカはこれを解読できなかった。そこでアメリカは、日米戦争の最中である1943年から解読作業を開始した。そしてなんと37年もかかって、レーガン政権が出来る直前の1980年に至って解読作業を終えたというから驚きである。しかし当時は冷戦の真っ只中であったためにアメリカはこれを機密文書とした。その後冷戦が終了し1995年に機密が解除され一般に公開されることになった。これによれば1933年に生まれたアメリカのフランクリン・ルーズベルト政権の中には3百人のコミンテルンのスパイがいたという。その中で昇りつめたのは財務省ナンバー2の財務次官ハリー・ホワイトであった。ハリー・ホワイトは日本に対する最後通牒ハル・ノートを書いた張本人であると言われている。彼はルーズベルト大統領の親友であるモーゲンソー財務長官を通じてルーズベルト大統領を動かし、我が国を日米戦争に追い込んでいく。当時ルーズベルトは共産主義の恐ろしさを認識していなかった。彼はハリー・ホワイトらを通じてコミンテルンの工作を受け、戦闘機100機からなるフライイングタイガースを派遣するなど、日本と戦う蒋介石を、陰で強力に支援していた。真珠湾攻撃に先立つ1ヶ月半も前から中国大陸においてアメリカは日本に対し、隠密に航空攻撃を開始していたのである。

ルーズベルトは戦争をしないという公約で大統領になったため、日米戦争を開始するにはどうしても見かけ上日本に第1撃を引かせる必要があった。日本はルーズベルトの仕掛けた罠にはまり真珠湾攻撃を決行することになる。

(資源無き小国日本、世界征服連合軍から兵糧攻めの宣戦布告を受け、選択肢は、宗主国追放、共存共栄のアジア団結大東亜共栄圏樹立目的の、大東亜戦争だけであった。ルーズベルトの仕掛けた罠にはまったのは、日本ではない。兵糧攻めの宣戦布告をルーズベルトに隠蔽され、生贄にされた真珠湾犠牲者と、WW2に引き込まれたアメリカ国民である。アメリカ国民は「Tora!Tora!Tora!」1970年製作米映画で、既に認知済み。公知を知らぬは、日本仮想界と歩く記憶機のみルーズベルトは捏造

さて日米戦争は避けることが出来たのだろうか。日本がアメリカの要求するハル・ノートを受け入れれば一時的にせよ日米戦争を避けることは出来たかもしれない。しかし一時的に戦争を避けることが出来たとしても、当時の弱肉強食の国際情勢を考えれば、アメリカから第2,第3の要求が出てきたであろうことは容易に想像がつく。結果として現在に生きる私たちは白人国家の植民地である日本で生活していた可能性が大である。文明の利器である自動車や洗濯機やパソコンなどは放っておけばいつかは誰かが造る。しかし人類の歴史の中で支配、被支配の関係は戦争によってのみ解決されてきた。強者が自ら譲歩することなどあり得ない。戦わない者は支配されることに甘んじなければならない。

さて大東亜戦争の後、多くのアジア、アフリカ諸国が白人国家の支配から解放されることになった。

植民地独立付与宣言“犯日ウィキ削除に必死”」昭和35年1960年に、第15回国連総会で、アジア、アフリカ43カ国による共同提案が採択され、植民地を保有することを不法行為であると宣言。この宣言記載無きは、画竜点睛を著しく欠く

1928年8月27日 昭和3年不戦条約。国際紛争の解決は戦争によらず、すべて平和的手段によるべきことを約した条約。仏外相ブリアン提唱の仏米不戦条約案を受けた米国国務長官ケロッグが、これを一般条約として各国に呼びかけたのが契機。パリで、フランス、イギリス、アメリカ、イタリアなど15カ国が集まって結んだ、正式名称「戦争放棄に関する条約」。ケロッグ・ブリアン協定、パリ協定ともいう。後に日本ソ連など、63カ国が加盟した。戦争放棄を約した最初の条約としての意義はあるが、制裁条項がないため、実質的効力はなかった

食民治主義者がほぼ世界を征服し、世界を分割し終えた時点での不戦条約である。以後の、米英仏蘭食民治主義侵略連合軍誕生から導き出されるのは、食民治主義者が連合で、残った中国日本を狙うための、宗主国連合条約だったと言える。不戦とは、日本のような新興国家の力を制限し、それぞれが征服分割し終えた食民治の、再争奪戦防止目的の意味合いが強く、平和を基にしたものではない。極論すれば、食民治主義者が侵略で奪い取ってきた領土や権利を、新興国家日本は侵すな、植民地は紛争を起こすな、宗主国同士は争うことなく連合し、事に当たれ、という条約である。

平和とは異なる、曰く付き条約の正体を、1930年以降の非常事態には、紙屑と化して証明した。東京裁判はこの曰く付き条約を基にし、昭和3年1928年からの日本の行動を侵略戦争として告訴した。1935(昭和10)年8中国共産党は日本に宣戦布告「八・一宣言、抗日救国のため全国同胞に告ぐるの書」。宣戦布告は中国共産党が先、日本は宣戦布告に応じた自衛戦争。1936年12月12日西安事件まで蒋介石は、1934年5月31日「塘沽」タンクー停戦協定で日本と協調し、反共戦争を展開中で、日本と交戦中ではなかった。西安事件以後、侵略者共産主義毛沢東侵略者植民地主義蒋介石傀儡にし、新たな植民地獲得のため、日中戦争に引きずり込んだ、が真相

「経済封鎖は戦争行為」、前述のパリ不戦条約起草者、ケロッグ米国国務長官の見解を、ウイリアム・ローガン日本側弁護人が、東京裁判最終弁論で述べ、最後にこう付け加えた。

かれらは日本国を愛しました。そして彼らの決定は、祖国にとって生きるか死ぬかの決定でありました。かれらは祖国を愛しました。そして決定をしなければならぬ地位にありました。われわれは、この裁判をされる方に、ちょっと彼らの立場になって考えてくださいとお願いします。その立場になったら、愛国者としてあなたたちは他の決議をすることが出来るでしょうか。・・・決定された方法が祖国を護持して行くに絶対必要であるといふ強い信念と愛国心の動機からなされたならば、我々はそれが犯罪であると法廷で裁きを行ふべきでないと申立てます」

仕掛けたのは、共産主義植民地主義の戦勝国である。資源無き小国日本、たった一カ国で世界の支配者(米英仏蘭豪ソ)に、戦争を仕掛けることなど有り得ない、常識があれば分かることだ。

現代に平和をもたらしたのは、「愚条の害」が叫ぶ憲法9条などでは無く、真の不戦条約「植民地独立付与宣言」昭和35年1960年で、導き出したのは比類なき蜂起戦争、大東亜戦争である

人種平等の世界が到来し国家間の問題も話し合いによって解決されるようになった。それは日露戦争、そして大東亜戦争を戦った日本の力によるものである。もし日本があの時大東亜戦争を戦わなければ、現在のような人種平等の世界が来るのがあと百年、2百年遅れていたかもしれない。そういう意味で私たちは日本の国のために戦った先人、そして国のために尊い命を捧げた英霊に対し感謝しなければならない。そのお陰で今日私たちは平和で豊かな生活を営むことが出来るのだ。

 一方で大東亜戦争を「あの愚劣な戦争」などという人がいる。戦争などしなくても今日の平和で豊かな社会が実現できたと思っているのであろう。当時の我が国の指導者はみんな馬鹿だったと言わんばかりである。やらなくてもいい戦争をやって多くの日本国民の命を奪った。亡くなった人はみんな犬死にだったと言っているようなものである。しかし人類の歴史を振り返ればことはそう簡単ではないことが解る。現在においてさえ一度決定された国際関係を覆すことは極めて困難である。日米安保条約に基づきアメリカは日本の首都圏にも立派な基地を保有している。これを日本が返してくれと言ってもそう簡単には返ってこない。ロシアとの関係でも北方四島は60年以上不法に占拠されたままである。竹島も韓国の実行支配が続いている。

 東京裁判はあの戦争の責任を全て日本に押し付けようとしたものである。そしてそのマインドコントロールは戦後63年を経てもなお日本人を惑わせている。日本の軍は強くなると必ず暴走し他国を侵略する、だから自衛隊は出来るだけ動きにくいようにしておこうというものである。自衛隊は領域の警備も出来ない、集団的自衛権も行使出来ない、武器の使用も極めて制約が多い、また攻撃的兵器の保有も禁止されている。諸外国の軍と比べれば自衛隊は雁字搦めで身動きできないようになっている。このマインドコントロールから解放されない限り我が国を自らの力で守る体制がいつになっても完成しない。アメリカに守ってもらうしかない。アメリカに守ってもらえば日本のアメリカ化が加速する。日本の経済も、金融も、商慣行も、雇用も、司法もアメリカのシステムに近づいていく。改革のオンパレードで我が国の伝統文化が壊されていく。日本ではいま文化大革命が進行中なのではないか。日本国民は20年前と今とではどちらが心安らかに暮らしているのだろうか。日本は良い国に向かっているのだろうか。私は日米同盟を否定しているわけではない。アジア地域の安定のためには良好な日米関係が必須である。但し日米関係は必要なときに助け合う良好な親子関係のようなものであることが望ましい。子供がいつまでも親に頼りきっているような関係は改善の必要があると思っている。

 自分の国を自分で守る体制を整えることは、我が国に対する侵略を未然に抑止するとともに外交交渉の後ろ盾になる。諸外国では、ごく普通に理解されているこのことが我が国においては国民に理解が行き届かない。今なお大東亜戦争で我が国の侵略がアジア諸国に耐えがたい苦しみを与えたと思っている人が多い。しかし私たちは多くのアジア諸国が大東亜戦争を肯定的に評価していることを認識しておく必要がある。タイで、ビルマで、インドで、シンガポールで、インドネシアで、大東亜戦争を戦った日本の評価は高いのだ。そして日本軍に直接接していた人たちの多くは日本軍に高い評価を与え、日本軍を直接見ていない人たちが日本軍の残虐行為を吹聴している場合が多いことも知っておかなければならない。日本軍の軍紀が他国に比較して如何に厳正であったか多くの外国人の証言もある。我が国が侵略国家だったなどというのは正に濡れ衣である。

日本というのは古い歴史と優れた伝統を持つ素晴らしい国なのだ。私たちは日本人として我が国の歴史について誇りを持たなければならない。人は特別な思想を注入されない限りは自分の生まれた故郷や自分の生まれた国を自然に愛するものである。日本の場合は歴史的事実を丹念に見ていくだけでこの国が実施してきたことが素晴らしいことであることがわかる。嘘やねつ造は全く必要がない。個別事象に目を向ければ悪行と言われるものもあるだろう。それは現在の先進国の中でも暴行や殺人が起こるのと同じことである。私たちは輝かしい日本の歴史を取り戻さなければならない。歴史を抹殺された国家は衰退の一途を辿るのみである。懸賞論文完

 歴史の善悪史観、ましてや戦国時代の侵略論など、愚論。戦国時代蜂起戦争、愚弄する子孫など人類史上皆無。「植民地独立付与宣言(1960年)まで世界は、弱肉強食適者生存の時代であった。資源無き小国日本、斯くの如く戦えり」。

 このたび、アパグループ第一回「真の近現代史観」懸賞論文を、受賞作品集として出版とのこと、節操無き仮想現実界への、現実界蜂起の狼煙である。喜ばしい限りである。子孫に捏造の歴史を残そうと工作する売国奴識者の虚像から覚醒し、節操無き仮想現実界破壊革新の扉を開く志士、出版界に先人の子孫はいないのか。

子孫のために、日本革新。子孫に残そう、革新日本。

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真実史観東條英機鉛筆書きのメモ工作員操作真贋無検証仮想現実界報道作家迎合


 朝日新聞と日本経済新聞などは2008年8月12日付で、1945年8月10日から14日にかけて、東條英機が葉書大の用紙30枚鉛筆で書いた直筆メモが、東京にある国立公文書館に所蔵されていると報じた。このメモは、東京裁判(46年5月~48年11月)で東條の主任弁護人だった清瀬一郎が法務省へ寄贈。同省は東條の「直筆」として内容を転写し、99年に、原本とともに国立公文書館に移管していた。

NIKKEI NETの記事
《東条元首相メモ公開 直筆一部筆跡異なる

 国立公文書館(東京・千代田)は13日、太平洋戦争開戦時の首相、東条英機・陸軍大将が終戦直前の1945年8月10日から同14日にかけて記したメモを公開した。本人の直筆とみられるが、筆跡が異なる個所も含まれているという。

 公文書館によると、メモははがき大の用紙約30枚に日付順に鉛筆で書かれていた。「敵の法廷に立つごときことは日本人として採らざるところ」と自決の覚悟を述べた個所などは、これまでに判明している資料との比較などから東条元首相の直筆とみられるという。一方、ポツダム宣言の条項について記した12日の記述は、他とは筆跡が異なっていた

 メモは極東国際軍事裁判(東京裁判)で東条元首相の弁護人を務めた清瀬一郎氏が法務省に寄贈した裁判資料の中にあり、99年に同省から公文書館に移管された。メモを打ち直したとみられるタイプ版も含まれていた

メモ本文抜粋
8月14日
赤松大佐へ
一、・・・国民の難きを忍び、皇軍将士の神国日本の不滅を信じつつ、大義に殉ぜる犠牲も遂に犬死に終わらしむるに至りしことは、前責任者としてその重大なる責任を痛感する処、、陛下は元より列代皇祖皇宗の御遺霊に対し奉り、申訳なき次第なり。・・・

二、事茲に至りたる道徳上の責任は、死を以て御詫び申上ぐ一点丈(だけ)、今日、余に残る。而して、其の機は今の瞬間に於ても其の必要を見るやも知れず、決して不覚の動作はせざる決心なり。犯罪責任者としていずれ捕えに来るべし、その際は、日本的なる方法によりて応ゆべし。・・・陛下が重臣を敵側に売りたるとのそしりを受けざる如く、又、日本人として敵の法廷に立つ如きことは、日本人として採らざる処、其の主旨にて行動すべし。・・・

 鍵は、上記文字。これまで検証したように、東條家は接収されてもぬけの空。当然抑留以前のメモ、ましてや日付が連続したメモなど皆無は常識。直筆であれば、弁護人清瀬一郎と接見以後に書かれたものである。内容については鉛筆なので、改竄は容易、筆跡鑑定後に検証が筋道だろう。仮に上記8月14日のメモを真筆として検証してみても、犯罪責任者は東京裁判の呼称であり、当時は開戦責任者。また陛下が重臣を敵側に売りたるとのそしりを受けざる如くは、まったく新規な自決理由である。自殺未遂以前の家族への発言、未遂後の発言にも、処刑直前の最後の発言にも無い。しかし、主君を守るという臣のつとめも果たさず、先に自決する理由としては八方丸く収まり、実に的を射た自決理由であることは確かだ。私も色々推考したが、思いも付かなかった・・・。当事者でなければ成し得ない、実に臨場感溢れる自決理由である。なぜ自決理由として真っ先に発言しなかったか。「当時は、思いつかなかった」。なぜ最後の発言にもなかったか。それは、陛下を自決理由の引き合いに出すことに、抵抗を感じたからだろう。自決理由の二転三転は、何を語るか。抑留当日の自決は、自決理由が見つからないほど、整合性皆無の自決、犬死に無駄死に、を意味する。自決理由の二転三転は、東条英機抑留当時自決理由皆無、故に自決する気などさらさらなかった、を物語って余りある。つまり、自決ではなく撃たれた、が導き出される。

 それにしても日本の自称作家の資料無検証脳天気ぶりには、呆れるばかり。疑問皆無で下記の如し、全く論理回路が無い。

 『東条英機と天皇の時代』を書いたドキュメンタリー作家の保阪正康氏は、「このメモは、戦争を主導した人物の視野がどれほど狭かったかを如実に物語っている。日本が、東条英機の考えどおり戦争を続けていたら、想像に絶する惨禍にあっただろう」と指摘した。東亜日報

 昭和史に詳しい作家の半藤一利さんは「終戦直前の手記が公になるのは初めてで、価値がある。終戦間際の揺れる思いがよく分かり、戦況の不利を国民や当時の指導者のせいにする本音が表れていて面白い。終戦直前まで、東条は軍人として戦争継続をあきらめていなかったことは意外だった」としている。読売新聞

 東条元首相に関する著書があるノンフィクション作家の佐藤早苗さんは「東京裁判中の手記は明らかにされていたが、終戦前のものは聞いたことがない。感情をあらわにした表現もあり、当時の政府幹部が終戦に傾いていくのを、裏切られたような気持ちで見つめていたのではないか」と話している。読売新聞

無検証で猿真似し追随する猿集団ジャーナリスト。

なぜあそこまで戦い続けたのか-まるごとオブザーバー

livedoor ニュース - 東条元首相の手記発見・・・なぜこんな人物が指導 ...

資料無検証のこんな輩を識者と称し重用し、証言させるのがNHK、TV朝日、TBS、日テレ、朝日、毎日、読売、日経の工作員、詐欺犯日団だ。工作員のヨイショで識者と自惚れ、詐欺本販売金儲けの輩と、子孫のため、手弁当で必死に検証のネチズン、対比が余りにも際立つ。

 例のごとく、子孫と称する無検証仮想現実界、日本蜂起軍を悪口雑言である。鵜呑みし洗脳された被害者が、ネット上でまた蜂起軍愚弄だ。鵜呑みせず、立派な親から授かった頭脳、現実界の常識で考えればすぐ分かることなのだ。民主主義は主権在民、民の愚民化は亡国。愚民化の元凶は無検証仮想現実界。無検証仮想現実界は、己の手足を食って生きながらえている蛸だ。覚醒せよ!!!。 

 2008年終戦の日に合わせたような報道、覚醒を妨害する工作員が裏で動いている。今回指示した人間は、間違いなく工作員である。真実史観

詳細は当ブログ内下記へ
東條英機真実解明こそが大和日本隆盛起点戦後60年間誰もが忌避


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Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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