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真実史観を子孫へ!スパイ捏造史破壊大和九九年戦争適者生存史

歴史は線!点丸暗記丸鵜呑みは亡国!植民地独立付与宣言を考え一億総歴史家へ!転載可要出自記載
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真実史観Ⅰ日本よ何処へ資源無き小国島国今そこにある滅亡の危機


現代は有限化石燃料上の楼閣である。化石燃料の頂点、盛りは過ぎた。もはやF1の時代ではない。資源無き小国島国日本よ!いずこより来り、今いずこ、そしていずこへ。・・・
 戦後のWGIP洗脳、点(結果)教育と、実体験や、線(原因、過程検証)無き丸暗記教育は日本人から思考回路を奪った。職責者仮想現実界は、63年経ても未だに無検証で先人罵倒、工作員の巣だ。そしてなんと、自給必須の食料まで輸入に頼る始末だ。資源無き小国日本、自給皆無。仮想現実界の脳天気ここに極まれリ。仮想現実界委託は日本必滅である。

このままであれば資源無き日本、子孫の未来は無い。人類は、物づくりと燃料と政治で隆盛を遂げた。資源無き小国日本、物づくりと燃料と政治の原点に回帰し、工作員の巣窟仮想現実界を破壊革新し、迫る日本危急の日、一丸と化し、脱化石燃料に邁進しなければ亡国は必然である。くだらん工作員ごときに振り回されている場合などではない。人類隆盛の源、物づくりと燃料と政治の歴史を振り返り、日本の指針はいずこへ、か、たどってみよう。

今、生きてここに在る。それは、生命誕生のその日より、一度も分断されず、連続しているからだ。真実史観

現代までの物づくりと燃料
 大地溝帯により西アフリカの密林が草原に変化。草原に立った人類は地球探査の旅に出た。15万年前の事である。直立で手が解放され指が解放された。進化の始まりである。

 旧石器時代とは3~200万年前~1万年前までが該当。日本では縄文時代以前の時代で、無土器時代。狩猟、採集、漁労、で食糧確保。狩りの時代(自給自足)。火の利用と、食糧採取のための流浪の時代。燃料は木。物物交換。

 新石器時代とはメソポタミヤでは紀元前6750年~3500年頃までが該当。言葉が生まれ農耕や牧畜の技術を口伝し定着した時代。日本では縄文時代(紀元前1万年~前4世紀)以後の時代に該当。農耕、牧畜が主となり、食糧生産が開始された。物づくりの時代(分業)。シュメール文字紀元前3100年頃にメソポタミヤ南部で発生した。漢字は紀元前1500年頃中国で発生し、日本には1世紀頃伝来した。土地に定着し、食糧生産(物づくり)した時代。君主誕生、君主主義時代上意下達。燃料は木。物物交換。

 狩りの時代(自給自足)が300万年続き、わずか1万年前に物づくり(分業)が始まり現代に至っている。物づくり(分業)が現代を成したといえる。親族だけの狩猟採集流浪生活から、共同作業の農耕牧畜の親族プラス親族の大集合体となり定着し、分業が始まった。旧石器時代から新石器時代への扉を押し開いた動力は、言葉の誕生と、真実への探究心が萌芽しての分業化と、口伝により引き継がれた物づくりの技術である。更に文字が誕生し、物づくりの技術真実の継承と流布に拍車をかけ、分業化が進み、急激な発展を成し遂げる原動力となった。分業従事者の分業が更に細分化。

分業化が大航海にも耐える帆船を生み、11世紀末以後中国伝来の羅針盤の改良を促進し、大航海時代となる。

15世紀から17世紀前半にかけて、海洋国スペインやポルトガルを中心に、ヨーロッパ人が新大陸新航路を発見し、活発な植民地活動を行なった時代。15世紀末からイギリス、オランダ、フランスが主役となり、17世紀半ばにはイギリス、オランダが二大勢力として対立、ここで大航海時代(新発見)は終わり、征服者同士の戦いとなる。

政治形態上意下達。君主政治。貨幣経済。王と王との適者生存戦争。

ワットの蒸気機関発明が産業革命を、資本主義(会社)を生み、現代の基盤となった。
 ワットの蒸気機関発明が、急激な発展をもたらした。火の利用を蒸気の利用へ、そして自動機械へ。燃料は木から化石燃料石炭石油へと変化。そしてこれまでの君主世襲武力社会に取って代わり、誰でもが挑戦出来る資本主義誕生(凶産党は、資本家労働者と、絶対対立しているかのように捏造する。がしかし実態は、資本家になりたくて努力し資本家に成った者と、資本家志向など格別に無く、労働に意欲を持つ者で、資本家か労働者かの選択は、国民が自由に選択できる)。君主制単一国家が、資本主義(会社)連合国家と成り、民主主義、主権在民への道が開かれた。

外燃機関蒸気機関内燃機関発電機の発明
 17世紀末~18世紀初頭に鉱山の揚水機として、1690年フランスのパパン、1698年イギリスのセーバリーなどにより構想されたものを元に、1712年まずイギリスのニューコメンが大気圧機関を実用化、完成させた。1775年イギリスのワットはこれに数次の発明改良を加え、蒸気圧力でピストンを押す蒸気機関を発明、1782年にさらに回転運動への変換機構、調速機などの発明により汎用原動機蒸気機関を完成させた。1882年エジソン火力発電。原動機の発明が発電事業を生んだ。近代文明の開化である。

内燃機関の発明はフランスのルノアール。1860年内燃機関の実用化に成功。自動車時代現出。人類進歩の動力源は正に実事求是であることを物語って余りある。

世界の人口増加状況と実事求是の物づくり(マイペディア百科事典)

1650年     5億人 

   200年間で5億人増加  一年間に250万人増加

1782年 イギリス、ワットの蒸気機関から化石燃料時代開幕。石炭。

1850年    10億人

1860年フランスのルノアール内燃機関の実用化に成功。石油。

1881年アメリカ電灯事業開始ニューヨーク

1882年エジソン火力発電

1883年日本電灯事業開始東京電灯

1887年東京電灯蒸気式火力発電

1890年蒸気式火力発電日本足尾銅山などで行なわれた。

1891年アメリカ、ウエスチングハウス社が初の本格的な水力発電所完成。

1892年日本、蹴上げ発電所完成、本格的な送電開始。

100年間で15億人増加 一年間に1500万人増加

1914年7月第一次世界大戦WW1

1939年9月第二次世界大戦WW2

1941年12月大東亜戦争

1950年の第15国連総会「植民地独立付与宣言」植民地を保有することを不法行為であると宣言。

1950年    25億人

20年間で10億人増加 一年間に5000万人増加

1970年    35億人

17年間で15億人増加 一年間に8823万人増加

1987年    50億人

12年間で10億人増加 一年間に8333万人増加

1999年    60億人

物づくりと燃料
 直立歩行で手が、そして指が解放され、真実の探求物づくりが始まった。言葉と文字が真実を伝承し継続、更に物づくりの分業化、そして火と化石燃料の発見利用が拍車をかけ、飛躍発展を遂げた人類。

 分業社会の物づくり業においての手抜きや捏造は、穀物は育たず、動物は死に絶え、やがて分業社会そのものを滅ぼすことになる。1万年もの間滅びもせず、急激な発展を成し遂げられたのは、言葉と文字が真実を伝え、手抜きや捏造がなかったからに他ならない。分業は皆真実でなければ成立しない。分業社会物づくり業の根幹は真実で、言葉と文字の真実の継承で流布がなされ、実事求是の物づくりで今日の繁栄があるのだと言うことを、けして忘れてはならない。

大航海時代が食民治主義を助力したが文明の流布もした。蒸気機関の出現が、イギリスの産業革命を起こし、民意主導の資本主義を生み、新たな内燃機関を誕生させ、食民治主義をさらに助勢し、WW1、WW2、大東亜戦争、原爆も生んだが、同時に、文明の流布もし、人類の繁栄を促進した。上記の人口増加は、これを物語っている。

実事求是に基づいて人類は進歩した。食民治主義は生命体の適者生存の本能である。生命体の適者生存を経て人類の今がある。1960年以前は合法なので、食民治主義の善悪判断は論外。史実も、実事求是に基づいて人類は進歩したので、当然実事求是に基づかなければならない。捏造は、人類の滅亡を意味する。史実捏造犯日国家に対して当事国日本は、毅然と史実を反論する責任がある。当事国日本が実事求是に基づかなければ、人類滅亡の起因となる。戦前否定では無く、戦後の仮想現実界を否定すべきが常識だ

 石油を燃料とする内燃機関が発明され、近代化は更に促進された。化石燃料も石炭から石油へ代わり、原子力の活用の現代となる。現代は、有限の化石燃料を基盤に成立している、有限化石燃料上の楼閣である。

分業は繁栄をもたらしたが、同時に急激な細分化が、人間を無思考の歯車にする分業病をも生んだ
 産業革命の急激な発展は分業の急激な細分化を促した。結果人類の思考が追いつかず、生命体の原点(物事にはすべて禍福がある)を喪失、目前の五感だけで考える部分思考の歯車と化す分業病(検証思考無く鵜呑み、禍福思考喪失し、福のみ選り食いつまみ食いの無道理思考)に感染した。目先の美味しいものには禍福無思考で、すぐ飛びつくので、洗脳されやすくなった。アメリカの大統領選は、好物ぶら下げ選挙、日本も撒き餌選挙、分業病は重症で、主権在民の唯一の弊害、主権愚民化で、民主主義崩壊寸前である。

現代までの政治と経済

旧石器時代(食糧採取のための流浪の時代)の政治は、族長中心の上意下達。族長と採取者。経済は、物物(有限)交換。

新石器時代(日本では紀元前1万年~前4世紀の縄文時代)は、言葉が生まれ農耕や牧畜の技術を口伝や書で伝承し定着した時代。政治は、王と役人からの上意下達。王と役人と物づくり集団。武力が王の要素。経済は、貨幣と物(有限)交換。

現代の経済は仮想界資本主義の暴走
 物や金銀貨幣(有限)と物(有限)の交換から、紙幣(無限)と物(有限)の交換となり、そして紙幣(無限)と株(無限)の交換、無い物を売買するようになった。物(実物)と物(争乱時でも金銀)の交換、現実界資本主義から逸脱、紙のお金(平和時はお金だが、争乱となればただの紙屑)が一人歩き、仮想界資本主義の暴走が始まった。

日本の土地が有限なのを無限とし、無限に金を貸し(金の流れ過ぎ)バブルとなった。日本バブルも仮想界資本主義暴走が原因。政府が楔を打たなかったから、銀行(金所有)が不動産屋(物所有で金無し)となって崩壊。

理系(有る物を売る)が文系(無い物を売る)になった資本主義暴走。今回のリーマンショック(リーマン・ブラザー破綻)も実体の無いものを買っていた。物が無い真実に気付き、買うのを止めた(金の流れが止まり恐慌)だけのことである。物々交換に戻っただけである。仮想界資本主義が暴走し現実を逸脱、無いものを売り出し、踊らされた人々が値段を吊り上げたが、物が無いことに気付き止めたのだ。無いものを売る(空売買)を制限しないからこうなった。資本主義の欠点空売買だ。空売買制限は資本主義の暴走となり、(仮想界無限資本主義)が、健全な現実界有限資本主義真実を破壊し、亡国となる。

資本主義は投資し、物を生産、物を紙幣と交換、利益を配当として受け取るのが本来の姿。ところが、物(有限)と金(有限貨幣や紙幣)ではなく、紙幣(無限)と投資権利株(無限)の交換に狂奔するようになり、現実界資本主義から逸脱した。紙幣は物の代替品、の原則から外れたものはただの紙、紙幣ではない。

金の流れが止まれば恐慌、流れ過ぎればバブル全ての元凶は、物々交換の原点逸脱、仮想界資本主義売買制限にある。物の代替品無き単なる紙のゲームから原点に回帰し、革新すべきだ。このままでは仮想界資本主義が、現実界資本主義を滅ぼし、戦争を招き、やがて人類を滅ぼす。嘘が、空が、人類を滅ぼすことになる。

 現実界至上、仮想現実界物の代替品無き紙幣()至上。人類隆盛の源は、真実。真実探求、真実伝承を成してきたから今がある。真実隆盛、捏造必滅。空売買無制限は必滅。

現代の政治構造

政治構造は、民意下達の民主主義(指導者選択可)と上意下達の凶産主義(指導者選択不可)の二つ。

民主主義民意下達指導者選択可

会社集合国家(会社=転職可)

国民主権の民主主義。私有財産可、国家財産共有。だれでも資本家になれる資本主義が基盤で、資本家の会社(社会主義共産主義)が集合した国家。分業化し集合体での物の生産。金力秀でる者が各会社の指導者(経営者)。金力が会社経営者の必要条件である。

仮想現実界(公務指導者、公務員、報道業)と、現実界(物づくり業)で成り立っている。経済は、紙幣と物の交換。民意下達であるが、民、愚民と化し、暗愚指導者選択すれば滅亡。国家存亡の鍵は国民の民度が握る。民意下達民主主義国家での国民の無知は亡国。

凶産主義(邪会主義)上意下達指導者選択不可

管理者と労働者に大別される単一国家(単一会社=転職は亡命以外に無い)

産主義会主義は、私有財産否定財産共有。国家が資本家で、労働者の国民と支配者の二階級の差別格差国家。単一国家=単一会社。生涯階級に呪縛され、管理され、封殺される自由無き束縛国家。

スポーツ選手でも、物づくりでも、オーケストラでも普段は平等である。がしかし、いざ集団行動となった場合は、指導者(指揮者)と指導される者(部下、兵士、演奏者)に大別されるのが、開闢以来蟻でも蜂でも変わらぬ、生命体分業の原理である。

 この生命体不変の
分業の原理を、産主義は、指導者を搾取する者(加害者)、指導される者を搾取される者(被害者)と換言し、針小棒大に捏造(小林多喜二の蟹工船などのプロレタリア文学は、全てこの手法である。

 日本は当時も自由、過酷であれば皆辞めて蟹工船など歴史には残らなかった。蟹工船が歴史に残ったという事は、皆辞めなかった。
搾取ではなかったことを証明している。

 物事には全て禍福がある。福を隠蔽、針小の禍を棒大に叫ぶのが産主義である)。

 集団行動必須の原理、指導者を、搾取する者(加害者)と捏造し、
格差破壊平等の美称の下に、指導者破壊を産主義のスローガンとした。

 
産主義者スターリン、ポルポト、毛沢東、金日成等の有識者殲滅は、これが起因だ。産主義者の唱える格差破壊平等は、史上最悪の捏造美化標語である。

 
産主義の実態は、独裁者(搾取する者、加害者)上意下達の絶対服従命令で、24時間、生涯、管理階級に呪縛され搾取され(被害者)続ける史上最も過酷な不平等社会である。

 転職は
亡命でしか果たせない。唯心(宗教)否定唯物主義。産主義会主義は唯心(宗教)否定唯物(賄賂)主義、唯一神教の宗教でカルト教である。捏造プロパガンダ凶産教カルトは捏造が党是で、都合が悪いものは皆捏造する。その証拠に、産党は宗教を弾圧する。競争相手だからである。

マルクス経済学者は屠殺しないでも肉を食えた裕福な方々の理論である。仮想現実界の絵に描いたキャビヤである。ただでキャビヤが食えると宣伝。ただほど高いものは無い。美化標語をまくしたてる詐欺師と被害者が、産主義会主義の実態である。

多種多様なのが人間、凶産教の単一思考には、当然無理が生じほころびるのは当然である。ほころびればすぐ捏造、凶産教は捏造の歴史である。

 
凶産主義は国民を常時戦時下の恐怖に置き、単一思考に洗脳し上意下達、唯心無き唯物のため、生命を物と見なし、命を物の如く破壊する唯物教である。

 独裁国家以下、人類最悪の
カルト政治である。国民は皆、共産は凶産なのに覚醒し、民主主義(共産主義集合国家)に転じ凶産カルト主義消滅。捏造亡国は世の習い、歴史が証明している。

主な凶産カルト主義からの独立国

1989年ポーランド凶産主義放棄

1989年ルーマニア凶産主義崩壊

1989年チェコスロブァキア凶産主義崩壊。93年チェコスロブァキア分裂。

1990年ユーゴスラビア凶産主義解体

1990年東ドイツ凶産主義崩壊

1991年8月ウクライナ凶産党独裁放棄

1991年12月25日1922年からのソ連凶産主義崩壊、ロシアとなる。

1991年モンゴル凶産主義放棄

1993年チェコスロブァキア崩壊

凶産主義は捏造主義である。物づくり同様現実界にそぐわない捏造が教是の凶産教は、滅亡。捏造は滅亡と、歴史が語った。政教分離の現実界の史実に基づき排除。

現代日本の国家の構造
NHKは国民の受信料。日教組、公務員、議員は、国民の税金。報道業、売文業、宗教は国民の購買や寄金。現代日本はこのような現実界創造の温室=仮想現実界現実界で成立している。

集団の増大とともに物づくりと、物づくりを管理補助する仮想現実界とに分離。君主主義時代は上意下達の管理。

民主主義時代の仮想現実界も、物づくりが円滑に運ぶように現実界が創造し委託した。主権在民の民主主義下では現実界の補助が、界本来の仕事である。よしんば温室界なくても、現実界は成り立つ。現実界が主で従が温室界なのは明白である。主権在民民意下達の、民主主義時代の職業にもかかわらず、君主主義時代の上意下達がまかりとおり、あらゆる弊害の起因となっている。

現実界無知の温室思考と温室史観
 戦後63年間現実界は史実に従い真実を探求し、ひたすらまい進し、反映を成した。しかるに、温室界は現実界がもたらした繁栄にうつつを抜かし、63年間助力もせず検証もせず温室思考、捏造教育捏造報道の温室史観で足を引っ張り続け、根幹の現実界道理を喪失し、今では工作員の巣窟と化し土台の現実界を壊滅しようと画策している。温室界は現実界が創造し、委託した世界だ。温室界の分母は現実界。現実界が消えれば当然温室界など消滅。温室界単独の世界など皆無。今の日本の温室界はこの道理を喪失し、検証もせず職責放棄、狂乱の坩堝である。

大東亜戦争はWW2とは異なる。WW2がナチス・ドイツ、イタリア食民治主義と、欧州食民治主義、ソ連凶産食民治主義との征服者同士の戦争。大東亜戦争は世界征服連合国(欧米食民治主義、ソ連凶産食民治主義)との虐げられし弱小国のレジスタンス戦争。1939年8月23日、征服者ナチス・ドイツとソ連の、独ソ不可侵条約の条項によって、征服され分割されたポーランドのワルシャワ・蜂起や、ワルシャワ・ゲットー(ユダヤ人街)蜂起と同じ。征服者との戦いなので、老人女子供一丸の戦いとなった。

1941年9月27日(昭和十六年) 日、独、伊の三国同盟は、敵の敵は味方、戦国時代の常套手段。日本の戦国時代でも、数多ある。同盟だからと言って、主義主張が同じでは無い。日本は同盟国ナチスに虐げられしユダヤ人やポーランド人を、戦時下に助けたのは史実。戦勝国は侵略征服者の負い目払拭のため、ナチス・ドイツと同類の侵略者として東京裁判で裁き、WGIPで侵略者日本、ヒトラー=東條英機と洗脳した。占領軍はWGIPで歴史を真逆に書き換えた。

温室界の捏造

昭和20(1940)8月15日年終戦。占領した米軍WGIPで洗脳開始。

江藤淳著『閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本』文藝春秋文庫
・・・それは、とりもなおさず、「ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム」の浸透であった。『太平洋戦争史』は、まさにその「プログラム」の嚆矢「こうし(はじまり)」として作成された文書にほかならないからである。歴史記述をよそおってはいるが、これが宣伝文書以外のなにものでもないことは、前掲の前書を一読しただけでも明らかだといわなければならない。そこにはまず、「日本の軍国主義者」「国民」とを対立させようという意図が潜められ、この対立を仮構することによって、実際には日本と連合国、特に日本と米国とのあいだの戦いであった大戦を、現実には存在しなかった「軍国主義者」「国民」とのあいだの戦いにすり替えようとする底意が秘められている。

 これは、いうまでもなく、戦争の内在化、あるいは革命にほかならない。「軍国主義者」と「国民」の対立という架空の図式を導入することによって、「国民」に対する「罪」を犯したのも、「現在および将来の日本の苦難と窮乏」も、すべて「軍国主義者」の責任であって、米国には何らの責任もないという論理が成立可能になる。大都市の無差別爆撃も、広島・長崎への原爆投下も、「軍国主義者」が悪かったから起った災厄であって、実際に爆弾を落した米国人には少しも悪いところはない、ということになるのである。

 そして、もしこの架空の対立の図式を、現実と錯覚し、あるいは何らかの理由で錯覚したふりをする日本人が出現すれば、CI&E(民間情報教育局)の「ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム」は、一応所期の目的を達成したといってよい。つまり、そのとき、日本における伝統的秩序破壊のための、永久革命の図式が成立する。以後日本人が大戦のために傾注した夥しいエネルギーは、二度と米国に向けられることなく、もっぱら「軍国主義者」と旧秩序の破壊に向けられるにちがいないから。・・・

江藤淳真実探求に励み、真実を導き出した。肩書き愚人蔓延る同世代に、江藤淳という崛起した日本人がいたということを、我々子孫はけして忘れてはならない。

投降は、投降勧告が敵よりあってはじめて成り立つ。投降勧告が無いのに、白旗揚げるのは犬死に行為である。

 ABCD包囲網での宣戦布告を、米国民や議会に隠蔽、ルーズベルトは報復戦争を画策し、リメンバーパールハーバと扇動した。これが起因となり、多くの米軍は報復戦争とし、殲滅作戦をとったため、捕虜はとらず、日本軍は皆殺しにされた。

 大本営は、米軍の皆殺し作戦で全滅と、戦意喪失報道はできず、戦意高揚のため玉砕と報道した。

 戦後の迎合温室界マスコミは、米軍皆殺し作戦を隠蔽し、日本軍は一銭五厘の赤紙で国民を召集し、先陣訓で降伏禁止と教育、兵士は降伏も出来ず玉砕、無駄な戦争で玉砕と美化され、犬死無駄死にしたと、報道した。

 米軍皆殺し作戦、虐殺での全滅を、日本軍先陣訓降伏禁止教育で降伏せず玉砕や、バンザイと叫び無謀な突撃をしかけ、玉砕した皇民化ロボット兵士と、愚弄した。日本軍を、国民をだました極悪軍と捏造、63年間罵倒し続けた。日本蜂起軍への悪口雑言の歴史である。

占領軍のWGIPに迎合した仮想現実界工作員。民主主義国家主権在民での国民の無知は亡国で、亡国の罪となる。
 どこの国にも左右両派がいるしかし国を売る者皆無。唯一日本には売国が美徳と信ずる愚者がいる。売国を糧にする工作員がいる。WGIPはこんな輩を議員や作家や教師や教授や記者にしてしまった。

 板子一枚下は地獄の現実界が日本復興に尽力の時、現実界に庇護され、現実界創造の温室の中で現実を知らずぬくぬくと暮し、自国を貶め売国に励む温室界の工作員。戦後の仮想現実界欺瞞の歴史である。

戦後の教育はWGIPから始まった
 日本は服従を拒否した自由希求戦争(護国、反共、植民地解放、人種差別解放、貿易の自由化)。米国はルーズベルトの謀略戦争で侵略戦争、原爆空爆無差別大虐殺60万人、これがアメリカの負い目だ。この負い目を払拭するため、戦前の有能な指導者をすべて追放し、一つまみの戦前否定の売国奴迎合者を指導者にした。

 敗戦の翌年・昭和21年1月4日、GHQ(連合国軍総司令部)は戦争中の総理を筆頭に、大臣経験者・国会議員・政治・経済・教育・労働其の他あらゆる官公職・言論報道など、中央地方を問わず指導的立場にあった人々を、公職から追放するよう指令を出した、公職追放令だ。 に続く⇒

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真実史観Ⅱ日本よ工作員日教組総評槙枝元文アサヒル本田勝一ナベツネ

真実史観Ⅱ日本よ工作員日教組総評槙枝元文アサヒル本田勝一ナベツネ
 アメリカは一流の指導者を追放し、操り人形マッカーサーが呼称した迎合者12歳の子供、成金私利私欲売国奴を乱造し、歴史をWGIPで捏造、日本国民を洗脳し、愚民にしたのだ。当時の無辜の子供は、一つまみの12歳の子供私利私欲売国奴(NHK、マスコミ、教授、教師、役人)等の餌食となり、否応無く洗脳され、愚民となった。がしかし、当時の成人は、誰も洗脳されなかった(先人冒涜愚民化洗脳が7年間続いたが、戦犯釈放運動で、当時の成人のほとんどいってもよいくらいの四千万人もの署名が集まった)。

 終戦から7年後の昭和27(1952)年に日本が独立した。独立した時点で洗脳を止せばよいのに、なんと私利私欲売国奴は保身のため独立後も洗脳したのだ。まさしく正体は、髄まで腐った正真正銘の幇間、操り人形成金私利私欲愚民売国奴だったのだ。初代売国奴退陣後も、鵜呑み職責者は検証もせず、代々鵜呑みを繰り返し、洗脳を引き継ぎ、日本人を先人冒涜者の愚民にしてしまった。63年後の今も、操り人形成金私利私欲売国奴のクローンとなり、日本国民洗脳を続行している。

公職追放令で戦後のし上がったマッカーサーが呼称した12歳の子供、典型的な無検証捏造鵜人、工作員槙枝元文(まきえだ もとふみ、1920年~(1962年から21年間日教組の委員長、書記長。1976年から1983年まで総評議長を勤めた)。戦前1940年岡山県にある青年学校(小学校卒業の勤労青少年に、実業、普通および軍事教育を2年間行った学校)の教師を勤めた。1942年から終戦まで召集され、札幌にある陸軍の北部軍司令部の憲兵隊で犯罪捜査、思想弾圧にたずさわる憲兵将校。終戦後1946年同校に帰任。戦後は戦前全否定のマルクス・レーニン主義者に変身して労働運動に専念し、日教組の活動家として迎合。尊敬する人物は金日成北朝鮮を礼賛し、1991年(平成三年)には、北朝鮮から国際親善賞1級の勲章を授与されている。著作「チュチェの国朝鮮を訪ねて」では、非現実社会を疑うことなく礼賛している。こんなおろかな12歳の子供愚人工作員が、戦後の教育者、日教組の委員長書記長、総評議長を勤めたのだ。独立後も迎合し続けた者は、皆同罪売国奴だ。

日本兵横井正一軍曹と小野田寛郎少尉の帰還報道のマスコミ
「恥ずかしながら生きて帰りました」グアム島で28年間潜んでいた横井正一軍曹、日本帰還第一声がこの言葉だった。マスコミは「恥ずかしながら生きて帰った」と言う発言に対し、戦陣訓「生きて虜囚の辱を受けず」という部分を摘み食い、戦陣訓に28年間呪縛されていたかのように報道し、極悪日本軍と貶めた。この言葉はこの年の流行語にもなった。

「戦陣訓」は、工作員事典Wikipediaバンザイ突撃「戦陣訓において生きて虜囚の辱めを受けずと示されたように、太平洋戦争時の日本軍は無降伏主義採用しており、・・・」のように工作員に捏造され、軍命犬死無駄死にした馬鹿兵士馬鹿市民呼ばわりされ、日本軍日本人、愚弄の標語にされている。軍人勅諭にも、軍法にも降伏禁止の記載皆無虜囚は罪過を犯し日本国に囚われた囚人が本意。「戦陣訓」詳細は当ブログ内下記参照。
生きて虜囚の辱意味戦陣訓真実囚人を敵に捕まると63年間捏造仮想現実界


 戦時下の大本営発表や報道は、戦意高揚が第一目的であることは古今東西万国共通である、日本に限ったことではない。戦時下戦意喪失報道した国など史上皆無。故郷や国は兵士を鼓舞し送り出すのは世の習い、横井軍曹も奮起の激励で送り出されたが、敗戦逃亡の帰還である。日本の皆さんの期待にこたえられず戦争に負け、戦友は死んだのに私は恥ずかしながら、生きて帰ってまいりましたすみません」は、故郷や国の期待にこたえられなかった敗戦の兵士の、本音であり、戦陣訓など無関係、他意なし。現代でも、メダル候補のオリンピック選手が期待にこたえられず帰国する姿が物語っている。故郷や国の期待を一身に受けた者が、敗者としての帰国である、敗者、言い訳せず無言が一番。無理に選手に問えば、異口同音に同様に答えるだろう。

2年後、フィリピン・ルバング島から小野田寛郎少尉が30年振りに帰還した。小野田少尉は、靖国神社への参拝と、戦死した部下や戦友の墓参りを最優先した。小野田少尉は任務を果たし、上官の命令で投降し帰還した。小野田少尉に敗者の言葉無し。両兵士の違いは、任務未完了者と完了者の違いである。

無知の典型週刊金曜日永六輔と日本洗脳反日協会NHK
 「靖国の母っていうのは、息子を戦死させた母親でしょう。その母親たちが戦争反対運動をしたのかと思ったら、してないんですね。息子を殺されて、戦争反対を叫ばない母親たちがいたんですねェ。不気味な言葉ですね、靖国の母って」「週刊金曜日『無名人名語録』永六輔1987」

NHKと永六輔の捏造。童謡「七つの子」は朝鮮人強制連行された人たちの思いを歌ったもの。

永六輔が平成15年2月、NHK教育テレビ「人間講座」「人はなぜ歌うのか」において述べた、野口雨情作詞「七つの子」に関する発言。

七つの子』は朝鮮の人々を内地に強制連行して炭坑で働かせたが、炭塵にまみれて真っ黒だったので、カラスと呼ばれていた。この人たちの『早く故郷に帰りたい』という思いを童謡という形にして書いたものだ。この話は雨情の弟子筋から聞いた」と永六輔が発言。

 「七つの子」が大正十年の作であり、一方朝鮮半島から朝鮮人が戦時徴用されたのは大東亜戦争末期(昭和19年9月で、徴用兵訓練途上で敗戦のことである。「弟子筋の話」というのは、根も葉もない永六輔の捏造である。永六輔の発言をただ放送しただけと、言い逃れを用意し、捏造を承知で垂れ流す日本犯日洗脳協会NHKは、腐ったゴミだ。腐ったゴミは捏造伝染病の巣。至急焼却が必要。

美濃部亮吉(東京都知事)
金日成首相会見記 「世界」 1972年2月号 (1971年10月平城訪問)

・・・わたしは、お世辞で言うのではなく、キム・イルソン首相の指導されておられる社会主義建設にまったく頭が下がるばかりで、感心しています。

・・・私と一緒に来た小森君(小森武、都政調査委員会常務理事)とも話したのですが、資本主義と社会主義の競争では、平壌の現状を見るだけで、その結論は明らかです。我々は、資本主義の負けが明らかであると話し合いました。

・・・このような立場にたっている私としては、貴国で進められている社会主義建設の早いテンポには非常に尊敬の念を抱いてきました。

・・・社会主義、とくに朝鮮民主主義共和国をうらやましく思います。

訪朝後1972年に全国の都道府県の中で先駆けて朝鮮総連など、北朝鮮に近い立場の関連施設の固定資産税を免税にしているほか、朝鮮大学校を各種学校として認可している。朝鮮総連を当時の美濃部亮吉東京都知事が「外交機関に準ずる機関」として認定して以来、多くの自治体が朝鮮総連の施設を事実上の外交機関や公共施設に準ずるものとした。

大江健三郎(愚条の害)史上唯一のノーベル贋賞『あいまいな日本の私』(大江が世界各地で行った9つの講演の記録)大岩波新書(1996)

・・・日本人は原爆を投下させるような戦争を起こした国の人間としての反省を、このように文明的に大きい規模で行ってきたでしょうか。

・・・広島、長崎のあの大きい犠牲を償うのは私たちなのだ。

・・・日本の侵略によってアジア全域にわたって大きい死者が出たのは、日本の帝国主義の「膨張」という「病気」がもたらした「悲惨な経験」だ。

ノーベル贋賞作家大江愚条の害言動。「僕は日本の戦争犯罪を認める」「『あまりにも巨きい罪の巨塊』の犯人は日本軍」「広島・長崎の原爆投下は天罰のようなもの」「広島・長崎の原爆投下は日本人の責任」「中国などにとっては原爆は救世主だった」 「広島・長崎の原爆投下は天罰だ。日本の悪魔の所業に対する当然の報い」「原爆投下は日本の戦争に究極の責任があり、日本人が人類に対する罪を犯した報いだ」「防衛大学生は恥辱」

石原慎太郎都知事芥川賞作家
 ・・・戦前の日本は天皇を神格化して、いまの北朝鮮よりもファナィック(狂信的)だった

・・・あの戦争は軍部の責任。東條英機は絶対に許せない。当時の日本は強権的で今の北朝鮮より酷かった。

渡辺 恒雄(読売新聞主筆)通称ナベツネ
渡辺会長は2006年02月11日(現地時間)、発刊されたニューヨーク・タイムズ(侮日東京支局長ノリミツ・オオニシ)との週末ワイドインタビューの中での発言。Japan's most powerful media baron(日本の最もパワフルナなメディア男爵)ノリミツ・オオニシ(極端な侮日、親朝鮮で日系カナダ人と称している)にヨイショされての、うぬぼれ成金発言。影の将軍(the shadow shogun.)などと、のたまっている。

小泉首相は軍国主義を称賛する聖地(靖国神社)に参拝していると批判。そして東條英機をヒトラーに比喩しながら「・・・小泉、この人は歴史や哲学が分からないのに勉強もしないし、教養もない」と語り、さらに特攻隊に対して下記のように語った。

「・・・日本の右翼は現在、特攻隊を天皇のための自発的な殉教者として称賛する。しかし、特攻隊員が『天皇陛下万歳!』と叫んで勇敢に喜んで行ったというのは全てうそだ。

・・・彼らは、屠殺場の羊だった。誰もがよろめいていた。何人かは立ち上がることさえできず、運ばれて、機関兵達により無理矢理に飛行機に押し込まれた」

更にナベツネはヨイショされ対談の中で臆面も無くほざいている。

"I think I can change all of Japan,"「私は、私が日本の全てを変えることができると思う」

「スーパーモーニング2006.05.03(水)」での、鳥越俊太郎と渡辺 恒雄・読売新聞主筆の対談

 ・・・東条はヒットラーと同じ、小泉靖国参拝は戦犯が居るからだめ、戦陣訓がだめ、戦陣訓で皆玉砕した、散々殴られたのであの軍隊はだめだった。

日本軍罵倒の槍玉に殴られたがよく挙げられるが、先に殺さなければ殺されるのが戦場で、緊張感無き者は即、むくろ。争い無き生活から入隊した新兵の命を守るために、戦場認識教育最優先は当然である。殴るが最短最良の、戦場認識教育なのは現在でも納得できる。被害者妄想のこんな輩が、仮想現実界読売新聞のトップなのだ。嘘売り新聞といえる

本田勝一(元朝日新聞記者)工作員の捏造宣伝「週間金曜日」編集者。
 捏造本「中国の旅」を書いて、捏造を指摘され「私は聞いた事をそのままを書いただけだ。文句は中国側に言ってくれ」と答えた、無責任記者で工作員『南京への道』『南京大虐殺否定論13の嘘』等の捏造宣伝本で日本軍を愚弄し放題。本田勝一(元朝日新聞記者)は日本人では無い、ペンの工作員兵士である。

土井たか子日本社会党(現社民党)(87年)
 ・・・朝鮮革命と社会主義建設の偉業を輝かしい勝利に導かれ、朝鮮の自主的平和統一、アジアと世界の平和の為に類なき貢献をつくしておられる偉大な指導者金日成主席を私は心から尊敬し、万年長寿を祈り、今後の友誼を願って、私の発言を終えたいと存じます。

昭和62年に北朝鮮を訪れた際にいった言葉。

月刊社会党」誌(参考文献:週刊文春2002/11・13号)

 ・・・私たち日本社会党(現社民党)は、金日成主席の懸命な指導のもとに、朝鮮民主主義人民共和国の人民が社会主義建設でおさめている輝かしい成果を評価します。

田英夫民主党参院議長「月刊社会民主」98年1月号より
 ・・・これは昔の話になりますが、1972年に僕は初めて行って、75年にも一年に二度行ったことがありますが、農村を見せてもらったことがしばしばあります。最初に行ったときに非常に印象に残っているのは、日本の支配時代にはげ山だった山に松を植える。それが青々と育ち始めて、直径二〇センチぐらいの松になっていました。「この根元で松茸がとれるようになりました」と言ったのを覚えている。

日本統治開始時、オンドルの燃料として伐採し尽され山は、はげ山であった。日本統治時代に、はげ山に植林したのは史実。参議院議長民主党田英夫の知識はこんな程度。

小田実(ソ連、北朝鮮工作員、愚条の害、自称作家2002年9月18日『毎日新聞』
 ・・・1963年に日本が韓国との国交正常化に歩み始めたときから北朝鮮とも国交回復していれば、拉致はなかった。

・・・この究明と(拉致被害者家族に対する)国家補償の追及が、国交正常化の第一歩だ。

・・・日本は朝鮮半島を植民地化する国家犯罪を犯した。金日成(総書記)は少なくとも拉致について謝罪したが、日本は従軍慰安婦問題で謝罪も補償もしていない。今こそそれをすべきだ。

・・・日本が国家犯罪を清算せず、国交ができないために、北朝鮮の国家犯罪による自国の犠牲者を生んだ。

辻元清美土井たか子社民党
 
「今まで日本は『北朝鮮のご機嫌を取っていれば、いいシグナルがくる』ってやってきた。それは政官界に『コメ支援をしろ、拉致のことは騒ぐな』とか、北朝鮮の国会議員のようなことを平気で言う人がいたからです。私が警察にいた時も、

北朝鮮関連団体の事件をやったら、すぐ社民党の議員が抗議に来た。こんなばかな党はない。辻元さんも土井さんも、北朝鮮とズブズブの関係ですよ」平沢勝栄衆院議員証言
http://www.yomiuri.co.jp/hochi/geinou/apr/o20020420_210.htm

日本教職員組合編『発展するチョソンと教育』1973年
奥山えみ子【日本教職員組合婦人部長】
「チョソンという国はキム・イルソン一家だ』と私は率直に思った。キム・イルソン主席を父として、すべての人民が一軒の家族のように、ぴったりと呼吸を合わせ、輝かしい未来に向かって。チョンリマのようにかけつづけている。

久保田欣一鹿児島県高等学校教職員組合執行委員長
 「この国の人々が、明るい未来の建設に身も心も捧げ、そしてそのために真剣に世界の平和を願い、日本の民主勢力の発展に期待する心をひしひしと感じ取る。日教組の任務と責任は大きい。5年、10年と経てこの国がチョンリマの発展をとげることを確信し、滞在中に寄せられたさまざまの心づかいに深く感謝して帰途についた」

藤田行雄三重県教職員組合組織部長】
 「各界の指導者が30歳~40歳が中心で若さのあふれた国だけに、10年後の共和国は南半分の統一も含めてすばらしい社会主義国として発展するであろうと確信した」

本間直行【岩手県高等学校教職員組合常任執行委員】
 「チョソンのすばらしい教育に直接ふれ、今のうちに日本の教育の行くべき道を正さねば・・・とも強く感じるのである。ほんとうによい学習の機会を与えていただき感謝にたえない。

槇枝元文【日本教職員組合(日教組)委員長
 尊敬する人物は金日成北朝鮮を礼賛し、1991年(平成三年)には北朝鮮から国際親善賞1級の勲章を授与されている。著作「チュチェの国朝鮮を訪ねて」読売新聞社刊の中では、次のように無検証で鵜呑みし、現実にはあるまじき、非現実社会を疑うことなく礼賛している。こんなおろかな12歳の子供愚人が戦後の教育者なのだ。独立後も迎合し続けた者は、皆同罪売国奴だ。

 「生活必需品はべらぼうに安い。ただも同然である。したがって生活の不安は全くない。だからこの国には泥棒がいない。泥棒とは富の片寄ったところに発生する。この国には泥棒の必要がないのである。泥棒も殺人犯もいないから警察官もいない。交通整理や怪我人のために社会安全員が街角に立っているだけ」。

社会安全員という名の警官が多数存在するのは、社会主義国家の常識、人々の行動や言動を監視し、密告するためなのに、隠して捏造している。

「私は常々一番尊敬している人は、という質問に対して金日成主席と答えてきました」1997年4月10日『朝鮮時報』

 「今こそ主体思想を深めていく事が日本人の重大任務な任務であり」「私達訪問団は皆、社会主義の成功を目の当たりにして熱い感激に包まれて」いて「良識ある日本人は全て偉大なる金日成同志に心から尊敬の念を持っている」1991年 平壌木蘭館にてのスピーチ 「退屈な迷宮」関川夏央新潮文庫

まさに典型的な無検証捏造鵜人、12歳の子供槙枝元文だ。資金源を精査すれば、更に工作員の正体は明白になるだろう。日教組、総評の実態、非現実無検証捏造思考丸見えだ。

 糾弾すべきはこの様な売国奴の輩や、NHK、TBS、毎日、朝日、TV朝日に巣くう金で国を売った輩や、売国奴報道で、護国軍ではない。北朝鮮礼讃集

川田信一郎著「一国の農業は斯くありたい」筆者は72年まで東大農学部の学部長 農山漁村文化協会発行 1985年刊行
 
・・・今日では朝鮮民主主義人民共和国の全国民は、文字通り、白米を「たらふく」食べていている。もちろん、鶏・豚等の肉汁があることはいうまでもない(魚を含む)。

・・・訪ねた村々の農家の屋根はすべて瓦葺きであった。解放直後に建てたという家は小さいものではあるが、瓦葺きであった。最近、完成したらしい二世帯用三階建の農家が、瓦葺きであったことはいうまでもない(いずれも、家賃は無料という)。

清水澄子参議院議員社民党日本婦人会議事務局長朝鮮女性と連帯する日本婦人連絡会代表(北朝鮮に食料などを送っている会)
 強い疑義と憤り覚える私たちは、このたびの朝銀信用組合に対する検察・警察当局の強制捜査に強い疑義と憤りを覚えている。日本経済の不況の波を真っ先にかぶって苦闘している朝銀信組に対して、日本の金融機関には行ったことのない「検査忌避」事由による、職員逮捕をともなうおおがかりな捜査と、これを朝鮮総聯なかんずく朝鮮に結び付けようとするマスコミ報道は、日本政府の戦争政策・朝鮮敵視政策と切り離せない民族差別・人権侵害である。

私たちは民族金融機関が、さらなる同胞の団結力で「ハナ信用組合」立ち上げに向けてこの苦難を超えて再生、前進されることを、日本社会の隣人として友情と連帯の心をもって見守っている。http://www.chongryon.com/japan/bank03-j.htm

WGIP軍対民を63年経ても続ける現代の工作員田原鳥越筑紫
対談田原総一郎×鳥越
 
田原 「では、あの戦争で何百万も死んだ日本人、あるいは中国人。その責任をどう取るのか? やはり、赤紙を押しつけられて戦死した人間と赤紙を出した側とは全く違います。国内法がどうこうではなく、何百万も、
中国を入れれば何千万も死んだ、殺した、その責任は一体誰が取るのか?」

 鳥越 「戦争を始めた人、戦争を指導した人ですね」

 ・・・鳥越 「沖縄では洞窟の中で住民、女性や子供が同じ日本軍に銃殺されました。なぜか。それは東条英機が作った戦陣訓のためだ。生きて虜囚の辱めを受けるなという戦陣訓があったため、鬼畜米英に捕まったら何があるか分からないということで殺された。そういうことが実際に起きているわけです」

 ・・・鳥越 「レイテ島だけではなくガダルカナル島も同じ。ガ島と言われた。ガは餓死のガだと言われたくらいです。インパール作戦もひどいものです。小泉さんとか安倍さんが靖国を語るとき、国のために戦って亡くなった人の魂云々と言うが、僕は聞くたびに違和感がある。なぜなら、(戦死者の多くは)お国のために戦ったのではなく、無理矢理連れて行かれて、本当は生きていたかったのに、本当に無謀な戦争のために死んだ犠牲者だと感じる」

田原 「ガダルカナルには日本の駆逐艦が救助に行くんです。そして、縄梯子であがれというと、途中でどんどん落ちて死んでいく。実際にその駆逐艦で作業をした人から聞いた」

鳥越 「体力がないわけですね。そういう経験をした人は亡くなっていくし、そういうことを語らなくてはいけないという人も数が少なくなっている」

・・・田原 「だから鳥越さんや筑紫さんや僕を含めて、生きて体験している人間が死にものぐるいで言わなくてはいけない」覚醒せよメディア!対談 田原総一朗 × 鳥越

侵略者
 アメリカ軍隠蔽。侵略された故の蜂起戦争を、無謀な戦争軍対民捏造対談。降伏は敵が投降勧告しなければ出来ない。投降勧告がないのに白旗揚げても、殺されるだけで無意味。
 ルーズベルトが兵糧攻めで宣戦布告し、真珠湾を工作、
報復戦争に摩り替えたため、殲滅作戦の部隊が多数を占め、投降勧告が少なかった。
 侵略者
アメリカ軍が殲滅作戦の場合は、全滅するまで戦った。
 戦意高揚が第一目的の大本営は、皆殺し作戦で全滅とは発表出来ず、勇敢に戦って
玉砕と報じた。投降勧告がなされた場合は皆投降している。これが真実だ。
 工作員田原鳥越を起用するのが、アサヒル新聞TV朝日。

自主投降した日本兵捕虜赤十字国際委員会捕虜中央情報局の資料によると、約20万人もいた。

「リンドバーグの衝撃証言」「正論」平成17年5月号
自主投降した日本兵捕虜赤十字国際委員会捕虜中央情報局の資料によると、約20万人もいた。

特攻隊をテロリスト老若男女無差別殺人者)と捏造し報道あざ笑った田原と筑紫とTBS

田原総一郎(中国凶産党)と筑紫哲也(朝鮮凶産党・韓国愚民化政策党)の対談

筑紫 (僕は)テロリストになる覚悟がなかったが、田原さんは自爆テロをやろうと思っていたのですよね。

田原 特攻隊をやろうと思ってた。海軍がいいと思っていた。どう死ぬのか見事に死のうという話になってゆく。怖いですよ。

筑紫 テロの定義は難しいが、国家そのものがテロ国家になってゆく場合があるじゃないですか。

田原 国家の弾圧によって戦争をしたというが違う。僕らは特攻隊に憧れていましたからね。みんながテロへの憧札をもってしまう危険性があるんですよ。

筑紫 少年時代、それこそ非常に端的に言えばテロリストになろうとしていた。 

 平成16年9月23日放送のTBS「NEWS23」(週刊新潮2004年10月14号P145~146に掲載)

 テロリストの相手は、か弱い人民で弱者。テロリストは、老若男女無差別殺人(大虐殺)者だ。特攻隊の相手は軍艦、空母、軍隊、戦争で、か弱い人民ではないのだ。こんな誰でも知っている常識を無視し、捏造し、先人の特攻隊をここまで侮蔑するとは。真の子孫なのか、この二人は。特攻隊=テロリスト常識をくつがえし捏造し先人冒涜報道。TBS「NEWS23」の報道は、正しく現代の「捏造箱」だ。工作員堂々の活躍だ。どうしてこうなったのか。

戦前の教育と戦後の教育
 物事は、突然生じる点(結果)ではなく、必ず線(原因、過程)を経て生じる。人類は火(点、結果)から、なぜ、どうしてと線(原因、過程)をたどり、自然発火の真実を究明し、物づくりで発火器を作り、人工発火を発明した。以後人類は、現象(点、結果)から、なぜ、どうしてと線をたどり多くの真実を究明し、数多の物づくりで急激な発展を遂げた。人類の隆盛を築いたのは、真実探求の実事求是である。現存の生命体は、現象(点、結果)に対応したから生存している。人類も真実探求に励み、真実を究明し現象(点、結果)に対応したから今がある。実事求是は生命体適者生存の法則といえる。 に続く⇒

真実史観Ⅲ地球が泪日本チェンジ仮想界温室破壊団結天人力で建国新日本

真実史観Ⅲ地球が泪日本チェンジ仮想界温室破壊団結天人力で建国新日本
 戦前は、板子一枚下は地獄の戦国時代で、八方が敵、非現実世界温室界皆無の時代である。現実界も仮想現実界も皆実事求是を宗とし、真実を見すえ乖離無し。八田与一、後藤新平、市丸利之助、永野修身、東條英機、高村光太郎等等、官民皆『公』に、死と隣り合わせの現実界に生きていた。弱肉強食の時代、現代のように平和ボケし、非現実な空想世界に遊ぶ時間など微塵も無かった。

戦後の教育は線(原因、過程)を教えない点(結果)鵜呑み丸暗記教育のため、生命体適者生存の法則実事求是を、特に文系は喪失し、工作員に皆洗脳された。
 現実界の常識、道理(物事には全て、原因、過程、結果がある)、が、前述のように温室界は皆欠如している。成長期に現実界の道理も教えず、WGIP知識(結果)丸暗記鵜呑み教育に終止したため、線(原因、過程、検証)、回路を喪失した。入試は暗記力テストのため多く記憶したものが高学歴となり、現実界体験無き実技無き有段者、ペーパードライバーが、そのまま現実界創造の温室仮想現実界へ。教授や教師となった者は代々鵜呑みを繰り返し、さらに拡散した。戦後15年の1950年「植民地独立付与宣言」植民地保有不法行為と禁止し平和が訪れた。この平和が、さらに平和ボケを生み助長した。

こうして実証回路無き文系丸暗記無道理人間が量産された。現実界ではただの録音機が、温室界では、有識者、学歴者、高級官僚として幅を利かしているのだ。結果温室界は、道理無き異界となった。

戦後の知識鵜呑み教育の結果非常識を証明する面々

平沼赳夫と野田聖子議員とマスコミの非常識
 民主主義の根幹は多数決である。決定までは、喧々諤々でも良いが、良かれ悪しかれ多数決で決定すれば、反対した人も決定に従うのが、民主主義根幹のルールである。それでも反対であれば離党し反対すればよい。離党もせず、多数決の決定にも従わず、反対を唱え続けるのは、民主主義無知のルール違反で、民主主義不成立。

 船にたとえると分かりやすい。多数決で決定した行き先に向かい、反対者も共に漕ぐから、舟は進む。決定に従わず、船を漕がないでまだ反対するのであれば、船は重くなり進まない、下船してもらうしかないのだ。再び、乗船したいのであれば、意見は言うが決定には従い船を漕ぐ事を宣誓しなければ、乗船許可は下りない。これが民主主義の根幹のルールだ。

マスコミは貫いた平沼議員、と賞賛しているが、民主主義の根幹無知の他の反対者や、野田議員と同類である。まず離党、次に貫くのが筋道だ。現実界でのルール違反育成は、植物枯死、動物死亡。現実界方針無視は、解雇。民意乖離の国は崩壊。故に小泉首相は解雇した。民主主義の根幹となる、最も基本のルールを指摘しない議員、官、識者、評論家、専門家、マスコミ等々仮想現実界皆非常識だ。

唐突発言と認識出来ない日教組教育の犠牲者

中山成彬前国交省大臣東大法学部卒元官僚
 2008年9月27日に宮崎市内の会合で「日教組は過激な性教育を行い、国旗・国歌も教えず、道徳教育にも反対している。民主党の最大の支持母体である日教組を解体する。ぶっ壊す」と再び発言。

西村眞悟衆議院議員京大卒元弁護士世襲議員
 2002年6月朝まで生テレビで日本共産党所属の国会議員・穀田恵二に対し、「共産主義者は母国が日本じゃない」と発言。

2005年岡田克也代表が小泉首相の靖国参拝を批判した時、「中国(中華人民共和国)の代弁をした奴が総理になれるはずが無い!あんな奴はスーパーマーケットを経営しとったらええねん!」と発言。

ほとんどの文系温室界住人は、無検証丸暗記で知識鵜呑みするため、何故駄目なのか、原因、過程説明欠落。HPにも記載無し。丸暗記鵜呑みのため、原因、過程説明が無い、結果だけの、第三者には理解不能の、このような短絡罵倒発言となる。「愚条の害」や日教組と同類、短絡鵜呑み回路である。

日教組は職責を果たさず無検証で、捏造の歴史を子孫に教えており、しかも、原因過程検証無しの、結果丸暗記洗脳教育である。「戦国時代なので、善悪史観は改竄教育、検証の職責を放棄し、現実界の常識が欠落のため、解体」。共産は凶産教で、捏造が教是のカルト教と歴史が証明したので、駄目。といえば第三者でも理解可能なのだ。肩書き学歴信仰温室界が助長、文系丸暗記教育日教組の成果である。上記二人は戦後の点(原因、経緯の線を教えず、結果のみ丸暗記)教育日教組の犠牲者である。

小沢一郎官直人鳩山等の先人罵倒議員、凶惨党、邪民党、などは論外。覚醒の寸前であるだけ、まだましで、二人の発言は正論である。日教組の極悪教育、原因過程説明脱落に気付けば、瞬時に覚醒する。覚醒したら、「検証回路無かったこれまでの私の唐突発言が、日教組の極悪教育の見本である」と言えば良い。

戦後は1960年から戦国時代ではないので平和ボケ、非現実空想世界が蔓延、温室界を助長、現実との見境が付かなくなった。

文系仮温室界は現実と仮想の見境が付かなくなって、オウムと同類化している。平沼や野田の民主主義根幹破壊の非常識を、追求しない温室界の非常識も説明が付く。現実と仮想の見境が付かなくなって、常識、非常識も分別が付かなくなっているのだ。大江裁判の判決も同類。自決した市民を軍命での自死と、愚者馬鹿者呼ばわりだ。軍人でも無い市民が、軍命で死ぬ馬鹿など史上皆無。現実界常識があれば分かる事だ。

戦争を始めた極悪軍人ではなく、なぜどうして我らの先人はあんな悲惨な戦争を始めたのか、温室界は原点に回帰し、立派な親から授かった己の頭脳で考えれば、すぐ分かる事だ。鵜呑みせず思考せよ。

日本の内憂

日本の危機内部崩壊。主権の国民、愚民と化し亡国。
 板子一枚下は地獄の現実界が、戦後復興しながらの血税で作った温室の中で、温室界NHK、日教組、教授、議員、官僚などは、職責を放棄し、報道界も前述のような有様だ。温室界は実事求是の現実界と異なる異界と化し、現実界助力の役職を放棄し、なんと私有財産巣作りにも奔走、血税納税者現実界との格差は開くばかりだ。温室創造の現実界破壊へと暴走している。役職放棄は、年金格差を見れば一目瞭然、血税払ったものが虐げられている。年金平等が民意の原則である。現在のあらゆる問題は温室界の役職放棄が元凶だ。

 戦中派の議員官僚役人は、現実界と乖離「かいり(そむき離れる)」無く公に励み、復興を成した。これは史実だ。以後の議員が私有巣作りに励み政治は官僚任せ、官僚も私有財産巣作りの天下り先を作り出し、議員官僚皆公から私へ鞍替え、民意から逸脱し、日本の民主主義崩壊。議員は官僚のロボット、官主主義となった。そしてさらに拍車をかけたのが世襲、官僚、弁護士等の温室界議員の乱造だ。今の国会は常識無き詐欺師温室界の巣窟と化している。喜劇役者其処退けの、受け狙いに終始する与野党政治家。受けを煽るマスコミ。いまや温室界は仮想新喜劇一色だ。

民は温室界に63年間も騙され、美味しい餌にだけ飛びつくようになり、現実を直視せず飼い慣らされ、屠殺せず肉を食いたがり、温室界の仮想新喜劇に、やんやの喝采だ。まさに大宅壮一喝破の、総白痴化だ。現実界は禍福の世界、福だけ追えば、過が山積し亡国は必然。民意もだめで、受けで投票の愚民と化した。亡国寸前である。主権在民、民主主義最悪のパターンである。

捏造は必滅、現実界実事求是に基づいた物づくりで、人類はこれまで進歩した。しかるに、凶産主義を始めとする捏造プロパガンダが氾濫し、仮想現実界TVが隆盛し、身のほど知らずの捏造報道で、捏造全盛の時代となった。温室界は職責無き無検証集団と化し、現実界が委託した仕事を果たさず、私有主義の坩堝だ。

平気で嘘を付く者温室界の肩書き住人を、国民は政治家として選択してきた。肩書きが有り高学歴で、嘘を付く者が政治家、ここが間違いの元であった。

現実界分業は真実追及が基幹、分業なので現実界は仮想現実界も当然真実追及が基幹と信じた。しかし余りの先人愚弄に疑義を抱き検証の結果、同胞である仮想現実界がまさか犯日捏造の巣窟とは、晴天の霹靂である。間違えば自滅の現実界や理系は、現実(道理)実証が学問なので、無道理人間とはならない。現実界では無道理人間は自然消滅するので、生存出来ないが、温室界では前述のように無道理人間生存可なのだ。ここに気付かず同胞でも有り分業でも有り、職責を果たしているものと、現実界は信じた。これが間違いの元だった。

仮想現実界は、創造者現実界の助力が職責。職責も果たさず63年間もやりたい放題で、今では職責をわきまえぬ、国民を愚民と見なした読売新聞ナベツネ、主客転倒発言「私は、私が日本の全てを変えることができると思う」まで飛び出す始末だ。

国民は、温室界を明白に判別して認識しなければならない。認識方法は、語る歴史は真実か、捏造かである。戦時下の大本営発表や報道は、戦意高揚が第一目的であることは古今東西万国共通である、日本に限ったことではない。戦時下戦意喪失報道した国など史上皆無。占領下の7年間も除外。

昭和27(1952)年に日本独立以後の温室界の捏造者

報道界 NHK、朝日新聞(TV朝日)、毎日新聞(TBS)、読売新聞(日テレ)、評論家、作家、出版社などの職責あるもの。

公職者 大学の教授、小中高の教師、日教組、議員、官僚、役人、司法界、宗教界などの職責あるもの。

戦勝国は歴史捏造、真逆が真実。国民は、こんなに簡単な戦後を63年間も検証しなかった温室界の似非肩書き、学歴を無視し、録音機など信用せず、戦後の似非知識の衣をかなぐり捨て、立派な親から授かった頭脳でなぜ、どうしてと、原因過程を検証すれば工作員意外誰でも5分で氷解する。国民が覚醒すれば、工作員があぶりだされるので、摘み取れば良い。温室界など、ほんのひと握りだ。ほんのひと握りの人間に操作されているのが今の日本だ。親から授かった頭脳で検証し、民度を上げ、誠の主権在民になる事だ。そうすれば誠の民主主義国家と成り、隆盛する。

こんなに簡単な戦後を検証しなかった温室界は、単なる鵜呑み録音機で実証能力欠如、刻々変化する現代に対応不可能を露呈した。大学、大学院で鵜呑み知識を金科玉条に信じる高学歴者=人間記憶装置は不要、大学、大学院出なくても、学習意欲さえあれば誰でも、古び偏った人間の知識ではなく、知識記憶装置コンピューター、インターネットで、最新の学問を学べる時代である。人間にも記憶容量がある、古びた記憶で満杯、創造検証容量皆無の人間記憶装置は、インターネットの時代には不要、記憶装置はコンピューターで事足りる。

資源無き日本、自給率低下は餓死宣告と同じで、世界のわずかな変動でも亡国となる。日本を存亡の危機に蹴落とした温室界、即刻破壊し革新しなければ、化石燃料危機以前に日本は滅亡する。

日本の外患
 化石燃料がもたらした繁栄危機資源無き小国島国今そこに確実に迫る亡国の日
 英国欧米食民治主義繁栄の起因は英国ワットの蒸気機関である。1769年の英国ワットの蒸気機関から始まった化石燃料時代開幕。欧米の食民治主義世界制覇に拍車がかかる。人類のこれまでの繁栄は化石燃料が成し、現代人類の全ての基盤は有限化石燃料である。

 インド2001年人口10億2701万人。中国1999年人口12億5909万人。世界の総人口の三分の一を占める、中国とインドが勃興し、アジアアフリカが追随し、有限化石燃料消費は、加速した。有限化石燃料枯渇に拍車がかかった。

化石燃料が枯渇すれば輸入はすべて停止、日本は兵糧攻め状態となる。大東亜戦争開戦危急の日にと、まったく同じ状態となる。紙幣紙屑、現物だけが通用する時代となり、各国皆自衛に走り、物輸送の航空機、船舶は停止、燃料は国内消費に限定される。やがて車は全て止まり、そして電気が消え、燃料依存度の最も高い都会はいの一番に被害をこうむる。動くもの全て停止し、もぬけの殻、幽霊都市と化すだろう。資源無き輸入無き日本などは、風前のともし火である。

化石燃料枯渇は1769年の英国ワット以前にタイムスリップとなる。はたして人類は座して死を待つだろうか。適者生存を懸け化石燃料争奪戦WW3となることは、火を見るより明らかだ。燃料争奪戦争の開始である。このままではWW3は燃料戦争となる。しかしたとえ勝者となっても、化石燃料は有限、当然枯渇する。

紛争でも輸入困難となり、同様のことは当然起きる。現代は紙幣経済、紛争でも紙幣は紙屑となる。現在経済(紙幣)大国日本でも、資源無き日本、瞬時に紙屑大国日本と化すのだ。

なんと現実界の常識喪失脳天気の仮想現実界、こともあろうに自給率を極端に落としてしまい、わずかの輸入変動でも日本存亡の危機に瀕する現況としてしまった。平和時の今こそ、緊急に自給率をあげ、危機を回避しなければならない。

もはや化石燃料の時代ではない。有限化石燃料上の楼閣の時代は終った。我々子孫は緊急に覚醒し、一丸と化し備えなければならない。

『天寿を全うする政治』を掲げ日本の内憂温室界破壊革新

主権在民まず国民が、現実界が覚醒し、現実界が主導権をとること。革新順序は国会議員、報道界(NHK朝日毎日読売)、日教組教授。

WGIP、同胞故に信じた仮想現実界、在日や売国奴工作員に、63年間洗脳され続けた我々愚民化国民が選出した与野党議員は、まともな者など少ない。

 「公」に殉じ、戦後復興に尽力した戦中派が退き、現実界が心血注いで築いた戦後の繁栄に、胡坐をかく温室界
「私」に殉じる戦後派が台頭し、私有主義蔓延、官主政治となった。官主政治となり、日本は民主主義、主権在民を放棄した。

 民主主義崩壊、主権在民放棄、日本愚民化国民の象徴が、護国の蜂起軍を子孫が愚弄した三木発言中曽根発言村山談話、河野談話だ。

 蜂起軍を愚弄し、蜂起軍を祀る靖国神社への天皇参拝を輩は妨害した。真実を追究されると無知蒙昧の天皇参拝妨害の首謀者は、さらに嘘の上塗りを重ね、不参拝は戦犯合祀が原因と、証拠能力皆無の紙屑、無検証印象操作文書を乱発した。

 証拠能力皆無の紙屑に無知蒙昧の議員付和雷同、こんな支離滅裂な嘘の上塗り国家は無い。民主主義崩壊責任は与党のみならず、私利私欲のため裏取引で看過してきた野党にも、当然ある。
仮想現実界を同胞故に信じた国民にも、当然崩壊責任はある

日本よ!総懺悔し無知蒙昧の輩を追放破壊主権在民民主主義の原点復興原点日本に帰ろう。

仮想現実界の覚醒なき議員を排除するため、現実界が一致団結、これまでのように、実現不可能な絵に書いた餅、良いとこつまみ食いの、撒き餌は禁止。真実を基にし、禍福を伝え、『天寿を全うする政治』を掲げ、民意と歩む民心党を結党。日本民心党を鼎立し、議員を擁立、自由民主党、民主党から同志を呼び込み、過半数割れに追い込めば、児遊官主党、民欺党と実態が露になる。凶産邪民混迷党は、当然消滅。

同時進行で選挙区世襲議員排除。日本は江戸時代ではない馬鹿殿大名議員不要。

同時進行でスパイ防止法立法。犯日工作員は使えるものを厚遇し工作員にする、厚遇者選別は容易。至急スパイ防止法を立法し、犯日団を、工作員と、洗脳され愚民化した良民とに大別し、温室界諸悪の根源、工作員排除。同時進行でNHK受信料任意、朝日毎日読売不買、TV朝日、TBS、日テレ、スポンサー契約破棄。工作員の教授、官僚、教師、役人を糾弾し排除、捏造狩りで革新。

仮想現実界温室界は、社会の仕組みを複雑化し過ぎ、ほとんどの国民が理解できず。国民が理解不能は無用の長物、原点に回帰し、社会の仕組み単純化。

現在の温室界、官僚教授教師役人弁護士記者キャスターは特に無道理なので、確かめもせず議員にしてはいけない。理由、63年間もWGIPを検証もせず職責も果たさなかった元凶である。

教育は、成長期に第一次産業に従事を必須とし、板子一枚下は地獄で、汗を流し、涙を流す現実界の実態を体験させ、現実界の道理を教え、温室界への就職は、現実界職歴を条件とすれば解決する。官僚、教師、司法職、文系教授は更新制とし、更新条件は、現実界職歴を条件とする。勿論キャリヤ上級甲など、廃止。

 宮崎アニメがなぜ支持されるか。それは汗を流し、涙を流した現実界が土台となっている、命のあるアニメだからだ。命があるから説得力がある。彼の作品は金儲けのために量産される温室界の新人賞、芥川賞直木賞とは完全に異なる。現代の歌謡も小説も現実界という命という根が無い、浮いた枯れ草仮想界作品、国民が自活すれば、命がないのですぐ消える。際限無き自由、金本位欲望本位、資本主義暴走の結果だ。今の増スゴミは化学肥料と農薬で収益を上げているに過ぎない。やがて増スゴミで腐敗窒息死無人砂漠化は必然だ。

63年にも渡る捏造である、自浄は不可能。至急創造者現実界が破壊し、再構築しなければ日本亡国は必然である。座して滅亡を待たず先人は一縷の望みに進んだ。現実界は至急再構築し、脱有限化石燃料の旗印の下に団結すべきだ。

犯日団の意見は、現実界創造の温室の中での意見、温室内の空論で、現実を踏まえた論ではない。点(結果のみ丸暗記)知識で、現実界の線(原因、過程、結果)知識ではない。仮想現実界にも先人の心を受け継いだ子孫はいるはずだ。自らの頭脳で何故どうしてとたどれば、必ず覚醒する。おごれる欺瞞の腐った楼閣必滅は世の習い、覚醒せし者は欺瞞の楼閣から出て、新しき真実の楼閣を成せ。

現実界あっての仮想現実界。逆は無い。この事を温室界は再認識すべき。民と官のネジレは亡国の起因、このネジレが上意下達国を滅ぼしてきたのは史実だ。民意下達もこれで滅びる。

官民一体とならなければ次の国難は必然で亡国である。

自動車が売れれば売れるほど、途上国が近代化すればするほど日本亡国が速まるだけで子孫の未来は無い。迫る滅亡を目前にし、成す術なく、蛸が自分の手足を食い、生き長らえているのが現代の日本だ。しかし人類は手足も食ったが、代償に数多の発明を得た、もう此の辺が潮時だ、地球も泪を流し警告している、今手足を食うのを止め発明を元手に新燃料を開拓し、有限化石燃料使用禁止にすべきだ。

地球は宇宙の法則下に生き、地球も法則下に適合してきた。化石燃料過剰使用は二酸化炭素CO2増加し地球自体のバランスが崩れるので、CO2削減しようと、地球がバランス補正のため反応した。地球は法則(真実)を無視し暴走(捏造)した人類に、泪を流したと思うのが、正論だろう。法則(真実)を無視し暴走(捏造)した人類が、法則(真実)に覚醒し応答しなければ、代償は計りしれない。

先人は今そこに迫る危機国難(侵略者食民治主義凶産主義)に団結して対処、適者生存を成した。子孫の我々も団結し、確実に今そこに迫る危機を排除し、子孫へ残す責任がある。地球力の駆使と、第三の燃料確保と、温室界破壊革新。これが日本存亡、人類存亡の鍵だ。

島国日本の資源水(水素と酸素)!脱化石燃料の申し子!

化石燃料の代償人工力を駆使水素と天人力で天工力基盤の電気立国日本へ
 第三の燃料は原子番号1、元素記号H、分子はHの水素。単体は地球の大気上層部に存在し、化合物としては水をはじめ自然界に広く分布する。工業的には炭化水素の分解、水の電解でつくる。化石燃料と違い資源量に限りが無く、反応後にはまた水に戻るので、地球への負荷も無い。熱量もガソリンの3倍である。水の電解の逆、燃料電池は、発熱無く電気を取り出せるので、はるかに高い転換効率が得られる。現在自家発電や地域発電所の実験プラントとして、日本米国で稼動中。

原子力30.6%火力59.9%水力9.1%太陽地熱等0.9(2006年)。新エネルギー政策等で進められてはいるが、資源無き日本、開発が生温い。まず化石燃料の火力、非常時攻撃目標となる原子力は実験用のみとし、水力等に変換。そして一致団結、天工力(風力水力波力地熱太陽力)を人工力駆使し活用、電力自給自足脱有限化石燃料電気立国とし、総力を挙げてより安価な水素分離に取り組めば、日本は島国で水の国、四方資源に囲まれたアースパワー、天人力立国日本となり、第一次産業の自給自足も革新出来る。

 水は資源、次世代燃料は天工力人工力を結集し、水素分離に総力を挙げるべきだ。地球は悲鳴を上げ、泪を流した。人類人口70億に迫った今、もはや、地球加熱破壊自爆の、有限燃料の時代では無い。動力燃料は太陽水素の時代だ。トヨタ、ホンダ等の有限燃料を糧とする業種は、蛸が手足を食うが如き自殺行為から覚醒し、余力のある今、蜂起し団結、化石燃料代償得た発明、人工力で、天工力地球力(アースパワー)を有効利用、天人力基幹新日本建国し、アジアの、世界の、礎石と成れ。現代の繁栄は、亡国前の幻影、楼閣である。

平和時、金(紙ではなく紙幣)持ちと皆認めるから金持ち。動乱になれば紙幣は紙屑化。紙(紙幣ではなく紙)持ちとなり金持ち消滅。動乱や戦争となれば代替紙幣ではなく、物が取って代わり、物なし紙幣持ち消滅は、瞬時。紙幣=金は、平和が条件。戦争となれば、紙幣持ち存在せず皆持ちで、経済大国紙幣持ち日本も、ただの持ち。燃料枯渇は存亡の危機である。日本復興を成した現実界物づくりの方々の一致団結蜂起を願う。

中国は、後れたための人件費馬鹿安のみが隆盛の起因で、一過性。日本は、地価家賃馬鹿高を是正すれば、対処可能。資源無き日本、もの造り以外隆盛の術無き国家、間接業のみの隆盛は、亡国。

一稔植物扱いの胡蝶蘭、定説の栽培方法は温室無しには不向きを学習。原点に回帰、ミズゴケを取り去り、根を剥き出しして栽培。結果、胡蝶蘭の真実、多年草長命蘭をつきとめ、今では20才もいる。

このように目前に答えは数多散乱している、発見するか、しないかだけである。出来た方法を話せば誰でも思いつく方法だと人は言う。コロンブスの卵である。答えを言われてみれば当然の話だが、その発見に至るまでの時間は生命誕生まで遡る事になる。気付くか気付かないか、その差は計り知れない。しかし答えは目前にころがっているのは事実だ。ただ気付かないだけだ。犯日団を追放し、先人のように一致団結、子孫のため国難に対処しよう。水素単体は地球の大気上層部には存在するのだ。地球はすでに水素を分離している、我々は気付かないでいるだけだ。地球は水で警告した。人類を救うのは水、HOだ。

イギリスが現代の基盤を築いた。人類開闢以来の弱肉強食食民治主義を破壊し、共存共栄平等の新秩序を創造したのは日本の先人。新秩序継続は子孫の使命。発見し未来を磐石にするのも、子孫の使命。

蒔かれた真実史観は芽吹いた。田母神論文は踏絵、反論者は皆、工作員である。余力のある今、この平和時に取り組まなければ、チャンスは無い。現実界は日本を復興し、隆盛を成した。立ち止まり振り返り、現実界の目で見れば、子孫の未来が自ずと現出する。今そこにある燃料危機にも気付かない温室界日本存亡の危機である。

63年間自浄無き温室界の破壊である。温室界の、報道界の、味方は当然皆無。子孫のため、日本チェンジ仮想現実界の志士、日本ネチズン、日本を復興し隆盛を成した現実界の、強力な協賛協力を切に願う。

 空売り資本主義、有限化石燃料、現実喪失の仮想現実界、現代文明の限界は露呈した。原点に回帰、実事求是で修正し、亡国の化石燃料から即刻脱皮、日本公党で団結し、新たな第一歩、電力水素力が基盤の、天人力国家建設に踏み出そう。理念(公)無き党はしょせん烏合の衆、「私」に走るは世の習い。完


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真実史観日本は神の国(多神の国)宗教の国(多宗教の国)


宗教は人間個人が、神道(惟神)は日本の歴史が、創造。かんながら(神道)は宗教に非ず。
 「フランダースの犬」英国女性作家ウィーダ1872年刊。画家を志す少年ネロが、放火の濡れ衣を着せられて村を追われ、吹雪の中をさまよった挙句、一度見たかったルーベンスの絵を見る。そして誰も恨むことなく忠犬パトラッシュと共に天に召される。という日本では誰でも知っている悲運の物語だ。ところが欧州では「負け犬の死」としか映らず評価されることは無く、米国の過去5回の映画化も結末をハッピーエンドに書き換えられているという。悲しい結末の原作がなぜ日本でのみ共感を集めたのか、長く謎とされてきた。

 ベルギー人映画監督ディディエ・ボルカールトさんらは、3年をかけて謎の解明を試みた。浮かび上がったのは日本人の心に潜む「滅びの美学」だった。プロデュサーのアン・バンディーンデレンさん(36)は「日本人は信義や友情のために敗北や挫折を受け入れることに、ある種の崇高さを見出す。ネロの死に方は、まさに日本人の価値観を体現するもの」と結論づけた。この検証過程を「パトラッシュ」の題名で映画化、27日に大聖堂で上映される。制作のきっかけはアントワープの大聖堂でルーベンスの絵を見上げ、涙を流す日本人の姿を見たことだったという。「フランダースの犬 日本人だけが共感」の見出しで2007年12月25日読売新聞朝刊2面で報じている。

 日本は神の国である。日の神、山の神、田の神、海の神、火の神、水神、雷神、風神、荒神(かまどの神)、産土神、道祖神等々と森羅万象の自然を、生命体をつかさどる絶対神(造物主)として崇め、採り尽くさず共生してきた、唯心が日本の歴史である。巨樹を崇め今に残っているのが証し。

 戦いの敵将も弔うのは、敵将(人間)としてではなく、生きとし生けるもの、生命体としての観点からである。

 トルコ(イスラム教)、ポーランド(キリスト教)との、激動の中の100年に渡る友好は、付け焼刃に非ずを物語って余りある。(注・唯心国家の国民だから以心伝心となった、唯心無く唯物のみの凶産党や韓国や罪日では有り得ない。凶産党は唯心否定で唯物のみ。民主党鳩山の友愛なんぞ、凶産や捏造が国是の韓国や罪日には、他意無しなら、鴨ネギでしかない。輩は唯物で、生命体を物扱いし、物欲のみでしか動かない、ソ連中国北朝鮮、韓国や罪日が見本であり、歴史が証拠だ。恥も外聞もなくひたすら自己中で、相手なんぞ無視は当たり前の折伏一辺倒、唯我独尊カルト教が輩の正体である)

 
宗教は人間界の神で、生命体の神ではない。人間は多種多様なので、宗教も多種多様となり、日本では信教の自由が保障され、仏教、イスラム教、キリスト教等々、よろずの宗教が存在する。日本は神国、宗教国といえる。

 五穀豊穣や安全祈願、成就感謝、生きるための神が八百万の神(天と地)で、いかに生きるか人間の生き方、善悪を訓え、死者を弔うのが宗教(人間界)である。

 八百万の神(天と地)は海の幸山の幸の狩猟採取の時代も、水稲栽培で始まった国生み時代も、海洋民のタイムラグ無き伝播で、津図浦々まで浸透した。八百万の神(天と地)への敬虔な祈願と感謝、これが日本精神で、日本の歴史である。

 戦前の神国とは多神教、八百万の神々がおわす国の意である。戦後63年経た現在も八百万の神々がおわす国で、日本は神国である。神国と発言すると、犯日団が即座に異常に反応し非難するが、騒ぐほうがおかしい。八百万の神々の社が今も現存し、国民は神として崇めている。八百万の神々が今もおわす日本を、神国呼称、何の奇異があろう。神国呼称しないほうが、不自然だ。神国日本は厳然たる日本の歴史で真実だ。

 
日本の歴史や真実を否定する犯日団の正体は、唯心(神や宗教)否定、唯物捏造が教是の唯一神教であるカルト教、凶産と、便乗した朝鮮愚民政策侮日団や、在日工作員である事を、明白に自白している。

 唯物の毛沢東・蒋介石・金日成・李承晩が天皇のようになろうとして真似をしたが、しょせん猿真似でしかない、暴君となっただけである。天皇は石原都知事やWGIPや犯日団捏造の絶対君主、独裁者、権力者ではない。“君臨すれども統治せず”使者である。日本国森羅万象八百万の神々の天理の使者(祭祀執行者)として、日本の歴史は天皇を、崇めてきたのは史実である。

 列強が開国を迫った国難にも、八百万の神々がいたから、中国朝鮮のように分裂もせず団結し、対処が出来た。八百万の神々の天理に基づき、サイパンの一兵士、渡辺はま子、八田与一、大島村の漁師、シベリアの孤児救出、ユダヤ人救出等々、日本人は皆行動し、天皇、東条英機等も世の習いである逃亡もせず(ドイツ・イタリア皆逃亡)、皆日本と運命を粛々と供にし、兵士や国民も、終戦の詔勅一下ぴたりと矛を収めた。すさまじき戦いの動、そして静、まさに「能」で、史上比類がない。

 戦いに敗れても残るこの無言の団結は、日本の分断を阻止し、虐げられし世界の同胞の琴線をかき鳴らし、唯物凶産以外の戦勝国の唯心をも揺さぶり、新秩序の扉を開いた。国難に際し、八百万の神々の天理の下に、天皇を基にして団結したのであって、唯物独裁者の命令で団結したのではない。日本精神とは、始祖より続く、八百万の神々の天理である。

 
八百万の神々の天理が、唯物李氏朝鮮差別教凶産破壊し、共産党を凶産党と喝破し、世界で初めて唯一の凶産の砦となり、蔓延防御、食民治主義は破壊、現代平和の礎を築いた。人間界唯物の物欲「滅びの美学」などではない、天道唯心である。三大宗教も天道を宗としていた。

 日本には、まず八百万の神がおわし、天道を宗としている。日本人とは国籍に非ず、天道が宗か否かである。民主主義の極致、海洋民民主主義国家が日本で、そして敬虔な祈願と感謝の歴史がある。日本(国)、祭祀(天皇)、国旗(日の丸)、国歌(君が代)は同一で、最上位が日本の歴史。その歴史を踏まえれば、以下の理解は容易である。日清日露大東亜戦争は、唯物(凶産・食民治主義)対唯心の戦いで、WW1WW2は唯物対唯物の戦い。

 ヨーロッパは、宗教戦争の歴史であるといっても過言ではない。そのヨーロッパフランス人の詩である、日本を喝破したこの詩を素直に読めれば、覚醒した先覚者である。詩『告日本国』東條英機が常に軍服の上衣の物入れ(ポケット)に入れて、肌身離さず持ち歩いていた手帳「修養録」にも、自記されている。

ポール・アントワーヌ・リシャール 
 フランスの詩人、弁護士、キリスト教の牧師。大正5年来日(1905年日露戦争。1918年WW1。1916~1920年滞在)大正6年、1917年『告日本国』発表。彼は、東西の精神文化の融合と人種差別撤廃の生涯であった。

 1919年大正8年、パリ講和会議。日本が史上初めて、人種差別撤廃案を提案。
日本の提案は16カ国中、11カ国の賛成票を得たが、議長であった米国大統領ウィルソン(民主党、アメリカ大統領二人目のノーベル平和賞受賞)の「全会一致でない」という詭弁によって退けられた。


『告日本国』

ポール・アントワーヌ・リシャール(野口薔薇・大川周明訳 真実史観訳)

 日本の子等に

 曙の子ら海原の子らよ、華と焔「ほむら(炎)」の国、力と美の国の子らよ聞け。

 涯(はて)しなき海の渚の波が、日出づる国の島々を褒めたたうる栄誉の歌を。

 汝(なんじ)の国に七つの栄誉あり。ゆえにまた七つの大業あり。さらば聞け、

 その七つの栄誉と七つの使命とを。

 一、 独り自由を失はざりし亜細亜唯一の民よ、

   汝こそ亜細亜に自由を与うるべきものなれ。

 

 二、かねてより他国に隷属せざりし世界唯一の民よ、

   この世のすべての隷属の民のために、立つは汝の使命なり。

 

 三、かねてより滅びざりし唯一の民よ、

   すべての人類幸福の敵を滅ぼすのは汝の使命なり。

 

 四、新しき科学と古き知恵と、欧羅巴(ヨーロッパ)の思想と亜細亜の思想とを、内なる心に          統一する唯一の民よ、

これ等二つの世界、

   来(きた)るべきこの世のこれらの二つを統合するは、汝の使命なり。

 

 五、流血の跡なき八百万(やおよろず)の神をもてる唯一の民よ、

   すべての神々を統一して、

   更に神聖なる真理を発揮するは汝なるべし。

 

 六、建国以来一系のすめらぎ(天皇)、永遠に亘る一人のすめらぎ(天皇)を奏戴「ほうたい(謹んでいただく)」する唯一の民よ、

   汝は地上の万邦「ばんぽう(あらゆる国)」に向かって、

   人は皆一天(造物主)の子にして天を永遠の君主とする一つの国を、建設すべきことを教えんがために生まれたり。

 

 七、万邦に優れて統一ある民よ、

   汝は来たるべきすべての統一に貢献せんがために生まれ、

   また汝は、戦士として人類の平和を促(うなが)さんために生まれたり。

 

 曙の子ら海原の子らよ、かくの如きは華と焔(ほむら)の国なる汝の、七つの栄誉、七つの大業なり。

 完

 

 EU欧州白人連合に対し、AUアジア有色人連合では、悲惨な歴史の繰り返しとなるだけである。I(インド洋)P(太平洋)U連合(アジア・アフリカ・オーストラリア・南北アメリカ・IP諸国)が公道。アメリカ(白人7割)の選出はその兆し。唯一アジアに残った人類の敵、唯物覇道捏造の凶産と、捏造主義国破壊が第一歩である。(注・現実界無知な鳩山の東アジア連合は、悲惨な歴史を繰り返す!)

真実史観


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真実史観大東亜戦争あらすじ一読30分覚醒WGIP凶産侮日愚民化洗脳

あらすじ概論
 TPP論争に欠けているもの。生命体はおしなべて衣食住ではなく、食衣住。世界が食糧危機に陥った場合、自国優先は当然で、輸出せずは当たり前、余してもいいから、食料確保自給自足は国の根幹。

 日清日露大東亜戦争は、露西亜、凶産ソ連中国、列強食民治主義の、ブロック経済を破壊、食糧確保し生存するのための、適者生存戦争であった。

 時代対処のため戦国の世に開国し、自給自足(江戸初期1600年1227万人で、121年後の1721年3128万人に倍増したが、以後は、125年間江戸末まで横ばい間引きと推察されるで、1846年3230万人。つまり、これが、当時の日本の、自給自足限界人口。棚田は、日本民族自給自足苦闘の証し!)から輸入加工輸出国に転換、85年で人口倍増(昭和6年1931年6500万人なので、自給自足に後戻りは、二人の内一人が餓死者)。

 迫る清国とその属国朝鮮、南下する露西亜、そして凶産ソ連と食民治主義連合、そして更に巨大化した黄禍論白人連合との対峙と、まさに未曾有の時代であった。先人はこの死活(
負ければ二人の内一人が餓死者)の時代を、一丸で命を懸け、子孫に禍根を残さずと、日清日露大東亜、すべて先憂後楽で対処した。資源無き小国、援軍のあて無き籠城や後手は確実な餓死。全て先手、外地戦は、古今東西小国戦法の、定法である!

 マッカーサー証言「1951年5月3日・彼らが戦争を始めた目的は、大部分が護国(by security)のためだったのです」は、このことを看破した、証言なのだ。ベンブルース等、弁護人の弁護も同類である。
 

チャーチルの言葉「イギリスは戦争に勝って平和に負けた」を換言すると、「戦争に日本は負けたが、世界の覚醒者が侵略者を追放し、平和を築いた
 軍国日本が負けて軍国主義者が消えたから自由と平和の戦後となったなどと、NHKや日教組や迎合者は、戦前の教育を非難し戦後の自由を得意げに賛美する。輩の論は相手が無い、時代が無い、摘み食い愚論。戦前教育の元凶は日本ではなく、世界の侵略者、食民治主義凶産主義である。日本は資源無き小国、教育し団結しなければ当の昔に消えていた。戦国時代、対処の教育をし、世界の平和と自由を創った。
 日本開国当時、独立国は日本タイ(英仏の緩衝独立国)のみ!これで一般常識人完全氷解し、職責者文系授の「善悪史観」など、論外となる。

太平洋(白色対有色)戦争
 前門の敵(ソ中凶産主義傀儡毛沢東と欧米列強食民治主義傀儡蒋介石)と交戦(反共戦争)中に、後門の敵(食民治主義の欧米列強)が宣戦布告(ABCD通牒)し、日本(最後の有色人独立国)壊滅を謀った、白人による有色人国家殲滅戦争!

大東亜(有色人自存自衛蜂起)戦争
日本の自存自衛戦争

唯物人類を唯心へがDTAW(大東亜戦争)で結果が「植民地独立付与宣言」!

侵略が合法の時代、日本を侵略者と罵倒するのであれば、その前にまず、侵略先駆者連合軍面罵が先である。
 日清日露大東亜戦争は、唯物(凶産・食民治主義)対唯心の戦いで、WW1WW2は唯物対唯物の戦い。

開闢以来延々と続いた侵略征服合法非合法化した日本レジスタンス史唯物から唯心へ
 命ある者を物体と認識、物体を破壊するごとくに命ある人間を破壊する、唯物主義(食民治主義、凶産主義、ナチス、ファシスト)。

 戦後15年後の昭和35(1960)年までの世界は、他国を侵略し征服することは合法の唯物時代。合法であるが故に、アフリカ、アジア、豪州、南北アメリカ、ハワイ、太平洋諸島弱小国は、侵略者に皆征服された。そんな世界の国盗り合戦の時代に、弱小国日本は開国した。日本レジスタンス史の始まりである。以後の戦争はすべて侵略者(食民治主義凶産主義)との、戦い不可避の戦争、レジスタンス戦争となった。

 資源無き小国日本が、大国侵略者と戦う唯一の手段、天皇の基、共生共死軍民団結一丸化、適者生存子孫のため、時代の衣、レジスタンスのを纏った(軍国主義)。唯物主義(食民治主義、凶産主義、白人)に全世界(小国白人国家や有色人国家)が征服されかけたが、結果、世界で唯一の内政干渉皆無有色人独立国家として日本だけが残った。

 連合軍と美称した侵略者連合軍唯物主義食民治主義、凶産主義、白人)が、世界で唯一残った内政干渉皆無有色人独立国家を襲った。

 連合軍と
美称した侵略者連合軍が世界征服寸前、道理の旗を掲げ(東亜団結)日本蜂起。たった一カ国で戦い、比類なき戦いざま(軍民一丸共生共死)、凄まじきレジスタンス、唯心主義を残した。比類なき戦いざま唯心(凄まじきレジスタンス)は、同胞の琴線を共振、侵略者に虐げられし世界の同胞は、皆蜂起し、侵略者を追放し独立した。

 1919年民族自決は提唱されたが、東欧諸国やバルト三国の独立支援と、ドイツ食民治の割譲が目的であった。

 開闢以来の、他国を侵略し征服する食民治政策は、戦後わずか5年後1950年「各民族が他の民族や国家によって干渉されること無く、自らの意思によってその運命を選択し、決定するという政治原則、民族自決」が、国連総会で、基本的人権として認められた。

 さらに10年後の昭和35年(1960)に、第15回国連総会で、
アジア、アフリカ43カ国による共同提案が採択され、植民地を保有することを不法行為であると宣言。賛成89、反対0、棄権が9カ国(主要宗主国の英米仏、ベルギー、ポルトガル、スペインと、南アフリカ、オーストラリア、ドミニカ)。後の総会で、植民地保有は犯罪と規定。人種差別撤廃条約は、1963年人種差別撤廃宣言、1965年12月21日に国連総会で採択。

 開闢以来延々と続いた最適者生存の、弱肉強食本能の食民治主義、
ブロック経済独占貿易)は破壊され、先人の旗印、広域経済自由貿易)共存共栄平等に基づく新秩序(唯心主義)が創造された。※ブロック経済独占貿易)と広域経済自由貿易)は、これ以降平易な、「独占貿易、自由貿易」記載とする。

 かくして開闢以来延々と続いた戦国時代(国盗り合戦、唯物主義、食民治主義)は大東亜戦争で破壊され、昭和35年(1960)以後消滅。連合軍と美称した侵略者連合軍の片割れ、凶産を共産と美化する唯物凶産主義だけが残り、民主主義と対立(鉄のカーテン)、紛争となった。

 残ったがしかし、1989年ポーランド、1990年東ドイツ、1991年12月25日ソ連消滅と、次々と雪崩を打つ如く崩壊、残りわずかとなり先人の悲願、人類の敵凶産撲滅は間近い。

 1990年8月からの湾岸戦争では、凶産主義イラクのクウェート侵略に対して各国が抗議し多国籍軍と化し、侵略者イラクをクウェートから撤退させた。

 これが日本開国以後の、世界の経緯である。比類なき戦いざま(軍民一丸共生共死、凄まじきレジスタンス唯心)が、侵略征服合法の旧秩序(唯物主義)を破壊し不法行為とし、共存共栄平等に基づく新秩序(唯心主義)平和を、創造したといえる。

 日本、台湾、朝鮮、満州、
南京国民政府、インドなどの虐げられし世界の同胞先人が、子孫のために蜂起し流した赤心の血、唯心の血が「植民地独立付与宣言」を成した。これが正に世界の平和を創造したのだ。

 唯物の残党凶産主義の手先「愚条の害」、日本洗脳犯日凶会、諜匪新聞、売日新聞、嘘売新聞、凶惨党、邪民党が捏造し情報操作、おこがましくも「平和憲法」と叫ぶ、「憲法九条」などでは、断じて無い。洗脳されし「愚条の害」会員や子孫よ、覚醒せよ。

 開戦の詔書、高村光太郎「危急の日に」終戦の詔勅東条英機証言は、真実を語って余りある。

「植民地独立付与宣言」(マイペディア百科事典)工作員事典ウィキペデアは、この項目削除に躍起で、隠蔽工作に必死。

 1960年の第15国連総会で、アジア・アフリカ43カ国による共同提案が採択されたもので、前文及び7項からなる宣言。〈いかなる形式・表現を問わず植民地主義を急速かつ無条件に終結せしめる必要がある〉との認識に立って、第2項においては民族自決権をうたい、第5項においては〈信託統治地域および非自治地域またはまだ独立を達成していない地のすべての地域において、これらの地域の住民が完全な独立と自由〉を無条件に達成するために、早急な措置を講じなければならない、と宣言した。これを受けて信託統治地域または非自治地域の独立を、実際に推進するため〈植民地独立付与宣言履行特別委員会〉が翌1961年に発足し、非植民地化の推進力となってきた。信託統治は1994年10月のベラウ(パラオ)の独立で、すべて終結。残る非自治地域でこの宣言の対象となっているのはニューカレドニアなど、南太平洋地域を中心に17地域。国連は1990年―2000年を〈国際植民地主義撤廃の10年〉と定め、非自治地域の非植民地化に取り組んでいる。 

 

互恵1960年植民地独立付与宣言

自由貿易1964年開放経済

平等1965年人種差別撤廃

 

「植民地独立付与宣言」

植民地諸国、諸国民に対する独立付与に関する宣言 採択 一九六〇年一二月一四日 国際連合総会大一五回会期決議一五一四 

前文(一部略)

 いかなる形式及び表現を問わず、植民地主義を急速かつ無条件に終結せしめる必要があ ることを厳粛に表明し、この目的のために、次のことを宣言する。

 

一 外国人による人民の征服、支配及び搾取は、基本的人権を容認し、国際連合憲章に違反し、世界の平和及び協力の促進の障害になっている。

二 すべての人民は、自決の権利を有する。この権利に基づき、すべての人民は、その政治的地位を自由に決定し、並びにその経済的、社会的地位及び文化的発展を自由に追及する。

三 政治的、経済的、社会的又は教育的基準が不十分なことをもって、独立を遅延する口実にしてはならない。

四 従属下の人民が完全なる独立を達成する権利を、平和かつ自由に行使しうるするようにするため、かれらに向けられたすべての武力行為はあ らゆる種類の抑圧手段を停止し、かつかれらの国土の保全を尊重する。

五 信託統治地域及び非自治地域はまだ独立を達成していないたのすべての地位において、これらの地域の住民が独立及び自由を享受しうるようにするため、ならかの条件又は留保もつけず、その自由に表明する意識及び希望に従い、人種、信条又は皮膚の色による差別がなく、すべての権利を彼らに委譲するため、速やかな措置を講じる。

六 国の国民的統一及び領土の保全の一部又は全部の破壊をめざすいかなる企図も、国際連合憲章の目的及び原則と両立しない。

七 すべての国家は、平等、あらゆる国家の国内問題への不干渉、並びにすべての人民の主権 的権利及び領土保全の尊重を基礎とする。国際連合憲章、世界人権宣言、及び本宣言の諸条項を誠実かつ厳格に遵守する。

出典  「ベーシック条約集」 第2版  東信堂

 

人類の新秩序1960年植民地独立付与宣言不参加国が中国凶産(1971年から国連加盟)北朝鮮・韓国(1991年から国連加盟)。この三国は、同胞殺しや隣国侵略征服(チベット・新疆ウィグル・内モンゴル・満州・竹島)に明け暮れ、いまだに戦国時代の野獣のままで、人類の新秩序「互恵」を知らない。そして、この三国と罪日のみが、人類唯一の犯日である!もちろん、蒋介石国民党中国(台湾)は、1971年まで国連加盟なので、植民地独立付与宣言賛成国である。

 凶産中国人や朝鮮人や罪日のような人間が、皆有色人だと白人から白眼視されれば、人類新秩序(人種平等)の立て役者、有色人にとって、これほど迷惑なことはない。人類の新秩序「互恵」も知らない時代逆行無知民族中朝韓罪日は、有色人の面汚しどもといえる。唯物韓半島と罪日は、唯心台湾との対比があまりにも際立つ。誇り高き台湾3/5【台湾取材レポート】龍山寺前広場でのインタビュー・前半 H21/4/22
 

H・G・ウェルズ(イギリスの作家、文明批評家、歴史家)「大東亜戦争は、植民地主義に終止符を打ち、白人と有色人種との平等をもたらし、世界秩序の基礎を築いた」。 

シンガポールのゴー・チョクトン首相

「日本軍の緒戦の勝利により、欧米のアジア支配は打破され、アジア人は自分達も西欧人に負けないという自信を持った。日本の敗戦後15年以内アジアの植民地全て解放された」。「日本人の知らない『二つのアメリカ』の世界戦略」。深田匠著高木書房

NHK朝日毎日等に巣くう、工作員のお馴染みの手法「極悪日本軍対、虐げられたかわいそうな兵士や国民」など無かった。

「ああモンテンルパの夜は更けて」同胞(はらから)を思う歌 ・その歌によって目覚めた国民の同胞への思いは、 マニラ郊外に囚われた戦犯百数十名を救い出した。

 戦後、戦犯追及を恐れたマスコミや、鵜呑み識者が米軍に迎合し、「虜囚の辱=降伏禁止」と捏造、先人冒涜をし続けた捏造報道の嵐の中での、日本人成人のとった行動が下記。

 「終戦から7年後の昭和27(1952)年に日本が独立すると、戦犯釈放運動が全国に広まり、当時の成人のほとんどいってもよいくらいの四千万人もの署名が集り、昭和28年に戦犯の赦免に関する決議が国会で、社会党や共産党まで含めて一人の反対もなく決議された」

間違った戦争・反省・分祀を叫ぶ責任転嫁の方々へ

 開国以来日本軍に国民は騙されていたというのですか。それとも日露戦争以後、騙されたのですか。戦国時代(国盗り合戦)、他にいかような手段があったでしょうか。選択肢は数多選択は一つが現実界の現実。他に選択があったならば教えてください。

 生命体の本能適者生存を捨て、子孫も護らず、降参し征服されれば良かったというなら話は別ですが。

 日清日露WW1大東亜戦争は、
敵味方アヘン虐殺何でも有りの、開闢以来延々と続いた食民治主義(征服主義)世界の戦国時代(弱肉強食、適者生存)なので、食民治主義(征服主義)が破壊された法治下の現代の尺度での善悪判断は、間違い。慰安婦問題も当時から売春婦という商売であった。

 先人は、工作員が叫ぶ皇民化ロボットなどではない。軍民自らの意思で団結し子孫死守のため命を懸け戦った。遺書を読めば、行動(集団自決)を見れば判明する。民も兵士と化し
兵士として果てた

 それを日本軍に騙された皇民化ロボットで、犬死無駄死にした愚民とは、国民を騙した戦争指導者だから分祀とは、いやはやなんとも情けない。遺族会は、「日本軍に騙され殺されたかわいそうなご遺族」と同情を演じる工作員に
おだてられ、踊らされ、本質を見失っている。

 遺族会殿、あの世でご先祖様を、軍に騙され犬死無駄死にした
愚民と、愚弄するのですか。NHK朝日毎日工作員や工作員識者政治家の知識など鵜呑みせず、立派なご先祖から授かった、自分の頭脳で考えることだ。

 遺族会様売国奴工作員政治家にそそのかされ分祀などと、どうして戦死者の心を逆なでするのですか。だからNHKなどに巣くう工作員が付け上るのです。

 誰でも打てる自筆署名無きタイプや、捏造容易い鉛筆書きの文字を、東条英機当日の文と独断で断定し、「戦争の責任を国民に転嫁している」と8月15日にあわせるように、捏造見え見えの報道をNHKがした。2008年7月17日21時NHKスペシャル調査報告「日本軍と阿片」では、「アヘンによって行われた戦争」とNHK工作員デレクター
中村 直文 制作統括 藤木達弘が中国凶産党と、米国反日勢力の全面支援を背景に、捏造を随所に折込、針小棒大報道した。

 当時の中国は軍閥割拠の戦国時代、アヘンは金の代替、日本は新たな騒乱回避のため、継続したに過ぎない。
NHK朝日毎日などの工作員は、アヘン、虐殺何でも有りの、世界の戦国時代を隠蔽し、傀儡国家満州太平洋戦争と捏造し連呼、日本軍だけの悪行のように報道、極悪日本軍捏造工作員は、極悪日本軍に虐げられ犬死に無駄死にさせられた国民と愚弄、有りもしなかったことを捏造し連呼する。傀儡国家満州太平洋戦争呼称者は、語るに落ち、自ら工作員である事を自白している。

 遺族と称し戦死者(日本、台湾、朝鮮、集団自決した国民)を犬死無駄死と
愚弄し工作員を助長させているのは、他ならぬ分祀派の遺族だ。

 63年間も戦犯に騙された犬死無駄死WGIP愚者と、戦死者は愚弄されているのだ。工作員を助長した責任は遺族会戦友会にもある。どうしてNHKに抗議しない。戦死者は、侵略者と戦い、日本の臣として果てた。残された遺族会戦友会は臣の務めを果たせ。

 ポーランドの映画監督アンジェイ・ワイダ(1926年生まれ、82歳)。侵略者ナチスドイツ、凶産主義とのレジスタンス。生き残った者の使命として、祖国の真実追求し伝え続けている監督である。日本の現実。侵略者食民治主義凶産主義とのレジスタンス。生き残った者の使命祖国の真実を追求もせず、祖国の虚像を伝え続けている。兵士も、遺族も、子孫もNHK朝日毎日も、映画監督も。

 軍罵倒の元兵士や分祀を叫ぶご遺族様。これでもあの世で、戦犯に騙された犬死無駄死WGIP愚者と、ご先祖や戦友を面罵するのですか、軍民一丸本能革命の英霊を・・・。

最新情報NHKの極悪判明 

 NHKが日本軍罵倒を中止すれば、63年間にわたる捏造があからさまになり、受信料不払い、弾劾裁判でNHK消滅につながるため、日本軍罵倒は、NHK幹部絶対命令との最新情報。だからたやすく凶産や李承晩主義と結びつき、両工作員の巣窟と化した。護国軍罵倒の局など世界には皆無、唯一日本だけ。納得である。こんな自浄無き私利私欲NHKなど不要。受信料不払いで即、幹部総追放しなければ、日本が滅ぶ。

元兵士の方々へ

 WGIPNHK朝日赤旗凶産工作員や毎日侮日工作員に63年間真実を封印された元兵士の方々、レジスタンス生き残りの使命として、祖国の真実を子孫に残してください。皆さんは先人と共に一丸と化し、開闢以来延々と続いた戦国時代を破壊し、本能革命を成し遂げた、日本のみならず世界平和の礎を成した、革命戦士です。これからの評価は、上がることはあっても下がることはけして無い。

凶産主義WGIP李承晩主義に虐げられし人々へ

 連合軍と美称し世界征服を目指した侵略者食民治主義の傀儡、李承晩、凶産主義の傀儡、金日成、凶産主義の傀儡、毛沢東に洗脳され愚民と化した同胞よ、歴史の真実を直視し、静かな革命を成し遂げた台湾同胞、蒋経国、李登輝に学べ。彼らは孫文汪兆銘に回帰し、革命を成し遂げた。中国は孫文汪兆銘に帰れ。朝鮮は、世界の戦国時代朝鮮存亡の危機に対処した、閔妃(明成皇后)一進会を検証し、愛国者とはいずれかを学べ。

 孫文汪兆銘日本台湾朝鮮亜細亜が目指した平和。侵略征服主義食民治主義を破壊し50%の平和を成した。しかし凶産を共産と美化する侵略征服主義凶産主義が残り、50%の恐怖は未だに存在する。孫文汪兆銘の祖国中国、革命未だ成らず。鵜呑みせず、立派な親から授かった自らの頭脳で考えれば真実が現出する。

 平和とは捏造凶産工作員に扇動され愚民と化し叫ぶ、叫ぶ平和などではなく、まず歴史の真実にひれ伏すことが真の平和への第一歩である。軍民一丸の日本軍は、開闢以来延々と続いた世界の戦国時代弱肉強食時代を破壊し、世界平和の礎石となった。現代の世界の平和は、軍民一丸先人の賜物である。

 朝鮮愚民と罪日、中国凶産、米国隠蔽、日本WGIP、洗脳から覚醒し、人類の先覚者と成れ。捏造物造り不可、捏造亡国世の習い。真実の伝承が物を造り国を造り、人類の隆盛を成してきた。人類の平和は真実からしか生まれない。実事求是人類の基幹 真実史観

 

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大東亜戦争人類への先人の遺書軍民一丸共生共死玉砕インパール作戦特攻隊集団自決

真実史観靖国不参拝天皇合祀に非ず犯日団思想戦英霊愚弄に慰霊の言葉喪失


1の1天皇靖国不参拝合祀に非ず犯日団英霊愚弄思想戦に慰霊の言葉喪失

最高学府半端者凶産教授に洗脳された仮想(机上)界が、中国凶産韓国北朝鮮罪日思想戦の巣窟と化し、思想戦に敗れ、亡国へと転落し続けている現代の日本。半端者総括皆無が原因

年表・戦後~現在(凶産と犯日が敵)

 「終戦から7年後の昭和27(1952)年に日本が独立すると、すぐさま戦犯釈放運動が全国に広まり、当時のほとんどの成人四千万人が署名。翌28年の戦犯赦免は、社会党や共産党一人の反対もなく、満場一致で議決」。「あゝモンテンルパの夜は更けて同胞(はらから)を思う歌。この歌は、5百万人の署名となって、BC級戦犯百数十名を救い出した」。軍民団結は明白であり史実。

 開戦の詔書、終戦の詔勅、敗戦後も逃亡せず護国護持、部下への責任転嫁発言皆無は史実。合祀不快は史実全否定で、天皇自らとA級戦犯が、国民を犬死無駄死にさせた張本人と認め、愚弄することで、こんな無軌道発言は、万が一心に有っても出来ない。これは現実界の常識、天皇愚弄も甚だしい限りだ。仮想現実界は余りにも非常識で異常だ。

2008年9月14日、テレビ朝日番組「サンデープロジェクト」自民党総裁選の5候補麻生太郎幹事長(67)与謝野馨経済財政担当相(70)、石原伸晃元政調会長(51)、小池百合子元防衛相(56)石破茂前防衛相(51)が靖国問題A級戦犯の分祀について持論を戦わせた。

分祀は国会で議論し決定すべき

麻生は「靖国神社を天皇陛下がご参拝していただけるような施設にするのが、一番望ましい。新しく国家が追悼施設を作っても靖国問題は解決しない」。A級戦犯の分祀には宗教法人の靖国神社が反対している。 これについて麻生は「この(重要な)話を一宗教法人に丸投げし、国が逃げていることが問題だ」と指摘した。麻生は平成18年、現在の靖国神社を非宗教法人化し、特殊法人「国立追悼施設靖国社」(仮称)を設置すべきとの提言を発表。慰霊対象に「A級戦犯」を含むかについては「国会で議論を尽くし決断すべき」としている。

分祀賛成

 ナベツネ中曽根の傀儡与謝野は、「(皇族は)A級戦犯の合祀をきっかけに行かれなくなった。だから分祀すべきだ。国家の慰霊行事を日本武道館という借りた会場でやるのは残念、分祀をして天皇陛下や皇族も参拝できる環境づくりが必要」と述べた。

 他虐偽善者摘み食い石破は、「戦争に行けと言った側と、それを信じてお国のために行った側とは(立場が)全く違う・・・大東亜戦争で国家をああいう運命に陥れた人の責任を曖昧模糊(あいまいもこ)にしている。(分祀)基本的に賛成だと述べた

 似非愛国親子他虐偽善者石原は、「外国の元首が戦没者に手を合わせられる場所に変えていただきたい。戦争指導者と赤紙で召集された側は違う」と述べた。

 日和見摘み食い渡り鳥小池は、「分祀をして天皇陛下や皇族も参拝できる環境づくりが必要」と述べた。

 http://www.sankei.co.jp/seiron/wnews/0809/web-news0915-3.html

 http://www.nikkei.co.jp/news/seiji/20080915AT3S1401014092008.html


 仮想現実界の一知半解の知識で、赤子の手をひねるが如くまんまと工作員田原に嵌められて、分祀を支持する自遊官主党4男1女。国民は、マスコミアサヒル狼少年に気付き、とうに真実に目覚めているというのに、分祀とは、何と情けない殿と姫だ。

「戦争指導者と赤紙で召集された側は違う、侵略(戦争)しなくとも良かったのに、赤紙で召集され犬死に無駄死にした被害者犠牲者が、戦争指導者加害者と合祀はいやだから他に分祀してくれ」が分祀派の言い分である。

 日本は理由もなく唐突に軍国になり、赤紙で無辜の国民を無理やり召集したのではない。過程を経て、結果となる。これが現実界の道理で、現実界は道理に基づき動いている。現実界の道理で検証してみよう。

 日本軍国主義は赤紙で無辜の国民を無理やり召集し、アジアを侵略し、征服しようとした。これは誤り。

 日本開国時は、侵略征服合法の戦国時代で、食民治主義者世界征服の途上であった。戦わざるもの、皆征服された。八方がすべて、敵であった。資源無き小国日本対処のため蜂起し、天皇の基軍民一丸の軍国とし、欧米の文明を吸収し、備えた。

 清国とロシアも当然日本征服をねらっていた。資源無き島国日本、朝鮮半島が敵となり海上封鎖され兵糧攻めされれば、命運は尽きる。清の属国朝鮮半島を清国から解放し、日本との同盟を画策した。

 国盗り合戦の結果日清戦争で、台湾を得た。日露戦争でロシアが占領していた満州の権益を清国の同意を得、譲り受けた。戦国時代弱者の知恵、寄らば大樹の陰、対処不能の朝鮮は、争う事無く世界各国承認の下に、日本に併合された。台湾、朝鮮、満州、戦国時代列強対処のため、日本と同等に統治した。

 中国孫文と日本、大アジア主義を掲げ日中同盟を画策、食民治主義と対峙しようとしたが、新たな侵略征服主義ソ連狂産党が、癌で余命幾ばくも無い孫文を籠絡し、中国日本侵略の足がかりとした。

 ソ連狂産党傀儡毛沢東を操り、満州日本を挑発、中国日本侵略をねらった。中国日本侵略をねらう食民治主義者傀儡蒋介石を操り、満州日本を挑発。日本の反凶戦争となった。

 世界侵略征服主義連合軍英米仏蘭ソが世界を征服し尽くし、最後に残った日本を征服しようと資源無き日本を兵糧攻めにした。

 座すれば資源無き日本は餓死、日本は子孫を守るために
赤紙で召集し(日本人は赤紙での徴集兵だが、台湾朝鮮は志願兵。末期には朝鮮台湾も徴集したが、程なく日本降伏のため、戦闘なし。台湾朝鮮兵、日本軍矢面にせず。この事実を、子孫は刻印すべきだ)、軍民一丸となり蜂起、英米仏蘭が支配するアジアに進出、英米仏蘭と戦い征服主義を破壊、同胞を、1960年植民地独立付与宣言へと導き、現在の平和を創造した。駆け足での検証だがこれが真相だ。仮想現実界いかに愚かな認識か誠に情けない。

 分祀護国指導者を貶め蹴落とし、犠牲者被害者遺族に成り済まし、善者を装う醜くく、浅ましい偽善行為である。分祀自意識無き愚人、犬死に無駄死にした馬鹿者と、日本兵のみならず、台湾朝鮮志願兵戦死者をも面罵する愚行である。分祀は侵略者日本軍と、世界の史実に反する偽りの歴史を、日本朝鮮台湾の子孫に残す事になる。日本朝鮮台湾子孫の後世の非難、分祀派は覚悟する事だ。

 自遊官主党のみならず民欺党(小沢一郎、官直人、鳩山)凶惨党、邪民党、混迷党、仮想現実界国会議員の道理思考皆無を曝け出した。東大卒中山大臣の、原因、過程、説明無き唐突な日教組解体論が、道理思考皆無を追い討ちし、実証した。これが、結果(点)のみ丸暗記教育戦後の成果、道理思考皆無文系高学歴者の正体である。

 道理思考皆無文系高学歴者が牛耳る仮想現実界。日本洗脳犯日凶会、謀匪新聞、売日新聞、嘘売新聞、日害新聞、愚条の害、欺教組は巣窟。邪気者、弁護児、罪犯官、凝授、兇児、病論家、懺生(先生)、癌僚(官僚)、万馬鹿、冗説家は職業。

 

昭和20(1940)8月15日年終戦 

占領した米軍WGIPで洗脳開始

江藤淳『閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本』江藤淳(1932~1999) 著・文芸春秋・1989.8初版)」

・・・それは、とりもなおさず、「ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム」の浸透であった。『太平洋戦争史』は、まさにその「プログラム」の嚆矢「こうし(はじまり)」として作成された文書にほかならないからである。歴史記述をよそおってはいるが、これが宣伝文書以外のなにものでもないことは、前掲の前書を一読しただけでも明らかだといわなければならない。そこにはまず、「日本の軍国主義者」「国民」とを対立させようという意図が潜められ、この対立を仮構することによって、実際には日本と連合国、特に日本と米国とのあいだの戦いであった大戦を、現実には存在しなかった「軍国主義者」「国民」とのあいだの戦いにすり替えようとする底意が秘められている。

 これは、いうまでもなく、戦争の内在化、あるいは革命にほかならない。「軍国主義者」と「国民」の対立という架空の図式を導入することによって、「国民」に対する「罪」を犯したのも、「現在および将来の日本の苦難と窮乏」も、すべて「軍国主義者」の責任であって、米国には何らの責任もないという論理が成立可能になる。大都市の無差別爆撃も、広島・長崎への原爆投下も、「軍国主義者」が悪かったから起った災厄であって、実際に爆弾を落した米国人には少しも悪いところはない、ということになるのである。

 そして、もしこの架空の対立の図式を、現実と錯覚し、あるいは何らかの理由で錯覚したふりをする日本人が出現すれば、CI&E(民間情報教育局)の「ウォー・ギルト・インフォーメーション・プログラム」は、一応所期の目的を達成したといってよい。つまり、そのとき、日本における伝統的秩序破壊のための、永久革命の図式が成立する。以後日本人が大戦のために傾注した夥しいエネルギーは、二度と米国に向けられることなく、もっぱら「軍国主義者」と旧秩序の破壊に向けられるにちがいないから。・・・

 自遊官主党4男1女がいかに不勉強かを語って余りある。肩書き愚人蔓延る同世代に、江藤淳という崛起した日本人がいたということを、我々子孫はけして忘れてはならない。

 天皇陛下は終戦後、数年毎に靖国神社に参拝していた。しかし1978年以来、昭和天皇、今上天皇の靖国参拝は途絶えた。取りやめの理由は、「昭和天皇自身の意思。三木元首相が公式参拝ではなく私人としての参拝を表明したため、公人たるべき天皇が参拝できなくなった」の二説があったが、新たに戦犯合祀が加わった。検証してみよう。

 マスコミは選り食いし、美味しい部分のみ摘み食い(現実界では鼻紙にもならない焚き付け用紙屑を、印象操作)報道する。読者はこれで犯日団に洗脳される。過程を年表にすれば、摘み食いカラクリも一目瞭然で、昭和天皇の御意も自ずと判明する。戦後は数年置きに計8度天皇が靖国神社に参拝した。

 

戦前は戦国時代凶産・戦後は凶産犯日が敵

1941年10月ゾルゲ事件が発覚。近衛内閣のブレーン朝日新聞記者(1926~1938)尾崎秀実(ほつみ)が、ソ連スパイゾルゲへの機密漏洩で共に、スパイとして逮捕。

1944年11月7日ロシア革命記念日にコミンテルンの手先、朝日新聞記者尾崎秀実、ゾルゲ、死刑。

1945年8月8日深夜ソ連中立条約破棄し参戦満州南下。

8月10日米国三者調整委員会(SWNCC)北緯38度線を境にし、米ソ分割占領を決定。凶産主義と食民治主義、敵の敵は味方が連合し伊独日を倒したが、しょせん正体侵略者同志の水と油、対象の日本が消え、以後本性剥き出し米ソの戦いとなった。

1945年(昭和208月15日終戦。日本は蜂起軍なので下克上無し。終戦以後の朝鮮人

罪日 戦勝国と大暴れ、日本に対して下克上を誇示したが、李朝人間殺し差別復活を恐れ、60万人が自分の意思で日本残留を選択、動乱逃亡民も合流し、在日となった(親日を含む)。李朝被差別民と済洲避難民。

韓半島北 李朝人間殺し差別の復活を畏怖した被差別民対差別民下克上の戦いとなり、約一割100万人の差別民が半島南に逃亡。翌年2月ソ連軍の傀儡金日成の北朝鮮人民委員会がつくられ赤化開始。差別の復活阻止が、一気に凶産と結びつき、労さず瞬時に赤化した。李朝被差別民国家。

韓半島南 李朝人間殺し差別の復活阻止に、9割以上の被差別民が結束し下克上、朝鮮建国準備委員会(建準。後に人民委員会)を8月15日に結成、結果、たったの20日間で朝鮮人民共和国の樹立を宣言したが、米軍9月9日ソウル到着後消滅。46年2月民主主義民族戦線(民戦)と衣替えした。しかし、同年半島南の被差別民対差別民下克上暴動勃発「10月人民抗争」で、米占領軍は急に硬化し、暴動被差別民を凶産と認識したため、被差別民は出自捏造し差別民に鞍替え成り済まし、鞍替え無き被差別民を凶産と捏造し、虐殺した。李朝人間殺し差別は、以後の四三等の同胞殺し合いすべての起因となった。李朝差別民(ニセモノ9割)国家。

済洲島 李朝ニセ中華差別に島民結束して備えた。島民同志の争い下克上無しは、李朝差別皆無の証し。島の人民委員会は半島の凶産とは明白に異なる、島民の総意がボトムアップされた、最新の民主主義自治組織として機能していた。これを凶産と捏造され、李朝人間殺し差別で虐殺された、犠牲者の島。

復職した一つまみの東大等の赤化教授が、WGIPに迎合、日本真空時代が始まった。

昭和21(1946)年1月4日公職追放(パージ)、1947年までに21万人の良識者が追放された。蜂起軍排除の半端者が復帰し迎合教育、下克上開始。1952年4月28日独立で追放解除となったが、占領した凶産教授や凶産に復帰阻止され、半端者総括皆無のまま現代に至る。いまだ良識者追放のまま。

昭和21(1946~54)年吉田茂首相終戦時67歳。

1946年(昭和21中国内戦国共赤化戦争に突入

昭和23(1948年3~10月)年芦田均首相終戦時58歳。

1948年(昭和23)4月3日1957年4月韓国「四三虐殺」済洲人を共産と称し虐殺、民族浄化開始。

1948年の8月13日USAから朝鮮独立。李承晩初代大統領(1960年まで)ここからは、実体露わなナチスとユダヤの民で、同胞半島人へ家系図(ニセモノ9割)誇示のため、済州島は虐殺のガス室と化した。李承晩は、李朝差別でバラバラな人心懐柔のため、仮想敵国日本とし、犯日を国是にした。以後現代まで、続いている。

1949年(昭和24)中国毛沢東凶産国共内戦で勝利、蒋介石敗北、12月に台湾へ逃亡。

1950年(昭和25)6.25.~53年7.27.朝鮮戦争。李朝差別民(ニセモノ9割)対被差別民の同胞殺し合い。

1950(昭和25)~1954マッカーシイズム。是々非々の国アメリカは、真実に覚醒し、共産主義者弾圧、赤狩りをした。ルーズベルト、トルーマンも弾圧の対象であった。是々非々に基づき覚醒したから、後に小笠原沖縄を返還したのだ。レッドパージ赤狩りで、共産党の一部も追放されたが、2年後の日本独立で解放、影響無し。

昭和25(1950)年参拝

昭和26(1951)年4月11日にマッカーサー解任。5月3日マッカーサー日本自衛戦争証言

昭和27(1951年9月8日対日(サンフランシスコ)平和条約 日本と連合国(48カ国)との間に結ばれたWW2終結のための平和条約。1951年9月8日サンフランシスコで調印。1952年4月28日発効。条約により、南樺太、千島列島の放棄を規定させられたが、帰属先は不明で、2010年の現在も未定のまま。南樺太、千島列島はソ連(ロシア)が日ソ中立条約を破棄し、条約破りで勝手に占領したもので、平和条約に基づいたものではない。ましてやソ連は、条約にも署名していないので、同条約の権利主張は無道理。当時の連合国(48カ国)に、南樺太・千島列島の再帰属を願い続け承認を得れば、何ら問題なく領有できる。

 4島のみの返還要求は不法占領を認める脳天気外交で、大変な愚行。南樺太・千島列島一括返還要求が、正当な要求である。

 南樺太・千島列島は敗戦ゆえの屈辱放棄。戦後の職責者がまともなら、「帰属先は不明で、2010年の現在も未定」や条約破棄を突き、当の昔に「再帰属」運動を展開し、ソ連消滅時に奪還出来ていた。

1952(昭和27)年1月韓国李承晩ラインを設定し、武力で日本人を殺して日本の領土竹島を奪い、軍隊により支配し、違法に居座っている。李承晩は人殺しで竹島占領し、李承晩ラインの日本船拿捕で敵国日本とし反日教育、差別の乱内乱の目を外敵に向け、人心を掌握した。
韓国「竹島不法占拠」の歴史 日本人の死傷者44人週刊ポスト2010年10月29日号
韓国に拿捕された船長 73日間毎日丸麦1合と大根葉の塩漬2回週刊ポスト2012年9月7日号
昭和27(1952)年4月28日サンフランシスコ講和条約発効。日本独立戦犯釈放運動が全国に広まり、当時の成人のほとんどいってもよいくらいの四千万人もの署名が集った。パージ解除。

昭和27(1952)年10月16日参拝

昭和28(1953)年戦犯の赦免に関する決議が、社会党や共産党まで含めて一人の反対もなく国会で決議された。力道山日本プロレス協会設立。プロレスはほとんどが八百長芝居の見世物なのだが、真剣勝負であるかのように放送し、国民は熱狂した。TVは捏造から始まったのである。

昭和28(1953)年NHKTV放送開始。一億総白痴化の開始。

昭和29(1954~56)年鳩山一郎首相終戦時62歳。

昭和29(1954)年10月19日参拝

昭和31(1956~57)年石橋湛山首相終戦時61歳。

昭和32(1957)年4月23日参拝

昭和33(1958~60)年岸信介首相終戦時51歳。1の2につづく⇒

真実史観カトリックの総本山ヴァチカンにABC項目すべての戦犯が祀られた

1の2カトリックの総本山ヴァチカンにABC項目すべての戦犯が祀られた

昭和33年(1958)10月31日放送「私は貝になりたい」TBSの前身、ラジオ東京テレビ(KRT)。岡本愛彦演出、橋本忍脚本、フランキー堺主演

「私は貝になりたい」は、加藤哲太郎(陸軍中尉)が戦犯服役中、筆名志村郁夫で「あれから七年--学徒戦犯の獄中からの手紙」(飯塚浩二編光文社1953年)に投稿掲載の、「狂える戦犯死刑囚」「以下は、かつて戦犯であった一市民の綴り方である。かならずしも事実に基づいてはいないが、全部がフィクションだと考えてもらってはこまる。このへんのことは、やがて時が解明してくれるだろう」と書き始められた文の中の遺書が原案。これを、「羅生門」、「七人の侍」などの黒澤作品に脚本参加している「黒澤組」の脚本家橋本忍が、原案の遺書を増幅し、物語にしたものである。WGIP丸鵜呑みである。

昭和34(1959)年4月8日参拝

昭和34(1959)年IOC総会で、欧米白人国家(アメリカ10票-ストリア9票ベルギー5票)を破り、日本大差の34票圧勝、1964年東京オリンピック開催決定
 戦後14年!独立後、わずか7年である!戦勝国の反省と人類の良識、東京五輪開催決定

 前哨戦のIOC委員団東京視察の際は、
昭和天皇自らのプレゼンテーションで、招致要請
臆する事無く昭和天皇を舞台に立たせた政治家も、昭和天皇も、見事と言うほかに言葉は無い!

 戦後わずか14年昭和天皇プレゼンテーションによる有色人国家初のオリンピックは、凶産ソ中以外の世界のほとんどが、蜂起日本(自衛戦争)と認識していた証拠である。敗戦とWGIPで愚弄され続けた先人の、断腸の思いを慰むるに足りたかどうかは解らぬが、圧勝での開催決定は、清涼な風と成ったことは、間違いない。

 ここには現実と対峙し、摘み食いなどせず清濁併せ呑む生の日本人と、生の世界人居た。検証回路絶無の記憶器、贋賞大江石原都知事愛国モドキ等の、現実界乖離の仮想界など、皆無

昭和34(1959~60)年安保闘争。凶産工作員(共産党、社会党)や、戦後復職赤化大学凶授等が学生を洗脳し、扇動した。言葉と文字界赤化ロボットの始まり

昭和35(1960)年の、第15回国連総会で、アジア、アフリカ43カ国による共同提案が採択され、植民地を保有することを不法行為であると宣言(植民地独立付与宣言)。賛成89、反対0、棄権9カ国(主要宗主国の英米仏、ベルギー、ポルトガル、スペインと、南アフリカ、オーストラリア、ドミニカ)。その後、国連総会が植民地の保有を犯罪として規定すらした。開闢以来延々と続いた最適者生存の、弱肉強食本能の食民治主義(唯物主義)、独占貿易は破壊され、先人の旗印、自由貿易共存共栄平等に基づく新秩序(唯心主義)が創造され現在の平和がもたらされた。

 「賛成89、反対0、棄権9(主要宗主国の英米仏等)」侵略者は宗主国連合軍。日本は侵略者に非ず、蜂起軍であることを世界が証明した。蜂起軍を戦犯呼ばわりし、さらに分祀とは、輩は子孫などではない。この時点で言葉と文字界が、まともであったなら、凶産、WGIP李承晩北朝鮮犯日団の入り込む隙はなかった。以後の、田中三木中曽根の無知私利私欲が犯日に油を注ぎ、とんでもない大火にした

昭和35(1960~63)年池田勇人首相終戦時46歳。

昭和37(1962)年キューバ危機。キューバ危機時の国家安全保障会議で、ケネディ弟がケネディ兄(大統領)に渡したメモ。「私は、真珠湾奇襲を決断した時の、東条首相の気持ちがよく分かる」。13日間━キューバ危機回顧録・ロバートケネデイ・中公文庫・2007.11.

1963(昭和38)年韓国朴正熙大統領就任。以後87年まで軍事政権。

 「・・・この頃には(1960年代はじめ)、在日の済州出身者も柑橘苗木寄贈運動を展開して、この(蜜柑)ブームに一役買っている。・・・在日の故郷訪問は、日韓条約以後急増し、67年の1423人から71年には5477人と増えて、この71年には故郷(済州)に喜捨した金額も三億ウォンを超えた(済州新聞。72年10月18日)」

昭和38(1963)年5月11日石川県寺越武志叔父二人拉致
1964(昭和39)年凶産中国はオリンピック期間中の10月16日にウイグルで核実験を行い、妨害。中国の犯日は、東京オリンピックから表面化し、言葉と文字の実働無き仮想界、日本の記憶ロボットを、手足の如くあやつった。中国、改造日本戦犯陳列室開設 日本人戦犯が戦争中の「日本鬼子」からいかにして人間に生まれ変わったか写真パネルを中心に中帰連洗脳の歴史を展示。洗脳の結果の中帰連の謝罪も展示されている。最後の戦犯(中帰連)が帰国。中国狂惨党が捕虜の日本兵を洗脳し、日本に帰し、反日、凶産化運動(赤化)。人心懐柔のため、仮想敵国日本とし、犯日を国是にした。以後現代まで、続いている。北朝鮮が韓国のオリンピックを妨害したのと酷似する。唯物凶産の手口は皆同じだ。

昭和39(1964)年 最後の戦犯(中帰連)が帰国。中国狂惨党が捕虜の日本兵を洗脳し、日本に帰し、反日、狂惨化運動(赤化)。中国凶産の工作員中帰連が語る能動戦争が、南京731慰安婦百人斬り泰緬鉄道「戦争体験出前噺」等の、捏造起因となり、半端者仮想界や凶産教授や教諭が扇動、韓国北朝鮮罪日、迎合金儲け証言者が便乗した。現実界は復興に多忙なため、同胞の報道ゆえに、信ずるしかなかった。文系最高学府が、半端者凶産教授(戦後復職の赤化凶授)に占領されたのが原因。文系最高学府2010年も、工作員継続中。
昭和39(1964)年10月10日東京オリンピック開催。戦後19年!独立後、わずか12年である!戦勝国の反省が植民地独立付与宣言で、人類の良識実証が、東京五輪開催
 以後現実界、すさまじき実事求是での隆盛。言葉と文字界これで踊り狂い、「公」から「私」へ邁進し現実界から乖離、捏造三昧で堕落化、日本存亡の危機となる。
昭和39(1964~72)年佐藤栄作首相終戦時44歳。

1965(昭和40)年韓国朴正熙日韓条約締結。凶産中ソの緩衝国が韓国なので、弱体化は凶産南下となる。結果、「おもてなし条約」となった。竹島は紛争処理事項として棚上げされた。

昭和40(1965)年日本韓国へODA1998年度まで有償資金協力6,455.27億円、無償資金協力47.24億円、技術協力実績239.94億円もの経済援助開始。愚民化捏造政策なので、非公開、韓国国民は一切知らない。 

1965(昭和40)年中国チベット占領文化大革命で同胞大虐殺開始。大虐殺開始以後中国国民の目をそらせるために、朝日新聞を占領し、歴史を捏造し本格的に日本叩きを開始した。

昭和40(1965)年10月19日参拝

昭和41(1966)年『南京作戦の真相』(東京情報社)五島広作(毎日新聞記者)と下野一霍の共著。南京事件の存在自体を疑う否定論としては最も早く出版された。

昭和42(1967)年4月朝日新聞広岡知男社長文革礼賛記事掲載。ソ連の手先尾崎秀実の流れを汲む狂惨分子一派が画策し日本のマスコミでは朝日新聞の特派員だけが、いち早く中国内での取材公認。以後朝日新聞は思想戦工作員の巣となる。仮想界真空時代の始まり。

昭和42(1967)年『近代戦史の謎』(人物往来社)洞富雄著「南京大虐殺」肯定論。金儲け目的の捏造本。

昭和42年(1967~79)私利私欲赤化教授大内兵衛の弟子美濃部亮吉が、大内の説得で東京都知事。良いとこ取り摘み食い半端者政治で、財政がガタガタになった。戦後教授半端者の出来損ないを、実証

昭和43(1968)坂の上の雲(1968~72サンケイ夕刊)で明治を描き、二人しか居ない息子も戦死の、象と蟻戦争に勝利した乃木を、愚将と罵倒した司馬遼太郎実戦皆無終戦時22歳

昭和43(1968)年6月小笠原諸島返還。

昭和44(1969)年10月20日参拝

昭和45(1970)年10月21日朝日新聞広岡知男社長(1967~1977)、「朝日新聞は中国政府の意向に沿わない記事は書かない」、と明言(新聞協会主催の研究会)「新聞研究(月刊・日本新聞協会)」犯日スパイ作戦開始!

昭和46(1971)年6月17日沖縄返還協定調印

昭和46(1971)年日中国交樹立直前の1971年(昭和46年)8月末より朝日新聞紙上に掲載された本多勝一記者の『中国の旅』。中国側の、言うがまま、無検証報道。朝日新聞南京虐殺犯日キャンペーン展開。(日中国交樹立の主導権を握るため、朝日新聞と凶産党犯日作戦プロパガンダ開始)

昭和47(1972)年5月15日沖縄返還。 密使、若泉 敬の尽力は忘れてはならない。

全面禍福思考はここまで!以後は中国凶産朝日毎日新聞、NHKTV朝日TBS教授識者罪日工作員の思想戦に洗脳され、摘み食い半端者続出の日本となった。

以後は中国北朝鮮の凶産や韓国工作員の思想戦の犬と化したマスコミや識者や迎合金儲け証言者続出の真空時代

昭和47(1972~74)年7月7日田中角栄首相終戦時27歳。民欺党小沢一郎まで続く私利私欲派閥議員時代の開幕で、拝金児遊官主党、民欺党の始まりである。官僚もこの辺から私利私欲に走るように成ったのではないか?天下り先の巣作り開始が始まりである。以後理念無きマスコミに洗脳され、政治理念無き政治家続出となり、理念が金に変化、2010年、戦後65年に至る。仮想界政治屋の真空時代の始まり。

昭和47(1972)年9月 日中共同声明調印 中国共産党の卑劣な外交下での国交回復である。田中角栄首相(終戦時27歳)、周恩来首相(1898年生まれ終戦時47歳歴戦のつわものである)と調印。かっての誇り高き中国ではなく相手はギャングと同じ凶産、凶産と実体把握無き調印は、無知の調印で、あらゆることに難癖を付ける、始まりとなった。私利私欲検証能力皆無、無知の始まりである。

昭和47(1974~76)年三木武夫首相終戦時38歳

昭和49(1974)年

 「日本待望論」オリヴィエ・ジェルマントマ(1943~フランス国営放送プロデューサー作家。初代ドゴール研究所理事長総裁はアンドレーマルロー)1998.11産経新聞社

第五章アンドレ・マルロー「反回想録」1974年東京で昭和天皇に拝謁

 「なぜ、いにしえの日本に興味をお持ちなのですか?」

 「武士道なるものを興した民族が、騎士道を興した民族にとって、どうして無意味のはずがございましょうか?」

 しばし、間。天皇は、またも絨毯に視線を落としておられたが、

 「ああ、そう・・・。あなたがこの国に来られてまだ間もないということもあるでしょうけれど。しかし、あなたは、日本に来られてから、武士道のことを考えさせるようなものを一つでも見たことがありますか?たった一つでも?

昭和50(1975)年8月15日三木首相参拝。他虐偽善者三木首相が、八月十五日の参拝を「首相としてではなく渋谷区南平台の一住民三木武夫として参拝します」と公式参拝ではなく私人としての参拝を力説。これ以後、公人私人などという特異な議論が、他虐偽善者マスコミの世界を支配するようになった。天皇は日本の象徴公人である、公人たる天皇は参拝しにくくなった。

昭和50(1975)年11月20日富田朝彦宮内庁長官が参議院で、明日の天皇靖国参拝は公人か私的行為かと厳しく糾弾された。吉国一郎内閣法制局長官は、憲法違反とまで言えないが、「第20条第3項の重大な問題になる(国の宗教活動の禁止)」と発言。神仏混交の錯誤、神道は宗教に非ず!参照→真実史観日本は神の国

昭和50(1975)年11月21日終戦30周年の参拝。これ以後参拝無し。

昭和51(1976~78)年福田赳夫首相終戦時40歳。

1976年(昭和51)中国周恩来、毛沢東死去、4人組逮捕で、文化大革命終焉。4月5日天安門事件①(民主化運動の原点)。二大巨頭の逝去で求心力を一気に失った凶産は、国民懐柔のため、言い成りの日本を仮想敵国とし、さらに犯日強化。

1977年(昭和52)中国小平復帰。

昭和52(1977)年9月19日石川県久米裕拉致

10月15日新潟県横田めぐみ拉致

10月21日鳥取県松本京子拉致

昭和53(1978~80)年大平正芳首相終戦時35歳。

昭和53(1978)年6月東京都田口八重子拉致

7月7日福井県地村保志浜本冨貴恵拉致

7月31日新潟県蓮池薫奥土祐木子拉致

8月12日鹿児島県市川修一増本るみ子拉致

8月12日新潟県曽我ひとみ母ミヨシ拉致

昭和53(1978)年10月17日「昭和殉難者」としてA級戦犯14人が靖国神社に合祀

昭和53(1978)年10月23日小平副首相、中国から初めての来賓として来日。「入江相政日記」「・・・竹の間で『不幸な時代もありましたが』とご発言。鄧氏は『今のお言葉に感動しました』と。これは一種のハプニング・・・」両者共に、戦国時代を踏まえての発言である。

 10月25日鄧小平(副首相)の「尖閣列島棚上げ論(日本記者クラブ記者会見)」

 「尖閣列島は、我々は釣魚諸島と言います。だから名前も呼び方も違っております。だから、確かにこの点については、双方に食い違った見方があります。中日国交正常化の際も、双方はこの問題に触れないということを約束しました。今回、中日平和友好条約を交渉した際もやはり同じく、この問題に触れないということで一致しました。中国人の知恵からして、こういう方法しか考え出せません。

 というのは、その問題に触れますと、それははっきり言えなくなってしまいます。そこで、確かに一部のものはこういう問題を借りて、中日両国の関係に水を差したがっております。ですから、両国政府が交渉する際、この問題を避けるということが良いと思います。こういう問題は、一時棚上げにしてもかまわないと思います。10年棚上げにしてもかまいません。

 我々の、この世代の人間は知恵が足りません。この問題は話がまとまりません。次の世代は、きっと我々よりは賢くなるでしょう。そのときは必ずや、お互いに皆が受け入れられる良い方法を見つけることができるでしょう」。

 鄧小平の「双方はこの問題に触れない・一致」は、凶産中国の一方的な言いがかりである「釣魚諸島領土問題」を取り下げたので、「双方はこの問題に触れない(中国は取り下げて触れず、日本は中国が取り下げたので触れず)」で、「一致」したので、「尖閣列島棚上げ論」で「一致」したのではない。

 「尖閣列島棚上げ論」は、「尖閣列島日本領有に問題有り」として俎上に日本を引き出すための、鄧小平の狡猾な小道具、切っ掛け(難癖)」である。

昭和54(1979)年から日本中国へODA有償資金協力(円借款)を約3兆1331億円、無償資金協力約3兆円以上、合計総額六兆円以上の巨額な経済援助をし続けている。愚民化捏造政策なので、非公開、中国国民は一切知らない。日本凶産化工作資金を与えたのと同じ。表では笑顔で友好、裏では破壊工作が凶産の正体である。

1979年(昭和54)年 韓国朴正熙大統領射殺される。

1980年(昭和55)年 韓国クーデターで全斗煥軍事政権

昭和55(1980)年5月スペイン松本薫石岡亨拉致

昭和55(1980)年悪魔の飽食(あくまのほうしょく)は、満州国で731部隊が行っていたという人体実験の実態を詳しく書いたとして、話題を呼んだ。森村誠一(作家)が下里正樹(しんぶん赤旗の記者で当時共産党員)の取材で書いた本、彼らはノンフィクションと言っている。日本共産党のしんぶん赤旗日曜版で1980年代に連載され、後に光文社より単行本として出版(1982年)され、これが大きな社会的問題となった。注射針で体液を吸い出してミイラにする(現代でも不可能)。真空室にほうり込み、内臓が口、肛門、耳、目などからはみ出し破れる様子を記録映画に撮る(現実はこうならない)。など非現実な内容もさることながら、35枚中20枚の写真が偽写真だった事が判明し、結局これらの問題で、光文社は絶版とした(1983年に角川書店から、問題点を削除し加筆され再出版)元隊員と称する匿名証言の情報提供者から、下里正樹(しんぶん赤旗の記者)が取材し、それを基に書いたので、森村誠一(作家)は、情報提供者との直接取材ではないと主張している。なんとこの作家も大江や石原と同類の無検証貼り付け屋なのだ。下里正樹(しんぶん赤旗の記者)と、この無検証貼り付け屋が捏造してから、中国狂産党が日本国内の犯日が騒ぎ出した。(凶産党犯日作戦プロパガンダ)

昭和55(1980)年5月21日カトリックの総本山ヴァチカンに、ABC項目すべての戦犯が祀られた。「世界に開かれた昭和の戦争記念館〈第3巻〉大東亜戦争の秘話 (歴史パノラマ写真集) 」名越二荒之助著展転社 (1999/11)より抜粋。

 ――ローマ法王庁・ヴァチカンには、昭和の殉難者1068柱の霊が祀られている。連合国の手で「戦犯」として裁かれたABC級すべての日本人「法務死」者の霊が、世界のキリスト教カトリックの総本山ヴァチカンに、他ならぬローマ法王によって祀られたのである。

 その多くはキリスト教信者であった連合国側にとって、これほどの皮肉はない。皮肉というよりは、勝者の驕りに対する「神の戒め」であるとも言えよう。

 時のローマ法王・パウロ六世に、日本人殉難者のためにミサを、と訴えたのは仏教徒の仲田順和師であった。

 昭和五十(1975)年にヴァチカンを訪れた折に、かねてより心を痛めていた「戦犯とされた人々」の鎮魂と慰霊のために、宗教の違いを超えて願い出たのである。

 順和師の父であり先代座主でもあった順海大僧正は、学徒兵や殉難者の法要を欠かさず、「七戦犯の鐘」など慰霊の鐘も護持している。

 先代座主の遺志をついだ真言宗醍醐寺派別格本山品川寺(ほんせんじ)の仲田順和師の願いを、パウロ六世は快く承諾した。しかし、喜んで帰国した順和師にその後届けられたのは、法王の訃報であった。その後を襲ったパウロ一世も急逝し、異教徒の願いは空しく閉ざされたと思われた。

 その順和師のもとに、ヨハネ・パウロ二世から親書が届けられたのは五年後の昭和五十五年四月、内容は「五年前の約束を果たしたい」との思いもかけぬものであった。

 ローマ法王庁は、異教徒の願いを忘れてはいなかったのである。

 パウロ六世の真心に応えようと、帰国直後から作製を依頼していた五重塔に殉難者千六十八柱の位牌を納め、ヴァチカンに奉納されたのは、同年五月のことである。醍醐寺五重塔を精巧に模した塔は、「戦犯」慰霊に共鳴した栃木県大田原市の木工芸家星野皓穂氏が、三年の歳月をかけ無料奉仕で完成させたもの。

 五月二十一日には仲田・星野両氏も参列し、法王パウロ二世のもと昭和殉難者のための荘厳なミサがヴァチカンでとり行われた。――

昭和55(1980~82)年鈴木善幸首相終戦時34歳。

昭和56年(1981)2月23日~26日、ローマ法王ヨハネ・パウロ二世はローマ法王として初めて来日した。この時、法王は慣例を破って皇居に天皇陛下を訪ねられた(2月24日11時皇居で天皇と会見。14時法王庁大使館で鈴木善行首相と会見)。法王が外国を訪問してその国の元首や首相に会う時は、その国の方々が法王を訪ねて会いに来るのが慣例となっており、法王の皇居訪問は前例のないことなので、問題となった。その時法王は、一身を捨ててマッカーサー元帥の前に立たれた天皇をたたえての訪問であることを、キリストの精神をたたえての訪問であることを、皆に説いた。皆は、その一言で納得した。

 戦前、共産の正体を狂惨と喝破したローマ法王のピオ11世は、反共戦争(日中戦争・支那事変・日華事変。1937年7月7日)が始まった年の10月に、全世界の3億5千万のカトリック信徒に対して、次のようなメッセージを出している。「日本の支那事変は侵略戦争ではない。共産党と戦っている。共産党が存在するうちは、全世界のカトリック教会、信徒は日本軍に遠慮なく協力せよ」と。当時、共産ではなく狂惨(凶産)と喝破していたのは、全世界のカトリック信徒と日本だけだ。

 ローマ法王ヨハネ・パウロ二世はポーランド人であった。参照→ポーランドシベリア難民の孤児救出一世紀にわたり語り継がれる真実 2につづく

真実史観靖国参拝年表が語る凶産犯日罪日思想戦に工作員化するマスコミ私欲政治家作家

靖国参拝年表が語る凶産犯日罪日思想戦に工作員化するマスコミと私欲政治家

昭和57(1982)年中・韓両国に対する鈴木内閣の屈辱的な土下座外交。『閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本』・文芸春秋

昭和57(1982)年教科書検定で政府が「『侵略』を『進出』と書き変えた」と朝日新聞の誤報事件。中国が抗議。

昭和57(1982~87)年中曽根康弘首相終戦時27歳。

昭和58(1983)年7月ヨーロッパ有本恵子拉致

昭和58(1983)『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』(吉田清治著三一書房)金儲け目的の捏造本。

1983(昭和58)中国鄧小平主席

昭和59(1984)年昭和59年8月4日付け夕刊(朝日新聞大阪本社版)「南京大虐殺」でっちあげ報道。

昭和59(1984)年昭和59年10月31日付け毒ガス戦朝日新聞でっちあげ報道。

昭和60(1985)年2月田中角栄から離脱し竹下登創政会旗揚げ。

昭和60(1985)年7月朝日新聞「反靖国」キャンぺ―ン展開。

昭和60(1985)年8月7日戦中ゾルゲ事件の尾崎秀実戦後付け火しまくりの朝日新聞

2014/0919 矢来町グルリ 週刊新潮 2014年9月18日菊咲月増大号 掲載
「慰安婦」と構図は同じ「靖国参拝」 ご注進は「加藤千洋元編集委員」――続・おごる「朝日」は久しからず(5)
 火の気のないところに火種をおこす……。従軍慰安婦大誤報で韓国の反日感情を煽り、日韓関係を悪化させた朝日、お得意のお家芸だが、もう一つ決して忘れてはならない“ご注進報道”がある。同じ構図で、中国を焚きつけた「靖国参拝報道」だ。発火点の記事を書いたのは、古舘伊知郎氏の『報道ステーション』でコメンテーターとしてお馴染みだった、あのロマンスグレー、加藤千洋元編集委員(66)である。
 中国 日本的愛国心を問題視 (中略)今夏を、中国は「世界反ファシズム戦争・抗日戦争勝利四十周年」と位置付け、マスコミはこぞって戦争回顧の特集を組んでいる。(中略)「愛国心の高揚」を強調している。(中略)同じ「愛国心」が、日本ではかつては軍国主義を底支えする役割を担わされたことを、中国は自らの体験として知っている。それだけに、靖国問題が今「愛国心」のかなめとして再び登場してきたことを、中国は厳しい視線で凝視している〉(朝日新聞1985年8月7日付朝刊

 これが全ての始まりだった。日本の総理や閣僚が靖国神社を公式参拝することについて、アジア諸国がどう捉えているか、各国駐在の特派員が報告するもので、中国を担当し、こう記したのが、当時、北京特派員だった加藤氏、その人である。

 この年の8月15日、中曽根康弘総理(当時)が靖国を公式参拝する予定だったことから、その批判記事を展開したわけだ。

 「しかし、戦後、その時点で、すでに日本の総理大臣は59回も靖国を参拝しており、そのうち22回はA級戦犯の合祀後に行われたものだった。それにもかかわらず、中国政府は一度たりとも怒りを示したり、日本を批判することはなかったのです」と語るのは政治部デスク。

 「加藤さんの記事が出た頃も、靖国参拝を疑問視する動きは中国になかった。つまり、問題意識を全く持っていなかったわけです」

 しかし、この記事に呼応する形で、8月14日、中国外務省のスポークスマンは、「首相の靖国参拝はアジアの隣人の感情を傷つける」 と牽制の意味も込め、反対表明を行った。だが、中曽根総理は「戦後、初となる内閣総理大臣の資格での公式参拝」を予定通り決行。驚くなかれ、その時ですら、中国は日本に正式な抗議を行わなかったのだ。

■沈黙のロマンスグレー
 朝日はそれが許せなかったのか、8月26日から中国の招きで彼の地を訪ねた社会党訪中団(団長・田辺誠書記長)と、まるでコラボするかのように“ご注進”。その結果を加藤氏はこう綴った。

 〈第1回政治会談は(中略)中国側からは姚依林党政治局員候補兼中央書記処書記(副首相)(中略)らが出席した。/会談に先立って姚依林氏は日本人記者団と約10分間会見したが、靖国神社公式参拝について中国共産党の見解を聞かれ、「日本の首相がA級戦犯もまつった靖国神社に公式参拝したことは、40数年前に日本軍国主義によって起こされた侵略戦争で、大きな損害を受けた中日両国人民を含むアジア諸国人民の感情を傷つけるものだ。このことはわれわれを始めアジア人民の注目と警戒心を呼び起こさないわけにはいかない」と述べた。(中略)中国の要人が公式に不快の念を表明したのは、これが初めて〉(8月27日付夕刊)

 中国要人に不快の念を抱かせ、喜び勇んで“売国記事”を発信した様が窺えよう。爾来、中国がこの問題を外交カードとして利用してきたのはご承知の通りだ。国際政治学者の中西輝政・京大名誉教授が喝破する。
 「記事を書いた加藤元編集委員は、火のないところに火を点けて回った多くの朝日記者の一人なのでしょう。その意味で、この靖国参拝報道は、従軍慰安婦の強制連行に関する誤報記事と全く同じ構図と言えます」

評論家の石平氏も憤る、
 「加藤元編集委員や朝日の問題記者らに共通するのは、記者の仕事を逸脱して、政治家のような活動を行うという点です。しかも、外国の独裁政権を巧みに利用し、自分らの主張を世に知らしめようとする。言論機関としてあるまじき行為です。

 中西氏も、
 「靖国参拝が問題たりうると“ご注進”することで、それ以降の日中関係が途方もなく難しいものになることは分かっていたはずです。加藤元編集委員はそれに畏怖の念を微塵も感じていないように見える。彼に限らず、朝日新聞には、極悪非道の日本を批判するのだから、多少の行き過ぎは良いとの歪んだ正義感や、日本を貶(おとし)めれば、アジアの平和に繋がるとの狂信的な発想を感じます」 

  当の加藤氏にご見解を質したが、返答はなかった。古舘キャスターの隣ではあれほど雄弁だったのに……。「特集 続・おごる『朝日』は久しからず」より

8月14日初の靖国参拝反対声明発表。朝日新聞と人民日報が連携しながら犯日反対運動展開。
昭和60(1985)年8月15日中曽根首相参拝「内閣総理大臣たる中曽根康弘が参拝した」と言明し、公式参拝の声明。
 ところが「A級戦犯も祭る靖国神社への首相参拝はわが国人民の感情を傷つけた」として中が激しく抗議してきた。これに屈して、中曽根首相は春秋の例大祭も八月十五日も取り止めてしまった。

 中曽根首相が中国首脳の名をあげて「盟友支援のために参拝を中止した」という意味の演説。これが起因で以後犯日拡大。脅しの外交カードと成り、中韓に脅され莫大な援助となる。

 ここで「盟友支援・・・」などと阿諛追従せず、植民地独立付与宣言」を掲げ、楔を打てば、以後の中韓のゆすりたかり、陛下の参拝中止、犯日団の増長などなかった。

 亡国奴中曽根は、板垣征四郎の遺族正参院議員に分祀署名書を持たせ、回らせた。

 東條英機次男輝雄は「(靖国神社からではなく)他国の干渉に屈する形で分祀を認めることは出来無い」と正論で反対、他の6人は同意したが、靖国神社の強硬な反対もあり成立はしなかった(以後は全遺族反対)。

 輝雄は05年7月29日号週刊朝日にも「合祀されるという情報を、私はどこからも受けないうちに合祀されたわけです。聞いた瞬間、非常にありがたいことだと思いました。もし分祀すると靖国神社が決められたとしたら、私としては非常に残念だけれども、遺族は『それはいけない』という立場にはないと考えています」と、正論を述べている。

 増すごみは東條家だけ反対と非難したが、議論の余地など皆無の、至論

 己の思想皆無、私利私欲で欲に迎合、現在も懲りずに犯日扇動の風見鶏中曽根は、国賊である。

 
毒饅頭(機密費)を配り世論操作可能だった中曽根の官房長官は後藤田正晴(82~83)、藤波考生(参拝83~85)、後藤田正晴分祀85~87)で、未だに大勲位などと擁護のマスコやナベツネ等は、毒饅頭仲間か?マスコミと毒饅頭の根の深さは、田母神諫言対処が白状、自民党自壊の元凶。

昭和60(1985)年朝日新聞と人民日報が連携しながら犯日反対運動展開の結果、中国は反靖国で中曽根の、以後の靖国参拝を中止させた。

1985(昭和60)年(抗日戦争終結40周年)中国「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館」開館。「抗日戦争記念館」の中身はといえば、日本軍の残虐ぶりをひたすら強調しようと探したが見つからず困り果て、しかたなく中国兵の伝統的猟奇的残虐手法を色々展示している。1986年6月4日天安門事件以降の江沢民政権で南京事件は、大々的に宣伝活動に利用され、対日批判プロパガンダのネタとして日本政府から外交上譲歩を引き出すカードとして利用され続けている。

 凶産中国犯日教育開始の切っ掛け(南京大虐殺紀念館)が田邊誠民主党群馬県総支部連合会常任顧問元日本社会党委員長

 南京大虐殺紀念館は、中華人民共和国の博物館。中国での正式名称は「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館」。抗日(犯日)記念館の代表として中国共産党により愛国(犯日)主義教育基地に指定されている。

 田邊 誠(田辺誠1992~)民主党群馬県総支部連合会常任顧問は、衆議院議員(11期)、日本社会党委員長(第11代)を歴任

 田辺誠は1980年代に南京市を訪れた際、当館を建設するよう勧めた。中国共産党が資金不足を理由に建設は消極的だったので、田辺は総評から3000万円の建設資金を南京市に寄付。その資金で南京大虐殺紀念館が建設された。3000万円の資金のうち建設費は870万円で、余った資金は共産党関係者で分けたという。また記念館の設計は日本人が手がけた」元教科書是正訴訟事務局 事務局長 半本 茂

 1982年、田辺の再三の建設要求と破格の資金提供に対し、中国政府の鄧小平ならびに中国共産党中央委員会が、全国に日本の中国侵略の記念館・記念碑を建立して、愛国(犯日)主義教育を推進するよう指示。

 1983年、中国共産党江蘇省委員会と江蘇省政府は南京大虐殺紀念館を設立することを決定し、中国共産党南京市委員会と南京市政府に準備委員会を発足させた。鄧小平は1985年2月に南京を視察、建設予定の紀念館の館名を「侵華日軍南京大屠殺遇難同胞紀念館」と揮毫。
昭和61(1986)年「戦争体験出前噺」で、蜂起日本軍と戦友の戦争噺をネタに、本田立太郎(1914~2010)噺家旅行開始。少数拝金迎合者の下善上悪発言者は、朝日やピースボート(筑紫や辻本清美)等の後押しがあるので、金を貰って旅行も出来、中国凶産は上げ膳据え膳で歓迎した。

昭和61(1986)年藤尾正行文相「韓国併合、合理化発言」に韓国抗議。戦国時代力無き朝鮮、寄らば大樹の陰で選択したのが日本、武力併合ではないので世界が承認した。正論発言で→罷免

昭和61(1986)年8月1日「戦場にかける橋」の嘘と真実。岩波書店・永瀬隆志。風土病死を虐待犠牲者、ロウムシャ犠牲15万人(ほとんどが帰省し、事実は多数のみ)、能動戦争と捏造、極悪軍隊と貶め、謝罪することで偽善者ぶる永瀬隆志。迎合金儲け証言者のはしりで、皆騙された

昭和61(1986)年8月15日この年のこの日にも また靖国のみやしろのことに うれひはふかし」前年参拝の中曽根首相、一転して不参拝発表当日の歌。「この年のこの日にも」が御意、余命を悟られた御詠である。3年後の8月15日を迎えることなく、1月7日に崩御された。「この年のこの日にも(合祀は8年前、この年ではない。終戦後41年も経たこの大事な日におよんでも)また靖国のみやしろのことに(なぜ靖国不参拝に)うれひ国思わぬ輩に参拝の道を閉ざされた嘆き)はふかし」。分祀に非ずは、明白!

1987(昭和62)年韓国犯日パクリし便乗、8月15日(日本の終戦記念日)韓国ソウル市郊外に日本軍の残虐ぶりをひたすら強調しようと探したが見つからず困り果て、しかたなく朝鮮兵の伝統的猟奇的残虐手法を色々展示した独立記念館開館。日本は1998年まで、有償資金協力6,455.27億円、無償資金協力47.24億円、技術協力実績239.94億円もの経済援助をしている最中なのにだ!矜持皆無の国家だ愚民化政策なので、非公開、韓国国民は一切知らない。国賊風見鶏中曽根の愚行の結果である。表で友好、裏で破壊工作の証拠である。「中国ODA六兆円の闇」青木直人著祥伝社黄金文庫

昭和62(1987)年7月竹下登派(経世会)議員113名の最大派閥となる。私利私欲派閥議員の巣となり、日本国などポイ捨てされ、拝金児遊官主党となった。

昭和62(1987~89年竹下登首相終戦時21歳。

1988(昭和63)年韓国盧泰愚13代大統領韓国民主化政権。もう軍事政権の皮で包めないので、仮想敵国日本とし、マスコミ、罪日フル扇動して国家総動員の犯日の皮で、国内の、差別で砂の人心を、掌握し続けている。凶産並みのスポーツ選手強化も、同じ目的。NHK、TBS、TV朝日、毎日、朝日、国会議員等の、思想戦犯日工作員が証し。中国凶産の人心も砂で同じ。スパイ天国、これが日本の実体で、犯日はすべてが、思想戦工作員。歴史捏造韓国ドラマを垂れ流し、日本国民洗脳に必死なNHK(中国凶産と朝鮮と罪日の工作員)とTBS(毎日新聞。罪日と朝鮮の工作員)は、国賊TV朝日(朝日新聞。中国凶産と罪日)と同類の、報道の自由を隠れ蓑に捏造する、思想戦亡国報道社。

注・こんな厚顔無恥な輩が隣国支配なのだ、護憲派や九条の会は工作員、会員は洗脳された愚民

昭和63(1988)年4月22日奥野誠亮国土庁長官「(日中戦争について)日本に侵略の意図は無かった。盧溝橋事件は偶発的と発言」に中国韓国抗議。正論発言で→辞任

 4月28日分祀騒動の発端、富田メモ・卜部日記の日付。

 8月15日全国戦没者追悼式最後の御製やすらけき世を祈りしもいまだならず くやしくもあるか きざしみゆれど

平成1昭和64(1989)年1月7日昭和天皇崩御

1989年(平成1昭和64)4月17日天安門事件②胡耀邦追悼集会が民主化要求デモに発展し、人民解放軍が発砲、死者二千人負傷者三万人といわれた。総書記が解任され、小平の抜擢で江沢民党総書記。

平成1昭和64(1989)年8月江藤淳(1932~1999)著『閉された言語空間―占領軍の検閲と戦後日本』・文芸春秋

平成1昭和64(1989)年宇野宗佑首相 党首土井たか子の社会党参院選大躍進

平成1昭和64(1989~91)年海部俊樹首相

平成2(1990)年10月20日「おほうなばら・昭和天皇御製集」宮内庁侍従職・解説徳川義寛・岡野弘彦・読売新聞社。徳川義寛(尾張藩)(1906~1996)1936年侍従、1969年侍従次長、1985(昭和60)年10月1日~1988(昭和63)年4月13日侍従長(入江相成の後継)、1988年4月26日から参与。

 ・・・徳川義寛(元侍従長)解題・・・昭和62(事実は61年御製、本文も61年)年8月15日「この年のこの日にも また靖国のみやしろのことに うれひはふかし」靖国とは国をやすらかにすることであるが、とご心配になっていた。昭和63年8月15日全国戦没者追悼式「やすらけき世を祈りしもいまだならず くやしくもあるか きざしみゆれど」永遠の平和をいのりつづけて、なお心残りがおありになったご生涯であった。那須でお詠みになった秋の庭は最後の御製であった。「あかげらの叩く音するあさまたき音たえてさびしうつりしならむ」

平成2(1990)年「文藝春秋」12月号「昭和天皇独白録」。寺崎英成御用掛日記だとして公表された。

「昭和天皇は松岡元外相について『ヒトラー』に買収でもされたのではないかと厳しく批判している。

松岡は二月の末に独乙に向かひ四月に帰ってきたが、それからは別人の様に非常な独逸びいきになつた。恐らくは『ヒトラー』に買収でもされたのではないかと思はれる」。

捏造である。天皇政府決定事項の上奏に対して、裁可を下す存在である。自らが下した裁可を否定するはずなど無い。本書を読む上で注意すべき事は、「独白録」が東京裁判で、天皇訴追阻止が目的の弁明書であった点である。これは本書の英訳版が見つかったことで明白。連合軍の仇敵、対『ヒトラー』発言、側近聞き手の、御意改竄当然有りが道理だろう。当時の当事者誰もが?で見え見えの、松岡洋右(1880~1946年A項目東京裁判中病没)への悪意表現(独逸びいき、買収)が証拠。御意に反したのなら、臣松岡は、即更迭であったろう。臣松岡は戦国時代の常道、敵の敵は味方に従い、臣の勤めを果たしたに過ぎない。詳細後述参照。

平成3(1991)年『私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行』(吉田清治著三一書房 1983)の「済州(チェジュ)島にて軍の協力により、慰安婦狩りを行い、一週間で205人の女性を強制連行した」の金儲け目的の捏造本。この捏造本を利用し、朝日新聞「従軍慰安婦」犯日キャンペーン展開。5年後の1996年「あれは創作だった」と著者の吉田清治(よしだ-せいじ)が認めた。

平成3(1991~93)年宮沢喜一首相終戦時26歳。

1992(平成4)年もし日本戦わざれば、有色人、未だに植民地のままと、マレーシア・マハティール首相の演説

平成4(1992)年天皇を政治利用の偽中国凶産の策動に宮沢喜一首相操られ、天皇皇后両陛下訪中。

平成5(1993~94)年細川護熙首相8会派連合

1993(平成5)3月~02年中国鄧小平引退の後を継ぎ江沢民国家主席を兼務。市場解放政策に伴う弊害、民主化要求の根を絶つ目的で、残虐日本と捏造し、子供から大人まで洗脳した。凶産常套手段、敵国と捏造の愛国教育である。

平成5(1993)年8月4日「河野談話」慰安婦関係調査結果発表に関する河野洋平内閣官房長官談話

平成6(1994)年大江健三郎、ノーベル有色人差別(犯日)賞受賞。マハティール首相の真実を語る演説に、伝播を恐れた白人戦勝国は、文学三流犯日一流、比類なき犯日の大江に急きょ白羽の矢、ノーベル犯日(有色人差別)賞を与えた。世界に語る文学など元々無い三流大江は、三流文学ではなく一流の犯日を世界で語り、ノーベル賞の正体白状、もくろみに応えた。効果覿面の思想戦で、岩波書店朝日毎日NHKなどが迎合扇動、国民はノーベル犯日賞に洗脳された。

平成6(1994)年羽田孜首相新生党などの連立内閣

平成6(1994~96)年村山富市首相(社会党)終戦時21歳。自民党社会党さきがけの三党連立

平成6(1994)年8月下旬、他虐偽善者村山首相は訪問先のフィリピンとシンガポールで戦争責任問題について謝罪した。マレーシアに迎えて、マハティール首相は冒頭こう切り出した。「日本が50年前に起きたことを謝り続けるのは理解できない。過去のことは教訓とすべきだが、将来に向かって進むべきだ。日本はこれからのアジアの平和と安定のために国連安保理常任理事国入りして、すべての責任を果たして欲しい」。 また村山首相の6日前にマレーシアに到着した社会党の他虐偽善者土井たか子衆議院議長が「二度と過ちは繰り返さない」「歴史への反省」などと口にしたのに対し、「過去の反省のために日本が軍隊(PKO)の派遣もできないのは残念だ」と切り返した。「ダメなものはダメ」とおよそ非論理的な姿勢でPKOに反対する土井議長に対する痛烈なパンチであった。3につづく⇒

真実史観靖国参拝臣の言を御意と捏造した日経とマスごみと守秘義務違反の拝金子孫

靖国参拝臣の言を御意と捏造した日経とマスごみと守秘義務違反の拝金子孫

 国際貿易で膨大な利益を上げながら、半世紀前の戦争への反省を口実に、ODAをばらまくだけで、世界の安定に対して何ら貢献もせずにいる日本は、「世界に対する責任」を果たしていないとマハティール首相は一喝した。

平成6(1994)年永野茂門法相「南京大虐殺はでっち上げ」正論発言で→辞任

平成6(1994)年桜井新環境庁長官「侵略戦争の意図は無かった」正論発言で→辞任

平成7(1995)年3月20日地下鉄サリン事件

1995(平成7)年6月、・・・中国の江沢民国家首席は訪中した海部元首相に、ドイツは謝罪し戦争について十分な認識を持っているのに、日本には間違った認識を持っている人がいて、国連安全保障理事会常任理事国入りの障害になるだろう、とドイツを引き合いに出して脅しとも受け取れる言葉を告げた。

平成7(1995)年8月15日他虐偽善者「村山談話」「戦後50周年の終戦記念日にあたって」

平成7(1995)年江藤隆美総務庁長官「(朝鮮植民地政策に関し)日本はいい事もした」韓国抗議。正論発言で→辞任

平成8(1996)年吉田清治 著書「私の戦争犯罪 朝鮮人強制連行」の捏造を認める。

平成8(1996~98)年橋本龍太郎首相

平成9(1997)年1997年10月17日発行の「週刊朝日」朝日新聞、週刊朝日が報じた究極の残虐東部ニューギニア強姦殺害・人肉食事件捏造犯日報道。 売国奴本や中国韓国無恥記念館の残虐手法の共通点は、民族自らの伝統的残虐手法を日本軍がしたかのように捏造していることだ。「池田正之輔『シナ民族性の解明』1971年、内外情報研究所」や、「1935(昭和10)年に発行された(裏から見た支那民族性)(日本外事協会・笠井孝著)」に書かれている支那民族の伝統的残虐手法と同じ。そしてニューギニアにも人肉食習慣はあった。すなわち日本人は残虐行為をしていないので、日本人の残虐手法が分からないため、民族自らの伝統的残虐手法を話した。半端者拝金主義者の捏造記事が、今後も後を絶たないだろうが、民族の伝統的残虐手法を調べれば、判明する。長らく肉食忌避した農耕海洋民族仏教国が日本の歴史、中国朝鮮のように肉食民族ではなかった。歴史を調べても、アンデス飛行機事故のような極限で無い限り、日本人は死者を冒涜していない。敵将のお墓まで建てている。

1997(平成9)年11月アメリカで発売された「ザ・レイプ・オブ南京」(悪魔の飽食と捏造方法がそっくりだ)。この宣伝や販売に総力を投入したのが在米の中国系反日団体の「世界抗日戦争史実維護連合会」(抗日連合会)や、「ワシントン慰安婦問題連合Inc」なのだ。アメリカも負い目払拭のため追随した。

『ザ・レイプ・オブ・南京』  

 平成9(1997)年11月アメリカで発売された「ザレイプオブ南京」という本が人気を呼んだ。南京事件を扱ったもので著者のアイリス・チャンは当時30歳の共産主義の中国系の米国人ジャーナリストだ。内容は中国の伝統的猟奇的残虐手法が満ち溢れており、偽書なのだと自白している。戦勝国には負い目が今でもあるから日本叩きは歓迎されるのだが、今では捏造が次々と暴かれ、偽書が定説となっている。日本を叩いて有名になったが、次々と捏造を暴かれた。『アメリカにおける中国人(The Chinese in America)(2003年)』でアメリカを叩いたが、これもまた次々と捏造を暴かれ、非難されていた。平成16(2004)年11月9日著者アイリス・チャン、頭部への銃弾1発で自殺、行年36歳。しかし、二歳の息子を持つ若い主婦が拳銃自殺するものだろうか、いくら米国でも不自然である。目に余る捏造が悲劇の引き金を引いたのだろうか。捏造は悲劇を生み、国を滅ぼす。

平成10(1998)年日本韓国 へODA有償資金協力6,455.27億円、無償資金協力47.24億円、技術協力実績239.94億円もの経済援助、終了。

平成10(1998~00)年小渕恵三首相

平成11(1999)年アサヒイブニングニュース平成十一年二月十九日付け「レイプ・オブ・南京」の発売延期の原因を右翼からの脅迫と謀略報道。

2000(平成12)年中国兵の残虐ぶりを日本軍と捏造した、中国人民抗日戦争記念彫刻塑像公園(日本から六兆円もの経済援助を受けているのに、江沢民の指示で、5年と50億かけて完成)。

2000(平成12)年9月日本軍の「従軍慰安婦」にさせられたと主張する中国や韓国の女性計15人が日本政府を相手どって、損害賠償請求などの集団訴訟を、米国首都ワシントンの連邦地方裁判所で起こした。支援したのは「ワシントン慰安婦問題連合Inc」という団体だ。アメリカ最高裁は2006年2月21日「慰安婦の訴え」を却下した。 

平成12(2000~01)年森嘉郎首相

平成13(2001.4~06.9小泉純一郎首相

平成13(2001)8月15日しんぶん赤旗の記事「ロームシャ約三十万人のうち、約半数(15万人)が犠牲になった」泰緬鉄道が開通する1ヵ月前配属、日本軍憲兵隊通訳軍歴2年、倉敷市在・英語塾経営他虐偽善者永瀬隆の捏造証言。膨大な人数はこの人だけが言っている。鉄道隊元大隊長菅野兼一資料にも「死者は日本軍人一千人(1万人の1割)、欧米人一万二千人(7万人の2割弱)、現地人多数となりました(石田英熊1万人。軍事裁判検事でさえ3万3千人)」と、あるのみ。捕虜の死亡率が高い(日本軍1割、捕虜2割弱)のは虐待死ではなく、風土病に対してもっとも耐性が弱かったからだ。不可抗力の死で、永瀬隆証言の虐待死ではない。15万人は皆帰省した。

2003~(平成13)年中国胡錦涛国家主席。軍事委員会主席は江沢民。

平成17(2005)年3月3日異常でしつこい中曽根の分祀発言に、靖国神社見解を発表。「たとえ遺族から分祀要請があっても、分祀せず」。至論である!

平成17(2005)年6月7日京都新聞「中曽根氏依頼で分祀求める。島村農相が靖国神社に」島村宜伸農相は7日の閣議後会見で、中曽根康弘元首相の依頼でA級戦犯の分祀(ぶんし)を靖国神社に求めたことがあると明らかにした。

小堀桂一郎・東大名誉教授は、中曽根元首相の中国に迎合した「靖国・英霊『分祀』論」の誤りを厳しく批判している。中曽根中国外交失敗払拭の為の悪あがきである。

平成18(2006)年2月11日(現地時間)、売国奴読売新聞渡辺恒雄会長は2006年発刊されたニューヨーク・タイムズ(侮日東京支局長ノリミツ・オオニシ)との週末ワイドインタビューの中で、Japan's most powerful media baron(日本の最もパワフルナなメディア男爵)the shadow shogun.(影の将軍)とノリミツ・オオニシ(極端な侮日、親朝鮮で日系カナダ人と称している)にヨイショされての、うぬぼれ成金発言。"I think I can change all of Japan,"「私は、私が日本の全てを変えることができると思う」。ニューヨーク・タイムズ東京支局は侮日朝日新聞と同じ住所。さらに下記のように発言した。

 小泉首相は軍国主義を称賛する聖地(靖国神社)に参拝していると批判。そして東條英機をヒトラーに比喩しながら「・・・小泉、この人は歴史や哲学が分からないのに勉強もしないし、教養もない」と語り、さらに特攻隊に対して下記のように語った。

「・・・日本の右翼は現在、特攻隊を天皇のための自発的な殉教者として称賛する。しかし、特攻隊員が『天皇陛下万歳!』と叫んで勇敢に喜んで行ったというのは全てうそだ。

・・・彼らは、屠殺場の羊だった。誰もがよろめいていた。何人かは立ち上がることさえできず、運ばれて、機関兵達により無理矢理に飛行機に押し込まれた(注・無理矢理なら途中で皆不時着し逃亡、特攻など無かった。現実に特攻はあった、ナベツネ嘘を自白

 渡辺恒夫1945年、東京帝国大学文学部に入学。同年7月に陸軍砲兵連隊に入隊。同年8月13日除隊。終戦2日前までの、わずか30日程度の陸軍砲兵連隊経歴なのだ。飛行隊でない陸軍砲兵連隊の経歴で、特攻隊の体験を出来る筈など無いし、特攻隊と行動を共にした形跡も無い。語るに落ちている。非生産者は平気で嘘をつく。

2006(平成18)年3月31日胡錦濤主席「小泉首相が靖国参拝を取りやめれば首脳外交をする用意がある」。

2006(平成18)4月13日、日本経済新聞の杉田亮毅社長と唐家「王に旋(セン)」国務委員の会見。・・・中日関係は国交正常化以来、これまでにない困難に直面しているが、中国政府と人民は中日関係を重視しており、中日間友好の基本方針は終始変わっていない。・・・われわれは「日本経済新聞」はじめ日本のメディアが、現在の中日関係と中国の対日政策を、日本国民が正しく認識するよう導き、中国関係の改善と発展のために積極的かつ建設的役割を果たすよう期待している。

 杉田社長は、日中関係は現在、重要な時期にあり、日本経済新聞は両国民の理解増進日中関係のため、積極的に努力したいと表明した。(北京4月13日新華社)

 中国国民懐柔洗脳のための犯日がほころびかけたため、凶産カルト中国が、手下朝日を使い再攻勢、韓国罪日便乗。戦後教育の負の遺物、仕掛けに乗った財界と日経杉田社長、負い目払拭中曽根、拝金ナベツネが便乗した。分祀騒動の発端である。凶産カルト相手では、ミイラ取りがミイラは世の習い、赤子の手をひねるようなものである。わずかの真実開扉にうろたえた犯日国とその輩、捏造犯日が暴露、ここが輩の弱点で急所。ここを突ける政治家官僚メディア不在が日本の仮想現実界である。思想戦には思想戦、捏造国家や罪日が恐れる最大の敵は、捏造国家転覆可能、真実史観である。

平成18(2006)年5月3日「スーパーモーニング2006.05.03(水)」での、鳥越俊太郎と渡辺 恒雄・読売新聞主筆の対談「特攻隊は志願ではない、靖国は展示の仕方がよくない、東条はヒットラーと同じだ、小泉靖国参拝は戦犯が居るからだめ、戦陣訓がだめ、戦陣訓で皆玉砕した、散々殴られたのであの軍隊はだめだった渡辺 恒雄日本軍批判。(ビンタは戦場の緊張を教えるのに最速、緊張無き者は即、死。同士討ちもある戦場、緊張無き者一人の失敗が部隊全滅につながる、初年兵を思えばこその所業である。平時の常識で論ずるのは愚論、先に殺さなければ殺されるのが戦場である)

平成18(2006)年7月17日犯日キャンペ―ン「反靖国」、「歴史と向き合う」犯日歪曲偏向記事を扇動報道。朝日の報道は、少数意見者の「誰々が話した」報道や、日本は再び覇権国家を目指すなどと、あたかも覇権国家であったような表現で、巧妙に森を隠し木を拡大偏向報道する典型的なプロパガンダ(主義の宣伝と訳されるが、ほとんどが捏造宣伝だ)犯日だ。・・・現実は戦争遂行のため資源や労働力の一方的な収奪に終始し、「共栄権」の実態はとぼしかった。・・・多くは現地住民が開墾した農地を接収したものだった。2006.7.17.朝刊

平成18(2006)年7月20日朝刊富田朝彦元宮内庁長官1988(昭和63)年4月28日のメモだとして発表。○は判読不能。注・松岡洋石、白取敏夫は文官で、巣鴨プリズンで裁判中病死。日独伊三国同盟に尽力した。

「私は 或る時に A級が          

合祀され その上 松岡、白取 

までもが、

○は小○○に対処して (筑波は慎重に)

くれたと聞いたが

松平の子の今の宮司がどう (考)

えたのか 易々と

松平は平和に強い○○○ (考えが)

あったと思うのに 親の心子知

らずと思っている

 だから私あれ以来参○ (拝)

していない それが私の心た」

後述の朝日新聞解釈。「私は、或る時に、A級(戦犯)が合祀され その上 松岡、白取までもが 筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが 松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と 松平は平和に強い考えがあったと思うのに 親の心子知らずと思っている だから私はあれ以来参拝していない それが私の心だ」

富田メモの捏造報道。富田メモ研究委員会“御厨貴(東大教授)・秦郁彦・保阪正康・熊田淳美(元国立図書館副館長)・安岡栄志(日経特別編集委員)・富田知子(富田の妻)”は「天皇不快感(合祀)以外の解釈は有り得ない」と結論、2007年4月30日発表。富田メモは非公開で隠蔽のまま。密室での御意判断自作自演は、検証回路皆無か工作員で、日経は亡国奴の巣窟を自白した。

昭和天皇がA級戦犯の靖国神社合祀について不満を示し、合祀後、参拝中断を決意したと勝手に解釈し発表した日経の亡国奴。「親の心子知らず・だから私あれ以来参○していない」等、言葉遣いが天皇ではない。天皇は親拝で、参拝に非ず。宮内庁長官である、天皇ならたとえメモでも不敬は明白(後述卜部日記原文参照)、陰日向富田長官である。妻が御意と判断は、夫富田朝彦への、最大の侮辱で、拝金妻の白状でもある。

 松平永芳宮司が当時、昭和天皇のご意向を無視して勝手に「A級戦犯」を合祀したかのように報道。事実は異る。誰を合祀するのか、その対象名簿は、遺族援護法等に基づいて政府が決定。政府は遺族援護法等の対象となる戦没者の名簿を「祭神名票」という形で靖国神社に提出。「名簿」受領の靖国神社は、合祀該当者の芳名を記した「霊璽簿(れいじぼ)」と「上奏簿(じょうそうぼ)」二通作成。「上奏簿」を宮中に提出後に合祀。例大祭の前に合祀はされ、合祀後の例大祭には必ず勅使を戴いている。「A級戦犯」も、当然このような手順で合祀された。「私は或る時にA級が合祀され・・・聞いた」は、話し手、天皇に非ずを語っている。手順に無知な偽造者の捏造メモなのは、明白である。無検証で取り上げ、松平宮司が勝手に合祀は捏造報道

 08年8月報道の東条英機タイプ手記やホリエモンメールと同類の、筆跡鑑定も出自も署名も無き誰でも書けるメモを、勝手に解釈し断定し発表する仮想現実報道界は、異常である。鵜呑みし信じる輩も異常である。職責の真贋も正さず鵜呑みし、分祀を叫ぶ国会議員には付ける薬が無い。誰でも書けるこんなものが資料として通用するなら、誹謗合戦捏造合戦となり、世の中大混乱、収拾不能と成る。現実界では、硬くて鼻紙にもならない紙屑なぞ、焚き付けに使うしか用が無い。捏造針小棒大、仮想現実界異常極まれり。

 合祀後も、引き続き昭和天皇からは勅使を戴いており、昭和天皇の弟宮である高松宮同妃両殿下と三笠宮同妃両殿下、そして常陸宮同妃両殿下、寛仁親王同妃両殿下がたびたび御参拝になっているのは、史実。

2006(平成18)年7月20日中国外務省のコメント「中日関係の発展にとっての障害が早期に除去されることを希望する」。

平成18(2006)年8月接収された毒ガス兵器を、朝日新聞が、日本軍遺棄と捏造犯日報道。中国が接収したので、接収後は中国の責任、日本軍に責任無し。

平成18(2006)年8月20日『運命の旅路~元通訳兵の戦後~』岡山放送第15回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品。・・・岡山県倉敷市に住む永瀬隆さん(88歳)は、今、この泰緬鉄道の世界遺産登録を求める活動を行っている。日本にとってはいわば「負の遺産」といえる鉄道を、なぜ世界遺産登録しようとするのか…。他虐偽善者永瀬隆の捏造証言を、半端者が放送。

 2006年中央公論10月号ナベツネ“加害者と被害者、同じところに祀って同様に追悼顕彰は、不条理”と記し、軍対民の能動戦争と捏造、WGIP鵜呑み無検証工作員自白。

平成18(2006.9~07.9)年安部晋三首相

平成18(2006)年10月16日FNP-新聞協会賞受賞

 靖国神社参拝をめぐる昭和天皇の発言メモ報道は、日本経済新聞2006年(7月20日付け朝刊)のスクープでした。「戦後昭和史の大きな謎を解く貴重な新資料の発見」と位置づける識者もいました。各方面に強い衝撃を与える、特ダネでした。2006年10月16日FNP-新聞協会賞受賞

捏造針小棒大報道、自画自賛、マッチポンプ、狼少年と化した仮想現実界、異常を語って余りある。捏造が賞を受賞とは、「嘘を事実にするために、新聞協会賞を与え権威付けし、既成事実を作り、本物のように擬装した」。国民は愚かではない、とうに見切っている。捏造し印象操作までする仮想現実界捏造団、自己崩壊は間近だ。

平成18(2006)年10月25日朝日新聞豊 秀一「歴史と向き合う」共栄圏 後付けの大儀「本音は資源」日本兵ら苦闘敵に資源封鎖され餓死寸前の日本。国民生存のための奪還作戦は当然だろう!朝日記者は狂っている)。またまた朝日新聞、WGIP善悪史観軍対民能動戦争と捏造、朝日はか弱き国民の味方と報道。朝日新聞等の捏造の歴史はほんの一部を年表にしたに過ぎない。記者の正体半端者詐欺師の証拠は、新聞縮刷版に明確に打刻され、溢れている。

平成18(2006)年12月20日出版「昭和天皇御製・四季の歌」岡野弘彦著同期舎メディアプラン。岡野弘彦(1924~)宮内庁御用作歌指南歌会始の選者(1983~2007)。

 昭和61年8月15日御製「この年のこの日にも また靖国のみやしろのことに うれひはふかし」御製解説岡野弘彦。昭和天皇の和歌のご相談をおうけするのは三・四ヶ月に一回、三・四十首たまったお歌を、侍従長の徳川さんが私のところへ持ってこられて拝見していた。昭和61年(1986)の秋、このお歌を初めて見たときの印象は今も鮮明である。天皇がこれほど深い憂いを抱いていられる理由が、歌の表現だけで十分に計りかねた。何をどう憂いていられるのかを尋ねると、徳川さんは次のように答えられた。「ことはA級戦犯合祀に関することなのです。天皇はA級戦犯が処刑された日、深く謹慎して悼(いた)みの心を表していられました。ただ後年、その人たちの魂を靖国神社へ合祀せよという意見がおこってきた時、お上はそのことに反対の考えを持っていられました。その理由は二つあって。一つは国のために戦いにのぞんで戦死した人々の、み霊を鎮め祀る社であるのに、その祭神の性格が変わるとお思いになっていること。もう一つは、あの戦争に関連した国との間に将来、深い禍根を残すことになるとのお考えなのです。ただ、それをあまりはっきりお歌いになっては、差支えがあるので、少し婉曲にしていただいたのです。そのお上の気持ちは、旧皇族のご出身の筑波(藤磨)宮司はよくご承知で、ずっと合祀を押さえてこられたのですが、筑波宮司が亡くなられて新しく松平(永芳)宮司になるとすぐ、お上の耳に入れることもなく合祀を決定してしまいました。それからお上は、靖国神社へ参拝なさることも無くなりました。」徳川さんの話は大要、右のようであった。

 当時の世論を考慮した侍従長徳川当然の職責、真意露見隠蔽、天皇擁護目的の歪曲解釈工作で、天皇の御意ではない。理由二つは徳川個人の持論で、かつ御意隠蔽目的の方便、「それ(御意)をあまりはっきりお歌いになっては、差支えがある(世論に反する)ので、(御意を)少し婉曲にしていただいた」と徳川は、御意隠蔽工作を白状している。天皇擁護目的の侍従長徳川の歪曲解釈を、語感に鋭敏な歌詠みは当然見抜いた。結果、特筆し詳細な解説となった。臣の差別皆無、天皇の「うれひ」は、天皇の基に臣一丸の護国蜂起軍愚弄の分祀騒動か、合祀か、考えれば子供でも分かることだ。工作員がこの歌で騒がなかった理由でもある。

 昭和50(1975)年11月20日富田朝彦宮内庁長官が参議院で、明日の天皇靖国参拝は公人か私的行為かと厳しく糾弾された。吉国一郎内閣法制局長官は、憲法違反とまで言えないが、「第20条第3項の重大な問題になる(国の宗教活動の禁止)」と発言。翌日終戦30周年の参拝。これ以後参拝無し。徳川は、侍従次長。

 昭和53(1978)年10月17日「昭和殉難者」としてA級戦犯14人が、靖国神社に合祀徳川は、侍従次長。

 昭和54(1979)年4月19日「入江相政日記」朝日新聞社『・・・朝刊に、靖国神社に松岡、白鳥の合祀のことなど出、テレビでもいふ、いやになつちゃう・・・』と入江侍従長記す。合祀で大騒ぎするマスコミを非難したのであって、合祀を非難したのではない。

 昭和61(1986)年8月15日前年参拝の中曽根首相、一転して不参拝発表当日の歌。「この年のこの日にも また靖国のみやしろのことに うれひはふかし」日本国最上位の臣職天皇に、臣職上下の差別など皆無。「また」は、昭和50年昨年今年と、中韓に迎合し参拝を非難する与野党とマスコミ。天皇の「うれひ」は合祀に非ず、国民の愚民化騒動が「うれひ」。世論に反する御意を知り、徳川侍従長は以後、天皇擁護工作に動いた。当事者徳川は侍従長として、問われた場合の返答に、世論に迎合した、前出の二つの理由を用意した。御意と異なる二つの理由が、工作の証しである。4につづく

真実史観靖国参拝昭和天皇の御意を捏造三昧凶産迎合金儲けに走った言葉と文字界

靖国参拝昭和天皇の御意を捏造三昧凶産迎合金儲けに走った言葉と文字界
 翌昭和62年9月22日天皇、腸の通過障害のバイパス手術で入院、10月7日ご退院。

 昭和63(1988)年4月25日天皇誕生日(29日)のための記者会見(最後の)。体調不良のため15分で切り上げ。卜部日記「陛下の涙が話題に(目に光るものがあった・記者証言)」

 4月26日徳川は参与職となり、最初の出勤が28日。

 4月28日は、当時宮内庁長官富田のメモ日付。同様のことを聞いたとされる、報道担当の卜部の日記も同じ日付。体調不良の天皇に非ずは明白。徳川は、侍従長を退任し4月26日から参与職。問われたので答えたで、辻褄が合う。富田メモ研究委員会は“合祀に不快”と捏造。御製が亡国奴を暴いた。

 昭和63(1988)年8月15日御意は御製のままで、最後まで揺らいでいない。その証が、全国戦没者追悼式最後の御製「やすらけき世を祈りしもいまだならず くやしくもあるか きざしみゆれど」にある。天皇は日本最上位臣職、靖国(国をやすらかにすること)を願い、「祈りし」は日本、世界ではない。いまだならず くやしくもある」、戦後沈黙の天皇、最後に「くやしく」といみじくも御心中を明かされた。御意くやしくは敗戦などに非ず、日本存亡の危機に、一丸で戦った先人への、国思わぬ輩の冒涜を、一掃出来なかった天皇御自らの自責「くやしく」と、余名無き命では きざしみゆれど」も見れず、あの世で臣に語れない「くやしく」である!戦没者への最後の御製となった。子孫よ!以って瞑すべし。・・・

 9月19日(御製から35日後)、大量吐血で病床に臥す。9月22日皇太子へ全権委任。

 昭和64(1989)年1月7日8月15日を迎えることなく崩御。まさに「くやしく」である!

 4年後の平成2年刊行前出の「おほうなばら・昭和天皇御製集」徳川義寛解題には、「靖国とは国をやすらかにすることであるが、とご心配になっていた」とあるのみで、工作はない(質問ではないから)。徳川義寛侍従長は、死後刊行の侍従長の遺言・昭和天皇との50年平成9年1月徳川義寛終戦日記」平成11年10月朝日新聞刊等で、前述の富田メモや、後述の卜部日記と同類を述べている。

侍従長の遺言・昭和天皇との50年

 「私個人とすれば、今の憲法を変える必要はないと思いますね」149P

 「私は、東條さんら軍人で死刑になった人はともかく、松岡洋石さんのように、軍人でもなく、死刑にもならなかった人も合祀するのはおかしいじゃないかと、言ったんです」181P

 「しかし松岡さんはおかしい。松岡さんは病院で亡くなったんですから。それに靖国神社は元来、国を安らかにするつもりで奮戦して亡くなった人を祀るはずなのであって、国を危うきに至らしめたとされた人々も合祀するのでは、異論もでるでしょう。筑波さんのように、慎重を期してそのまま延ばしておけばよかったんです」182P

 拓殖大学総長だった、小田村四郎氏は、徳川氏に会った際、しきりに松平さんは「親の心子知らずだ」と言っていたと証言している。

 徳川は戦後教育の負の遺産、昭和からの近眼史観(2D)丸暗記、天皇は神武からの鳥瞰史観(3D)記憶

 侍従在職52年侍従長の天皇擁護発言が因で、拝金子孫が守秘義務違反、訳有り嘘売り屋日経朝日が飛びついたのだ。翌2007年8月4日、朝日・共同等、この徳川侍従長天皇庇護目的の歪曲解釈工作論報道。同年11月21日宮内庁御用作歌指南歌会始の選者岡野弘彦、「報道と辞任とのつながりはありません」の言を残し退任と、訳有り朝日・毎日等が報道。拝金子孫と亡国奴が、御意を改ざん捏造した、中国ナベツネ中曽根の影有り分祀騒動の、顛末である。

松平永芳宮司の至論昭和殉難者(A級戦犯)合祀と私論中曽根参拝

第6代松平永芳(~)宮司は1978(昭和53).7.1~1992(平成4).3.「別冊歴史研究神社シリーズ」人物往来社平成1年10月刊。「誰が御霊を汚したのかー靖国奉仕14年の無念」文藝春秋「諸君!」平成4年12月号

 

増すゴミ新聞社やTVが無辜善良な国民を洗脳する虚実混交の手口

靖国関連卜部亮吾侍従の日記原文(太字紫が報道部分)

1、昭和63(1988)年「4月28日(木曜)・・・お召しがあったので吹上へ 長官拝謁のあと出たら靖国の戦犯合祀と中国の批判・奥野発言のこと、・・・」

2、平成13(2001)年「7月31日(火曜)[一時退院中]・・・10時昨夜予約の入った朝日の岩井記者来 

応接間にて会う、予想どおり靖国神社のご参拝をお取り止めになった経緯 直接的にはA級戦犯合祀が御意に召さず 50/11/21が最後 この時戦没者墓苑にも 行幸啓あり 三殿正式御代拝もこの年で変更に 30分ぐらいで辞去

全5巻に、わずか二つの文を、あたかも御意であるかのごとく尾ひれを付けまくりプロパガンダ報道。

平成19(2007)年4月26日卜部亮吾侍従の日記「朝日新聞」靖国参拝お取りやめの経緯 A級戦犯合祀が御意に召さず。平成13(2001)年7月31日(一部抜粋)

 〈4月28日〉10時半過ぎ宮殿へ、藤森次長を表御座所棟各室案内、主階のみ、お召しがあった

 長官拝謁のあと出たら靖国の戦犯合祀と中国の批判・奥野発言のこと

注・ここまでが卜部亮吾侍従の日記。以下は日記そのものの記載ではなく朝日の勝手な解釈。

 卜部はこのくだりに自ら赤いアンダーラインを引いている。

 奥野誠亮・国土庁長官が、同月22日の記者会見で、閣僚の靖国神社参拝に関連して「白色人種がアジアを植民地にしていた。それが、日本だけが悪いことにされた」「何が日本が侵略国か」などと述べた。これに中国や韓国が強く反発していた。生前、卜部は天皇に奥野発言や反響について説明した際に天皇が「英国人や米国人にすら私の気持ちをわかってくれている人がいるのに」と涙ぐんだと語っていた

注・語っていた証拠の開示無し。日記原文を記載もせず読者に見せず朝日の勝手な解釈文。日記原文と錯覚する。判断は読者がする、やましくないのであれば、原文掲載が、道理。もし事実なら、涙ぐんだ御意は「英国人や米国人すらわかっている対戦の原因、適者生存戦国時代の真実史観を語らず、いまだに侵略、被侵略の善悪史観を語る、WGIP被洗脳国民を哀れんだ」以外に無い。

 富田朝彦長官のメモが06年7月に明るみに出て、A級戦犯の靖国神社への合祀に対し昭和天皇が不快感を語ったと報じられた。富田メモ〈注〉の日付は、この4月28日(注・昭和63)。卜部の日記は、この日に同長官が吹上御所で拝謁し、入れ替わりで入った卜部に対して天皇が「靖国の戦犯合祀」などについて語ったことを記録しており、富田メモとつじつまがあっている。

 天皇は、あえて「いやな」と述べた「私の心」(富田メモ)について、長官と報道担当の卜部に語ったともみられる。

 〈注〉富田メモ 私は、或る時に、A級(戦犯)が合祀され その上 松岡、白取までもが 筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが 松平の子の今の宮司がどう考えたのか 易々と 松平は平和に強い考えがあったと思うのに 親の心子知らずと思っている だから私はあれ以来参拝していない それが私の心だ。

注・朝日の勝手な辻褄あわせの解釈。天皇の言葉なら最重要、崩御12年後に「原文2、予想どおり」などと書かず、この日の日記に記した。狼少年アサヒル君の捏造解釈など不要、原文掲載で事足りる。卜部日記の原文は「1、」のみで、天皇の言葉など皆無。

平成19(2007)年4月26日08時01分「asahi.com」

逝く昭和と天皇、克明に 卜部侍従32年間の日記刊行へ

 晩年の昭和天皇と香淳皇后に仕え、代替わりの実務を仕切った故・卜部亮吾(うらべ・りょうご)侍従が32年間欠かさずつけていた日記を、朝日新聞社は本人から生前、託された。天皇が病に倒れて以降、皇居の奥でおきていた昭和最後の日々が克明に記されている。天皇の靖国神社参拝取りやめについては「A級戦犯合祀(ごうし)が御意に召さず」と記述。先の戦争への悔恨や、世情への気配りなど、天皇の人柄をしのばせる姿も随所に書きとめられており、昭和史の貴重な記録といえそうだ。

 日記で詳細をきわめるのが、昭和天皇の闘病から逝去までの記述だ。

 天皇が強い意欲を示していた戦後初の沖縄訪問は、体調の悪化で中止に追い込まれる。

 87(昭和62)年9月14日、「手術にふみ切る線で沖縄もムリと判断。(略)ついに来るべきものがきたということだが暗雲たれこめうつうつとして楽しまず 今後の諸問題のことが頭をよぎる」。

 腸のバイパス手術を受けた天皇は国事行為や公務への復帰に執念を燃やす。しかし、ブレーキをかける卜部侍従に「突然摂政にした方がよいのではと仰せ」(88年2月9日)。そんなことなら、天皇が重篤な場合などに立てられる摂政を決めたらどうか、といらだちをぶつけている。

 88年9月の吐血以降の容体、肉親の悲しみも痛々しい。見舞った皇族から「助けてとかどうにかならないかの頻発でお気の毒の由 点滴の針も難しくなる」(11月3日)。天皇の意識が遠のいていく中、意識をはっきり保たせるために侍医団は血中アンモニアを減少させる薬剤を使用していた。「今朝は反応がかなりはっきりしてこられた由 とにかく摂政の話を消すためにも意識混濁の表現は禁句と」(同29日)。肉親への反応も徐々に鈍っていく。「常陸宮同妃御参 殿下おもうさま(お父さま)と呼びかけ わずかに眼お開きか」(12月17日)

 翌89年1月7日、卜部侍従は、息を引き取った天皇の髪を整えひげをそる。「たんかにて御尊骸(そんがい)を御寝室からお居間にお移しする あまりに重いのに驚く」

 靖国神社参拝取りやめの理由についても記述されている。

 最後となった天皇の記者会見から数日後の88(昭和63)年4月28日。「お召しがあったので吹上へ 長官拝謁(はいえつ)のあと出たら靖国の戦犯合祀と中国の批判・奥野発言のこと」。

 「靖国」以降の文章には赤線が引かれている。

 昭和天皇が靖国神社のA級戦犯合祀に不快感を吐露したとみられる富田朝彦宮内庁長官(当時)のメモも同じ日付。天皇は富田長官と前後して卜部侍従にも戦犯合祀問題を語っていたことになる。そして、卜部侍従は亡くなる直前、「靖国神社の御参拝をお取りやめになった経緯 直接的にはA級戦犯合祀が御意に召さず」(01年7月31日)と記している。

注・このように眼目に無関係な部分は日記原文記載するが、肝心要の「2、」の原文記載無く、解釈のみである。無関係な原文の後に解釈、これで原文と錯覚する。4月28日の富田卜部への発言者は、天皇に非ずを、この卜部日記は明々白々に記している。天皇なら最重要、必ず日記に記したはず。

3昭和天皇の御意が破壊分祀派遺族古賀中曽根アサヒル工作員の陰謀

 日記の随所にみられるのが、終戦記念日や原爆の日に律義に慎む天皇の姿だ。2・26事件の日もその一つだった。

 事件から41年たった77(昭和52)年2月26日。天皇は意外な言葉を口にする。「御就寝前 治安は何もないかとのお尋ね」。天皇のトラウマの深さがうかがえる。

 忍び寄る老いとの闘いも記録されている。75年2月17日、73歳の天皇は祈年祭の最中、賢所(かしこどころ)の中で2度倒れていた。その後の新嘗祭(にいなめさい)でも卜部侍従が天皇の体を支えており、高齢の天皇に祭祀がいかに過酷になったかがわかる。

 このほか、77年7月、皇后が那須で腰椎(ようつい)骨折した際の御用邸内の様子、皇后が次第に心身の不調に陥るプロセスや天皇の心配ぶり、また石油危機では御料車の使用をためらい、行革が叫ばれた時には歴代最長寿の祝賀をやめさせるなど国民感情に気配りする天皇の姿も記録されている。

 日記は「昭和天皇最後の側近・卜部亮吾侍従日記」全5巻として、5月以降朝日新聞社から順次刊行される。

 

平成19(2007)年4月26日14時28分A級戦犯合祀が御意に召さず、侍従日記に昭和天皇の不快感(読売新聞)

 昭和天皇に仕えた故・卜部(うらべ)亮吾元侍従の日記に、昭和天皇が靖国神社への参拝を取りやめた理由について直接的にはA級戦犯合祀(ごうし)が御意に召さずと記されていることがわかった。

 昭和天皇がA級戦犯の合祀に不快感を示していたことは富田朝彦・元宮内庁長官の日記で明らかになったが、その事実が改めて確認された形だ。

 卜部日記は、1969年に侍従となってから32年間に及び、横書きの日記帳33冊に記されていた。日記は卜部元侍従の生前に朝日新聞社に託され、出版を予定している同社が26日に一部を公開した。

 靖国神社に関する記述は、88(昭和63)年4月28日の「お召しがあったので吹上へ 長官拝謁のあと出たら靖国の戦犯合祀と中国の批判・奥野発言のことと、2001年7月31日靖国神社の御参拝をお取り止めになった経緯 直接的にはA級戦犯合祀が御意に召さず2か所。4月28日の「靖国」以降の記述には赤い下線が引かれていた。

注・狼少年アサヒル君に疑問点も問わず、鵜呑みし報道しただけか。

平成19(2007)年4月26日12時42分毎日新聞〈A級戦犯合祀〉「御意に召さず」…卜部元侍従が日記に記述

 晩年の昭和天皇に仕えた卜部亮吾(うらべりょうご)元侍従(故人)の日記に、自らが亡くなる直前の01年に昭和天皇の靖国神社参拝取りやめについて、A級戦犯合祀(ごうし)が御意に召さずと記していたことが分かった。日記には、昨年7月に判明した故富田朝彦・元宮内庁長官の昭和天皇がA級戦犯合祀に不快感を示したことを示すメモの日付と同じ日に、昭和天皇から卜部侍従に靖国神社の戦犯合祀に関する話があったことを示す記述もあった。昭和天皇のA級戦犯合祀への気持ちが改めて浮き彫りになった。

 日記は卜部さんが侍従になった69年から亡くなる直前までの32年間、市販の日記帳33冊に書かれていた。靖国神社に関しては88年4月28日の日付で、「お召しがあったので吹上へ 長官拝謁(はいえつ)のあと出たら靖国の戦犯合祀と中国の批判・奥野発言のこととあり、「靖国」以降は赤線が引かれている。

 この日付は、昭和天皇が靖国神社のA級戦犯合祀に関して、「私は 或(あ)る時に、A級が合祀され その上 松岡、白鳥までもが(中略)それが私の心だ」などとつづった富田元長官のメモと同じ日だ。富田元長官と前後して卜部さんが戦犯合祀についての気持ちを聞いたことになる。

 この時は、昭和天皇のこの問題への気持ちについての記述はないが、01年7月31日の日記には、靖国神社の御参拝をお取り止(や)めになった経緯 直接的にはA級戦犯合祀が御意に召さず」と記し、天皇が合祀に不快感を持っていたことをつづっている。

 日記は、昭和天皇の闘病についても詳しく記されている。昭和天皇が腸の手術を受けるため沖縄訪問を取りやめた際の87年9月14日には「ついに来るべきものがきたということだが、暗雲たれこめうつうつとして楽しまず 今後の諸問題のことが頭をよぎる」と不安をつづっている。

 また、2・26事件から41年たった77年2月26日に「御就寝前 治安は何もないかとのお尋ね」など戦中の記憶が消えない様子がうかがえる。石油危機では専用車の使用をためらったり、財政難を気にして小旅行を取りやめるなど、国民感情に気配りする姿も記されている。

 卜部さんは京大卒業後に人事院に入り、宮内庁に移って69年から約20年間昭和天皇の侍従を務めた。91年4月から皇太后宮職御用掛として香淳皇后に仕え、00年の香淳皇后死去に伴う大喪儀では、祭官長を務めた。02年3月に78歳で死去した。

 日記は、卜部さんが亡くなる約1カ月前に朝日新聞の記者に託し、遺志に基づいて朝日新聞が公開した。〈桐野耕一〉

 侍従卜部日記が語ったのは、全5巻中1、19884月28日「靖国の戦犯合祀と中国の批判・奥野発言のこと」と、2、崩御12年後の2001(平成13)年7月31日靖国神社の御参拝をお取り止めになった経緯 直接的にはA級戦犯合祀が御意に召さずのわずか2か所。1は、発言者の記載無し。2は摘み食い、原文は、「7月31日(火曜)[一時退院中]・・・10時昨夜予約の入った朝日の岩井記者来 応接間にて会う、予想どおり靖国神社のご参拝をお取り止めになった経緯 直接的にはA級戦犯合祀が御意に召さず 50/11/21が最後 この時戦没者墓苑にも 行幸啓あり 三殿正式御代拝もこの年で変更に 30分ぐらいで辞去」である。卜部が、朝日の岩井記者に「50/11/21が最後 この時戦没者墓苑にも 行幸啓あり 三殿正式御代拝もこの年で変更」と、調査結果報告風(30分ぐらいで辞去が証)に誘導洗脳されて崩御12年後にやっとたどり着いた、卜部個人の感想で、御意ではない。御意なら最重要、当日の日記に記していた。2、「予想どおり」とあるは、天皇の御意、崩御12年後にも開示されずを証言して、余りある。侍従等は、御意開示皆無なので「予想」はしていたが、御意では無い。それを合祀に不快感とは、捏造も甚だしい限りだ。肝心要の部分「予想どおり」等、削除摘み食いは、誘導洗脳を隠蔽し、捏造が目的。原文掲載無き理由である。輩は語るに落ちて、工作員(凶産・韓国・罪日と手口同じ)を白状した。朝日記者の誘導洗脳から2週間後の終戦記念日「8月15日・・・靖国合祀以来天皇陛下参拝取り止めの記事 合祀を受け入れた松平永芳大馬鹿。・・・」は、完全に洗脳された証し。人間昭和天皇08.3.朝日新聞社刊半藤一利・御厨貴・原武史鼎談でも「予想どおり」は隠蔽し捏造。半藤一利「入江日記『朝刊に、靖国神社に松岡、白鳥の合祀のことなど出、テレビでもいう(原文ふ)、いやになっ(原文つ)ちゃう』79(昭和59)年4月19日・・・みんな符合していたんだなとわかります」と、文意無視し勝手に合祀反対と捏造。新聞に出、テレビでもいう、大騒ぎで「いやになっ(原文つ)ちゃう」で、合祀に非ず、マスコミ非難は明白。

 このように現実界での当て推量紙屑を、証拠として大騒ぎする工作員の巣窟が、仮想現実界の実態である。 卜部は1924年生まれ、終戦時21歳、28歳まで7年間のWGIP、以後引き継いだNHK朝日毎日の犯日、狂産の嵐である。当事者で53年の侍従職徳川侍従長の言動、8ヶ月前の朝日岩井記者の誘導洗脳で予想どおり」と闘病中の卜部、日記に記載、1ヶ月前朝日に日記を託し、02年3月に78歳で死去。そして07年4月26日、朝日新聞摘み食いし報道。卜部騒動の顛末である。

 公開も出来得ぬ単なるメモ書きを、素人委員会が御意と判断し報道。病人を誘導洗脳、書かせた日記をさらに摘み食いし報道。仮想現実報道界は、異常である。文系には整合性が皆無、鳩山総理(理系だが、実技皆無なので、理系丸暗記のまま)、大江健三郎がサンプル。検証回路ゼロ(65年間の無検証が証)近眼史観文系丸暗記稗田阿礼の、教授や作家や記者は、整合性皆無の2D。2Dの捏造なんぞ、現実界記憶3Dの、整合する道理で検証すれば、前述のように真実が現出する。東條自決未遂事件もそうだが、整合が宗の記憶3D警察が検証すれば、真実判明は瞬時。

 真贋検証の職責も果たさず、丸暗記日経やアサヒルを鵜呑みし、分祀を叫ぶ石原都知事国会議員、付ける薬が無い。輩は丸暗記仮想現実報道界に操られる、脳みそ無き、単なる人形だ。遺族会よだまされるな!空識者工作員の、亡国奴を信じたが故の、靖国分祀騒動の顛末である。

2007(平成19)年7月30日「従軍慰安婦」問題。2007年7月30日に慰安婦問題で日本を糾弾する決議案を可決。これも(抗日連合会)がマイク・ホンダ議員(民主党・カリフォルニア州選出)を操り仕掛けた。アメリカは負い目払拭のため追随した。

平成19(2007)年8月12日NHK水木しげる原作の「ドラマ・鬼太郎が見た玉砕」。受動戦争を能動戦争に捏造。玉砕せよと命令した極悪日本軍と捏造放送。

平成19(2007)年8月NHKスペシャル「パール判事の真実」。パール博士、ガンジー、ネルーも、インパール作戦までは、日本を侵略者としてみていた。戦国時代なので当然で、非常時の常識。そのパール博士の当初の発言をつまみ食いして、放送した。工作員の巣、NHKの証明である。

平成19(2007.9~08.9)年福田康夫首相
平成20(2008)年8月12日朝日新聞日本経済新聞などは東條英機鉛筆書きのメモ報道。このメモは、東京裁判(46年5月~48年11月)で東條の主任弁護人だった清瀬一郎が法務省へ寄贈したもの。後日の東京裁判対策メモは明白なのに、当日のメモであるかのように終戦の8月15日直前に捏造報道した。東條英機鉛筆書きのメモ工作員操作真贋無検証仮想現実界報道作家迎合  5につづく⇒

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Author:真実史観
 自虐左翼に非ず捏造が正当。
 私は物づくりが業で温室水苔無しの新栽培蘭(空・皿栽培)が趣味。物づくりでの捏造は即、死。
 米国負い目払拭作戦、愚民化洗脳WGIP善悪史観で、侵略者極悪先人と捏造。
 NHK朝日毎日TBS日教祖らが60年経ても捏造洗脳犯日教育。捏造亡国祖国存亡の危機、06年学歴肩書不要虚実検証実事求是子孫へ遺す真実史観HP開設。
 倒幕は独立目的、戦争は、征服者食民治主義凶産主義との、最適者生存戦争。日本は軍民一丸適者生存蜂起軍。全征服者と戦ったのが日本、蜂起戦争は常識。
 迫った時代の激流最適者生存。子孫死守、時代の衣を纏い軍民一丸の蜂起軍と化し、子孫生存を懸けて戦い食民治主義破壊、共産は凶産カルト、捏造が党是と暴露、人類の新秩序共存共栄と平等を創造した先人と世界の同胞に捧ぐ。
 新生日本最速は、不買(新聞・雑誌・犯日スポンサー)不払い(犬HK)不投票(亡国奴)の三不。

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